孤独に迷う緋衣草

作者:秋月きり

「喜びなさい、我が娘」
 深い闇だった。響く声は重々しく、意識を捉えて放さない。
「……娘?」
「ああ。我が娘。お前はドラグナーとなったのだ」
 少女の独白に竜技師アウルは鷹揚に頷き、言葉を続ける。
 曰く、ドラゴン因子によって、彼女がドラグナーとして生まれ変わったのだと。しかし、現在は不完全なドラグナーである為、いずれ死亡してしまう。それを防ぐ為にはグラビティ・チェインを奪い取り、完全なドラグナーとなる必要があるのだ、と。
「……そうすれば、本家を見返せるよね」
 少女は何処か歪んだ笑みを形成する。分家筋に生まれ、本家を見返せと言われ続けて育った彼女は、その言葉が強迫観念の如く染みついている事を実感していた。
 ――そこから逃げる為、家出した筈なのに。
「さぁ、行きなさい。我が娘よ。お前ならば人間達を虐殺し、完全なドラグナーになれる筈だ、その歪みは美しい」
 口元に歪んだ笑みを貼り付けたアウルは、彼女を夜の街に送り出す。人々の虐殺を振りまく為に。

 ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった人間が、事件を起こそうとしている。
 ヘリポートに集ったケルベロス達――その中にはコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326) の姿もあった――に告げるリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の表情は暗かった。
「コンスタンツァの危惧した通り、彼は家出した少女に目を付けたみたいね。ドラグナーの名前は『ケイオス・ウォン 』。家族との行き違いから逃げ出す為に家出し子だったんだけど」
 いざこざを嫌って逃げ出した先でアウルに見初められてしまった、と言うことだ。
 アウルの洗脳が強固なのか、それとも、そもそもそう言う性格だったのか、今は完全にアウルに同調し、完全なドラグナーとなるべく人々を虐殺、大量のグラビティ・チェインを奪取しようとしている。それが、自身の悲願と言わんばかりに。
「みんなには、彼女が出没する繁華街に向かって欲しいの」
 リーシャが指し示したのは都内の繁華街だった。此処にケイオスが現れると言うのだ。
「倒すべき敵はケイオス一人だけ。アウルは援護しないし、彼女に派遣された配下もいない。……ただ、不完全ながら能力が低いわけじゃ無いから、油断しないで欲しいの」
 得物は簒奪者の鎌だが、それ以外にも植え付けられたドラゴンの因子によるグラビティを使用すると言うことだ。
「あと、気になるところは夜の繁華街って所ね。週末の夜、人で溢れているわ」
 だからこそ、ケイオスはそこを襲撃するのだ。しかし、事前に避難勧告は出来ない。それを行えば、彼女は襲撃箇所を変更するだろう。彼女の出現後、改めてケルベロス達が避難誘導を行う必要がある。
「避難誘導中も、人々を守らなきゃならないっすね」
 コンスタンツァの指摘はもっともだった。ケイオスの目的がグラビティ・チェインの奪取であるならば、ケルベロス達の介入に対して無反応とは考えにくい。ただ避難誘導の呼び掛けだけでは、虐殺を止めることは難しいだろう。まして、ケイオスは虐殺そのものに忌避感を抱いている様子は無い。何らかの方法で彼女の足止めを行う必要がある。
「もはや彼女を人間に戻すことは叶わないわ。だから、完全なドラグナーになってしまう前に撃破して欲しいの」
 リーシャの告げた言葉にコンスタンツァはこくりと頷く。
 そして、ヘリオライダーはいつもの言葉で、ケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ。いってらっしゃい」


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
不知火・梓(酔虎・e00528)
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)
西城・静馬(創象者・e31364)

■リプレイ

●咲けないサルビア
 私は何処で間違ってしまったのだろう。
 大鎌を抱くケイオス・ウォンは、そっと溜め息を吐く。
 目の前に広がる光景は、幸せそのものだった。人々の営みを示す明かりの下、行き交う人々は誰もが笑みを浮かべている。まだ夜の帳が降りて間もない時刻だが、既に街は煌びやかな夜の色を彩っていた。
(「そこに、私の居場所はない」)
 もう、家に帰る事は出来ない。不思議と絶望感は無かった。そうなんだ、とそれだけの感想を抱く。
 親と呼べる存在も、もはや1人だけ。竜技師アウルと名乗った彼は、今度こそ彼女の求めている愛情を注いでくれるだろうか。
「馬鹿みたい」
 独白する。そんな事は起こりえない。彼もまた、両親と同じくケイオスを利用しようとするだけの存在だ。本家を見返そうとしているのか、それとも地球に災厄をまき散らそうとしているのか、それだけの違いだ。
「グラビティ・チェインを集めよう」
 もはや、彼女の生きる術はそれしかない。そう作り替えられてしまった。奪取に忌避感は無い。……この世界はそれ程、彼女に優しくなかった。
 そして彼女の視線は幸せそうに歩く男女に向けられる。父母とほぼ同年代と見受けられる2人は、おそらく、週末のデートなのだろうか。
 最初の獲物としては悪くない。
 大鎌を抱え、走り出す。一刀の元、2人を切り捨てるために。
 そして、殺戮劇が幕を開ける――その筈だった。

「ケイオス!」
 足を止めたのは、名を呼ばれたからだった。
 視線を向ければ、小柄な体躯のドラゴニアンがケイオスを見詰めていた。浮かぶ表情は同情と憐憫、それと使命感混じりの複雑な色を成していた。
 瞬間、悟った。目の前の少女は敵だ。傍らで威嚇する小さな竜――ボクスドラゴン共々、ケイオスが倒さなければならない存在だと。
「ワタシはメイリーン・ウォン! 我が一族の使命より、ケイオス、アナタをここで止めるアル!」
 ああ。来たのか。来てしまったのか。
(「本家!」)
 メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)の言葉に、ケイオスの瞳の色が変わる。それは憎しみであり、羨望だった。ケイオスの人生を滅茶苦茶にした本家! ケイオスの両親を壊し、居場所を奪った元凶!
「殺してやる!」
 叫びに、メイリーンの表情が強張る。憎まれる覚悟はあった。だが、彼女の抱く殺意がそれ以上のものだと痛感した瞬間、言い様の無い痛みを覚えてしまう。
(「やはり話し合いは無理アルね」)
 嘆息と共にシャーマンズカードを構える。力ずくで止めるとの悲壮な覚悟に応じるよう、サーヴァントのクロノが小さな鳴き声を上げた。

「ケイオスの意識はメイリーンさんに向けられたようですね」
 天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)の呟きに、彼女と共に避難誘導を担当する3人の仲間達がコクリと頷く。残りの3人は既にメイリーンとにケイオスとの交戦を繰り広げていた。
「ですが、何時、気が変わるとも限りません。急ぎましょう」
 丁寧な口調の中に焦りを押し込めながら、西城・静馬(創象者・e31364)が仲間を促す。ケイオスの意識が仲間達に向けられている間は周囲に害は少ないだろうが、それが永遠に続く確証は無い。悠長にしている時間は無かった。
「……事前に話をつけられれば楽だったんだが」
「ですね」
 ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の独白に天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)が応じる。避難誘導に使う建物に目星をつけるまでは出来たが、ケイオスによる襲撃を警告する事が出来なかったのだ。
「仕方ないよ。予知と異なる状況はリスクが高すぎるんだから」
 ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)の言葉は一般人の心情を重んじての事だった。デウスエクスの出現を告げられ、しかしケルベロス達が動くまで知らぬ存ぜぬを通して欲しい。そんな要求を満たせる人間は多くない。彼らが隣人の命だけでも守ろうとした結果、予知と反する行動を取る可能性だってあるのだ。そうしてケイオスがこの街に出現しなかった場合における被害は想像すら出来ない。
 ケイオスの姿を確認したと同時に、警察への通報は静馬のアイズフォンによって行われている。それまでは4人で対応する必要があるが、それも時間の問題だろう。
「ケルベロスです! デウスエクスが現れました!!」
 声高にカノンが叫ぶ。パニックにならないように人々を誘導する彼女達は、せめて、自分の合流まで、ケイオスとの戦いを凌いで欲しいと、心の底から願っていた。

●ふたりの逢瀬
「今となってはお前さんがどう考えていたか判らねぇが……」
 ぺっと長楊枝を吐き出した不知火・梓(酔虎・e00528)が起こした爆発は、ケイオスの白い両腕に傷を刻む。それを見届けた梓は簒奪者の鎌を肩に担ぐと、言葉を続けた。
「強ぇ奴との戦いは大歓迎だなぁ。んで、きっちりあの世へ送ってやろぅ」
「家出娘の末路がこれではのう」
 憐憫の言葉はドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)から紡がれた。老齢を間際とし、自身も娘を持つ身の彼としては、ケイオスに複雑な心境を抱いている。だが、それと戦いは別だ。敵として目の前に立っているのであれば殲滅する。それは彼の信条でもあった。
 竜の闘気を纏った掌底はしかし、咄嗟に盾と構えた大鎌に阻まれ、ケイオスの身体に届かない。返す刀と振るわれた刃を躱した彼は、ちぃと舌打ちする。
「未完成でもドラグナーはドラグナー、と言う訳ですね」
 正鵠を得たアリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)の呟きに、ドルフィンはむむ、と唸る。
「喰らうアルよ!」
 追撃するメイリーンの拳を躱したケイオスは、大鎌を投擲。クロノを切り裂いた刃はブーメランの如く、再び彼女の手に収まっていた。
「シグ!」
 アリシアの言葉に応じ、彼女のサーヴァントが傷を癒すべく属性を付与するが、完全回復に至らず。クロノ自身の属性付与によってようやく回復となっていた。
「根性だけは一人前だな!」
 梓の斬撃はケイオスの服を切り裂き、白い肌を露出させる。だが、それに視線すら向けず、ケイオスは指先をクロノに向けた。
(「戦いにゃ素人だと思ったが……現代っ子って怖ぇなぁ」)
 ドラゴンの幻影がクロノを握り潰す。巨大な爪はその命を奪うべく、竜の握力を以て閉じられていた。
「クロノ!」
 メイリーンの悲痛な叫びは、自身のサーヴァントを思っての事。今や、ケイオスの狙いがクロノに絞られている事は明白だった。
「お前を構成する全てを殺してやる!」
 それは悪意で憎悪で、そして殺意だった。
「シグ! ウォン様とクロノ様を守って!」
 焦燥がアリシアを覆う。ケイオスがクロノへ攻撃を集中する事は、憎しみだけが起因とは思えなかった。――完全に、治癒の要が彼だと把握されている。
「カッカッカッ! 大したタマじゃて!」
 逃げ出しただけの家出娘と思いきや、冷静な観察眼は評価に値するとドルフィンは笑い、拳をケイオスに叩き付ける。胸に走る痛みに呻くがそれも一瞬。再び鎌を投擲し、クロノを襲う。
 響く金属音はアリシアのルーンアックスがそれを受け止めた証。その暇を縫って梓の大鎌とメイリーンの呪的硬化した爪がケイオスを切り裂く。
「殺すっ。殺してやるっ」
 それでもなお、ケイオスは笑い、殺意を露わにしていた。
 襲い掛かる痛みすら、自身への肯定。そう言わんばかりの歪笑であった。

 光が煌き、光が弾け飛ぶ。
 避難誘導を警察に託したカノン達の合流と、光が弾けたのは同時だった。
 執拗な攻撃に耐え続けたクロノが遂に、その身体を霧散させたのだ。
 これで10対1。数だけ見れば、ケルベロス達が有利と言えど、それは手数の問題。デウスエクスであるケイオスが窮地に追いやられている訳はない。
「嫉妬、羨望……。その殺意の意味はそんなものでしょうか?」
 ヴォルフの偃月刀による突きはケイオスの肩を切り裂く。電撃と痛みによって起きた呻き声を噛み殺した彼女は、それでも不敵に笑った。
「貴様の歪みに付け込んだその悪夢。この一撃で振り払う」
 続く一手は静馬から紡がれる。陽光を模し、悪鬼羅刹を屠る輝く無数の拳打はしかし、ケイオスの笑みを止める事は出来なかった。
「イリス! 防御をお願い!」
 自身のサーヴァントに守りを託し、ロベリアが竜砲弾を放つ。弾丸はケイオスの脚を抉り、その機動力を奪っていた。
「夢は現に、現は夢に」
 三人の生み出した虚を突き、カノンが皆にヒールを施す。五芒星の魔法円は傷の治癒と、冷静な思考能力を仲間に届ける――筈だった。
(「減衰?!」)
 唇を噛む。6人と2体を対象とした治癒は、減衰の前に威力を減じ、エフェクトに至っては誰にも付与されていなかった。
 複数を対象としたグラビティは、ただでさえ単体を対象としたグラビティより威力が低い。盾役を担ったアリシア、シグフレド、そしてメイリーンを蝕む傷は、カノンが施したグラビティでは、完治に程遠かった。
「それでも、何としても皆様の命を――」
 悲壮とも言うべき決意で地獄の炎を纏う。分が良くないのは判った。それでも、此処で敗する訳にいかない。
 彼女達の敗北はすなわち、此処一帯の住人の虐殺でもあるのだから。

●孤独に迷う緋衣草
「あはは。もっと、私を見て! 私を感じて!!」
 哄笑をケイオスが上げる。舞踏にも似た動きから繰り出される大鎌の斬撃は、ケルベロス達の体力を確実に削り落としていた。
「やれやれ。承認欲求の強い奴じゃのぅ」
「それがあの子の全てだから、じゃないかしら?」
 盾として仲間に降り注ぐ斬撃を防ぎながらのドルフィンの言葉に、狙撃に徹していたロベリアが応じる。
(「居場所がなかった、か」)
 なし崩し的に事情を知ってしまった。本家――つまり、メイリーンの生家に対する僻みを押し付けられた少女は既にそれを全うする事だけの存在と化している。なまじ、その為の力を得てしまった事がその思いの成就のみを存在理由としていた。
 ――だが、その事情が何だと言うのだ。勝利を譲る理由にはならない。ケルベロス達もまた重き荷を背負っているのだ。
「ですが、少し、厳しいですわね」
 端正な表情を歪め、アリシアが内心を吐露する。その傍らで彼女を支えてたシグブレドの姿はもはや無かった。ケイオスの斬撃によってその身を消失させていた。そして、アリシアもまた、自身の限界が近い事を悟っていた。
 彼女だけではない。共に盾役を担ったドルフィンやメイリーンも、そしてアタッカーとして攻撃を担うカノンやヴォルフ、静馬の身体にも、無数の傷が刻まれていた。
「恐るべしは貴方の執念か、それともアウルの改造ですか」
 斬撃と共に紡がれた静馬の呟きに、答えはない。ただ、ヴォルフのブラックスライムによる捕食をバックステップで躱したケイオスは、嘲笑うかの様に鼻を鳴らす。同時に紡がれたドラゴンの幻影は、ヴォルフの身体を吹き飛ばし、ビルの壁に叩き付けた。
 一つ一つは小さな綻びだった。治癒役の不足、減衰、そして、それに伴う命中の欠如。ロベリアによってケイオスの機動力を奪う事は成功している。だが、それでも、ケルベロスの攻撃の何割かは彼女に届いていない。
「ケイオス!」
 メイリーンが叫ぶ。名を呼べど彼女が戦いを止める筈がない。それでも、問わずにいられなかった。
「第二次大侵略が始まった8月のあの日、ワタシは罪を犯し、追放されたネ。アナタがこんな事になったのは――!」
 自分の所為なのか? 叫びは途切れ、その後を紡ぐ事が出来なかった。
 応えがある筈も無い。ケイオスに応じる義理は無かった。
 だが。
「そんなの」
 ケルベロス達の視線がケイオスに向けられる。そんな問いを、しかし、彼女は首を振り、応じる。
「――貴方の家が、私達を壊した!」
 それ以上でもそれ以下でもない。メイリーンの罪を彼女は知らない。故にそれを責める事も否定する事も出来ない。
 だが、彼女自身も把握している。家出の切欠は本家と分家の軋轢で、だが、彼女をドラグナーに堕としたのは――。
「竜技師アウル、だものね」
 思考を読み当てるように、カノンが呟く。
「約束する。貴方の仇は取ってあげる。アウルは、私達ケルベロスが、必ず倒す」
 それがカノンなりの葬送だった。アスファルトの大地を踏みしめ、拳を突き出す。闘気を纏った拳はケイオスの腹部を貫き、後方に具現化を始めた竜の幻影そのものを吹き飛ばす。
「何処まで逃げてくれますか?」
 追撃はヴォルフが紡いだ。壁を足場に跳躍し、ケイオスに肉薄した彼は大型のナイフをその胸に突き立てる。
 血飛沫が舞った。デウスエクスと言え血は赤いのかと、場違いな感想が過る。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 そこに襲来するのは地獄の刃だった。ロベリアの紡ぐ悪意は、両腕を構成する地獄を刃に変え、ケイオスの身体を切り裂く。
 同時に煌く斬撃は桜色の一閃。梓が紡いだ全剣気はケイオスに吸い込まれ、その内側をずたずたに破壊していく。
「我が剣気の全て、その身で味わえ、ってな。――あとは任せたぜ、お嬢ちゃん」
「ケイオス・ウォン!!」
 全てを託されたメイリーンがその名を呼ぶ。その決着を下すのは自身でなければならないと、決意を持った叫びだった。
「無限の時を経て、今こそ来たれ! 時空の龍よ、我が意のままに時を歪めよ! タイムリバース!!」
 詠唱と共に、時間の因子を宿すドラゴンのブレスをケイオスに叩き付ける。アウルによって刻まれた終焉を、時間を操作することで、彼女に呼び込む。その力はケイオスの身体を蝕み、やがて、崩壊へと導いていった。

●ひとりの墓標
 身体の端から光の粒子と化し消えていく。超常存在としての最期に、ケイオスは嘆息した。
「やっぱり」
 どこかサバサバとした物言いだった。死を迎える事はもはや決定事項で、それに抗う為にグラビティ・チェインの奪取を行うつもりだったが、それも叶わなかった今、消え行くしかないと自身を納得させるかの様だった。
「メイリーン、だったっけ? そっか。貴方も苦労してんだね」
 終焉を前にしてか、その表情は穏やかだった。自分の半分ぐらいの歳の親戚を見上げ、悲痛な表情を慰めるべく手を伸ばし――それも消失し、叶わない事に気づいた彼女はあーあ、と残念そうに笑みを浮かべる。
「残念」
 最期に浮かべた表情は、悪戯っぽい笑顔だった。そして、光の侵食はその笑顔ですら、消滅させる。デウスエクスとなった少女に訪れた死は、ケイオス・ウォンの痕跡を何一つ、残していなかった。
「あ……」
 メイリーンの手が空を切る。親戚と呼ぶべき少女の消失は、彼女の心に鈍い痛みを残していた。
「ケイオス。アナタとはもっと違った形で会いたかったヨ……」
 悲しげな言葉に、しかし、答えなどある筈もなかった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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