テーブルゲームこそ至高!

作者:そうすけ

●すり替えられ、捩じれてしまった主張
「テーブルゲームこそ至高!」
 夕暮れ時の駅前広場。
 突然、響き渡った絶叫に、帰宅途中の学生やサラリーマン、スーパーに買い物に来ていた主婦たちが足を止めた。
 人々が顔を向けた先にいたのは巨大な鳥、否、ビルシャナだった。正しくは、ビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響を受けてビルシャナ化した男、というべきか。
 ビルシャナは十分に注目を集めたところで静かに、しかし熱を込めて切りだした。
「現代社会の中で、人は大切な人との関係をますます希薄化させ、孤独の殻に自らを閉じ込めようとしています。デウスエクスを退け、地球を、人類の未来を勝ち取るためにも、人は共に身を守る運命共同体としてのつながりを早急に取り戻さねばなりません。ともに愛し愛される、誠実な人間関係を築くことが求められている!」 
 愛です、愛、とビルシャナ化した男は、高く積み上げられたゲームソフトの上で、集まってきた人々向かって声を張り上げた。
 モフモフとした体のすぐ後では、ビルシャナの教義に感化された人々が玩具店からゲームソフトやゲーム機を黙々と運び出しては壊している。一方で、信者たちは道行く人に店内に置かれていたボートゲームやカード、ルールブックなどを無料配布しまくっていた。
 売りものを台無しにされて泣き叫ぶ店主や、アルバイトたちには一切目もくれずに。
「しかし、テレビやPCモニターの前に座っていては、出会いなど起こるはずがありません。人との出会い……それにはテーブルゲームで遊ぶことで叶うのです! ボードゲームは、単なる知力の競い合いを超えた、人間と人間のぶつかり合いが展開される、まさに頭脳の格闘技。戦略性が鍛えられるばかりか、他プレイヤーとのコミュニケーション力もはぐくまれるのです。しかも、対面プレイのテーブルゲームでは、美少女キャラの背後に幻滅して涙する、といったことがない! そんなことは起こりえないのです! 二股三股四股かけられて、発覚したら音信不通になった、なんてこともない!」
 荒くなった呼吸を整えると、ビルシャナは厳かなしぐさで尻尾を振った。
 先についている小さな鐘が、傾きかけた西日を弾きながら澄んだ音色を響かせる。
 翼の先で目じりに浮かんだ涙を払うと、慈愛に満ちた静かな声で人々に語りかけた。
「さあ、みなさん。いますぐ人をボタンを押すだけの猿にする有害なテレビやPCゲームを排し、老若男女、和気あいあいと卓を囲もうではありませんか! そこの奥さん、鍋の代わりに今夜はボードをテーブルの真ん中に置きましょう!」
 すかさず信者の一人が買い物帰りらしき主婦に走り寄り、ボードゲームの箱を手渡した。
 
●結局のところ……
「言っていることの大部分は間違っていないと思うっすけど、自身がビルシャナ化しちゃったら矛盾もいいところっすよね。それになんだか個人的な出来事っうか、うらみが混じっておかしくなっているような……」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は一歩下がると、クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)へ話を引き渡した。
「これは俺の推測だが、多分、その個人的な出来事ッてやつがビルシャナ化の直接の原因だろう」
 クラムは以前、ヴァルキュリアに狙わた青年を助けたことがあった。その青年と偶然、ライブハウスで再会し、話をする中で、とあるPBWゲームを知ったのだという。
 興味本位でクラムが覗き見したところ、そのPBWは思い込みの『超』激しい俺様プレイヤーばかりが集い、個人プレイの連発で出た依頼の90%が失敗しているという、ある意味とーってもすごいゲームだったらしい。
 足の引っ張り合いが当たり前のように行われるゲームで、まっとうな友情、恋愛ロールなど回せるわけもなく、普通の人は心をボッキボキに折られて去っていく。居残るプレイヤーは失敗原因をすべて他人に転嫁、自分は悪くないどころか最高のプレイをしていたと自画自賛。
「去るヤツ、居残るヤツ。どっちにしてもビルシャナになりそうな連中がたくさん集まッてんな、ッて思ったからダンテに監視を頼んでおいた」
 すると案の定、ダンテが事件を予知した、という次第。
 今回は、人間関係のトラブルから心に傷を負ってPBWゲームを引退した男が引き起こすようだ。
 ダンテはクラムから話を引き継ぐと、事件の概要を説明し始めた。
「そう言うわけで、人通りが多くなる夕暮れ時に、駅前の広場で演説を始めたビルシャナを撃破してほしいっす」
 ビルシャナが演説を始めた時点で、駅前広場には10人ほど人がいるという。うち信者は3名。全員が男性で10代後半から20代前半の若者だ。
 予知場面の10分後には電車が駅に到着、同時にバスもやって来て、広場に人がどっと増える。しかも、広場の周りにある店の店員や客までもが信者になってしまう恐れがあった。
「ビルシャナを倒せば信者たちは元に戻るっす。あるいは説得して洗脳を解くか。けど、ビルシャナを倒すのに手間取ると、その分だけビルシャナのサーヴァントと化した信者たちが増えて襲いかかってくるっすよ」
 犠牲者を最小限に抑えるためには、信者たちを説得しつつ、戦いの場から人々を遠ざけねばならないだろう。しかし――
「テーブルゲームこそ至高、という教義を打ち砕く主張……難しいっすね。だって実際面白いっすもん、テーブルゲーム。あ、テレビゲームやPCゲームが面白くないっていうことじゃないっすよ。某人力RPG、最高!」
 結局、テレビやPCゲームの良さを再認識させるのが一番なのかもしれない。テーブルゲームだけが至高というわけではないことをアッピールするのだ。
 あるいは、ゲームの他にも大切なことがあることを人々に思い出させるか。
「方法は任せるっす。できるだけ被害をださず、ビルシャナを倒してください」
 そこで思い出したようにダンテは声を上げた。
「あ、ところでPBWってのが何か知らない人、いるっすか? いたら説明するので手を上げて欲しいっす」
 誰も手を上げない。
 それもそうだろう。
 知らなければいま、このミッションに参加しているはずがないのだから……。
「いないようですね。では、よろしく頼んだっすよ!」


参加者
天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)
ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)
シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
月浪・光太郎(鍛え抜かれた不健康・e02318)
矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)
カシス・シークエンス(地球人の降魔拳士・e05321)

■リプレイ


 誰もが小山の上で熱弁を振るうビルシャナに注目する中、ケルベロスたちはパステルカラーの石畳を敷き詰めた駅前広場に降り立った。
 天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)が胸の前でグッと拳を固める。
「アナログゲームの布教をしようとして、逆に貶めているビルシャナとか。アナログゲームをこよなく愛する者として、絶対に許せねぇな!」
「しかし、なんでこうやることが極端なんすかねー」
 シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)は、ヘリオンからの降下中に乱れた長い髪を整えながらため息をついた。
 先のケルベロス・ウォー以降、ビルシャナ大菩薩から飛び去った光の影響でビルシャナ化する人が後を絶たないが、彼らの主張はすべて極論だった。コンプレックスやトラウマを強烈に刺激されたてのビルシャナ化である故に、仕方がないといえば仕方がないのだが。
 ミューシエル・フォード(キュリオシティウィンド・e00331)は、その愛くるしさに似合わぬ厳ついミリタリージャケットの前を開き、内ポケットから携帯ゲーム機を取りだした。
「コンピューターゲームもウェブゲームもミューの大好きなゲームだもん! ボードゲームもカードゲームも面白いけど、それしか出来ないのはつまんないよ!」
 ね、とギターを担ぐ肩の反対へ首を回し、月浪・光太郎(鍛え抜かれた不健康・e02318)に同意を求める。
「まったく人騒がせな、灸をすえてやらねば」
 求めていた返事と違うけと、まあ、いいか。ミューシエルは、ケルベロスコートの腕を取ると、シルフィリアスの元へ駆け寄った。
「十夜さんも、ほら。そんな怖い顔していちゃダメっす。スマイル、スマイル」
 シルフィリアスもやや強引に、拳を固めたジャッカルの腕を取る。
 PBWのオフ会で知りあったPLたちが仲良く帰宅途中、偶然にも駅前広場を通りかかった――を装って、さりげなく聴衆の輪の中へ入り込み、人々とビルシャナとの間に壁を作る。その後は信者たちを説得しつつ、敵を撃破、というのが移動中に立てた作戦だ。
「じゃあ、行くよ!」
 即席カップル二組を先頭に、男四人がぞろりと後に続く。
「私もテーブルゲームを嗜みますが、アレは紳士の遊びです。あそこのビルシャナになった者のように、人間関係やゲームで心折れたものが簡単に語ってほしくないものです」
 矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)は静かに言葉を落とした。
 ビルシャナに向ける黒い目は、嘆きを抱いて暗く沈んでいる。
 クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)は歩幅を狭めると、後ろにいた優弥と肩を並べた。
「……まァ、あんなひでェPBWの中で過ごしたなら、悟りを開く気持ちもわからねェこともねェ」
 だが、背後云々は何とも、な。うんざり顔で顎を引く。
 そんなクラムの声もまた、優弥の黒い目に負けず劣らず冷たい。
「自己投影することで会話ができるッて奴もいるだろうし、後ろまで気にすんのは無粋ッてやつじャねェかね」
 天矢・恵(武装花屋・e01330)も同意する。
「あいつらは人やゲームに出会う運が無ぇだけだが、ビルシャナになっちまうほど拗らせちまったら笑えねぇな」
 オフ会で絵師に絵を描いてもらった、という設定のスケッチブックをぱたりと閉じた。ちなみに絵は自分で描いた。
「お? オフに来ていた絵師様にキャラ絵を描いてもらったのか。ちょっと俺にも見せてくれよ」
 カシス・シークエンス(地球人の降魔拳士・e05321)は、ビルシャナたちの耳に入るように、わざとらしく大きな声を出しながら恵に絡んだ。
「ダメだ。減る」
「『減る』ってなんだよ。俺が見てもキャラ絵は減らないぜ」
 恵は赤いバラが咲く髪を揺らして、口を尖らせたカシスからスケッチブックを遠ざけた。
 別に絵を見せるのが恥ずかしいわけではない。プロの絵描きとしての自信はある。あるが、正体を隠して活動している手前、うかつに描いた絵を人に見せられないのだ。
(俺の描く挿絵も騙しに違いねぇ。それでも今はまだ……明かせねぇな)
 それに、恵がスケッチブックに描いてきたのはただのキャラ絵ではなかった。様々な花で美しく飾られた女の絵、それはビルシャナになった男がデジタルの彼方に置き去りにした『嫁』の姿だった。


 オフ会。絵師。キャラ絵。
 不穏な言葉を口にしながら演説の輪を断ち切った集団に、ビルシャナは眉間を強張らせた。
 イライラと尾の鐘をならして静粛を求めると、辺り構わずいちゃつくバカップルに注視する。
 ――と、その時。
「そのコートはもしや!? ケルベロス!」
 叫ぶが早いか、ビルシャナはゲームソフトの山から飛び降りた。翼をばたつかせて光太郎に駆け寄る。
「いや~、嬉しい。わたしの『テーブルゲームこそ至高』という主張、やはり間違ってはいなかった!」
「ちょっと待……ッンンン!」
 ビルシャナは、目を丸くするミューシエルの腕からパートナーをもぎ取ると、むぎゅっと抱きしめた。
「地球を救う明日の戦士を、テーブルゲームを通じてともに育成していきましょう!」
 市民の間にどよめきが広がる。
 信者たちが涙を流しながら手を叩く。
 なんだ、この展開は。
 デウスエクスと周りの予想外の反応に、誰よりも驚いたのはケルベロスたちだった。
 事の成り行きに呆ける一同の中で、恵がいち早く立ち直った。
 くるりと後ろを向くと、駅前広場にいる人たちに向かって声を張り上げた。
「ケルベロスだ! ビルシャナとの戦闘を開始するぜ。10分でケリつけるから巻き込まれねぇよう避難してくれ」
 これを聞いて集まっていた人のうち数人がパラパラと逃げだした。
 ボクスドラゴンの『クエレ』は鼻先で、クラムの腕をつんつんと突いた。
「さ、さッさと終わらせるぞ!」
 竜派のドラゴニアンは小さな友のジト目から視線を外すと、妖精弓を構えた。仲間を傷つけないよう慎重に、ビルシャナに狙いをつける。
 突然、横で黄色い声が上がった。
「ずるーい!」
「あちしもモフモフしたいっす」
 驚くクラムたちの目の前で、ミューシエルとシルフィリアスがビルシャナの背中に飛びかかって押し倒した。
 そこへ信者や学生、主婦が集まってきて、どさくさまぎれにモフモフしだす。
 堪らないのはビルシャナの体の下になった光太郎だ。羽毛の下から覗く手がぴくぴくしている。
「やれやれ。引き剥がしましょうか」
 至極冷静に優弥が言い放った。
「……だな」
 カシスは脱力すると、剣を鞘に戻した十夜と一緒になってビルシャナをもふる人々を剥がしにかかった。
 またもふりに戻ろうとする者を、十夜のボクスドラゴン『アグニ』が近頃マイルドになってきた火を噴いて遠ざける。
 が、主婦は図太かった。
 ビニール袋から長ネギを取りだして『アグニ』に束のままくわえさせると、ビルシャナ目がけて脂肪のついた腹から飛び込んだ。
「いい加減にしろ!」
 羽毛の下から顔を出した光太郎が、殺気立った怒りを吐き出した。
 学生や主婦たちが一目散に逃げていく。
「もうやめないか、君たち」
 優弥は、またもふろうとしていたミューシエルたちの首根っこを掴んだ。
「君もね。私だってもふりたいのを我慢しているんですよ」
「え? いや、俺様は……まあ、なんだ、はははっ」
 十夜は優弥に叱られてしゅんとすると、翼の下からそろりと両手を抜きだした。
 信徒たちは顔を引きつらせながらも、踏みとどまっていた。
「天晴な忠誠心じャねェか。いや、信仰心か」
 だが、とクラムは凄みを利かせた目で信者たちをねめつける。
「お前たちの主張は間違ッている。世の中、テーブルゲームだけが至高ッてワケじャねえよ」
「な、なんですと!」
 ビルシャナは転がって仰向けになると、ものすごい勢いで飛び起きた。


「裏切り者!」
「ふざけんな。誰も最初から賛同してねえ」
 勝手に勘違いしたのはお前だぜ、とカシスはファイティングポーズで吼えた。
「で、なんでテーブルゲームとPCゲームの上下とか語ってるんだっ! 今はオンラインで、テーブルゲームがいつでも簡単に出来る時代だぞ。それなのに上下を決めるなど……愚考っ!」
 カシスに真っ向から否定されて、ビルシャナは全身を毛羽立たせた。
 モフモフ度が1.6倍に跳ね上がる。おかげで脇の下の何かがすっぽりと羽毛の下に隠れてしまった。
「愚かなのはそちらです! よくお聞きなさい。温もりのない電子ゲームが人々からコミュニケーションの機会を奪っている、と私は言っているのです。その上で、人として健全な精神を育成するには、直接人と顔を合わせて遊べるテーブルゲームこそが一番なのだと言っておる!」
「確かにアナログゲームは面白い!」
 リブラの印を刻んだゾディアックソード、『Jackal of Libra』の刃の上で残光が踊る。
 ビルシャナは、小首をかしげて十夜を見た。
「相手が人である故の思考の読み合いやブラフ等による駆け引き……コンシューマーゲームには無い無限の世界がそこに広がっている!」
「分かっているではないですか」
 むき出した牙がギラリと光った。
「だがな、今お前達が『布教』と称して行っているそのばら撒き行為! それは本来入るはずのクリエイターさん達への報酬を奪い、創作環境を失わせ、次回作の芽を摘むという許されざる蛮行!」
 ビルシャナは体の前で翼の先を合わせると、尾を震わせて鐘をならした。
 直後、十夜の顔が苦痛に歪む。
「それについては私も心が痛い。しかし、地球に平和を取り戻すためには必要な犠牲でありましょう」
「だれかがガマンしなきゃ作れない平和なんて、ミューはいらない。それに、デジタルゲームでもなかよくなれるんだから!」
 ミューシエルは指の先でクルクルとマインドリングを回した。トラウマに囚われて苦しむ仲間に精神の盾を寄与する。
 信者たちはケルベロスたちの話に動揺しだした。互いに顔を見合わせると、手に持っていたボードゲームをそっと地面に置いた。
「お前たち、裏切るか!?」
 シルフィリアスは古代語を詠唱しつつ、かわいくポーズを決めると、信者たちに飛びかかろうとしたビルシャナに杖の先を向けた。
 石化の光がビルシャナを捉える。 
「アナログゲームが面白い、これはたしかっす。しかしいいっすか! アナログゲームはやる相手が……友達がいないとできないんすよ! その点テレビゲームなら1人でもできるんっすよ!」
 捨て身の叫びに、信者たちは忘れかけていたコンプレックスをよみがえらせ、涙を流しながら駅前広場を去っていった。
 ケルベロスたちの中にも、そっと涙をぬぐう者がいた。
 光太郎とクラムだ。それぞれ涙した理由が微妙に違うが、どちらも人とのつながりをなかなか取り戻せず、長く独りで苦しんでいた過去がある。
 場に広がった葬式ムードに、シルフィリアスはあわてて言葉を継いだ。
「決してあちしがボードゲームをやれる人数が集めれないんじゃなくて、一般論すよ一般論」
 ビルシャナがぎくしゃくと体を動かす。
「そんなに可愛らしいのに友達が『一人も』いないとは。私と一緒にボードゲームをやりましょう!」
 だから違うと言っているっす。長い髪を振り乱して地団駄を踏む。
「ぼっちの辛い日々は今日で終わりです。さあ、みなさん。一緒に卓につきましょう」
 ビルシャナはくちばしを開いて喉の奥を光らせた。
 デウスエクスとなることで得たカリスマを光に変えて放ち、ケルベロスたちを屈服させるつもりだったのだが……。
 発射の瞬間、広げた翼の下で何かが爆発した。
 もふりと見せかけて仕掛けた十夜の爆弾だった。
「もうトサカにきましたよ。この根暗のオタクどもめ!」
 焦げた翼をばたつかせて、シルフィリアスへ炎の風を送る。
「禍上流殺法、月浪光太郎。……貴様の蛮行、止めてみせよう」
 光太郎が庇いに入った。刀を振るって炎の風を切り裂き、受けるダメージを半減させる。
「確かにテーブルゲームは楽しく絆を深める事が出来るかも知れん、しかしそこに至るまでが至難と言わざるを得ん」
 自分のようなのは特に。光太郎は呟きを発することなく胸に封じた。ケルベロスコートの襟をたてて、地獄化した顎を隠す。
「自分のゴーストが囁くのだ。テーブルゲームができる程時間、環境、仲間が充実している者……砕けろ! この一撃で!」
 心を焼き焦がす『嫉妬』という悪感情を昇華させ、体から月明りにも似た無慈悲なオーラを発した。
 地獄の苦しみがビルシャナを襲う。
「万物の根源たるマナよ。禁忌たる古代の力以て偏執に凝り固まりし者を真なる石と化せ」
 優弥がビルシャナの体を再び硬直させる。
「あなたのような人がテーブルゲームをやっても、やがて勝ち負けや相手が目の前にいるという現実に心が折れますよ」
 淡々と紡ぎ出された言葉は、声の柔らかさとは裏腹に鋭く尖っていて、ビルシャナの心に深く刺さった。
 羽に覆われた頬を、涙の粒が転がり落ちる。
 もはや八柱の龍王を降ろすまでもなかろう。
「なあ、コミュニケーションってのは媒体でなく当人の問題だろ。テーブルゲームだろうが消極的な奴は消極的だし、テレビゲームでもチャットなり何なりで積極的な奴はいい意味で積極的だぜ?」
 悲哀の旋律とともにクラムが大音声で歌い上げる。それは男が傷ついた心に張り巡らせた幾重もの壁を粉砕した。
 恵はスケッチブックを開いてビルシャナに突きつけた。
 拗らせたまま逝かせない。助けてやる、と決めたのだ。
「背後に誰が居ても、お前が愛した美少女には違いはねぇ。解ってんだろ。創造主が居るから夢を見られるんだって」

 目ぇそらすな。
 目ぇ覚ませ。

 お前の愛はその程度か、と熱く畳みかける。
「中身が誰でも嫁は嫁だ」
 ビルシャナは恵から『嫁』が描かれたスケッチブックを受け取ると、胸に抱えて大泣きしだした。
「愛おしい人のもとへ帰りな」
 あっちでふたり仲良くな、と強く念じ、恵は日本刀を振り下ろした。


 カシスたちは壊されたソフトやゲーム機をヒール系のグラビティで修理した。店の人に返してあげようと思ったのだ。
 だが――。
「……若干ファンタジックになっても、ゲームは出来る、よね?」
 ミューシエルが頬をひきつらせながら、変形したゲーム機とソフトを手に取る。
 ヒールで直したもの同士の組み合わせだけ、若干ゲームの内容が『お花畑』になっているものの遊べるようだった。しかし、これでは売り物にならない。
「まいったな」
 困り顔のカシスに、店主はふかぶかと頭を下げた。これはこれでプレミアムがつきます。売らずに店の宝にします、と。
「ところでみんな。ゲーム好きだよな?」
 もちろん、と頷く面々。
「じゃ、いまからテーブルゲームやろうぜ!」
 俺の方がビルシャナよりも上手くテーブルゲームを布教できる。カシスは野心のにじむ目を怪しく光らせた。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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