雨の日の放火魔

作者:そらばる

●雨に汚れて
 火災報知器がけたたましく鳴り響く。
 幼稚園を、グラビティの炎が襲っていた。二度、三度、恐怖を炙り出すような振動。園児達の甲高い悲鳴が散発する。
「……やだっ、こわい!」
 美雨は癇癪を起したように叫ぶと、積み木を放り出して逃げ出した。
「まって、みうちゃ――きゃうっ」
 追いすがろうとした友達の手を、美雨は突き飛ばすようにして、力いっぱい払いのけた。
「ぐずはついてこないでっ! じゃま!」
 ものすごい泣き声が背後で響き渡ったが、美雨は振り返らずに下駄箱に急いだ。
 一刻も早く逃げ出したかった。けれど、長靴は絶対に履いて帰らなければ。
 混乱する園内を尻目に、美雨は下駄箱から可愛らしい長靴を取り出して手早く履き替えた。そうして、傘を開きながら正面玄関をくぐった――その瞬間。
 背後で、正面玄関が爆砕された。
 爆発に吹き飛ばされ、美雨の小さな体は宙を舞い、雨水を吸って泥土と化した園庭に叩き付けられた。
「……やぁ……き、たな……ながぐつ、はい、た、のに……」
 激痛に、動く事も泣きわめく事もできず、美雨は悲しげに呻いた。
 雨に打たれるままの美雨の頭上に、不意に、赤い傘が差した。
「みィつけたァ」
 美雨を覗き込んでいたのは、真っ赤なレインコートに真っ赤な傘、真っ赤な長靴を身に着けた、タールの翼を持つ少女だった。
「自分だけが助かるために友達見捨てて、雨嫌いの引きこもりのくせにいざとなったら逃げ足だけは早くって、死にそうなのに服の汚ればっか気にしてる……ちっちゃいのに、すごいねェ、醜いねェ! キミみたいのが、エインヘリアルになるべきだよ、ね?」
 赤い少女は片手に携えたナイフを、無造作に振り下ろした。
 美雨の体は一度だけびくりと跳ねて、それきり、動かなくなった。
「……うーん、ハズレ? まぁいいや、次いこ。フフフ……ワタシ連続殺人鬼みたい……フフフフフフ……」
 暗い熱のこもった笑いを不気味にたなびかせながら、赤い少女はぴちゃぴちゃと音を立てて園庭を横切っていく。
 うち捨てられた美雨を気に掛ける者は、誰もいなかった。

●赤い殺人鬼
「こたびは、シャイターンによるエインヘリアル選定の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は静かに、そして単刀直入に切り出した。
 ヴァルキュリアに代わって死の導き手となったシャイターンが、エインヘリアルを生み出す為に、手ずから事件を起こそうとしているのだという。
「ヴァルキュリアは不慮の事故による被害者を選定しておりましたが、シャイターンはいつ起こるとも知れぬ偶然を待ちませぬ。自ら火の手を上げ、建造物を崩壊に導く事で、連鎖する事故により、内部にいる人々を瀕死に追い込もうと画策しているのでございます」
 今回狙われるのは、子供達が通う幼稚園。場所も時間も、選定される対象も、予知されている。
 だが、事前に子供らや職員の避難を済ませてしまうと、今度は別の建物が襲撃される事になり、被害を抑える事は難しくなる。
 その為、ケルベロス達には、あらかじめ園内に潜伏しておいてもらう事になる。
「襲撃発生後、皆様には、まずはヒールによる建物崩壊阻止や、選定対象である被害者以外の園児達の避難誘導等の対処をお願い致します」
 その後、選定の現場となる園庭へと向かい、シャイターンを撃破する、というのが今回の作戦の流れとなるだろう。

 幼稚園が襲撃される当日は、屋外は本降りの雨模様。子供達も職員も、皆大人しく室内で過ごしている。
「潜伏に関しては、幼稚園側に話を通し、職員の協力を得られます。子供達の目に触れぬ事務室や園長室等に待機しておくか、見学者や研修等を装って、不審にならぬ振る舞いをして頂ければ、十分でございましょう」
 襲撃後も、ヒールによる建物の崩壊阻止、怪我人の治癒、子供達を落ち着かせる声かけなどの対処をすれば、あとは保育士達がきちんと子供らを率いてくれるだろう。
「こたびの被害者、名を美雨さんと申します。彼女の独断行動ののちにシャイターンが現れますので、皆様には美雨さんが一人で逃げ出した直後から、避難誘導等をお願い致します」
 その後、正面玄関の爆発があり、園庭で選定が行われる。敵はのんびりと構えているので、爆発が聞こえた直後に庭に向かえば、選定直前に駆け付けられるはずだ。
「襲撃を決行するシャイターンは、名を『レッド・マーダー』と申します」
 子供用の赤い傘、赤いレインコート、赤い長靴姿の、シャイターンの少女だ。地球の凶悪な連続殺人犯に奇妙な憧れを抱き、常時ナイフを持ち歩いているらしい。
 戦闘では、シャイターンお得意のゲヘナフレイムに加え、ナイフによる滅多刺しや、傘を用いた防御強化などを行ってくる。
「幼い見目ながら、殺人鬼を気取る危険な敵にございます。早急な撃破もちろんのこと、可能な限り園児達に犠牲を出さぬよう、ご尽力お願い致します」


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
ヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)
長篠・ゴロベエ(世界に自分のエゴを押し付ける・e34485)
サヴァ・シメオン(ヴァルキュリアの刀剣士・e35851)

■リプレイ

●雨の日の襲撃
 曇天の下、絶え間ない雨に打たれる幼稚園。この日は、来客があった。
「今日はお客様がいらっしゃいます。みんなはいつも通りにしてていいけど、ご迷惑はかけないようにねー」
 所は年少クラス。保育士のお姉さんがにこにこと呼びかけると、一斉に「はーい!」と良い子の返事。入園希望の保護者の見学やら、園長のお客さんやら、備品や教材の業者やらと、幼稚園という所は存外大人の出入りが少なくないもので、子供達も慣れたものである。
「……よろしくお願いしますね」
 保育士の一人が、子供達の様子を見学する客人達に、神妙な面持ちで頭を下げた。
「お任せください。我々に抜かりはございません」
 普段とは打って変わって、スーツ姿をビシッと着こなすヒメル・カルミンロート(セブンスヘブン・e33233)は、理知的な語り口で、眼鏡のつるを押し上げながら自信を見せた。いかにも「お偉いさん御付きの秘書」といった雰囲気である。
 彼女を伴った『お偉いさん』こと、着物姿でいかにも威厳ある風体を装った長篠・ゴロベエ(世界に自分のエゴを押し付ける・e34485)は、隣人力と凛とした風を漂わせつつ、積極的に子供達の輪の中に入っていく。
「ふむ。おままごとですか。なかなか楽しそうですね」
「はい! たのしーです!」
 園児達はお行儀良く、にこにこ答えてくれる。
 そんな子供らの様子を、遠巻きに微笑ましく見守るのは、研修の名目で見学に励む千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)。
(「将来、先生とかも面白いかもな」)
 ちょっとこわごわ、けれど興味津々に手を振ってくる男の子に、手を振り返してやりながら、自然と口許が緩んでしまう。
 楽しい時間を謳歌する遊戯室とは対照的に、他のケルベロス達が控える園長室や事務室には、緊張感にも似た静かな時間が流れている。
 各々が万全の態勢を整えるさなか、その瞬間は訪れた。
 ドドン……。
 雨音をかき消す、くぐもった爆発音と、激しい振動。
「……来ましたね」
 園長室の壁に背を預け、トランスに耳を傾けていたエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)は、伏せていた瞳を上げ、ヘッドホンを外して、鋭く室外へと注意を向けた。
 事務室でも、避難経路を確認していたリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)達が、廊下の向こうへと神経を研ぎ澄ませる。
 爆発音と振動が、二度三度と連鎖する。けたたましい火災報知器の音、悲鳴混じりの子供らの泣き声……癇癪を起して廊下に躍り出る、子供の足音。
「――ぐずはついてこないでっ! じゃま!」
 美雨の拒絶の言葉は、廊下中に響き渡り、事務室や園長室にもはっきりと届いた。
 控えていたケルベロス達が、一斉に飛び出した。ヒールを振り撒いて、崩壊の予兆を見せる柱や壁を修復し、早くも回り始めた炎をかき消しながら、美雨に鉢合わせしないルートを辿って、子供達のいる各クラスへ。
 近付くにつれ、混乱する子供らの様子が伝わってくる。
 サヴァ・シメオン(ヴァルキュリアの刀剣士・e35851)は軽く眉をひそめた。人のことはまだ良くわかっていないが、子供が大切なものだというのはわかる。
「でもデウスエクスよりか弱い。だから守らなくちゃな」
 呟き、決意を胸に、子供達のもとへと走る。

●子供達のヒーロー
「動いたわ!」
 距離を置きつつ、美雨の動向を注視していたヒメルは、彼女が廊下に逃げ出したのを確認し、潜入組に短く呼びかけた。
 すっかり子供達に打ち解けていたゴロベエは、美雨に跳ね除けられ、尻餅をついて泣きじゃくる少女へとジョブレスオーラを解き放った。子供達のびっくりした視線を一身に浴び、種明かし、とばかりにニヤリと笑う。
「実はおじさん、皆を守りに来たケルベロスだったのさ! みんな、慌てず騒がず先生について避難するんだ」
 一呼吸の沈黙ののち、わぁぁぁ、と歓声が上がった。子供達の顔に、希望の色が広がっていく。
 ゴロベエが一身に注目を浴びる背後で、ヒメルと吏緒はマインドシールドによって建物の補修を着々と進めていく。幸い、このクラスでは怪我人が出る前に対処できたようだ。
 ほぼ時を同じくして、他のクラスにも待機組が続々到着した。
 年長クラスでは、建物の軋みが深刻だった。不吉な音が全体を走り、天井に大規模な亀裂が走った――その瞬間、
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 朗々たる声音と共に、ケルベロス達が室内に飛び込んだ。ヒールの輝きがクラス内を満たす。
 ぽかんと見上げる子供達に、シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)はヒーローの如く頼もしい笑みを浮かべて見せた。子供達の表情がみるみる輝いていく。
「大丈夫大丈夫、ケルベロスのお姉ちゃんにドンと任せて」
 年中クラスでは、吹き出す炎に怯えうずくまる子供達を、隣人力を振り撒く虎丸・勇(ノラビト・e09789)が優しく励ましながら、火傷や擦り傷を癒してやる。
「私は天井に回る火を優先的に消していきますね」
「なら、僕はその他を」
 エステルは天井を重点的に消火に努めつつ、サヴァは目につく危険個所を片っ端から修復しながら、各所を渡り歩いていく。
 全体を見回っていたリューディガーは、腰が抜けたらしく動けずにいる男の子を抱え上げて救出し、保育士へと預けた。
「くれぐれも正面玄関は避け、裏口への避難経路で頼む。……先生の言う事を聞くんだぞ」
 元警察官らしく、毅然として頼もしい言葉に、男の子は涙をぐっとこらえて、精一杯に大きく頷き返した。
 素早い初動が功を奏し、延焼や崩落の危険性はほとんど取り除かれた。大きな怪我人もなく、子供達も大人の言葉を素直に耳に入れるようになっている。
 いよいよ避難開始というその時、一際大きな爆発が正面玄関から鳴り響いた。甲高い悲鳴があちこちで上がる。
「来た……。後はお願いします!」
 小さく呟くと、サヴァは傍らを振り返った。
 怯える子供らを庇うように落ち着かせていた近衛木・ヒダリギ(シャドウエルフのウィッチドクター・en0090)は、しっかりと頷き返した。
「いって。ここはもう安全だから。おれたちが、ちゃんと避難させる」
「そうだそうだ。小さい個体どもの面倒は任せとけ」
 避難経路上に散らばる瓦礫をどかしながら、常時全開の強面笑顔で請け負う広喜。子供達が近寄りがたい立派な体躯も、力仕事では活躍できるとはりきっている。
 ケルベロス達は迷いなく駆け出した。
 最後の一人が取り残されている、選定の場所へ。

●救うべき命
 雨降りしきる園庭の中央には、赤い傘が咲いていた。
 赤いレインコートに赤長靴の、シャイターンの少女。その足元に見下ろすのは、泥にまみれてうつ伏せになっている、小さな女の子。
「みィつけたァ」
 愛らしい口許をニィィと不吉に曲げるレッド・マーダー。
 が、その笑顔は、一瞬にして凍り付く。
 駆け込んでくる複数の殺気に、レッド・マーダーは警戒も露わに美雨の傍から飛び退いた。
「あめ、やぁ……」
 状況を理解できず、うわごとのように呟く美雨の傍らに、真っ先に駆け付けたのはリューディガー。美雨を背に庇うように、レッド・マーダーに立ちはだかる。
「そうだな。雨の日は憂鬱なものだ。でも、だからこそ雨上がりの空も、天の恵みを受けた花も美しい……そうだろう?」
 諭すようなその言葉を、どれほど理解できているかはわからない。ただ、その背を見上げる美雨の目には、確かに、安堵の色が灯っていた。
「なにオマエ……、――!?」
 咄嗟に動こうとしたレッド・マーダーを、一閃したエステルのバスタービームとヒメルの投げバールが牽制し、その隙に駆け込んだシヴィルが、治癒を全開にして美雨へと施す。
「美雨ちゃん、怖くて逃げたい気持ちはすごくわかるけど、心配してくれた友達には謝らないとね」
 勇が優しく声を掛けると、美雨は治癒に包まれぼんやりとしながらも、こくりと小さく頷き、眠るように意識を手放した。体力の限界なのだろう。
 その間にも続々と駆け付けるケルベロス達は、美雨達を背に庇い、レッド・マーダーと対峙した。
「おイタはそこまでだ、可愛いお嬢さん」
「悪いが邪魔させてもらうぜ。お前らのやる事、気に食わないんでな」
 戦意も露わに、ゴロベエと吏緒が構えを取る。
 レッド・マーダーは意外そうに目を瞬いた。
「えっ、ソレを助けにきたの? アンタ達の嫌いなタイプじゃない?」
「未成熟な子供であれば、少しぐらい自分勝手であっても当たり前。むしろ、ワガママなぐらいがちょうど良い! 綺麗好きなのだって、言い方を変えれば親から買ってもらったものを大切にしているということだろう?」
 治癒に専念しながらも、シヴィルがきつく反駁した。それは、一同の代弁でもあった。
「フーン……ちっこいのには甘いわけ。ま、要するに、ジャマしにきたんだよね。フフフ……大量殺人ウフフフフフ……」
 赤い長靴の足元が、業火を宿した。まるで水たまりを跳ね上げるように、無邪気な仕草でレッド・マーダーの足が蹴り出される。放り上げられた炎の塊が、美雨を抱えて戦場から退避しようとするシヴィルの背を襲い――、
 それは、ライドキャリバーのエリィの、身を挺した突進によって受け止められた。
「心の醜さは殺されていい理由にはならないよね。しかも相手はまだ小さい子供なんだ。――ああ、あなたもナリは子どもだったか」
 手加減はするつもりないけど。二振りの惨殺ナイフを逆手に構えながら、勇は敵をひたと見据えた。

●赤は雨に洗い流される
 激しくうちつける雨のさなか、戦いが火蓋を切った。
「貴様は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめろ!」
 リューディガーの威嚇射撃が雷鳴の如く轟いた。敵が怯んだ隙を、勇がスピードを乗せた身のこなしでグラインドファイアを叩き込む。
「幼稚園児がわがまま? そんな当たり前のことを選定資格だなんて、見当違いもいいところ」
 ダッシュで肉薄し、ルーンディバイドを振り下ろすエステル。彼女自身、やりたくない事はヘッドホンの音量アップで知らんぷり、が日常とあって、美雨へは少なからずシンパシーを覚えていた。
 レッド・マーダーは不気味な笑いを垂れ流しながら、ゴロベエの達人の一撃をひらりと躱す。
「そこだ!」
 回避したその瞬間を逃さず、吏緒のクイックドロウが片手で弄ばれるナイフの刃をわずかに砕いた。
(「ヴァルキュリアに代わってシャイターンが、ね。僕は元々そういうのは好きじゃなかったけど、シャイターンが、ってのも嫌な話だね」)
 胸中にごちつつ、サヴァは仲間の負傷に目を光らせる。
「子供とはいえ、自分だけ助かろうとする弱虫が勇者ですって? アスガルドの威光も地に堕ちたわね!」
 伊達眼鏡を取り去り、光の翼を豪快に広げたヒメルは、平時の傲岸不遜さを取り戻して、電紅石火の剣を繰り出す。文句をつけたいのは美雨にではなく、シャイターンの選定基準そのものだ。
「えー。別に好みで決めたっていーじゃーん」
 ふざけた口調でうそぶきながら、レッド・マーダーはナイフを翻した。その切っ先はエステルを狙い、しかし割り込んだ影によって防がれる。
「キャハハハハッ、キャハハハハハハッ!!」
 レッド・マーダーは甲高い狂笑を上げながら、お構いなしに幾度となくナイフを振り下ろした。
「ぐ……っ、無視されるのは困るなお嬢さん。――好きな色は?」
 幾多もの激しい裂傷を負いつつ身を引きながら、ゴロベエは気を惹くように質問攻めを開始した。レッド・マーダーは愉快そうに答えを叩き返していく。
「血の赤色!」
「好きな殺し方は?」
「今やったやつぅ」
「好きな殺人鬼は?」
「連続殺人犯ぜーんぶ!」
「イグニス王子は元気か?」
 レッド・マーダーは一瞬きょとんとしたのち、ニィィィ、と凶悪に顔を歪めた。質問の意図を見透かしたように。
「知りたいー? 知りたいのー? そんなに知りたいならぁ……教えてあーげない!」
 弄ぶような享楽的な笑い声に、真意は計り知れない。自陣営の内情を晒すつもりなど、さらさらないのだろう。
 幾許となく、美雨を退避させたシヴィル、園児達の安全を見届けたヒダリギらも戦線に加わり、両陣営は激闘を演じた。その実力は完全に拮抗していると言って良い。レッド・マーダーは嘲笑うが如き身のこなしで、ケルベロス達を翻弄する。
 刃を交える事幾度か。かつて選定を担っていたヴァルキュリア達の不信は高まっていく。
「あなた、本当は選定なんてどうでもいいんでしょ?」
 嫌悪感もありありと、ヒメルは吐き捨てた。
「子供を選定って時点で本気でその気はないんでしょう? ここで暴れたかっただけ、じゃないです?」
 サヴァが重ねて追及する。
 レッド・マーダーの口許が、これ以上ないほどに吊り上がった。心底、愉しそうに。
「そんなことないよぉ~! オシゴトはぁ、だぁいじなんだよぉぉぉ?」
 邪悪を体現したような笑顔だった。役目は役目として、殺しを楽しんだっていいでしょ? と言わんばかりに。
「そんなに血が見たいなら見せてやるわ……あなた自身のをね!」
 ヒメルの神速の斬撃が連続し、光の粒子と化したサヴァの突撃が追い討ちをかける。
 エステルは敵のナイフを見据えたまま、前傾姿勢のダッシュで突撃をかけた。
「落ちて行け。夜の中に」
 反射的に防御の形に突き出されたナイフを、額をかすめる距離でかわし、レインコートの腕を左手で掴み取って見事な一本背負い。レッド・マーダーは円錐曲線の如き軌道で泥水に沈む。
 勇は素早く身を翻しながら、螺旋の力を風に変換していく。
「――疾れ、刃よ」
 鋭く研ぎ澄まされた鎌鼬が襲うと同時、息つく暇なく、炎を纏ったライドキャリバーの突撃が追い討ちする。
「非常事態にパニックを起こした子供すらも利用するとは、同じ子供の姿をしていても、腐った性根は誤魔化せん。絶対に許さんぞ!」
 リューディガーのゾディアックソードが走り、重い斬撃で赤い傘を斬り捨てる。
「相変わらずやることがゲスいな。それに選定とかって言って無駄に偉そうだ。気に入らねぇ」
 シンプルな怒りを籠めて、吏緒のチェーンソー剣が唸りを上げた。盾代わりの傘をなくしたレインコートの胸が、激しく斬り裂かれた。
 レッド・マーダーの絶叫が迸る。
「……ッア……レ? カラダ……うごかな……」
「あのような子供にまで目をつけるとは、どうやらエインヘリアルどもはなかなかに人手不足のようだな」
 たどたどしい呻きを遮るように、シヴィルの静かな声音が場を打った。
「いずれにせよこれで仕舞いだ。――カジャス流奥義、サン・ブラスト!」
 低い重心からの、翼ひらめく捨て身の突撃が、赤い少女の全ての防御を貫いた。
 レッド・マーダーの小さな体は宙にのけ反り、耳を塞ぎたくなるような悲鳴を発しながら、真っ赤な飛沫を散らしてかき消えた。
 ケルベロス達は武器を収め、各々に息をつく。
「予知で防げたとは言えども、それから外れられないのが、もやっとするところだな」
 ぼやきつつ、吏緒は早速幼稚園へと引き返していく。救護や修繕の手はまだ必要だろう。どうせ完璧に戻せないなら、カッコ良さげな、和風ファンタジーにでも修復してやりたいものである。
 他の皆もそれに続く中、シヴィルはふと、レッド・マーダーが消えた園庭の中央を見やった。
 老いの概念のないデウスエクスが、子供と大人の区別をつけられていたかはわからないが……。
「もしかしたら、あのデウスエクスは、自分と同じぐらいの見た目の仲間が欲しかっただけなのかもしれないな」
 小さく呟きを零して、シヴィルも踵を返し、仲間達の後を追った。
 雨はいつの間にか降りやみ、重く垂れこめた黒雲を掻き分けて、青い空が覗け始めていた。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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