姐さんのために

作者:雨音瑛

 深夜、郊外にある公園。若い女性たちが十数人、バイクをかたわらに談笑していた。女性たちは皆、背中にチーム名を刺繍した特攻服を着ている。いわゆる『レディースチーム』だ。
 武勇伝、男の話、将来の夢……それぞれの思いを語っている。
 そこへ、バイクの轟音が響いた。乗っているのは男性の暴走族だ。彼ら十数名は、あっという間にレディースチームを取り囲んでしまった。
「おうおう、この場所はよぉ、俺らの集会所なんだよ。おメーらみたいな新参者に勝手に使われちゃあ、困るんだよなァ? あァ?」
 対して、レディースチームから進み出たのは小柄な少女ひとり。セミロングの黒髪に幼い顔つき、眼鏡をかけたその姿は、この場に不釣り合いだ。
 暴走族のひとりが少女をあざ笑う。
「なんだぁ、嬢ちゃんはおネンネする時間だぜ。それとも俺たちとおネンネしたいのか、え?」
 しかし、少女の返答は言葉ではなく。腕からハエトリグサのような植物を伸ばし、相手を喰らうことで代わりとした。
 暴走族たちは、頭から喰われた仲間を見て悲鳴を上げた。それを逃すまいと、レディースチームが暴走族を取り囲む。次いで、レディースチームのリーダーが少女へ指示を出す。
「メグミ、全員やっちまいな!」
 レディースチームのリーダーが合図をすると、メグミと呼ばれた少女は満面の笑みを浮かべ、その身から生える植物をうねらせた。
「やっと、姐さんに恩返しができる……」
 ここのところ若者グループの抗争が多発している、茨城県のかすみがうら市。その郊外にある公園で、真夜中に事件が起きるという。
「チーム同士の抗争なら放っておいても害はないんすけど、攻性植物が絡むとなると話は別っす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が困り顔で言う。
「レディースチームが集会をしているところに、暴走族のチームがやってきてケンカを売るっす。そこで、異形化したレディースチームの一人が攻性植物で相手をガブリ! っす。その後は暴走族たちをを全て倒してナワバリを広げるつもりのようっすね」
 そこでケルベロスの皆さんのお手を拝借っす、とダンテが続ける。
「攻性植物で異形化したのはレディースチームのメグミさんっす。彼女、もともとレディースチームなんかには全く縁がない真面目な女子高生だったみたいっすね」
 クラスメイトにカツアゲされていたところを、レディースチームのリーダーで同じ学校の先輩だった人に助けられてから、リーダーを『姐さん』と呼んで慕っていたという。
「リーダーの役に立ちたいと思っていたところ、何かのきっかけで攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化……それ以来、レディースチームの用心棒的な立場になったみたいっすね」
 ダンテの予知によると、メグミは3つの攻撃を使い分けてくるという。
 身体の一部をハエトリグサのように変形させて敵を喰らい毒を注入する『捕食形態』、身体の一部をツルクサのように変形させて敵に絡みつき締め上げる『蔓触手形態』、身体の一部を光を集める形に変形させて、破壊光線を放つ『光花形態』とのことだ。
「メグミさん以外のグループの若者達はただの人間なので、脅威にはならないっす。メグミさんとケルベロスの皆さんが戦いを始めれば、勝手に逃げていくっすよ」
 また、戦いの場となる公園は芝生が敷かれた開けた場所で、街灯も点いているとのこと。
「メグミさんを助けることはもうできないっす……けど、せめて、心安らかに眠らせてあげてほしいっす」
 ダンテが、悲痛な面持ちでケルベロスたちに頭を下げた。


参加者
ナディア・ノヴァ(ひなげしの花・e00787)
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
クリス・クレール(盾・e01180)
レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)
椿・火蘭(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03884)
ルル・アッシュフォールズ(爆音デスギタリスト・e07589)
尾割・弌(戦場の白鴉・e07856)
皇・ラセン(この身は太陽と共に・e13390)

■リプレイ

●接触
 バイクをかたわらに談笑する、レディースチーム。彼女たちが思い思いに武勇伝、男の話、将来の夢などを語っているところへ乗り込んできたのは、バイクに乗った男性の暴走族だ。彼ら十数名はレディースチームを取り囲む。一人の男が因縁をつけ始めると、レディースチームから一人の少女が、前へ出た。メグミだ。
 そこへ突如、レディースチームと暴走族からメグミを分断するようにキープアウトテープが貼られた。尾割・弌(戦場の白鴉・e07856)によるものだ。これでレディースチームと暴走族は、テープを乗り超えて近寄ることはない。
「戦闘の邪魔だ。死にたくなきゃ失せろ」
 『戦闘』という単語とひどく底冷えのする声に恐れをなし、暴走族たちはすぐさま逃げ出していった。
 一方のレディースチームも逃げ出しそうな気配ではあったが、ルル・アッシュフォールズ(爆音デスギタリスト・e07589)が念のためにとフェスティバルオーラを放出する。オーラにあてられたレディースチームのメンバーは瞬く間に熱狂状態となった。ルルは腕を組んで眉間にシワを寄せ、大声を張り上げる。
「おうおうテメーら、このお方の話をしっかり聞いてもらおうじゃねーか!」
 ガラの悪いルルの態度に、レディースチームは盛り上がりながら同意を示す。
「姐さん、お願いしますッ!」
 ルルは、腰を深く折り曲げて礼をした。その相手は、皇・ラセン(この身は太陽と共に・e13390)だ。
「アンタ達、こんなことしていいと思ってるの?」
 いいと思ってんのかよ、と、ルルもラセンを援護するように言う。
 プラチナチケットの効果で、レディースチームのメンバーそれぞれがラセンのことを先代総長、仲の良いチームの総長など『チームに意見を言える人物』だと思い込んでいる。一転して、気まずい雰囲気がレディースチームの間に流れた。ラセンはさらに訴えかける。
「チームをでっかくしたいのはいい……だけどそんな行き過ぎた力を使って……その子の恩返しをしたい気持ちを利用して! アンタ達は最低だよ! いつからそんな気合の入ってない腑抜けになったんだ! その子を本当に思うなら……とっとと立ち退きな」
「お前達、確と聞いたな!? 我らの邪魔にならぬよう立ち去れっ!!」
 ラセンの言葉に続いて、ナディア・ノヴァ(ひなげしの花・e00787)が膨大な殺気と剣気を解放した。その気配に圧されたレディースチームは、ただただ呆然として、大人しく立ち去ろうとする。
「ケルベロス相手じゃ無理よ! 逃げましょう!」
 椿・火蘭(ドラゴニアンのブレイズキャリバー・e03884)もプラチナチケットを使用し、ダメ押しとばかりに逃走を促す。ケルベロスたちの連携で、レディースチームたち全員が公園から立ち去った。
 残されたメグミの前に、楚・思江(楽都在爾生中・e01131)が立ちはだかる。
「嬢ちゃん、悪いが、お前さんを見逃すわけにゃいかねえんだ」
「やっと姐さんの役に立てると思ったのに……邪魔しないでよおッ!!」
 メグミはその身に這わせた植物を間断なくうねらせて、強い敵意を示す。
「一刻も早く、力になりたかったんだね。だけど……近道して得られる力ほど、怖いものは無いんだよ……」
 レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)が、悲しそうにメグミを見つめた。
 
●異形の力
 メグミは怒りのままに植物をルルへと伸ばした。対象の目前まで来たそれはハエトリグサのような形となり、大きく開く。が、ハエトリグサが噛み付いたのはクリス・クレール(盾・e01180)の腕だった。
(「己は『盾』」)
 戦友を庇えたことに、盾としての働きができたことに喜びを覚え、自然と笑みがこぼれそうになるが、今は戦いの時。クリスは鉄塊剣を構え、メグミを見据える。
「お前の相手は俺だ!」
 クリスは重い一撃をメグミに見舞った。メグミの攻撃で毒を喰らったのか、腕にさらなる痛みを感じた。続けざまにナディアが武器に地獄の炎をまとわせ、もう一撃を重ねようとしたが、メグミは素早く攻撃をかわした。ナディアは眉根をひそめる。
「誰かの役に立ちたいと思うのは立派だがな。方法を間違ってはいけない」
 異様な植物を体にまとった少女を、ナディアは静かに見つめる。その束の間の静寂を破ったのは、弌だ。
「何が武勇伝だ……何が夢だ……何が将来だ! それを奪う奴が、それを語るんじゃねーよ!」
 抑えきれない怒りをあらわに、仲間の前に防壁を展開する。それはクリスの傷を癒やし、毒を清めた。
 弌の相棒であるミミックのヘンペルも、勢いに乗じてエクトプラズムを吐き出した。武器の形を成したそれは、メグミのまとう植物をかすめていく。
 一方のレオナールは、静かに数歩踏み出た。
「君はどんな手段で種子を入手したのかな?」
 咎めるわけではない。しかし油断のない気配をもつレオナールの視線を、メグミは受け止めきれずにそらした。問いには答えずに。
「武力で力になることを選んだ君を否定はしないよ。……それでも、君を討たせて貰うよ。その力はいつか、君の守りたかったモノさえ壊してしまうかもしれないから」
 レオナールは静かに首を振る。そして次の瞬間「軍艦鳥」の名に恥じぬ痛烈な一撃をメグミに叩き込んだ。続けて火蘭が軽やかに跳び上がり、手にしたルーンアックスをメグミの頭上から叩きつける。しかし、鮮やかに決まった攻撃とは裏腹に表情は暗い。
(「……わたしがもしケルベロスじゃなかったら、この子と同じになってた気がするわ」)
 思江もまた、似たようなことを考えていた。戦闘でキレ易いという自身の問題点を、今回の事件と重ねていたのだ。
「『兵は禍なり』……か」
 余計な力を持ったせいで暴走した少女を、改めて見る。
(「一歩間違えれば自分も……いや、それを考えるのは今じゃねぇやな」)
 思江は低い唸り声を上げ、メグミを睨む。眼力による威圧感で、メグミがたじろいだ。
 続いてルルが思い切り息を吸い込む。息を吐き出すと同時に、地獄の炎とグラビティを乗せたシャウトで、メグミの周辺が連続して爆破される。巻き起こった爆風と炎に、メグミはモッシュされる。Exploding Moshpitに続けてラセンが間合いを詰め、指天殺を放つ。メグミの動きが鈍ったが、それでも戦闘意欲は消え失せてはいないようだった。異様な光を帯びた目で、敵意をむき出しにしている。
 恩返しをしたい一心で異形の力を手にした少女。彼女の力を利用しようとするリーダー。その構図を見てとったルルは悪態をついた。
「歪んだ関係だな、クソ最低だぜ」
 口からこぼれる炎を視界の端に見て、ギターを握る手に力を込め直す。
 
●交錯
「姐さんに恩返し、しなくちゃ……チームを大きくしたい姐さんの役に、立たなきゃ……」
 不気味に揺れるメグミの体から、ツルクサのような植物がクリスへと伸びる。難なくかわしたクリスは、目を閉じて呼吸を整えた。
「静は音ひとつなく、動は大胆に」
 メグミの横を追い抜くように通り過ぎ、一瞬のうちに叩き込んだのは横薙ぎの一撃。その直後、メグミの脇腹でうねっていた攻性植物が派手に吹っ飛んだ。
 戦闘は順調だ。であれば、今はその攻撃を援護するのが適切だろう。弌はナディアにエレキブーストを使用する。ナディアは弌を見て力強くうなずき、ひときわ強い斬撃をメグミへと放った。
「誰かの役に立ちたいと思うのは立派だがな。方法を間違ってはいけない」
 斬撃を放ちきった体勢のまま、メグミを正視するナディア。
「お前は、お前自身を大事にしなければならない……でなければきっと悲しい思いをする。お前も『姐さん』もな」
 痛みを覚える体にか、自分の行動にか。メグミは自らを抱きしめるようにして、なおも植物と化した部分をうごめかせる。
 どんな理由であれ、デウスエクスを利用して自身の欲望を満たそうとするなど、言語道断だ。それは恩返しではない。ラセンは次の一手を選択した。
「今ここに絶対悪が成されり……真の悪をその身で受けるがいい!!」
 ラセンの全身は黒く染まり、目のみが赤く紅く輝く異形へと変化した。両腕の地獄の炎は禍々しさを増し、黒々としたオーラが彼女にまとわりつく。その身にアンラ・マンユを憑依させたこの状態で放つ一撃は、メグミの植物と化した部分を大きく燃え上がらせた。災厄と呼ぶにふさわしい威力だ。それでもなお、顔を上げて立ち向かおうとするメグミに、レオナールは普段のような優しさを一瞬だけ見せた。
「救う、なんて言葉は使わない。……でも、無念だよ……」
 ふいに流れこんできた風が、哭く。まるでレオナールの無念さを表すかのように。
 レオナールによる風爆轟鎚――風を束ねた風圧の爆弾「風鎚」が、メグミを襲った。さらに火蘭がルーンを発動させ、斧を振り下ろす。
(「ケルベロスは幸運よ、大事な人を守れる力を持てるんだから」)
 だが、攻性植物の力を手にした少女は守る側ではない。既に襲う側、人類の敵となってしまった。
 思江が電光石火の蹴りを繰り出し、続けてルルが「片翼のアルカディア」を歌う。手にしたギターは爆音を奏で、地獄化した歌声で口からは炎がこぼれる。ファミリアロッドが蜥蜴の姿をとり、その身をライブ観客のようにくねらせる。ヘンペルも負けじと偽物の財宝をばらまき、メグミを惑わせる。
「あんたらを歪めちまったのは他ならねぇデウスエクスなんだろうな」
「今まで随分見てきたぜぇ、お前さんらみたいな奴をよ」
 ルルと思江が言葉をかけると、メグミは大きく肩で息をした。
 
●落ちた葉の
 半ば無意識に、メグミは身体の一部へ光を集め始めた。凝縮された光は光線となり、真っ直ぐに弌へ向かったが、それは弌とメグミの間に割って入った思江に直撃した。
「危なかったぜぇ」
 思江が余裕の笑みを見せる。焼けるような痛みをこらえて顔に出さないのは、年若い仲間への気遣いか。
 クリスは再び鉄塊剣を振り上げ、メグミへと叩きつけた。単純な攻撃であるだけに、その威力は重厚この上ない。ナディアもブレイズクラッシュを叩きつける。さらにレオナールが大鎌で斬りつける。
「俺達を恨んでくれて構わない。君の死を、背負わせてくれ」
 腕を押さえて足を引きずるメグミに、クリスの言葉は届いただろうか。メグミの口から漏れるのは、もはや主張でも悔いでもなく。小さな、かすれた声だけだ。
 火蘭は地獄化した心臓の炎をエンジン内のガソリンのように爆発させた。
「動き出せ、わたしの心臓! ぶん回せ、わたしの炎! もっと速く! もっと強く!」
 火蘭の鼓動は極限まで高まり、その勢いをもって肉弾戦でメグミに挑む。まるで自分を殴っているような嫌悪感を覚えていた火蘭は歯を食いしばり、拳をぶつけた。
 火蘭の鮮烈な打撃をおもむろに受け、メグミはゆっくりと芝生へ倒れていく。だが芝生の上に体を横たえることなく、葉一枚を残して少女の体は消え去った。風に浮いたその葉を、火蘭がそっと受け止める。仲間たちも、地球上のどの植物とも知れぬ葉を静かに見つめた。
 思江は気落ちしそうな仲間をフォローするように、困ったように笑った。
「あぁ、ホラ皆。そんな暗ぇ顔すんじゃねぇよ。この一件を耳にした時から、随分苦い思いをしてきたんだ……もう、充分さ」
 思江の言葉に、火蘭とレオナールは静かに頷いた。
「……そうね。せめて最後は、綺麗に埋葬してあげたいわ」
「そうだね。こんな手段を取ってしまうほどに、生真面目で、真っ直ぐな子だったんだから……」
 ケルベロスたちは、埋葬できそうな場所を公園内に探し始めた。その最中、ふと聞こえてきたのは数人の話し声と足音。レディースチームだ。彼女たちの中にリーダーの姿を見つけたナディアはすぐさま近づく。次いで、リーダーの頬を軽く叩いた。
「辛くとも、目を逸らさず受け止めろ」
 上に立つ者なら尚更な、と。ナディアは仲間の手にある葉をちらりと見た。レディースチームはそれを見て、黙りこむ。
「てめぇらが取り零した命だ。精々胸に刻んで惨めに生きるんだな」
 弌は彼女たちを睨み、吐き捨てるように言う。俺もだが、と付け足したのを、ヘンペルはじっと見上げた。
 そうして、レディースチームも見守る中。火蘭によって、一枚の葉が埋葬された。
「もうこんな悲しみを起こさないように、二度と間違えるんじゃないよ」
 彼女たちに言い聞かせるように、ラセンは言葉をかける。レディースチームのリーダーが小さく静かに、嘆きとも後悔ともとれるような息を吐いた。その息は冷たい夜の空気に白く現れて、すぐに消えた。
 クリスがゆっくりと夜空を仰ぐ。
「安らかに眠ってほしい。君という存在がいたことは、忘れない」
 澄んだ夜空に、星が瞬いていた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。