画龍点睛

作者:つじ

●龍へと至る道
「喜びなさい、我が息子」
 薄暗い室内で、仮面で素顔を隠したドラグナーが『実験体』へと呼び掛ける。
「施術は成功しました。お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得たのです」
 それに対し、実験体が生返事を返す。その視線はこの仮面の男ではなく、実験を終えた自らの身体に注がれていた。
 掌、そして手の甲、伸ばした指先、握った拳に満ちる力。順番にそれらを確かめると、その両腕から黒い『気』が立ち上り始める。
「……お前には感謝している。鍛錬のみでは、決してこの境地には辿り着けなかっただろう」
「それは結構。ですが、その身は未だドラグナーとしては不完全な状態。放置すればいずれ死に至るでしょう」
 それを回避し、完全なドラグナーとなる為には、与えられた力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある。仮面の男は狂気と熱情を秘めた声音でそう説明した。
「成る程、最後の一画は自分の手で、ということか」
 それもまた良しと頷き、新たに生まれたドラグナーは枯草色の外套を手に、建物の外へと出ていった。

 生まれ変わった瞳で空を見上げ、目を細めて月を眺める。
「強さこそが力、力こそが全て。お前もそうは思わないか?」
 思い浮かべた誰かにそう呟いて、ドラグナーの『花折』は姿を消した。

●ドラゴンキラー
「皆さん、聞いてください! また『竜技師アウル』が新たなドラグナーを生み出しました!!」
 集まったケルベロス達に、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が大きな声で呼びかける。
 竜技師アウルと言えば、最近になって人間をドラグナーに変える事件を起こしている存在である。そのドラグナーは、未完成状態であることが多いはずだが、話によると今回もそれに該当する案件のようだ。
「このドラグナーは、完全な状態になるために大量のグラビティ・チェインを必要としています! 無差別な殺戮が起こる前に現場に向かってください!!」
 自らの声が届いたのを確認し、慧斗はディスプレイに詳細な情報を表示する。先の訴えの通り、今回の敵は一体のドラグナーである。
「ドラグナーにされる前は拳士、拳法家……そういった方だったようですね。戦闘になった場合も、その身を武器に攻撃してくることでしょう!」
 ケルベロス達の得物で言うならバトルガントレット、バトルオーラによる攻撃を仕掛けてくると考えれば対応しやすいだろう。
「そしてこのドラグナーですが……この地方都市に潜伏し、『闇討ち』を行っているようです」
 少々不可解、といった様子で慧斗が続ける。狙われるのはどれもドラゴニアン、そしてその同行者や目撃者である。
「このドラグナーなりの拘り、趣向、そういったものでしょうか。時間ぎりぎりまで、虐殺ではなく厳選した獲物を狙うつもりのようです」
 おそらくはドラゴニアンに対して特別な感情を抱いているのだろう。夜の街、神出鬼没の敵ではあるが、この情報を元に誘き寄せる事は可能だ。
「廃ビルや路地裏など、人の少なそうな場所をピックアップしておきました。そちらで戦闘に入れば一般の方へのフォローに手を割く必要は無くなります。
 都合の付くドラゴニアンさんがいなかった場合は、えーと……まぁ、何とかしてください! コスプレとかで!!」
 敵は好戦的、というよりは強さを求める求道者といったタイプのようだ。一度戦いになれば逃げる事はないだろう。

「彼に何があったのか、正確なところは僕にも分かりません。けれど、越えられない壁を目の当たりにして、もがく気持ちは何となく分かります」
 『ヘリオライダー』である慧斗は、どこか複雑そうに『ケルベロス』達に目を向ける。戦う力に限って言えば、大きな隔たりがそこにはあった。
「とは言え、彼の結論が間違っているのは断言しても良いと思います! どうか、このドラグナーが悲劇を生む前に、撃破してください!」
 迷いを振り切るように大声を出す慧斗に、黒いレプリカントが頷いて返す。
「……」
 行こう、と。黒柄・八ツ音(レプリカントの降魔拳士・en0241)はヘリオンを指さし、仲間達を手招きした。


参加者
ファン・バオロン(上海蟹・e01390)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
英・揺漓(絲游・e08789)
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)
佐伯・誠(シルト・e29481)

■リプレイ

 地を這う尾に、空を遮る翼、そして天を衝く角。人と同じ姿を取ろうとも、主張するそれらこそが竜の証明。それを見せつけるようにして進む一団を見つけ、男は静かに、その様子を探り始めた。

●餓龍
「邪魔なんだよ、オラァ!」
 一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)の手にした鉄パイプが地面を打ち、人気の無い路地裏に硬質な音が響く。レザー系の服装で固めたその姿は、普段の彼を考えれば『らしくない』ものだろう。そしてその後ろには、黒ずくめにサングラスの黒柄・八ツ音(レプリカントの降魔拳士・en0241)が肩をいからせて続いている。
 何にせよ人の目が無いところでイキがるのは少々難易度が高いのだが、これも作戦の一環である。
「これで引っかかるだろうか……」
「さて、どうだろうな。案外もう襲撃のタイミングを窺っているかも知れんぞ」
 その後方の英・揺漓(絲游・e08789)の懸念に、ファン・バオロン(上海蟹・e01390)が応じる。今回の敵は居場所が明確ではない。だがこの二人のようなドラゴニアンを優先して狙うという情報は確かなはずだ。
「だとしても、不意打ちは受けたくないですね」
 四方の暗がりに目をやり、アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)が周囲に注意を巡らせる。遭遇するのか襲い掛かってくるのか、今のところ予測はつかないが……。
「こちらから仕掛けた方が早いわよね?」
「一理あるが、それはもう少し後だ」
 三人目のドラゴニアン、リィ・ディドルディドル(悪の嚢・e03674)の言葉を、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)が拾う。思い浮かぶのは『大声で呼びかける』、『飛んで見せる』などの手段だろうか。上手くすれば主導権を握れるだろうが、同時に一般人の注目も引きかねない。どちらも一長一短ではあるのだが、一同はとりあえず、現状意地での巡回に努めた。
 強さを求め、暴れる対象。そして人気の無い場所をパトロール。その状況に浮かんだ既視感の正体を捕まえ、警察官である佐伯・誠(シルト・e29481)は廃工場を見上げて呟いた。
「……まるで不良の検挙だな」
「餓鬼のようだと笑うか。……まぁ、実際その通りだろうよ」
 答えたのは、その影から漏れた声。警戒を促すようにオルトロス、はなまる号が唸る先から、自嘲気味に笑う男が進み出た。枯草色の外套を肩にかけたその風体は、間違いなく今回の標的のもの。
「出てきたわね……」
 スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)が身構え、辺り一帯を殺界で覆う。彼女の目配せを受け、八ツ音とフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)は付近に人が残っていないかの確認に回った。
 姿を見せたドラグナー、花折は消えた二人を放っておき、残ったケルベロス達の一人に目を向ける。
「久しいな、揺漓」
「貴方が師の下を去ってから、まさかこの様な形で再会することになるとは……」
 こちらも油断なく構え、揺漓がその視線に応じた。両者の構えは多少な差こそあれ、基本的にはそっくり同じもの。二人は同門の徒、いわゆる兄弟弟子の関係にあった。
「其れが香琉……貴方が本当に求めていた強さだと言うのか」
「さあな。だが、強さこそが力、力こそが全てだ。弱いままでは居られない。そうだろう?」
 感情を押し殺した揺漓の問いに、兄弟子は諭すように答える。だが同意を求めたその言葉に、スズネが割って入った。
「揺漓を同類扱いしないで頂戴な。昔はどうであれ、今は私の好きなお店の素敵な店員さんなのだから」
 それに対し、花折が意外そうに片眉を上げる。少しだけ面白がるような色が混ざるが、戦意そのものに揺らぎはなかった。
「生ぬるいな。だが……」
 構えた両腕から漆黒の『気』が立ち上る。夜闇よりも暗いそれを纏い、ドラグナーは地を踏み締めた。
「相手に取って不足はない。揃って私の糧となれ」
 重い衝撃音と共に踏み込み、花折がケルベロス達に襲い掛かる。

●強弱の境界
「真武館当主ファン・バオロン、真武道源流・真武活殺法にて。一芸、披露仕る」
「一つ、手合わせを……いや、仕合っていただこう」
 敵正面に立ち塞がったファンに、花折の拳が向けられる。拳打に次ぐ肘打を払い、続けて振り上げられた足を、身を逸らして躱す。反撃に放ったファンの拳はしかし受けられ、代わりに強力な突きを食らう。姿勢を崩し、一歩退いたファンに、花折がさらに距離を詰めにかかるが。
「ッ……鞭、いや、鋼糸か?」
 ファンが横薙ぎに振るったそれを躱すことで、その足が止まった。
「隙あり、だ」
 そこに誠の破鎧衝が決まり、得物を構えたアルルカンが連撃の構えに入る。
「楽しませてもらいましょう」
 放たれるは金銀花葬。鮮やかな剣舞は、しかし一歩及ばず敵の身を掠めて過ぎた。
「行くぞ、避けろよ?」
 短い呼び掛けは、敵の至近距離に居るアルルカンに向けて。直後、ルースが砲撃形態を取ったドラゴニックハンマーをぶっ放す。砲弾を受けて大きく後退した花折に、再度仕掛けるタイミングを測りつつ、アルルカンが興味深げに目を細めた。
「強さこそが力、力こそが全て……と。その強さが折れたり躓いた時にどうするのか、見ものだとは思いますが」
「そう? あまり面白そうには見えないけれど」
 そっけない口調で応えつつ、リィがその背を飛び越える。翼で姿勢を制御し、目の前の敵――折れ、躓いた末、命がけの実験に身を投じた存在に、旋刃脚を打ち込む。槍の如き一撃は敵の防御をすり抜け、腹部へと突き刺さった。
「強さを求める気持ちはわからなくもないけどな……」
 それでも他人を巻き込むのは許せるものではないと、狙いを定めた雄太がエネルギーの矢を放ち、揺漓も続いて旋刃脚を仕掛ける。
「ほう、これならば……!」
 対する花折は、確実にそれに対処してきた。高速で飛ぶ矢からその身を逸らし、掌打で揺漓の蹴りを相殺。反撃を、と走る前に、ケルベロス等の猛攻を凌いだ自らの手を、花折は感じ入ったように見つめた。
 地力の差が出た形か。未完成の状態であるとはいえ、ドラグナーと化した花折の力量はケルベロス達を上回っている。
「全く、大した実験だな」
 恐るべきは竜技師アウルの手腕か。敵を生み出した『改造手術』に悪態をついたルースに、ファンが応じる。
「ああ。とはいえ、それ頼りというだけでも無さそうだ」
 彼女が言及しているのは改造のベースについて。恐らく、積み重ねられてきた鍛錬が、ドラグナーと化した体で結実しているのだろう。
 ……だが、そうであればこそ、余計に。
「……手を、借りられるだろうか」
 複雑な思いを胸に、揺漓が二人に声をかけた。

「どうした、これで終わりではあるまい?」
 一瞬の思索から我に返り、花折が挑発するように告げる。
「勝手なことばかり言うわね、自分本位なタイプかしら?」
 人形型のドローンから護符を受け取り、スズネがそれを展開。戻ってきた八ツ音とフローネもそれに合わせて『盾』を広げた。
「アメジスト・シールド、最大展開!!」
 護符の後ろに紫水晶のように輝く盾が生じ、強力な攻撃に対する壁となる。
「ふん、その程度……」
 先程の攻撃のような強力な一撃を受ければ、それらは崩れ去るかも知れない。だが確実に、一撃を和らげる役割は果たせる。
「おまえがやってるのは強者に対する挑戦じゃない。弱者を選んでなぶっているだけだ!」
 余裕の表情を浮かべる花折に、雄太が仕掛ける。打ち込まれるのは、敵の身を穿つ達人の一撃。
「ほう、自ら弱者を名乗るのか」
 ドラグナーが刻まれたそれを一瞥する内に、雄太は離脱し、一度距離を置く。
「ああ、俺達は弱いさ。おまえ一人に8人がかりさ。だけどな、だからこそ強いんだ。一人で弱い者いじめしかできないおまえとは違う!」
「個の強さとは違うと? ならば自分は今のままで良いと、お前はそう思っているのか?」
 腕に黒い炎を纏わせ、花折が問う。ほんの数日前ならば、この男は弱者を自称した雄太に並ぶことさえできなかっただろう。
 強くなりたいと、そう願った末の力を雄太に向け、花折はそれを気弾の形で解き放った。
「逆に聞きたいのだけど、どうして『そのまま』では居られなかったの?」
 そこに立ち塞がったリィが、重ねた両腕でそれを受け止める。
「『普通』も『平穏』も、そこにあったのに」
 表情が僅かに、不愉快げに歪む。原因は痛みか、それとも手に入らなかったものに思いを馳せたゆえか。
 だがそんな彼女に対し明確に、花折は敵意を剥き出しにして見せた。
「それは持てる者の理屈だ、ドラゴニアン」
「そう。分からないわよね、なりそこないのドラグナーには」
 言葉を交わす中で、追撃を狙った花折が距離を詰める。
「ないものねだりか。ほどほどにしとけよ」
 だが不治の病を宣告したルースがそこに割り込み、ドラゴニックハンマーの引き金を引いた。
「ッ……!?」
 至近距離で放たれたそれは、爆音と衝撃、そして煙で敵を攪乱する。さらに戸惑う敵の右腕を、ファンの武器が絡め取った。
 銀色に輝くそれは、鞭か、糸か。実際はそんな生易しいものではない。彼女の扱うその紐は、鋼鉄の剣と同義である。
 力強く引かれた紐が、強化されたドラグナーの皮膚を、肉を深く斬り裂く。そして血飛沫の舞う煙の中、それらに紛れて飛び込んだのは真白の花。
「揺漓……!?」
「打ち砕け――俺に咲きたる、白き花」
 十里香勁。揺漓の振るった拳は白のオーラを伴い、花折の頬を打った。

 見事に決まった一撃に、ルースが口の端を上げて揺漓を見る。
「気分はどうだ?」
「……悪くはない」
「そう? それであなたは、弟弟子さんに一発もらった気分は如何?」
 続けてスズネが、敵である花折に話を振る。もっとも、そちらから答えは返ってこなかったが。
 代わりに、もう一度構えた揺漓が口を開いた。
「俺は貴方より強くなってみせよう。但し皆と共に、だ」
「……!」
 それは、訣別の宣言。もはや分かり合える事は無く、互いの道が重なる事は無いのだと。
「皆で花折……お前を撃ち倒す」
 香琉ではなく、花折と。相手だけではなく自分に言い聞かせるように、彼は敵の名を呼んだ。
「皆と共に、か」
 そして、その宣言は対する花折からも、微かに残っていた惜別の色を消し去る。
「そんな甘っちょろい言葉など、私は断じて許さない」
 握り締めた両の拳、そして踏み締めた両足から黒炎が上る。漲る気が傷を癒す。仕切り直しだと言わんばかりに、花折の目が剣呑な光を宿した。

●強さの形
 回復し、足止めや麻痺の効果を打ち消しにかかった敵に対し、ファンもまたシャウトと共に吼えて返す。
「どうした、お望みのドラゴニアンが相手だぞ。もっと気を入れて攻めてみろ」
 ドラゴニアンに対する敵意で攻撃を偏らせる敵に、ファン、リィとボクスドラゴンのイド、そして雄太は壁となって挑んでいた。
「敵は単体攻撃が主体ね、対応は楽だけど……」
「足りない分は俺たちが埋める!」
 スズネの手にあるリングから光の盾が生まれ、負傷したリィの周りを固める。それでもなお癒し切れない分は、イドの属性インストール、雄太の気合溜め等で補っていた。
「龍がどうのと吼えてはいるが、何かの背を追っている内は所詮二番煎じだぜ?」
 アンタの目指すところは何者か。ジャマーとして足止め、援護に徹するルースが、バスターライフルから凍結光線を放ちながら問いかける。
「何番煎じでも構わん。龍の如く、強く。それだけだ」
 両腕のオーラが活性化、それを確認したリィが、ルースの前に身を挺した。
「これは、任せて」
 両腕を使ったこの攻撃はセイクリッドダークネスか、その亜種。そう目星を付けての行動だ。……どう見ても、白い光は放たれていないが、それはともかく。
「潰れろ……ッ!」
 単純な、しかしその分強力な諸手突きを、リィは正面から受け止める。両腕に続いて送り込まれるオーラの濁流が彼女の小柄な体を呑み込む、が。
「予測通りね」
 果たして、耐性を準備したリィの狙い通り、そのダメージは最小限に抑えられていた。それでもなお甚大なダメージに、自らタナトスの林檎を施す事になってはいたが。
「よし、少し下がっていろ」
 攻撃は任せるようにと、誠が追尾の矢を放ち、はなまる号がそれに続く。
「悪いな、お前の好きな龍でもないし、生まれついてのものでもないが……強ければ良いんだろう?」
 狙い済ましたそれと、オルトロスの剣が敵を追い詰めていく。
「竜だけとは言わず、獣の爪も味わってみては如何です?」
 さらに獣のそれと化したアルルカンの腕が、足止めの利いた花折を捉える。
「なるほど、この辺りが効きやすいようだな」
 狙うと共に敵の観察に努めてきた誠が、属性的な弱点を見越して仲間にそれを伝える。狙うポイントが確定し、ケルベロス達は詰めに向けて攻撃を激化させていった。

 当初こそは攻撃の当たらなさに手を焼いたケルベロス達だが、その状況は既に覆った。敵が気を漲らせ、改善を図ったところで既に遅い。
「見切ったぁ! ここが、急所だ!」
 地獄突き。放たれた雄太の貫手が、弱った箇所を抉り、回復を妨げる。
「形なき声だけが、其の花を露に濡らす――」
 そして今度こそ、アルルカンの剣舞が花弁の幻を形作った。
「力こそが全て――、概ね同意するわ。だからあなたはここで死ぬのよ」
「私も強い人は好きよ。けれど外道に墜ちた時にこの終焉が定まったのよ」
 その間に、リィのマインドシールド、スズネのステルスリーフによって、倒れる寸前だったファンが体勢を立て直していた。
「行くぞ、ドラグナーの拳士。これが『終わり』だ」
 彼女の右腕で地獄が盛り、冷気を生み出す。熱の活性と非活性、その矛盾はやがて臨界点を迎える。
 その名は無為。受けきる事を許さぬそれに、花折の身体が抉られた。
「私が、負けるのか? お前が、お前達が、正しいとでも?」
「少なくとも、お前は負ける。それだけは確かだ」
 誠の達人の一撃、そこで倒れそうになった体を、背後からルースの手が掴み取る。
「敗北が近づいてきたぞ。さぁ、何を感じる?」
 VIXI-I。『愛』か、『恐怖』か。頚椎を手の内に握ったままルースが問う。捕まった花折の目に映るのは、白と黒、二つの光を携えたドラゴニアンの姿だった。
「カオル……」
 揺漓にとっては、家族のように育った男の名だ。だが、かけるべき言葉は既に無い。
 セイクリッドダークネス。ルースの手を振り切り、最後の抵抗に出た花折を、揺漓の両腕が迎え討った。

●交差点
「終わった、か」
「皆、無事だな?」
 決着を見届け、自分の膝に両腕をついた雄太と、ファンが被害状況を確認する。各々の負傷に重いものは無く、建造物については八ツ音がヒールを始めている。何より、ここは元から廃工場だ、多少形が変わったところでうるさく言ってくる者もいないだろう。
「雄太?」
「ああ、こっちも大丈夫」
 腕に感じる微かな震えは、疲労によるものだろうか。何にせよ、仲間には伝わらなければ良いと雄太は願った。

「違えども、また道は交わる。そう思っていたんだがな」
 倒れ伏した花折に歩み寄り、揺漓がそう口にする。
「こちらの道は途切れていた。……いや、私が勝手に降りただけか?」
 上体を起こすのに失敗し、仰向けになった花折がそれに応じた。零れた血が口元を濡らし、その眼からは光が失われていく。
「どちらにせよ、龍には届かなかった。あとは……」
 続くべき言葉は、きっとそこにはあったのだろう。だが、声はそこに至る前に、途切れてしまった。
 強さを求めた道に絶望し、ドラグナーと化した男。彼が最期に何を思ったのか定かではないが、表情を見る限り、そう悪いものではなかったようだ。
「同情はしないわ。自分で選んだ道でしょう?」
「付き合わされる者はたまったもんじゃないよな」
 リィの言葉に、誠が所感を付け足す。兄弟子の行動の結果を受けて、揺漓は仲間達に向き直った。
「……すまないな。それから、礼を言わせて欲しい」
「アンタが気にすることじゃねえよ」
 即座に否定したルースに続いて、アルルカンとスズネが揺漓に駆け寄る。
「それじゃ、帰りましょう」
「戻ったら、またコーヒーを淹れてもらえる?」
「ああ、もちろんだ」
 そんな二人に頷いて答え、揺漓は皆に続いて引き上げに入る。そして最後に、兄弟子の亡骸のあった場所を振り返った。
 戦いの末、ぶつかり合った道の片方は途絶えた。しかし、残ったもう一つは、これからも続いていくだろう。

「香琉。どうか見ていてくれ、此れから俺が行く道を――」

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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