焼き立てピッツァを召し上がれ

作者:遠藤にんし


「自分でピザを焼くって、絶対売れると思ったんだけどなー」
 残念そうに店――店だった建物を掃除しつつ、女性は言う。
 彼女が焼き立てピザを食べるお店をオープンしたのは半年前。
 そして閉店したのは、つい先日のことだ。
「焼き加減とか乗せ方とか、みんな間違えすぎでしょ……でも手助けナシが大正義だからこっちは何もできないし……」
 ぼやきつつ店内の掃除をしていた女性の動きが止まる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 女性の心臓に刺さったのは鍵――意識を失う女性のそばに現れたのは、ピザ生地を両手に持つドリームイーター。
 そのドリームイーターの誕生を見届けて、第十の魔女・ゲリュオンは姿を消すのだった……。


「潰れてしまった、ピザを焼いて食べる店が狙われたようだ」
 高田・冴はそのように説明を始めた。
「トッピングも焼き加減も自由に――というのが売り文句だったようだが、店主はピザの焼き方とかを説明したり手伝ったりすることもなかったらしい」
 その結果、ピザを焦がしたり生焼けにしたり、トッピング過剰で生地が破けて駄目になったりする人が続出。
『普通に焼き立てピザの店に行った方が良いのでは?』という評価になってしまい、潰れたようだ。
「店を潰してしまった『後悔』が、ドリームイーターを生んでしまった」
 ドリームイーターの力によって、店は営業を再開している。
「だが、ドリームイーターは近くを通りがかる者なら誰でも構わず引き込もうとするだろう」
 もし逆らえば、殺されてしまうのは間違いない――ケルベロスでなければ、このドリームイーターは止められないのだ。
「敵はピザ屋から出るようなことはないから、探す手間はないね」
 今から向かえば一般人とも遭遇しないはず。戦いに持ち込むのは容易だろう。
「ただ、出自が『後悔』だからかな、店のサービスを楽しむと弱体化するらしい」
 具体的には、クラッシャーのポジション効果が失われるようだ。
「戦いを有利にする上でも、美味しいピザを食べる上でも、ピザを焼いて食べてみるといいね」
 羨ましいよ、と言い残して冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
ノア・ウォルシュ(太陽は僕の敵・e12067)
ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)

■リプレイ

●ピッツァタイム
「夢半ばで潰えるだけでなく、それが人を襲うのならとてもかなしいことですから……せめて最後はかなえてあげたいですね」
 入店してすぐにあるキッチンに材料等を広げつつ、サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)はつぶやく。
 うなずきつつ、月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)は店主のドリームイーターにこう尋ねた。
「作るときのコツってあります?」
 問われたドリームイーターは薄く笑み、答えた。
「なんか、いろんな……色々だよ!」
 言いつつ、それ以上の質問を避けるかのように遠ざかっていくドリームイーター。
「……接客態度にも問題があったんじゃないかしら」
 アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)はつぶやきつつ、豚肉を切り始める。
「親切心が無いとどんなお店でも長続きしないのは当たり前よね」
 アーティアの言葉に苦笑交じりにうなずくのは、竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)。
「アレンジをする自由が失敗をする自由、ってんじゃハードルは高いなぁ」
 失敗をしてしまわないように、一刀はピザのレシピブックには目を通してきていた。
 特に、トッピングや焼き加減についてはよく確認をしておいた……トッピングの重みでピザが崩壊したり、生焼けや黒焦げは避けられるはずだ。
 餅は小さく切り分け、海苔とベーコンは食べやすさと食べ応えの両立できる程度の大きさに。
 同じく和風ピザを作るアーティアは梅肉を生地にぺたぺたと塗っている。
「スプーンの背を使うと良いですよ」
 微笑みかけたのはサクラ。
 サクラはジャガイモとベーコンをトッピングに用い、生地の上に均等に乗せていく。
 ボクスドラゴンのエクレールはサクラの視線を受けると、胡椒とマヨネーズを抱えて飛んできてくれた。
 アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)はエビやホタテをふんだんに使ったシーフードピザ。ソースが少し跳ねてしまったが、エプロンのお陰で事なきを得た。
 ゆでたブロッコリーをザルにあけ、バレンタイン・バレット(ひかり・e00669)はトマトペーストの塗られた生地にのせていく。
「すきなものを、おいしくたのしく!」
 うきうきと増えていく具材――赤と黄色のパプリカ、アボカド、トマト。
 ちょっと考えてからゆで卵のスライスも追加。きょろきょろとチーズを探していると、ルル・キルシュブリューテ(ブルーメヘクセ・e16642)が渡してくれた。
「ありがとう!」
 そんなルルが作っているのはデザートピザ。
 苺やブルーベリー、バナナを乗せ、今はホイップクリームを泡立て中。
「余熱が終わったよ。焼いていこう」
 いくつかある窯の面倒を見ていたノア・ウォルシュ(太陽は僕の敵・e12067)は言って、ルルのピザ、次いで近くのボウルに視線をやる。
「そこのは乗せなくてもいいのかい?」
「焼くと苦味が出ちゃうの。彩りにもいいんだよっ!」
 ボウルの中のキウイとオレンジについてそう説明を受け、なるほど、とノアはうなずく。
 自炊の経験はそれなりにあるノアだったが、細やかな気配りは流石と思えた。
「強火にして……っと」
 四種のチーズをどっさり乗せたクワトロフォルマッジに、肉や海鮮といった火を通さないと食べられない食材はない。
 そのため時間をかけてじっくり焼くより、チーズが焦げない程度にしっかりと焼いた方が良いのだ。
 生地を回転させながら焼いていく京華――一刀もピザを窯に入れ、サクラも続く。
「美味しく食べられたらいいのですが……」
「きっとうまいぞう!」
 バレンタインもわくわく顔でピザを入れる中、アーティアはちょっと慌て顔。
「も、もうすぐ終わるわ」
 長いもを切る前に豚肉を切ってしまい、まな板を洗っていた分だけアーティアは出遅れてしまっていた。
 ノアは長いもに慎重に包丁を入れていたアーティアの元へ行くと、長いもを切るのを代わると申し出た。
「乗せるのをお願いしてもいいかな。センスが必要だからね」
 分担のお陰でピザは完成、窯の中で焼けていくピザを、アーティアはじっと見つめていた。
「――焼けたようですね」
 アイラノレが窯を開けると、チーズとシーフードの芳香が辺りを満たす。
 皆のピザが焼けるのはほぼ同じタイミング。
 窯がひとつ開くたびに、食欲をそそる香りが辺りを満たした。

●試食会
「おれ特製・野菜ピザ! ううん、おいしそうー!」
 仕上げのバジルを振ったバレンタインは、きょろきょろと一同のピザを見て。
「おうい、わけっこしようぜ!」
「どれもおいしそうですね」
 サクラはピザを取り分けて、バレンタインのピザも一切れもらう。
 野菜とバジルは爽やかな風味で、トマトから出た汁もあって非常に食べやすい。
 それでも淡泊には感じないのは、スライスゆで卵の存在感と、濃厚なアボカドのお陰だろう。
「皆なかなかに個性が出るものじゃなぁ」
 差し出されたサクラのピザはジャーマン。受け取り、一刀はまだ熱いピザにかじりつく。
 ベーコンとチーズの塩気が過剰とは感じられないのは、ホクホクのじゃがいもが受け止めてくれているからだろう。
「……結構美味しくできたかも」
 そんなノアの声に、バレンタインは手を伸ばす。
 ピッツァ・マルゲリータはトマトソースとチーズだけ。
 シンプルだからこそ生地の旨味、トマトソースの酸味と甘み、舌を包み込むチーズを感じられる逸品だ。
「なかなか良い具合に焼けたよ。一つ食べてみてくれないかの?」
 一刀はドリームイーターにもピザを差し出し、近くにいた京華にも勧める。
「ありがとう」
 海苔の風味が引き立つ和風ピザ――餅もあって和の色が強いのにピザとしても成り立っているのは、ベーコンがあるからだろうか。
 様子見で自分のピザも食べてみる京華。
 少し焦げ付いてしまったように見えたが、食べてみると焦げも良いアクセントに感じられた。棚を探して発見したハニーポットも添えて、皿に乗せておく。
「いただきます」
 しっかりと手を合わせ、ハチミツと一緒にアーティアはクワトロフォルマッジを口に運ぶ。
「モッツァレラの柔らかさとカマンベールの濃厚さが、しっかり味わえるわね。塩気とハチミツのバランスも最高だわ」
 二口、三口と進めて、アーティアはつぶやく。
「ゴルゴンゾーラとブルーチーズ……喧嘩するかと思ったら、全然そんなこともないのね」
 そんなアーティアのピザは梅肉が利いていてさっぱり風味。
「たくさん食べてしまいそうですね」
 ひと切れをあっという間に食べてしまったアイラノレは、自身のピザをルルへと差し出す。
「具材が大きくて嬉しいっ!」
 チーズが絡んだエビやホタテはごろっと大きく、うかうかしていると落っことしてしまいそう。
 しかし満足感は非常に強く、落とさないように注意して食べるのもどこか楽しいものだった。
「大事な人たちにも食べてもらいたいわね」
 アイラノレのつぶやき――ほとんど同時に、窯が音を立てる。
 ちょうどピザを食べ終えたところだったルルは窯へ駆け寄ると、綺麗に焼き上がったデザートピザがおでましだ。
「甘くて美味しいピザの出来上がりっ」
 後乗せのキウイとオレンジは見た目にも可愛らしく、ノアはさっそくひと切れ貰うことにした。
 もちっとした生地の上のクリームは優しい甘さ。くどさやべたつきを感じないのは、フルーツの清涼感があるからだろう。
 ピザを囲むケルベロスたちの顔に笑みが広がる――楽しい時間は、そうして過ぎていった。


 ピザを平らげてしまえば、残るのは戦いの時間。
「すっごくたのしんでしまったぞう!」
 へへんと笑ってバレンタインはドリームイーターに急接近、声を張り上げる。
「燃えろ、太陽!」
 ピザはすべて食べてしまったから、焦げてしまうと心配もいらない。
 急速に膨らむ熱が輝きと共にドリームイーターを穿ち、一刀も剣と共に後に続いた。
 淀みない一太刀――ドリームイーターの抵抗は、腕を振り回すことによって。
 その腕を受け止めたのはアーティアだ。
『原罪赦槍』は微かにしなってドリームイーターを受け止め、アーティアは軽やかに弾き飛ばして薙ぎ倒す。
 ピザを作り、焼き、そして食べる――存分にサービスを楽しんだからこそ、ドリームイーターは弱体化していた。
「痛いままでいるのは苦しいでしょう?」
 告げるアイラノレの纏う施術黒衣『Plaszcz lekarza』から出現したのは、数えきれないほどのメス。
「動かないでくださいね、せめて少しでも楽にしてあげますから」
 歯車の文様を残像にメスは飛び、傷口へと麻酔薬を塗り込めた。
 きらきら舞い踊る星座はルルによって。イコも星々の中でくるくる回り、画面いっぱいの桜吹雪で仲間へとエールを送った。
 桜吹雪に目を細めるサクラもまた、仲間の護りのためにオウガメタルを呼ぶ。
 粒子の瞬き――エクレールの持つ属性と共に注がれる癒し、そしてノアの作りだした紙兵たちと、ウイングキャット・ペトロニウスの作る風。
 一気に賑やかになった戦場に躍り出て、京華は脚を一閃する。
 流星の煌めきが足元から湧き起こる――全身を包み込み、ふっと消えた。


 続く戦いは、終始ケルベロスの有利に進んだ。
 彼らがサービスを楽しんだために弱体化したドリームイーターは、元より回復の手立てを持ってはいない。
 攻撃に伴う妨げこそ厄介ではあったが、ルルは絶え間なくヒールをしていたから、不利な局面に追い込まれることはない。
「今日はどんな詩を聞かせてくれるの?」
 昼顔の詩人――シュピール。
 贈られた癒しの力はサクラの中で広がり、仲間を庇ったために深くなった傷を瞬く間に癒した。
 イコもルルと共に戦場を跳ね回り、ユーモラスな動きと明るい映像で仲間の気持ちを落ち着かせていた。
「天つの風を纏い、彩る想いを迸れ。唸れ、夢想の刃」
 アーティアの声に風が生まれ、オウガメタル『天衣』はいくつもの粒となって風の中を舞う。
「――風螺旋龍哭刃!」
 轟と、風が叫んだ。
 螺旋の力がドリームイーターをアーティアの元へと引き寄せる――接近する二人、がら空きになったドリームイーターの背後。
 その隙へと、大きく跳躍したバレンタインはエクスカリバールを投げつけた。
「いたいぞう!」
 生まれる傷痕に、サクラは蹴りで続いた。
 ドリームイーターはモザイクの手からピザ生地のようなものを作り出して投げつけてくるが、アーティアの受けたダメージはエクレールの雷がすぐに打ち消す。
「生地は武器ではありませんよ」
 微笑みは崩さないまま、サクラはドリームイーターをたしなめるのだった。
 ペトロニウスは鎖を揺らしながらリングをお見舞いし、ノアもまた縛霊手を叩きつける。
 動きの鈍ったところへ飛んできたのは、京華の拳。
「鉄拳制裁!」
 がっつーん、といういい音がして、壁に叩きつけられてしまうドリームイーター。
 アイラノレが構えた弓は、金の双翼。
「シャリテ、お願い」
 囁きかけた――矢が飛んだ。
 逃げようとも追いすがる矢に追い詰められ、気付けばドリームイーターは一刀の真正面に立っていて。
「主の煩悩百八つ。一つ残らずたたっきる。その『後悔』、ここに捨てゆけぃっ!」
 一刀の宿した炎が、ドリームイーターの全てを焼き尽くしていた。

 ――目覚めた店主へと、一刀は笑いかける。
「楽しい一時じゃったよ。ありがとう」
「ピザを自分で焼くというのは初めての体験だったのですけど、新鮮で楽しかったです」
 得難い経験ができた、と語るのはアイラノレ。
 営業していた期間は短くとも、同じ気持ちの客だっていたはず――そう続けて、アイラノレは店主に手を貸して起こす。
 とはいえ、改善点は色々とあっただろう……でも、言いたいことはひとつ。
「あなたの作ったピザも食べてみたいなー」
 もちろんとうなずく店主に、ケルベロスたちは喜びの声を上げるのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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