ウィッシュ・フォー・マイ・ホーム

作者:鹿崎シーカー

 瓦礫を大剣の切っ先でどかしながら、シャイターンの幼女は少し離れた場所をじっと眺めていた。
 無残に砕かれ、半壊した高級旅館。部屋の端から下をのぞくと、逃げていく人々の姿が小さく見える。わらわらと動く人影の中に、子連れの家族が混じっていた。
 小さな息子を抱いた父が、妻の手を引き去っていく。暗い瞳でそれを追う彼女の耳は、瓦礫が崩れる音を捉えた。振り返ると、血を流しながら這い出す宿泊客の老人。
「ぐ、ぬぅうう……なんだお前は! 俺に、俺にこんなことをしていいと……!」
 ぜいぜいと息を切らして、老人は幼女をにらむ。だが、その手に握られた大剣を見た目がぎょっと見開かれた。瓦礫に足を挟まれたまま、早口でまくしたてる。
「ま、待て! 何が望みだ!? 金か!? 金ならいくらでもある! なんなら他の物でもいい!」
 老人の命乞いを聞き流し、幼女は逃げ惑う人々を見つめ続ける。家族構成、年齢はまばらながらも、家族連れの客は多い。そのどれもが裕福そうで、何よりお互いを思いやる。テディベアを抱きしめ、剣を持ち上げた。
「なあ頼む! 殺すなら他のにしてくれ! 死にたくなあがッ」
 見向きもせずに振られた剣が、老人の顔を袈裟掛けに斬った。吹き飛ぶ頭半分。老人は残った片目で白目をむき、中身をぶちまけて倒れ伏す。無言で剣を下した幼女は、変わらず無感情な目で家族たちを見下ろしていた。
「……おうち……」
 小さくつぶやき、黒いタールの翼を広げる。そして逃げ惑う家族を追いかけ、宙に身を踊らせた。


「おうち……おうちかぁ……」
 遠い目でしみじみとつぶやいた跳鹿・穫は、こほんと咳払いをした。
 とある高級旅館にて、シャイターンが現れるという予知が起こった。
 エインヘリアルに使える種族のひとつである彼らは、定命化したヴァルキュリアに代わって死の導き手として事件を起こそうとしているらしい。
 しかしその方法は、かつてのヴァルキュリアが事故死した人々をエインヘリアル化しようとしたのに反して、自分で事故を起こして死んだ者をエインヘリアルとして選定しようとしているようだ。
 このような暴挙をみすみす見逃すわけにはいかない。皆には急ぎ現場に向かい、選定に現れるシャイターンを撃破してほしいのだ。
 先に言った通り、今回の戦場は山中に建つ高級な温泉旅館だ。高級なだけあって建物は大きく、なおかつ中には多くの宿泊客が滞在している。
 しかし、事前に中にいる人々を避難させてしまえば、襲撃対象が変更され事件を止められなくなってしまう。よって、あらかじめ旅館に潜伏し、シャイターンが来てから避難誘導することをお勧めする。
 また、最初の選定対象は運悪く瓦礫の下敷きになってしまった老人だ。金持ちだからか、高慢な性格をしており、シャイターンは本能に従って彼を殺そうとする。逆に言えば、彼を先に避難させると、別の人物が被害に遭うということでもある。老人には悪いが、救出は止めを刺される直前にすると良いかもしれない。
 出現するシャイターンの名は『フラン・ベルジュ』。大剣とぬいぐるみを手にした幼女の姿をしており、元々は東京防衛戦にて喪失した人馬宮ガイセリウムに暮らしていたのだという。炎を宿した大振りの斬撃は、見た目以上の破壊力を誇るため注意が必要だ。
 ちなみに、フラン・ベルジュは意図的に事故を起こす際、空から隕石めいて落下し旅館をほぼ半壊させる。崩壊寸前の旅館から大勢を人払いするのは、いかなケルベロスとて苦労するだろう。避難誘導や、フラン・ベルジュとどこでどう向き合うかも検討しておくといい。
「シャイターンにも色々あるんだろうけど、こっちだって同じだからね。ひとつ、お願いね」


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)

■リプレイ

「んー……こんなもんかな」
「すみません、なんか……全部やってもらっちゃったみたいで」
 地図を書き終えたヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)に、レカ・ビアバルナ(ソムニウム・e00931)が首を縮める。自作の地図を眺めるヴィルフレッドはイスに腰かけ、いたずらっぽく笑ってみせた。
「構わないよ。後でレカさんにもきっちり働いてもらうしね」
「も、もちろんです!」
 周囲を見回すレカ。夜のロビーに人は少なく、ちらほら浴衣姿を見る程度。他には受付近くの柱にもたれて音楽を聴くエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)。漏れ聞こえる幻想的なテクノビートをBGMに、フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)は地図の一枚を手に取った。
「にしても、よくこんなのすぐ作れるわね。あ、これもらってもいいかしら?」
「どうぞ。ま、情報屋の面目躍如ってやつさ」
 ヴィルフレッドをよそに、フレックはまじまじとマップを読み解く。少し長い静寂の中、耳鳴りめいて響く弱い音楽がラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)の靴音に破られた。
「戻りました。避難の方、協力していただけるそうですよ」
「あ、ありがとうございます!」
 腰を浮かせるレカに微笑むラズリア。フレックが、背を伸ばして立ち上がる。
「んーっ……避難経路は確認したし、あたし達は行きましょうか」
「ええ」
 首を鳴らし、うなずくラズリア。足を揺らすヴィルフレッドは二人を見上げる。
「じゃ、僕らは引き続き待機ってことで。エステルさんは?」
 二人の視線が肩を揺らすエステルに向く。白い外套をかけた肩がリズムを刻むのを見て、フレックが苦笑気味に肩をすくめた。
「来てくれる、と思いたいわね。……っ!?」
 直後、激震! 建物がシェイクされ、窓ガラスが次々吹っ飛ぶ。壁と扉が無惨にひび割れ、けたたましい非常ベルが鳴り響いた。目を開き外へ飛び出すエステル! 後を追い、翼を広げたラズリアが続く。
「ヴィクター様、行きましょう! 避難誘導はお任せします!」
「着いたらやられてたとか、無しだからね!」
 消える後ろ姿に叫ぶと、ヴィルフレッドはレカと顔を見合わせうなずく。
「急ごう。僕は瓦礫とかどかす!」
「私は館内放送借りてきます! 気を付けて!」
 言うが早いか、互いに背を向け走り出す。ややあって、天井のスピーカーからレカの声が響き渡った。
『皆さん、緊急事態です! 今すぐ外の駐車場へ向かってください! 慌てなくて大丈夫です。ご家族がそろっているのを確認し、足元に注意して避難してください! 繰り返します!』


 焦げ臭さが鼻を突く。燃え散る炎の残滓を横目に、刀を振り切った葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)は、焼け崩れた部屋にたたずむ少女を見据えた。クマと赤いリボンを結んだ大剣を手にしたシャイターンの少女を。
「……久しぶりですね、フラン」
 腹綿の出たクマ越しに、暗緑の瞳が瞬き。
「ガイセリウムの戦い以来、行方不明になってから……あなたが生きていてくれたのは、嬉しいです。たとえ、こんな形だったとしても」
 巨大キャンディめいた槍を持つアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)と紅蒼の二連刃を握る蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)が老人を背に身構えた。無言のフラン・ベルジュの瞳がどろりと濁り、刃を不浄の炎が舐め始める。風流は目をつぶり、華奢な肩を震わせた。
「私は……私は、またあなたを守ってあげられないんですね。……」
 大剣がゆっくりと持ち上がり、それに伴い剣が燃える。夜空に溶ける黒煙。紫がかった赤黒い炎が勢いを増す!
「フラン、私は……!」
「おじいさん、逃げてください……っ!」
 槍を構えてアリスが走った。フランが爆炎の剣を振り下ろそうとしたその瞬間、伸びた鎖が刃を縛る。振り返ったフランの目に鎖を握るエステルが映る!
「そのグラビティは渡さない」
 冷たく言い放つエステル対面からアリスが突撃! 雷電の刃を開いたキャンディをかざすアリス!
「……っ!」
 力任せに振られた剣が鎖を千切る! 焼き切った鉄を散らしながらアリスをたたき潰さんとする炎剣を、交叉した風流の二刀が押し込める。二人の背を押す光の追い風!
「行けッ!」
 銀のマントをひるがえした真琴は割った双刃を床に突き立て手を合わす。フロアに巨蟹宮の紋様が浮き、戦場の仲間を祝福。大剣の峰から炎を噴出したフランは風流を剣ごと押しのけ、勢いでアリスの背を打つ! 刺し違えで脇腹を裂く魔法の刃!
「うっ……!」
 エプロンドレスを不浄の炎が燃え焦がし、力尽くで叩き伏す。衝撃にぶち抜ける床を無感動に見下ろすフランへ、急上昇したフレックが稲妻を宿した刀を手に突進! 闘牛士めいて振られた真琴のマントが光風を起こして刃を包む!
「空亡ッ!」
 突き出された剣が雑な斬撃と正面衝突! 鍔迫り合いに持ち込んだフレックは真正面から幼顔をのぞきこんだ。
「こんばんは、フラン・ベルジュ!」
 腕力で押し返されたフレックに代わり、風流が飛び込む。二刀で大剣を左右に打ち据え、バランスを崩したフランに二刀を束ねた一閃! 血のように噴き出した炎に焼かれた風流の姿が蜃気楼めいて消滅し、離れた場所に現れた。炎の勢いが弱くなる。
 斬り裂かれ、露出した脇腹に残る火傷を見下ろすフラン。物言わぬ瞳に、フレックは切っ先を突きつける。
「一応、先輩として言おうか? そのやり方じゃ……あんたらが悲惨な目に遭うだけよ」
 剣を持ち直したフランが首を傾げる。後方ではラズリアと真琴が老人を逃がし、旅館地上では宿泊客が蜘蛛の子を散らす。床を破ってエステルが飛び出し、鎖でアリスをサルベージ。アリスは裾をはたいて炭を払うと、小さく頭を下げた。
「フランさん……私達が人馬宮を破壊したせいで……拠り所を無くしてしまわれたんですね……ごめんなさい」
 無言を貫くフランの前で、アリスはトランプを取り出す。
「……でも……だからと言って、命を弄んでいい事には……ならないです……!」
「まあ、そういうことだ」
 双刃を連結した真琴が親指の先を噛み千切った。血の滴が重力に逆らい宙を舞う。
「お前の事情がどうあれ、俺達にも譲れないものがある。それでもやる気なら……来い」
 無造作に大剣を振りかぶるフランに合わせ、真琴とアリスは手を挙げる。投げ出されたカードが血に濡れ氷結。同時にフランが燃える剣を横薙ぎに振り、不浄の熱波を解き放つ!
「森羅の根源たる力、我が血の元に呼応せよ!」
 膨れ上がった赤い氷塊が砕け、炎熱の前に壁めいたものが立ち並んだ。赤氷のトランプ兵団は炎を受け止め、背をひん曲げる。発生したブリザードが炎を飛ばしフランを飲み込んだ!
「っ!」
 目をつぶり熱と冷気の暴風を耐えるフラン。嵐が去り、開けた彼女の視界にラズリア、フレック、風流が飛び込む!
「天下に伏す大地の王よ、我が呼び声に応え給う!」
 銀河めいて光るラズリアの槍! 一歩引きかけたフランの背後を不可視の巨手が包んでふさぐ。槍からサファイアブルーの光があふれた!
「岩より出ずる石の槍持て、汝が敵を大地に還せ!」
 飛翔する蒼い光線を、フランは枝じみた翼を広げて跳躍回避。空から突き下ろした剣先から大きな火炎弾を連続で放つ。追って離陸する風流が三発を斬り捨て四発目をクロスガード! 弾ける爆風を突き抜け、剣閃を繰り出す!
「はっ!」
 大剣と二刀が激突! 二人を飛び囲む氷トランプ兵団で三角跳びし、エステルが鎖を投げた! 海蛇めいてうねる銀鎖が風流を弾いた剣に巻き付くと同時、思い切り引く。フランが空中でつんのめり、バランスを崩した。
「帰るところがないなら……」
 さらに引っ張り、エステルは肩に鎖を背負う。鎖の空中一本背負いがフランを引きずり下ろす!
「無に還れッ!」
 フランが鎖に釣られ落下する。炎を燃やして鎖を溶かし、なんとか脱するもそこは竜巻をまとったトランプ兵の包囲網! 赤い氷の回廊を飛ぶアリスが花をあしらったポーチにカードをスラッシュ。スートの光がエプロンドレスを這いあがった!
「チェンジ・ハートスタイル……!」
 再び上昇しながらフランは炎の剣を滅茶苦茶に振る! 殺到する炎斬撃の前を赤氷トランプ兵が全弾防御。真琴は砕けた氷から出た血染めのトランプをさらい、投げ上げる。魔力を浴びてシアン色になった風をガントレットめいて手にまとわせた。握り、開く!
「行けッ!」
 飛び立つ龍のごとく襲う竜巻! 対するフランは不浄の炎が燃える剣を高々と掲げ、一刀。紫炎の剣閃が竜巻を真っ二つにして突き抜け、真琴に直撃し爆発!  空色マフラーと桃色の上衣を焼かれつつ、呪符代わりのトランプに血を注ぎ込む!
「吹き荒れろ!」
「……!」
 八方からの吹雪がフラン締め上げ、即座にアリスと風流が挟撃。スートをあしらった聖騎士の槍と双魚宮の紋章が荒れ狂う気流に乗って背中と腹を斬りつける! 噴き出す血の炎をかき回すように、大剣が三日月型の軌跡を描いて反撃。二人をまとめて焼き退けた!
「く、ぅっ!」
「きゃ……!」
 二人を見据え、トランプ兵に取りついたエステルの鎖か魔法陣を展開。発射された音符型の光が二人と真琴の火傷を端から治癒する。だがフランは構わず下方に切っ先を向け火炎球を連続放射! 雨あられと降る炎をかわしてラズリアとフレックが急接近する!
「刻め、空亡ッ!」
 刃がぶれ、神速の剣が流星群めいた炎を細かく刻んだ。かすかにかかる火の粉を振り切るようにラズリアは加速。大きく羽ばたき殴りかかった!
「死を司りし忘却の王よ、我が呼び声に応え給う!」
 クマと剣を抱きよせ後退するフランの前で拳が空ぶる。なおも飛んで距離を取る彼女に、ラズリアは下げていた片手をさらした。そこには淡青に輝く歯車状の魔法陣と薄紫の槍! 緑の瞳が大きく見開く。
「深淵より生まれし崩壊の槍を持て、汝が敵を貫き葬れ!」
 詠い切り、生まれた槍を全力投擲! とっさにかかげた大剣の腹で穂先を受けた小さな背中に、エステルは鎖を振り下ろす。その先には赤氷トランプ兵を蹴ってダイブする聖騎士鎧姿のアリス!
「アリスさんッ!」
「ハート……ストライクッ……!」
 ポーチ付属のデバイスにカードをスラッシュしたアリスは真っ赤なハートの矢となり突っ込む! 振り向くフラン。目に鮮烈な赤が焼きついた瞬間、槍に押された大剣がひび割れ大爆轟を解き放った! 至近距離の二人を巻きこみ、不浄の炎が夜空を照らす!
「エステル! 二人を引っ張れ!」
「わかりました! くそッ……」
 超新星爆発じみた炎がトランプ兵を次々破壊! 中から現れた血染めのトランプに巨蟹宮のマークが浮かび、光と風で炎を散らす。ヘッドホンに触れたエステルは吹き散らされる爆炎内の気配に向けて、テクノビートを送り込んだ!
「I need to just be……!」
 口ずさむと同時、どうにか脱出した二人に真琴は符を張ったマントをはためかせる。光の風が仲間を焼く炎を消火し、フランを取り込む火球を払う。直後、四散しかけた火が再び集中! フランはクマを抱きしめ炎を大剣に収束。ヒビから炎が漏れだし始める!
「なんかまずい雰囲気! こっちよろしく!」
「フラン!」
 ヴァルキュリア二人が刀を携えて飛翔! 煌々と輝く大剣は病んだ太陽の如き禍々しい熱波を放つ。褐色の細腕が邪悪な炎剣をゆっくり持ち上げた、その瞬間。クモの巣状のヒビに木の枝めいた矢が突き立った!
「っ!?」
 刃に大穴が開き、炎が暴発! 思わず目をつぶるフランの膝に流星めいた矢が突き刺さり、矢尻の黒い糸をたどってヴィルフレッドが飛来する! 片方の手には二の矢をつがえるレカを抱く。
「すみません! 遅れました!」
「ヒーローは遅れて参上するものってね! そらっ!」
 軽く言いつつヴィルフレッドは黒い銃を連続発砲! 弾丸は黒い粘液となってフランを飲み込み、不浄の炎を強制鎮火。拘束を脱そうともがく彼女に、フレックは高速の一太刀を浴びせる。噴き出しかける炎をまたもやふさぐ黒いスライム。その真上に投げ出されたレカはリースめいた弓を引き、狙いを定める!
「意図的に事故を起こすとは、なんと罪深いことでしょう。……この一矢、決して外しません!」
 電光宿した矢が落雷めいてフランを粘液ごと貫いた。勢いに押された小柄な体がすさまじい速度で落下! 風流はフランを急降下で追いかける。千切れたスライムを追い越しながら見据えた先、固く抱きしめたテディベアの奥の口が小さく動いた。
「かざ、る……」
「……ッ!」
 唇をきつく引き結び、震える手で抜刀。翡翠の光を引いて飛んだ刀はフランの胸を貫き、焦げた旅館の床に着弾、黒い粉塵を巻き上げた。


「おい、おいお前達ッ!」
 旅館を出た面々に怒声がかかる。肩を怒らせて来る老人に、真琴は小さくつぶやく。
「ああ、無事だったのか」
「無事だったかだと? ふざけおって!」
 憤怒の顔で詰め寄る老人。
「金を払ったというに、なんだこの有様は! きっちり説明せい! 事と次第によっちゃあ……」
「ねぇ。おじいさんには、家族とか大切な人っているかしら?」
 口早な言葉をフレックが遮る。鼻白む老人を大して気にせず、さらに一言。
「もしも居るなら……やっぱり体は大事にしないといけないわね?」
「何を……脅しのつもりか!? いいか、儂はな!」
 言いつのる老人を無視して、エステルが隣を通る。ヘッドホンをかけたまま、小さくささやく。
「誰が命を助けたのか、よく考えてください。組織への献金、よろしくお願いしますね」
 振り返る老人に構わず、四人は旅館を見上げる。ひび割れた壁面や全て吹き飛んだガラス窓。中々大味な被害状況に、ラズリアは困ったように苦笑した。
「派手に壊れてしまいましたね。……ヒールで直せるでしょうか?」
「ひとまずやるだけやればいいんじゃない? 直らなかったらその時って感じで。それ!」
 ヴィルフレッドは魔法の木枯らしを浮かせ、夜風に乗せて解き放つ。空に昇る木の葉はふわりと浮かび、旅館屋上の風流の肩に舞い降りた。風流は綺麗に癒されたフランの遺体の手を取り、頬に触れさせる。
「ごめんなさい、フラン……こんな頼りない私を慕ってくれたのに、守ってあげられなくて……私には、これしか……」
 かすかに震える声。静かな表情で見守るレカの隣で、アリスはもごもごと口を動かした。
「フランさん……本当はただ、家族にお家……温もりがほしかっただけ、なんですよね……だからその……えっと……」
 手をそっと置き、折れた大剣と自分の髪をくくるリボンを外す。ほどいた二つをテディベアに優しく結び、抱きしめた。
「さ、一緒に帰りましょう、フラン。私達の、おうちに……」

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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