灼獄再来

作者:森高兼

 ある千葉県の港町に大空を舞って飛来してきたのは、重グラビティ起因型神性不全症を患う龍だった。沿岸部にて滞空して長い胴体をうねらせながら、命の灯を滾らせるように尾の赤黒い炎を大きくさせる。
 獄炎を纏った尾の一振りによって、龍の眼下で逃げ惑っていた人々が漁船ごと焼き払われた。
 龍は死に瀕しようと、人々に言葉を発する気が無いらしい。ひたすらに己が破壊衝動の赴くままに暴れ回り、同胞達には薬となる人々の恐怖と憎悪をもたらすのみ。
 平和だった街の一帯が……息を吸うと肺の焼かれそうな炎熱に飲まれていく。
 内陸側になる程、街に火の手が上がるのは遅かった。それはむしろ避難中の住民により長く恐怖心を感じさせることになったと言えよう。
 赤ん坊の息子を抱き締めて体を震わせる女性を、上空から冷視した龍。せめて夫の無事だけでも願う彼女を嘲笑うがごとく、喉の奥から迸らせた獄炎で母子を焼き尽くした。
 別の街に住む家族などに、遺体を埋葬してもらえる者はどれだけいるだろう。
 爪痕を刻むように焦土と化させた港町が『メツェライ』の墓となるまで、さほど時間はかからないのだった。

 ケルベロス達が集うや否や、サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)が資料を配ってくる。
「定命化で死の近いドラゴンが、最期に市街地を襲撃しようとする事件を起こすことは知っているか?」
 問いかけの直後、サーシャの予知した襲撃者について語られた。
 『メツェライ』……彼の名を聞き、約1年前の惨劇を思い出す者は少なくないだろうか。八竜の一角を担った、唯一目的を果たせし龍だ。
「奴にも、その時が来たようだな。だが襲撃を許せば、再び人々のグラビティ・チェインが奪われてしまう。『竜十字島』のドラゴン勢力が定命化するまでの猶予時間を得ることになる」
 かつてのような悲劇の阻止はメツェライ討伐が絶対条件。此度の決戦は、最初で最後たるリベンジの機会でもある。
「奴は魔空回廊を使わず、竜十字島から直接飛来してくるぞ。だから、最初に目につく港町を襲撃するわけだな。町人を別の都市に避難させることは危険を伴う以上、街の避難所に集合してもらうといいだろう」
 皆は人々が信じて待つ避難所さえ護り切れば良い。それこそが……難しいのだが。
 サーシャは少しばかり不敵な笑みを浮かべてきた。
「君達が避難所以外の場所について気に留める必要は無いぞ。建物はヒールすれば良いからな」
 港町に高い建物は殆どなく、人命優先の行動で大胆に戦って構わない。
「メツェライは以前と同様にブレスと爪で攻撃してくる。だが今回は尻尾で薙ぎ払ってこないぞ。竜語魔法の一種か、尾の赤黒い炎を撒き散らしてくるようだ」
 シンプルゆえ手強いブレスや爪と、その風体に相応しい炎の一撃。3つの業が皆を追い詰めてくる。あるいは退けられることになるだろう。
「奴の体力は港町に到着した時点で消耗している。戦いになれば己の命を燃やし尽くすまで、けっして止まらずに向かってくるぞ……人々の心を掻き乱すためにな」
 テーブルに資料を置いた綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)は、何故か手を震わせていた。だがメツェライを恐れたからではないらしい。内気な彼女が真っ直ぐ皆と目を合わせてくる。
「被害のことは存じておりましたが、やはり居た堪れないです」
 千影の瞳には犠牲者と遺族への想いから、確かな熱い闘志が宿っていた。
 続けて、サーシャも皆を見据えてくる。
「あの日について憂う者は千影の他にもいるだろう。だが君達は1年の間に強くなったはずだ。君達が今度こそ力を証明できるように、私は迷わず戦場に送り届けよう」
 二人より溢れる熱き魂に、ケルベロス達が決戦前で奮い立たないわけがない。
 人々の『希望』とメツェライの『絶望』……運命の天秤は一体どちらに傾くのだろうか?


参加者
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
神藤・聖一(白貌・e10619)
千里・雉華(月光の双輪・e21087)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)

■リプレイ

●運命の刻
 人々の避難はケルベロス達によって迅速に行われた。過去の一件から避難に力が入ることは仕方ない。鶴来が老人や子連れの母親などを誘導し、避難所では悠乃の丁寧な応対で滞りなく決戦準備が整う。
 囮班が沿岸部付近で姿を晒しておき、奇襲班は漁港手前に建ち並ぶ家々の陰に隠れた。
 少し待機していると、エルガー・シュルト(クルースニク・e30126)が遠方に低空飛行の討伐目標を発見する。
「風が怯えている。来るぞ」
 誰もいない漁港を射程内に収めたメツェライは、マグマのごとき赤黒い炎を振り撒いてきた。響き渡る破壊音、無残な漁港の光景……全てが人々を戦慄させるための材料なのだろう。
 マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)が自身の鱗と牙を芯に混ぜて地獄と親和性の高い『竜鱗鉄剣』を構えた。炎の塊が爆ぜた漁港の奥から声を上げる。
「来いよトカゲ!」
 あくまで無言のまま飛んでくるメツェライ。やはり皆を無視して避難所を探す余力は無いのだ。
 基本的に冷静かつ淡々としている神藤・聖一(白貌・e10619)だが。囮役の上、因縁深いメツェライが相手ゆえに嘲笑して挑発を試みる。
「無様だな。死に瀕した気分はどうだ? 安心しろ、病で死ぬ前に殺してやる……!」
 その言動には静かな殺意が滲み出ていた。
 戦端を開くことができる地点まで飛来した途端に、メツェライが前衛陣に黒炎の息吹を放ってくる。
 マサヨシは黒炎を浴びながらも駆けた。
「あの日みたく、アゴにキツイ一発くれてやるよ!」
 優しき母からは『誰かを守る意味』を教わっており、人々の命運を双肩に担って跳躍した。浮上するメツェライとの距離を背が押された感覚で詰め、顔面に鉄剣の重厚な一撃を見舞う。
 怒れるメツェライに気圧されることなく、エディス・ポランスキー(銀鎖・e19178)が不退転の意志を固めた。
(「絶対退くわけにはいかない。貴方の撒く『絶望』を『希望』に変えるために、ここに来たんだから」)
 昔に弟妹を守られなかったエディスにとって、人々が傷ついてしまう事こそ何より恐ろしい。
 エルガーは牙無き者達の想いに応えるため、メツェライを必ず討つと心中で誓いを立てた。
(「その痛み、その無念……必ず、奴に届けよう」)
 回復手のルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が、前線に雷の壁を張って炎を祓う。
「八竜のお知らせを聞いたのはケルベロスになりたてのころで……なんて強い生き物だろうって思ってたわ。成長した今、あなたと戦える運命に感謝します。灼獄竜メツェライ、わたしが学んできたすべてをかけて勝負よ!」
 非情なるメツェライに表明したのは、どこまでもまっすぐな気持ちだ。
 あえて奇襲班のために目立つべく、フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)は地獄の炎が燃え滾る両翼にてメツェライの正面まで羽ばたいていた。
 大勢の支援者と動き出す、後衛3人の奇襲班。
 ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)と千里・雉華(月光の双輪・e21087)がメツェライに一言ずつ述べる。
「申し訳ありませんが……だましうち、です」
「では、サツのお仕事しまシょうか」
 メツェライが散乱させてきた瓦礫などを操ることで、聖一のビハインド『ツバキ』は敵の浮遊を妨げた。
 雉華が威風堂々とケルベロスコートをなびかせる。
「ツケは払ってもらいまス」
 コート内部から瓦礫などを大量に放出させ、街のものではないそれらはメツェライの進行を妨害した。それから合理的にコートの中へと引っ込んでいく。
 利香の鎖によって前線に守護の魔法陣が描かれていった。
 藍月が不浄に対抗する水の障壁を展開させる。
「あの時の無念は忘れていないよ」
「お前は俺達の掌の上だよ」
 メツェライに視線誘導したのはゴロベエだ。
(「本当にそうですね」)
 またも上手い具合にメツェライの注意が他にいったようで、ザフィリアは『黒太陽』を具現化した。彼女にとっては無防備な敵に対し、絶望の黒光を照射して動きを鈍らせる。
 梅太郎が負傷をいとわぬエディスの呪力耐性を陽光で向上させた。
 エディスの視界をクリアにするトライリゥト。
「俺達ケルベロスの力、見せてやろう!」
「この一打は届かせてみせます!」
 ハンマーを低く持ったエディスが、浮かんでいるメツェライを見据える。真下に踏み込んでいき、ドラゴニック・パワーを噴射した。大きな打撃面を勢いよく敵の腹部に減り込ませる。
「1年前に嘗めさせられた辛酸を、二度と味わわぬよう鍛えてきた。己の無力への絶望は、今日ここで、全て雪がせてもらうぞ!」
 フランツは余さず積日の怒りを込めた気迫をぶつけながら、振り下ろした鉄塊剣をメツェライの鼻先に叩きつけた。

●炎爪怒涛
 マサヨシがメツェライの爪をくらって吹き飛ばされ、着陸するフランツと聖一の位置を踏まえた場所に舞い戻って叫ぶ。
「オレが立ってる内は全部守りきってやるからよ。安心して戦ってくれ」
「マサヨシさんを信じて、アタシもお仕事頑張りまシょうか」
 互いに眼光の鋭いメツェライと睨み合った雉華は、ナイフの刃を変形させて身構えた。颯爽と走って此度のホシを斬りつける。
 ヴォイドがビーム砲的謎兵器でメツェライの体表を凍りつかせた。
 メツェライが降らせてきたマグマのような獄炎から、唯一たる攻め手のエディスを庇うフランツ。付着すると消えない粘着質の炎は動作の邪魔になりそうだ。
(「まるで固まりかけの水飴だな」)
 実際は単なる不快な呪炎に感情を爆発させ、メツェライに負けない咆哮を上げた。
 ルチアナが前衛陣の超感覚を刺激し、同じく回復手の綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)に呼びかける。
「いっしょにがんばろうね、チカゲちゃん」
「千影、フランツの治癒は頼んだ」
 行動を急いでほしい千影に声をかけながら、聖一は瞳にグラビティを籠めた。
 千影が薬液の雨でフランツから獄炎を掻き消す。
「精一杯、お役目を務めますっ!」
「私は引き続き、エディス君達を守るとしようか」
 聖一の初撃は外れており、彼が先程強力な爪撃に遭う確率は低かった。だが守り手としての責務もあるため、攻撃対象を絞らせる一撃は是が非でも命中させておきたい。
「……喰らえ」
 今度こそ降魔拳士の闘気をメツェライの魂に食らいつかせ、自分への怒りを誘発する。
 雉華は再び『瓦礫の大蛇』を呼び出した。
「溺れろ」
 メツェライを飲み込もうとする雪崩のように、瓦礫や廃棄物の塊が立ち向かう。対決を繰り広げた末、無機質な大蛇はコートに帰還した。
 両翼を禍々しく変化させたフランツが、高く跳んで滑空しながらメツェライに猛突進していく。
「ある朝、夢から覚めると……『地獄』は一対の巨大な竜翼に変わってしまっていることに気がついた。くらうがいい!」
 力を解放させた竜の両翼でメツェライの鼻先を打ち、自身に対する憤怒の念を増長した。
 フランツを爪の餌食にしつつ、巧みに躱してきて攻撃が当たりづらいメツェライ。黒炎で前衛陣ごと容赦なく街を傷つけてくる。
 宵一は歯噛みして『御業』にメツェライをつかませた。
「貴様にくれてやるものなどもう何も無い」
 以前に苦杯をなめさせた強敵とは知っており、和希がメツェライの足止めに黒光を撃つ。
 エルガーはエクスカリバール『穿竜棍』の柄を強く握り締めた。
「これは……この日、この瞬間のために紡ぎ束ねた想いだ」
 エクスカリバールはメツェライが再稼働させた、『火竜焔神洞』の素材より生まれたものだ。紡ぎ繋がれ、託された願いが結実した力だと考えている。巡り巡ってきた因果の武具で躍りかかると、胴元の紅黒い結晶にヒビを入れてやった。
 怒り狂いながら、メツェライが前方にいたフランツを爪で刺してくる。
(「ツバキ、やれ」)
 視線で聖一に指示を送られたツバキは、金縛りにてメツェライを硬直させた。巨躯からの抵抗力で長く持たず、すぐに身体の痺れだけは残して解除する。
 フランツに緊急手術を施し、ルチアナが2段ジャンプして見通しの良さそうな建物の屋根に上がった。決戦の痕跡は漁港から内陸側へと伸びている。
「街の中心、目指しているのかな?」
 メツェライは人々の避難先を把握していないゆえ、とにかく街を破壊しようと猛進を続けているのだろう。
 建物自体はヒール可能と解っていても、街の被害は最小限に抑えたい。
 ゲシュタルトグレイブを地獄の炎で包み込み、ザフィリアが思考を巡らせる。
(「燃え尽きてしまった家族写真などは還ってこないでしょう」)
 思い出は人々の心に刻まれており、これから作ることもできるが。それでも簡単には割り切れない。その大罪を思い知らせるべく、メツェライの結晶を突いて炎を注ぐ。
 エディスは炎の雨から庇ってくれたマサヨシと呼吸を合わせた。
「この戦いは復讐でも仇討ちでもない。生きる人に『希望』を見せつける戦いです!」
 『絶望』を象徴するようなメツェライの結晶に、超重の衝撃を伝播させて時間無き敵から生命の進化可能性すら奪った。

●護る者、壊す者
 序盤でメツェライの機動力に悩まされたが、守り手が攻撃を引きつけることは成功していた。回避の優位性はなくなりつつあり、ようやく及第点といったところか。
 しかし、フランツの負傷も深い。
(「やれやれ……強さは健在だな」)
 荒々しくうねるメツェライの血走った瞳を黒光で照らす。
「隙ありです」
 ザフィリアはメツェライが堪らず目を閉じてきた間に、『アスタルキーフェロ』を思い切り振りかざした。その巨大な神戟で邪悪な龍を一閃する。
 腹部をアスファルト擦れ擦れで、メツェライが幅広い車道から突撃してきた。支援でも命中力は極端に悪くなっておらず、攻撃力が低下しようと関係ない。
 フランツが鋭い爪で体を貫かれて引きずられた挙句、最後は塀に叩きつけられる。
「……っ!」
 思わぬ痛烈な強襲でヒールが不可能な怪我を負ってしまった。だがエディスや聖一が標的にならなかったことは幸いだろう。
 邪魔者を蹴散らせば次は貴様らだ……と、メツェライは人々に言わんばかりに雄叫びを上げてきた。
 ヴァジュラが戦意はありながらも一旦フランツを下がらせていく。
 戦局の移り変わりに、エレコはエディスに月の力を授けた。
「エディちゃん! 頑張ってなのパオー!」
 くしくも急な回復を要する者がいないため、ルチアナがテレパスでエディスに語りかける。
(「だいじょうぶ。きっと勝てるよ。あ、メツェライが高く浮こうとしてるわ」)
 雷力が帯びる『舳先の女神』の杖先でメツェライの尾を指し示した。
 拳はメツェライに届かないかもしれない、そう思いかける瞬間が何度もあったエディス。その都度、仲間の手助けで勇気を再燃させてきた。上がり切っていないメツェライの尾にオーラの弾丸を喰らいつかせる。
「貴方に屈するわけにはいけません。絶望を与えられようとも、今を生きている人の希望に変えます」
 エルガーはメツェライの髭をつかんでおり、敵の頭部に登っていった。
「希望はここにある」
 穿竜棍の先端から釘を生やし、渾身のフルスイングでメツェライの額を叩く。
 メツェライの大きな口から、形あるものを焼き焦さんとする黒炎が最前線に噴出された。
 集中して極限まで身体能力を引き上げたマサヨシが、正拳に蒼炎を纏わせる。
「我が信念、決して消えること無し……故に、この一撃は極致に至り!」
 蒼炎には『怨敵を砕き、焼き尽くす』という思念が宿っていた。燃え盛る拳がメツェライの胴体に導かれていく。
 聖一は止めを譲りたいというマサヨシの心意気を感じ取っていた。
(「……この手で仕留めはしたいが」)
 それが叶わない状況になる覚悟は決めておき、メツェライの脇腹を殴りつける。殴打と同時に放射した網状の霊力で敵を縛り上げた。
 定命化を受け入れなかったメツェライに、ウィセンがペットを射出する。盟友の彼を支えるため、春はドラゴンの幻影で敵を焼いた。
 さすがのメツェライとて消耗は著しいはずだ。
 ゲシュタルトグレイブを覆うサファイアのような蒼き炎を、ザフィリアが攻撃に備えて大きくさせた。
(「覇気が無くなってきているでしょうか?」)
 華麗な槍さばきで地獄の炎を穿ち、メツェライに苦悶させる。
 誰もが庇えぬ時、エディスは炎が直撃していた。1人の守り手が倒れ、弱った者達を屠る好機と見なされてメツェライの獄炎が襲いかかってくる。
「させるかっ……!」
 聖一は満身創痍にもかかわらず、間に合うのが己だけで彼女の分も受け止めた。シルフィディアに大火傷の身を委ねる。薄れゆく意識で彼女とある約束を交わしながら退避させてもらった。
 何はともあれ、雉華が殉職などではないことにサツとして内心安堵する。
「無駄な抵抗は止めてくだサい」
 稲妻を帯びたゲシュタルトグレイブの槍先をメツェライに向け、結晶に超高速の刺突を繰り出した。

●希望
「あんなことはもう繰り返させない」
 ケーシィはメツェライに魔法光線を発射した。
 限界がそう遠くはなさそうで、ノーグがマサヨシの気力を高める。
「今の俺たちならできるはずだ」
「お前には、希望を砕けない」
 人々の笑顔を思い浮かべたエルガーは、メツェライに痛感させるように叩くのに用いた穿竜棍を突き出した。
 支援者の援護があるとはいえ、メツェライの攻撃が及ぶのは主戦力。突貫しているエディスもまた……いつ戦線離脱となるか。
 マサヨシが連続する炎攻撃からエディスを助けて獰猛に笑う。
「クカカ! どうした、こんなもんじゃねぇよなァ!」
 それは、もはや意地だった。厳しい現実としては爪をくらうとやられかねないのだ。
「無茶はダメだよ?」
 前衛のどちらを治療するか悩み、ルチアナは最終的にマサヨシの傷を癒した。
 怒りの呪縛からマサヨシに殺気を迸らせたメツェライが、強襲して彼を地面に平伏させてくる。だが技にキレが無く、直前のヒールもあったことから大事にまでは至らなかったようだ。
「どうやら、報いを受ける時は近そうだね」
 そうメツェライに言い残し、宗近はマサヨシを連れていった。
 ザフィリアが気流を読んでメツェライの回避経路を算出していく。
「我が戟の鋒に命ず。仇為す者を尽く滅し、凱歌を齎せ……『壱之魔戟』ソロネ!」
 神戟アスタルキーフェロの旋回によって凄まじい風圧が生じた。敵の頭部を漁港に押し戻すようなつもりで薙ぎ払い、彼の龍に角を僅かながらも欠けさせてやる。
 依然としてエディスのダメージは予断を許さず、千影は彼女の回復を図った。
「もう少し辛抱ですっ」
「ええ、耐えてみせます」
「希望の明日を掴むために頑張りますか」
 セルリアンが魔弾をメツェライの傷口に浸透させる。
 『三匹ノ龍の御魂』を召喚した笙月は、水と雷と火のブレスを吐かせた。
 メツェライが後衛陣に獄炎を落としてくる。万全な状態ならば痛手などになり得なかった。守り手が命を懸け、終盤は前衛一掃が逆転の近道と敵に思索させたおかげだ。
 エアシューズ『勇猛果敢』を履いた足で、雉華は一歩踏み出した。
「かつて、イェフーダーというローカストの配下と戦いまシた」
 さらにもう一歩。
「散々利用されてどの道、未来は無い……そういう敵でシた」
 エディスが街の魂とも思える瓦礫を拾い上げる。
「第陸術色限定解除」
 自らの血で瓦礫に術色を付与した。威力に左右するため、流す量は一切惜しんだりしない。
「集い来りて」
 詠唱で風の精霊を纏わせた腕を、エルガーはメツェライに突き出した。
 エディスが2人と一斉にメツェライへと仕かける。連携の起点として懐に跳んだ。
「原初の赤、猛る血潮の本流……アタシの声に応えなさい!」
 振り絞ることができるものを全部注ぎ、街の魂も乗せたような全身全霊の赤き拳で結晶を砕く。
 ローラーダッシュで摩擦熱を発生させていき、雉華はメツェライの背中に回り込むと炎の蹴りを炸裂させた。
「解るか、灼獄。道筋は違えど……貴方にはアレと同じ哀れみを覚える」
 エルガーが詠唱を締めくくる。
「……斬り刻め」
 その直後、メツェライの周囲を疾風が駆け抜けた。ついに巨龍が大地に墜落し、今一度飛び上がろうと首をもたげてくるが。間もなく断末魔の鳴き声を上げ、力が抜けたことにより轟音が響く。
 眼から光が失われ、メツェライは煙のようなものと共に消滅していった。
 静寂が訪れる。
 十数秒の余韻を破ったのは千影にかかってきた、避難所にいる支援者からの電話。メツェライの撃破を伝えると、彼女が思わず耳を離すくらいの歓声が聞こえてきた。
 ルチアナが周辺を見回す。
「この街の桜は時期みたいね」
 ちょっと焼けた桜にヒールしながら、花咲く港町の情景を想像してみた。
 やがてマサヨシより遅く怪我人が目覚め、フランツが『竜派』仲間の彼に肩を貸してもらって呟く。
「やってくれた、ようだな」
 聖一は約束通り、シルフィディアの口から宿敵の最期について詳細を話してもらった。
(「……私は、メツェライに届いたのか?」)
 敗北を喫した際に解いたあの拳を、震える手で握ろうとすれば……そっと添えられた少女の両手。
 1年を隔てた死闘の決着は、ケルベロス達の勝利で幕を閉じるのだった。

作者:森高兼 重傷:フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975) 神藤・聖一(白貌・e10619) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月8日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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