●捨てられていた男
実験台を照らす無影灯だけが頼りとなる、広ささえも定かではない暗い暗い部屋の中。仮面で素顔を隠したドラグナーが、手術台に横たわっている男に告げていく。
「喜びなさい、我が息子」
口元にすら表情を浮かべる事なく、粛々と説明を開始した。
「お前は、ドラゴン因子を植え付けられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態だ。いずれ死亡するだろう」
言葉半ばにて、男は身を起こしていく。
見つめたまま、ドラグナーは言葉を続けていく。
「それを回避し、完全なドラグナーとなるためには、与えられたドラグナーの力を振るい多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある」
「何だっていい」
実験台から飛び降りながら、男は言う。
「不倫がなんだ。どっちだって喜んでたじゃないか、俺のお陰で楽しい思いをしたんじゃないか。だから俺は、俺を捨てたあいつらを許さない。この俺を捨てたこと、はめたこと、罵ったこと、嘲ったこと、裏切ったこと……後悔させてやる」
ドラグナーへ視線を向けることもなく、男は背を向け立ち去った。
しばし男の背を見つめていたドラグナーは、興味を失ったかのように視線を外し闇の中から書類を取り出して……。
●ドラグナー討伐作戦
足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていくセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、メンバーが揃ったことを確認し説明を開始した。
「ドラグナー・竜技師アウルによってドラゴン因子を移植され、ドラグナーとなった人が事件を起こす……そんな未来を予知しました」
この新たなドラグナーはまだ未完成とでも言うべき状態で、完全なドラグナーとなるために必要な大量のグラビティ・チェインを得るため、また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしているのだ。
「ですので、急ぎ現場に向かい未完成のドラグナーを撃破して欲しいんです」
続いて……と、セリカは地図を取り出した。
「未完成のドラグナーが出現するのは、この住宅地。資産家などが家屋をかまえる、高級住宅街として知られている場所ですね」
その中の、ビジネス街に近い区画に丸をつけた。
「午後二時頃。未完成のドラグナーはこの辺りにやって来て、事件を起こそうとします。ですので、その初動を止める形で行動を起こしてください」
幸い、その時間帯は車くらいしか通らない静かな時間。予め人払いをした上でドラグナーが家屋に襲撃をかける……といったことを阻止すれば、被害者を出さずに迎撃する事ができるだろう。
「最後に、この未完成のドラグナーについて説明しますね」
未完成のドラグナー。性別は男性で、年齢は三十代と思われる。目鼻立ちの整った、いわゆる美形と呼ばれる顔立ちが特徴的。
自己愛が強く、自分こそが最も美しくそれ故になんでも思い通りになる、と思っているという節がある。
戦いにおいては、自らが傷つくことを嫌っているのかとても守備的に立ち回る。
得物はマインドリングとオウガメタルを所持。使ってくるグラビティはマインドシールドとマインドスラッシャー、ライジングダーク。
「また、このドラグナーは未完成な状態なため、ドラゴンに変身する能力は持ちません。ですので、正面から全力で相対する事ができると思います。話は以上となります」
セリカは資料をまとめ、締めくくった。
「ドラグナーとなってしまった人を救うことはできません。ですが、理不尽で無差別な殺戮を行わせないためにも、事件を阻止してください。どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
天導・十六夜(天を導く深紅の妖月・e00609) |
アルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684) |
蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452) |
斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823) |
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830) |
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228) |
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829) |
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186) |
●捨てられた男
落ち着いた模様で街中に溶け込んでいるブロック塀や鉄柵に、目にも鮮やかな植木たち。優美に飾られながらも不埒者を拒絶する意志が感じられる程に強固な門に、外観を眺めているだけでも機能美が感じられる落ち着いた家屋の群れ。
穏やかな静寂に満たされた、街の高級住宅地。キープアウトテープによって封鎖したビジネス街へと繋がる道路にて、ケルベロスたちは防衛する。
ドラグナーの魔の手から、この場所を。
避難誘導などを終え待機する中、周囲の被害も可能な限り防げるよう、セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)が位置取りを確認している。
一方、傍らにビハインドの執事を控えさせているアルシェール・アリストクラット(自宅貴族・e00684)は、静かな吐息を吐き出した。
「避難も終わり、時間も経った。……そろそろか」
「恐らくは、な」
葛葉・影二(暗銀忍狐・e02830)は頷いた後、小さく目を細めていく。
色恋沙汰。生来そういった話には関与しなかった方故、あまり分かることはない。ただ、憂さ晴らしで凶行を起こそうとするなど理不尽極まる……と。
そんな討伐の意志を感じ取ったか、はたまた別の理由化。ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)は笑みを消す。
「愛を振りまくヤツにろくなのはいないよ。女性はその人の一番でいたいらしいからね。分かってやれないヤツは……ここで終わるべきだ」
語り終えて一呼吸分の間を置いた後、再び甘い笑みを浮かべ始めていくヴァーノン。
誘われるかのように、ビジネス街の方角より足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)は目を細め、道の先を見つめていく。
憎らしいほどに澄み渡る空の下。道を飾る桜吹雪を押しのけるかのようにして、目鼻立ちの整った男が歩いてきた。
ケルベロスたちを視認したのだろう、男は立ち止まっていく。
竜矢は一歩前に出て、真っ直ぐな言葉を投げかけていく。
「私はまだ恋愛の経験はありませんし、浮気と言うのもよく分かりません。けれど、今のあなたがしようとすることはただのやつあたりです!」
「……」
それは余裕の現れか。男は笑みを浮かべたまま、何かを語ろうとはしない。
構わぬと、ケルベロスたちは少しずつ距離を詰めていく。
この街を守るためにこの、未完成なドラグナーを討伐するのだと……。
●男は愛していた
自らの容姿を悪用した果てに破滅したと聞く、未完成のドラグナー。
聞かされたエピソードを思い浮かべ、天導・十六夜(天を導く深紅の妖月・e00609)は刀を引き抜きながら呟いた。
「ったく完全な自業自得だろう……。逆恨みもいいところだ」
刀身に雷を走らせて、切っ先をドラグナーへと向けていく。
「神を纏いて鳴り響け、総餓流……成神」
言葉を紡いだ次の瞬間にはドラグナーの懐へと到達し、放射されたオウガ粒子とぶつかりあった。
火花が激しく散りゆく中、ドラグナーは不機嫌そうに唇を尖らせていく。
「自業自得? 逆恨み? 馬鹿な、俺のお陰であいつらも楽しんでたっていうのに」
さなかには、ドラグナーの背後に出現した幾つもの光輪が、縦横無尽に飛び交い始めていく。
蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)が群れの中心へと飛び込んで、一つ、二つと光輪を叩き落とした。
全てを落とすには至らず腕が、頬が足が切り裂かれ、赤い血が流れていく。
声を漏らすことはなく、ただただドラグナーだけを見つめていた。
もちろん、不倫は良いことではない。
しかし、色恋については綺麗ごとだけで語るのは難しいとも思う。
もとを正せば男性の意趣返し。あるいは、女性たちへの愛着の裏返しだったのかもしれない。
もっとも……。
「……感情に任せ周囲へ暴力に訴えるなど、決してあってはならないこと。貴方を葬ることでしか止められないこと申し訳なく思う。せめて、全力でかかろう」
光輪を叩き落としながら距離を詰め、十六夜と弾きあったばかりのドラグナーに蹴りを放った。
盾としてせわしなく動き続けるオウガ粒子が散りゆく中、斬崎・霧夜(抱く想いを刃に変えて・e02823)はケルベロスチェインを伸ばし仲間たちを守る盾と成す。
「いやはや、愛のカタチは人それぞれ。浮気に関してはとやかく言わないさ。……でも、それがただの独りよがりで、愛がないと言うなら話は別だねぇ」
「なんだと!」
一方のドラグナーは距離を取り、霧夜を睨みつけてきた。
「愛がなかった? そんなはずはない。俺は愛していた、あいつらを! この俺に愛されてるんだ、それ以上の愛情表現は必要ないだろう?」
光輪とオウガ粒子が交錯し、互いの立ち位置が入れ替わる。
澄み渡る空をオウガ粒子が覆っていく中、影二は大鎌を投擲した。
「如何な理由があろうとも、其の極悪非道の所業、拙者等が全力を以て阻止致す」
大鎌と光輪がぶつかり合い、硬質な音色を奏でていく。
間に十六夜が割り込んで、虚ろな力を纏わせた大鎌を横に構えた。
「斬り喰らう、天導流……侵食」
「はっ!」
光輪が影二の大鎌を弾いた直後、ドラグナーはバックステップを踏み十六夜の斬撃から逃れていく。
その頃にはオウガ粒子によって具現化された黒太陽が、前衛陣に黒き光を照射し始める。
再び中心へと飛び込みながら、拾はオーラを広げた暗幕のように。
多くの光を自分が受け持つため、仲間たちの負担を減らすために。
拾が受け持つダメージを癒やすのだと、霧夜が分身を生み出していく。
治療を施しながら、口の端を持ち上げた。
多くを受け持った拾でさえも、充分に癒やす事ができている。この調子を保てたなら、やがて戦況は優位に傾くだろう。
保ってみせると、更なる気合を入れていく。
立ち続ける人数が多いだけ勝利に近づいていくのだから……。
セットは空中にて翼を広げ、空を隠す。
生み出された黒太陽の光から、仲間たちを守るため。
「流石に、全部は受けきれないっすねぇ……けど、このくらいならまだまだ平気っす!」
「……ちっ」
邪魔だとでも言うかのように、ドラグナーは舌打ちした。
「何なんだお前たちは、俺の邪魔をして。お前たちなんかが、なんで俺の邪魔をするんだよ」
「……愚かしい」
アルシェールは吐き捨てる。
「唯、その一言に過ぎる。恨み言泣き言など聞きたくないね」
「黙れガキが」
「言うに事欠くな。いいさ。それなら子供らしく気に食わないから叩いて潰す事にしよう」
瞳をきつく細め、アルシェールは拳を握りしめた。
その道筋を作らんというのだろう。執事が、得物片手に大地を蹴った。
あとを追いかけながらアルシェールは空気の圧縮を開始。
熱度を高めた白熱の炎を纏い、間合いの内側へと入り込む。
執事の得物と光がぶつかりあった瞬間に跳躍し、熱波を伴い光輪を押しのけ……殴り抜けた!
「ぐっ」
吹き飛び、ブロック塀に叩きつけられていくドラグナー。
「貴様ら……よくも、よくもよくもよくもよくもよくもォ!!」
「……」
ブロック塀に手をつき立ち上がっていくその姿を、ヴァーノンは見下していく。
「恋はいくらでも経験すればいいと思う。知るだけで素敵になるから」
懐へと貼り鋳込み、長柄ハンマーの石づきを地面に突き立てた。
「ただ、愛は一つであってほしい」
淡々と語りながらトリガーを引き、竜の咆哮がごとき轟音とともに砲弾をぶっ放す。
「不倫がいいこと? ふざけるのも大概にしてほしいね」
砲弾は、一枚、二枚と光輪を砕いた。
「ボクは……俺は自分とパートナーになるのは一人だけであってほしい。相手もそう、思ってくれる人だと嬉しい。アンタみたいな地雷は、要らない」
慌てて駆けつけてきたオウガ粒子さえも霧散させ、砲弾はドラグナーを再びブロック塀へとふっ飛ばす。
「続けて攻めます」
すかさず竜矢が踏み込んで、光の剣を一閃。
ドラグナーに横一文字の傷を刻み込み、その体をブロック塀に押し付けた。
「くそっ!」
やぶれかぶれといった様相で、ドラグナーから幾つもの光輪が飛び出してくる。
拾は砕く、オーラで拳で。
仲間への被害を防ぐため、自分の身も守るため。
「今のうちに、攻撃を」
「なん……の!」
肩で息をしながら、ドラグナーは塀のそばから抜け出した。
迎え撃たんと、ヴァーノンが光の翼を暴走させていく。
道の中心へと至ったドラグナーを、光の粒子と化したその体で貫いた。
「ぐ、が……」
「何時もは魂を狩って俺の力にするんだけどね……。アンタの魂は要らない。ボクを……俺の信念を曲げない為にも。消し炭にしてやる」
低い声音で告げながら、翼を広げ仲間たちのもとへと舞い戻った。
ドラグナーは光輪とオウガ粒子に支えられながら、ケルベロスたちを睨みつけてくる。
「まだだ、まだ俺は……俺は……」
紡ぎきれぬ呪詛を吐きながら、空へオウガ粒子を放出し……。
●自分だけを愛していた
向かい来る光輪を、竜矢は盾で叩き落とす。
反対側の腕からは主砲を展開し、ドラグナーへと突きつけた。
「道を開きます、続いて下さい」
「承知」
主砲が放たれた時、影二が音もなくドラグナーへと忍び寄る。
オウガ粒子とぶつかり合い火花を散らす主砲を横目に懐へと入り込み、一閃。
直刀を振るい、ドラグナーを斜めに切り裂いた。
「ぐ……」
「追撃します」
素早く下がる影二と入れ替わり、セットが懐へと潜り込む。
体の中心に杖の先端を撃ち込んだ。
ドラグナーが体をくの字に折っていく中、瞳を細め……。
「質問と、提案があるっす」
落ち着いた声音で、投げかけた。
「どこで改造されたのか。そして、治療の方法を探さないっすか? って」
「……」
よろめき後ろに下がりながら、ドラグナーは口元からこぼれる血を拭い去る。
「貴様らに教える筋合いはない、もとより戻る気もない。俺は、俺は……俺を捨てたあいつらを、世界を、ただ……」
「もう、喋るな」
叫び続ける口に、ヴァーノンが鋭き折り鶴を飛び込ませ……爆破した。
その体はのけぞれど、元に戻ることはない。
執事の力が、動くことすらも禁じたから。
「終わらせよう」
ただ短く告げ、アルシェールは槍に雷を走らせ。
次の刹那にはドラグナーを貫き、ブロック塀へと縫い付けた。
恨み節でも吐きたいのか、ボロボロの歯を晒しながらも動けずカタカタと震えているドラグナー。
まっすぐに見据えながら、十六夜は刀を鞘に収め……。
「さぁ、綺麗な華を咲かせてくれ」
次の刹那には懐へと到達し、抜刀。
一斬、二斬と、ドラグナーの体を切り裂いていく。
その全身が赤く、赤く染まった時、ようやくドラグナーは口を閉ざした。
もっとも、その唇が再び震えることはない。
セットの竜爪が、傷だらけの体を地面へと押し付けたから。
「……後を、頼むっす」
「っと」
そんな中、弱々しく宙を舞い始める光の輪。
全て、霧夜の鎖が叩き落とす。
忌々しげに睨みつけてきたドラグナーを、笑顔で見つめ返していく。
「君も次は、一生抱いていける愛に出逢えるといいね」
「……覚悟召されよ」
大鎌を携え、影二は跳ぶ。
地面に押し付けられているドラグナーのもとへと到達し、螺旋状の気流に包まれ姿を消した。
「実は虚であり、虚は実……我が刃は影を舞う」
言葉を終えるとともに、背中を深く、深く切り裂いた。
ドラグナーは全身を震わせた後、意図の切れた人形のように動きを止めて沈黙する。
その姿を見つめながら、影二は大鎌に付いた血を払った。
「……討伐完了」
その言葉が勝利の証となり、仲間たちへも広がっていく……。
人への被害はなく、建物への被害もブロック塀程度。さほど時間をかけずに治すことができるだろうと、ケルベロスたちは事後処理へと移行する。
さなかには、十六夜がねぎらいの言葉を投げかけていた。
「皆、お疲れ様」
もっとも、その瞳に笑みはない。
男をドラグナーへと変えた竜技師アウルへの、静かな殺意の光が宿っていた。
一方、霧夜はブロック塀を修復しつつ、語りだす。まるで、せきを切ったかのように。
「愛というものは難しいねぇ。僕らサキュバスにしてもさ。いや、サキュバスだからかな? 求めるからこそ迷い、悩み、これが答えだと終わらせない。だから、彼のことも強く否定できない」
一拍置いて、首を横に振る。
「……何でもないよ。壊れたところを直して、帰ろうか♪」
そうして、事後処理もまた滞りなく終わっていく。
後は帰還するだけとなった段階で、拾は目礼した。
舞い落ちる花びらを手向けとし、命を落とした男へと。
セットもまた横に並び、瞳を閉ざした。
元の性格がどうであれ、デウスエクスの改造を受けた被害者であることに違いはない。
その先行きが、せめて……彼にとっても、世界にとっても幸いなものであるように……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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