仔犬注意報!

作者:藍鳶カナン

●バタフライエフェクト
 緑の息吹を抱く春風に、淡い光の蝶が舞う。
 螺旋の仮面の下で笑んだ女が声をかけたのは、春色を纏う道化の少女達。
「あなた達に使命を与えます。この近くに、家庭犬の仔犬を預かって、そのしつけや訓練を行うドッグトレーニングセンターがあるそうです。そこで、訓練士――ドッグトレーナーに接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「「はーい、頑張ります! ミス・バタフライ!!」」
 揃ってぴょこりと顔を上げ、少女達はどきどきそわそわと顔を見合わせた。
「ドッグトレーナーもだけど、わんこさんに接触するのも初めて!」
「初めてね!」
「噛まれるかしら舐められるかしら!」
「懐かれるかしら飛びつかれるかしら!」
 きゃあきゃあとさざめき合い、二人は奇術師めいた女――ミス・バタフライに再び揃って一礼した。
「「では! いってきまーす!!」」
 これを端緒にめぐりめぐって地球の支配権を大きく揺るがし、彼女達こそがこの世の春を謳歌するために。

●仔犬注意報!
 緑豊かな山裾に幾つかログハウスが並び、その前には綺麗に刈られた芝生のグラウンドがゆったりと広がっている。グラウンドにズームアップした途端、画面の奥から転がるように駆けてくるのは元気いっぱい数もいっぱいの仔犬達!
 もふもふふわふわの彼らはつぶらな瞳をきらきらさせて、『遊んで遊んで!』とばかりに押し合いへし合い、今にも画面から飛びだしてきそう!!
「すっごく素敵で、楽しそうなところだったよね、キィ?」
『わう!』
 先日見学してきたというドッグトレーニングセンターのCM動画をケルベロス達に見せ、クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)が声を弾ませれば、おやつのチーズを貰って御機嫌な豆柴の子犬がいっそう嬉しげに鳴いた。彼女のファミリアである。
「でね、ドッグトレーナーさん達も素敵なひとばっかりだったから、もしかして……って」
「はいっ! クーリンちゃんがピンと来たとおり、そのセンターのドッグトレーナーさんが螺旋忍軍、ミス・バタフライの配下に狙われちゃいます!」
 豆柴っこ撫でたさにうずうずしている手をぎゅぎゅっと握りしめ、元気よくそう語るのは笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)。ねむの予知によればセンターに現れるミス・バタフライ配下の螺旋忍軍ふたりが、ドッグトレーナーの仕事を学んだ上で、所長であり腕利きトレーナーでもある犬養・トモヤという男性を殺害するのだとか。
 配下は其々に桜と菫の色を纏う道化の少女達、彼女達がその任務を成し遂げれば、あれやこれやでケルベロスに大きな不利を齎す状況に発展してしまうらしい。
「そうなると大変ですし、トモヤくんが殺されちゃうのも大変ですっ! みんなでばしっとこの事件を阻止して、螺旋忍軍ふたりもばしっと撃破してきてください!」

 既にミス・バタフライ絡みの事件は幾つか報告されているが、全てに共通しているのは、狙われる一般人を事前に避難させることはできないという点だ。敵の標的が変わってしまい事件の阻止が不可能になるためである。
 そうなると対応策は二つ。
「トモヤくんを護りつつ戦うのもありですが、みんながドッグトレーナーのお仕事の修業をして、ドックトレーナーに成りすまして囮になるのが一番かなってねむは思います!」
 先方には連絡済み、修業のOKも貰っている。
「修業いいなぁ。あ、キィも一緒で大丈夫かな?」
 豆柴っこを抱っこしたクーリンがそう訊けば、
「普通のペットはダメですが、螺旋忍軍と戦わなきゃなので勿論ファミリアもサーヴァントも連れて行ってあげてください! けど元々絆があるファミリアやサーヴァントにしつけや訓練をしてもみんなのドッグトレーナー修業にはならないので、お仕事の修業はセンターにいる仔犬を担当することになります!」
 拳を更にぐぐっと握ったねむが溌剌と答えた。が。
「でも、みんなが三日の修業を終えた翌日に『わんこフェスティバル』の『リハーサル』があるので、この時にファミリアやサーヴァントも一緒に遊ぶのは大丈夫だと思います。敵が来るのもこの日ですっ!」

 このドッグトレーニングセンターでは基本的なしつけに加え、スキンシップの一環としてごくごく簡単な障害ジャンプやフライングディスク、つまり円盤状のディスクを投げて仔犬にキャッチさせる訓練もしているという。その成果をお披露目したり確認したりするのが、月一回のわんこフェスティバル。
 実際のわんこフェスティバルにはセンターに仔犬を預けている飼い主達や犬好きの観客が来るが、『リハーサル』の日には当然ギャラリーはいない。
「担当トレーナーが隣で一緒に走りながら仔犬がコースの障害をジャンプしていくのとか、担当トレーナーが投げたディスクを仔犬がキャッチするのとかで、リハーサルでもすっごく楽しそうなのです。午前中で終わるのですが、螺旋忍軍達はお昼前にやって来ます!」
 勿論すぐさま戦いに持ち込むわけにはいかず、敵も相当な手練れだというが、
「みんなが頑張って修業したらドッグトレーナーに成りすませてると思うので、まずは螺旋忍軍達に仔犬さん達をどどーんと向かわせてあげちゃってくださいっ! あ、ファミリアやサーヴァントにはこの時は隠れてもらってくださいねっ!」
 敵は犬と触れあうのが初めての様子。
 そこへ元気いっぱい数もいっぱいの仔犬達が『あそんであそんでかまってかまって!!』攻撃を仕掛けてわふわふもふもふもみくちゃにしてやったなら、
「仔犬さん達の遊んでパワーで、体力的にはともかく精神的にへろへろになるはずです!」
 つまりこうだ!
 敵がへろへろになった隙に『お昼寝の時間だから』的に仔犬とスタッフ達を避難させ!
 敵がへろへろで本来の力を発揮できないうちに戦闘を仕掛ければ!
 手練れの螺旋忍軍二名が相手でもとっても有利に戦えちゃうという話!!
 けど普通に戦えば強敵なのでこっちも気を抜いてるとプラマイゼロで結局苦戦になるから全力全開でいこうね!!
「うん、修業も戦闘もめいっぱい頑張るよ! ね、みんな?」
 真っ先に元気よく答えた豆柴っこをぎゅうっと抱きしめ、クーリンがケルベロス達を振り返れば、もうひとつ大事なことがあります、とねむが話を続けた。
「センターには色んなおうちから預かった色んな仔犬さん達がいますが、たとえば『全員がコーギーを担当したい!』とかは無理だと思うのです。なので、前もってみんなで、自分はパグを担当したいとかコーギーがいいとかハスキー希望とか話し合っておくのをおすすめしますね! 珍しい犬種はいないと思うので、そのあたりもよろしくですっ!」
「わ、それは悩む……!」
 けれどそれも楽しい悩みとばかりに破顔して、クーリンはどうしよっかと皆に訊いた。
 さあいこう。
 地球の平和と、仔犬達のすこやかな成長を護るため!


参加者
楚・思江(楽都在爾生中・e01131)
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)
海野・元隆(海刀・e04312)
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)
シーレン・ネー(玄刃之風・e13079)
佐藤・八尋(イルキリ・e26361)
日御碕・鼎(楔石・e29369)
佐伯・誠(シルト・e29481)

■リプレイ

●仔犬注意報!
 瑞々しい緑の上を風が翔ければ芝生の上に光が踊る。
 好天にも恵まれ、今日は絶好のわんこフェスティバル(リハーサル)日和!
 所長兼トレーナーたる犬養・トモヤのモットーは『強制も矯正もしない、犬の習性や学習能力を活かして良い行動を引きだすべし!』、そんな方針でしつけや訓練を受けた仔犬達は皆おめめキラキラ尻尾ぶんぶん。
 遊んでおいでと放された沢山の仔犬達が駆けてくる様は、
 ――ああ、わんこぱらだいす!!
「張りきって行くよ! そーれ!!」
 満面に笑みを咲かせたクーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)はまっすぐに駆けて来た明るい色合いのラブラドールレトリバーを迎え、オレンジのディスクを一投。
 空と緑の間を飛ぶディスクと、元気いっぱいにそれを追う垂れ耳わんこの姿に海野・元隆(海刀・e04312)は瞳を細め、
「おー、やってるやってる。お前もヘマせずできるよな?」
『くぅん』
「大丈夫だ、胸張っていけ!」
『わう!』
 彼の胸に思いきり飛び込んだ拍子に鼻をぶつけたシェパードの仔犬を励ませば、勇ましく応えた仔犬が尻尾を大きく一振りした。
 その間にレトリバーがスカっとミスったのは御愛嬌、だけど二投目は見事キャッチして、
「チャーたんグッド! その調子! よーしどんどん行っちゃうよー!!」
『わふっ!』
 まっしぐらに戻って来た仔犬をクーリンが抱きしめて撫で回せば尻尾ぴちぴち大回転!
 緑のディスクを咥え『出番まだ?』的に小首を傾げるもふもふアラスカンマラミュートの仔犬の頭をぽふぽふしつつ、シーレン・ネー(玄刃之風・e13079)も首を傾げた。
「もしかして、『たん』も名前なのかな?」
「名前だよー。血統書名がチャーチルで、飼い主さんがチャーたんって付けたんだって!」
 飼い主は田中さんなので、動物病院の受付などでは『田中チャーたんくん』とか呼ばれる運命である。
 ここにいるのは事前に聴いたとおり『色んなおうちから預かった』仔犬達。
 飼い主と違う名前で呼んだら仔犬を混乱させてしまうよ――とは、シーレンが担当の仔に命名しようとしたのを止めたトモヤの言だ。
 日御碕・鼎(楔石・e29369)も自分的な命名は胸に秘め、足元で『遊んで遊んでおやつもちょうだい!』的に跳ね回る仔犬コリーと骨ガムで遊んでやりながら、
「つまり、仔犬の学校なんですよね、ここ」
「そういうこと! この仔達はお勉強が終わったらちゃんとおうちに帰るんだよ」
 納得の心地で呟けばトモヤが破顔した。
 例えば無駄吠えでご近所に迷惑をかけたり散歩中に他人に飛びついたり、そういった問題行動を起こさないように仔犬をしつけ、人間の中でちゃんと社会生活を送れるようにする。それがこのセンターの役割で、仔犬の飼い主から料金が支払われる『商売』である。
 障害物競走――アジリティや、フライングディスクは今回の場合スキンシップの一環で、競技会や嘱託警察犬を目指すような本格的な訓練はまた別料金というわけだ。
「そっか、わんこフェスティバルって幼稚園の運動会みたいなものなんだ」
「カカカッ! 正にそんな感じだな、弁当作ってやれねぇのが残念だぜぇ」
 本番では飼い主が仔犬の活躍を楽しみにやってくる。
 いいとこ見せなきゃな、と佐藤・八尋(イルキリ・e26361)が彼の後ろにこそっと隠れる黒い柴犬の頬を擽ってやれば、怖がりでも八尋には懐いた仔犬が嬉しげに鼻を鳴らした。
 豪快に笑った楚・思江(楽都在爾生中・e01131)の足元ではフレンチブルドッグの仔犬・ブル助(飼い主命名)が、ぷひーとお昼寝もとい朝寝中。
 思江としては犬用手料理で世話してやりたかったが、仔犬達の舌が肥えて飼い主が与えるドッグフードを嫌がるようになっても困るので、料理人魂は封印中である。
 そこへ駆けてきたのは真っ白なスピッツ風オルトロス。
 真っ白なディスクを持ってきてくれた相棒が拗ねないように撫でてやり、ありがとな、と受けとった八尋は黒柴っこにディスクを見せ、
「用意はいいか? 行くぞ――!」
 アイコンタクトして掛け声とともに一投すれば、迷わず駆けた仔犬がはむっとキャッチ!
 ボール遊びから始めたクーリンや八尋の仔犬達はディスクにもすぐに慣れたけど、トモヤ直伝『ディスクがおやつ皿作戦』で修業したシーレンの仔犬はもう一段階進み、
「行っくよー! それっ!」
 彼女の手から空へ舞った緑のディスクをジャンピングキャッチ!!
「グッド! 最高の出来だね!!」
 裏返したディスクに日々おやつを入れてやることで仔犬がディスク自体も大好きになり、投げればそれはもう夢中で追ってキャッチするようになるという作戦だ。
「流石はトモヤ直伝だな。だが俺も遊んでいたわけじゃない」
 不敵に笑んだ元隆のディスクを構える姿勢は堂に入ったもの。仔犬だけでなく自身も確り練習を積んだ彼は腕で大きな半円を描くよう青のディスクを一投、綺麗にスピンがかかったそれを一心に追った仔犬も華麗にキャッチ!
 ああ、キャッチしたディスクがぱたんと顔に被さって『見えない! 前が見えないよ!』的にキャンキャンぐるぐる回っていた初日を思えば、よくぞここまで……!!
 何やら感慨に浸っている元隆の様子に小さく笑み、佐伯・誠(シルト・e29481)は足元でころころ転がるポメラニアンの仔犬に笑いかけた。
「さあ、お前もカッコよくキャッチできるところを見せてやれ」
『きゃうん!』
 低めの軌道で投げたのは赤のディスク、スピードを抑えたそれをポメっこは弾んで転がる毛糸玉さながらに追い、すちゃっとディスクの前に回り込んで確りキャッチ!
「Good boy! 本格的に訓練したら警察犬も目指せるかもな」
 戻ってきた仔犬をめいっぱい褒めてやれば、初日から大の仲良しになったコーギーっこに頭へよじ登られていたベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)が彼を呼ぶ。
「誠、誠! はなまる号がジト目で見てるっすよう」
「……はっ!」
 ログハウスの陰から誠に突き刺さるシェパード風オルトロスの視線!
 誠としても相棒を警察犬にしてやりたいのは山々だが、姿は犬でもあくまでオルトロスはサーヴァント。本物の犬と同じにはいかないのである。
 ――許せ、はなまる! それでも俺が一番頼りにしてるのはお前だ……!
 走る緊張感。
 だが幸い、彼らの間に次々並べられるハードルなどの障害物がそれを断ち切ってくれた。
 さあ出番だと思江は気合充填、
「よっしゃ起きろブル助――って、何やってんだお前ー!?」
『わふぅ~』
「あはは、おなかぽんぽんだねー!」
「だね! ああもう可愛いなぁ!!」
 振り返ればブル助は芝生の上にひっくり返り、シーレンやクーリンにおなかを撫で回され極楽気分。思江には『ええ~、行くんスかぁ?』的な眼差しを向けてきた。
 愛嬌たっぷり、小型犬ながら弾むボールの如く元気いっぱい駆け回るパワフルさが売りの犬種って聞いたのになんでこんな怠け者なの。
 だが叱ってはいけない。叱るのは本当にダメなことをした時だけ。
「仕方ねぇ、秘密兵器だ。行くぜブル助、林檎だ!」
『ばうばうっ!!』
 林檎というキーワードを出した途端、ブル助が『俺はやるぜ!』的に跳ね起きた。
「気合満点です、ね。けれど僕達だって負けません。よね?」
『わうっ!』
「おれ達もたくさん練習したっすから、負けないっすよう!」
『きゃうん!』
 ふわふわコリーが鼎の膝に前足をかけ、彼を見上げて『がんばる!』と言いたげに尻尾を振りまくり、ベーゼのクマ頭からぽーんと飛び降りた腕白コーギーが食パンそっくりのお尻越しに振り返り、『早く行こうよ!』的に一声鳴く。
 思江のうさぎさんりんごに釣られコースを爆走したブル助はなかなか好タイム、骨ガムと犬用おやつボーロを駆使して特訓した鼎とコリーっこ組も次々と軽快にハードルをクリア、跳ぶたび鼎が褒めれば仔犬は更に張りきって、この調子ならタイムも自己ベスト!
 だが、
「ベーゼさん達は一段と息ぴったりです、ね」
「へへへ、動物の友が効いたみたいっすう!」
「その手がありましたか……!」
 森色パーカーに秘められた『動物の友』は初日から効果覿面、短いあんよで懸命に走って跳ぶ腕白コーギーとベーゼの『ジャンプ! っすよう!』のコマンドはタイミングばっちり絶妙のコンビネーションで、本日の最高タイムでゴールイン!
 すごいなと八尋が瞳を瞠った、そのとき。
『ひゃん!』
「ん? どうした?」
 黒柴っこが何かに怯えるように彼の胸に飛び込んできた。
 来たみたいだねとクーリンが向けた眼差しの先には桜や菫色の衣服に身を包んだ少女達。自分のファミリアや仲間のサーヴァント達が隠れているのを確認して、屈託なく笑って手を振った。
「ねえ! そこの二人もディスク投げてみない――?」

●番犬注意報!
 桜色の少女がえいっと投げたディスクをキャッチしたチャーたんが反転、愛嬌いっぱいに駆け戻った――のと同時、一斉にけしかけられた元気いっぱい数もいっぱいの仔犬達!
「きゃー可愛い! 可愛いけど息できな……!」
「あっ埋もれ、埋もれちゃうかしらー!?」
 次から次へ仔犬達に飛びかかられ舐めまわされた少女達がわんこぱらだいすに沈んでいく様は微笑ましくもあったが、話して分かる相手でないなら仕方ない。
 彼女達がへろへろになった頃合を元隆が見計らい、
「よし、そろそろやるか。さあ仔犬達、『おしまい!』で、『ハウス!』だ!!」
 遊びの時間をきっちり終わらせ、ケージへ戻るコマンドを朗と響かせれば、ばっちり聞き分けた仔犬達はログハウスへまっしぐら。
『わうっ!!』
 入れ違いに駆けてきた豆柴の子犬は歓びいっぱいの顔で一声鳴いて、
「さあキィ出番だよ! 頑張っちゃって!!」
「嬢ちゃん達よ、トレーナーになるにゃお前さんらは躾不足だぜぇ!」
 迷わず飛び込んだクーリンの許で杖へと変化、桜をめがけ思江が雷めく黄金の輝きが凝る気咬弾を撃ち込めば、すかさず輝きを追った元隆の破鎧衝が桜の肩を砕いた。
「もしかして!」
「もしかしてケルベロスかしら!」
「その通り。其方の目論見――断ち切らせて貰う」
 意識も口調も切り替えた鼎の冴ゆる一撃は菫に阻まれたが、仲間が桜へ集中攻撃する間の菫の抑えが元より彼の役割。
「そっちの子は逃げるかもしれないから、気をつけてね!」
「だよね、一発足止め入れとくよ!」
「ありがとう、菫は任せて。桜の方は宜しく。ね」
 護り手の菫が桜への攻撃を肩代わりするのは防げないが、自由にしないことで逃走阻止は出来るはず。桜へ幻影竜の炎を放つクーリンの声に続きシーレンが咆哮させたのは竜の槌、竜砲弾が菫を直撃した隙に鼎が菫の退路を断つよう馳せる。
「俺らが躾けた仔犬は可愛かっただろ? 次は俺らの相棒だ、じっくり遊んでやってくれ」
「うん、遊んでやって諭吉、お前が一番可愛いぞ!」
 瑞々しい芝生の上に次々咲いたのは、誠が解き放った流体金属の粒子の煌きと八尋が巻き起こした七色の爆風。彼らの傍らからはシェパードやスピッツの姿をしたオルトロスが桜をめがけて一気に跳躍、
「きゃー!!??」
 警棒風やサバイバルナイフ風の神器の剣でずたぼろにされた桜の少女は、やっとのことで取りだした日本刀で反撃に出た。
 流体金属や爆風の力を得た前衛陣へ繰り出されるのは流水斬。だが、
「怪我もブレイクもさせないっすう! って、あだー!? ミクリさん酷いっすよう!!」
「ありがとベーゼ、今日も仲良しだね! 私とキィも負けずにらぶらぶだよ!!」
 眼の前で盾になってくれたベーゼの背中を酒樽風ミミックが踏みつけ、大きく跳んで桜へ襲いかかる様にクーリンは破顔し、魔力も愛情もたっぷり込めれば杖から戻った豆柴っこが疾風の如く敵へと翔ける。
「……っ! 楚さん、大丈夫だった?」
「おう、お前さんのおかけで無傷だぜぇ、八尋!!」
 思江の分まで引き受けた斬撃、溢れる鮮血。
 初めて臨む敵との実戦は本音を言えば怖くて、けれど護った仲間の声を聴けば、不思議と痛みは消えた。そして――八尋の正義感は純白のオルトロスとして傍らにある。
「反撃だ、佐藤! 俺らには仲間も相棒もいる、大丈夫だろ!?」
「うん。……大丈夫!!」
 大きな癒しを乗せ、後衛から贈る華やかな爆風で彼を鼓舞したのは同種の相棒を持つ誠。父親の如く頼もしい声に頷き、重心を落としてガトリングガンを構えた少年は迷わず連射を叩き込んだ。
 今日の敵たる二人は恐らく、菫の護りで敵攻撃を凌ぎつつ相手へ痛手や状態異常を重ね、桜の居合い斬りで確実に倒す戦術を定石としているのだろう。
 だが戦う前からへろへろにされてしまった以上、早々に倒されるのは彼女達の方だ。
 優先攻撃目標は桜、無論盾となる菫の消耗が早い可能性も視野に入れていたが、
「今だね! やっちゃって、元隆さん!!」
「任せろシーレン、お前さんの分までかましてやる!!」
 桜狙いの炎の蹴撃を菫に阻まれたシーレンがそのまま彼女を蹴倒した隙、元隆が理想的な狙撃点を確保。
 ――そら。そいつを連れて行け。
 海の男が秘儀を解き放てば桜の足元は芝生でなく海の波間、獲物を決して逃さぬ舟幽霊が凄まじい力で少女を捕らえ、また別の舟幽霊が波状攻撃の如く襲いかかって、
「何これ何これ、怖い……!」
 憐れ桜の少女を死の波底へ引きずり込んだ。
「ダブル……! すごいっす元隆、おれ達も頑張るっすよう、ミクリさん!」
 一層勇気を奮い起こしたベーゼが力を凝らせたクマの拳の一撃を菫へ叩きつければ、すぐ後ろからミミックが財宝を撒く。生みだされた財宝は腕白コーギーと遊んだ玩具のかたち、仔犬に教えることで彼もまた教えられた、そんな修業の日々も宝物になったから。
 おれも、前を向かなくちゃ。
「ピンチかしらピンチかしら……!」
「見ての通りだ」
「可愛い犬と遊びに来ただけなら良かったのに。覚悟するんだね!」
 菫がナイフに映した惨劇の魔法を放ったが、防具耐性を活かして躱した鼎が即座に二弓を束ねて神殺しの矢を射ち込めば、歪な稲妻型へと変じたナイフを手に躍り込んだシーレンの斬撃が神殺しの痺れを更に強めて敵を追い詰めた。
 護り手ゆえ痛手は半減されるが、護り手ゆえ菫も既にかなりの傷。ケルベロス達の猛攻に耐えきれるはずもない。
 振り回されたけれども心弾む楽しい時間でもあったブル助との日々。
 人と犬と、双方の幸せ創るこの地とトモヤの未来を。
「閉ざされるわけにゃいかねぇからな!」
「そういう訳だ。――去ね、螺旋忍軍共」
 吼えた思江が聖なる左手で菫を引き寄せて、闇の右手で強大な一撃を叩き込めば、間髪を容れず鼎が御業を喚ぶ。撃ち込む炎弾はさながら妖の炎、焼き尽くせば敵はゆめまぼろしの如く消え果てる。
 後には穏やかな風が吹き抜けて、瑞々しい芝生の上に再び光を踊らせた。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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