見惚れるは夢に開いた糸桜

作者:奏音秋里

 愛媛県西条市にある、西山興隆寺。
 その参道の入口では樹齢約100年の枝垂桜が、参拝客を迎えていた。
 水仙や菜の花に梅も咲く広場の一角で、今年も蕾を色づかせている。
「楽しみだなぁ」
 少女が笑むと、見上げていた枝の先で、花弁が次々と開いた。
「わぁ、きれい……」
 薄紅色に染まる視界に、うっとりとしていた矢先。
 樹が此方へ移動してきて、少女に覆い被さってくるではないか。
「きゃぁーーーーーっ!!」
 吃驚して眼を開くと、其処は見慣れた自分の部屋。
 動く植物など、何処にもいない……だが。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 見慣れぬ魔女が、唐突に少女の胸を鍵で刺し貫く。
 桜は、少女の夢を飛び出した。

「皆さん、今回もご協力よろしくお願いします!」
 ちょこんと、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が一礼する。
 集まるケルベロス達へ、事件についての説明を始めた。
「ドリームイーターは、女の子の『驚き』を利用して現実化しています!」
 倒すことでしか少女の意識をとり戻すことはできないのだと、ねむは言う。
 ランス・オールコット(焔華紅の憐獄・e03546)も、強く頷いた。
「根で歩く枝垂桜と言えば、なんとなく想像がつきますか?」
 自在に動きまわり、花吹雪で視界を塞いで悪夢を視せてくる。
 鋭い枝に貫かれれば、トラウマを呼び起こされる可能性もあるのだ。
「女の子の家から5分くらい坂を登ったところに、夢に視た広場があります! 其処へ誘き寄せられれば、戦うのにも困らないと思うのです!」
 そんな広場のすぐ脇には地域の墓地があり、お墓を参る人がやってくる。
 誘導に使うであろう家から広場までの一本道は、お墓へ続く道でもあった。
 だからこそ、一般人を巻き込まない対策が必要である。
「ドリームイーターは驚かせる相手を探しているので、家と広場のあいだを歩いていれば寄ってくると思います!」
 驚かない者を優先的に狙ってくるため、皆で相談して対応を決めてほしい。
 ちなみに。
 特別な事態が発生しないかぎり、早朝の明るくなってきた頃に現場へ入れるだろう。
「女の子が無事にお花見できるように、絶対にドリームイーターを倒してください!」
 しっかりした眼差しで、ねむはケルベロス達を送り出す。
 桜はないけどお花見してきてもいいかもですね~と、手を振った。


参加者
篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)
ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)
八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)

■リプレイ

●壱
 未明のうちに現場へ到着したケルベロス達は、すぐに一般人への対策を始める。
 剣気を解放したり、殺界を形成したり。
 更には手分けして墓地や周辺をひととおりまわり、避難を呼びかけた。
 そののち。
 ディフェンダーの2名と2体が、女の子の家の前でドリームイーターと接触する。
「流石はねむさん。情報どおりですねぇ。けど……ねぇ、要さん」
「あぁ! それくらいで驚かせようなんて、物足りない! 物足りないね!」
 冷静且つ柔らかな物腰で、花筐・ユル(メロウマインド・e03772)は薄く笑んだ。
 八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)も、真っ向からその姿を見据える。
「見事な枝垂桜だけれど……もう少し慎み深さがあった方が好ましいわ、ねぇ助手」
 植物好きなユルの理想の枝垂桜像とは程遠いと、シャーマンゴーストと息を吐いた。
「廻もなんにも感じないって! 力尽くででも驚かせてごらんよ!」
 ボクスドラゴンとともに、要も踵を返す。
 距離感を保ちつつ、ドリームイーターを誘き寄せるべく歩を進めた。
 慎重に広場へ入って、奥へ1歩、また1歩と、導いていく。
「お前達は、ヒトを驚かせては殺しているんだってな」
 隅で隠れていた、鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)が塞ぐ逃げ道。
「で、この状況でお前は驚くのか? それとも驚かないか? まあ、どっちにせよ、ここで滅びるんだけどな!」
 台詞を言い終えるやいなや、ドリームイーターの気脈を断ってみせた。
「うわぁ、びっくりした!?」
 篁・メノウ(わたの原八十島かけて漕ぎ出ぬ・e00903)が、演技ながら驚く。
 ツインテールをリズミカルに揺らしながら、前衛陣の足許へ守護星座を描いた。
「私も私もっ! 桜って動くの!?」
 同じく、アイリス・フォウン(金科玉条を求め・e27548)も出入口を塞ぐ位置へ。
 頭上高くからエアシューズを蹴り落として、足止めを喰らわせる。
「あんなに動きまわれるとは、驚きだ」
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)も、静かにバスターライフルを構えた。
 エネルギーを集中させて、光の弾を射出する。
「リアルだねェ! 間違って傷付けないよう、注意して戦おう」
 ホンモノの枝垂桜を背に、藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)も驚愕を口にした。
 上空からルーンアックスを振り落とし、枝を叩き折る。
「さて、依頼に集中しましょう。狂い踊れ、鬼の氣よ」
 ジェス・シーグラム(シャドウワーカー・e11559)は、隠密気流を解除。
 軽く頬を叩いて気合いを入れ直し、大地からグラビティを引き出す。
 ドリームイーターの体内で暴走させれば、怒りの感情を沸き立たせた。

●弐
 初撃が次々とヒットするなか、ドリームイーターも反撃を試みてくる。
 鋭い枝で胸を貫かれたのは、要だ。
 幼き日の記憶がーーデウスエクスに滅ぼされた故郷が、想い起こされる。
「くそ……負けるかよっ……これで決めるよ! 一斉攻撃だ!」
 しかし視線を逸らすことなく、仲間達の先頭で仁王立ち。
 鼓舞する声が、前衛メンバーの命中率を上昇させる。
 ボクスドラゴンも、中衛へとバッドステータス耐性を付与した。
「その晴れ姿、観て欲しかったのでしょう? ならば、さぁ、手の鳴る方へ」
 命中率を基準に、ユルの選んだグラビティはライトニングボルト。
 放つ雷を追って跳躍し、シャーマンゴーストも爪で霊魂を裂く。
「篁流剣術・朧月」
 続けざま、空の霊力をまとわせた斬霊刀で以て幹の傷を斬り広げるメノウ。
「花は心安らかに愛でるものであって、驚かせるものではないんだけどなぁ……枯れ木に灰で花が咲いたら驚くけどね?」
 過去の事件の所為で大嫌いになったドリームイーターへ、皮肉混じりの笑顔を向けた。
「……」
 眼を瞑り、蒼一郎が静かに意識を集中させるのは、額の角。
「その魂を俺が喰らってやろう!」
 力強く言い放つ、その言葉で降魔の一撃を解き放つ。
「桜は待ち遠しいケド、だからってデウスエクスを見たいわけじゃないんだよねェ……」
 猛烈な桜吹雪を華麗に躱して、ぼそりと零すシェーラ。
 背後の桜が未だ一分咲きなのも、なんだか眼前の桜の所為に思えてくる。
「少女の楽しみを壊すだなんて、許せない!」
 そんな気持ちも心のなかで乗せて、呪力に輝く斧を振り下ろした。
「さぁ行くよ。しっかり受け止めてよね!」
 すらっと伸ばした腕の先から、ほろほろと光の粒子へ変化していく。
「よろしくよろしく!」
 アイリスは光の翼を暴走させて、ドリームイーターへ突撃した。
(「元気になってもらって、お花見を楽しんでもらいたいですからね」)
 心中でジェスが想いを馳せるのは勿論、被害を受けた女の子。
(「そのためにも、確実にあなたを倒します」)
 感情を抑えてナイフを振るい、樹液の激しく返り散るほど深い斬傷を負わせた。
「頼む、イクス」
 初手はその必要性から驚きの感情を露わにしたが、戦闘中は努めて冷徹に。
 青の瞳にのみ強烈な敵意を滲ませ、大切な『ともだち』であるオウガメタルに力を注ぐ。
 和希によって具現化された黒太陽が、絶望するほどの漆黒の光を降らせた。

●参
 攻撃を加えるにつれて枝や花が落ちて、桜のカタチも変わっていく。
 終わりが近いことを、ケルベロス達は理解していた。
「清き風、荒れ狂いて木の葉を散らせ。回復術・裂葉風!」
 ディフェンダーのダメージの蓄積を受けて、メノウが癒しの風を吹かせる。
 しつこいくらいに降り積もる花弁が、着物の肩口へと舞い乗った。
「天かける龍よ、猛る獣よ! いまこそ来たりて、我が敵を討払い給え!」
 蒼一郎の言葉に応えるように、全身の電気が額の角へと集中していく。
 勢いよく撃ち出せば着弾した枝が燃え上がり、拡大する炎。
「貴女の御前に傅く私が、偉大なる御身を讃えることをお許しください。貴女は例えば氷、茨、棺。極寒の冬に一輪咲く、気高く麗しい白の花」
 降臨した夜叉の女王は涼しい顔でドリームイーターを一瞥して、霞に消える。
 相手を射貫くのと同時に、シェーラの命中率も上昇させていった。
「こんなにもきれいな桜だってのに花見の邪魔をするだなんて、ドリームイーターも不粋ってもんだね」
 素早く懐へ駆け込み、翼の炎を纏わせた得物を叩きつける要。
 追いかけてボクスドラゴンも、封印箱のまま体当たりをした。
(「もう少しの辛抱ですよ……」)
 丁寧な立ち居振る舞いを崩さずに、常に被害者の無事を祈る。
 ジェスは噤んだままで突き出した拳から、降魔の一撃を放った。
「――そう、もっともっと。燃やして、焦がして」
 シャーマンゴーストの炎の背後で終焉を感じとり、ユルの咲かせた深紅の薔薇。
 甘い芳香は後衛の面々を包み込み、その耳許でなにごとかを囁いた。
「行くぞッ!」
 構築したのは、陽炎の如き闇色の両手剣。
 鋭い切っ先は確実にドリームイーターを捉え、その生命を奪い去る。
 和希が離脱するやいなや、枝垂桜は枯れ、屑と化した。
「目を離した隙に不思議なことが起きるかもね?」
 最前で仲間を庇い続けてくれたディフェンダー達へ、リズムを踏むアイリス。
 かけられたお礼の言葉に、思わず微笑んだ。

●肆
 互いにダメージを回復させて、広場や墓地の被害状況を確認する。
 攻撃の圧で少々花弁が散ったり茎や葉が曲がったりしてしまったが、概ね無事なようだ。
 全員で手分けすれば、大層な時間はかからずヒールも終了。
 殺界形成と剣気解放を、それぞれジェスとメノウが解除した。
「安らかなるところをお騒がせして、申し訳ありませんでした。懸念は解消されましたので、どうか再びまどろみへとお戻りください」
 愛用する懐中時計で時刻を確かめてから、蒼一郎は墓地全体へ頭を下げる。
 丁寧に、心を籠めて。
 黒で統一した執事服の裾が、上品に揺れた。
「ねぇねぇ! お花見っていっても、桜以外にも綺麗な春のお花は沢山あるよね! 皆、よければお花見していかない?」
 片付いた広場を見まわして、アイリスは嬉しそうに提案。
 陽射しも暖かくケルベロス達を照らしてくれており、全員が首を縦に振る。
 早速、広場の真ん中にレジャーシートを敷いて、皆を促した。
「皆さん、これ朝食にどうぞ。ベーコンエッグサンドや、ツナサンド、レタスサンドにトマトサンドなど、いろいろつくってきていますので」
 笑顔で籠の蓋をとれば、色とりどりのサンドイッチが整然と並んでいる。
 ジェスの料理は大人気で、たくさんあったのに、すぐになくなってしまった。
 自身も蕾の桜を……開花した姿を想像しつつ、朝食を口に運ぶ。
「枝の流れも見事なものだな。廻もそう思わないか?」
 ボクスドラゴンと腰を下ろす要の手には、持参していた缶ビール。
 ほろ酔い気分で、楽しげに花々を愛でている。
 枝垂桜についての解説板も、歴史が気になり読んでみた。
「これは……」
 普段の穏やかな性格に戻った和希が、ゆるりと広場を歩いていたとき。
 おそらくや戦闘時に折れてしまったであろう桜の枝花を、和希は鞄へと忍ばせた。
 敵が故に倒さなければならなかったが、美しい花を散らすのは惜しかったとも想う。
「もう、冬もおわりね。ラグズには、花がよく似合うわ」
 しみじみと口にすれば、早朝の寒さも数日前より和らいだ気がしてきた。
 夜空色の蝶を模したオウガメタルが、菜の花のまわりをひらひらと飛び遊ぶ。
 ユルは、シャーマンゴーストを連れて広場の植物を観察していた。
「桜が咲くにはもうちょいかかるね……ねぇ、シェーラくん。寺社を見学しにいこうよ!」
「うん、メノウに賛成! みんな、行ってくるね!」
 斯くして仲よしのメノウとシェーラは、興隆寺境内を目指して出発する。
 山門までは距離があり、其処から本堂へも長い階段を登らなければならないのだが。
 戦闘の疲れなど感じさせぬ元気さで、寧ろ跳ねる勢いで、先を急ぐ。
 苦労して辿り着いた山門の彫刻や山上の澄んだ空気に、2人は心躍らせるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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