唐揚げとレモンをセットにするんじゃねぇ

作者:こーや

●唐揚げに勝手にレモンかけるやつ絶対殺す
 広く暗い室内で大皿を囲むビルシャナと10人の男女。皿の上にこんもりと積み上げられた唐揚げは揚げたてなのかそれとも温めなおしたのか、湯気が立っている。
 彼らは揃って大画面テレビを見ていた。じっと、黙ったまま、睨みつけるかのように。
 モニター一杯に映し出されているのは合コンの様子だろうか。きゃっきゃうふふ、ちゃらつきながら乾杯している。
 それを見たでビルシャナと数人の男女が歯軋りしている。リア充爆発しろ、と顔が雄弁に物語っている。
「うふふ、それじゃあ私が取り分けちゃおっかな~☆」
 モニターの中の一人の女は立ち上がると、いそいそと料理を取り分け始める。
 そして、運命の瞬間が訪れた。
 女はあろうことか、取り分ける前に全ての唐揚げにレモンをぶっ掛けたのだ!
 だんっ! ビルシャナがテーブルを力強く叩いた。山から崩れた唐揚げが床とキスする前にビルシャナが受け止める。
 そのままぱくりと食べやるという、唐揚げへの紳士的な優しさが垣間見えた。
「皆、これを許していいのか?」
「許さない!」
「こんな横暴をのさばらせていいのか?」
「世界が認めても、俺達が認めないっ!」
「我々は、ありのままの唐揚げを! マヨネーズをつけた唐揚げを! 粗塩をつけた唐揚げを、愛したい! その為にレモンは必要か? 勝手にレモンをかけていいのか?」
「否っ、断じて否っ!」
「立ち上がれ、皆の衆! 我々は、唐揚げに勝手にレモンをかけることを否定せねばならない!」
 ビルシャナが拳を振りかざせば、男女の雄叫びが室内を揺るがす。
 人々の目は、見えない敵を射殺さんとばかりに血走っている。
 唐揚げに勝手にレモンをかけるやつ、絶対殺す。その言葉を胸に、男女は大皿の上の唐揚げに殺到したのであった。
●がんばろう
「ビルシャナが見つかったっす」
 そう言った黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は困ったように顔を顰めていた。
 何か複雑な事態なのだろうか、そう推測したケルベロス達が険しい表情を浮かべる。
「事態はシンプルっす。10人の一般人を信者にしたビルシャナを倒してほしいってだけなんす」
 ビルシャナ大菩薩の影響により、ビルシャナ化する一般人が後を絶たない。
 そんな中、大神・由宇(濡鴉・e00052)はある懸念を抱いていたのだ。
 唐揚げに勝手にレモンをかけるやつ、絶対に殺す――そんなビルシャナが現れるのではないか、と。
 まさか、と笑い飛ばしたかったのだが、ダンテは彼女の懸念どおりの事態を予知してしまったのだ。
 現場は広い平屋。ケルベロス達が室内を動き回っても支障はない。
 さらに廃屋となって随分経つらしく、周囲に住民はいないようだ。
 肝心のビルシャナと10人の信者はどちらも強くない。問題は、信者がビルシャナを守ろうと動くことだ。
 ビルシャナを攻撃すれば信者が庇い、彼らは命を落としてしまうだろう。
「信者になった人達の生死は問わないっす。でも、うまく説得出来れば彼らは自分達で戦場から離れていくはずっす」
 信者は完全にビルシャナの配下になった訳ではない。彼らのパッションだとかソウルだとかドリームだとか、そういうのに訴えかけるような言葉を投げてやれば正気に戻るだろう。
「ビルシャナの攻撃手段は3つっす。プレッシャーがかかる光の魔法、眠くなる意味不明な経文を唱えたり、トラウマを具現化させるうるさい鐘を鳴らしてきたりするっす」
 ダンテはふぅと溜息を吐くも、すぐに集まったケルベロス達に向き直る。
「ビルシャナの気持ちも分かるんす。とてもよく分かるっす。でも殺すっていうのは行き過ぎっす。ケルベロスの皆さん、このビルシャナを倒してくださいっす。お願いするっす!」


参加者
ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
シャイナ・ユングラウ(高機動型強襲用メイド・e01619)
鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)
白銀・ミリア(ピストルスター・e11509)
アリス・グリモワール(狂気の月の悪夢・e15309)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)

■リプレイ

●唐揚げ罪深い
「本日は唐揚げ回であります。アニメ化の際は唐揚げ専用の作監をお願いするであります」
「え、なになに?」
 きりっ、シャイナ・ユングラウ(高機動型強襲用メイド・e01619)が一言。どこの誰に向けていっているのかは不明だが、彼女にとっては大事なことなのかもしれない。
 アシュリー・ウィルクス(幻異・e00224)が釣られてシャイナの視線の先を追うも、そこには何も無い。それでも好奇心旺盛なアシュリーは何かあるのではないかと目を凝らすが、やはり何も見当たらない。
「ビルシャナ……こんな狭い需要を狙った隙間産業でいいのか……」
「……」
 鳴神・命(気弱な特服娘・e07144)が呟くと、ガルディアン・ガーラウル(ドラゴンガンマン・e00800)がふいっと目を逸らす。
 レモンをかけない派のガルディアンは勝手にかけられたら我慢して食べるようにはしている。しかし、あの唐揚げはもう駄目だと絶望しながらもおいしく食べるフリをするというのは苦行でしかないのだ。
 ドラゴニアン、ウソツカナイ、ウソツケナイ。その精神ゆえに、ガルディアンは命の言葉に同意することが出来なかった。
 同じくレモンをかけない派の白銀・ミリア(ピストルスター・e11509)も何か言いたげな顔をしているが、今はそれどころではない。
「それじゃあ行きましょう」
 アリス・グリモワール(狂気の月の悪夢・e15309)の呼びかけに全員が頷きを返す。
 シャイナと命は、戦闘になれば粗末にしてしまうかもしれないという懸念ゆえに持参できなかった唐揚げへ想いを馳せながら、仲間達と共に平屋へと突入して行った。

「立ち上がれ、皆の衆! 我々は、唐揚げに勝手にレモンをかけることを否定せねばならない!」
「おおおおおおおおおおおおおっ!
「唐揚げに勝手にレモンをかけるやつ絶対許さない、ぜつゆるー!」
「ぜつゆるーーー!」
 ビルシャナと信者達が声を合わせ、一斉に拳を振り上げていると、突如扉が蹴破られる勢いで開かれた。
 がしゃーん! 廃屋となって随分経つためか、とてつもなく不安になる音がしたがそれを気にしたのはビルシャナだけ。信者もケルベロス達も気にしません。
 真っ先に飛び込んだノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)は拡声器のスイッチを入れる。
「速報! 唐揚げにレモンをかけるのは健康的にとても良いことが判明!」
「うるせえええええええええええええええええええ!」
「間近での拡声器は耳が痛い!」
 敵味方問わず上がる抗議の声。
 一番近くにいたソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)にいたっては辛そうに耳を押さえている。
「おっと、悪い」
 ノーグは拡声器のスイッチを切ってその辺にブン投げてから仕切りなおし。
「速報! 唐揚げにレモンをかけるのは健康的にとても良いことが判明! レモンに含まれている成分『フラボノイド』は、油の消化に効果的であり、近年社会問題化しているメタボリックシンドロームの予防・改善に大きな期待がなされている!」
「レモンをかけることで余分な油分を流し、食欲増進、消化吸収を司る酵素の分泌がよくなり、さらには腸での脂肪吸収を抑える働きがあり、肥満や糖尿病予防に効果もあるであります」
 レモンがもたらす健康的なあれそれをノーグとシャイナが力説するも――。
「メタボが怖くて唐揚げを食えるかっ! 俺は、俺は体脂肪率なんざに負けねぇ。マヨネーズと共に唐揚げを食う人生を選ぶ!」
「あ」
 マヨネーズ片手に叫ぶ信者は、マヨネーズ派のシャイナさんの同士でした。
 唐揚げにマヨネーズは正義、そう考えるシャイナは目を逸らす。
 その隙にビルシャナ達が用意していた大皿に近寄っていた命は、ぶしゅっとレモンを絞った。
「やめろおおおおおおおおおおおおお!!」
 敵の悲鳴はまるっとスルー。命は唐揚げ一杯の大皿を持ち上げ、頬を少し赤らめながらビルシャナ達に差し出す。
「あ、あんた達の為にレモンをかけたんじゃないわよ、か、身体に良いからって聞いただけなんだからね! でも……食べてもらえたら嬉しいかな、べ、別に無理して食べなくていいんだから、いらないなら捨てちゃっていいからね!」
「俺の、俺達の唐揚げ返せぇぇぇぇぇぇ!」
「もうお終いだ……絶望だっ!!」
 号泣し出すビルシャナ達。身を寄せ合い、肩を震わせている。
「これが、これこそがレモン派の傲慢の現れなのだっ! 怒りのビルシャナビーーーーーーッム!!」
 怒り狂ったビルシャナが命めがけて光の魔法を放つも、アシュリーのミミック『ボックス』がミコトを庇う。
 ビルシャナは怒りが収まらない様子でフゥフゥと息を荒げている。
 むごい……自分がアレをされてはたまったものではない。思わず同情してしまうガルディアンであった。

●勝手にレモンをかける奴、許さない、絶対
 いきり立った信者の一人が仲間を押しのけ前に出て、ビシッとケルベロス達を指差す
「というか、勝手にレモンをかけるなって話よ! 皆で頼んだ餃子に勝手にラー油をかける? 鍋の締めのうどんに一味唐辛子を振る? 振らないでしょ? そういうことよ!」
「そうだそうだー!」
「唐揚げのレモンだけは許されると思うなー!」
「そんなことするから、『だからレモン派は』って目で見られるんだー! 風評被害ー!」
 うっうっと涙を流す信者はレモン派らしい。そんな信者の背中をビルシャナがもふもふの手で撫でてやる。
 ノーグは理解した。彼らはレモンを否定しているのではなく、勝手にレモンをかけられることを否定しているのだと。レモンの良さを語ったところで彼らの怒りは鎮まらない。
 どうすべきか、と考えをめぐらし始めたノーグの前に、すっと薄い青の髪が進み出た。
「そもそもお前たちは受け身の姿勢過ぎるのだ。唐揚げにレモン汁をかけられた! 殺す? ちゃんちゃらオカシイな」
 良く通るソロの声は邪魔を許さない。ビルシャナ達は歯を食いしばって続きを待つのみ。
「皿から皆の分を取り分ける気概も無く、己の怠慢を棚上げしてレモン派に暴力を振うなど言語道断。唐揚げの皿を守り切れなかった己の恥を知れ。飲み会や食事の席に置いてポジショニングこそ最重要ということが全く理解できていないな!」
「なんだとっ!?」
「それが勝手にレモンをかける言い訳になると思うな!」
 怒りをあらわにする信者達だが、3人が痛そうに胸を押さえている。どうも心当たりがあるらしい。
「し、仕方ないじゃない、客だったんだし、ああいう場所苦手だし……」
「だ、だってかーちゃんがいつも取り分けてくれるから、取り分けてくれるからっ!」
 ぶつぶつ言い訳している姿はただただ哀れ。
「勝手にかけるのも悪いとは思います。ですが、勝手にかけて欲しく無いのでしたらちゃんと先に言わないと分かりませんよ!」
 アリスの言葉に、揺らいでいた3人が落ちた。ふらふらとビルシャナから離れていく。
 残った信者達はそんな彼らへ情け無いといわんばかりの眼差しを向けた。
「うーん、なかなかの修羅場だねー」
 説得を仲間に任せることにしたアシュリーは3人の背中を見送り、ひらひらと手を振る。
 その間にも続く説得。
 新たにバッターボックスに立ったのは、レモンをかけない派であるガルディアンだ。
「レモンを勝手に掛けるのは許さんとあなた方は言われるが」
 一拍置き、ガルディアンは残った信者達を一人一人見据える。
「例えば、可憐な女性が、目に涙を滲ませ、こういうのは初めてで、レモンが添えてあったので、そのまま掛けちゃいました……ごめんなさい……とまっすぐな目で見てきたとしても、諸君らは許さんと言うのかね!」
「うっ」
「そ、それは……」
 2人の男はとても具体的に妄想してしまったらしい。唇を噛み締め、拳を震わせ涙を零す。
 ビルシャナと他の信者、特に女性陣が冷え切った眼差しで見ていることに彼らは気付いていない。
「マナーや人の心もわかんない行為を許せないんだよな」
 ぽつり、小さな呟きであったにも関わらず、信者達は一斉にミリアへ視線を向けた。分かってくれるのか、そんな期待が込められた眼差し。
 彼らがレモンを否定しているのではなく正しくない行動を戒めたいのだと、レモンをかけない派のミリアには良く分かる。
「だけどよ、レモンをかけられたやつの気持ちとか、理屈をぐだぐだ並べられても、それがヒトを襲っていい理由になるのかよ!? それでほんとに、楽しくごはんが食えるのか!? 今のお前らは、レモンかけるやつより、よっぽど酷い事してんだぞ!??」
 切々と投げかけられるミリアの言葉。7人の信者達の誰一人として反論の術を持たなかった。
 顔を見合わせ、1人、また1人とビルシャナから離れていく。
 けれど、硬い表情のままビルシャナに寄り添う2つの影。
「それでも、それでも私は許せない。私達の人権もとい唐揚げ権を侵害することは、絶対に許せない……!」
「もう俺達にはこの唐揚げは食えねぇよ……折角、名店の唐揚げを取り寄せたのにっ!」
 ビルシャナのもふもふの手が残った信者達の肩に添えられる。
「貴様達はしてはならないことをした。我々は、勝手にレモンをかける人間全てを否定する! 断じて許さないっ! お前達を倒して再び唐揚げのお取り寄せをした後、新たな仲間を探すのだ!」
 アリスは伺うようにソロへ視線を投げた。
 視線に気付いたソロは肩を竦める。
「これ以上は無理だな」
 ソロはトンッとエアシューズのブレードで床を叩く。
 誰も反対しなかった。否、出来なかった。
 2人の信者とビルシャナの瞳に、唐揚げを揚げられるほどの強い憎しみの炎が見えてしまったから――

●終わらない唐揚げ戦争
 ビルシャナの前に立ちはだかる信者達。ビルシャナに攻撃しても、彼らが身を挺して庇うだろう。
 躊躇うケルベロス達の中で誰よりも早くソロは動いた。
 エアシューズで一気に距離を詰めると殺さないよう加減しながらも蹴り上げる。それだけで信者の1人はあっさりと崩れ落ちた。
 しかし、連携が取れず、咄嗟にソロの後に続くことは誰にも出来なかった。
 アシュリーとシャイナは攻撃の機会を見出すも、残った信者が身を投げ出そうとするのを見て攻撃の手を控えるしかなかった。
「か・らあげー、カラアゲー、レモン、駄目、ユル・サ・NIGHT」
 あーだこーだうるさいお経にアリスが顔を顰めている間に、ミリアが飛び出す。
「任せとけ!」
 小柄な体が信者の懐に飛び込むと、拳を腹に叩き込んだ。
「うっ、あっ……!」
 呻き声をあげ信者が蹲る。立ち上がってくることはないだろう。
 すかさずアリスが薬剤の雨を降らせ、自身に纏わりついていた眠気を払えば、ノーグが絶望を拒む魂を歌い上げ、他の仲間達も続いていく。
 もはやビルシャナの抵抗は些細なもの。
「か、唐揚げに……レモ、ン……勝手、駄目……」
 切実な訴えと共に、ビルシャナは倒れたのであった。

 意識を失ったままの一般人――信者だった2人を癒すアリス。
 月明かりのせいか血色が悪いようにも見えるが、じきに目を覚ますだろう。
  シャイナとガルディアンは静かにレモンがかけられた唐揚げを、悲しげに見つめていた。
 レモンがかかっていなければ、食べたのに。
 そんな2人の思いを知ってか知らずか、ソロが唐揚げを摘み上げる。
「レモン派の勝利……とは言えないか」
 虚しい争い。本当の意味で終わる日は来るのであろうか。
 その日がいつ訪れるのかは、誰も知らない。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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