去れよ、羽虫の群れ!

作者:七尾マサムネ

 春休み。
 高校生カップルが街へ繰り出そうと、バス停をめざしていた。
「え、この公園通るの?」
 急に、彼女が足を止めた。
「ここ通った方が近いけど……なんで?」
「だって前ここで、虫に酷い目にあわされたし。ちっこくて群れになって飛んでる奴。気づいたら群れの中に入っちゃって、わー! ってなるの。思い出しただけで寒気が……!」
「ああ、口とか鼻にも入るよな」
「思い出させないでよバカ!」
 彼氏をバッグで殴る彼女の背後に、人影が迫る。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 言うなり人影は、彼女の心臓を一突きした。
 倒れゆく彼女の傍から出現したのは……羽虫の群れ。

「みんなにも苦手なもの、1つくらいありますよね? そんな苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターが現れちゃいます」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)によれば、これは第六の魔女・ステュムパロスの仕業らしい。
「魔女本人はもういないみたいですけど、奪われた『嫌悪』を元に現実化した怪物型のドリームイーターが、事件を起こそうとしているんです!」
 被害が出る前に、このドリームイーターを撃破するのが、今回のケルベロスの任務である。そうすれば、『嫌悪』を奪われ、意識を失った状態にある被害者も、目を覚ますはず。
「敵は羽虫型ドリームイーターです。たくさんの羽虫が集まった群れ全体が1体のドリームイーターを構成していて、縦横の幅は3メートルくらいですね。出現場所は、被害者さんの家の近くにある公園です」
 羽虫型ドリームイーターは、一斉に突撃をかけてこちらのトラウマを呼び起こしたり、体にしつこくまとわりついて、動きや武器の動きを制限してくる。
「でもでも、一番怖いのは、気持ち悪いとこですけど!」
 ぞくぞくっ、と体を震わせるねむ。
「生理的に受け付けないものからドリームイーターを生み出しちゃうなんて! みんなも気持ち悪いと思いますけど、我慢してやっつけちゃってください!」
 拳を固め、パンチのふりをして見せるねむだった。


参加者
桐山・憩(ブルータルグリーン・e00836)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)
陸野・梅太郎(ゴールデンサン・e04516)
立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
ドゥシャ・プレタポルテ(夢祝ぐ吐息・e22460)
ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)

■リプレイ

●春の足音、羽根の音
 羽虫ドリームイーターの出現現場を目指すケルベロス達。
 今回、ドリームイーターの源となったのは虫への嫌悪という事だが、
「うん、羽虫キモイよね。夏場に電灯にたかってるのとか大量に飛び交っているのとか、すごく気持ちわかるよ!」
 虹・藍(蒼穹の刃・e14133)も、普通の羽虫をあれやこれや想像しただけで、ぞわぞわっ、と怖気が走るくらいだ。
「蚊柱等の大量の虫を見るのは、確かに気持ち良いものではありませんね。彼女を悪夢から助けるためにも、皆さん油断せずに参りましょう!」
「だな。虫ケラ風情、まとめて灰にしてやるよ」
 立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)の力強い言葉に、桐山・憩(ブルータルグリーン・e00836)が、凶暴ともいえる笑みを浮かべる。
「その通り、ドリームイーターと言えども所詮蟲ッ! 被害が出る前に手早く終わらせましょ」
 ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)も、勇ましく応えるが……実のところ、ユスティーナは、虫が苦手だ。大きな蛾や蜂が飛んでこようものなら、自信に満ちた表情を保つので精一杯。
(「が、これも依頼。情けない所は見せられない……!」)
 自らを叱咤すると、仲間とともに公園を目指すユスティーナである。
「群体という事ですが、1匹残らず倒さないといけないのなら、面倒な相手ですね。では、皆さん、よろしければこれを」
 水沢・アンク(クリスティ流神拳術求道者・e02683)が仲間達に差し出したのは、自分も付けている、隙間のないマスクだった。
「気持ち悪いかは別としても、呼吸が阻害されると辛いですからね。……修行で山篭りしてた時は苦労しましたので」
「それでは、お言葉に甘えて」
 実感のこもった言葉を聞き、吹雪も有り難く受けとる。
「あたしは割と平気な方だけど、纏わり付いてくるのは嫌だなー」
 ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)は、自前のゴーグルにマスクで完全防備だ。
「俺も虫は嫌いじゃねえが、飛ぶ奴は別だ。羽音がうるさくて仕方ねえよ」
 そうぼやく陸野・梅太郎(ゴールデンサン・e04516)は犬……ゴールデンレトリバーのウェアライダー。優れた聴覚も、時には困り物。
 仲間達がそれぞれの感想を抱く中、ドゥシャ・プレタポルテ(夢祝ぐ吐息・e22460)は、いつも通りの無表情。内心では、嫌悪の象徴として生まれた羽虫、それすら学習対象としたいという知的欲求があるのだ。

●ドリームイーター、やかましく、舞う
 やがて、行く手に公園が現れる。
 離れていても、異変が起きている事は容易に察しがつく。羽虫ドリームイーターが、空中に大きく広がっているのが見えたからである。
 公園の周囲に一般人の姿を認めると、避難誘導に取りかかるアンク達。
「私達はケルベロスです。ここは戦場になります。落ち着いて、安全な場所へ避難して下さい」
 藍が、人々を安心させるように呼び掛ける。
 更に、吹雪が隣人力、ドゥシャがラブフェロモンを使い、穏便かつ速やかな避難を促進する。
 周囲の人払いを済ませつつ、公園内に突入したケルベロス達は、少女を抱きかかえる少年を発見。傍には羽虫ドリームイーターが滞空している。
 カップルと羽虫の間に割り込む梅太郎。だが、その表情が険しくなる。
「これは……!」
 うめきがこぼれそうになるのを、必死にこらえるユスティーナ。
 この羽虫、1匹1匹が普通のものよりサイズが大きめだが、それでも小さい。そんなものが、群れを成して飛び回っているのだ。
「……気持ち悪い」
「悪いな」
「悪い」
「そしてウザい……」
 皆が、口々に感想を漏らす。
 ビジュアルもだが、こうも近くでブンブンと飛ばれては、うるさくてかなわない。梅太郎の殺意レベルが、一気に跳ね上がる。
 そんな危機にさらされていた彼氏は、よりパニック状態がひどい。彼女が倒れ、羽虫が現れ、そして今また見ず知らずの8人がやってきたのだ。無理もない。
「あ、アンタ達は!?」
「安心しろ。こう見えてもケルベロスだ」
 困惑する彼氏の問いに、にッ、と憩がギザギザの歯をのぞかせた。
「なんか怖っ」
「あん?」
「な、なんでもないっす」
 なぜか三下口調で首を振る彼氏。
「ともかく、ここはあぶないので、はなれてください、ね」
「うわキレーな人……って違う!」
 ラブフェロモンの効果もあり、ドゥシャに見惚れていた彼氏だったが、彼女を背負うと、一目散に走り去る。その背をかばう吹雪。
 彼氏の退避を見届けると、ルビーがキープアウトテープを張り巡らせる。
「おーけー、これで完成っ、と。行けるよ!」
 公園が隔離状態になったのを受け、アンクの左腕がオーラを放つ。呼応するように、右腕から解放された地獄炎が、手袋と袖を燃やして立ち昇る。
 包囲するケルベロス達に対し、ドリームイーターの羽音のボリュームが増した。戦闘態勢だ。
 人々に嫌悪のみならず、実害を与えるものを放置しておく理由は、ない。
 ケルベロス達による害虫駆除が始まった。

●嫌悪振りまく虫の群れ
 騒々しく羽を鳴らして、羽虫がケルベロス達に向かう。
 だが、藍の立てた雷の障壁に近づくなり、距離を置いた。憩のウイングキャット、エイブラハムも両翼をはばたかせ、味方の耐性を高めていく。
 迂回するように飛び征く群れを、吹雪が睨みつける。髪にまとわりつかれでもしたらたまらない。
「敵は羽虫の集まり……どのような攻撃が効くか、色々試してみたいところですね。では、まずは凍らせてみましょう」
 言うなり、吹雪の如意棒が、羽虫を叩き潰した。大半は逃れたものの、続けて生じた氷結に襲われる。
「ハッ! たかだか羽虫に誰が恐がるってんだ。笑わせんなよ!」
 憩の見下した笑みは、ただの挑発にあらず。言葉に含まれたグラビティの力からは逃れられぬ。
 怒りモードに入った羽虫が、一糸乱れぬ集団行動で、憩へと飛びかかった。
「ホントに来るのかよ」
 挑発に乗ってくれたのはいいが、まとめて襲いかかってこられると流石に迫力がある。
「くっつくな。ってか、キモいんだよ……!」
 その時、憩に降り注いだ雷撃が、付着した羽虫を引き剥がした。藍のエレキブーストだ。
「嫌悪から生まれるドリームイーターと比べると、興味から生まれるのが可愛く思えてくるわねッ!」
 あえて敵から距離を取り、鎌を投じるユスティーナ。
(「得意レンジは近距離だけど、ね。……別に逃げじゃないわよ、戦術的に理にかなってるからこうしてるだけなんだから」)
 ユスティーナが強がるように、きっ、と唇を結ぶ。
「……普通に殴っても効いているのかがイマイチ分かりにくい相手ですね……。出来るだけ焼き払う様に攻撃していきますか」
 羽虫を払っていた拳に、ぼうっ、と白炎を宿すアンク。
「壱拾四式……炎魔轟拳(デモンフレイム)!!」
 炎が次々と羽虫に伝播していく様は、まるで赤い数珠のよう。
「なら俺も……こうだ!」
 嫌悪も露わに、梅太郎が固めた拳で薙ぎ払う。慌てて散開しようとする羽虫を、確実に仕留めていく。
 虫の残骸を踏み越え、進むドゥシャ。表情筋を1ミリも動かさず、巨大斧を自分の手足の如く自在に振るい、虫を潰していく。
「えーと、このあたりが弱点……?」
 ルビーが、首を傾げながら狙いを定める。群体の上、どの個体も同じ外見をしているので困る。
 ケルベロスとしての勘を信じ、ルビーが刀を振るった。
 負けじとミミックのダンボールちゃんも羽虫の群れに飛びこむと、荒々しく噛みついた。
「飲み込んじゃダメだよー」
 ルビーに言われ、ダンボールちゃんが羽虫の残骸を、ぺっ、と吐き出した。

●害虫駆除もケルベロスの仕事のうち
 攻撃を加えているが、敵の勢いはまだまだ強い。
「ホントうっとうしいな……」
「しっかりして! 今助けるから!」
 藍がオーラを浴びせ、弱っていた梅太郎を回復した。痛みだけでなく、押し付けられたトラウマまで、すぅっと消えていく。
「助かった。早いとこ黙らせないとな」
 感謝1つ、再び虫退治に挑む梅太郎。
「ご近所迷惑なんだよ!」
 羽音を射撃音で上書きする、憩のガトリングガン。
 激しい砲火の中、雷を呼び起こす吹雪。
「彼女を蝕む悪夢を、この一閃で切り裂く!」
 雷光が花のように咲いた。輝く花弁は虫達を追いかけるようにして、焼き焦がしていく。
「俺は耳が良いんだからよ、ぶんぶんと飛び回るな!」
 梅太郎が大きく開けた口めがけ、羽虫達が突撃した。ばちり、と響いた不穏な音に気づいた時にはもう遅い。
 口内に誘い込まれたが最後、羽虫達を電撃の洗礼が襲う。少々アレンジを加えた技が、口の中で羽虫達を次々と焼き殺していくのだ。
「面白い、もっと食っちまえ」
「そ、それはどうでしょう……」
 嬉々として梅太郎を煽る憩だが、吹雪は若干引き気味のようだ。
「ま、焼いたって食えやしねえな」
 羽虫の残骸を吐き出す梅太郎。それを見ていたドゥシャが、自分も虫を喰らおうと伸ばしていた手を、こそっ、とひっこめた。
 美味いまずいにかかわらず、どのようなものか実践的に学習しようとしていたドゥシャだが、仲間達のリアクションを見て、自重した。……実は、既にちょっと口に入れてしまっていたけど。
 ケルベロス達の視界を埋め尽くしていた群れも、目に見えて勢いを失っているようだ。
 だが、懲りない羽虫は、今度は藍にまとわりつく。
「!!!」
 絶句。しかし、自慢の青の長髪を汚されまいと、必死にライトニングロッドを振り回す藍。
 仲間の窮地を救わんと、ユスティーナの気弾が、群れの真ん中にぽっかりと穴を開ける。
「虫さん虫さん、甘ーいココアはいかが? ……少し熱いかもしれないけど」
 ぼぼぼっ、とルビーが小さな炎を振りまいた。その威力は、甘くはない。
 羽虫に大きな影を落とし、ドゥシャがドラゴニックハンマーを振り下ろした。粉砕された羽虫は、瞬時に粒子と化し消滅していく。
 ケルベロス達の攻撃により、羽虫の群れが削り取られていく様は、ワイパーをかけるよう。
「あと少し。1匹残らず焼き尽くすなら……これしかありませんね」
 アンクが両の拳を打ち合わせた。溢れる焔。
「壱拾六式……極焔乱撃(ギガントフレイム)!!!」
 超速の連打が、次々と羽虫の数を減らしていき……残る全てを駆逐した。
 害虫駆除、完了である。
 後は、カップルの安否だ。避難していた2人の元に赴くと、意識を失っていた彼女が目覚めるところだった。吹雪も確認するが、問題はなさそうだ。
「もう大丈夫だよ」
 ルビーが彼女に、あるものを手渡した。
「これは?」
「虫除けスプレーだよ。せっかくの春休みなんだし、これに懲りずに仲良くお出かけしてねー」
「あ、ありがとうございます」
「うん、もう安心みたいだね」
 頷くと、周囲の損傷箇所のヒールに取り掛かる藍。幸い、人的被害はゼロだ。
「以前は興味を狙う事が多かったように思うけれど、ドリームイーターも狙いどころを変えてきたのかしらね……」
「何か手がかりがあれば、と思ったのですが、魔女の痕跡はないようですね」
 ユスティーナやアンクが、周囲を調べて言った。
 一息ついたアンクは、軽く頭を振ると、
「やれやれ……今日は普段より、少し風呂の時間が長くなりそうですね」
「ほんと、何だか、まだむずむずしてる気が……早く帰らないと!」
 藍も、体のあちこちを何度も確かめてしまう。
 きっちり倒してもなお、ケルベロス達に残る嫌悪感……魔女が目を付けるだけはある、という事か。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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