これは……ひよこ!

作者:天枷由良

●これも……ひよこ!
「あなたたちに使命を与えます」
 螺旋忍軍、ミス・バタフライは二人の配下に告げる。
「この町に、ひよこ鑑定士というものを生業にする人間がいるようです。その人間と接触して仕事の内容を確認、可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインの収奪は好きにして構わないわ」
「……あの、ミス・バタフライ」
「さぁ行きなさい。ひよこ鑑定士です。わかりましたね。ひよこ鑑定士ですよ」
「……承知しました、ミス・バタフライ。どのような理屈で指示されているのか、私めにはさっぱり理解できませんが、この任務も巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがすことに繋がるのでしょう」
 頷いているのだか傾げているのだか分からない感じで、ひざまずく片方の配下……ミス・バタフライを簡素化したような、道化師風の女が言う。
 並んで座る筋肉質な男は何も語らず、ただ道化師風の女に付き従い、立ち上がった。
 そのうち二人の配下は、町へと消えていった。

●そんなに簡単ではないという
「ミス・バタフライという螺旋忍軍が、活動を続けているわ」
 ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)からの情報に基づく予知を、語り始めた。
 傍らにはフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)も佇んでいる。どうやら今回、同行することになったようだ。
「ミス・バタフライが起こそうとしている事件は、直接的には大した事ないものなの。けれど、巡り巡って大きな影響が出るかもしれない……とかいう、厄介な事件なのよ」
 ミィルが語る事件の内容は、ひよこ鑑定士という職業に就いている一般人の所に現れて、その仕事の情報を得たり、或いは習得した後で殺そうとする、というものだ。
「この事件を阻止しないと、あの……風が吹けば桶屋が儲かる、という感じかしら? とにかくなんやかんやで、皆が困ったことになるかもしれないの。多分。きっと、ね?」
 なんとも歯切れの悪い説明だが、そうとしか言いようがないらしい。
 ともあれ、罪もない人がデウスエクスに狙われるのだ。見殺しには出来ないだろう。
「皆にはひよこ鑑定士さんの保護、そしてミス・バタフライ配下の螺旋忍軍二体の撃破を、お願いするわ」
 しかし保護と言っても、事前に狙われるひよこ鑑定士を避難させることは出来ない。それでは別の人が狙われるようになるだけで、何も解決しないのだ。
「だから皆には、事件が起こる三日前から、ひよこ鑑定士さんに事情を伝えて、警護をしておいてもらいたいの」
 その際、仕事の内容も教えてもらえば、螺旋忍軍の狙いをケルベロスたちへと変えさせることが出来るかもしれない。
「見習いくらいの力量があれば囮になれるだろうけれど……仕事が仕事だからね。頑張って修行しないと、ダメだと思うわ」
 気力、体力、そして集中力が問われることになりそうだ。
「場所は町外れの小さな養鶏場。螺旋忍軍の二人は、襲撃予定日のお昼頃に訪ねてくるわ」
 一方は道化師風の女。手裏剣を扱い、正確な攻撃を得意とする。
 もう一方は大男。肉体そのものが武器で、力強い打撃を繰り出してくる。
 二人組だが、もしケルベロスたちが囮として機能したなら、ひよこ鑑定士の仕事を教えると見せかけて不意打ちを仕掛けるとか、二人を分断してしまうとか、そういった作戦も取れるだろう。
「仕事を教わることになっても、最終的にやることはいつもと変わらないわ。螺旋忍軍の企てを、ばっちり止めてきてちょうだいね」


参加者
クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)
暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)
櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)
カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)

■リプレイ

●ぴよぴよわーるど
 ひよこ鑑定士。それは養鶏にとって重要な職業であろう。
 しかし螺旋忍軍がその技術を習得して、いったい何になるというのか。
 実は一連の行動を囮にして、別の悪事を働いているのではないか。
 それとも遠目から、策略に振り回されるケルベロスを嘲笑ってでもいるのか。
 ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)を少々悩ませる程度に、ミス・バタフライ一味が起こす事件は奇々怪々であった。
 けれど現実として、事件は起きる。そして風が吹けば桶屋が儲かるとの言葉があるように、これを阻止しなければいずれ、ケルベロスたちに害が及ぶ。
 だとすれば、役に立ちそうもないひよこ鑑定技術を持つ者が襲われるかもしれないと、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)の立てた予想が敵の機先を制する予知に繋がったことも、幸いと言えよう。
(「……いや、役に立ちそうもないってのは失礼か」)
 養鶏場の入り口に立って、ケイは思い直す。
 役立ちそうもないとは、あくまで戦闘技術となり得るかどうかの話。馬鹿にしているつもりはさらさらない。それこそアウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)などに言わせれば、養鶏は世界で最も成長している畜産分野であるらしいのだから、携わる人々や技術は敬するべきだ。
 むしろ、ひよこ鑑定を安く見ているのは螺旋忍軍の方ではないか。習得できたなら用済みだから殺すなどと、そんな態度で身につけられるほど簡単ではあるまい。
 これからケルベロスたちも、その難度を身をもって知ることになるはず。
 心中を整えつつ養鶏場に踏み入った九人は、周囲の様子も伺いながら進んでいく。
 一番大きな建物が鶏舎だろう。
 中に入ってみれば、鶏の世話に奔走する青い作業着の男が一人。
「――失礼、貴方が鑑定士か?」
 エヴァンジェリン・ローゼンヴェルグ(真白なる福音・e07785)が問いかけてみると、男は足を止めた。
 無精髭、ぼさぼさ頭の中年だ。このまま街中に放り投げれば不審の身として扱われそうな雰囲気だが、此処は彼の城。いくら数人が身分を示すコートを纏っているとはいえ、怪しげに見られるのは養鶏と縁もゆかりもなさそうな若いケルベロスたちの方である。
「……こんな人数で、押しかけて……すみません。実は……」
 訝しげな男に対し、櫂・叔牙(鋼翼骸牙・e25222)が辿々しく切り出す。
 螺旋忍軍に生命と技術を狙われていること。
 襲撃は三日後で、護衛にあたらせてほしいこと。
 その間、敵の狙いを引きつけるため、ひよこ鑑定の技術を教わりたいこと。
 そして当日は、何処かへ避難してもらいたいこと。
 クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)なども加えた数人がかりの丁寧な説明を聞くにつれ、男の表情には深刻さが増していくものの、疑念は消えていく。
「……お話は分かりました。しかし、この子たちを置いてはいけませんので、避難は敷地内の何処かということにさせてもらえますか」
 男は顎を一撫でして唸ると、傍らの籠から小さな黄色い塊を取り出した。
 それは紛うことなきぴよぴよ。ひよこだ。
「かわいい……ひよこ……ひよこは絶対守る……」
 堪えきれなかったのか、カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)が呟く。
 能面のような表情から出たのは一本調子な声だったが、ひよこを守るという言葉に、男は感じ入ったらしい。
「……お手数を掛けます。どうかよろしくお願いします」
「いや、こっちこそよろしく頼むよ。短い間だけど、真剣に取り組ませてもらうからさ」
 深々と頭を下げて言った男に、暮葉・守人(狼影を纏う者・e12145)も礼で返す。
 こうしてケルベロスは一時の間、ひよこ鑑定士見習いとして修行に励むこととなった。

●一羽でぴよ
 そうと決まれば善は急げ。
 鶏舎の片隅、間仕切りで囲われた温かい場所に移った一同の前には、大量のひよこたち。
「わぁ……」
 フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が、思わず顔を綻ばせる。
 手乗りサイズの薄黄色い毛玉が、ぎっしり詰まってもぞもぞと動いている姿を見ていると、何とも形容し難い感情が湧き上がってくる気がした。これがいわゆる、母性本能というやつかもしれない。
「……では始めますが、皆さんはひよこの雌雄鑑別について、どの程度御存知でしょう?」
「総排泄腔を確認して見分けるって、話だけは聞いてきたわよ☆」
「あとは羽毛の長さでも確かめられるんじゃなかったか?」
 ぴよぴよと盛大な鳴き声に負けないよう、クインと守人が答えれば、男は小さく頷く。
「……仰る通りです。この養鶏場で取り扱っているひよこなら、そのどちらでも見分けることが出来ます。手順として複雑なものではありませんが、地味な作業の繰り返しですから集中力が必要となります」
「任せてくれ先生! いや、師匠って呼んだ方がいいかな?」
 ケイが調子よく返すと、男もようやく肩の力が抜けてきたのか、僅かに口元を緩めた。
「……では、やってみましょう」
 そして言うが早いか、男は無骨な手を伸ばして毛玉を一つ掬い上げると、片手で捕らえたまま尻を自分の方へ向ける。
「……総排泄腔というのは、この部分です。これを親指と人差し指で広げて、突起が確認できればオス、なければメスとなります」
「は、はぁ……では、この子はメスなのですね」
「……いえ、オスです」
「えっ?」
 アウラは目を瞬かせる。見た限り、突起などはないように思えたのだが。
「……ここ、ここです。これがその、突起です」
 ひよこの状態を維持したまま、器用に指し示してくる男の指先をよくよく眺めてみると……そこには確かに、ケシの実ほどの白いものがあった。
 合点がいくと同時に、総排泄腔での鑑別を習うつもりでいたアウラとクイン、そしてケイは一つ深い息を漏らす。これは確かに、三日やそこらで免許皆伝とはいかなさそうだ。
 それでもやると決めたのだから、やるしかない。三人はもう一度だけ手順を教えてもらった後、訓練に臨む。
 一方、残りのケルベロスたちは、羽毛の長さで判別する方法を教授された。
 これは羽の伸び方が違う雄雌を掛け合わせることで、生まれてくる雛にもそれぞれの性質が受け継がれることを利用した方法だという。ここではオスの方が羽の伸びが遅く、羽軸の揃ったふさふさの翼。反対にメスは、伸びるのが早いぶん羽軸の長さにズレがあり、毛の生え方も薄い。此方は凝視しなくとも、すぐに違いが分かった。
(「超集中の『バレットタイム』で精密処理できる俺にかかれば……!!」)
 ガンスリンガーの力などを拠り所にして、多少の自信をもった守人が手を伸ばす。
 それを皮切りに、羽毛による雌雄鑑別組も修行に取り掛かっていく――が、しかし。
 掴もうとした瞬間、ひよこは守人の手から逃れて籠の隅にまで猛進してしまった。
「……」
 カティアも真顔のまま、伸ばしていた手を引っ込める。性分である無表情がよくなかったのか、ひよこたちは隅で身を寄せ合って一塊となり、此方を警戒しているように見えた。
 そこまで怯えられると、いくらカティアでも気持ちが沈む。これが本職なら問答無用で引っ捕らえてやればいいのだろうが、無茶をやって雛鳥たちを怖がらせるのは本意でない。
 まずは互いに慣れるところから、ケルベロスたちの修行は始まるのだった。

●二羽でぴよぴよ
 そして二日目。
「……オス、メス、オス、オス……メス」
 普段の軽薄さを潜めて、クインは真剣な顔でひよこを仕分けていく。
 一応、コツはあるかと聞いてみたのだが、男が言うにはよく見て反復練習するしかないという。内容が内容だけに、致し方ないことだろうか。
 しかし、両手に絶え間なく訪れる柔らかい羽毛の『もふもふ』加減は、疲れも癒す心地よさだ。後々、これを親しい彼に語る時のことも考えれば、やる気が潰えることもない。
 もちろんクインに限らず、ケルベロスたちの取り組みは皆々熱心なもの。
「ひよこに負担をかけず鑑定するには、どうしたらよいのでしょう?」
 アウラが尋ねると、鑑定士の男が実演してみせる。
 その手つきは思い切りがよい。おっかなびっくりで優しく掴むより、こうして素早く済ませてやるのが一番ということなのだろう。
 ならばと腕まくりして、アウラも作業に取り掛かる。傍らには雌雄の違いを写したサンプル写真も用意した。これでしっかりと確かめながら、着実に経験を積んでいくのだ。
 ひよこを掴み、ひっくり返すような形で尻を此方に向けて――。
 そこでアウラの脳裏に、よからぬものが過ぎった。
(「……総排泄腔などといいますが……これは……その……」)
 血の巡りが心なしか早くなって、額や頬の辺りが熱っぽくなってくる。自分がひよこの何を開いて何を見ているのか、それをまともに考えてみると、何とも妙な気恥ずかしさが湧き上がってしまう。
(「……っ、いけませんいけません! もっと真剣に取り組みませんと……この鑑定方法は日本発の、海外でも高く評価されている職人技ですもの!」)
 アウラは頭を振って煩悩を消し飛ばし、無心で新たなひよこを掴み取った。
 一方、ケイなどはいつもの飄々としたペースを崩さないままだ。
「なあ、お前はどっちなんだ?」
 見つめ合って問いかけると、黄色い塊はじっと固まったまま、やがて「ぴぃ」と小さく鳴いた。
「当ててみろって言ってんのか? よーし! ……うん、オスだな!」
「……いえ、これはメスですね」
 鑑定士からの冷静な指摘に、ケイは首を捻る。傍らで見守っていた相棒のボクスドラゴン・ポヨンも、心なしか残念そうな顔を見せて、メスと書かれた小さな籠を寄せてきた。
「難しいもんだな。お前みたいに赤いスカートでも履いてくれりゃ一発なんだけどな」
 それが特徴の相棒に語ってみるも、当のポヨンはうんともすんとも言わないまま。
 ケイはぐるりと肩を回して、また訓練に戻った。

「……やっぱり、あっちは難しそうだなぁ」
 総排泄腔組の様子を眺めて呟き、羽毛組のフィオナがぐるりと視線を巡らせる。
 作業の難易度ならば、間違いなく此方の方が低いだろう。
 しかし、楽かと言えばそうでもない。
「これは……目と頭に、負荷、かかりますね……」
 叔牙は手を止めて瞼を閉じ、ふぅっと息を吐く。結局、単純作業の繰り返しであることに違いはない。
 それでもだらけることなく続けられるのは、叔牙しかりエヴァンジェリンしかり守人しかり、泊まり込み上等、徹夜上等という意気込みがあるからだろう。
 或いはカティアのように。
「……ひよこ……かわいい……ひよこ……」
 初日こそ怯えられた毛玉を掌に乗せて、相変わらず平坦な表情と声のまま悦に浸っていられるからか。
 いずれにしろ、ともかくケルベロスたちは修行を順調に進めていった。
 もちろん、その先にある本来の目的も忘れてはいない。
 エヴァンジェリンと守人、叔牙の三人は修行の合間を見つつ、敷地の中を回って戦支度を整える。
 鶏舎や住居はヒールで癒せても、ひよこや平飼いされている鶏たちに被害が出ては取り返しがつかない。後のことまで考えた彼らの行動には、さすがケルベロスだと男も感心しきりであった。
 そうなると、教え方にも自然と熱が入ってくる。専門家の経験を何とか吸収してもらおうと、男も一生懸命に指導を重ね、二日目も夜が更けていく。
 そして三日目にもなれば、ひよこの扱いにも手慣れたところが見え始めてきた。
 ひよこたち自身も慣れたのだろうか、守人の頭には、やけに丸いひよこが鎮座している。
 寝食を共にするうち、何やら信頼感が芽生えたらしい。

●三羽揃えば
 あっという間に短い修行期間も終わり、螺旋忍軍襲撃の日がやってきた。
 鶏舎にはケルベロスたちだけで、鑑定士の姿はない。
「ひよこを守るため……皆、頑張ろう」
 本番前の最後の仕分けを――単に愛でたかっただけかもしれないが――終えて、カティアが言う。
 藍色の作務衣姿で頭にタオルを巻き、すっかり職人風の守人が頷けば、ちょうど入り口の方から女の声が響いてきた。
 特に何も考えていなさそうな声だ。それだけでひよこたちがざわつき、鶏が走り回る。
「すみませーん。すみませ――」
「おぃ、でかい声出すなよ……ヒヨコが怯えるだろ」
 徹夜続きのせいか、ふらりと出てきて答えた守人の眼光は、やけに鋭い。
 その異様さにびくりとしながらも、まだ一般人を装う螺旋忍軍の女は、鑑定を教わりたいと願い出た。
 巨漢の方は、じっと不気味に付き従っているだけだ。
「……それで、ひよこ鑑定士の先生は……?」
「残念だけど、お師匠サンは今手が離せないんだ~。かわりに研修生のオイラ達が、手取り足取りしっかり教えてあ~げる☆」
 にこやかながらも有無を言わさない雰囲気で、クインがずいと進み出る。
「……いえ、申し訳ないのですが研修生などでなく、直接鑑定士の方に――」
「研修生と、言っても……一通りのことは出来ます……」
「それに、ひよこを触る前に勉強しなきゃならないことが沢山あるんだぜ」
 叔牙とケイが女の言葉を遮れば、アウラは傍らの籠から手早くひよこを掴んで、雌雄の鑑別をしてみせた。
 速度は本職に及ばないが、資料に頼らず仕分けられるようになったのだから、見習いとしては十分だろう。他のケルベロスたちも、それぞれ三日で培った技術を存分に奮って、ひよこたちを仕分けた。
「どうでしょう? 私たちがやってみせたことが何か、お分かりになりますか?」
「いや……」
 言葉を濁す螺旋忍軍。すかさず、エヴァンジェリンが鶏舎の外を指し示す。
「ならば、まずは実習の前に座学だ。向こうに資料があるから、そちらで教えよう」
「ほらほら、こっちよ~☆」
 クインにも圧される形となれば、螺旋忍軍たちは当初の予定とは違う形になってしまうことを未だ躊躇いつつも、養鶏場の外れへと移動するしかない。
 ずるずるとなし崩しに進む先で、ずっと潜み続けていたミスルが手ぐすね引いているとも知らずに。

●牙を剥く
「……こんな所でやるのか?」
 そこは小屋もなにもない、敷地内の空きスペースだ。
 螺旋忍軍が疑うのも無理はない。疑ったところで、もう遅いのだが。
「残念でしたね、螺旋忍軍!」
 アウラが先陣切って御業を解き放ち、巨漢の方を縛り上げる。
「っ! しまった、罠か!」
「今更気づいてもな!」
「下らない詐略、ですが……無辜の者を、害させる訳に……いきませんので」
 慌てふためき、本来の道化師姿に戻った女はそっちのけで、ケイの刀が巨漢の肉を裂く。
 叔牙は女を牽制する目的で燃え盛る炎を纏った激しい蹴りを放つが、ケルベロスたちの狙いは、まず半裸の大男を倒すことだ。
「さぁ、いこうか……」
 自らを奮い立たせるように言って、エヴァンジェリンも雷帯びた剣で一突き。
 カティアが歌を――奇しくも人々を笑顔にする道化師について語る詩を口ずさめば、その不思議な力を受けたフィオナはバールの先端で裂けた肉を引き剥がす。
 どれもこれも、不意を突いたお陰で会心の当たりだ。盾役であるはずのクインが放った鋭い蹴りに、守人が無骨なリボルバーから撃つ弾丸に変えられたブラックスライムまでもが、防御力の削がれた大男に凄まじい勢いで炸裂する。最後にやってきたミスルの攻性植物に食らいつかれると、大男は息も絶え絶え。
 道化女の方が炎を消せと叫ぶも、大男にはその余裕がない。必死に自分を癒すための気力を溜める姿を見て諦めたのか、道化女は悶えつつ大量の手裏剣を生み出して、ケルベロスたちの頭上から降り注がせた。
 けれどもクイン、ケイ、守人の三人にカティアのウイングキャット・ホワイトハートも加えたディフェンダー陣が、それらを尽く防ぐ。僅かな傷は重箱型の封印箱から出てきたポヨンの属性注入と、カティアの起こした色とりどりの爆発によって高まる士気で、ちっとも気にもならなくなる。
「これで、仕舞いだッ!」
 また仲間たちの攻撃を叩き込まれた大男に、エヴァンジェリンが指輪から生まれた光の剣を振るう。半裸短パンの男は真っ二つに裂かれて、塵に変わっていった。
 後は道化女だけ。ケルベロスたちは攻勢を強める。
「一気に畳み掛けるなー! やろーども、突撃なー!」
 ひとしきり技を浴びせてやった後に、アウラはひよこから連想する知人の口調を真似ると、手の中でカード型に凝縮した地獄を投げつけた。
 徐々に崩壊するそれが敵の内部に消えて大爆発を起こした時、鶏舎の方からは戦いの終わりを祝うように、鶏たちが一斉に鳴く声が聞こえた。

 ミスルによる螺旋忍軍の供養、戦場のヒールも終われば、もう三日間は夢のよう。
「……ひよこ共々、ありがとうございました」
「此方こそ、ご協力、及び……貴重な体験。ありがとう、ございました」
「そだ、お土産に卵買えるカナ?」
 鑑定士に叔牙が礼を述べたところで、クインがふと尋ねる。
 アウラは取得した技術で、どこか遠くの無人島にあるコッコ村のひよこたちを鑑定するべく、うずうずとしていた。カティアなどはまだまだ勉強、もといひよこと戯れ足りなさそうだが、一先ずはお別れ。
「元気でな、大きくなるんだぞ……」
 もはや戦友に等しいひよこに向かって、守人はほろりと涙ぐみながら言うのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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