夜桜に鳴く猫

作者:絲上ゆいこ

●ゆめのくに
 ポカポカとあたたかい日差し。
 大きな樹が一本。風がそよそよ、草花が揺れて気持ちがいい。
 そんな草原にアタシは立っていた。
 にゃあ。
 気がつけば足元に、家の猫のちいさな頃にそっくりな子猫が甘えるみたいに爪を立てていた。
「爪を立てちゃだめー」
 子猫を胸に抱え上げて、アタシは木陰に寝転がる。
 目線を合わせるみたいに持ち上げて視線を交わすと、子猫は鼻の先っちょをペロペロ舐めてきた。
 ちっちゃくたってざらざらの舌!
「あはは……、くすぐったいよ! ね、キミどこから来たの?」
 にゃあ。
 空を見上げる子猫。
 つられてアタシは空を見上げた。
「……え」
 にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ。
 にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ。
 空から、こぼれ落ちてくる猫、猫、猫、猫。
 三毛猫、黒猫、白猫、灰猫、ハチワレに靴下柄、サビ柄にキジトラ猫!
 沢山の猫がアタシの上に落ちてくる。
 猫に踏みつけられる。
 猫に埋まる。
「うわあああああっ!?」
 少女が布団を蹴飛ばして上半身を跳ね起こすと、胸の上で眠っていた猫が慌てて廊下へと飛び出していった。
 回りを見渡すと、いつものベッドの上だ。
「……はぁー。夢、だったんだ」
 呟いた少女は再びベッドに倒れ込む。
 ――その胸に巨大な鍵を生やして。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 パッチワークの魔女が一人、第三の魔女・ケリュネイア。
 彼女は首を傾げ、白い獣の首を撫でた。

●可愛い子猫ちゃん
「Ciao、よく集まってくれたな」
 集まったケルベロスたちを資料を片手に立ち上がったヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)と、椅子に腰掛けたままのレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)が出迎えた。
「今回はヴィンチェンツォクンが調査を手伝ってくれたンだが……、またパッチワークの魔女の悪さが予知されたぞ」
 『パッチワーク』。ケルベロスならば一度は耳にした事があるであろう、人間の感情を狙うドリームイーターの魔女集団。
 その中でも第三の魔女・ケリュネイアは、人々の『驚き』を奪う事件を幾つも起こしている。
「バンビーナの見た沢山の猫に押しつぶされるという夢から奪われた『驚き』が、現実化して事件を起こすそうだ」
 ケリュネイアは既に姿を消しているが、現実化したドリームイーターを倒す事でこれから起こる被害を食い止める事はできるだろう。
 資料を捲ったヴィンチェンツォは言葉を重ねる。
「現場は、市街地の真横に位置する桜の通り抜けだ。予知された時刻は深夜。丁度、桜の開花時期だが時刻も時刻だ。流石に人は居ないようだな」
 ドリームイーターは驚かせる対象を探して歩きまわっている。
 人の気配を感じると向こうから忍び寄り、大量の猫を樹の上から落として人を脅かせに来るであろうと書かれた資料には、愛らしい小さな子猫のイラストが添えられていた。
「小さく愛らしいガッティーノに見えようが、ドリームイーターだ。素早く駆け回り攻撃をする速さは侮れない。――何より、この敵を排除しないとバンビーナが救う事ができないからな」
 『驚き』を奪われ眠ったままの少女は、ドリームイーターが撃破されるまで起きる事は無い。細く息を吐いたヴィンチェンツォ。
「ああ。そうだ。この子猫クンは人を驚かせたい気持ちでいっぱいだ。驚かなかった相手を驚かせようと優先的に狙ってくるみたいだぞー」
 片手で資料をひらひらとさせたレプスは、あんみつを口に運んでから言葉を付け足す。
「ジャポーネの美しい花の咲く道がドリームイーターの餌場になる事は好ましくはない。バンビーナの悪夢ごと俺達が、ドリームイーターを消し去ってやろう」
 資料を閉じたヴィンチェンツォはケルベロス達に向き直り、勝ち気に笑みを浮かべた。


参加者
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
朔望・月(欠けた月・e03199)
鷹野・慶(業障・e08354)
リリス・セイレーン(ちょっとこリリ太郎・e16609)
砂星・イノリ(ヤマイヌ・e16912)
ラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)
皆守・信吾(激つ丹・e29021)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)

■リプレイ

●にゃにゃっ
 月光を浴びた花は薄紅を青白く染め咲き誇り。
 春の気配が混じる風に、弄ばれた花弁が舞い落ちる。
「ジャポーネの華、実に素晴らしいものだな」
 落ち行く花弁を一枚抓んだヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)は、樹を見上げた。
「思わず、心も奪われてしまいそうだね」
 彼に習い花を見上げたラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)が眩しそうに瞳を細め、頷く。
 どこか怖くなってしまいそうな程、神秘的な花。
「キープアウトテープ、張り終わったぞ」
 白色の翼猫、ユキを肩に乗せた鷹野・慶(業障・e08354)は余ったキープアウトテープを、音を立てて千切りながら、灯りの設置された仲間の元へとのんびり歩み。砂星・イノリ(ヤマイヌ・e16912)が白い犬耳をピクリと跳ねさせた。
「……聞こえたよ!」
 にゃぁ。どこからともなく響く、甘えるような鳴き声。
 それは高い所に登ってしまって降りてこれなくなった声にも、撫でて欲しくて頭を擦り付けながら零す声にも似ている気がした。
「おいでおいで、小さないたずらっ子達」
 尻尾を揺らしてイノリは大きく手を広げる。
「夜桜の中から出ておいでよ」
 にゃ、にゃ、にゃ、にゃ。
 呼応したように、夜が猫の鳴き声に飲まれた。枝が軋み、花が散る。こぼれ落ちる花弁と、モザイク。
「――兄貴」
 いち早く察知し、駆けたのは皆守・信吾(激つ丹・e29021)であった。
 気配に一番近しいヴィンチェンツォの前へと飛び出し、自らよりもずっと背の高い彼を守るように構えた、その瞬間。
 ヴィンチェンツォは目を見開いた。
 軋む枝。
 猫の姿に信吾の姿が埋まる、黒白サビトラ、猫、猫猫。
 にゃ、にゃ、にゃ、にゃにゃにゃ、フギャッ、にゃ、にゃう、にゃ、にゃー、にゃにゃ、にゃにゃ、みゃっ。
 驚かない為のイメージトレーニングは、彼の慕う兄貴を守る為に完璧に効果を発したのだ。
「おや、驚いた。……Grazie、シンゴ。しかし――Che spavento! ガッティーノとは、こんなに愛らしいものが降ってくるとはな」
 彼に庇われ、演技として驚いて見せたヴィンチェンツォは一歩引いた位置で撃鉄をあげる。
 そして先程とは違い、敵を定めるが為に樹を見上げた。
 落ちてきた猫たちに、明らかにテンションの上がったイノリの尾はぶんぶんと左右に揺れる。
「イラストで見たのと一緒だ!」
「うわぁぁ、かわいいですー!」
 落下してきた猫を一匹受け止めた朔望・月(欠けた月・e03199)が、目をキラキラと輝かせて猫を掲げた。
 敵だと解っていても可愛いものは可愛い。頬が緩まないように構えてはいたが、難しいものは難しい。
 だって、たくさんの猫さんですよ。
「よしよしー、よしよしっ」
 尾を追って右へ、左へ、ぱたぱた。勢い余ってころんころん。
 イノリが自らの尾にじゃれる猫を弄びながら、小さな猫を撫で回す。肩にも頭にも登ってくる猫。
「♪」
「あっ、さ、櫻……っ」
 その横でビハインドの櫻は、埋まった信吾の上の猫を掴んでは積み上げていた。
 蝶のように赤髪が跳ね。注意深く猫達から間合いをとったリリス・セイレーン(ちょっとこリリ太郎・e16609)の、灯りを掲げる手を模したランタンが揺れる。
「ふふ、幸せがいっぱい降ってきたみたいだわ」
 仲間たちがメロメロになっていても、警戒を解くつもりはない。
 たしかに、とても、すごく、……とてもとても、ええ、可愛いけれど。
「でも、悪さをする子猫にはお仕置きしなければいけないわね」
 喉を鳴らして、細く細く息を吐くリリス。
 何かを振りほどくように彼女は舞う。後を追うようにばさり、と外套が音を立てた。
「……クク、愉快! このように愛らしく小さき姿を模した物がモザイクとはな」
 尊大に言い放ち、喉を鳴らし笑ったペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)が地を蹴り。
 そこへたまたま腕の上にこぼれ落ちてくる、一匹の小さな体温。
 怯えに揺れる丸い瞳と、外套の奥に隠された彼女の瞳が交わされる。
 ――相手は敵だ。
 油断する気も、同情する気も一つも在りはしない。
「くっ、恨むべきはその愛くるしい外見に仕草、仕方のないことだ。そう、……そうだ、我は悪くない!」
 子猫の顎下を撫で、耳の付け根をくすぐるペルの指先。
 巧みな指捌きにぐるる、と子猫の喉が鳴る。
「戦いながら愛でるくらいは構うまいッ!」
「そうだね、折角可愛い子猫ちゃんだし、猫まみれだし」
 ラズリーが思わず頷いた。
 野良猫スポットでもこんなに猫が集まっている事なんて無い。
 ちょっとくらい写真を取りたい欲求を抑え、彼はライトニングロッドを握りしめた。
「――騙されるな、いいや、俺は騙されねえぞ」
 巨大な槌が蠢き、砲台へとその形を変える。
 慶が囁き、睨め付けるその視線の先。枝の上。
「ああ。実に愛らしく良い眺めだが、……バンビーナも待っているのでね」
 ヴィンチェンツォが合わせ、引き金を引く。
 プライマーに撃鉄が叩きつけられ達人めいた一撃が、視線の先――モザイクを零す白猫を捉えた。
 重心を低く構えた慶より、重ねて吐き出される竜砲弾が咆哮を轟かせる。
 地へと叩き落された白猫から、ばらばらとモザイクが弾けその全てが新たな子猫として溢れ落ちた。
 にゃあにゃあにゃあ。
 確かに可愛い、めっちゃ可愛いが。
「一番可愛いのはユキだ、よく覚えておけ」
 慶の言葉に、上出来よと言わんばかりに首を傾いだユキ。そのまま翼いっぱいに風をはらみ前衛へと加護を与える。
 そういう問題だったかな、なんてラズリーはちょっとだけ首を傾げつつ。
 加護を持つ雷壁を構築しながら、足元に擦り寄ってきた子猫に瞳を細めた。
 うん、敵ながらかわいい。

●にゃにゃにゃにゃ
「旬の花散らす無粋な雨はご勘弁願いたいけど、猫のどしゃ降りならご褒美に違いないってな」
 積み重なった猫。覗き込む櫻。
 頬に擦り寄る猫の感触は心地良い。
 噛み締めるように囁きながら、信吾はゆっくりと上半身を擡げた。
「しかし、他愛ない夢が禍に転じるなんて悲劇を見過ごすわけにはいかない!」
 勢い良く身体を起こし立った信吾からばらばらと子猫が跳ね、オウガメタルが加護に輝く。
「――お前の愛らしい見た目には惑わされない!」
 彼の肩で子猫がにゃあと鳴いた。
 光を受けたペルは、白猫へと一気に間合いを詰める。
「確かに愛くるしい。こんなに愛くるしいものと我を出会わせたアウゲイアスを恨むべきか感謝するべきか分からんな」
 彼女の拳で魔力が爆ぜ、白雷を宿した拳を振り抜く。
 ――視界を灼き、白き光景を刻み、瞬間に砕けろ!
「クク。だが仕事はさせて貰う。この脚に! 拳に! もふもふを味わってくれる!」
 跳ねた白猫の代わりに纏わりつく子猫を撫でながらペルは笑った。
 もふもふにゃあにゃあ。
「もふもふを味わって……、味わいすぎてる場合じゃないねっ!? 行こう、クルーン! でもあんまり苦しめないようにね」
 パーカーのフードに子猫を一杯つめこんだのイノリの言葉に応えるかのように、澄んだ音を立てたオウガメタルは彼女に最適な経路をその金属の身体を蠢かせて伝える。
「……うん!」
 身を低く低く構えた彼女から白猫は逃れようと、その小さな身からは想像もつかぬほどのバネで樹の上へと一瞬に飛んだ。
 追い跳ねたイノリは旋転から地を蹴り、鋭く振り下ろすような拳が桜の樹からドリームイーターを引き剥がす。
「ふふーん、クルーンとボクからは逃げられないよっ」
 猫が零れ落ちた先で構えていたのはリリスだ。
 慌てた白猫はモザイクを子猫と化して零し落とす。
「まあ、可愛いわ」
 しなやかな足取りで舞い跳ね、リリスは猫の雨を避ける。
 庇わんと駆けつけた櫻は猫を受け止めて。
 ぽんぽんと放り投げながら、その隠された瞳で睨め付けるかのように白猫に集中をした。
 びくりと跳ねた白猫。
 動きが一瞬止まり、その隙を逃さずリリスは地を蹴る。
 何匹もの子猫の中に混じり落ちる白猫だけを正確にリリスの流星めいた蹴りが貫く。
「……、可愛いから心苦しいけれど、手加減は出来ないの。ごめんなさいね」
 大量の猫に混ざり、月の展開した祭壇から紙兵が溢れ出す。
「か、かわいいですけれどっ、ちゃんと戦いますからねっ、櫻、あんまり放りなげちゃダメですよ!」
 不思議そうに首を傾げた櫻が、投げていた猫を祭壇の上に集めだした。
「……ううう、やっぱり可愛い……」
 月は呻く。

●にゃんにゃんにゃあ
 欠伸をする猫。
 じゃれ合ってグルーミングをしあう猫。
 増えた子猫の数は数え切れぬ程。
 実に彼らは、愛らしい。
 しかし、本物の猫とは違い警戒心も薄く、猫を模倣した動きしかしない生きてはいない作り物だ。
 攻撃を行うドリームイーターは1体から変わる事は無いが、甘えてくる子猫達に邪魔されぬよう蹴散らしながら戦うことをケルベロスたちは強いられていた。
 家畜化されているとは言え、猫だって獣だ。
 直接的な攻撃を行わないとは言え、引っかかれれば血だってでる。噛みつかれれば痛い。
 それは心理的にとても可愛く、可哀想で、そして痛く辛い戦いであったことだろう。
 ユキが白猫を引掻く。
 足元に絡みつく猫を掻き分けて、慶は巨大な絵筆をその掌の中に召喚した。
「そんなに猫塗れにしてえなら手伝ってやる。埋もれんのがテメェで良けりゃな!」
 奔る絵筆、虚空に描かれた猫が空中からずるりと立体化し――。
 大量の猫が白猫にめがけて殺到した。
 怒涛の猫の波がうねり、白猫が地面をころんころんと転がる。
「ニャンコ増やしてないかなっ!?」
「ね、猫さんが……」
 猫の量が更に増え、犬の耳をピンと立てたイノリと目を丸くする月。
「――! クルーン! 月さん!」
 そして、猫が何をしようとしているかを悟ったイノリは尾を膨らせ。猫を避けるように両の手で地を付いた。
 そのまま身を捻って宙返りしたイノリは、白猫の背後に一瞬で回り込み獣の拳を白猫に叩きつける。
「っ!? はいっ!」
 声を掛けられて慌てて猫を掻き分けた月も、縛霊手を叩きつけ網状の霊力が放出されるが、一歩遅かった。
 波が引きそして返すように。
 新たに生み出された猫の波が、慶の生み出した猫を押し上げる形で溢れ氾濫する。
「守りの役得だな!」
 皆を守らんと間に割りいったのはペルだ。
「庇って堪」
 言葉を言い切る前に猫の海に飲まれ、流され行くペル。
 にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ。
 彼女はまだ何か言っているようだが、それは皆の耳に届く事は無かった。
「ぺ、ペルさーん! おそるべし……ニャンコ攻撃」
 もふもふの海に流れ行く彼女を、ちょっとだけ羨ましそうに見たイノリは獣手でぺしぺしと猫を引き剥がす。
「……楽しそうだなぁ」
 ちょっといいなぁ、なんてラズリーはスマホに写真を収める。
 猫の海。
 あんなにもふもふ体験、中々出来ないだろう。
「1匹くらい連れて帰れたらよかったんだけど……」
「うん、俺も連れて帰りたい」
 ラズリーの同意にリリスが少しだけ悲しそうに微笑み、ステップを踏んだ。
 Bloom Shi rose. Espoir sentiments, a la hauteur de cette danse.
 軽やかに、跳ねるように、戯れるように、ひらひらと飛ぶ蝶のように優雅な舞の足取りに合わせて。
 蔓薔薇が花開き咲き乱れた。
 リリスの生み出した甘い香りは蔦を捩り、猫達を捉え、ドリームイーターである猫を締め上げる。
 ラズリーは目を閉じた。彼女の笑みの意味は解る。
 彼らは生きちゃいない、ただの敵なのだから。
 身体の中の力を紡ぎ、詠唱に変え、藍色のオーラをラズリーは溢れさせる。
「ペル、生きてる? ――きみはまだ、倒れちゃいけないよ」
「大丈夫かい、ペル」
 信吾が猫を掻き分け、彼女の身体を猫の波から引き抜いた。
 ぽこっと顔を出したペルは、そのまま鎌を横薙ぎに振るい猫達を弾き飛ばす。
「微笑ましくすらあるが、――バンビーナの為にもそろそろ終わりにしようじゃぁないか」
 ヴィンチェンツォが、両の手に構えたリボルバー銃を握り直す。
「……ぷはっ、まだまだ沢山味わいたい所だが、仕方ない、ヴィンチェンツォの言うとおりそろそろ終わりだな」
「随分相手さんも弱ってきているみたいだしね」
 頷きあったディフェンダー2人は左右から踏み込み、エクスカリバールと簒奪者の鎌が交差する。
 同時に左右から迫られた白猫は判断に迷い、思わず後退した。
 小さな白猫の前後に獲物が同時に叩き込まれ、モザイクがばらと散る。
「ヴィンチェンツォ!」「兄貴!」
 ペルの鎌と信吾のエクスカリバールの間に挟み込まれ、逃げ道を失った白猫は目を見開いた。
「ああ、任された」
 放たれる一撃は、正確に眉間を貫く弾丸だ。
「良き夢に、良き目覚めを、――Addio」
 にゃ。
 大量の子猫たちが同時にざらりと崩れたパズルのようにモザイクと化し、風に溶けていった。
「ほら、やっぱり一番可愛いのはユキだったな」
 慶の言葉に白翼猫が当然と言うように、にゃと鳴いた。

●夜桜の道
 皆によりヒールが成された通り抜けは少しばかりファンタジックになってはいたが、元通りと言って良い様子であった。
「猫の本分は『驚き』じゃなく癒しだからな」
 慶は笑み、ユキの毛並みを整えるように撫でてやる。
「ふふ、そうね」
 リリスは頷き、まだ満開とは言えぬ花を見上げる。
 降り注ぐ子猫もとても魅力的だけれども、見頃になった桜もまた驚くほど綺麗だろう。
「女の子は無事に目覚められたかな? 暁覚えぬ春眠には是非とも平和な夢がいいよね」
 信吾がベンチに腰掛け首を傾ぐ。
 その身を外套に包んだままのペルが頷いた。
「クク、我が助力したのだ。そうでなければ困るだろう」
 紫煙が揺れ、スキットルの中身を喉に流し込む。
 月に青白く照る蕾。健気に咲き誇る花を眺め、愛する嗜好物を楽しむ。
「可愛い物の後には、美しいものがある、贅沢じゃぁないか」
 ぱしゃりと桜を写真に収めたラズリー。
「そうだね、猫は可愛かったし、――桜も綺麗だ」
「月も綺麗だし、桜も綺麗。明日は良い天気だろうね!」
 イノリが、ぱあっと笑んで尾を揺らす。
 きっと明日は――猫が昼寝したくなるくらい、穏やかな良い天気に違いない。
 ラズリーが頷き、ヴィンチェンツォは唇を笑みに緩めた。
「たまにはこんな夜も、悪くはない」
 ケルベロス達の穏やかな夜桜花見はもう少しだけ続くだろうか。
 少し離れた場所に座る、月と櫻。
「……櫻、僕は思い出せないのです」
 見上げるのは、相棒の名と同じ花。空を見上げ、月は呟く。
「――僕は、薄情なのでしょうか」
 霞掛かった記憶を噛み締めるように、呆然と言葉を零す月。
 櫻は首を横に揺すり、彼女の頭を優しく撫でる。
 月に照らされた桜が、風に揺れていた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 8
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