我が掌にキセキを

作者:銀條彦

「あなた達に使命を与えましょう」
 道化師姿の女が差し出したのは一枚の紙。
 地方新聞から切り取られたらしいその印刷物にはとある工房の特集記事が綴られていた。
「切子細工、でございますか?」
 やや大袈裟なほど恭しい動作で受け取った記事に眼を通す少女もまた女に何処か似通った道化師のいでたち。未成熟故に胸元へパッドを4枚ほど重ねて詰め込む無理をしている点についてはこれまで女上司も少女の更に後ろで控える猛獣使いの男も一切指摘してこない。
「そう。しかも伝統的なガラス工芸ではなく、透明な宝石の表面に切子紋様の研磨と細工を施しオーダージュエリーとして仕上げる技法を得意とする……いわば貴石切子の工房。あなた達はまずこの工房に向かい貴石切子の職人と接触していらっしゃい。そして工房主から細工技術に関するすべてを習得した後、その者を殺害するのです」
 殺害の際のグラビティ・チェイン収奪については自由になさいと女は告げる。
「はい、ミス・バタフライ様! 貴女様の深奥なる術を世へと巡らせる栄誉ある蝶として、最初の一羽ばたき、必ずや為し遂げて参りますわっ!」
「……仰せのままに」
 うっとりと跪く少女道化師ほどの熱は伴わずとも少女の相棒たる猛獣使いの男にも異存は無い。少女に倣って男もまた頭を垂れ、謹んでの拝命の意を示すのだった。

「螺旋忍軍――ミス・バタフライはいまだ、配下のデウスエクスを使って職人の技と生命をつけ狙うことを諦めていないようです」
 ふうと物憂げに溜め息一つ漏らした後、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は新たなるバタフライエフェクト事件について語り始めた。
 珍しい職業に就いている以外これと特色も無い一般人ひとりが螺旋忍軍に命を奪われる。そんな小さな発端から巡り巡って世界を大きく揺るがす何かへと繋がり、遂にはケルベロスを不利に追いやる、かも、しれないという非常に厄介な『可能性』との戦い。
 尤も、そんなものがなくとも無辜の一般人が殺されるなど見過ごせる筈がない。

「皆さんには、今回の標的である切子細工の工房主、加々美鳴々呼(かがみ・ななこ)さんの保護とミス・バタフライが送り込んでくる螺旋忍軍達の撃破をお願いしたいのです」
 保護とはいっても彼女を事前に遠くへ避難させる策は採れない。ヘリオンの演算を超える程に未来を動かしてしまえば被害もまた演算の及ばぬ別の何処かで起こってしまうだろう。
「幸い、ケルベロスの皆さんがついているなら……と加々美さんは事情の全てを理解した上で全面協力を申し出て下さっています」
 そう言いながらセリカが卓上へと幾つかの裸石(ルース)を丁寧に並べ始めた。
 ブルートパーズ、ローズクォーツ、ルチルクォーツ、ピンクトルマリン……。
 そのいずれの表面にも独特のカッティングが施され、切子紋を応用して石の表面にと生み出された草花や星の意匠がキラキラと光をはじくそのさまは、輝きをよりいっそう複雑かつ鮮烈に引き立たせている。
「加々美さんの専門は加工しやすい半貴石に切子紋様で細工する宝飾品。皆さんにも、彼女の身辺護衛の傍らこれを作れる技術を急ぎ習得していただきたく思います」
 ケルベロスを加々美鳴々呼の身代わりとして切子職人に仕立てる囮作戦である。
 首尾よく敵を騙せれば保護対象の安全確保と敵誘導を一挙に達成できるその作戦は確かに効果的ではある。
 『工房主』として『新入り』へあれこれ『指導』することで常に2人1組で活動する螺旋忍軍達に地の利を活かした奇襲、あるいは分断のち各個撃破すら仕掛けられるかもしれない。だが、今残された猶予はたった数日。かなりの綱渡りである。
「職人技のすべてを習得する必要はありません。見習い程度の技術さえ会得できれば一時的に敵の眼を欺くには充分な筈です」
 囮作戦となるか護衛作戦となるかはひとえにケルベロス達の頑張りにかかっている。
 そう励ましたセリカは続けて敵コンビの能力についての説明へと移る。
「女性型は敏捷に秀でており螺旋手裏剣で敵陣を撹乱した上でトドメを狙い、頑健に優れた男性型が螺旋忍者のグラビティにも通じる独自忍術で支援に徹するのが彼らの得意とする戦闘スタイルです」
 連携がハマればやや厄介かもしれないがどちらの実力も尖兵としてはごく平均的。先手を打って待ち構えられる有利を活かせば万が一にも不覚を取る事は無いだろう。

「たとえ何度羽ばたこうとも邪な風が世界に吹くことは決してない……皆さんがこの地球を守る限り。そう信じています」
 微笑むヘリオライダーが伸ばした指先にころりと貴石は輝くのだった。


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
マリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
深景・撫子(晶花・e13966)
英桃・亮(竜却・e26826)
六角・巴(盈虧・e27903)

■リプレイ

●ようこそキセキ工房へ
「あ、あの……その……教えるとか私あまり向いてなくて……工房体験とかも……普段はもっぱら助手さん達任せで……い、至らぬところも多々あるかと……」
 長い黒髪をざっくりと三つ編みにまとめた化粧っけのない地球人女性――加々美・鳴々呼がペコペコと何度も頭を下げる。
 一分たりと無駄に出来ない短期集中修行。挨拶や荷物整理もそこそこに作業部屋へと直行済みで、出された茶を囲みつつもケルベロス達の手には貴石切子についての工程と解説が分かり易く記された小冊子が配布されている。
「ガラスとかの切子細工は知ってたんだけれどもさ」
 冷茶が注がれたグラスをダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)がキィンと爪弾く。冊子にはざっと眼を通してみたが文字や図示だけでは伝わらぬものにこそ彼女の興味は注がれ、短期ではあってもその一端に触れ得る弟子入りにすっかりと心弾ませていた。
「うん、貴石切子って今回初めて知ったんだけどすげー綺麗だね」
 頭数分ちゃんと出された茶と顔モニターにストローを宛てどういう理屈なのだかスココォと一気飲みする弟分の横で真柴・隼(アッパーチューン・e01296)の手は冊子よりも先にお手本代わりの貴石切子に伸びていた。宝物のような手つきで玩具のように楽しげな青年の様子に鳴々呼の表情は少し和らぐ。
「半貴石への切子細工とは、お仕事とは言え素敵なご縁を頂けました。人命を守るためにも全力で頑張りますが、理想は、楽しむことですよね」
 女工房主を気遣いながら春日・いぶき(遊具箱・e00678)は柔らかな微笑と共に彼女の得意分野へと話題の水を向ける。途端に鳴々呼はパッと眼を輝かせていかに貴石切子が素晴らしいか、そしてその技術をケルベロス達に会得して貰えることが自分にとってどれほど嬉しいかを力説し始めた。俗に言うスイッチが入ったというヤツだ。
「ちょっと待ってくれ、今のところもう一度」
 唐突な講義開始に反応した六角・巴(盈虧・e27903)は素早く筆記用具を手にして一語たりと漏らさぬと鋭い眼光でメモを取り始めた。
「何事も基礎が大事ですわね。早速ですが質問宜しゅうございますか先生!」
 見るからに良家のお嬢様といった風情の深景・撫子(晶花・e13966)だが、彼女は水晶の貴石切子に挑戦したいと意欲を燃やし初日に最も熱心な質問攻めを浴びせた1人となった。
「うぐぐ……丁寧に、丁寧に……」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は常の勝気はどこへやら繊細な手作業の連続に可憐なツインテールの頭を抱えた。
(「こういうちまちましたのは私よりも断然、彼の方が向いてるのよね!」)
 恋人がというか器用な恋人の指先が切実に恋しい乙女心(?)。
「奥深き石の真髄、この数日間で、必ずや体得してみせましょう……!」
 巨匠の如き佇まいで謎闘気を全身から漲らせ石とにらめっこのマリオン・フォーレ(野良オラトリオ・e01022)。螺旋忍軍との接触にあたっては念の為異種族特徴を隠そうと彼女を始め何人かが示しあわせていた。
「まあ美貌までは隠し切れませんけどね! ……あだっ……!」
 渾身のドヤ顔で大断言した少女の頭上に何処からともなくボコリと貴石が謎落下する。
 そんなこんなで修行初日は基礎の基礎から徹底的に叩き込まれる(一部謎物理含む)地味な流れの中いつの間にか終わっていたのだった。

 明けて2日目に、初日指導だけでほぼ基礎を押さえ終えた英桃・亮(竜却・e26826)が早速まず何か一つ作品を作ってみてはと鳴々呼から勧められていた。
 イメージは既に彼の内に『在る』。 ――欠けるところ無き、月。
 己が指先へと馴染ませた切子模様が赴くままに深き夜天を、雲間を、射し込む月光をと。
 掌中の貴石は儚くも眩い千変万化を映し出す『世界』。
(「――万華鏡みたいだ」)
 そんな遥か先を行く亮を羨ましがりながらも隼は地道な基礎訓練を厭わなかった。
「折角その道のプロ、しかも綺麗なお姉さんが技術を伝授してくれるんだ。付焼刃でもそれなりのモン作れる様になりたいじゃん?」
 そんな建前で恩師を赤面させつつ、彼の脳裡を占める輝きは昨日垣間見た、アメトリンの貴石切子だ。夜明けの空色とそれに架かる金の月色。
(「キラキラ輝くあの子の瞳みたいだな~って思ってさ」)
 替玉としてよりらしく振舞えるように貴石を一種類に絞りたいとのいぶきからの申し出に並べられたのは色とりどりの蛍石。
 柔らかく細工がしやすいが脆さと背中合わせだとの説明を受けながら、ラベンダーフローライトの裸石がそっと手に取られる。

「地に埋もれてもなお美しい貴石の輝き……人々を魅了し隠しても零れ落ちるその煌きはまるでお姉ちゃんの美貌の様ですね!! ……って学校行きやがらねぇ弟に言ったらいきなりグーパンで殴られたんですよ」
 ぶつくさ身内への愚痴を零しながらもマリオンの瞳はカーネリアンへと注がれておりその手元も最早よどみないと言ってよい精度へと達しつつある。
「照れてるんですよきっと。大好きなお姉さんへ素直には甘えられないお年頃なんじゃないですか? ……なんだかプロポーズを思い出しますねぇ……ええとグーパンじゃなくて、その、ずっと弟みたいに思って接してきたのにある日いきなり俺が掘り出してきた石に光を与えるのはお前だけだ、ずっと磨き続けてほしいって」
「なるほど反抗期到来と思わせておいて思春期特有のツンデレ……あだっ! なんかまた石落ちてきたんですけどっ!?」
「といいますか……先生、既婚者でいらしたんですの??」
 美しさは罪と納得顔でうんうん頷くマリオンと鳴々呼の石以外ツッコミ不在トークの隣で、同様にここまでの修行で得た技術を指先に覚え込ませる為、六角柱の水晶で丹念に反復する作業に没頭していた撫子が思わず顔を上げる。
 工房では薬指の指輪は外しており現在避難中のお相手は年上のドワーフ採掘師だそうだ。

 そして迎えた最終日。
「やっぱり難しい! ……でも初日よりもちょっとは青を見せて、魅せられるようになった、と思うのよ」
「ブルートパーズと真っ向勝負か。アリシスらしい華やかな仕上がり、大したものさね」
 一方でダンテは手磨きの研磨技術を習う際に教材にと与えられた貴石の一つを気に入り、その後、石種別の研磨や模様彫りにと移行しつつも新たに技術を会得する都度それらを試しぶつける相手としてその貴石を選び続けて来た。
「黒灰の不思議な模様から漆黒に揺らめく光を透かして……こちらも石英の一種のようにも思えますが一体?」
 基礎を習った後はひたすら水晶の切子細工を極めることのみに注力してきた撫子は、せめてあと1週間の猶予が許されればギャラリーにだって並べられる出来に仕上げられるのにと鳴々呼に言わしめる域にまで迫ろうとしていた。
 そんな彼女にとってもダンテの磨き上げた鱗の『水晶』は初めて見るものだった。
「ドラゴンアゲート、龍紋の瑪瑙って呼ばれる山傷だらけの貴石さね」
 なかなかにハッタリきいてて螺旋忍軍共に先輩面するにゃピッタリだろと、龍部を封じた人派ドラゴニアンはにっかりと笑うのだった。

 各自、本来の本題である螺旋忍軍戦に備え下見や準備にも余念は無い。
 この日も土蔵で敵と一戦交える予定の巴と隼が鳴々呼を伴い現場へと足を運んでいた。
 運搬作業にいかにも男手が必要そうでかつ教材を兼ねられそうな荷箱を選ぶと分類別に整理してある状態を乱雑な無整理へと乱してゆく。
「その……ここに仕舞ってある物は基本……捨てられない、けど、もう要らないかもって物ばかりなので……」
 暗に気にせず暴れてくれと申し出てくれた護衛対象の協力態勢に感謝しつつ。
 サングラス越し、土蔵の薄暗さを確かめるようにしながら巴は準備を進める。
「ワンセグちゃんの隠れ場所は……この空き箱なんてどうでしょう」
「地デジっす。おぉぴったりジャストサイズかわいい」
 試しにとごめん寝の体勢でしずしずと箱に収まるその様はむしろミミックもしくはボクステレビウム。

「私の場合、どうしても石の持つ輝きを最大限引き出すことばかりに目が向いてしまって……宝飾品としての完成度がまだまだ全然甘いんですよね」
「切子の要はやはり模様だと思う。模様と研磨あるいは模様と模様の組み合わせが生み出す煌めき。だがあんたは其処へ、台座や鎖といった貴石以外の細工部分をも、輝きを膨らませる要素として取り込みたい訳だ」
「そうなんです! でも私の金銀細工だとまだまだ額縁止まりで……!」
 亮自身も細工職人である点については自ら口にせず、他の仲間と横並びの初心から学ぶ心積もりで臨んでいたのだがジャンルこそ違えど同業同士、どうしても滲み出てしまう。

 晴れて全員、一定以上の水準で貴石切子の技法会得にこぎつけた。
「奇跡を生み出すその手、命の輝きを決して踏み躙らせは致しません。鳴々呼様は必ずお守りしますの!」
 その奥深さに触れた撫子は改めて螺旋忍軍への怒りを新たにし、囮作戦の完遂を仲間達と誓うのだった。

●ワケあってデウスエクスに弟子入りされた僕はケルベロスだったりする件
「たのもーですー!」
 ぴたり予知通り、螺旋の仮面を外しそれぞれ現代日本社会に即したラフな服装で工房を訪れた螺旋忍軍の2人組はそれぞれ花子と次郎を名乗った。
「随分と適……いえ古式ゆかしい素敵なお名前ですね」
 ナナコとハナコ、僕と一文字違いですかなどとそつなくにこやかに応対し正式に弟子入り志願を受けるいぶき改め鳴々呼先生。その胸元には切子紫蛍石をあしらったロザリオ飾りが揺れる。
 螺旋忍軍とこうしてがっつり接触するのは彼にとって初めての経験なので内心で興味津々だったのだがとりあえずどちらも呼称にあんまり拘りとかない性質らしい。
 手筈通り鳴々呼先生(替玉)や弟子達がかわるがわる流れるような説明や手際を披露すれば、あっという間に今すぐにその技術を会得したい、住込みが叶うなら是非にと花子(仮)主導で垂らされた針へと喰い付いてきた。
「ホイホイじゃさっそく次郎はあっち、平たい花子はこっち」
「は?」
「男女七歳にして席を同じうせずが先生の教えなのよね~」
 先輩職人として後輩弟子の指導を任されたという口実でダンテとアリシスフェイルが花子(仮)を半ば強引に連行してゆく。デウスエクスたる彼女達がそれに抗うのは容易いが貴石切子の全てを習得し終えるまで正体の露見は避けたい。
 二者一対の螺旋忍軍は為す術なく無抵抗であっさり分断されてゆくしかなかった。
「あ、あと関係ないけれどその胸パッド、似合ってないからやめた方がいいと思うわ」
「本当に関係なくぶっこんでこられますね巨乳ロリ先輩!」
 そして巨漢の無表情VS無表情。
「三十路男が宝石……って色眼鏡で見られる事もあるが同志が出来て心強い。宜しく」
「…………」
 巴から次郎(仮)へ差し出された歓迎の握手は無言ながらも力強く握り返された。
「男手が増えるの助かるわァ」
 さっそく鳴々呼先生から言付かった雑用ヨロシクと言葉巧みに隼と巴も土蔵への誘導に成功して程無く合図が一つ発せられた。

「あの~加々美先生、そろそろ実技の方も~」
「一日にしてならずです」
「あの~ちょっとお手洗い……」
「詰め物のお胸、直しに行かれるんです?」
 パステル&フリルなインテリアと端に立ち並ぶ仏像群のミスマッチ感覚に匠の技が光る大広間で問答無用の図覧漬け学習地獄の合間、アリシスフェイルからどんなデザインで作ってみたいのかと話しかけられた少女の答えは、即答。
「やはり、螺旋でございますわね」
 くるくるとグラビティ・チェインの体現たる力の軌道を模して花子(仮)の指先が踊る。
「そうですか。ところで――蝶々は、お好きですか?」
 そう訊ねると同時『鳴々呼先生』の仮面は消え去り、右手には十字柄のナイフが握られていた。胸パッドなどという背伸びを愛らしいと思わなくもないがどれだけ可愛く愛らしくとも人命を顧みぬデウスエクスの討伐に躊躇いは無い。
 花子(仮)の両脇を固めていたダンテとアリシスフェイルに卓を挟んでの正面に座る撫子、そして仏像の影から姿を現した亮の体を淡くゆらゆらと聖灯の炎が包み込んでゆく。
「グラビティ!?」
 慌てて螺旋の仮面を取り出した花子(仮)は本来の道化師姿へと瞬時に戻る。
「貧……いえ道化師さん、もっと違った形で、出会いだがっだ……」
 女性組として同室しつつも後衛配置の為やや離れた場所でお茶菓子を頂いていたマリオンが立ち上がりズビズバと号泣しながら雷気発する絶壁を展開する。胸の事ではない。
「『新入り』への『指導』は確りと……ってね?」
 ダンテが衣服の内へと封じ込めていた胸元から『地獄』を噴かせ鉄塊の大剣を振り上げるに到り道化師は全てを悟るのであった。

 土蔵でも戦端は開かれていた。
 年下の先輩方の指示のもと荷物運びに黙々と励みつつ貴石切子の薀蓄話に耳を傾ける次郎(仮)相手に充分な時間は稼いだのだが、運悪く地デジの詰まった箱が見つかって以降は外を目指す螺旋の猛獣使いとの3対1。
「猛獣使いなんだろ? お得意の鞭捌きで飼い慣らしてみろよ」
 それとも怖気付いているのかと狼たる本質も剥きだしに巴が挑発を吼える。
 護り手として螺旋の氷鞭に何度も身を晒し、だが決してその野性が膝を屈する事はなかった。偽骸では抑え切れぬ『地獄』の左から適宜カウンター気味に炸裂する超音速の狼爪は猛獣使いが従える獣群を次々に喰い荒らす。
 密室の戦場、一箇所限りの扉を巡る一進一退の攻防は果ての無いものにすら感じられる。
 だが容易に決着つかぬ戦いこそがケルベロス達が狙った勝機。

『祈るには、もう遅い』
『――喰らい尽くせ、啜りて充たせ』
「!? ……何っ!!」
 力任せに外側から開け放たれた扉と二つの詠唱。
 黒き紋様から解き放たれた『竜牙(ブラックノイズ)』真白の暴威と、二色の六芒星から奔る啜命の多重緋撃『星火の行軍(ウィタラプタス)』。
 交わる禁術の前に戦の天秤はあっけなく傾く。道化師担当の仲間達が大広間から到着を果たしたのである。
「また、つまらぬものを斬ってしまったと」
「貧……慎ましやかなお胸に上品に詰まってましたけどね……うう……こんな出会い方でなければ、ぜっだいどもだぢになれでいだ……!」
 ダンテとマリオンの会話とボロボロの胸パッドに猛獣使いは全てが終わった事を察した。
 地デジ提供の応援動画をバックに、戸口を塞ぐ立ち位置から一転。天井高く跳躍した隼から放たれたのは流星の如き鮮やかな飛び蹴りだった。
「忍軍達がどれだけ技術を真似ようがあの輝きまでは模倣出来ないよ」
 アメトリンのキセキと想い抱える猟犬は、輝きの蜜だけを掠め盗らんと羽ばたいて墜ちた蝶々にそう呟くのだった。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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