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人の気配の感じられないある廃屋の片隅。
華美な衣装に身を包んだ女性が、前に立つ2人の人影に言葉を投げる。
「この街の近く、山の中腹に住む武器職人の男がいます。彼に接触し、その技術を学び、その後に殺害しなさい。それがあなた達に課せられた使命です」
影から音も無く姿を見せたのは、似たような衣装を纏った女性。そして、腰に無数の曲刀を下げた道化師風の男だった。
指令を受けた女性は恭しく一礼をし、不敵な笑みを浮かべる。
「かしこまりましたわ、ミス・バタフライ。舞い踊る蝶の如く巡り巡って、この事件があなた様のためになりますよう、粉骨砕身、尽くさせていただきますわ」
「……御意」
口数の多い女性とは裏腹に男は短く呟き、2人は闇に消えていくのだった。
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「諸君、ミス・バタフライなる螺旋忍軍の動きを察知した。ある街に住む武器職人を狙っているらしい。至急、阻止を願いたい」
ヘリポートに集まったケルベロスたちを見渡し、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は状況の説明を開始する。
「連中の目的は件の職人の技術を習得し、その上で殺害する事だ。原理は不明だが、この作戦の結果、巡り巡って何らかの形で我々は不利に追い込まれる……らしい」
敵はグラビティ・チェインの奪取は二の次らしい。果たしてそんなただの殺戮が何の意味を成すというのか、フレデリックにも想像がつかないようだ。
しかし、螺旋忍軍は確実に現れ、職人を殺す。それだけは確かである。
「理由はわからん。わからん、が、見過ごすことはできん。そこで、キミたちには螺旋忍軍の手先より3日ほど早く彼に接触してもらいたい」
街の中心からは大きく外れた山間の一軒家に住む老年の男性、巌・鉄正。
古くは刀鍛冶で生計を立てていたようだが、今ではその技術を活かしありとあらゆる武器を作っている。正に武器職人である。
「キミたちには鉄正さんに接触後、事情を話して彼の元で仕事を習ってもらう。そうする事で、うまくやれば敵の狙いをキミたちに逸らすことができるかもしれない」
問題は事前に彼を避難させてしまったりしてしまうと、敵にこちらの存在がバレてしまう事だ。あくまでも彼には仕事場にいてもらう必要があるだろう。
「話によると絵に描いたような頑固一徹、仕事には相当の誇りを持っているようだな。……下手をすると、彼に仕事を請うこと自体が最大の難関かもしれん」
苦笑しつつ、フレデリックは資料を眺める。
そこには、まるで一般人とは思えない、ある種の気迫すら感じさせる厳格な顔付きの老人の写真があった。
「まぁ……それはさて置き、無事に螺旋忍軍の狙いをキミたちに移せたら、後は返り討ちにしてやればいいだけだ」
技術の習得が上手くいっていれば、敵を誘導して戦闘を有利に進めることもできるだろう。
2体と正面から戦っても勝てないことはないが、被害を抑えるためにも狙ってみる価値は十分ある筈だ。
「どんな狙いがあるにせよ、それが人々に害なす行為だとすれば黙って見過ごすわけにもいかない。必ず阻止してくれ、頼んだぞ」
参加者 | |
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レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) |
北郷・千鶴(刀花・e00564) |
ニーナ・トゥリナーツァチ(追憶の死神・e01156) |
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470) |
キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886) |
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810) |
王生・雪(天花・e15842) |
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276) |
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「……ぁン?」
螺旋忍軍襲撃の3日前、ケルベロスたちは件の鍛冶師、巌・鉄正の元を訪れ……物凄い眼光で睨まれていた。
「話はわかった。そのナンたら忍軍ってぇのは俺にはどうにもできねぇことだ、テメェらの話に乗ってやる……がな、ド素人が一朝一夕で身につくモンじゃねぇ、俺が教えるのは基礎の基礎だけだ、いいな?」
「ありがとうございます。それでも、最善を尽くさせていただきます」
ぶっきらぼうに言い放ち、仕事場に戻る鉄正に北郷・千鶴(刀花・e00564)を始めケルベロスたちは礼を尽くす。
道中、鉄正は一度だけケルベロスたちへ向き直った。
「これだけは考えておけ。テメェらにとってその武器が、何のためのモンなのかをな」
その言葉と共に、鍛冶修行の3日間が始まったのだった。
「私の刃は……大切な人々を護る為、その決意と矜持を――亡き両親より継いだ遺志を徹す道を斬り開く為の存在でもあります」
仕事場に並ぶ鉄正の作品。その一つ一つに込められた信念の輝きを目に焼き付けるようにして、千鶴は答える。
その言葉に賛同するように、王生・雪(天花・e15842)も、これから刃へ姿を変えるであろう、目の前に置かれた鉄塊に視線を落とす。
「かけがえのない日々を護る為、それを閉ざす不条理を切り開く為――私の意志を示し、私の大切なもの……譲れぬものを護る為の化身、ですね」
それは、誰にでもできることではない。
護りたかったが、届かなかった者もいるだろう。奪われ、踏み躙られた者もいるだろう。
それ故に、誰かの為に振るう彼女たちの刃は、確かに真直であった。
「……俺は、『自分のため』だ」
赤々と燃える窯を前に空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)ははっきりと口にする。
一見すれば千鶴や雪とは真逆の言葉。しかし、それは否定でも反論でもない。
「理由はどうあれ、武器は誰かを傷付けるものだ。俺はその理由に……命を奪う理由に他の誰かを使う気はない」
「それは、存じているつもりです……ですが」
「何かを殺すと言うことは、何かを生かすと言うことじゃないかしら」
そのやり取りにぽつりと呟いたのは、ニーナ・トゥリナーツァチ(追憶の死神・e01156)だった。
赤熱した鉄の持つ、静かな熱気を感じながら、言葉を紡いでいく。
「相手を殺す為だけの武器になってしまってはいけない、身を守るだけの武器になってしまってもいけない……結局、籠める想いによって多彩に変化すると私は思うけれどね」
その言葉を、想いを金槌に籠め、ニーナは鉄塊に振り下ろす。
飛散する火花は、各々の持つ信念を写すように、強い光を放つのだった。
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「おれは、おれの事だけで精一杯だ……千鶴や雪みたいに誰かの為と胸は張れないし、かと言って空牙みたいにはっきり自分のためって感じでも無い……ただ」
「ただ?」
叩く度、徐々に形を変えていく鉄塊。
移ろうような姿を見て次に繋ぐ言葉を思案するメィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)にアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は聞き返す。
「おれには誇りがない。だから少し、羨ましいと思った」
傍らに置いた自分の商品――まじないを込めた道具を視界の隅に、言葉と思案を繋げていく。
決して誇らしげに語れるような力では、無いと思っている。しかし、それでも、いつかは。
「創造する力の無い俺からすれば、ドルミルのそれも十分だと思うがな」
繰り返し繰り返し打ち直し、鉄は刃へと生まれ変わっていく。
長きに渡って受け継がれてきた鉄正の技と、メィメの商品。方向性こそ異なるが、どちらにも自分には無いものをアジサイは感じていた。
だが、そこに込められた意志には、共感めいたものも覚える。
「今は、俺は俺の意志を貫く。守るために、俺自身の意志をな」
そのための戦いは、もう間近に迫っていた。
鉄正の厳しい修行に明け暮れた3日間。ケルベロスたちは各々が自分に取っての武器と、その理由に向き合った日々が過ぎ去り……。
「お兄ちゃん、準備大丈夫? これ、じっちゃんから聞いたこの辺の見取り図な」
「あぁ、助かる。キアラも、気を抜くなよ」
3日目の朝、ケルベロスたちは螺旋忍軍の到着前に戦いの準備を進めていた。
鉄正の代わりに螺旋忍軍を出迎え、戦場となる裏手の資材置き場近くまで敵を誘き寄せる役目は、時間を目一杯に使って技の修得に勤しんだレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が担うこととなった。
作戦の最終確認をしつつ、キアラ・ノルベルト(天占屋・e02886)は鉄正より受け取った周辺の地図を兄に渡す。
「うん、絶対守ろな! 負けられへん!」
グ、っと強く握った拳をキアラとレーグルは打ち合わせる。
小さく、しかし強い意志と覚悟の込められた妹の拳が持つ熱を感じながら、レーグルは先に戦場へ向かう仲間たちを見送った。
「ったく、どいつもこいつも……少しでも適当なこと抜かしたら簀巻にして叩き出してやろうと思ったのによ……」
仲間たちが離れ、少し静かになった直後、鉄正の声が真後ろから上がる。
「巌殿? ここには間も無く敵が来る、危険故に――」
「わぁってるよ、すぐ引っ込むっての。……年寄りのためにガキが体張ンのボケっと見てんのも寝覚め悪ぃだろうが」
乱暴に頭をかきながら、鉄正は背中を向け、仕事場の奥へと戻っていく。
簀巻にされるどころか、こうして作戦の囮を任せられたのだ。少なくとも多少は認めてもらえたと考えてもよいのだろう。
「……巌殿の武器は、どれも洗練されていた。それだけではない……その全てが強い信念に満ちておられた。それを見れただけでも良き経験であった」
レーグルの言葉に巌は振り返る事無く、軽く肩を竦める。
一つ一つに込めた想いは違うかもしれない。しかし、その一つ一つは確かな強さだ。
ただの力だけではないではない強さ。その強さのために、レーグルは来るべき敵を待ち構える。
●
「ここは? まずは直に素材に触れてからと仰られましたが……何も無いように見えますわ?」
間も無くして予知通り訪れた螺旋忍軍2人を、レーグルは作業場の裏手に誘き出す。
そこは確かに資材置き場の近くではあったが、そこまで案内するつもりなど毛頭無い。
「いや、ここで合っている。お前たちを迎え撃つのはな!」
そして、ここまで来ればもう隠す必要も無い。
握りしめた拳から溢れる敵意に、螺旋忍軍はようやく自分たちが策に嵌ったことに気付いた――が、もう遅い。振りかざした拳は道化師姿の螺旋忍軍が戦闘態勢に入るより早く、その顔面に叩き付けられる。
「謀りましたわね!? 卑怯千万、許せませんわ!」
「卑怯はどっちだ。おれたちがいなかったら、無抵抗でもあの人を殺すつもりだったんだろ?」
最初の一撃に合わせ、メィメの魔力が一閃し、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の足元を石塊で閉ざしていく。
周辺の物陰に隠れていたケルベロスたちも、同時に飛び出し一斉に攻撃を加えていった。
完全に不意を突かれた螺旋忍軍も何とか反撃に転じるが、その程度ではケルベロス達の猛攻は止まらない。
「この程度……確たる信すら持たぬ一撃など、通しは致しません!」
「元より、こいつらにそんなものは期待してないがな。……どうした、せめてその暴虐さで俺を殺してみせろ……!」
辛うじて繰り出される攻撃を千鶴とアジサイが最前線にて受け止める。
「スゥ、お願い!」
そして、負傷はキアラと千鶴のサーヴァント、スペラと鈴が回復を担う。
多少攻勢に偏った陣形だが、イニシアチブは既にケルベロス達が握っている。むしろ好都合と言うものだろう。
「くっ……何たる無様、こうなればミス・バタフライ様のために一人でも多く道連れにして差し上げますわ、お行きなさいませ!」
「御意!」
ミス・バタフライ配下の命令に、道化師の螺旋忍軍は腰に下げた無数の曲刀を引き抜き振り回す。
元々粗雑な安物だったのだろうが、強靭な膂力によって曲刀は使い捨てのように砕け、その都度螺旋忍軍は新たな獲物を腰から抜く。
「……もし、私たちがいなくとも、貴方たちでは巌様の技は微塵も得られなかったことでしょうね」
「それ以前に、門前払いだろうよ。その薄っぺらい口上だけじゃな!」
捨て身同然に突出してきた道化師の刃が、突如として空牙のグラビティによって爆ぜる。
そして、それに続くのは一陣の冷たい風。雪の刃に乗せられた霊力は剣閃と共にその熱を奪い、体を凍て付かせる。
「刃も、想いも、ついでに味も薄そうだわ……さようなら」
冷気に紛れて――否、彼女は、ニーナは既にそこにいた。
轟音と共にばら撒かれる銃弾。その全てが道化師を貫き、命を奪う。
「後はあなただけです!」
「まさか、逃げられるなんて思ってないだろうな?」
無論、戦いはまだ終わりではない。息を吐く間も無く残る螺旋忍軍へと攻撃を集中させる。
敵より先に動いたのは千鶴とアジサイだった。
大地を穿つ刃は、その力を群生する鮮やかな菖蒲と化し敵を捕らえ、そこにアジサイの鋭い一撃が守りを穿つ。
「ここにある誇りは、おれたちが守る。あんたが奪おうとしてるものを、だ」
続くメィメと、雪のサーヴァント、絹が多方面から動きを抑え、その隙に空牙が懐へ潜り込む。
「悪いがそろそろ狩らせてもらうぜ?」
複数の分身に紛れ、繰り出される一撃。最早螺旋忍軍に反撃の余地は無い、と思われた。
「このような結果、認めませんわ! 何としても……!」
執念にも近いその一撃は、鋭い螺旋を描きながら、雪へと襲い掛かる――だが。
「……じっちゃんの手はな、ごつごつで火傷の痕も一杯で……あれは、ちょっと学んで奪った気になっていいもんやない! 舐めんな!」
一喝と共に、キアラは手にしたバールをただ一振り、全力で横薙ぐ。
弾ける火花は一瞬。螺旋忍軍の放った手裏剣はいとも容易く弾き落とされてしまうのだった。
「此処は不躾者が土足で踏み入って良い場ではありません、お引取り願いましょう……これで!」
その隙は、全てを終わらせるには十分だった。
妨げるものが無くなった雪の踏み込みに螺旋忍軍は対応できる筈もなく、振り抜かれる刃はその霊体を捉える。
霊体を斬り裂かれた螺旋忍軍は悲鳴一つ上げることもなく、ただただ静かにその体を地面へと投げ捨てるのであった。
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「思った通り、つまらない味ね」
倒れた螺旋忍軍より鹵獲した飴のようなものを噛み砕き、ニーナは退屈そうに呟く。
力は確かにあった。作戦上の優位が無ければ苦戦もしただろう。
そして、その力の一端は今、ニーナの中へと溶け込んでいく。
「……よっしゃ! それじゃあお片付け、やっちゃおか!」
ひと段落も付いたところでキアラが元気良く立ち上がり、空牙がそれに続く。
「そうだな、ヒールが必要なところは確認取るんだったか?」
仕事にできるだけ影響の出ない場所を選んだとは言え、戦闘による損傷を放置するわけにもいかない。
だが、ヒールを使えば全てが元通りではない。それが長年親しんできた仕事場であるなら、その変化は望まぬものになるかもしれない。
「んな小せぇところ気にすんな。もう50年以上ここで仕事してンだ、今更大した差じゃねぇよ」
と、そこに丁度レーグルによって戦いが終わった報せを受けた鉄正が姿を現した。
「良いのか? だが……」
「何度も言わせンな。ちったぁ様になってきたかと思えば、お前ら今日で帰るんだろ? 泥仕事なんざさっさと終わらせて、飯でも食ってけ」
ぶっきらぼうだが、最初の頃に比べれば幾分か穏やかな印象を受ける、気がする。
「ありがとうございます。できる限り、綺麗に治させていただきます」
またもすぐ背中を向けてしまう鉄正に、アジサイは深々と頭を下げる。
「今回は貴重な経験をありがとうございました」
「巌様の技、本来進むべき道は違えど、そこに込められた信念は確かに、学ばせていただきました」
それに続いて千鶴と雪も、心からの感謝と共に言葉を送った。
「……俺は俺の仕事しただけだ。つうか、普通頭下げンのは俺の方だろうがよ……ったく」
いつものように乱暴に頭をかきながら、鉄正は仕事場へと戻っていく。
「……おれの仕事か。それなら、おれもおれの仕事をしたかな」
その背中を見送りながら、メィメは小さく呟いた。
ここを訪れた8人のケルベロス。その一人一人が抱く『武器』は違うのだろう。
だが、違うからこそ、違う『武器』を持っている者同士だからこそ、その強さは誰にも譲れない、確固たる力となるのかもしれない。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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