百花の魁

作者:犬塚ひなこ

●紅梅と夜
 かの花が魁(さきがけ)と呼ばれる所以。
 それは――あでやかに咲く花が春の始まりを告げてくれるから。
 満面に咲いた梅の花は静かな夜の空気の中でより一層映えていた。林に咲く梅はあまりにも美しく、あの樹にだけは精霊が宿っているという噂まで流れるほど。
「あんなに綺麗なんだもん。絶対に精霊さんもいるよね」
 その噂を信じている少女は今、ひっそりとした夜の林の中を進んでいた。
 話によると梅花の精霊は気難しく、人間が嫌いらしい。それだけではなく自分の姿を見た者を殺して樹の養分にしようとするとまで云われている。だが、梅の花が大好きな少女の好奇心と興味は抑えきれない。
「見つからないようにこっそり見れば大丈夫だよね……」
 樹の影に身を隠した少女はひっそりと件の梅の樹を見つめた。愛らしくほんのりと咲く梅の花はいつ見ても綺麗だ。これならいつ精霊が姿を現してもおかしくない。
 少女がそんなことを考えた時だった。
 突如として現れた影が、大きな鍵を振るって彼女の胸を突き刺した。
「え……?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 その声と共に、少女はその場に崩れ落ちる。
 自分の『興味』を奪ったのがパッチワークの魔女・アウゲイアスだと知ることもなく、彼女の意識は昏い闇へと落ちていった。

●華の精霊
 そして、件の林に新たなドリームイーターが現れる。
「紅い着物を身に纏った美しい女性。それが今回の夢喰いの姿らしいな」
 ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)は或る少女の『興味』が奪われてしまう事件が起こったようだと話し、集った仲間達に協力を求めた。
 紅梅の精霊とでも呼ぶべきか、興味から具現化した存在は梅林を彷徨っている。
 今は未だ付近には誰も居ないが夢喰いを放っておけば何らかの被害が出てしまう。また、このままでは夢を奪われた少女も目を覚ませないので尚のこと放置はできない。
「ということで、俺様達の出番が来たということだ。なに、どんな相手でも軽く捻ってやれば良いだけだろう?」
 ヨハネは髪をかきあげる序に十字のピアスに触れ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
 そして、彼は戦うべき相手の情報について語ってゆく。
「敵は件の精霊型夢喰いが一体。配下はいないようだ」
 ドリームイーターはまだ現場の林から出てはいないようだが、詳しい現在地は分かっていない。少女が倒れている梅の木の付近からそう遠くには行っていないらしいが、闇雲に探すのでは擦れ違ってしまう可能性が高い。
 そこで此方は敵を誘き寄せる方法を取る必要がある。
「何でも、このドリームイーターは『自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質』があるらしい。今回だと梅の花の話や精霊について語るのが良いぞ!」
 そうすれば敵は自らケルベロスの居る場所に近付いてくる、とヨハネは告げた。
 後は戦いに持ち込み、倒すことで夢主の少女を助けることが出来るだろう。至極単純で簡単だと話したヨハネだったが、だからといって油断は禁物だとも語る。
 いつも通りに気を抜かず、全力を尽くすことが番犬としての務めだ。
「しかし、興味か。噂は噂に過ぎないが、憧れや好奇心は悪いものじゃない。誰かが巻き込まれる前にしっかり片付けてやらないとな」
 何かが起こってからでは、誰かが傷付いてからでは遅過ぎる。
 過去の断片を思い出したのか、ほんの一瞬だけ俯いたヨハネは小さく拳を握り締めた。そうして密かな思いを強めたヨハネは顔をあげる。
 行こう、と示した青の瞳は真っ直ぐに仲間達の姿を映し出していた。


参加者
メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
アリアンナ・アヴィータ(日陰のハミングバード・e32950)

■リプレイ

●百花
 香る紅梅の下、光の翼が夜風になびく。
 仄蒼く静かに輝く羽をはためかせ、ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)は頭上を振り仰いだ。視線の先には小さな花々が愛らしく咲いている。
「綺麗だな……」
「梅の花か。寒くて厳しい冬が終わって……春が来たんだね」
 ヨハネが素直な思いを口にすると、メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)も花を瞳に映す。少年の仕草に倣って、アリアンナ・アヴィータ(日陰のハミングバード・e32950)も花を見上げた。
 このまま夜の散歩にでも洒落込みたい程の風情が感じられる。
 しかし、既に件の少女の夢は奪われ、怪物として具現化している。始めようか、と告げた八千代・夜散(濫觴・e01441)が仲間を見渡し、敵を引き寄せる為の噂話が始まる。
「夜の梅は幻想的だなァ。精霊が居るとしたら、絶対に美人だと思うぜ」
 そんな美人と梅見をしたいと夜散が語ると、幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515)も同感だと口の端を緩めた。
「森羅万象、八百万。何にだって神はいるんだ、こんだけ綺麗な梅林なら、精霊だってそりゃあいるだろうよ。まして、こんな芳香だぜ」
 なぁ、と九助が隣を見遣れば、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)が静かに頷く。梅は魁。季節の境界を跨ぎ、変わり目を告げる花。
「ええ、人ならざる神秘的な美しい存在がいてもおかしくはなさそうですよね?」
「人間嫌いというけど、折角なら一度くらいお目にかかりたいね」
 泉の問いかけにはネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)が答え、手にしたランタンで梅の花を照らす。仄かな灯りが花々を淡く染めあげる様に、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が目を細めた。
 メルティアリアとアリアンナも続けて噂話に花を咲かせ、周囲を見渡す。
「そもそも花の精霊って、なんだかおとぎ話みたいだよね。ちょっと憧れちゃうな、本当に出てくるんなら会ってみたいくらい」
「ここまでお花が綺麗だと、同じように美しい梅の精霊さんも、きっといます、ね」
 二人が紡ぐ言葉を聞き、九助はふと顔をあげた。
「ただまあ、別嬪すぎる精霊がお出まししちまったら、肝心の花が、霞んじまうかもなあ」
「そうだな、たとえば……其処のアンタみたいに。なァ?」
 更に夜散が人差し指を静かに立てる。瑠璃色の瞳が捉え、その指先が示したのは木陰から姿を現した女性だった。
 彼女の正体は少女の興味から生み出された夢喰いだ。
 すぐさま泉とネーロが身構え、仲間達も戦闘態勢を整えた。咲耶は精霊の美しさの中に宿る恐ろしさを感じながらも、しっかりと敵を見つめた。
「うぅん、せっかくの梅見の季節なのに、怖ぁい精霊が出たもんだねぇ。いくら綺麗でも、これじゃあ危なくて近付けないねぇ」
 困ったように眉尻を下げた咲耶は心の奥で自らを奮い立たせる。
 そして、ヨハネは梅花の精霊の前へと一歩を踏み出した。
「噂通りに大層美しい見目だ。だが、人々に害をなすのはいただけないな」
 何故なら、花は愛されるために咲くのだから。
 敵意を剥き出しにした夢喰いを瞳に映し、ヨハネは宣戦布告めいた言葉を告げる。
 そして――紅花香る夜の奥底で、戦いの緞帳があがった。

●紅梅
 ふわりと梅の花香が舞い、周囲に紅色の花弁が広がる。
 それが敵が仕掛けた攻撃だと気付いたメルティアリアはボクスドラゴンのヴィオレッタを呼び、仲間達の前に立ち塞がった。
「……噂話を聞いて、出てきてくれたんだね」
 ありがと、と悪戯っぽく笑ったメルティアリアは花弁をその身で以て受け止める。
 更に匣竜が自らの属性を主に宿した。援護の機を得た咲耶が紙兵を散布し、ナノナノを伴ったアリアンナも黄金の果実をみのらせてゆく。
 泉も其処に続き、コツコツと靴の踵を鳴らした。夜の暗さをひらくまじないだと口にした彼は、右手にオーラを纏わせる。
 夜の梅、それも此処は空気の澄んだ場所。
「一緒にこの景色を見たい人がいるから……きちんと安全な場所にします」
「あァ、純粋な想いを踏み躙るような真似は許さねえ」
 泉が宣言した声に合わせて夜散も頷き、腕に魔力を積層させた。
 好きなものへの興味は尽きない。それ故に夢喰いの手段は許せないと感じ、夜散は物質化した漆黒の杭打機を敵に差し向けた。
 大振りの全力撃が敵に振るわれる中、泉は木々の隙間を縫うように駆け、音速の拳を叩きつける。それにより敵が微かに揺らぎ、纏う着物の端が散った。
 やるねえ、と口元を緩めた九助は、ビハインドの八重子に仲間を守るよう告げる。
「好奇心旺盛な嬢さんが、梅に怖い印象を持つ前に、なんとかしてやらねえと」
 此処から離れた場所で件の少女は眠り続けている。夢主には危害が及ばないとはいえ、もしこの夢喰いを逃しでもすれば夢見も悪くなるだろう。
 九助は左手に携えた雷杖を振りあげ、鋭い一閃を解放した。
 敵はその動きを読んだのか、華麗な身のこなしで雷撃を躱す。だが、回り込んだ八重子が九助の代わりに錫杖を振り下ろした。
 目の前で繰り広げられた烏天狗達の連携に軽い賞賛を送り、ネーロは仲間の援護に入る。そのとき、ふと思うのは少女のこと。
「興味を持つことは悪くないけれど……今回ばかりは、災難だったね」
 しっかりと夢喰いを倒さねばならぬと己を律し、ネーロは守護星座の塵を描いた。広がる加護が夜の最中に光を宿す中、メルティアリアが竜語魔法を紡いで攻勢に移る。
 炎が迸り、夢喰いを穿った。今だよ、と少年が機を報せる声を聞き、ヨハネも腕に纏わせたブラックスライムを蠢かせる。
「木の花は、濃きも薄きも紅梅……だったか? 花の美しさに傷をつけるような輩にはさっさとご退場願わないとな」
 そして、ヨハネが手を掲げると大蛇のようにうねる黒液が精霊に飛び掛かった。
 だが、敵はそれらをものともせずに次の攻撃に移る。アリアンナはヨハネが狙われていると感じ、放たれた梅花の衝撃を肩代わりした。
「綺麗な薔薇……だけじゃなくて、梅にもきっと、棘はあるのかも……です、ね」
 痛みを堪えたアリアンナが精霊を見つめる中、ナノナノがばりあを張り巡らせる。咲耶も更なる援護に入り、幾多の紙兵を舞い飛ばした。
「うぅ、大丈夫ぅ、きっと大丈夫ぅ。ビルシャナじゃないもん、だから大丈夫ぅ」
 その際、咲耶は自分に言い聞かせるように何度も平気だと呟いた。相手はあの時の敵ではない、と拳を握った咲耶は緊張を振り払う。
 一生懸命に回復を頑張ることが今の自分の役目。咲耶が放った紙兵の加護を感じ、九助は頼むぜ、と伝えるが如く仲間を見遣る。
 そして、敵に向き直った九助は片目だけを閉じ、敢えて軽口をたたいた。
「しかし折角の美女がそう物騒じゃ損だぜ損! まさか生き血を啜って美しさを保ってる訳でもねえだろう?」
 その声と同時に凍結の弾が解き放たれ、八重子の金縛りが敵を穿つ。其処に生まれた隙を狙った夜散は女の至近距離まで迫り、拳を握った。
「へェ、近くで見てもイイ女じゃねえか」
 九助にも負けぬ軽口を並べ、夜散は梅の精霊に渾身の一閃を打ち込んだ。決まった、と感じた夜散は口の端を緩く上げる。
 その直感通り、夢喰いはよろめいて体勢を崩した。ネーロはその瞬間を逃さず、幻影竜を生み出す。彼の口元には狂気の交じる薄い笑みが浮かんでいた。
「こんなに綺麗な精霊さん……亡くすには惜しいね、なんて」
 そう冗談めかしたネーロは一切の手加減をしない。どれほど美しかろうと相手は敵。此処に在るべきものではない。
 泉は仲間達の遠慮のなさを頼もしく感じ、自らも敵に斬撃を浴びせに向かう。
 右手のナイフを振り下ろし、引き抜く。流れるような泉の動作はまるで戦場で踊っているかのようだった。
 しかし、敵も更なる反撃に移る。
 鋭い梅枝の一閃。その矛先がアリアンナに向かっていると察したメルティアリアは考えるよりも先に飛び出していた。激しい痛みが体を駆け抜け、膝を突きそうになる。
「そんな、わたしの、代わりに……」
「……っ、へーき。ほら、ボクじゃなくって敵を見て」
 アリアンナの顔が青褪めたことに気付き、メルティアリアは敢えて強がった。彼の声を聞いたアリアンナははっとして言われた通りに戦場を見つめる。
 翼を広げ、癒しの力を紡いだ少女に続いてヴィオレッタも補助に入った。グラビティで作った香水瓶が弾け、梅の花にも負けぬ香りが周囲を包み込む。
 泉は少年と少女のやり取りを見守り、敵に狙いを定めた。
「防護と援護はお任せしましたよ」
 守りなど考えず、ただ自分は攻撃を続けるのみ。そう示すが如き泉の姿勢を見習い、ヨハネもファミリアを解放した。
 ヨル、とその名を呼べば肩上にいた白蛇が敵に襲い掛かる。
「このまま押し切れば勝てるな。気は抜かずに行こうか」
「さぁて、アタイも頑張っちゃうからねぇ」
 ヨハネの言葉や所作から、咲耶は仲間達の間にある信頼を肌で感じ取った。そして、敵をしっかりと捉えたケルベロス達は其々の思いを強める。
 番犬達と精霊の視線が重なり、双方の間で激しい火花が散った。

●光と花
 戦いは続き、夢喰いは容赦ない攻撃を何度も放ってきた。
 その度に咲耶やアリアンナ達が放つ癒しの力が舞い、攻撃手として泉やネーロ、夜散達が敵の力を削り取った。
 戦いの最中、美しい梅花のまぼろしが九助を襲い、その心を惑わせてゆく。だが、すぐに反応したメルティアリアが魔力を紡ぎあげて癒しの花を咲かせた。
「大丈夫? ほら、まだ頑張れるでしょ」
 柔らかな花弁から伝い落ちる蜜が惑いを取り払い、仲間の身を包み込む。揺れる視界をおさえ、地面を踏み締めた九助は反撃に入った。
「さてさて、仕返しに惑い返しでもしてやろうか」
 ――哭くは逢魔ヶ、哀しや恋しや。
 ゆらゆらと揺れる幻想が精霊に纏わりつき苦しげな声があがった。女が魅せられているのは嘘か誠か、証明し得る者など居らじ。
 九助が敵を惑わせたと察し、ネーロも力を練りあげた。
「ゆっくり……絡めとってあげる」
 双眸を細めたネーロの謳うかのような高らかな声に呼応して光が浮かび上がる。
 裁きの光が悪を浄化せんと襲い掛かり、錯乱する梅の精霊を貫いた。よろめく女の姿を見つめ、アリアンナはナノナノを自分の傍に呼ぶ。
「わたし達、も……行きましょう……!」
 アリアンナが腕に纏わりつかせた植物を放つと、ナノナノもちっくんと敵を刺しに向かった。もう癒しが必要ないと感じた咲耶もアリアンナに合わせ、杖を敵に向ける。
「キヒヒ。こっちからも、攻撃するよぉ」
 怪しげに口を歪め、雷撃を放った咲耶。その中にはもう当初の緊張など無かった。彼女の様子に気付いた夜散は良い調子だと仲間に笑みを向けた。
 そして、地面を蹴った夜散は一瞬で夢喰いに肉薄する。
「夢喰いじゃなきゃ、ナンパしてた所だぜ」
 愉しげに目を細め、敵の耳元で囁いた夜散は拳に力を巡らせた。再び具現化した漆黒の機体。それは超常の力から成る最も原始的な暴力。其処から超質量の杭が零距離から放たれ、女を真正面から貫く。
 そのとき、薄曇りの空から淡い月光が降り注いだ。ヨハネは月あかりが梅の花を照らす様を見遣り、ロッドを握り締めた。
「月夜に煌めく花の下……最高のステージじゃないか!」
 そして、梅の精霊に視線を戻したヨハネは杖を指揮棒のように振るい、翼を携えた歌姫を目の前に召喚する。
「特別に聴かせてやろう。天使から精霊へ贈る手向けの歌を」
 ヨハネの声と共に天使がふわりとお辞儀をしたかと思えば、戦場に天上のアリアが厳かに鳴り響いた。それはまさに光そのもの。だが、光が強ければ強くなるほど、闇が深くなるのは真理でもある。
 夜闇の中、夢を喰らう者は死の淵を彷徨う。
 あと一撃で敵が倒せると感じたメルティアリアとアリアンナは仲間に視線を向けた。その眼差しを受けた泉は終わりを齎すべく、夢喰いの眼前に参じる。
 解き放つのはより速く、より重く、より正確な一撃。
「貴女に流れる緋、見せてくださいね」
 一瞬後、泉が刃を振り下ろした。
 其処から一拍遅れて女は倒れ伏し、破の理は戦いを終幕に導く一閃となる。やがて精霊は霞が晴れるように消え去り、その場に夜の穏やかさが満ちた。

●さきがけ
 こうして、戦いの幕は下りる。
 消失していく夢喰いに向けて泉はブルースハープを奏で、レクイエム代わりの春の訪れを告げる曲を送った。良い曲だ、と感想を口にした九助に泉が微笑んだ。
 そして、ヨハネ達は夢主の少女の元へ向かう。
「見て、目を覚ましてるみたい」
 メルティアリアは起き上がってきょろきょろと周囲を見渡す少女を見つけ、大きく手を振った。咲耶は少女を助け起こし、何処にも怪我がないか確認する。
「大丈夫ぅ? 痛いとこなぁいぃ? もう安全だからねぇ、安心してねぇ」
「うん、平気」
 少女が笑みを返すと、ネーロがそれは良かったと頷く。そして、メルティアリアが女の子が夜に出歩くのは感心しないと注意すると、泉も優しく諭すように告げる。
「一人で危険なことはめっ、ですよ?」
「……ごめんなさい」
「ま、こんなに綺麗な梅の花だもの。……気持ちは少しだけわかるけど」
 謝る少女に対し、メルティアリアはそっぽを向いて、これからは気を付けて、と伝えた。そうして、軽く屈んだ夜散は少女と目を合わせる。
 ケルベロス達が優しいとはいえど、彼女なりに反省して落ち込んでいるようだ。
「ところで精霊に出逢わなかったか? 俺も探してたンだけどなァ」
「私は会えてない、けど……お兄ちゃんたちも探してたの?」
「そういうことだ。でも気を付けろよ。梅の精霊だって、心配すると思うぜ?」
 夜散はやさしく笑み、気に病みすぎることはないと少女の頭を撫でる。その言葉に少女は嬉しそうに目を細めた。
 アリアンナもおずおずと少女に歩み寄り、思いを告げる。
「もし、また危ない目に遭ったら、助けられるために、わたしたちがいます、から……」
 何より、こんな綺麗な梅を見て何も思わないなんて勿体ない。
 想像の翼を広げることは自由。素敵な夢を抱き続けて欲しいと願い、アリアンナは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
 それから、ネーロ達は少女を家に送り届けることを決める。
 こっちだよぉ、と誘う咲耶についていく少女はすっかりケルベロス達に懐いていた。彼女の記憶が恐怖で塗り潰されなくて良かったと感じ、ヨハネは光翼を羽搏かせる。
 ふわりと飛び、彼は梅の枝に腕を伸ばす。
「花の美しさは不変だ。すまないな、今宵の想い出に少しだけ頂くぞ」
 紅梅の香りの中でヨハネは花枝を手折った。後で少女に渡してやろうと考え、地に降り立った彼は風に揺れた木々をもう一度見上げる。
 其処には百花の魁と呼ぶに相応しい、凛と咲く美しい花の姿が見えた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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