
●楽園廃墟
見つけたのは、偶然だった。
地に足を着けた日常にあって、日課となったぶらり空中散歩。三枚の翼でフラフラ漂っていたら、朝日を弾く煌きが目に飛び込んで来た。
茂る緑の中に在ったのは、ルーヴル・ピラミッドを彷彿させる温室だった。
おそらく、近くに建つ屋敷の一部なのだろうが。其方も含め忘れられて久しいらしく、骨組みだけになっている箇所も多い傷みぶりだったが、だからこその趣深さに女の視線は奪われた。
レンガの小道に、小さな東屋。天井を突き抜けそうな白樫に、カラフルなコニファーの群れ。
しかし遠慮なく吹き入る風のせいで、蔦の絡まる硝子壁の内側の季節は、外と殆ど変わりない。
でも、やはり。陽光の恩恵は麗らかさを齎すようで。
紫蘭に金鳳花、白詰草らに和らいだ瞳は、ラッパをひっくり返したような紅や、鳥の翼が幾枚か寄り集まったような青、そしてピンクの八重の群れに輝く。
見馴染んだものに、何処の国のものとも知れぬ花。それらの傍らを、白や黄の蝶々が飛んでいる。
そして。
温そうな世界を眼下に、女――六片・虹(三翼・en0063)は、ふぅと嘆息したかと思うと、
「ここで昼寝が出来たら最高だな」
そう、ぼそりと呟いた。
●午睡の誘い
「枕代わりのクマのぬいぐるみは欠かせないだろう? まさかぎんさんを枕にするわけにもいかぬし。というか、私はぎんさんをもふりながら昼寝がしたいんだ。何だったらお前の尻尾でも構わんが」
「いえ、それは謹んで遠慮させて頂きます」
日差しはすっかり春めいてきたが、風はまだ冷たい棘を孕む昨今。
「何にせよ、絶好の昼寝スポットなんだ。幸い、持ち主にも入る許可を貰えたしな」
「それは良かったですね」
リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)相手に熱弁を振るっていた虹は、はたと周囲を見渡し「かむかむ」と手招く。
「独占するのもいいが、折角だから春の昼寝タイムといこうじゃないか。まぁ、寝ずともまったり過ごすには良い場所だと思う。五月蠅くされるのは勘弁願いたいがな」
それは半ば廃墟と化した温室で過ごす一時への誘い。
咲いている花を摘む事は出来ないが、それらを愛でつつ春の陽だまりを堪能する幸せのお裾分け。
「というわけで。リザベッタにはこのクマさんを運んで欲しい。少々、持って動くには面倒なんだ」
白柴に似たオルトロスを両手で抱えた虹の視線を辿り、自分より大きいクマのぬいぐるみを視界に収めたリザベッタは、大仰な仕草で膝を折って恭しく頭を垂れる。
「全ては4月2日のお誕生日様の仰せの侭に」
●
「返却は不要につき」
色の無い顔は常の通り。ただ三十路男が持つには不似合いな白柴柄のタオルケットを差し出され、虹は奏多の言わんとする事を悟ったらしく。
「大層なお心遣い痛み入る」
腰から折った礼は演技じみ。しかし顔を上げた女はヘラリと笑う。
一目惚れした温室内は、まさに午睡の魔法がかかっている。
硝子の天井。所々割れたそこからは、不思議に煌く陽光が優しく注ぐ。
「ふふ、先生もご機嫌みたい」
灰白の翼猫の揺れる鉤尻尾に口元を緩めたジョゼが差し出した、硝子の茶器を満たす恋人謹製花茶に、蝶を追い回すテレビウムを諫めていた隼は目を細め、言葉を遊ぶ。
「次はジョゼちゃんの寝顔目当てに、こっそり昼間お邪魔しよっと」
余暇の日中の過ごし方。仕事や趣味に没する男は、転寝るという女にそんな事を言い。
「なっ、ちょっと止めてよ」
慌てたジョゼは、しかし思う。寒い日に、体温の高そうな男で暖を取るのは悪くないかもしれない、と。
きっと今日のような、お日様の匂いがしそうだし。
ぽかぽか陽気は至福の一時を【カラクレ】ご一考様にも齎す。オオカミに憧れるシベリアンハスキーな血を持つエルピスは、チョコ作りは苦手だけど昼寝は得意。そして普段は狐の姿で寝るヒノトも得意。
「俺の尻尾を枕にしていいぞ!」
そう奨められた唯一人間――やっぱり昼寝は得意――な眠堂は少し尻込む。だって彼の体躯は頗る頑丈。
「潰れちまったら困るだろう?」
「大丈夫! そんな簡単には潰れないぞ。な?」
「そうよ。私のも良かったらどうぞ。触り心地は最高なの」
ふわふわふかふか尻尾の誘いは魅惑的。故に眠堂は否やの代わりに己が身も差し出す。
はてさて、三人でどう丸くなろう?
悩む一時も、共に過ごすならヒノトは倖せ。
寄り添って咲くサクラソウを見つけたのは一華だった。はしゃぐ彼女は愛らしく、腰を下ろした万里は一華を腕に収めた。
「抱き枕の完成」
「あわ、あわわ……はずかしい」
でも。とても、温かくて。
「いいよ、寝ても」
見る間に船を漕ぎ始めた女へ万里が言えば、一華はあっという間に夢の中。
でも、それでいい。
幼少の頃より戦いに身を投じ続けた彼女の無防備な姿は、悪夢しか見れぬ万里にとって何よりの幸福だから。
桃に紅、薄い彩は温もりの色。
隙間風さえ心地よい柔らかな場所を寝床に、ころりと身を丸めたキースの髪を、イェロはゆると撫でる。
「猫は寝子とも言うんだって。似合ってるぜー?」
「……俺は猫ではないが、寝子なのは認めよう」
揶揄られた竜の人は、名も知らぬ薄桃の香を含んだ口を一瞬窄め、けれどすぐ微かに緩ませる。
春先は、殊更眠い。佳い外は、尚の事。イェロの方は、あまり寝ないようだが、
「イェロ、おやすみ」
微睡むキースのささめきは、あえか。しかし拾った男は微笑みを返し、また髪に手を滑らせた。
「たまにゃ光合成もいいもんだー……」
「……ふ、はは。寝そうやったのに、笑わせんで」
頬を擽る新芽の褥に横たわる春次は、ヒコの揶揄に思わず吹き出す。けれどその表情は、面の向こう。だからか、それとも鮮やかな薄紅の八重に誘われてか。ヒコは悪戯を思いつく。
「……何?」
まずは手招き。そして不思議そう乍らも、ころり転がり春次が距離を詰めると――。
「!」
「これがホントの『羽毛布団』……なんてな」
ふぁさり覆いかぶさるヒコの翼。毟るなよ、とフリのような言い置きにまた一つ笑い、春次は温もりに首元まで潜る。
思わぬ所で功を奏す、獣の尾と天使の羽。
「うりちゃんは一応女の子だから温かくしないとね」
芝生に転がり、大欠伸。直後お腹に乗せられたのは、エトヴィンの立派な狼尻尾。
「えっちゃん……」
含みには一瞥を送り、ウーリはお返しとばかりに夕闇色の三枚羽で男を包み込む。さすれば齎される、ぬくぬく極楽。
「天国ってこんな感じかなぁ? 一応、天使様なうりちゃんもいるし」
でも余計な一言は、やっぱり余計。
「天国や無くて、現実やから綺麗やねんで」
春を褒める序にウーリは温い尻尾へ、いざ逆襲。
――お昼寝、好き?
そうメロゥが問うたら。
――好きだよ。こんな素敵な場所でなら、もっと。
笑みで返された応えと共に、安眠に枕は必須だろうとヒルダガルデが小柄な羊の姿に丸ごと身を転じたものだから。
「まぁ……ふわふわ」
驚きは、刹那。夢のような手触りに、メロゥの頬は春に色付き、口元も緩む。
「……メロの枕にしていいの?」
白い花に馴染む毛玉をやさしくもモフって再び問うと、『メェ』と端的な応え。
ドヤる音色は、自慢の毛皮を存分に堪能すれば良いと物語る。
モフモフは午睡の最強お供。硝子天井に這う蔦が影落とす片隅で、朝希は丸いフォルムのぬいぐるみをむぎゅっと抱き締めた。
「おやぶんさん、よろしくね」
馴染みのスズメによく似たそれは、今日の夢連れ人。
満ちる草木と花の息吹は、年度末で疲れた少年の心の羽を伸ばさせる。
「虹さん、いつもこういう所に目をつけてるのかな?」
呟きは寝言に近く。だが噂の主は、ヘチっとくしゃみ。
「どうしたの?」
アリシスフェイルの気遣いに、何でもないと応えた女は「それにしても」と笑み崩れる。
「君達は本当に」
言葉は終いまで紡がず、虹は広げられたブランケットに喉を震わす。髪の花と胡蝶蘭が散る柄は違えど、彼女の心遣いは誰かと同じで。
「よし、半分こしよう」
言うが早いか、虹は白柴と花を二枚重ねてアリシスフェイルを昼寝に巻き込んだ。
●
古い如雨露は、いつかの忘れ物か。
賑やかな花々から少し離れた木の根元に見つけた蝶や蔦の休憩所に、ゼレフは腰を下ろす。
瞼を撫でる木漏れ日に、既に滲む視界。身を横たえると、白花が頭上で揺れた。
――楽園の水先案内は君にお願いするね。
瞼を閉じれば、もう夢の中。
誰に咎められるでない午睡の、何と贅沢なことか。
『目の前に本人が居るのだから、抱き着く枕は俺にしたら?』
宿利が持参した自分似のぬいぐるみを見て、悪戯な笑みを含んで両腕を広げたのは夜だったのに。
白詰草の絨毯の上で、腕枕をする頃には既に夜は眠たげで。
「……もう、寝てる」
肌に触れる髪がくすぐったいのか、少しこそばゆそうな夜の寝顔に、宿利は唇で弧を描く。
初めて見る夜の寝顔に、宿利は男の髪に手を伸ばす。
「おやすみなさい……」
ずっと見ていたい気持ちも、つられた眠気にふわり溶けた。
白は清廉、そして癒しの色。そしてイブの髪色。戴く白薔薇ごと白詰草の褥に預け、[Raison d'etre]のボーカルを担う女は、爽から借りた羊のぬいぐるみ「ふかふかめーめーさん」を抱き締める。
爽が応援し続ける歌姫は、春のライブに向けてアルバム制作の真っ最中。
「イブ様ゆっくり……って、寝るの早っ」
溜まった疲労からか、すぐに寝入ったイブを同じ視線の高さで見遣って、寝息を子守唄に爽も微睡み。
そんな旅団仲の爽を遠目に眺めた鬱金は、趣味の廃墟写生に勤しむ。
年近い虹への寿ぎの後、目をつけたのは硝子の屋根に東屋、そして木々と赤い花が見える位置。走る筆は軽やかに。しかし絵葉書などにして配ると、皆具合が悪くなるのだ。
「そんなに感動してくれるとはな!」
「草とお花のいいにおい……」
エイルにとって、ゼノアは自分を拾ってくれた『かぞく』。
「お前は白が好きだな」
そして今、白咲く陽だまりで、ねだってゼノアに白い髪を結って貰う。
三つ編みを結う手は優しく、だいすきな気持ちが溢れてくる。
「まあ、こんなもんだろ」
多少の妥協は許されろと、慣れぬ仕事を終えたゼノアがごろり横になれば、雛鳥のように女も倣い――そっと少年の手に己のそれを重ねた。
伝わる温もりは、春の陽光の如く。微睡むエイルの呟きに、させたいようにさせたゼノアもそっと頷く。
きみの色。ティアンにとってそれは赤橙。その色を枝に咲かす樹に寄り掛かり、ティアンは瞼を落とす。
幼い頃は、腕の中。少し大きくなった後は、きみの背で幾度もそうしたように。鼓動は、感じないけれど。
(「でも、温かいのは同じ」)
違うのは、自分も同じ。燃える心臓に手を当て、少女は眠りの淵に沈む。
朽ちかけの硝子の温室は、魅力の宝庫。銀細工のモチーフにするにはうってつけで、択べる贅沢に心満たされながら、奏多はゆるりさすらう。
対し、蒼は蝶を追いかけ彷徨い、自ら迷子になったと言うのに。
「あ、つかささん……。もー……どこ行ってたんだよ。黙っていなくなるのはダメなんだぜ?」
ようやく巡り会えたつかさに責任転嫁。まぁ、つかさの方もこの展開は覚悟の上だが。
「で、何か新しい発見はあったのか?」
尋ねてやれば、海色の瞳が輝く。
「見たことない蝶がいた! あと、それから……」
冒険譚を語る声は、周囲から聞こえる寝息にトーンダウン。
「アルラウネは咲いているかしら? マンドラゴラとも言うのだけど」
唯覇の手を引くメアリベルの手は小さいけれど、「惚れ薬になるのよ」と落ち着き語る風情は、さながら植物学者。
まるで姫と従う騎士の旅路。辿り着いたのは、硝子の屋根が落とす光の雫が水面を思わせる風景の中。
「メアリが住んでいたお屋敷にも、温室があったの」
懐かしむ少女の横顔、咲くアネモネに唯覇は春を思い、己が髪に咲く桜を撫でる。
オラトリオにとって花は己が化身。
「私は……そうだ、ダリアに似たお花の近くがいいな」
どこでお昼寝しようかとの問いにキアラから返された応えの意味する所を察し、春色のドレッドヘアにダリアを咲かすマイヤは頬を染めた。
「じゃあじゃあ、次に来る時は紫陽花の花の側で、だよ?」
約束ね、と交わす未来の約束に、硝子や若い緑に弾けた光が降り注ぐ。ここでお昼寝すれば、きっと夢の中まで一緒。
ワクワクし過ぎて眠れなくなったら、マイヤの相棒――箱竜を数えてみるのもいいかもしれない。
「本人には内緒だぞ、もっくん」
てっきり年下だと思っていた女が、まさかの年上。気付いた真実に驚く馨に、「俺は知っていましたけどね」と最中は返して、柔らかな青葉に膝をつく。
そこにはアリシスフェイルを抱き枕に眠る、本日のお誕生日様。
起こさぬようそっと枕元に忍ばせるのは、霞草の押し花栞とメッセージカードを入れた封筒。
どうぞ、良い夢を。
花言葉に想いを託す最中に倣い、馨も桜の髪留めとカードの包みを置こうとし――反対側から伸びた京華の手とぶつかった。
京華の手から落ちるバースデーカードは、ひらり舞って虹の顔の上。
「む」
するとまさかの瞬発力で跳ね起きた女は、馨と京華の腕を捕まえ、またごろり。無論二人は釣られ、最中は馨によって巻き込まれる。『勝利』と『愚者』の花咲かす虹のまさかの所業に、
「これは……仕方ないですね」
元より眠気が限界近かった最中は、持参の黒猫長枕で白旗降参。
「うむ、仕方ない」
早々に寝入った幼馴染へ上着をかけ、馨も誘惑に負ける。
「こういうのも、魅力的だね」
そうして完全巻き添えな京華も、思わぬ出逢いに身を任せた。
●
貴婦人のイヤリングにも似た下向きに咲く樹花をベビーメリーに見立て。夢の中では一人になってしまう、と存外寂しがりな事を言う光流の手を握り、ウォーレンは眠りの褥に埋もれる。
(「?」)
ふわふわ漂う意識の片隅で、ウォーレンは握った筈の手が一度離れ、反対側の手が握り返された事に気付く。
「おやすみ、先輩」
理由は、判らない。けど。遠慮がちな囁きが聞こえた後、忍び入っていた隙間風が遮られたのだけは解かった。
「かかさまと綾のネコパワーがこっちだって言ってるのじゃ!」
そう言って白い翼猫の文と共に野良猫少女な綾がアラドファルを導いたのは、森の民たる男も居心地よい大きなうろの近く。
緑や花の香に誘われてしまうと、男は見る間にうとうと。
ずっと一人だった昼寝。押し潰す緊張さえ解け、綾と文が居ないと物足りなくなったのはいつからだったか。
「目覚めた時、一番に綾の寝顔が見れるのも良い」
「それはちょっと恥ずかしいのう」
ぴたりと添い、えへへと笑う声は既に意識に遠く。頬に寄せられた「大好き」の唇に気付かず、男は寝息をたてる。
寝顔を見られるのは恥ずかしいもの。故にナディアは、撮られては堪らないとヴィルベルの様子をじっと窺がっていたのだが。
「……クッション欲しいの?」
まさかの視線の取り違えに、呆れた女は「お前が寝てから寝るから、さっさと寝ろ」と小声で啖呵を切る。
だがこれは、意を返せば隣で眠る事を許されているとも取れて。信用の有無の狭間を彷徨った男は、取り敢えず嘯くことにした。
「もうねてますよー」
途端、「寝言は寝て言え」と返されつつ、微妙な距離感で二人は微睡む。
「では、また」
「うん! ばいばい」
光を翅に纏う蝶を追いかけ暫し、メイは冒険を共にしたリザベッタに別れを告げ、犬のマスコットとバースデーカードを両手で包んだ。
届け先は、熟睡中しているだろうお誕生日様の枕元。
「季節外れのサンタさんみたいかな?」
起床時の顔を思えば、足取り軽く。
無数の彩に満ちた温室の、星降りの花の下。夜を感じる紫を頭上に【フェザンレーヴ】の三人はころりと転がり笑みを交わす。
けれど、ナガレはあっという間に寝付いてしまい。
「キスしちゃうぞー」
戯れを囁いて、低体温の星の君の頬に纏は口付け一つ。更にブランケットの温もりも贈って――はたと気付いた。
(「椿ちゃんの寝顔って、見た事がない」)
そうなれば、
「何かしら?」
首を傾げる椿へ纏は特攻。静かなる攻防の末におやすみのキスを贈るのに成功する。
「こういうのって、凄く嬉しいのね」
クスクス漏れる忍び笑いはナガレの夢へも忍ぶ。例え自覚は出来なくても、それはブランケットと共に春色の陽だまりとなってナガレを包んだ。
足元に咲く薄い青紫の花を景臣が撫でたのは少し前。
周りの野花に懐かしみを覚えたローデッドは、何時の間にやら微睡みの中。
「……」
眠っただろうか?
声には出さず、景臣は読書に耽る手を休め、対火の友へ上着をかけて髪を梳き――。
「、っ」
久方ぶりの心地よい温もりを――つまり景臣を、ローデッドが引き寄せたのは無意識。そして幼子のような寝顔を見せられれば、バランスを崩し転がり込んだ景臣も目元を和らげるしかなくて。
「――おやすみ」
近くに聞こえた囁きに、兎の耳がぴくんと揺れた。
春の陽だまりは地上の楽園、天の御使い達も戯れる。
語らう互いの幼い時分。野山を駆けるエヴァンジェリンに、花冠のアウレリアを思い描くと、零れる感想は一つ。
「天使、ね」
「天使はそっち」
微笑み合えば、心は凪ぎ。エヴァンジェリンは手袋をそっと外す。
「繋いで、くれるかな」
伸べられる、常は隠すようにされているそれ。だからアウレリアは驚かさぬよう目許を和らげ指と指とを絡めた。
「あのね、起きるまで繋いでいるから」
だから、今だけは。安心して?
伝わる温もりと囁きは、静かに沁みて。
「……アリガト」
青は、懐かしさを連れてくるのか。勿忘草の甘い香りを傍らに、ジエロとクィルは記憶を遡る。
青い花の草原は、二人の出逢いの地であり、多くを過ごし、語らった場所。
重なる景色、降る陽光。横たわると、いつもの距離に大事な人の姿。
「……しあわせだね」
言葉の侭、ジエロの顔に滲む表情は柔らかく。
「僕も、しあわせ」
それ以外の言葉など出て来ずに、クィルも同じ色の笑みを咲かせる。
陽射しの恩恵だけではない温もりに身を浸し、二人はそっと小指を絡めた。
――未来も一緒に。
まるで指切り。けれどそれは願いではなく、必ず至ると信じる幸福の未来。そうしてジエロとクィルは、同じ夢の中へ落ちてゆく。
「まぁ、口寂しいからって此処でキスするわけにもいかねぇしなぁ?」
先日一緒に赴いた依頼。気を張っていたようだからと、瞳李はアッシュを連れ出したのに。いつも煙草をふかす男は、イチゴ味の棒付きキャンディを口に入れられそう宣った。
「た、他人がいる場所でそう言うのはダメだからな!」
「分かってる分かってる――ほら、騒ぐなって」
慌てるくせに膝を枕に差し出す女をアッシュは笑い、しかしその労いは受け取る事にする。
思えば、奇縁。繋いだ人は、もういないけれど。
「あいつは……今の状況を喜びこそすれ、怒りはしないと思うぞ」
自分と違う柔い膝に頭を預け、アッシュは浮かんだ顔の向こうに瞳李を見上げて呟く。
「そう……だよな」
一拍置かれた応えは、是を頷き。そんな人だったから、自分もアッシュも好きだったのだと過去を紡いだ。
瞳李は、アッシュのこういう所を好み。それを知るアッシュも、知られる上で齎される気遣いに感謝する。
幾つもの双方向の糸が結ばれる、麗らかな廃墟。そこに兆した春に惹かれたオルテンシアは、今日ばかりはと女の強かさを脱ぎ捨てた。
纏うは春の跫翻す薄絹に、あまく靡く淡雪のチュール。華奢な踵のセパレートパンプスには、己が翼と同じ仄紅のリボンを添えて。
寝息と密やかな囁きを背に、女は渡る。その両手足に、白花のレースを咲かせ。
武者修行ならぬ女神修行。勤しむ女は、指先に蝶を誘って謳う。
「――おいで、春風」
戦いも、忙しない日常も。暫し忘れて、今はただ穏やかに。
朽ちかけの箱庭で、虹色の休日を。
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
![]() 公開:2017年4月2日
難度:易しい
参加:55人
結果:成功!
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