弩級兵装回収作戦~スクィッド ・イン・函館

作者:のずみりん

 函館の街が燃えている。
 ネオン看板が弾け、信号が不規則に明滅する。混乱が混乱を呼び、暴走する自動車が転倒、炎上してさらに被害を広げていく。
「……脆弱。あまりに脆い」
 突然に襲い掛かった災厄の中心を進むのは一人の少女。魔女のような三角帽子とゴスロリ服をまとい、触手をゆらめかせるダモクレスの少女が進むたび、街が崩壊していく。
「ひ……うわっ!? うわーっ!」
 逃げようとする車を触手が一撫で。ボンネットが吹き飛び、煙が上がる。最新鋭のコンピュータ制御が滅茶苦茶な数字を弾き、暴走を開始する。爆発、炎上。
「レイア・スクィッド、任務順調」
 アイズフォンを繋ぐ傍らでも、ゆらゆらと動く触手から青白い火花がスパークする。高圧電流を帯びた四本の触手と放たれる電磁波は、ただ存在するだけで道南の中心都市を破壊していく。
 高度に電子化されたエレベーターは動かず、電子ロックは開き方を忘れ、人々は建物の中へと閉じ込められる。迫る炎にも消火装置は動かず、犠牲者はゆっくりと焼き殺されていく。
 何処に誰がいるのか、誰が助けを求めているのか、情報ネットワークがマヒしたこの状況では、それすらも把握しきれない。
「……城郭跡方面に多数のグラビティ・チェイン反応。任務続行、了解」
 通信を終え、ダモクレスは眼鏡をくいと直す。崩壊した函館市街を悠々と少女は進んでいった。

「地球侵攻を続けていた指揮官型ダモクレス達が新たな作戦を開始した……状況はかなりまずいぞ、ケルベロス」
 集まったケルベロスたちにリリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は早口に告げる。
「敵の目的は地球に封印された強力なダモクレス『弩級兵装』の発掘! そしてそれを利用するための大量のグラビティ・チェイン獲得にディザスター・キングの軍団が一斉に襲撃をかけてきた」
 厄介なことには今回、ダモクレス側も戦闘経験を活かし、襲撃部隊と共に対ケルベロス用の迎撃部隊として踏破王クビアラ配下のダモクレスも参戦してきているという。
「ケルベロス出現にあわせて踏破王クビアラの軍団がケルベロスを足止め、ディザスター・キングの軍団は殺戮に専念する……そんな作戦だろう」
 不幸中の幸いは、敵がケルベロス側の予知について完全に把握しているわけではないこと。敵が連携してくるなら、こちらも連携してあたればいいわけだ。

「皆に頼みたいのは襲撃部隊、ディザスター・キングの軍団と被害地域の救助活動だ」
 作戦はこうだ。まず連携する別動隊が町を襲うダモクレスを攻撃、踏破王クビアラ配下の迎撃を誘引して分断する。分断が成功したところで、自分たちがディザスター・キング配下のダモクレスと戦闘、撃破する。
「それとあわせてだが、ダモクレス……レイア・スクィッドの攻撃で函館の街には大きな被害が出ている。別動隊がレイアと戦い、クビアラ配下が迎撃に出る間、市街地の救助を手伝ってほしい」
 レイア・スクィッドの高圧電流による攻撃で、都市機能は完全に停止状態。ケルベロスたちの通信機器も役に立たない。
 閉じ込められた人の救助や捜索は短い時間でも消防や警察、救急部隊への大きな支援になるだろう。また人々を避難させることは、レイアとの戦いの場を作る事にもなるはずだ。
「レイアの攻撃は背中から伸びる四本の触手と、そこから放つ電撃だ。火力は大人しい方だが、捕らえられると厄介なことになるぞ」
 電撃を帯びた触手の乱舞や、放たれる高出力の電磁波はケルベロスの動きを封じ、エンチャントを打ち消してくる。更に電圧を高め、直接触手を突き刺しての電撃攻撃は侮れない威力になるだろう。

「グラビティ・チェインの略奪を阻止できればダモクレス側の目論見も大きく狂うはずだ。敵も色々と策を練ってきているが……まだこちらのはずだ」
 弩級兵装とやらが発掘されてもグラビティ・チェインが足りなければブリキ缶もいいところだ。存分に暴れてやれ、とリリエは焚き付けるように激励した。


参加者
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)
蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)
粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)

■リプレイ

●函館防衛戦線
 燃える函館の街をケルベロスたちは駆けた。
「敵数確認……応戦……」
 既に襲撃、そして交戦は始まっている。炎と黒煙うずまく瓦礫の通りの向こう、襲撃者……レイア・スクィッドと迎撃に向かったクィルたちのぶつかり合う戦音が皇・シオン(強襲型魔法人形・e00963)たちの耳元にも響いていくる。
「今度の相手はレイアですか……」
 シオンにとっては二回目となる因縁との邂逅。既に覚悟は決まっているが、気持ちは穏やかではない。
「彼らが罪なき人々に害を為す前に、止めねばなるまい……ただ今は人々を」
 少女の心中を察してか、翼を開いた蒐堂・拾(壺中に曇天・e02452)が控えめに呼びかける。うなずくシオンに後を頼み、彼はグレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)と空へ飛んだ。
「あまり時間がない。崩れそうなところから当たろう」
「承知」
 髪を彩るクリスマスローズに似た純白の翼をはばたかせ、グレッグは指し示したビルへと向かう。
 予知によればダモクレス達はすぐに次の手を打ってくるはず。それまでにできることを済ませたい。
「あ、ぁ……」
「もう大丈夫だ、すぐ助けがくる」
 崩れそうなビルの高層階でヒールと連絡を行いつつ、取り残された子供たちを勇気づける。今度こそは助けて見せると、彼は心中で悲劇の過去を振り払う。
「アトリ、敵の動きは」
「まだ大丈夫……よっと! 今、樒さんが治癒やってる」
 重傷者を担いで尋ねる拾に、アトリ・セトリ(翠の片影・e21602)の声は少し早口に感じられた。怪力化で瓦礫をどかす彼女の足下から身振りで案内するウイングキャット『キヌサヤ』に従い、避難所へ向かう。
「……気に入りませんね、こういうのは」
「え?」
 並ぶけが人を薬液の雨で癒す空木・樒(病葉落とし・e19729)は敵のやり方の事です、と呟いた。
「真逆なんですよ、こういう無差別かつ派手な破壊活動はね」
「……あぁ」
 殺し自体をどうこう言わないのは彼女らしい。アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)は曖昧に答えながら、瓦礫の函館を見渡す。
「消防の方、この方をお願いします。私たちはすぐ行かないといけないので」
「ご協力、感謝します」
 電気と情報を失った街がこれほどまでに脆弱とは……足と耳目を頼りに必死の活動をする消防、警察に得た情報を渡しながらアーニャは思う。
 ここもまたすぐ戦場に戻る。情報社会の天敵ともいえるレイアを、これ以上いかせるわけにはいかない。
「っとに、機械のくせに暴れるなど家電失格にゃ」
 救助の最中、深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)のにらんだ煙の先には閃光と異様な二つの影……二つ?
「アトリちゃん!?」
「こっちも確認した! 備えて!」
 雨音に駆け寄りながら、アトリは特製信号弾を抜き撃ちで打ち上げる。赤く染まる空が妨害の余地なく、ケルベロスたちに敵襲を告げる。
「申し訳ない、ここらで時間だ。避難は、戦闘区域に近づかない方向で気を付けてくれ」
「任された……幸運を」
 年配のレスキュー隊員の敬礼に手を振って返し、粟飯原・明莉(闇夜に躍る枷・e16419)は駆けだした。
「障害物排除……完了」
「待てよお嬢さん……!」
 閃光が閃き、迎撃班の声を振り切ってレイア・スクィッドが飛び出してくる。
「思い通りにはさせないよ」
 腕を一振り、伸長した明莉のケルベロスチェインが喰らいついた。

●再び、相打つ
 攻撃を受け、レイアはなお冷静に身を逸らす。信号弾の合図にデウスエクスも警戒したのだろう。
「攻撃を確認、支援は……」
「よそ見してられるほど余裕があるとでも言うのかい? 随分状況把握がポンコツだね」
 だが猟犬の鎖は反応を上回った。明莉がぐいと鎖を引き、身体ごと一気に振り回す。遠心力がダモクレスをビルへと叩きつけ、一気に戦場を切り離す。
「作戦遂行は困難……判断、撃退を優先」
 崩壊するビルからレイアがふわりと飛ぶ。避難の終わった人気ない廃墟とゴスロリ魔女の組み合わせは、奇妙に幻想的に見えた。
「妨害者五体を認識……更に三体接近。シャドウエルフ3、異常個体2……うち、一体はレイアの同種個体」
「……せめて、私の手で止めましょう。再演術式」
 互いの認識を確認し、シオンがグラビティを起動する。『再演術式「絶影」』……少女の姿が黒い影を纏う。長いツインテール、姉妹機に通じるゴスロリ服、そして凶悪な鉤爪。
「その判断は誤り……シオンならしない」
 ゆらり、とレイアの背後から触手が伸びた。反応の鈍い左側を突こうとする鉤爪よりも早く、鋭く。
「シオンさん、危ない!」
 鉤爪が弾かれ、触手が突き刺さる……瞬間、アーニャの叫びと砲撃が出現した。
「この先には、多くの人達がいる……これ以上は進ませませんっ!」
「着弾……ゼロ単位……!?」
 レイアの驚きと戦闘距離を猛砲撃が吹き飛ばす。『テロス・クロノス・ゼロバースト』の過程を認識できるのは、凍れる時の世界に入門したアーニャ本人だけである。
 静止した時の中を突撃し、至近距離から一斉砲撃……彼女以外には砲撃が瞬間移動してきたような結果だけが残る。
「……すいません、助けられました」
 相性の問題か、知らぬうちに気負すぎたか。駆け付けた仲間たちにシオンは礼を言う。
「ま、ダメージはほとんどないみたいね。お互いに」
 つっけんどんだが気にしないといった様子で明莉は警戒を促す。レイアの側も既に体勢を立て直し、追撃する雨音とグレッグを迎え撃っている。
「これ以上はいかせん、お前はここまでだ」
「拒否。私は目的を遂行する」
 ヒビいった触手がとりわけ激しく紫電を散らす。薙ぎ払うような紅蓮の回し蹴りと激突し、赤と青が花弁のように舞い散っていく。
「熱っ……漏電とかありえんにゃ。今すぐ雨音が廃棄してやるにゃ!」
「増援個体……アライグマ? タヌキ? もしくはハクビシンのウェアライダーと類推……」
 ……そのとばっちりと迂闊な一言が雨音にまで火をつけた。
「レ……レッサーパンダだにゃ゛あ゛あ゛ぁぁぁーッ!」
 ウェアライダー怒りの『柔爪震破撃』……獣化した両手の肉球による内勁掌底はぶち抜き、レイア本体を吹っ飛ばした。
「……忙しい戦場ですこと」
「早く片付いてくれればいい……が」
 樒と拾の声を待たず、瓦礫をまき散らしたレイアの身体が輝きと共に立ち上がる。過電流に破損した触手が弾け、火花が散った。
「怒りで強化? 似合わない事を……」
「上等……こっちも同じ気分だよ」
 ダモクレス、そして腰を落とすアトリに眉を潜めつつも、樒は気を付けてと薬匙の杖から分身を渡した。

●レイジング・ボルテージ
「私は怒った……怒っている、私、かなり、とても、すさまじく」
「それがどうした!」
 レイアの早口と閃光が明滅する。らしくないと理性は叫ぶが、アトリは電磁波嵐に飛び込む自分を止められなかった。怒っただと? 補給の為に命を奪うような外道が、自分勝手にもほどがある!
「これ以上好き勝手……破壊させるものか!」
 リボルバーが『士気高揚の号砲』をあげ、足下で『culiosity』が音を立て食いしばる。せめぎ合うように荒らしは勢いを増していく。
「とても、かなり、すさまじくすなわち怒髪天激昂甚だしい!」
「離れて、アトリさん! 雨音さん!」
 振り上げられた三本の触手にシオンが声を上げる。それは今までの破壊のための無差別攻撃ではない、厄介な相手を排除する直刺し。
 どこか壊れたようなハイな笑いと声に反し、狙いは冷徹。函館の街を薙ぎ払った電撃に等しい火力が、ケルベロスたちに集中する。
「く……キヌサヤ!」
 すらりとよりそったウイングキャットが一瞥し、羽ばたきかける。焦った方が負けだ、とでもいうように涼しげな風が放電をわずかに和らげる。
「させません、これ以上は!」
 音速の拳でシオンは襲い来る触手を払う。一つ、二つ。だがあと反対側一本の触手が遠い。間に合わない。アトリから雨音へと振るわれようという時、間一髪で羽ばたきが響いた。
「私のようなものでも……壁にはなれたようだ……」
 身を盾に膝をつく拾。かなり拡散されたとはいえ、接触放電の威力は絶大だ。
「ひ、拾さん……仇は討ってやるにゃ!」
「まだ死んでませんし、死なせませんよ。彼も、雨音さんも」
 だが倒れる暇も与えない。樒の匙杖を手に施す本気の『ウィッチオペレーション』が、ダメージから容赦なく叩き起こす。ウィッチドクター樒、徹底的に仕事人である。
「メディック……厄介。危険。ウザい。不愉快。怒る!」
 傷は癒され、レイアもまた怒りを充電する……だが、繰り返しではない。否定するように鋭い金属の腕がスパークするダモクレスの少女へ差し込まれる。
「手の内は見せてもらった、これ以上はさせん」
 機械篭手からグレッグへと流れようとする高圧電流を洗練された凜乎のオーラが受け、同時に加速した拳がレイアの帯びた電荷を吹き飛ばす。その火力を剥がれた身体にケルベロスチェインが飛んだ。
「不愉快……! とても! 相当! ひどく不愉快!」
「こっちもけっこう手痛いもんでね……倍返しで、その身体に刻み込んであげるよ」
 明莉の宣言を履行するように刃のついた鎖が『烈風拷刃鎖』を踊る。触手と鎖、数瞬の打ち合い。打ち勝ったのは刃の鎖だった。

●放電霧散
「被害状況、確認……戦闘、続行……!」
「しぶとい奴にゃー……」
 操る触手を二本にまで減らし、なおも立ち上がるレイアに雨音が思わず漏らす。
「あのブーストはかなり強力なようですね、ですが……」
「……えぇ。決着の時です」
 シオンは樒に短く頷いた。再びチャージを開始するレイアだが、その際の輝きは目に見えて減じている……繰り返し攻防の中、直しきれぬダメージが蓄積しているのはケルベロスたちもデウスエクスも同じ。
「再、充電……!」
 レイアの言動に高揚はない、それがなにより現状を示していた。
「葬送の花は手向けてやる、静かに眠れ」
「拒否。断固……!」
 伸ばされる触手に、再びの『散華』。空中をかけ、触手をかいくぐったグレッグの足がめくり上げるように接続部を狙い撃つ。
 今度は受けられない……悟ったか、レイアは傷ついた左手を盾へとかざす。舞い散る炎華、金属片。
「左腕に致命的損傷……戦闘では、問題ない」
 どのみち攻撃には使わない……という冷徹な判断か、あるいは負け惜しみか。レイアは転びかけた身体を残る片腕で支え、跳躍。ケルベロスたちの防衛線に突っ込みつつ、触手をぶんと薙ぎ払う。
「アトリさんっ!」
「平気っ……それより!」
 身を挺して庇うアトリ、叫びながらも構えるアーニャ。彼女たちなら、彼女なら、一瞬、一言で十分。
「時は私の味方です……凍って、テロス・クロノス!」
 一瞬を最大限まで引き延ばし、猛砲撃を叩き込む。身をかわすも巻き上げられた土煙がレイアの視界を遮った。またしも一瞬の判断。
「左……正面!」
「どっちもだにゃ!」
 突き出された触手の放電を分身で相殺、踏み込んだ雨音の絶空斬が触手を裂く。同時、側方からも。
「さようなら……レイア」
「シオ、ン……」
 突き立てられる姉妹機の刃。最期の触手が再演術式を切り裂くも、シオンの腕と刃が消えることはない。
「せめて、安らかに」
 レイアの身体が崩れ落ちる。地に触れた横顔へ、パシンと火花が一筋散った。

「かなり……厳しいですね……」
「まぁ、いいさ……ひとまずは終わったかな?」
 アーニャの口惜しそうな様子に明莉は気にもしなさそうにつぶやいた。
 余裕があれば増援と戦うクィルたちへ救援に……と考えたが、負傷の治療、更に周辺地域の確認は大分時間を取られてしまった。
 見回ってくる、と歩き出す明莉たちを見送り、治療を終えた樒も腰を上げた。
「もうひと頑張りとしましょうか。救急隊の方へ薬を用意してきましょう」
「あぁ。私でもできることを……」
 拾の呟きでシオンも立ち上がった。気持ちの整理がつかない時、動いていた方が楽な時もある。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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