弩級兵装回収作戦~心ってどこにあるの?

作者:久澄零太

「諸君。此度の『弩級兵装』の発掘は最重要作戦である」
 コマンダーレジーナの通信映像がこの部隊全体へと送られていた。
「量産機によって周辺警備も万全と言えよう。しかし、不測の事態があってはならない。特に『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の重要性は皆も認識しているな、このコマンダー・レジーナが陣頭に立つ意味も」
 ある者は頷き、またある者は何の反応も示さない。機械の存在たるダモクレスらしいともいえる淡々とした反応を見せる部下たちの姿が見えているのかいないのか、彼女は一息空けてから続きを語り始める。
「発掘した『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の転送準備は鋭意進行中だ。万一のときは不完全でも転送させるが、それはあくまで最終手段だ。エキドナ・ジャスティス、製造番号012375640号、記録参謀『マスター』ジェネシス……全てはあなた達の手腕にかかっている。完全体の弩級兵装を入手するためにも全力を尽くせ――総員、奮起せよ!」
 その鬨の声にダモクレス達が応え、音の奔流が吹き荒れる中、その少女は――製造番号012375640号 と銘打たれたダモクレスは、近くにいたダモクレスの一体を破壊してその心臓部にある動力炉を引きずり出すと、首を傾げた。
「あなたは心を持ってたから反応したんじゃないの? あなたは? あなたは?」
 きょろきょろ、周りを見回す少女から少しずつ距離をとるダモクレス達。ただの一体でさえ怒る様子を見せないそれは、彼女の実力を示していた。
「まぁ、いいか。ここに来る敵から心を貰う分には誰も文句を言わないよね」
 表情一つ変えず、少女はその時を心もないのに心待ちにするのだった。

「皆、良く聞いてね」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は重々しい表情で口を開く。
「最近指揮官型ダモクレスが作戦を進めてたのは知ってたよね? 今度は地球に封印されてた、『弩級兵装』の発掘をしようとしてるみたい。弩級兵装は重巡級ダモクレスよりも強い兵装なんだけど、『弩級高軌道飛行ウィング』『弩級絶対防衛シールド』『弩級外燃機関エンジン』『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の、全部で四つあるみたい」
 重巡級以上の力。それだけでも厄介な存在だが、そんなモノが同時に四つ発掘されようとしている。その現状に、番犬達が生唾を飲んだ。
「全部の兵装がフルパワーを出したら、ダモクレスの地球侵攻軍の戦力は数倍から数十倍に跳ね上がるみたいで、このままほっとくわけにはいかないよ」
 仮にそうでなくとも、敵側が新たな戦力を手にしようとしているのに、それをみすみす見逃すわけにはいかない。番犬の誰もがそう考える中、ユキは地図を広げた。
「今回の作戦はかなり大規模になるよ。まず、弩級兵装を発掘してる施設を警護する量産型ダモクレスに別部隊が攻撃して、その隙に他の部隊が潜入、連携して弩級兵装を破壊する。ここまではいい?」
 邪魔者を押し退けて本丸に潜り込み、敵の目当てを破壊する。やること自体はシンプルであり、ついてこれない番犬はいなかった。
「皆の部隊が向かう『弩級兵装』は『弩級超頭脳神経伝達ユニット』で、これの発掘にはダモクレスの司令官、コマンダー・レジーナが直接指揮を執ってるの。司令官が前に出てるからね。この兵装が一番大切なんだと思うけど、きっと危ない戦いになるの……でも、完全な弩級兵装を渡すわけには、いかないよね」
 少しだけ、目を逸らしたユキの耳がペタリと折れる。少しだけ俯いた少女は、ギュッと目を瞑ってから、番犬達へと再び向かい合う。
「できれば完全に壊してきて欲しいけど、もしできなくてもダメージを与えて、全力を出せないようにしておく必要があるよ」
 ユキは広げた地図の四カ所に丸をつけ、そのうちの一つを指し示す。
「皆の出撃する部隊……レジーナの部隊は茨城県つくば市の大学だよ。一般人の避難は終わってるけど、校舎が研究施設にされてて、発掘用の施設も四つ建設して大急ぎで発掘を進めてるみたい。発掘用の施設はいかにも怪しい研究施設で、真っ白なドームっぽい形だから、見間違えることはないと思うよ。それぞれの施設は結構離れてるのと、現場では通信機器の類は使えないから他の部隊との連携は難しいと思う」
 自分が見たヴィジョンをイラスト化して示しておくユキは渋い顔になるばかりか、まだ懸念事項があるらしく不機嫌そうな雰囲気に。
「『弩級超頭脳神経伝達ユニット』は凄く繊細で直すのが物凄く難しいの。だからレジーナが直接出てきてるんだけど、だからこそレジーナが倒されたら転送するように設定してるみたい。レジーナは自分が倒されてなくてもちゃんと準備して手順を踏めば転送はできるんだけど、皆と戦ってる間は転送できないよ」
 戦うことで兵装の転送を足止めできるが、倒してしまうと転送される。この事態により、ある問題が生じていた。
「レジーナを早くやっつければ『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の修復は終わらないけど、転送されちゃうんだから完全破壊もできないよね。だから、完全破壊を目指すんならレジーナ担当の部隊が戦ってる間にそこ以外の部隊がダモクレスを撃破して、修復中の『弩級超頭脳神経伝達ユニット』を攻撃して破壊する必要があるの」
  指揮官型ダモクレスとの戦闘を長引かせればこちらの部隊が兵装を破壊できる可能性は上がる。しかし、それは同時に味方を危険に晒し続けるという事。懸念はそれだけではないらしく、ユキの表情は曇る。
「頑張れば完全破壊は十分できると思うんだけど、警備に当たってる量産型ダモクレスを引きつけてくれてる部隊が負けちゃうとこっちに増援に来るから、時間をかけ過ぎると兵装の破壊どころじゃないし、レジーナをやっつけるチャンスも逃しちゃうから、どこかで見切りをつけないといけないかも……」
 自分達はどこまでを成すのか、成せるのか。今一度自分自身と向き合う必要があるだろう。
「それから、レジーナ以外にもこの場所にはダモクレスが三体いて、皆が挑むのはその一体、製造番号012375640号 って呼ばれてるダモクレスだよ」
 個体識別名を持たないダモクレス。となれば、出来損ないのスクラップか、その名を知る者がいないはぐれ者か。今回は施設の一つを任せられている以上、確実に後者だろう。
「敵は心を欲しがってるみたいで、皆から心を……心臓を奪い取ろうとしてきたり、心が宿ってそうな愛用の武器を壊して心を取り出そうとしたり、地球に来て知識を得たみたいだけど、心は胸ではなく脳にある、って説も信じて頭を潰そうとしたりしてくるよ」
 何故ダモクレスが心を? その問いを、彼女は聞こえなかったかのように聞き逃す。その理由は、きっと番犬達が知るべきではないと思ったから。まさか、心を得て『人と仲良くなりたい』だなんて……。
「皆には弩級兵装を壊してきて欲しいけど、無理して帰って来られなかったら意味ないんだからね?」
 ピッと、少女は小指を立てた。
「約束して。絶対に帰ってくるって……」


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)
プロデュー・マス(は一応彼氏・e13730)
リー・ペア(ペインキラー・e20474)
冷泉院・卯月(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e21323)

■リプレイ


 ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)が手を揺らし、プロデュー・マス(は一応彼氏・e13730)がクリアリング、指先を前に向け『ゴー』。冷泉院・卯月(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e21323)の後をリー・ペア(ペインキラー・e20474)が踏み出した時だ、烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)が敵影を発見。指先でつつくようにして『見敵』。着物にも似たスーツの振袖を揺らすが、敵が唐突にこちらを向いた。
「侵……」
 コキリ。
 アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)が首をへし折り、黙らせる。しかし敵は複数、残りへ西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)が地面を蹴る。腰に佩かず左手に握った鞘で角度を変え、自在に薙ぐ居合抜き。声を出す前に崩れ落ちる無機物共を荒耶・四季(進化する阿頼耶識・e11847)が支え、静かに寝かせた。
 前を行く部隊からの『クリア』を見届けたクロエがコクリ、頷いて白い兎のぬいぐるみの手を取り、『おいで』と手招き。ジジが深いため息をこぼし、自分で自分の口を塞ぐ。ついこぼしそうになった愚痴を飲み込んで後に続いた。
 敵の徘徊を前に四季が掌を後ろに『待て』。身構える彼を雅也が制し、ここは任せろと目で語る彼が目をやれば、セデルが敵を解析済み。雅也が低く、跳ぶ。地面を滑ってすら見える彼は警備が気づく前に頭を破砕。敵を無力化した番犬達は、互いに目配せ。武運を。唇が紡ぐ言の葉に、あるいは頷き、あるいは微笑みを返す。かくして部隊は散り、華檻が施設一つを確認。
「誰もいませんわ……」
 無防備な施設を進むと、いた。


 対峙したソレに、霧華は眼鏡を外し表情を脱ぎ捨てる。
「この想いを刃に宿し、お相手致します……」
「その刀に心が宿ってるの?」
 柄に添えられた手を見て、ダモクレスは首を傾げた。
「心を知りたいか?」
 四季が錫杖を床に突き立て、その先端を飾る輪を鳴らす。
「俺達に対して殺意やイライラや怒りが沸き起こるならそれが心の一つだ」
 澄み渡る音色が機械人形の体を戒めた……はずなのだが、無反応。効力がないのか、はたまた『無感動』なのか判断しかね、プロデューが機関砲を構えて弾幕を張る。
「本当に何も感じないのか?」
 鉛弾の雨にすら動かないのは連携の為と見抜いたのか、恐怖や敵対心すら知らないのか……リーが銃を手に踏み込み、フェイントを含めて跳躍、グレネードを撃ち込み、爆煙に紛れて斜め後方より銃口を向けた。
「……私とアナタは、何が違うのでしょうね」
 自身もまた、心とは何かが分からない。故に共感すると同時に、思考がエラーを起こす。その心を求めるという欲求もまた、心なのではないか、と。
「違う?」
 引き金を引いたその腕を、捕らわれた。
「貴女も心が欲しいの?」
「くっ……!」
 無数の弾丸が無機質な音を立ててジャミング。確実にダメージを与えて感覚を鈍化させているはずなのに、追い詰められているのはリーの方だった。
「心とは直接は見えないけど言動に必ず表れるもの」
 兎を象った騎乗機を駆る卯月が体当たりするも、片手で受け止められ、その隙にリーが拘束から逃れる。
「心が欲しいという心は、必ず言動に宿っていて近過ぎて見えないだけ。誰かとずーっと一緒にいれば相手の観察も出来るし、自分の心を誰かに見つけてもらえるかも」
「それは、できなかった」
 グシャリ、騎乗機シロウサギが姿を消した。相手の実力を垣間見た卯月が距離を取る。
「ほら、私の側には誰もいてくれない。だから、心が必要なの。どうして誰も近づいてくれないのか、理解するために」
 心を持たぬゆえに相手を想う事ができず、その力を十全に振るう。近づかれる側にすれば、たまったものではない。
 一歩、踏み込むだけで番犬達を下がらせる機械人形の背後を、風を纏う忍が取った。
「駄目よ、力を入れ過ぎ」
 首と腰に触れて、挟み込むようにして脚を払い、腰を押し出すようにして襟首を掴んでブン投げる。軽い力だけで鉄の塊たる機械人形を床に叩きつけるアーティアは微笑んだ。
「人と関わるのに、力は必要ないの。私みたいな細腕でもあなたの事を投げられるでしょう? 誰かと触れ合うのだって、同じ。お互いを感じるのに、全力で触れ合ってたら壊れちゃう」
「……なんで?」
 ゆらり、無機質な瞳が起き上がる。
「大切なモノは、しっかり掴んでおくものでしょう?」
「それは違います」
 ビスマスは首を振った。その鎧装が解けて、桜色の髪を揺らす少女は手を握り込む。
「大切なモノは、目に見えず、触れられないものです……あなたが本当に欲しいのは側に居る誰かではなく、その誰かとの絆なんじゃありませんか?」
「絆?」
「心に宿る、大切な人との繋がりです」
「それは、奪い取れるものではありませんわ」
 袖を翻し、口元を隠す華檻が微笑んだ。
「愛し愛され、二人の間に自然と生まれ落ちる糸。それが絆。心ある者にだけ許された特権のようなモノ」
「じゃあ、心を貰えば絆もできるんだね」
「違うだろうが!」
 純粋、単純な敵を前に、プロデューが吠える。
「他人の心を取ったところでそれはお前の心ではない! 気づけよ、その欲しいと思う事が、その溢れる渇望がお前の心なのだと!」
 ドン、自身の胸を叩き、彼は、『元機械人形』は、声を上げた。
「私がそうであったように、お前の中にも心の種は宿っている。後はそれを開花させるだけだ……!」
「分からない……」
 人形は、じっと彼の胸を見る。
「私に心はあるの? 私に心はないの?」
 スッと、細い指が立つ。震える指先は、少女と少年の狭間で揺れて。
「頂戴、その心を、絆を……!」
 速い。そう理解した時には既に……。
「間に合え……換装ッ!」
 機関砲を放り投げ、プロデューの姿が戦闘機にも似た青い装甲に包まれる。機械人形を横からかっさらうようにして後翼で雲を引く。壁に叩きつけるも、血を噴き出したのは彼の方で。
「どうして庇うの?」
 急所は外したが、既に虫の息のプロデューは、笑った。
「仲間は庇う、それが守りたいという心だ……!」
「お手数をおかけしました」
 小さく謝罪を述べるビスマスを、光輪が包む。換装とも、変身とも違うそれは、解放。彼女の鎧は元々、彼女の物ではなく、『受け継いだ』に過ぎない。
「先生から受け継いだ鎧装の裏技を今こそ……先生……力を貸して下さいね」
「それが、絆?」
 プロデューを横薙ぎに吹き飛ばし、少女が駆ける。
「はいは~い、ちょ~っと待っててね~?」
 両剣にも似た武器を卯月が投げた……かと思えば柄が解けて花飾りをつけた茶毛の兎と白黒の兎に変身。足元で追いかけっこを始められ、機械人形がたたらを踏む。
「鎧装裏技解除コード『ローカルバーガーツインズ・ダブルケー』ッ!」
 大型の丸い装甲がビスマスを前後から挟み込み、一枚は背を守るようにマウント、もう一枚は切り分けられるようにスライド、頭を挟むようにして兜となり、外側へ開くようにして鎧となり、バンズが食材を挟むように、彼女の鎧装となる。ナメビスの弁当箱が、ポン。紙パックになって箱竜もお揃いの鎧に。
「ソウエンさんにも見えますか? この鎧に遺された、先生の想いが……」
 言葉の代わりに、結晶の角が伸びる。結晶は淡い光をこぼし、小さなバンズがそれを挟んで多段の刃を持つ剣を生み出した。いつもの華奢なビスマスの装甲と異なり、まさに重厚。機械人形が先制しようとするが、脚が捕らわれた。
「この程度で倒れるほど……柔ではない……!」
 鬼気迫るプロデューが、翡翠に輝く剛腕で掴んでいて。
「なめろうセイバー!」
 振り下ろされる刃を機械人形は受け止めるが、触れた刀身が少しずつ赤熱。
「お見せしましょう、絆とご当地バーガーの力……!」
「バンズアックス!」
 それは幻影。二人目のビスマスが振るう刃が反転、峰を鍔代わりの刃が滑り、手斧として肩へ突き刺さる。
「ソイチェーンソー!」
 三人目が振るうは多段の刀身が伸ばされ、重力鎖を走らせる機械鋸。腕を斬り落とさんと刃が駆けずり回る。
「おからライフル!」
 刃が内側へ押し込まれて銃身と化し、零距離射撃が機械人形を打ち上げた。分身が重なり刃は姿を消して、その両拳を光が包み込む。
「一対無双、これぞご当地バーガーが極意……」
 先生、見ていてください。あなたの魂は、私の中に……。
「君津バーガーフィストッ!!」
 振り抜かれる拳に、体を折り曲げて吹き飛ぶ敵を見届けてビスマスが抱くは、『焦燥』。まずい、そう思った時には機械人形が再来。
「その鎧……心が宿ってるの?」
「ッ……!」
 首を掴み上げられ、霞む視界の中で見たのはスパークしながら首を傾げる少女。明らかに追い詰めている。追い詰めているが……。
「!?」
 バツン。首を潰す激痛の中、重厚な鎧を失った蒼い鎧装騎兵は意識を手放した。
「規格外にもほどがありますわね……」
 華檻が目を細めてプロデューに向けて手を翳す。翻る袖と共に霧が舞い、彼の傷を塞ぐがまだ足りない。
「何ですかあれ……耐久型の番犬でなきゃ持ちませんよ?」
 配下を持たない敵の実力を再確認した霧華が納刀した鞘で床を打つ。そこを基点に炎が広がり、その火の粉が花弁に姿を変えて。
「天に祈りを、地に花を、嘆くあなたに安らぎを……」
 花園と化した戦場に、霧華の声が響いてプロデューの傷が塞がっていく。ギシリ、強く歯噛みした彼は立ち上がった。
「まだ! 最後まで諦められるか!」」
 烈哮する部隊の盾だが、彼は後方を警戒する。そろそろ増援が来てもおかしくない…そんな意識が、番犬達の間を駆け抜ける。


「ぶちくん、たれちゃん、お願いねぇ~」
 卯月の声に、ぴょこぴょこ。二匹の兎が跳ねまわり、月を描いてプロデューの傷を塞ぐ。万全でこそないが、もう一発は耐えるだろう。
「やれやれ、近接戦闘は得意ではないのだがな……」
 出し惜しみはしない。四季は錫杖を地面に打ち、輪環を鳴らす。
「凍りつけ!」
「え……」
 辺りは花園。駆ける冷気を花弁が隠し、不意打ちに近い形で氷の刃に貫かれた機械人形の目が見開かれる。
「驚いたか? それもまた、感情の一つ、心の表れだ……」
 静かに告げる四季が指を立てれば、伸びた氷柱は湾曲し、鎌の形状を取って振り子のように揺れる。されどその首を落とすには至らず、敵を吹き飛ばしながら自壊した。
「さぁ……そろそろお休みになりましょう?」
 回復する暇はない。そう判断した華檻は敵へ飛びつき頭を抱いて、自身の豊かな胸部の中に埋めさせると、彼女を軸に回転しようとするが。
「硬い……ですわ……!」
 回りきらず、ブチブチとコードをいくつか引き千切った程度に留まる。反撃に伸ばされる手に捕まる前に、飛び退く彼女と入れ替わったアーティアが伸ばされた後の腕を掻い潜り、組み付いた。
「出会いが違えばあなたの心、一緒に探してあげられたかもしれないわね」
 小さな呟きは、軋む音色に飲み込まれて。
「私が現世を旅立ってあなたに追い付いたその時は……こころちゃんの願いを叶えてあげたいわ」
「こ、ころ……?」
 耳をつんざく金属の悲鳴。散々ついた小さな傷の数々が、捻じ広げられるようにして鉄板を引き千切り、無機質な慟哭を上げる。
「あなたの名前。製造番号はお名前じゃないもの……」
 浮かべるは微笑み、打ち込むは螺旋。その全身を、傷を基点にして引き千切るようにして傷を抉る。ついに膝を着いた獲物めがけて、リーが右拳を構えた。
「力任せにこの鉄塊を振るうほうが、私の性分に合っています。セーフティ、解除」
 パチン、パチン、パチン。肩の駆動系を解除、再接続。耐久性を放棄した歯車が流される重力鎖に悲鳴をあげる。
「右腕、パージ。サブアーム転送」
 地面と水平に伸びた腕が解体され、彼女の身にそぐわない剛腕と入れ代わり、再接続。その巨腕に、巨大な工具にも、竜の頭蓋にも見える鎚が握り込まれた。
「コード『破壊の右腕』を実行します」
 ただ純粋に、振り下ろす。自身すら顧みない力任せの一撃に、機械人形は受け止めて見せるも、足場の方が持たずに押し潰されてしまう。強引に押し切ったリーの腕は装甲がひしゃげ、一撃で使い物にならなくなってしまった。自切、本来の腕に再接続する彼女を庇うように、プロデューが前に出た。
「換装……!」
 その身を包むは純白の法衣にも似た装甲。時を刻むように、ゆっくりと背に描くは日輪の如き光の輪。その中を循環させて、重力鎖を瞬間的に増幅させる。
「……えっ?」
 少女が虚空を見た。その瞬間、光輪が舞う。
「ぉおおおおおおお!!」
 小爆発と共に、機械人形を掴んだ量産機が駆ける。閉じ始める隔壁を押し通り、閉じた鉄の壁を破砕して、跳び抜けきった先にあったのは、大型の異様な兵器。目的のモノであろうそれに機械人形を叩きつけて、ようやく止まった彼に少女はポツリこぼす。
「なんだか、もやもやする。お話ししたい、触れ合いたい、生存の困難を確認してから、メモリ不足が発生……これは、何?」
「それが、お前の想い……『心』というものだ」
「そっか……心って、痛くて、苦しくて、あったかいんだね……」
 ギシリ、体を軋ませて、ソレはアーティアの方を向いた。
「最期に、素敵な名前をくれて……あり……が……」
 パチッ。
 小さなスパークが微かな微笑みを照らし、少女の灯を消した。


「くっ……」
 白煙を噴き出して、武装を解除。プロデューが倒れ込んでしまい、辺りにはアラートが鳴り響く。
「まずい、転送準備が整ったか……!」
 四季の脳裏に、動きを止めたこころがフラッシュバック。あれは、レジーナからの通信だったのだろう。背後からは無機質にして一定の騒音が響いてくる。
「あら~、増援が来ちゃった~? そっちはお願いね~」
 二匹の愛兎を連れた卯月が入り口に陣取り、その横にリーが並ぶ。
「こちらはお任せください、退路を確保します」
「命あってこそですものね……」
 ビスマスを抱き上げた華檻が、薄れてゆく破壊対象を眺める……が、既に興味はない。華檻にとって大切なのは、世界の命運より愛する乙女なのだから。
「せめて、一撃……!」
 ふわり、辺りに花園が広がる。霧華を取り巻く花弁が彼女の道を作るように舞い散り、左手に握った鞘を傾ける。花弁をくぐり、加速、抜刀……確かな手応えの中白刃が翻り、深い傷跡を残した兵器が消えていく。
「さて、後は無事に帰るだけだ」
 見届けた四季は、群がる量産型を前に、錫杖を構える。
「卯月!」
「は~い」
 示した先にぶちが突撃、敵軍のど真ん中で……爆発した。できた空白に四季が冷気を走らせ、氷柱を形成、上から氷の天井を作って落とし、まとめて動きを封じる。
「走れ! 長くは持たん!!」
「うわぁ~い」
 手元に戻った杖を握る卯月を筆頭に、番犬達は撤退していく……。

作者:久澄零太 重傷:ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893) プロデュー・マス(禊萩・e13730) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月24日
難度:難しい
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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