弩級兵装回収作戦~空に蘇る時

作者:吉北遥人

 そこは、石川県の小松空港の滑走路――で、あったはずの場所。
 だが、この地に封印された弩級兵装を求め、作業を続ける4体のダモクレスが陣取るこの地に、以前の面影は全く見られなかった。
「「「弩級兵装の発掘は、最重要の作戦である(きりきりきりきり)!!!」」」
「キヒヒ……」
 叫ぶ3人のダモクレス達の姿を、僅かに浮遊しながら狂気の笑みを浮かべた女性ダモクレスが満足気に見つめている。
 一言で言えば、薄暗く、雑多な空間。灯り一つ射さず、不要になったビル部品の残骸が散らばる研究施設内部は、陰惨で陰鬱な空気に汚染されているかのようで……。
「発掘施設周辺は、現在の所、防備は万全と伺っておりますわ。量産型ダモクレスさん達が、警備をしてくれていますもの」
 静かにそう告げる白峰・ユリの口調にも、どこか影を感じざるを得ない。
「きりきり……」
 だからこそ、第三者がここにいたならば、「きりきり」と囀るビルシャナ・ビショップが、一種の清涼剤のように思えたかもしれない。しかし、実際は彼も重要な事柄を語っているようで、ユリも納得するように頷いていた。
「『発掘には高度な技術と細心の準備が必要。失敗すれば、失われた機能は完全に取り戻すことができない』、だってさ、兄さん……――その通りだな。万一の場合は不完全でも転送させる事になるが、あくまでそれは最後の手段」
 右半身と左半身に差違があるダモクレス……二人で一つの身を持つ久遠X378がビルシャナ・ビショップの言葉を代弁した上で、自らの意見も告げた。
 そして、3人は改めて『弩級高機動飛行ウィング』を見た。これこそが、彼らが何としてでも発掘しなければならない最重要の弩級兵装。
「キヒヒ……、全力デ作業ニ当たりなサイ。一刻モ早ク、このウィングヲ完璧ナ状態デ発掘するのヨ」
 その傍らにいるのは、『弩級高機動飛行ウィング』の修復を一手に任された、ギア・マスターと呼ばれる女。その笑みは、陰鬱な研究施設の雰囲気すら飲み込んでしまいそうだ。
「俺達にお任せあれ」
「ええ、私達にお任せ下さいまし……」
「きりきりきりきり……」
 忠誠を示す久遠X378に巻きつく鎖が揺れ、冷たい音を奏でる。胸元の十字架を握るユリは、ライフルを抱く腕の力を強めた。ビルシャナ・ビショップも、鳴き声だかネジ巻き音だかわからぬ囀りとともに頷く。
「キヒヒヒヒヒ……」
 それらに、ギア・マスターは大層喜び、邪悪な笑い声を上げるのだった。

●弩級兵装
 地球進行を続けている指揮官型ダモクレス。
 ケルベロスたちに知らされたのは、その指揮官型たちが新たな作戦を開始したというものだった。
「ヤツらの目的は、地球に封印されていた強力なダモクレス――『弩級兵装』の発掘だよ」
 弩級兵装はその名の通り、重巡級ダモクレスを越える力を持つ兵装だ。
『弩級高機動飛行ウィング』、『弩級絶対防衛シールド』、『弩級外燃機関エンジン』、『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の4つの兵装が現存しているらしく、これらが完全な力を発揮すれば、ダモクレスの地球侵攻軍の戦力は現在の数倍から数十倍まで引き上げられると予測されている。
「当然、見過ごせはしない。みんなには、複数チームで連携して弩級兵装の破壊に向かってほしい」
 作戦はこうだ。
 発掘施設を警護中の量産型ダモクレスに別のチームが攻撃を加え、その隙に複数のチームが施設に潜入。連携して、弩級兵装の破壊を試みる。
「キミたちに担当してもらう弩級兵装は、『弩級高機動飛行ウィング』。発掘を担当しているのはギア・マスターをはじめとするダモクレスだ」
 敵のただ中に突入するため、厳しい戦いとなるだろう。だがそうしてでも、完全な弩級兵装をダモクレスが手に入れることは阻止しなければならない。
 弩級兵装の完全破壊、ないし損害を与えて、その能力をフルに発揮できないようにする必要がある。

「施設に潜入するのはキミたちを含めて4チーム。それぞれ別方向から潜入してもらうよ」
 施設内にはギア・マスターのほかに護衛の三体のダモクレスがおり、侵入者を撃退すべく待ち構えている。
 この三体はそれぞれが強力な個体だが、特筆すべきはその連携攻撃であり、それにより対象を一人ずつ確実に殺していく戦術を得意としている。これとまともに戦っては目的達成はおぼつかなくなる。
「別方向からの潜入は、その戦術を潰すためだよ。3チームがそれぞれ一体ずつ相手取ることで敵の強みを打ち消せる。そして三体と戦ってる間に、残りの1チームがギア・マスターを倒すって寸法さ」
『弩級高機動飛行ウィング』の修復はギア・マスターが単独で行っている。なので弩級兵装の破壊は、ギア・マスター担当のチームが実行することとなる。
「キミたちには、施設東側から侵入してもらう。その先で、『久遠X378』というダモクレスと遭遇し、戦うことになるだろう」
 少し言葉を切って、ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)は、この場に集ったケルベロスたちが相見えるであろうダモクレスについて語りだした。
「二人の人間を縦半分に切ってくっつけたような、そんな風体のダモクレスだよ。キミたちを見つければ、撃退しようと向かってくる……でも、ギア・マスターが戦闘を始めたときは別だ」
 どういうカラクリか、ギア・マスターに危機が迫れば、三体のダモクレスたちはそれを察知することができるらしい。そして可能ならばギア・マスターの救援に向かおうとするのだ。
「合流されたら勝ち目は薄くなる。だから戦う際は、救援に向かわせないような工夫が必要となるだろうね」
 挑発であったり、挟撃に持ち込んだり……他にも手段は考えられるだろう。だがどんな手段をとるにせよ、例えば挑発ならば敵の琴線に触れる言葉を選ぶなど、効果的なものが要求される。
「時間はあまりかけられないよ。量産型を引きつけてくれてるチームも、いつまでもは戦っていられない」
 時間をかけ過ぎれば増援が施設になだれ込んでくるだろう。そうなれば作戦の継続はほぼ無理だ。
「状況によっては、迅速な判断と行動が求められて、すごく大変だと思う……。弩級兵装の破壊のために自分たちのチームがどうすればいいか、それさえ頭に置いとけばきっと道は開けるから」
 だから負けないで、とティトリートはケルベロスたちをヘリオンに誘った。


参加者
白神・楓(魔術管理人・e01132)
皇・絶華(影月・e04491)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
九十九折・かだん(供花・e18614)
リサ・ギャラッハ(花見月・e18759)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)

■リプレイ

●東側入口
 波が引くように剣戟と銃声が遠ざかっていく。
 周辺を固めていた量産型ダモクレスがすっかりいなくなったのを確認して、八人は基地の東入口に駆け寄った。
「誘導班の方々、この一帯の敵をまるまる引き受けてくださったみたいですね」
「あとで礼、言わなきゃな」
 テレビウムのフィオナを抱えたリサ・ギャラッハ(花見月・e18759)に、九十九折・かだん(供花・e18614)が口元を綻ばせる。もっとも、二人の視線は扉に向いたままだ。許された時間はわずか。それを無駄にしないことが誘導班への最大の謝意であると、全員が理解している。
「行こうか」
 白神・楓(魔術管理人・e01132)が慎重に扉を押した。両開きの扉が重い音を立て、内部の様子があらわになる。
 薄暗い基地内は散らかっていた。ところどころにドラム缶が転がっていて、まるで廃工場のようだ。
「……通路はあちらですか。なかなか広いですが、一本道のようですね」
 ダモクレスの基地内のためか機能しない携帯電話を懐に直し、ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)は薄闇を透かし見た。
「ひとまず迷う心配はなさそうね。その先は分かれ道もあるだろうけど」
 そのときは、事前に地下構造を調べたことも役立つかもしれない――そう考えつつ、フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)が閉めた扉の前にドラム缶を積み始める。
「念のためマッピングはする。慎重に進むぞ」
 天井の配管がわずかに描くカーブを見据えて、皇・絶華(影月・e04491)が素早くペンを走らせた。無言で月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が頷き——ふと肌がチリつくのを感じた。
 首筋に刃をあてがわれるのにも似た、好ましくも危うい感覚。だが矛先は自分ではない。これは——。
「アガサ!」
 友の警告に、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が迷わず身を横へ投げ出す。そしてそれが彼女の身を救った。直後、さっきまで彼女がいた空間を、真上から降り落ちた鋭い輝きが両斬している。
 輝き――鉤爪はすぐ向きを変えて追尾してきたが、アガサの反応は速かった。跳ね起きつつ、遠心力を乗せた棒撃で押し返す。グラビティの閃光が散った。
「ほう……今のを凌ぐか」
 武器越しに照らされた敵手の人相――二人の人間の顔を左右半分にし、中央を接着面とした醜悪な顔に、アガサが思わず顔をしかめた。そんな彼女から距離を取ると、襲撃者は高く跳躍した。
「存外、腕が立つようだ……——『だからこそ殺しがいがある』だよね、兄さん?」
 ケルベロスたちの頭上を飛び越え、ダモクレス――久遠X378が行く手を塞ぐように着地した。

●久遠X378
 敵の背後に、奥へと続く通路がある。敵を釘付けにするには厳しい位置関係だが、焦りの色をまったく出さずにフレックは愛刀を引き抜いた。
「あんた……いえ、あんたらが久遠X378ね?」
「ここに侵入するだけあって、俺たちのことも掴んでいるようだな」
 久遠X378の声は思慮深い響きを有していた。
「外の騒ぎは陽動か。それにしては、たった八人で侵入とは解せんな……――ほんとだ、ケルベロスって馬鹿なんだね」
 考え込むように右眼が細まったのに対し、左眼は侮蔑もあらわにケルベロスを見下した。一転、軽薄な口調でなじる。
「それとも死にたがりなのかな?」
「それはどうか知らないが、君には負けるね」
 含みを持ったイサギの発言に、久遠X378の左半身――弟は気分を害したようだった。硬化した視線でイサギを睨む。
「なんだいそれ。どういう意味?」
「君たちのことは知っている。兄を救いたいがために己が身を捧げた、君の愛は尊いものだ。だが……君の口を借りて話す、それは本当に兄なのかな」
「兄さん兄さんて言うけど、それってあんたの独りよがりな自己満足なんじゃないの?」
 何を言われているのかわからぬげな弟に、アガサも問いを重ねる。
 ひとつ疑念があった。
 兄弟と名乗るこのダモクレスは、本当は兄の意思などすでになく、ただ弟が兄の体も動かしているだけではないか、と。
「君の兄の意思がそこに無いのならば、その半身は、君の独りよがりでこの世に存在し続けるただの肉片だよね。肉片に愛を思う脳があるわけでもないだろう」
「肉片? 肉片だって!?」
 ようやく自分たちが許しがたい罵声を浴びせられていることに気付き、弟が激昂した。
「僕たちは二人で一つだ。この絆、兄弟でもない君たちにはわからないだろうね!」
「あたしらも兄弟よ!」
「へぇ、ほんと? 全然似てないけど、実は血が繋がってるとか?」
「血ぃ? そんな物ではない! 今この場にて武を以て戦いに向かわんとするあたしらは、既に魂の兄弟のようなもの!」
 怪訝な視線を返す弟を、効果音を背負うような勢いでフレックはびしりと指を突きつけた。
「たかだか血と鉄だけで繋がったあんたらとは違うのよ!」
「……もういいよ。白峰とビショップを呼んで、こいつら瞬殺しよう。いいよね兄さん?……――待て。何かおかしい」
 シラけたような顔で確認する弟を、右半身――兄が固い声で制止した。会話の最中も回り込もうとするかだんを牽制していた兄だったが、緊迫の源はそれではない。
「これはギア・マスターが……そうか、しまった!」
 久遠X378の口から舌打ちのような軋りがあがった。主の救援に向かうべく身を翻す――その背にかかったのは鋭い刺突と慇懃な挑発だった。
「おや? 逃げるのですか? 流石、兄がいない世界から逃げただけはありますね?」
「なに!?」
 ジュリアスのレイピア状に伸びたマインドリングが、振り返った弟の小刀と斬り結ぶ。
「そうでしょう? 兄の死を受け入れたくないあまり、人の姿を捨てた。これが逃げ以外のなんだと言うのですか?」
 小刀が風を斬った。ジュリアスがとっさに跳び退るが、コートの胸元に深い切れ目が走る。
「兄さんは死んでない! これ以上戯言を言ってみろ、八つ裂きにしてやる!……――よせ、安い挑発に乗るな!」
 撤退と応戦――兄弟間の動きに齟齬が生じた。その隙を絶華の蹴撃が突く。
「酷いものだな。兄よ……貴様が死ななければ弟がこんな姿になることもなかった!」
 よろめいた兄弟に、絶華は冷笑を送った。
「弟よ、貴様の兄が無能で無様に死んだからこのようなことになっている。そのような兄を持って実に不幸だな! 同情するぞ!」
「何が同情だ……兄さんをバカにするな!」
 踏みとどまった久遠X378の姿が霞んだ。だが閃いた刃は絶華に至る寸前で、フィオナの大鋏に阻まれた。
「兄を想うあなたの気持ちはよく伝わってきます。ですが……」
 テレビフラッシュの光から顔を庇う久遠X378。それを見つめるリサの瞳はどこか悲しげだった。静かに爆破スイッチを押し込む。
「そんな体になってまで。それは兄弟愛ではありません。死すべき時に死ねなかった体、今日ここで終わりにしましょう」
 カラフルな爆煙が前衛を中心に巻き起こった。それを引き裂いてアガサが拳を振りかぶる。
「あんたのせいでこんな姿になって、実は兄さんは、あんたのことを憎んでるのかもしれないね?」
「ふざけるな!」
 まるで、ガードした獣撃拳よりも、囁きの方がダメージを与えているかのようだった。苛立った声で久遠X378がアガサを押し返し、小刀を振るう。
「なあ、お前たちの繋がりって、本当に絆なの?」
 小刀と惨殺ナイフが激突した。刃を押し込み合う敵手に、割り込んだかだんが唇を嘲笑に歪める。
「――ふたりが、ひとつになる……そんな自然の摂理に反して、怪物に堕ちることが、本当に、絆なのか。門出を見送ることもできなかっただけの、くせに」
 実のところ挑発は得意ではない。真に怒りをぶつける相手ならまだしも、このダモクレスの在り方は誰も傷つけてはいない。だが今は、これが必要なのだ。
 一言、一言、血を吐くような思いでかだんは言葉の鏨を打ちつけた。
「薄気味悪い。愛を履き違えるなよ、閉じた世界の臆病者ども」
 凍気が立ちこめた。それが、かだんが繰り出した絶冬によるものと気付いたとき、久遠X378は大きく跳躍して遠ざかっている。回り込もうとしていたケルベロスの頭上を越えながら通路の奥へ行こうとし――闇よりもなお暗い黒翼がそれに立ちはだかった。
「何度も飛び越えられちゃかなわないな」
 空中の交錯は一瞬だった。イサギの刀が弧月を描いた直後、久遠X378は轟音を立てて床に叩きつけられている。小刀がかすかにスパークした。
「君は弟を利用してまで、そこまで生き残りたかったのか? だったらそこで人の体を利用するなよ、無様で生き汚いぞー」
 嫌らしい声音を作って兄を挑発しつつ、楓が斧を片手に斬り込んだ。倒れ伏した敵の背中に叩き込む――。
「生き汚いか。否定はできんな」
 甲高い音を反響させて斧を弾き返した直後、久遠X378の鉤爪は楓の顔面に迫っていた。楓がとっさに距離を取るが、爪は防具ごと肩の肉を削る。ジュリアスのヒールゴーストが傷口を塞ぎにかかった。
「見事な煽りぶりだ、ケルベロス。愚の骨頂だが今は使命を棚上げし、その挑発に乗ってやろう。俺のことはともかく――」
 刹那、久遠X378の姿が掻き消えた。
 次の瞬間、ジュリアスの背後で鉤爪が閃いている。
「弟の心意気を虚仮にしたのは許さん」
 薄闇に血の華が咲いた。

●兄弟
「それが、お前たちの本気か」
 兄弟の意識が同一方向に向いたためだろう。感情活性の連携にも匹敵するその速度は、先程までと桁違いだ。それに対応できたのは、味方を庇うことに全神経を傾けていたゆえかもしれない。手の甲を貫く金属の感触を睨むように、かだんは目を細めた。
「なら……それを潰さないと、な」
 かだんが鉤爪の根元を掴んだ。刃がさらに深く肉を抉り、拳から血が噴き出る。一方、自らの右腕を拘束する握力を、兄弟はかだんの腕ごと斬り落として対処しようとした。だが小刀が閃くより先に、フレックの魔剣が雷速で久遠X378の首に迫っている。
「っ、外した!」
 かだんの掌から無理やり鉤爪を引き抜いて、久遠X378が致命打を回避したのだ。フレックが歯噛みする――だが充分だった。回避した先には絶華がいる。
「よく合わせたぞフレック!」
 通路を駆ける久遠X378に、四門「窮奇」を発動した絶華が肉薄した。爆発的に加速した斬撃が小刀と幾重も斬り結ぶ。速度と力は拮抗したが、先に崩されたのは絶華だった。空いた脇腹に鉤爪が吸い込まれ――。
「これは……!?」
 驚愕はダモクレスのものだった。いつの間にか久遠X378の首に、首のない女性の上半身が抱きついている。動揺する敵に、楓がニィッと笑った。
「兄弟愛とはどんな暖かさなんだろうなぁ。君の寂しさを埋めてくれるものなのかな」
 寂しがり屋の人造魔物がもたらす冷気に、久遠X378が苦鳴をこぼした。振りほどこうともがくその頭上に、イサギが舞う。
「兄よ、君の気持ちはよくわかる。私も兄なんだよ。可愛い妹たちが私の帰りを待っている」
 あの子らを失うくらいなら、自分が死ぬ。
 だから彼らの兄弟愛のなれの果てを否定したくはない。
「けれど……潔くはないね」
「見え見えの攻撃だ、通らないよ!」
 イサギの振り下ろした刀を、小刀が弾いた。だがイサギの目は敵の足下、そこに滑り込んだ親友を捉えている。
「凍りつけ……!」
 互いに感情を繋いだ高機動連携は、兄弟の反応速度を凌駕した。久遠X378が呻いたときには、その膝はアガサの氷華によって凍結している。
「兄さん!……――こらえろ!」
 アガサがイサギにアイコンタクトを返す間にも、兄弟は脚部の破損から体勢を立て直そうと床を蹴った。そこに先程までの速度はない。そしてケルベロスの連携はまだ途絶えていなかった。
「――ここはあなたの森、あなたの国、あなたの園」
 床が、壁が、通路中がオーク樹の森へと変貌していく。ジュリアスのルナティックヒールを受けて手を治療したかだんの隣、リサが祈るように喚んだのは白きヘラジカ。
「王の歩みをここに刻んで――クラン」
 クランの蹄が森を揺るがした。大角を掲げたヘラジカの突進に、兄弟が得物を差し向けた――その片方、鉤爪を、同時に走り出していたかだんがナイフで弾く。
 その直後、ガラ空きになった兄弟の胴体を大角が貫いた。纏う鎖がまとめて引き千切れる。
「来世もきっと兄弟だよ、お前ら」
「来世、か……」
 床に叩きつけられる最中、兄がかだんの言葉を反芻した。
「あるといい、な……」
 重い音をあげて久遠X378が転がった。もう動かぬその両手は、鎖のように固く組まれていた。
「……きっとありますよ」
 共に輪廻をまわり、また生まれ変わるよう、消えゆく森の中でリサは想う。
「共に滅びるなら、本望だろうね」
「お前たちの絆は本物だろう。だから……来世でも共に仲良くな……」
 イサギと絶華が呟いた。絶華にも離れ離れになった弟がいる。形はどうあれ、共に想い合っていた兄弟の姿は正直なところ羨ましかった――。
「――今の音は!?」
 楓が入口方面を振り返った。戦っているうちにそれなりに通路を走ったため入口は見えないが、突如鳴った異音がフレックが仕掛けた扉前のドラム缶と悟ったときには、全員が状況を理解している。
 敵の援軍――量産型ダモクレスが押し寄せてきているのだ。

●翼の行方
 弩級高機動飛行ウィングの発掘エリアには、基地に侵入した他の三チームが集結していた。ギア・マスターも無事に撃破したらしく、今は弩級兵装の破壊に取りかかっている。
「おかわりがもうちょっとで来るようですよ!」
 ジュリアスの警告に、三チームの対応は迅速だった。
「増援は私たちに任せて! あなたたちにはウィングの破壊をお願いするわ!」
「どでかい破壊音を聞かせてくれることを期待しておるぞ」
 南側チームにそう言い残し、北側と西側のメンバーが、ジュリアスたちと同じく増援撃破に向かう。
「柔らかい脇腹をズドン。こういうのもたまにはいいもんです。いきますか!」
 ジュリアスのファミリアが次々と量産型を撃ち抜いていく。そこへフレックも斬り込んだ。阻止すべき世界の危機に、絶華と一陣の風になって敵の軍勢に立ち向かう。
 爆発が起こった。それが東側チームのガンスリンガーによるものとアガサが気付いたときには、その一帯を見慣れた黒豹のウェアライダーが光輪で薙ぎ払っている。その中でまだ動きのあるダモクレスにアガサが飛び掛かった。頭部を獣撃拳で破砕し、完全に沈黙させる。
 轟音が起こったのはそのときだった。
「任務完了、撤収だ」
 ほどなくして合流した南側チーム、そのうちの壮年のレプリカントの合図に、ケルベロスたちは退路へ急ぐ。
『翼』は墜ちた。もう空へは還らない。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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