辛口

作者:ichiei


「カレーは辛いもの。これは日本の、いえ、インドの、タイの、引いては全世界の常識です!」
 十人ほどの男女を相手どって自らの信条を高らかに訴える、1羽(?)のビルシャナ。
 元はサラリーマンであったのだろうか、きっちりとビジネススーツを着込んだ首回りに、いくつもいくつも真白の羽毛。それを揺らしながら、彼の主張は続く。
「喉が焼け付くほどの超辛口。一匙口にした瞬間、顔の表面からだらだらと汗がこぼれ、舌が引きつれ、胃は裏返り、いっそ痛みさえ感じるぐらいの辛口こそが、カレーの真理です! 甘口など、げに不用! 純然たる辛味だけが、此の世を腹ぺこの哀しみから、救うのです!」
 いや、救わないだろう。
 当然の指摘は、聴衆のあいだからは上がらない。彼等はもはやビルシャナの異形すらも気に懸けず、恍惚の趣で、ビルシャナの教義に聞き入っていた。
「私が眼鏡をかけている理由が分かりますか? これもまた、カレーのためなのです。カレーの辛みによる発汗で眼鏡のレンズがくもるとき……私はこの瞬間を、無上の幸福ととらえます。しごく無念ではありますが、私にも満腹中枢が存在します。永遠にはカレーを食べ続けてはいられません。ですが、常に眼鏡をかけることによって、カレーを食べた幸福の一瞬をいつでも思い返すことが可能となるのです」
 全めがねっこに謝れやコラ。
 なんか別のビルシャナがやってきそうな(来ないけど)このような反論も、当然ながら、聴衆からは起こり得ない。
「カレーは辛口! 辛口のみがカレー! 甘口は邪道! 中辛は日和見! まあ、フルーツカレーは許しましょうか。あれはソースが甘いわけではなく、具が甘いだけですからね。スパイシーとフルーティを取り合わせる冒険心には感服いたしますが、所詮は傍流にすぎません。カレーとはやはり、ジス・イズ・もっとHOT!の精神に他なりません」
 ちょっと休憩。
「皆様、甘口を完全撲滅するその日まで、我々はスプーンを手にし、日々多々買いつづけようではありませんか!」
 聴衆は滂沱の涙を落としながら、ありがたや、ありがたや、とビルシャナに拝礼する。そのうちの一人は、ビルシャナが説教するこの場所、カレー店『パトゥラ』のオーナーシェフ、庚申・了(こうしん・りょう)であった。


 藤・小梢丸(カレーの男・e02656)は、螺旋忍軍討伐のため大阪府豊中市まで出掛けた折、奇妙な噂を耳に入れた。
 なんでも、小さいながらも良い腕前をもつと評判のカレー店『パトゥラ』が某所にあるのだが、このところ理由のあきらかでない休業が続いているらしい。常連によると、オーナーシェフの庚申は自分の作るカレーの味に行き詰まりを感じていたそうな。なんだか妙に気になるはなしだった。
「小梢丸さんの不安はおかしな方向に的中したようですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は遺憾の意をあらわす。
 鎌倉奪還戦の後、悟りを開き、ビルシャナと化す人間が各地に出現している。ビルシャナ化した者が配下を増やすべく布教をおこなう現場へ乗り込み、ビルシャナとその配下と戦って、ビルシャナを打ち倒すことが、今回の作戦の目的だ。
「『カレーは辛口以外みとめない。激辛であればあるだけ、なおよろしい』を標榜するビルシャナが、相手になります」
 ビルシャナ化した人間の言葉は不思議な説得力をもつため、そのまま放置しておけば、ビルシャナの周囲の人間は彼の配下と化すだろう。ビルシャナの主張を覆すような印象深い言葉をかければ、彼等は正気づくので、信者化を妨げられるかもしれない。ビルシャナの信者はビルシャナの手先となり戦闘にまじるので、戦闘力は皆無にせよ、人数が多ければそれだけ厄介な敵となる。
「ですから、現場へ到着したなら、皆さんは『辛口以外のカレーもいいぞ』といった持論を展開していただきたいのです。ここで注意してほしいのは『一日寝かせたカレーが一番だ』というような考えです。カレーへのこだわりとしては定番ですし、辛さには直接関係ないので、説得の材料としては物足りませんが、そこを逆手にとれば、却っておもしろいことになるかもしれません」
 セリカのアドバイスまで方向性が迷子だが、察してください。
「始めに触れたとおり、ビルシャナとその配下の居場所は、カレー店『パトゥラ』となります。ビルシャナはもともと客としてこのお店に通っていたようですが、乗っ取ってしまったかたちです。スランプで心がだいぶ参っていた『パトゥラ』のオーナーシェフ、庚申さんもビルシャナの教義に惹かれるものを感じています」
 理想のカレーを求め、そして疲れた庚申にとって、ただひとつのカレーを説くビルシャナの教義はすがるに値するものだったらしい。庚申以外の聴衆も、似たり寄ったりの境遇だ。
 客が20人も入ればいっぱいの『パトゥラ』だが、現在テーブルや椅子などは隅の方に積み上げられ、店内はだいぶ片付いている。念のために間取り図も用意してあるが、単純な造りのため、暗記せずともなんとかなるだろう。
 完全にビルシャナの配下と化した人々は、ビルシャナさえ倒してしまえば、無事に取り戻せる(ただし、ビルシャナと化した本人を救うことはできない)。できるかぎり彼等を傷付けないような気配りが望ましい。
「ビルシャナは、敵を退ける破壊の光、癒しの光、敵の心をかきみだす不可思議な経文を使いこなします。気を付けてくださいね」
「僕はただ美味しいカレー屋を探していただけなんだけどなぁ」
 妙な具合になった、と零しつつ、小梢丸、以前入手した『パトゥラ』のチラシをしげしげと眺める。デフォルメされたインド象が変な顔して笑っていた。


参加者
神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)
セラス・ブラックバーン(竜殺剣・e01755)
藤・小梢丸(カレーの男・e02656)
ナガヤ・ランドール(餐う呀・e02992)
メロウ・グランデル(サキュバスグラップラー・e03824)
アイラック・キッド(喜怒哀楽・e04348)
深山・遼(音無の闇風・e05007)
フラーレン・ペトログラファイト(すにびやき・e14504)

■リプレイ

●1
「頼もーうっ。道場破りに来たぜ!」
 正面から乗り込む、勇気凜々と。
 セラス・ブラックバーン(竜殺剣・e01755)が『パトゥラ』のドアを押し開ければ、ホールに集う、ビルシャナとその取り巻きが一斉に振り返った。
「工場巡りなら隣町ですよ」
「ごめん、まちがえて……ないっ。ど・う・じょ・う・やぶり!」
「もしやおまえたちは、ケルベロス!?」
「御明察。よう、繁盛してンな大将」
 傲岸不遜な声色で答えるは、アイラック・キッド(喜怒哀楽・e04348)。
 赤い竜派のドラゴニアンが、ロイド型のサングラスを黒光りさせて大声吐きつつ、スーツの肩を怒らせた恰好など、どう贔屓目にみても、借金取りとかヤの付く自由業とかで、ケルベロスだと分かったあちらさんはわりと目利きかもって。
「辛ければ辛いほどいい。それがお前たちの真理なんだな?」
 と、いきなり本題に入る、やはりケルベロスというよりはそのへんの小学生っぽい、セラス。人派とはいえ、彼女もドラゴニアン。ドラゴニアンとはこんなのばっかりだろうか、と、疑いをもたずにはいられない、アイラックとセラス、大と小、仁王立ちして出入り口を塞ぐ。
「ならば、俺達はお前に挑戦する! 至高の激辛カレーで!」
 セラスが低い位置からびしりと指を突き付ければ、続けてナガヤ・ランドール(餐う呀・e02992)、端正ながらも悪辣な面持ちをにやりと歪め、上段からとっくり言い聞かせた。
「激辛以外は認めぬという哀れな民よ。先ずはオレ達のカレーを食ってから、話をしようじゃないか」
「あ、その前に。ケルベロスじゃない僕には、一番おいしいカレーをひとつ」
「ビルシャナのくせに、二次元御用達のアンダーリムを決めているですって!? なんと小賢しい……」
 ナガヤの台詞を継ぎ足したのは順に、藤・小梢丸(カレーの男・e02656)、メロウ・グランデル(サキュバスグラップラー・e03824)。後半になるにつれて主張の軸がぶれてないでもないが、気のせいだったら。
 いいかげんカオスを切り上げねば、と、フラーレン・ペトログラファイト(すにびやき・e14504)が切り出す。傍らに、オルトロスのルルハリル、途方に暮れたように主人を見上げた。
「聞いてのとおりだ。野卑な泥仕合に及ぼうというのではない、私達は正々堂々たる手合わせを……」
「ぐだぐだ言わず、厨房を貸せい!」
 教典の一節を読み上げるが如く切々穏やかに語るフラーレンの台詞を、しかし途中から引ったくったのは、神薙・焔(ガトリングガンブラスター・e00663)。鉄火のような赤い髪を靡かせて、ビルシャナ達に詰め寄った。
「本物の辛口カレーを食べさせてあげるわ。あたしは食べる専門だけど」
「食べるだけかい!」
「食べる専門にだって意地と誇りってもんがあるのよ。見なさい、切れ味鋭い銀のマイスプーンを。一晩かけて磨いたんだから!」
 再びのぐだぐだカオス、じゃがいもが芯まで煮崩れたカレーの如し。深山・遼(音無の闇風・e05007)、涼やかに溜息落としてから、ケルベロス達の総意をまとめた。
「辛口が食べたいのだろ? そんなに食べたいのなら喰らわせてやる、代わりにキッチンを使わせろ」
 遼とて、実際のところ、内心はそう穏やかでいられない。辛口だけが正当だと信ずる彼等に、一言物申したい気持ちはあったが、口争いが腕尽くの取っ組み合いに移るのを恐れて、そこをぐっと堪える。彼女の相棒、夜影が黙って彼女に付き従うが如く。
 荒事なんざあとからでもいくらだってできる。ビルシャナとビルシャナの洗脳に惑わされた手合いには、実力を見せ付けてやるのが一番だ。
 いいだろう、と、ビルシャナが答えるや否や、ケルベロス達の一部は厨房になだれこむ。では、残されたケルベロスはといえば。
「僕のオーダーは……。あ、もう、出来てるんだ。じゃあ、あっちの席を借りるねぇ」
 店主の庚申から受け取った、グレイビーボートと白磁の鉢の載ったトレイを携え、いそいそと着席する小梢丸、ケルベロスじゃないけど(嘘)。どこまでもおおらかな彼だった。

●2
 もとより小梢丸は何事につけてもマイペースな性分だが、今日にかぎっては、マイペースの理由がないわけでもなかった。
「なぜこうなった」
 ただ美味しいカレー店を探していただけなのに。どうしてビルシャナの身勝手なんぞに振り回される羽目になったのか。憤懣やるかたない。カレーの風合いでもごまかしきれない鬱憤が、腹の底に積もりゆく。
「いいねえ、激辛。俺も辛口は好きさ」
 ケルベロス達が厨房で仕込みに勤しむあいだ、ビルシャナ達を相手に演説を打つ、アイラック。
 ビルシャナがケルベロスの自由を許したので、彼の取り巻きもおとなしい。手持ち無沙汰なせいか、わりあい生真面目に、アイラックの口吻に耳を傾けていた。
「だが……選択の自由を奪うっつーのは気に食わねえ!」
 小梢丸も拝聴する。カレーを杓い、口に運ぶことは欠かさずに。
 もっとも、店内いっぱいを轟かせるアイラックの大音声は、耳に入れないでいるほうが難しかったけれども。
「食っつーのは感情豊かであるべきだ。ただ痛くて辛いだけじゃねえ、喜びだとか幸せだとかが必要なンだ。そしてその感じ方は、皆が皆同じわけじゃねえ!!」
 もぐもぐしながら小梢丸は見る。金の双眸にうっすらと涙すら浮かべながらの熱弁に、二、三人ほどが心動かされる様子を。しかし、まだ不十分だ。やはり実物をもって対抗するしかないのか。
 小梢丸が心行くまで噛みしめていると、セラス、興味津々といったていで近付いてきた。
「それ、ニンジン入ってる?」
「入ってるけど、なんで?」
「ありがとう、よくわかった」
 セラス、何事か納得したように、ひとり首を横に振る。微かにひとりごちた。
「俺の味方はここにはいなかった」
 その科白の意味を、小梢丸、深く考えなかった。厨房から流れ来る大騒ぎが、それどころではなくしてしまったからだ。
「激辛カレーだからといって、そんなに気負わなくていいんだよ。さあ、オレとカレーのシャングリラへ飛ぼう」
 例えば、ナガヤの蜜の声など、どう聞いても炊事の最中のそれではない。厨房ではいったい何が起こっているのか。やっぱり小梢丸は深く考えず、一心不乱にぱくぱくした。
 そんなこんなで、2時間以上経過して――……、
「待たせたな」
 再びホールに姿をあらわした遼。ケルベロスコートを解いた彼女は、どういうわけだかメイド服だ。
「これは、エプロンがなくて……。そんなことはどうでもいい。私達の渾身の二皿をじっくり味わってもらおう」
 誰に問われたわけでもなく、仄かに頬を染めつつ、何故かしら弁明をはじめる。秘密の『おいしくなあれ』を用いるには、メイド服を身に付けなければなかったからという仔細もあるにはあるのだが、それを明かすわけにはいかない。
 2振りの寸胴鍋から其れ其れ、メロウと焔、協力して配膳する。だけでなく、メロウ、皿の隣に飲み物を置くことも忘れない。終いには、サキュバスらしく妖花のような笑みも添えて。未だビルシャナの影響下にある彼等に、ラブフェロモンは通じぬが、宣戦布告みたいなものである。
「ゆっくり召し上がれ」
「いただきます」
 と、答えたのは、焔である。ちゃっかり自分の分まで盛り付けた焔、例のスプーンで、まずは一口。
「……っ、ひゃあ。わりと激辛平気なあたしでも、ちょっとガキンとクるわ。何を使ったの?」
「良い質問だ」
 フラーレン、あいかわらずの無表情のままで、頷いた。
「第一に、ジョロキアだ」
「ハバネロだって、ちゃあんと入ってるよ。とっときのデスソースも、数種類。それに……、」
 ナガヤ、人差し指と中指でとんと己の唇をはたく。
「オレの、愛」
 仕上げまできちんと自分が面倒みた、ということを、彼なりに表現するとこうなるのだ。が、焔は、ついでに相伴にあずかる小梢丸も、介さない。匙を動かすのに、一生懸命だ。
「辛口カレーは素晴らしい。地獄のように熱く、火を噴くようなカレーは魂を震わせてくれる……」
 うっとりと一皿を空にした焔が店内を見渡せば、あまりの激辛っぷりに悶える、何人か。
 さて突然ですが、ここでクイズの時間です。
 ケルベロス達が提供した鍋は、2つありました。1つは、激にて超の辛口。では、もう1つは何が入っているでしょうか?
「この偽辛党め! 軟弱者!」
 ヒントは、セラスの挑発にある。
「お前は至高の激辛カレーから逃げて、甘口カレーを求めたんだ!」
 正解。遼のレシピによる、極甘口カレー。その内訳は、南瓜、豆乳&カシューナッツ、黒糖、マスタードシードやターメリックを、含む5種のスパイス。フラーレンの助言に基づき、ヨーグルトや林檎も加えたそれは、ねっとりこびりつく甘さだ。
「思い出して、あの幼き日の食卓を! あなたをカレーと巡り会わせてくれたのは、子供にも食べやすい甘口……そうでしょう?」
 いつのまにやらプリンセスモードを纏った焔、慈悲深く笑みながら、激辛の果てに倒れた彼等に甘口をよそっている。おまけに、甘気はそれだけでない。
「辛くてつらいですよね。おなか痛いですよね。ささ、これをひと口……」
 メロウは勧める、先程彼女が取り合わせた飲み物を、その正体は『魂も溶ける特製マンゴーラッシー』。
「……ほおら甘いでしょう?」
 それはまるで聖母の降り来るような、素晴らしい世界。フラーレン、彼の祈りのかたちに指を組み、こんこんと説く。
「食べ比べてみれば、よく分かるだろう? ひとつの味に拘ることが如何に愚かか、不利益しかもたらさないか」
 彼の信仰曰く――なにかひとつが至高であるということはありえない。あるとするならば、それは最愛なりし賽の女神の名にかけて。賽の女神こそが至高であり、他は一切認められないということだけ……、
「そう、その日食べる辛さはサイコロで決めるべきなのである」
「ものすごく結論がおかしい!」
 遂に、ビルシャナが動いた。まあ、動かざるを得ないだろう。彼の配下は今や、ほとんど甘口に縋るものばかり。これはもう害がないと判断した取り巻きから、ぽい、ぽいと、ナガヤが手際よく店外に放り出した結果、最後の一人となったビルシャナ、わかりやすく追い詰められていた。
「こうなったら私が自ら手を下してくれる!」
「なんと堪え性のない」
 フラーレン、賽の女神教団の信徒(一名のみ)である彼は、べつに非戦主義ではなかった。祭祀服の下より取り出だしたるは、Ten dice sword。死天剣戟陣の構え。
「よろしい。では、聖戦だ。……知っているか? 激辛を食すると後、排泄時、尻がとても痛くなる。我が剣をもって、その痛み、教えてしんぜよう」
「いや、だから、論理の展開がおかしい」
「細かいこと気にしすぎぃっ!」
 隙有りとねじこむ、セラスの焔舞い。
「贅沢言うな。俺なんか、ニンジンのせいで、お店のカレーが食べられなかったんだぞ。この怨みは、全部纏めてお前にぶつけてやるぜ。うりゃー!」
 ほぼほぼ八つ当たりだが、それこそ細かいことは気にするな、であった。
「俺はみんなで囲んで食うカレーが好きだ」
 赤く熱い男アイラック、赤く熱く、グラビティを捌く。
「この国の国民食ともいえるカレーが果たす役割は、笑顔じゃねえか。それなのに、ただ激辛だけを押し付ける教義なんつーのはな……、」
 二刀の斬霊刀を斜交いに重ねて描く、×の字。ビルシャナの教義を否むアイラックの心理を引き写したような二刀斬霊波、ビルシャナの歪みを引き裂いた。
「カレーに対する冒涜だろうが!」
 遼のサークリットチェインを受けて、加護を高めた焔、吶喊する。対戦車猟兵術を駆使する、まるで彼女自身が重量級の戦車の如く。
 ただ、ビルシャナだって、やられるがままではない。カレーカレーと鐘を響かせ、ターメリックな燐光で、応戦する。
「さあ、世界を喰らい尽くしてやる」
 しかし、その空虚な足掻き丸ごと、己の牙でしだいてやろうと。ナガヤ、なまめかしく濡れたおとがいを開く。髄まで味わってあげるよ、と、暴食の牙が囁いた。が、もっとも熾烈な攻撃を加えたのは、なんといってもメロウだろう。
「卑しき欲望のためにメガネを利用しくさって……全めがねっこに謝れやコラー!!」
 なにかしらの滴りで眼鏡汚したビルシャナにぶち切れたメロウ、全力を焚き付ける。メロウが欲望汁ととった滴りの正体は、実は、フラーレンの教義に対するビルシャナどんびきの冷や汗だったりするわけだが、今更だよね。
「この一発は塩を噴いたテンプルの分!」
 気咬弾。
「この一発は脂でヌルついたパッドの分!」
 旋刃脚feat猫ひっかき(ウイングキャット『リム』による)。
「そしてこの一発は……汗にまみれたレンズの分だあ!!」
 キャメルクラッチwithメガネブーメランでファイナル、の予定が、ふと伸ばされた手に塞き止められる。小梢丸だ。
「僕にもやらせてくれない?」
「うん? ま、同じ眼鏡のよしみでいいけど」
「どうも、ども。……ささ、ビルシャナさん。遅くなったけど、お近づきのしるしに、どうぞ」
 チョコカレーを握らせる。ビルシャナが訝りつつそれを頬張ると、小梢丸、彼らしくなく、あくどくほくそ笑む。
「馬鹿め、引っかかったな。それはハヤシライス味だ」
 後悔いっぱいのビルシャナに、メロウ、ちょっと同情しながら引導を渡してやった。

●3
 気を配ったつもりだが、流石に店舗は無傷とはいかなかった。ここぞとばかり、小梢丸は嬉々として、発揮しそこねたカレー・ジャスティスでそちらこちらを修復する、ケルベロスじゃないけど(遅)。
「だって僕、今度また、このお店のカレーが食べたいから」
 その言葉に、洗脳から冷めて尚も呆然とする、パトゥラの店主はハッと顔を上げる。
「……今すぐ店を再開しなくとも、いいのではないか」
 そういう反応を見せるということは、やる気はあるのだろう。そんな思いが、遼にぽつりと口を開かせた。
「全国にカレーの名店が多いのだから、巡ってみてはどうだろうか? 何故なら、他を知ることで他にないものを生み出すヒントを得られるからな」
「ああ、それもいいかもね。それで、新たな味野に目覚めてほしいな」
 小梢丸曰く、味野とは視野を味に置き換えたものらしい。うむわからん。わからないなりに、ナガヤは適度に相槌を打つ。
「そうそう。で、心を入れ替えたんなら、オレに招待券一年分とかくれね?」
「こら、ナガヤ。まぜっかえすな」
「はぁい、ごめんよ。でも、遼はそんなところがかっこいいね」
 唐突な話題の転換に戸惑う遼へ、ナガヤは流し目で追い打ちを掛ける。
「メイド服でも、遼はかっこいい」
 遼、褐色の頬を真っ赤に染めつつ、改めてケルベロスコートを羽織った。

作者:ichiei 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
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