路傍に咲く

作者:文相重邑

●タンポポ
 もうすぐ、陽が沈む。赤く焼けた空が降らせる光の中、幼い少女が川に沿う車道の端にしゃがみこみ、押し潰されたタンポポを見つめていた。車道からはみ出した車に踏まれたのだろう、タイヤの跡が傷ついた葉に残っている。少女は悲しげに、タンポポをそっと撫でた。
 不意に鳴り響いたクラクションの音が、その場の静けさを裂いた。車が少女とタンポポに迫っている。
 辺りにもやが立ち込め、車がその中を突き抜けた時、少女の姿は消えていた。車から降りてきた男が、少女の姿を探す。川に落ちた様子もなく、男は首を傾げ、やがて車に乗り去っていった。

●ヘリオン内部
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が急いだ様子でケルベロス達に資料を配っていく。全員に行き渡ったかどうかを確認すると、口早に説明を始めた。
「タンポポの攻性植物が出現しました。兼ねてから、竜峨・一刀(龍顔禅者・e07436)さんが予見していた事案です。自動車で被害者にぶつかりそうになった男性の一報が、今回の件発覚の一助になっています」
 セリカが言葉を続ける。
「被害者は小学校入学を控えた六歳の女の子で、場所は町中の車道。幸いにも周辺に住宅はまばらで、攻性植物の進路からも離れています。ただ、町の中心部到達まで時間がありません」
 車道は既に封鎖され、近隣住民の避難も行われている。ケルベロス達が現場に到着する頃には完了しているはずです、とセリカが付け加えた。
「戦場となる川沿いの車道は、田園地帯を貫く形で町の中心部につながっています。道幅は広くはありませんが、周辺の田畑は使われておらず、やむを得なければ戦いの場をそちらに広げても構いません。土地所有者の許可は得ています」
 セリカが資料に視線を落とす。
「討伐対象となる攻性植物は一体のみで、配下はいません。取り込まれた女の子は攻性植物と一体化しており、攻性植物を倒すと同時に死亡してしまいます。ですが、攻性植物にヒールをかけながら攻撃を仕掛け、倒すことで女の子を助け出すことができます」
 グラビティによる攻撃で相手に与えるダメージは、ヒールでは回復可能なダメージと、回復不可能なダメージがある。この回復不可能なダメージを蓄積させることで倒すという方法だ。
 セリカが説明を続けた。
「攻性植物は回復に特化した能力を持ち、身体の一部をハエトリグサのように変化させる捕食形態、黄金の果実を宿し、その聖なる光で味方を癒す収穫形態、破壊光線を放つ光花形態の三つの形態を使い分け、攻撃を仕掛けてきます」
 少し、間が空いた後、セリカは言葉を押し出すようにして話し始めた。
「女の子が夕暮れの車道に一人でいたのは、お母さんに叱られて、家出したからだそうです。お母さんはこのことをとても後悔していて、ご家族総出で探していたところ、攻性植物と遭遇したとの報を受け……」
 セリカが唇を噛む。
「攻性植物が、女の子の命を救ったという面もあるかも知れません。でも、私たちにとって、討ち取られなければならない相手であることに変わりません」
 強い意志を込めて、セリカがケルベロス達を見渡した。
「女の子を、できるなら、ご家族のもとに返してあげてください」
 お願いします、そう言葉を締めくくり、セリカは深く頭を下げた。


参加者
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)
川北・ハリ(風穿葛・e31689)
黛・朔太郎(みちゆくひと・e32035)
苑上・葬(葬送詩・e32545)
速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)

■リプレイ

●車道
 空はまだ赤い。夕暮れの光を浴びてゆっくりと車道を進む攻性植物に向かい、戦場へと降下したケルベロス達は陣形を整えながら、歩みを進めていた。
 空より降りてきたケルベロス達を前にしても、攻性植物に怯む様子はない。エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)は身に着けているお守りにそっと触れ、瞑目して心を静めると、前衛の攻撃手として、先陣を切り走り出した。その動きを合図に、仲間達が車道を外れ散開していく。
 車道に沿って真っ直ぐに雷撃が伸び、攻性植物を貫いた。中衛に立つ彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)が、構えていたタクトを下げ、その場からすぐに動き出す。最初に攻性植物の真正面に辿り着いたエヴァンジェリンが、銀色の矛を手に稲妻をまとう突きを放ち、追撃した。
「儂の舞、よぅく、見ておれ!」
 舞の動きに踏み込みを加え、竜を象る流体金属の助力を得た一撃を仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)が放ち、深い傷跡を残した。傍らには、テレビウムの御芝居様が控え、いつでも応援動画を使えるようにとケルベロス達を見回している。
「不幸中の幸い、だけど。ごめんね、貴方にその子はあげられないの」
 攻性植物にそう、言葉を向けた後、アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は祈りを捧げ、前衛に立つ味方に守護の霊力を与えて戦いへの備えを堅牢なものにした。
「助けられる可能性があるなら、絶対にやりましょう。攻性植物の犠牲者は、もう増やしたくないですから」
 川北・ハリ(風穿葛・e31689)が、愛用の拳銃を攻性植物に向けた。躊躇うことなく撃ち出された淡緑色の魔力弾が、身をかわそうとした攻性植物の正面に刻まれた、手毬の一撃の痕を正確に撃ち抜いた。体表面に亀裂が走り、苦痛に悶える攻性植物が自らの身体を飾る花を光らせ、傷を癒し、さらには身体を拘束していた雷の力をさえ解いていく。
「一時的に助かったとはいえ――」
 後衛より一瞬のうちに間合いを詰めた苑上・葬(葬送詩・e32545)が、自身を癒し終えた攻性植物の側面を取った。
「更に多くの不幸を生み出す訳には行かぬな」
 そのまま身を沈め、急所を狙った蹴りを放つ。
「心配する家族の元へ、必ず少女を帰そう」
 強い決意の言葉を口にし、後続の道を開くべく、その場を離れた。
「デウスエクスに命を救われた、か……」
 間髪を入れない攻撃の連続に、ようやくケルベロス達を敵と認識したのか、攻性植物がその場に足を止めた。目の前には、黛・朔太郎(みちゆくひと・e32035)がいる。
「……ああすみません、ぼうっとしていました。いけませんね」
 朔太郎が二度、手を打ち鳴らす。
「さておき、その子は返して頂きますよ」
 舞台衣装をまとった金色の兎が一匹、攻性植物の足元を跳ね回る。
「帰りを待つ家族がいて、帰るべき場所もあるのですから」
 兎は跳蹴りを見せて攻性植物を打ち据えると、いずこかへと消え去った。
「アタシは回復役っ! だけどっ!」
 速水・紅牙(ロンリードッグ・e34113)のまとうバトル―オーラが戦いの色を強め、高めていく。
「今は、攻撃の時だっ!!」
 攻性植物から逸れていく軌道に向かい撃ち出された気の弾丸が、その方向を変え、相手の身体を捉えた。与えた傷は浅かったが、攻性植物の身体を包んでいた耐魔の守護が突き崩されていく。
 不意に訪れた戦いの合間の静けさが、赤かった空が暗くなり、戦場が夜へと沈んでいくのをその場にいるケルベロス達に教えた。

●混迷
 車道に沿って並ぶ街灯が、戦場を照らしている。光の届かない暗がりを、攻性植物の放った熱線の輝きが払っていく。熱を帯びた輝きが向かうその先には、紅牙がいた。
 前衛から、全速力で紅牙の前にアトリが入った。差し出した槍が熱線を切り裂いて散らす。
「た、助かったぜっ!」
「大丈夫。私はみんなの、盾だから」
 戦場を縦横に移動しながら、味方の盾となるべく新たな位置取りに向かうアトリを見送った後、紅牙が毅然とした表情で攻性植物を見据えたその時、後衛を同様に持ち場とする、葬の言葉が戦場に響いた。
「敵の回復役が足りていない! このままでは攻撃が回復を上回るぞ!」
 味方の動きを注視し続けてきた葬が、拳の一撃を攻性植物に当てて耐魔の守護を引きはがしながら、後続となる朔太郎を振り返った。自らの一撃が、戦いを優位に進めるための苦肉の策であったのは、ここまでの時間を共にしてきた誰の目にもはっきりしている。
「いかにも……これは」
 抜いていた刀の切っ先を下げ、朔太郎が分身の術を自らに施す。攻撃をただ控えるだけでは、長引き始めたこの戦いに応じていくのは容易ではない。
「少し、身の振り方を考え直さなければなりませんか」
「とにかくっ! 助けるんだろっ! 止まらず、動こうっ、みんなっ!」
 剣で地に描いた星座が光る。強い癒しの輝きが、耐魔の守護を中衛に立つ二人へと投げかけた。
「良い判断だと思います――動きましょう」
 悠乃が紅牙の声かけに、最初に応じた。
「長期戦に向けての対応を。救出を諦めるとしたら、それは私達の中の三人が倒れた時です!」
 魔力が攻性植物の体表面を縫合し、損傷を治癒していく。
 側面を突くべく疾駆していたエヴァンジェリンが、手にしていた矛の柄を反転させた。勢いはそのままに石突を使い、攻性植物へ手加減をした打撃を加える。前衛の攻撃手として、技の勢いを止めるのは容易ではない。咄嗟の判断だった。振り返ると、微笑むアトリの姿がある。
「大丈夫」
 頷いて飛びのきその場を離れ、エヴァンジェリンは矛を再び返して、銀の刃を攻性植物に向けた。
「儂も、できることをやらねばの。なかなかに疲れるが――此度は救うために舞うとあらば、力も入ろうというものよな!」
 アトリに向けられた舞の霊力が、熱線による傷を見る間に癒していく。竜神に捧げるための舞は、同列に並ぶ味方にしか届かない。舞の動きに遠く離れた者を癒すための所作を加えるべきか否か。味方の仕掛けた阻害の魔力を打ち消すことにもなるため、攻性植物にその力を向けるべき時は、今ではない。
「が、その頃合も、いずれは訪れよう――ほど近いうちに」
 思案の結果を自らにだけ聞こえる声でつぶやくと、手毬は深々と息を吸い、長くなりそうな戦いに備えた。
「女の子を、守らないと」
 そのためには。言葉にはせずそう続けた後、アトリが魔力を攻性植物に伸ばした。開いた傷口が縫合され、流れ落ちていた体液が止まった。
「できること……攻撃役が、いなくなっても駄目ですよね」
 攻性植物の回復が二重に為され、今はまだ、攻撃を仕掛ける余裕がある。抜き打ちの銃弾が、攻性植物が振り上げようとしていた蔦の触手を一つ、撃ち砕いた。

●庇護
 戦場を車道に隣接する田畑にまで広げ、距離を取っては敵味方の回復に徹し、そして波状攻撃を仕掛けるという戦い方に徹し続けてから、しばらくが過ぎていた。
「もうひとたび、あの手を使うぞ!」
 手毬の舞に加えられた所作が、生きることの罪を肯定するメッセージを攻性植物に送り込む。阻害の魔力が幾つか解かれ、その代わりに攻性植物を癒していく。攻撃を控えた結果、前衛への敵の攻撃が重なっていた。御芝居様が主人を応援動画で癒したが、自身もまた、満身創痍だった。
「世話をかけるの……」
 和装のテレビウムが主人にだけ見えるようにメッセージを送る。
「そうか……もうひと踏ん張り、頑張ろうぞ――頼む!」
「もちろん――一緒に帰ろう、ね」
 囚われの少女に語りかけたアトリが、攻性植物を癒す。ハリは拳銃を下げ、夜の色に混ざり緋色にも見える霧を、前衛へと撒き、治癒を施す。それぞれの役割が定まり、戦いの雌雄は既に決していた。必要なのは、時間だった。
 攻性植物が、力なく、実らせた果実の光を滴らせ、自らを回復させていく。目に見える損傷は消えても、個体としての死が間近に迫っているのを理解しているのか、動きが鈍くなっていた。
「……憐れんでくれた少女を、助けてくれようとしたのか?」
 攻性植物が自身に向ける治癒の力は、あくまでもデウスエクスとしての自らにのみ向けたものだ。人との絆など、持つことは有り得ない。少女への気遣いの気配を、戦いの中で感じた者など、誰もいなかった。
「――高天原で咲き誇れるように、黄泉の扉を開こう」
 攻撃に転じる切っ掛けとなっていた葬が、攻性植物の身体の中心を捉える蹴りを放つ。
 その一撃に続き、朔太郎が日本刀と惨殺ナイフの二刀の構えのまま、鮮やかな踏み込みを見せた。攻性植物を斬りつけるのに使われたナイフが、いびつな形を元に戻していく。刀を仕込み傘に収め、振り返って距離を取り、攻性植物を見上げた朔太郎は、何も言わなかった。
「もうすぐだからな……っ」
 紅牙が、傷ついている味方を癒す。後方から常に、味方の戦いを見守り続けていた紅牙に、自身が攻撃に加わる必要がないのは見えていた。
「私の次が、最後です」
 黒曜石のナイフを手に、悠乃が静かに告げた。深々と突き立ったナイフが引き抜かれ、傷口に醜い裂傷を残している。流れるような動きで、悠乃が道を開けた。
 春先の夜の寒さだけではない冷気が、エヴァンジェリンの身体に集まっていく。胸元に構える白い刀身の短刀を止まり木に、吐息が形作った白い梟が、翼を広げた。
「その子は、返してもらう」
 刃が振るわれ、梟が飛んだ。鋭い鉤爪が、攻性植物の頭部を襲う。爪が食い入り、そこから広がる厳冬の冷たさが、瞬く間に攻性植物の身体を凍らせ、そして砕いていった。
 蔦が落ち、根は形を失い、やがて冷たい砂となった攻性植物の亡骸から、少女が姿を現した。

●再会
 ケルベロス達の献身的な治療より目を覚ました後も、少女は自分に何が起きたのか、はっきりとは覚えていないようだった。
「頑張ったな」
 紅牙が静かに声をかけ、そっと少女の肩にケルベロスコートをかける。座り込んだままの少女が紅牙を見上げ、不思議そうな顔をした。
「もう、大丈夫ですからね」
 辺りが不意に明るくなった。近づいてくるヘッドライトは、サイレンを鳴らさずに近づいてきた、救急車輌と警察車輛のものだった。
 朔太郎が、立てますか、と尋ねると、少女は頷き返した。朔太郎に紅牙が手を貸し、少女を立たせる。警察車輌から降りてきた母親は、女性警官に支えられていた。
 アトリがしゃがみこんで、少女に視線を合わせた。
「お母さん、もう怒ってないと思うよ。怖いことは何もないから。一生に帰ろう?」
 アトリが少女の手を握る。反対側に付き添うようにして立ったエヴァンジェリンもまた、少女の手を微かに震える手でそっと握った。二人の手を、少女は躊躇いがちに握り返してきた。
 葬が少女の前に回り込み、しゃがんだ。背中へと手を添え話しかけた声は優しい。
「叱られた時は、ごめんなさい。帰る時は、ただいま、だ」
 そう言って立ち上がった葬を少女が見上げた。
「無事、再会できれば、叱られたことも家出したことも、些細なこと。お母さん、待ってますよ」
 ほら。ハリがそう言って少女の背中にそっと押す。アトリ、エヴァンジェリン、ハリ、紅牙の四人が少女を連れていくのを、残る面々が見送る。
 少女が母親の元に辿り着き、何かを言った。母親はただ少女を抱きしめ、少女がその様子に声を上げずに泣き始めるのが見えた。
「よかったの……。これで、ひと安心か」
 手毬がその様子を見て息をつく。御芝居様も、同じ仕草をしている。
「タンポポの花言葉は、別離。そして真実の愛。子は親の元を離れるけど、今はまだ、その時ではない」
「ほう……」
「なるほど」
 手毬と朔太郎が、誰にともなくそう言った葬に驚きを見せた後、笑った。

 笑いあう三人をその場に残し、悠乃が戦いの場へと足を向けた。乾いた砂が攻性植物の名残として残っている。
「デウスエクスが、人を思いやる心を持つことなど、ありはしませんか……」
 川面を揺らす風にさらわれ、消えていく砂を悠乃が見つめる。
「それでも。タンポポを案じる優しき少女の命を、このタンポポは守った。その事実を私は愛おしく感じますから」
 手向けの言葉を言い置き、悠乃は仲間達の元へと戻っていった。

作者:文相重邑 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年4月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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