●鉄聖母メサイアン
謎めいた機械が唸るように振動を続ける。
かつては三重県は四日市にあったコンビナート……そこには人知を超える機械が並べられ、無駄なく効率よく作動し続けていた。
そのコンビナートの一角、機械で出来た壁を前に鉄聖母メサイアンと呼ばれるダモクレスは笑顔を浮かべる。その笑顔は鉄聖母の名に相応しく慈悲に溢れ、それでいて底知れぬ冷たさを感じさせるものだ。
「遅い。弩級兵装の発掘は地球侵略軍の最重要作戦だ。コマンダー・レジーナに出し抜かれてはジュモー・エレクトリシアン軍団の威信に関わるのだぞ。警備の首尾は。発掘はどの程度進んでいる」
彼女が見つめていた機械の壁……弩級外燃機関エンジンの発掘状況について問いただす調整体X1の声に振り返れば、そこには丁度エレベーターから降りて来た防盾X1980と銀麗X552の姿があった。
「……警備に関しては問題ない。発掘施設周辺は常に量産型ダモクレス、タイタンキャノン及びアパタイトソルジャーが哨戒している」
「ただ、発掘には最新の注意が必要だわ。それに、高度な技術も要求される仕事よ。焦って爆発してしまえば、例え発掘できても完全な状態ではないのは明らかだし、もう少し工数を頂きたいわ」
調整体X1の問いかけに防盾X1980が鷹揚に答え、銀麗X552はつまらなそうに一瞥する。
「問題ないようですね。引き続き作業に尽力してください。発掘したあとに弩級外燃機関エンジンを転送する準備はいかがですか?」
防盾X1980と銀麗X552の報告に苛立ったのか、半歩身を乗り出した調整体X1が口を開く前に鉄聖母メサイアンは問題ないと頷き、今度は調整体X1の進捗を確認するように笑顔を向ける。
「万端整いました。いつでも転送可能です」
「それでは、皆さん。万一の場合は不完全でも転送させる事になりますが、それは最後の手段です……素早く、完璧に弩級兵装を発掘する為に、全力を尽くしましょう」
現状は問題なし……鉄聖母メサイアンは仲間たちの言葉に頷くと、満足したように金色の瞳を細め、
「「「ハッ!」」」
3体のダモクレスたちは鉄聖母メサイアンの言葉に応じた。
調整体X1たちが立ち去った後、第一区画に一体残った鉄聖母メサイアンは再びうっとりと弩級外燃機関エンジンを見つめる。
この作戦が成功すれば彼女の望みへ大きく近づくことができるだろう。
「……さぁ、始めましょう」
彼女は望む。人々の機械化による救済を。全ての人々のために……彼女は聖母のように冷たく微笑み、小さくつぶやいた。
●弩級兵装回収作戦
「地球侵攻を続けていた指揮官型ダモクレス達が、新たな作戦を開始したようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちの前に立つと話を始める。
「彼らは、地球に封印されていた、強力なダモクレスである『弩級兵装』の発掘を行おうとしているのです。弩級兵装は、その名の通り、重巡級ダモクレスを越える力を持つ兵装で、『弩級高機動飛行ウィング』『弩級絶対防衛シールド』『弩級外燃機関エンジン』『弩級超頭脳神経伝達ユニット』の4つの兵装が現存しているようです」
弩級や重巡級とは、単にダモクレスの大きさを表すものであって強さと直結するものではないらしいが、重巡級の大きさを考えれば『弩級兵装』なるものの大きさと威力は想像するに難くない。
「全ての弩級兵装が完全な力を発揮すれば、ダモクレスの地球侵攻軍の戦力は現在の数倍から数十倍まで引き上げられると予測されており、このまま見過ごすことは出来ません」
今のダモクレスの戦力が数倍から数十倍になる……あまり考えたくはない状況だ。
「今回の作戦では、弩級兵装の発掘が行われている施設を警護する、量産型ダモクレスに対して別のチームが攻撃を加え、その隙に、複数のチームが施設に潜入し、連携して、弩級兵装の破壊を試みる事になります」
考えたくはない状況だが、打つ手がない訳ではない。セリカはケルベロスたちに頷くと話を続け、
「厳しい戦いとなると思いますが、完全な弩級兵装をダモクレスが手に入れることはなんとしても阻止しなければなりません。可能ならば、弩級兵装の完全破壊。それが出来なくても、弩級兵装に損害を与えて、その能力が完全に発揮できないようにする必要があります」
最悪の事態は、完全な弩級兵装がダモクレスに渡ることだと説明する。
「皆さんに担当してもらう『弩級兵装』は、『弩級外燃機関エンジン』で、この弩級兵装の発掘を担当しているのが、鉄聖母メサイアンをはじめとしたダモクレスとなります」
一呼吸の間を置き、セリカは再び話を始める。
「三重県四日市のコンビナートに埋まった弩級外燃機関エンジンを取り囲むように作られた四つの発掘区画の一つ、そこで鉄聖母メサイアンは弩級外燃機関エンジンの発掘と修復作業を行っているようです」
鉄聖母メサイアンが居る、第一区画と称されるその場所は地中深くに在り、地上からエレベーターを使って降りるしか無いようだ。
「鉄聖母メサイアンは一体で、その場の発掘と修復をコントロールしているようですので周囲に他の敵は居ません」
つまり防衛を突破できれば、鉄聖母メサイアンとの闘いに集中できるということだ。だが、それは相手方も同じ……つまり、敵の隙をついて弩級外燃機関エンジンを破壊することは不可能であり、まずは鉄聖母メサイアンを撃破する必要があるだろう。
「鉄聖母メサイアンは強力な再生能力を持つと同時に、敵対するものを取り込むような攻撃を仕掛けてくる強敵です」
聖母の名に相応しく包容力があるということだろうか……何にしても、再生能力については何らかの対処が必要だろう。
「また、コンビナートの避難は既に完了していますので、一般人が戦闘に巻き込まれるようなことはありませんが……」
鉄聖母メサイアンへの対処に思案するケルベロスたちへ、セリカはさらに説明を続ける。
「『弩級外燃機関エンジン』は非常に危険な弩級兵装である為、誤った方法で破壊してしまうと、破壊による爆発の余波で四日市コンビナート周辺を焦土にしてしまいます」
どうやら『弩級外燃機関エンジン』自体が厄介な代物らしい。爆発事態はグラビティによる攻撃ではないためケルベロスは被害を受けないが、誤った方法での破壊はとてつもない規模の爆発を起こすようだ。
そして市街地の避難までは完了していないため、市民に被害が出る危険性がある。
「第一区画から第四区画までを順番に破壊することで『弩級外燃機関エンジン』は完全破壊できるようですが……鉄聖母メサイアン撃破後、暫くすると『弩級外燃機関エンジン』は転送されてしまいます」
完全破壊の手順は存在するが、それもまた難しい……せめて密に連絡を取り合いたいところだが、
「アイズフォンを初め、あらゆる通信手段が使えないようなのです。唯一、他の区画で何が起こったのかを察知する方法として、正しい順番で区画が破壊されると『弩級外燃機関エンジン』の色が変化しますので、その回数を数えることとなります」
通信手段が無いのだとセリカは首を横に振る。
状況を認識する方法は限られ、決して容易くはない敵を相手取り、時間もない……もし、完全破壊を目指すのであれば綿密な作戦が必要になるだろう。
あるいは、『弩級外燃機関エンジン』を転送される事態を避けるために犠牲を止む無しとするかだ。
セリカは一通りの説明を終えると、祈るように両手を胸元で重ね、
「非常に困難な事態となっています……どのようにするか、皆さんの判断にお任せします」
ケルベロスたちへ判断をゆだねた。
参加者 | |
---|---|
イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025) |
エルボレアス・ベアルカーティス(正義・e01268) |
海野・元隆(海刀・e04312) |
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214) |
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925) |
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318) |
柚野・霞(瑠璃燕・e21406) |
上里・藤(レッドデータ・e27726) |
●
息を潜める……大気に溶け込むように、深く静かに。早鐘のように鳴る心の臓すら止まってしまえと願わんばかりに。
四日市コンビナートの一角に身を潜めた、上里・藤(レッドデータ・e27726)は施設を防護しているダモクレス達を遠巻きに見守りつつ気配を押し殺す。
そろそろあのダモクレス達を惹きつけるために、別部隊のケルベロスが動き始めるはずだ……万が一にでもそれまでに自分達が敵に見つかるようなことがあれば元も子も無い。
失敗は許されないと再び静かに息を吸い込む藤と、意図せず呼吸の間隔が同期していることに気付いた、レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)は思わず青紫色の瞳を細めた。
不慣れのための緊張を滲ませる藤の姿は少しばかり微笑ましい。そして同時に全力で行かなければと言う気持ちを改にさせてくれる。
レイラは自身の気を引き締めるように小さく息を吸い込み、ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)へ視線を向ける。するとレイラの視線に気づいたガロンドは目をダモクレス達の手前へ向けた後、手でその裏側のコンテナを指す。
レイラがガロンドの目を追えば、そこには別部隊のケルベロス達が今まさに誘導を開始しようとしているところだった。レイラはガロンドへ頷くと二人は静かに移動を開始する。
ガロンド達の動きを見た、海野・元隆(海刀・e04312)は景気づけに琥珀色の液体で喉を湿らせ、久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)、柚野・霞(瑠璃燕・e21406)と共に二人の様子を窺う。
少人数で目立たぬように先行して情報を集め、その情報をもとに残りの仲間達が行動する……という作戦。息を殺してじっと見守る元隆達へガロンドがこちらに来いと手で合図を送る。元隆は一度後ろへ振り返り征夫達を確認すると静かに移動を始める。
薄氷の上を歩くような時間が続く中、征夫達がガロンドのもとへと辿り着くと丁度その時コンテナに身を隠して居たレイラが手を振る。
確かあれは戦闘が始まったとの合図だったはずだ……霞がそれを理解するのとほぼ同時に空気の熱量が一気に高まる。
気づかれたのかと身構える霞へ征夫が首を横に振り、元隆が耳を澄ませるような仕草をとる。そしてつられるように霞も耳へ意識を集中させれば移動するダモクレスの足音とそれに混じるような戦闘音が遠くから聞こえた。
誘導部隊が動いたのだ。征夫達の様子を見ながら周囲の状況を冷静に判断した、エルボレアス・ベアルカーティス(正義・e01268)がそう確信するとガロンドが再び手で合図を送ってくる。
移動しながらエルボレアスがダモクレス達の居た場所を確認すれば、その姿が無くなっていた。誘導部隊は上手くやったと言うことだろう……エルボレアス達は、その隙に乗じて素早く移動する。
それから注意深く地下へと続くエレベーターまで進むと、イグナス・エクエス(怒れる獄炎・e01025)は付近に敵の姿がないことを確認し、
「通信手段が使えないのは厄介だが、攻略してやるぜ!」
両手の拳を合わせた。
●
重々しい音を立ててエレベーターが止まり扉が開く。
周囲には良く分からない機械が並べられ、その奥に巨大な機械の壁が見え……その壁を前にしていた女性が腰まで届くような金色の髪を揺らしながらゆっくりと振り返る。
「ようこそいらっしゃいました。私の名前はメサイアン。鉄聖母とも――」
「おまえのような聖母がいるものか」
侵入者であるケルベロス達をも受け入れるように両の手を広げ微笑みながら語りかける鉄聖母メサイアンの言葉を霞は遮る。ダモクレス達がグラビティ・チェイン不足で苦しいのは分かる。彼女達にとっては今のやり方が正義であることも……だとしても人々を機械の体にすることを救済などと謳うこのダモクレスを認めることなど出来ない。
「ブエルよ、50の軍団を統率する地獄の長官よ。癒しの力をかの者に」
霞は大きく息を吸い込むと魔術書「ソロモンの小さな鍵」を開き、その中に記載された悪魔の一柱であるブエルにエルボレアスを癒すように呼びかける……具現化したブエルの力はそのまま知識となって取り込まれエルボレアスの能力を向上させた。
「ご丁寧な出迎えありがとう。これは礼だ、受け取れ」
「こいつを喰らえ! 好きに再生出来ると思うなよ」
捉え方によっては無礼ともとれる鉄聖母の言葉に、お返しだとエルボレアスは対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射しイグナスもまたウイルスカプセルを投げつける。
「足止めさせていただきます。これでどうです?」
周りに撒き散らされたウィルスを嫌がるように身を捩った鉄聖母の足首へレイラは流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを叩き込む。
繊細な刺繍が施された天鵞絨の外套をなびかせ紺青色の矢が如く鉄聖母の足へ突き刺さったレイラの頭上を、エネルギー光弾が通り抜けた。光弾が飛んで来た元を見やれば、そこにはバスターライフルを構えるガロンドの姿があり、
「こいつはおまけだぜ」
光弾を防ごうと両手を伸ばした鉄聖母の脇腹を重力を宿した元隆の蹴りが捉え、その逆側を身を屈めて突っ込んだ藤の刃をジグザグに変形させた惨殺ナイフが突き刺さる。
「ちょっと外法ですが……落月っ!」
そして藤の横を全力で抜けた征夫が鉄聖母の体に腕を巻き付けて旋回し、背後に回るともう片方の手に持った刀で鉄聖母の背中を切りつける。遠心力を利用したその一撃は確かに鉄聖母の背中を傷つけるが……鉄聖母は征夫達の攻撃を意に介した様子すらない。それどころか傷つけた場所がすぐに塞がっていく、まるで全てを飲み込む水のような手応えの無さだ。
「救済を」
切りつけた反動で鉄聖母から距離をとりつつ征夫が思考を巡らせていると鉄聖母は慈愛に満ちたとすら見える笑みを浮かべて足元に居たレイラへ手を伸ばす。
その笑みは本能的な危険を感じさせるものだ……レイラは迷わず地面を蹴ると白い翼を片方だけ羽ばたかせて身を翻し、鉄聖母とレイラの間を割くように元隆が立ち塞がった。
鉄聖母は元隆を包み込むように両手で抱きしめる。一見優しい抱擁に見えるそれだが……抱きしめられた瞬間、元隆の目の前が暗くなり、遠くから生木を折るような音が聞こえた。
元隆が鉄聖母に抱きしめられるとほぼ同時に、禁断の断章を紐解き藤の脳細胞に常軌を逸した強化を施す霞の後ろから、エルボレアスが元隆へと除細動器と医神・薬神の御霊を内蔵した医療機器型縛霊手改式を向け、
「放しやがれ!」
砲撃形態に変形させたドラゴニックハンマーからイグナスが竜砲弾を放つ。鉄聖母の体に直撃した竜砲弾は爆発を起こし、その衝撃で元隆の体が鉄聖母から離れる。
そして離れた瞬間、エルボレアスは魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術で元隆の体を癒し……霞のブエルの力を借りたエルボレアスの緊急手術は、飛びかけていた元隆の意識を呼び戻した。
●
口から滴る赤いものを拭い、元隆はエルボレアスへと軽く手で助かったと合図を送る。
レイラはもう翼を広げて体勢を直すと、イグナスが放った竜砲弾の爆発に包まれる鉄聖母の懐へと踏み込み手にした日本刀を振るう。
日本刀は緩やかな弧を描いて斬撃は鉄聖母の首筋を裂き、続けざまにガロンドがローラーダッシュの摩擦を利用して炎を纏った激しい蹴りを放つ。
放たれた炎は違わず鉄聖母を捉え、それと同時に精神を極限まで集中させた元隆が手を翳すと鉄聖母の胸元で爆発が起こる。
爆風と炎に包まれる鉄聖母をエルボレアスは見つめる……確かに手ごたえはあった、あったのだが……イグナス達の一連の攻撃に動じた様子もなく、爆発の向こう側に見える鉄聖母の顔は変わらずの笑みを浮かべている。
何か方策を考えるべきかと征夫が瞬きほどの間、思考を巡らせていると、征夫の前へ藤が駆け込む。
……畏怖。台風への畏怖。即ち大雨と豪風への恐怖。古代より人類が体験してきた破壊の記憶。原始的な信仰心。それらを核にし一つ目の竜であるイチモクレンの畏れを、藤はグラビティで形成する。そして無色透明な風の塊である竜として表現されるイチモクレンは藤の足に渦巻いて、
「畏れろ」
短く言い放つと同時に、藤は凝縮されたそのエネルギーを籠めた蹴りを真正面から鉄聖母へと叩き込んだ。藤の足が鉄聖母へ触れた瞬間、膨大な風と水による大破壊が生み出だされ、追撃とばかりに風と水に飲み込まれる鉄聖母へ向けて征夫がアームドフォートの主砲を一斉発射する。
「今のを受けて、その程度ッスか」
自ら起こした風に乗るように飛び退き、鉄聖母から距離をとった藤は独り言のように呟く。今のは悪く無かった……悪く無かったはずだが鉄聖母は、ほんの少し驚いたように口を開いただけで、すぐに元の微笑みを浮かべている。
「このまま続けましょう」
しかし、征夫は気づく。一見攻撃が効いていないように見える鉄聖母だが、その足元には彼女と同じ色の飛沫が散っていることに。飛沫はほんの一時その場に留まると蒸発するように消えてしまったが……先に傷口が液体のように塞がると合わせて考えれば文字通り鉄聖母の体を削っていると思って良いだろう。
「痛みを感じないのか、平静を装っているのか、どちらにしても無傷ではないってことだねぇ」
青色の瞳で値踏みするように鉄聖母を見つめ、ガロンドは征夫に頷く。傷を負わせられるということは何時かは倒せるということだ、ただ相手より先に自分達が倒れてしまっては意味がない。
「調整は、厳しいですね」
そして、どう見ても手を抜いて戦える相手ではない……故に、鉄聖母を撃破する時間を調整するという目的は難しいだろうと、霞は奥歯をかんだ。
鉄聖母が両手を広げると、その動きに呼応するように翡翠色の翼が膨張して霧散していく。霧散したはずの翼はイグナス達を取り巻くように凝縮し、やがて翡翠色の煙となって彼らを飲み込んでゆく。
「譲れない願いがあるのならば、私が力になりましょう」
体を内部から浸食するようなその煙にイグナス達が頭を抱えて悶えていると、鉄聖母は相変わらずの笑みを浮かべたまま優しく穏やかな口調で願いを叶えるための力になろうと謳う。
「だから人間やめろって?」
元隆は体中の細胞が浸食に抗っているために吹き出る汗を誤魔化すように、やれやれと息を吐く。鉄聖母の言う力とは人を機械の体へ変える行為のことだろう。確かに力は入るかもしれないが、
「そんな力で叶った願いに何の意味があるというのです!」
そんな願いの叶い方に意味はないと、拒否するようにレイラはウィルス入りのカプセルを鉄聖母に投げつける。
「ただのメディカルレインだと思うなよ――」
再び撒き散らされたウィルスを嫌がるように後ろへ下がった鉄聖母を見つめつつ、エルボレアスが大神御手を頭上へ掲げると特別な薬液の雨がイグナス達の上から降り注ぐ。降り注ぐ薬液の雨によってイグナス達の傷を癒し同時に翡翠色の煙は払われ、再び鉄聖母の背中で集まって翼となる。
「あんたのそれはただの悪夢だよ」
そして煙の紛れるように伸ばした藤の如意棒が鉄聖母の胸元へ直撃すると……鉄聖母の表面に小さな亀裂が走った。
●
切り結ぶこと八度。鉄聖母の攻撃は致命傷にこそ至っていないが、何時誰が倒れてもおかしくない状況だ。そしてイグナス達の攻撃は通じているようだが、
「またか」
鉄聖母が祈るように両手を合わせると、一瞬で亀裂が再生されるのだ……否、それでも徐々にその再生されない範囲が広がっているようには見える。見えるのだが相も変わらず鉄聖母の表情は変わらない。
「トップギアで行かせてもらうぜ! これが俺のアクセラレーションファントムッ!」
イグナスは炉心のエネルギー出力を高める事で全身の反応速度を一時的に跳ね上げ、尚且つ地獄の炎を推進力とする。陽炎現象をも引き起こすほどに活性化した体は己が傷をも癒した。
己が傷を癒すイグナスへ変わらぬ笑みを向けていた鉄聖母だが……何かに気付いたかのようにその表情が僅かに曇る。
「私は鉄聖母メサイアン。人々を救済することこそが私の望み……」
だがそれも束の間のこと、再びイグナス達へ向けられた視線は狂気じみた慈愛に満ちたものに戻っていた。そして愛しい我が子を求めるが如く、両手を広げてガロンドを抱きしめる。
「世迷言を」
鉄聖母の真横へ踏み込んだ霞は冷たく言い放つと同時に、ガロンドを抱きしめがら空きとなった脇腹へ、Gladius Clari Adamantisと名付けた日本刀を納刀状態から一瞬にして抜刀する。
鉄聖母から切り取られた藍色の飛沫が飛び散る中、エルボレアスがガロンドの背中を支えるように手を添えて、そのまま強引に傷を蘇生させる。
「思い通りにはならないぜ! 区画諸共スクラップにしてやる!」
それでも手を離さない鉄聖母へ、イグナスがドラゴニックハンマーから竜砲弾を放ち、レイラはニンファエア・カエルレアを回して宙に円を描いた後に杖の先で地面をたたく。
「無慈悲なりし氷の精霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
すると鉄聖母の真下に巨大な魔方陣が展開され、竜砲弾の爆発に揺れる鉄聖母を水柱に飲み込む……鉄聖母を飲み込んだ水柱はそのまま氷の柱となり、鉄聖母の体を抉りとりながら崩壊する。
「主張はなんら間違ってない。確かに救い主なんだろう」
それでも腕を放さない鉄聖母の背中へガロンドもまた腕を回し、普段は決して見せない黄金に輝くルーン文字の刻まれた爪をアドウィクスの力で両腕に具現化して突き立てる。
誰かにとっての救い主は誰かにとっての邪魔ものなのかもしれない。多くの英雄達の姿を思い浮かべ、二か月前の僕なら、仲良くなれたかもな。とそんな言葉をガロンドは耳元でささやいた。
それからガロンドがそっと鉄聖母の腕をふりほどくと、鉄聖母の体がぼろぼろと崩れ出す……鉄聖母は崩れゆく己が体を変わらぬ笑みを浮かべながら見つめ、
「貴方たちを救済できたことが、私の誇りでした」
少しだけ寂しそうにどこか遠くを見ながら、そう呟いて――空気に溶けるように消えていった。
「弩級兵装か、でかいってのは確かに浪漫だが」
鉄聖母の最後の言葉を聞かぬうちに元隆は施設の破壊を開始する。鉄聖母を倒した以上、この弩級兵装が転送されるまで間がないのだ。
「予定よりわずかに早まってしまいましたが」
元隆と同じく、征夫もまた施設へ攻撃を始める。相手を倒すより生かし続ける方が余程難しい。それに敵の援軍がいつ来るかもわからない状態では思い通りに事が運ばないのも仕方がないだろう。
「さっさと壊して引き上げるッスよ」
一行は藤の言葉に頷き素早く施設を破壊すると、他の施設へ向かった仲間達の成功と無事を祈りながら、その場を後にした。
作者:八幡 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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