弩級兵装回収作戦~シールド防衛、境界を彷徨う者

作者:高畑迅風

 見渡す限りの自然。広大な緑の中に、ざわざわと木の葉が擦れあう音だけが響く。その音は日が差し込まない森の薄暗さと相まって、不気味な様相を見せる。
 カサリ、と音がした。
 一匹の野良猫が草むらから這い出て来た。まだ子猫のようで、弱々しく鳴きながら獣道を歩いている。
 と、猫の歩みが止まった。行く手を何者かが遮ったのだ。
 その何者かは人間の男の姿をしているが、全身を黒い甲冑のような装甲に包み、堅く結ばれた口元しか露わになっていないため、表情もまったく見えない。
 というよりむしろ、その男には一切の感情が抜け落ちているかのようだった。
 子猫は男に向かって全身の毛を逆立て、必死に威嚇した。男は怯むことなく近づいて来る。
 身の危険を感じたのか、猫は身体を急に翻して男から逃げようとした。しかし、その先には同じ姿の男が既に待ち構えていた。
 子猫はいつの間にか同じ姿をした無数の男たちに取り囲まれていたのだ。
 次の瞬間、森の中に巨大な機械音がいくつも鳴り響くと同時に、驚いた鳥たちが一斉に木々から飛び立った。
 やがて、男たちは何事もなかったかのように散開し、薄闇の中に紛れていく。
 その場に残されたのは、骸と化した子猫だけだった。

「指揮官型ダモクレスたちが新たな動きを見せているようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は重々しく口を開いた。
「彼らは、地球に封印されている強力なダモクレス、『弩級兵装』の発掘を試みています。弩級兵装というのは名前が示すように、重巡級ダモクレスよりも大きな力を持っています。現在、『弩級超頭脳神経伝達ユニット』『弩級高機動飛行ウィング』『弩級外燃機関エンジン』『弩級絶対防衛シールド』の4つが確認されており、これら全てをダモクレスたちに利用されると、ダモクレスの戦力はおおよそ数倍から数十倍に跳ね上がると思われます」
 セリカの口調は重みのあるものだが、彼女の表情からはケルベロスを信頼していることが見て取れた。
「今回、ダモクレスの目論見を阻止するため、弩級兵装の発掘を行っている施設に別の複数のチームが潜入し、弩級兵装の破壊を行うことになっています。ですが、施設に潜入するには、施設の周囲を警護している『量産型ダモクレス』を切り抜けなくてはなりません」
 セリカは言葉を続けた。
「そこで皆さんには、量産型ダモクレスを引きつけ、施設に潜入する隙を作ると同時に、ダモクレスと戦い続け、施設に潜入したチームにダモクレスの増援が向かわないようにしてほしいのです」
 と、一気に話しきった後、セリカの表情が一瞬だけ曇った。
「ただ、量産型ダモクレスは無尽蔵に現れるので、撤退を余儀なくされることもあると思います。いかに長く戦い、撤退を遅らせるかが作戦の焦点となるのではないでしょうか」
 そう言ってから、セリカは首を振って不安げな表情を振り払うと、作戦の説明に移った。
「最初に10体以上の量産型ダモクレスを引きつけることができれば、警護の隙を突いて施設に潜入することができます。また、戦闘が始まると、3分毎に最初に引きつけた数の半分にあたるダモクレスが増援として加わります」
 セリカの説明が続く。
「最初に引きつけるダモクレスの数は、多すぎると潜入するチームの作戦は容易になりますが、消耗が激しくなってしまいます。逆に少なすぎると、潜入が難しくなりますが、長く戦い続けることができます。どちらを優先するか、よく考えて作戦を立てるのが良いと思います」
 セリカは説明を終えるとケルベロスたちを見た。彼らの瞳には、意志と覚悟が宿っている。
 その瞳を真っ直ぐに見つめながら、セリカはケルベロスたちを鼓舞した。
「皆さんのサポートは、潜入チームにとって大切なものです。私は皆さんのこと、信じています」


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)
クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)
ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)
リョウ・カリン(蓮華・e29534)
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)

■リプレイ

●誘い出す者たち
 暗い森の中に、8つの陰が輪郭を持ち始めた。
 ケルベロスたちは八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)、柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)、ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)の3人を中心に、横方向に広がりながら隊列を組んでいた。
「敵はある程度分散しているようだな」
 史仁は周囲を確認しながら仲間たちに情報を伝えた。
「おう、それなら派手にぶちかますとしようぜ」
 ジョーの促しに応じ、ケルベロスたちは弩級兵装の眠る洞窟に近づいた。施設の入り口である洞窟の付近には、機械の兵士たちが徘徊していた。
 その兵士のうちの1体を、ケルベロスの攻撃が貫いた。
「俺が進む道だ。通してもらうぜ」
 先手を取ったのはジョーだ。
 彼がダモクレスに向かって電光石火のごとき攻撃を加え、やや遅れて史仁は別のダモクレスを超自然的な力で押さえ込む。
「キミたちに恨みはないけど、そこ……どいてもらうよ」
 アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が貼り付けたような笑みを浮かべながら、敵に疾駆し、強烈な蹴りを浴びせた。
「道をあけてください」
 東西南北の投げキッスが紅紫色の光線となって放たれ、ダモクレスの身体を貫いた。それは彼のグラビティ、『チェリーボーイ×クラッシュキッス』である。
 ダモクレスの敵意が明確にケルベロスたちに向けられ、迎撃を始めようとした瞬間、ケルベロスたちは動き出した。
「邪魔はさせないよ」
 攻撃を仕掛けつつ、アルベルト・アリスメンディ(ソウルスクレイパー・e06154)がダモクレスたちに言い放った。
「私について来れる?」
 その挑発とも取れる言葉とともに、リョウ・カリン(蓮華・e29534)がダモクレスたちの死角から現れ、敵の急所を突いた。彼女の俊敏な身のこなしは、ダモクレスたちに反撃を許さなかった。
「さぁ、輪舞曲の始まりだ」
 ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987)が戦いを演出し、仲間たちを鼓舞した。
 ケルベロスたちは兵士たちに攻撃を仕掛けると、少しずつ移動を始めた。
 まるで弩級兵装のある洞窟へ向かおうとしているかのように見える彼らは、実際には洞窟からは離れていたのである。
 そうしてダモクレスたちの注意を引きながら、ケルベロスたちは徐々に洞窟の入り口から離れていった。

●戦意
 10体のダモクレスが、ケルベロスの攻撃によって引きつけられていた。
「これなら、潜入班も上手くやれるだろうね」
 ティティスが呟いた。
「あとはできるだけ長く持たせるだけだよ」
 アルベルトが言う。
「なに、幾ら敵が来ようとも、全て破壊すればいいのじゃろう? 単純なことよ」
 クライス・ミフネ(黒龍の花嫁・e07034)は笑って答えると、恐れることなく敵に向かって疾走した。
「森羅万象の理、万物全てを征す。一天四海を絶ち、神仏閻魔を挫く……ッ!」
 クライスは目にも留まらぬ速さの斬撃を無数に放つ。その次の刹那、敵の身駆がまばゆい幾多の斬撃によって切り裂かれた。
「その命、どこまで輝くか」
 史仁が間髪を容れず手を前にかざし、地中から浮かび上がった幾つもの屑星をダモクレスに向かって浴びせた。
 それらはダモクレスに衝突して爆発し、ダモクレスの身体を吹き飛ばす。
 それを追撃すべく、リョウが駛走した。
「陰を守護せし影の虎、その牙で精神を砕け!」
 彼女の左手には虎の形をした影が纏い付き、その影が巨大な口を開けてダモクレスを飲み込まんとする勢いで襲い掛かった。リョウの『陰虎影牙撃』は、ダモクレスの身体をすり抜けたが、それは物理的な攻撃ではなく、敵の精神への攻撃であるからだ。
 ダモクレスはその攻撃に耐えられず、瞬間後ろに仰け反った。
「あはっ、隙だらけだねー?」
 アンノがすかさず『反転世界・【極壊】』を唱えると、敵の周囲の空間が消滅し、その衝撃が敵に甚大な損傷を与えた。
 続けてアルベルトが放った攻撃がダモクレスを貫いたが、別のダモクレスが彼に突撃してきた。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るな」
 ジョーがダモクレスの前に立ち塞がり、アルベルトを庇うように攻撃を受け止めた。
「助けてくれたんだね、ありがとう。……それにしても、敵がこうも多いと余裕がないね」
「そうかもしれない。けれど、生憎僕は今の生活がなかなか気に入っているんだ。こんな事で奪わせはしない」
 ティティスは決然と答えた。
「おう、頼りにしてるぜ。さぁ、根比べといこうじゃねえか」
 ジョーが口の端をわずかに吊り上げる。それは強がりのようだが、彼の強い意志の発露であるのだ。

●持久戦
 ケルベロスたちの攻撃は続いた。
「元いじめられっこでも、へタレで弱虫泣き虫なひきこもりオタクでも、許せないことはあります。ボクにはボクの正義があるんです」
 東西南北が独白のように呟きつつ、ダモクレスの体躯を貫き、1体を撃破した。
「それでいいじゃないか。僕は出来ることを目一杯頑張ることにするよ」
 アルベルトがそれに応えるように、仲間たちを治癒した。
 しかし、その1体を撃破したのとほぼ同時に、増援が5体姿を現した。敵の数は14体となった。
「まったく……キリがありませんね、本当に」
 東西南北はややため息を吐きながらも、前線で奮闘を続けた。
「さて、危急のときこそ本当の力が発揮できるというもの。今がその時じゃろう?」
 クライスが砲撃を放ち、敵の動きをわずかに鈍らせる。ケルベロスにとって、それは十分なハンディキャップとなり得るものだ。
「良い支援だ」
 史仁が一歩踏み込み、瞬時に加速すると、ダモクレスに音速を超える拳を叩きつけて吹き飛ばした。
「リョウ!」
「いつでもいいよ!」
 ジョーの呼びかけに、リョウが答える。ジョーはそれを聞くと駆け出し、その直後にリョウが続いた。
 ジョーが槌を振り、敵に重い一撃を見舞った次の瞬間、敵には見えない彼の背後からリョウが跳び、敵を足蹴にした。
 その連撃がダモクレスをまた1体撃破した。
「良い調子だねー。ははっ、ボクも負けていられないね」
 アンノが笑って敵を蹴り飛ばした。
 ケルベロスたちの激戦は尚も続いた。
 彼らは1体ずつ集中攻撃で敵を撃破していった。それは頭数を減らして受けるダメージを緩和し、できるだけ長く戦闘を続けるという面で功を奏した。
 それでも敵が増えるペースはケルベロスたちが倒すペースよりも早かった。
 敵が増えるほどに、戦況は徐々に悪化していったが、それでも前線が維持できていたのは東西南北のサーヴァントである小金井や、ティティス、アルベルトが回復に努めていたことや、前衛後衛を問わず窮地に陥った仲間を助け合っていたことが大きかった。
 既に、戦闘が始まってから数分が経ち、再び増援が現れた。敵の数は18体。
「あはっ、同じ敵が何人も何人も……いい加減見飽きたんだよね」
 アンノは笑みを崩さないが、余裕があるわけではなかった。
「さて……まだ戦は終わらぬか。ならばこの身を尽くして戦うのみじゃ」
 クライスは苦痛で顔をしかめたが、刀を振り、敵と戦い続けた。
「無理しすぎちゃいけないよ」
 そんなクライスにアルベルトは自らの分身を纏わせ、治癒を行った。
「皆で帰るんだ。誰も、死なせたくない」
 ティティスが迫るダモクレスに雷を放った。それは光とともに迸り、ひとつの激流となって敵に降り注ぎ、そのダモクレスは動かなくなった。
 しかし、ダモクレスたちの勢いが止むことは無い。さらなる増援がケルベロスたちを苦しめた。敵の数は22体にまで増えている。
 と、ダモクレスの一撃がクライスに迫る。そこに、東西南北が割り込んだ。
「こんな僕でも、最後まで悪あがきができるんです……!」
 東西南北は敵の斬撃を受けとめようとしたが、受けきれずに大きく後方に飛ばされた。彼はそのまま意識を手放し、立ち上がらなかった。
「……っ」
 ティティスは唇を噛んだ。
 仲間が倒れたことは、たとえそれが死ではなくとも様々な感情を揺り起こすが、そんな中でも戦いは続いている。彼は東西南北が敵から狙われないよう注意しつつ、再び傷ついた仲間の回復に専念した。
「俺も悪あがきを続けよう」
 史仁はダモクレスの攻撃をかわしつつ打撃を敵に打ち込む。
「ははっ、キミはもう死んだ方がいいね」
 アンノが再び2つの領域を同時展開して空間を消滅させ、ダモクレスを1体倒した。
「ようやく4体だね」
 リョウが呟く。その表情には苦悶が浮かんでいたが、それはリョウだけではなく、ケルベロスたち皆がそうだった。
 そして、ダモクレスの4度目の増援が訪れる。敵の数は26体になった。

●限界まで
「12分経ったけど、どうするのー?」
 アンノが呼びかける。
「悪いな、根気が持つまで粘らせてくれ」
「『半数が戦闘不能』になったら撤退だったからね」
 ジョーとアルベルトが答えた。
「だが、あと少ししか持たないだろうな」
 史仁もダモクレスを押さえながら答える。
「それでいい。限界まで耐えればいい」
 ティティスが回復に全力を注ぎながら言った。
 が、ダモクレスはケルベロスたちの必死の応戦を嘲笑うかのように、無慈悲に次々と攻撃を繰り出してくる。アルベルトにも、その攻撃が迫る。それを食い止めたのは、ジョーだった。
「くっ……アンノ! お前なら……お前ならできる! 気合を入れろ!」
 彼は死力を尽くして叫んだ。それにアンノが応えた。
「ボクならできる、かぁ……あはっ」
 彼はジョーが食い止めているダモクレスを全力を込めて蹴飛ばした。それがアンノなりの応じ方だ。
 そして、ジョーはゆっくりと倒れた。彼の表情はどこか安堵を含んだようでもあった。
「まだ……この身が、潰えることはない……ッ!」
 クライスが力を振り絞って叫び、アンノが蹴り飛ばした敵を縦横無尽に切り裂いた。
「私は私の役目を全力で成し遂げるだけ……!」
 リョウの体も、もはや限界に達していたが、彼女はそれを感じさせない速さで敵に接近すると、渾身の一撃を浴びせた。
 それがダモクレスの最期となり、敵の数は25体に減ったが、前衛で奮闘する彼女らに、ダモクレスたちの攻撃が集中した。リョウとクライスは、その猛攻を受けて倒れた。
 これ以上の継戦は無理だ。そう判断した史仁は叫んだ。
「撤退する!」
 その声と同時に、アンノが携行型閃光照明弾を放ち、ダモクレスたちの目を一瞬だけくらませた。動けるケルベロスたちは、その間に戦闘不能になった仲間たちを抱え、一挙に戦線から離れた。
(「これで……十分だっただろうか」)
 自身も傷つき、意識を保つのがやっとである中、ティティスはそんな事を考えていた。
 動けない仲間を背負って撤退するケルベロスたちが祈っていたのは、潜入した仲間たちが作戦を成功させること、そして無事に生還することだった。

作者:高畑迅風 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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