さくらひらひら

作者:陸野蛍

●あの日のさくら
「……大きくなったなあ……お前も、俺も」
 青年は、ピンクの花弁を枝いっぱいに付けた桜の木にそう話しかける。
 その1本の桜は、元々青年が小学校の卒業式の時に市から卒業の記念品として、渡された1本の苗木だった。
 彼が卒業の日に貰った時は、70cm程の大きさしか無かったが、今となっては、青年が見上げる程の大きさに成長し、立派な桜の木となって美しい花を咲かせている。
「……時間が、それだけ経ったってことなんだろうな」
 青年が呟きながら缶コーヒーを飲もうとした時だった。
 桜の枝が『シュルシュル』と伸びると、青年を捕まえ、愛する我が子を抱きしめる様に、己が身へと取り込んでいく。
 愛する青年を取り込んだ桜は、ピンク色の花弁を更に美しく色づけていった……。

●さくらが彼を愛した故か
「『爆殖核爆砕戦』が勝利に終わってから、それなりに経つけど、攻性植物の侵攻は未だ終わっていない」
 ヘリポートに現れると、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、そう話を切り出した。
「九州南部の田舎町で、1人の青年が攻性植物の侵略寄生の胞子を浴び、攻性植物と化した1本の桜に取り込まれると言う事件が発生した。みんなには、この桜の攻性植物の撃破、そして可能なら取り込まれた青年の救出をお願いしたい」
 攻性植物の撃破自体はケルベロス達の力をもってすれば、さほど難しくないが、青年を攻性植物から救出しようとした場合はその成功難易度が跳ね上がる。
 何故なら、攻性植物を普通に撃破した場合、同時に青年の命も奪ってしまう。
 青年を救う方法は、攻性植物にヒールをかけながら戦い、ヒール不能ダメージを蓄積させ、攻性植物だけを撃破するしかない。
 その間も攻性植物は攻撃を続けて来るので、攻性植物との我慢比べ……長期戦になる事は間違いない。
「けれど、青年の救出を優先するがあまり、攻性植物に敗北もしくは逃走されてしまえば、更に多くの被害を生んでしまう。だから、青年の救出が不可能と判断したら……自分達が最善と思う手段を取って欲しい」
 雄大の言葉の意味、それは『青年の救出が無理なのであれば、青年ごと攻性植物を撃破してくれ』……そう言うことだ。
 雄大とて、誰一人犠牲を出したくないだろうが、犠牲者の数を天秤にかけた時、大きく天秤が傾く未来は選び取れない……それが、人々を救うケルベロスの役目なのだから……。
「攻性植物『さくら』の説明な。さくらは、既に地から根が外れ青年を取り込んだことで二足歩行が可能。大きさとしては3~4mって所だな。枝いっぱいにピンクの桜の花を咲かせている。攻撃手段は、枝いっぱいに咲いている桜の花弁にグラビティを込めて桜吹雪とする広範囲攻撃、小さな桜の花を小型爆弾として近距離の相手に一斉に降らせる攻撃、最後に桜の枝を鋭い槍に変えて突き刺してくる攻撃の三つになる」
「雄大、周囲の被害は考えなくていいのかのう?」
 他のケルベロスより頭一つ背の高い、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)が手を挙げると質問を投げかける。
「この桜が植えられていたのは、青年の家族が所有する大きな畑の端の方だから、周囲100mとかに被害を及ぼす様な大規模なグラビティを使わない限りは、問題無いと思う。この桜が咲いた時に、周りに何も無い方が美しく咲いてくれるかなって感じで、植える場所を決めたみたいだから」
 小さな桜が大きくなり、花を咲かせるのを夢見、見事花開いたにもかかわらず、攻性植物になって一緒に成長した青年を取り込んでしまったと言うのは、ケルベロス達の胸を切なくさせる。
「今回、侵略寄生された桜は、青年が小学校の卒業式の日に、記念品として配られたものらしくって、自身の成長と共にその桜も成長し、二十歳と言う大人になった年に初めて花を開かせた桜らしい。青年にとって、一緒に成長してきた証の様な桜なんだと思う。攻性植物と化した桜はもう救うことは出来ない……けれど、青年にはまだ未来がる。例え桜から救え出したとしても、青年には傷が残るかもしれない。……それでも生きていて欲しいと俺は思うから、みんなが彼の心を支えてくれると嬉しい。……頼むな」
 言って雄大は、切なげに笑った。


参加者
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
シア・ベクルクス(秘すれば花・e10131)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
デニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865)
氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)

■リプレイ

●桜咲きけり
(「この手の依頼は幾度目か……」)
 九州南部の田舎町で、ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)は、これから赴く任務に想いを馳せる。
「……以前と全て同じと気は緩めないように……過信はせず」
 ヴェルトゥ達が受けた依頼は、攻性植物と化してしまった『桜』の撃破……そして、可能ならば『桜』がその身に捕えてしまった『青年』の救出だ。
「……共に生きて来た証、か」
 紫の双眸を細めながら、デニス・ドレヴァンツ(シャドウエルフのガンスリンガー・e26865)は、桜が植えらている筈の畑の方を見やる。
 まだ『さくら』自体は確認できないが、既に攻性植物と化してしまっているだろう。
 青年が取り込まれる前に『さくら』に接触する事も出来る……だが、それでは予見された未来が変わってしまい、惨劇を防ぐ事が更に難しくなってしまう……。
 だからこそ、未来が分かっていても『未来の確定』が行われるまでは、ケルベロス達は動く事が出来ない。
「……幼い頃から一緒に育った桜……それが異形の物となった悲しさは推し量れないでしょうね」
 本来なら笑顔の似合う少女、氷岬・美音(小さな幸せ・e35020)の表情にも憂いの影が落ちている。
 美音も田舎育ちの少女だ。
 自然に触れ、澄んだ空気を吸い育った美音の心に、この場所が少しだけ懐かしさを生む。
「……せめて、青年だけでも助けてあげたいですね」
 リボンで結んだ長い紫の髪が風に流れるのを気にせず、美音は言う。
 攻性植物と化してしまった『さくら』を救う術は、その命を断つことでしか出来ないのだから……。
 深紅の瞳に白い肌、普段は元気な兎の様に跳びはねる事を意識している、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)も、相棒のウイングキャット『ねこさん』を抱え少しだけ不安顔だ。
「うずまき様、その様な顔では、救える命も救えませんわよ♪」
 普段と変わらぬ、紫の瞳にうずまきを映し、琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が笑顔で言う。
「う、うん。そうだよね……淡雪さん!」
「そうですわよ~……あ、咲様~♪ 今回も一緒に、お仕事頑張る事に致しましょうね~♪ それでですけれど……上手くいきましたら、ご褒美なんて欲しかったり致しまして~……」
 答える淡雪だったが、周囲を調べに行っていた、野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)の姿を見つけると、ピンクのフレアドレスの裾を指先でつまんで、一目散に駆けて行く。
 そんな淡雪の姿に、うずまきは思わず『クスリ』と笑みを零す。
(「淡雪さんのああいう所……ちょっとだけ羨ましいなあ。大人の女の人なのに、自分の気持ちに素直だもんね。……咲さん、気付いてないって事は無いよね?」)
 訊ねる様に、ねこさんの顔を覗けば『なぁ~ん』と興味なさげに一声鳴く。
 その姿に、うずまきは少し心が穏やかさに包まれ、自分が成すべきことを改めて自覚する。
「皆様、あちらにピンク色の花弁が流れるのが見えました。予想時刻と一致します。攻性植物として『さくら』が動き出したと思われます。私達も参りましょう」
 碧の瞳を『さくら』の方向へ向け、事務的に聞こえる声で、ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565) が、仲間達に言う。
 変わらない表情、飾り気の無い言葉……傍から見れば、ラズはあくまでケルベロスとしての任務をこなしに来ているだけの様に見えなくもない。
 だが、相棒である、救急箱型ミミックの『エイド』にだけは、分かっていた。
 ラズが攻性植物となってしまった『さくら』を倒す事でしか救えない事に悲しみ、それでも青年だけは必ず救いたいと思っている事を。
 ラズは瞳に映るものだけが優しさでは無いと教えてくれた……だからこそ、エイドも相棒として役に立ちたいと思う。
 それぞれの思いを胸に、ケルベロス達は数分の後『さくら』と対峙する事になった。
 既に件の青年は『さくら』に囚われ、樹木の檻の中で意識を失っている。
「『桜切る馬鹿』……と言う言葉も有りますが、こうなってしまっては、致し方ありませんわね」
 気乗りした様子を見せず、シア・ベクルクス(秘すれば花・e10131)が呟く。
(「取り込まれている青年を連れて行こうとしているのは、あくまで『攻性植物』……大切にされていた、あなたの本意ではない筈ですわよね? ……せめて、あなたの兄弟とも言える、青年だけでも助けて見せますわ……だから」)
「桜さん、力を貸して!」
 思念が伝わればと、心の中で『さくら』に語りかけ、シアは言葉を乗せて『野紺菊』の鞘を抜くと、刀身に月を想わせる光を映し、さくらへ向かって一閃する。
「攻性植物『さくら』その方は救わせて頂きますわね」
「この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ」
 舞い散る春の草花が忍の詠唱に乗せられたグラビティにより、術者……樒・レン(夜鳴鶯・e05621)の分身体となると、一斉にさくらを包囲する様に攻撃を繰り出す。
 そして分身が全て大きく後ろに跳躍し、1人のレンに集束するとレンは頭巾の下の口元から、口上を述べる。
「夜鳴鶯、只今推参。……春に咲きし桜に罪は無いが、世に仇成すとなれば話は別。最後の桜吹雪、俺達の心に留めおいてやろう」
 レンとて分かっている、他に救う手段が無い為の殺生である事を……。それでも『小夜啼鳥』として、無辜の民草が謂われなく命を奪われる事など、あってはならない。
 だから……。
「この忍務……必ず成し遂げる」
 レンの決意の言葉が風を呼び、さくらの花弁が空に舞うと、ケルベロス達はそれぞれの得物に手をかけた。

●桜麗し
(「……連携第一……包囲陣形」)
 さくらに逃走を許さず、仲間達と共に青年を救い出す……頭の中で繰り返しながら、うずまきは右手の縛霊手に力を注ぎこみ、さくらに強烈なパンチをぶつける。
 その時、前を固める者達に向けて、幾つものの桜の花……いや、グラビティを得『桜の爆弾』となった物が降り注ぐ。
「綺麗な桜が人を襲うなんて……本当は、あっちゃいけないんですっ! みんなは、美音が守って見せます」
「当然、俺も思いは同じ。皆を守って、青年も返してもらおう」
 美音とヴェルトゥが身体を張って、桜の爆弾を受け止める。
(「立派な桜を傷付けるのは、忍びないが……人命には換えられない。桜よ、約束しよう……取り込まれた男性は必ず助け出すと」)
 心で誓い、ヴェルトゥは攻性植物を『蔓触手形態』に変え、桜に巻きつけるように締め上げる。
「聞こえていますか? 必ず、その桜の檻から出してあげますから、あなたは生きる事だけを考えて下さいね……オウガメタルよ、美音に力を貸してね!」
 さくらの中の青年に声をかけながら、美音は硬化した白銀の拳をさくらに打ちつける。
「現に姿を見せよ、磨羯宮の聖域」
 怪魚マカラが跳ね山羊座を守護とする聖域を呼び出すと、レンは仲間達にその聖域の力を解き放つ。
「皆様序盤は、攻撃に特化しても大丈夫かと思いますが、青年の命は救わなければなりません。ダメージ計算をしながら回復……ヒール不能ダメージの蓄積に移行して下さいね」
 言いながらもラズは、流星の光を全身に浴び、さくらを蹴り上げる。
「分かっておりましてよ、ラズ様。その為にも……桜の動きを制限する事も必要ですわね。咲様もよろしくて?」
 後ろからの攻撃に徹する者達に、集中力を高めるオウガ粒子を放出しながら、淡雪が問えば、横に立つ咲次郎は頷き、桜の根元で生命力の爆発を起こす。
「わしの攻撃は、威力的には大した事無いからのう。さくらの弱体……しっかり務めるわ」
 仲間達が戦闘力では数段劣る自分に何を求めているか理解した上で、咲次郎はさくらの動きに注意を払う。
(「長い時を経て……咲いた花を散らせるには惜しいが――返して貰うよ」)
「――彼は、まだこちら側のものであるはずだから」
 石化の魔力を放ちながら、青年の解放を願うデニスは、一方で……灰色の髪に振り落ちる桜の花弁を美しいと感じる。
「薄桃の花弁か――幻想的で美しいね」
 どこか愛おし気に、デニスは呟く。
 亡き妻が残してくれた愛娘が、この薄桃の花弁を見れば、きっと……『綺麗』と言うだろう。
 それでも、この桜の生を閉じる役目を引き受けた以上、デニスは強く黒鎖を握る。
「桜と鳳仙花……咲く時期が違えば共演するのも難しいですわよね。美しさを愛でたい所ですけれど、あなたの命を削る為に咲かせて頂きますわ。……さあ、弾けましょう」
 魔力を高めるとシアは、大量の鳳仙花の実を桜の回りに生み出すと、鳳仙花の爆発を連鎖させる。
 その爆発を受けても、さくらの幹には大きな傷が付いた様子は無い。
「……ここからが本番と言う事ですね」
 さくらだけを倒し、青年は必ず救いだす……皆で決めた事を完遂させる為に必要な事は、全てを見極める事。
 ラズはレプリカントの瞳で、しっかりとさくらの力を見定めるのだった……。

●桜舞い散り
「……大丈夫」
 アガサが白き癒しを、さくらの桜吹雪を受けた、淡雪と咲次郎に向けて放つ。
「すまんのう、アガサ。レンには、前線の癒しに徹してもらった方がええからのう」
 素直に礼を言う咲次郎に、少しだけ笑みの形を作った唇でアガサは言う。
「……あんたが倒れると淡雪が泣くから、ね」
「は?」
「アガサ様!?」
 アガサの言葉に、慌てた様子を見せる淡雪だったが、意識は何とか戦闘に向いていた。
 手にしたロッドを真っ白な羽毛に赤い鶏冠が鮮やかなにわとりの姿に変え、淡雪はさくらに撃ち出す。
(「もう、アガサ様ったら……咲様も咲様ですけれど……」)
 咲次郎の反応が少しだけ不満で、淡雪はそっとため息を吐く。
「樹木と言えど……逃がしてあげません」
 どんなデウスエクスであろうと作用する、麻酔薬を塗ったメスを両手に構えると、ラズは流麗な動きで、一斉にさくらに向かって投擲する。
「咲次郎様……ダメージコントロール要請です。さくらにヒールを」
「了解じゃ。魔術施術……オペレーション発動じゃ」
 さくらに向かって、咲次郎がグラビティを放てば僅かにさくらの幹の傷が癒える。
 ケルベロスとしての実力は、グラビティの威力にも直結する。
 戦闘員としては力不足な咲次郎だが、強力なヒールをさくらに与えるべきでは無い局面では、咲次郎の力が活きて来る。
 熟練ケルベロス達の采配により、それぞれが力を高め合う……理想的状況と言えた。
 その様な戦いを15分以上続け、さくらにヒール不能ダメージが随分溜まった頃、回復サポートをしていた陽咲は、さくらを見た時から考えていた事に結論を付けようとしていた。
(「さくらが示したかったのは、誇示かしら、焦燥かしら、それとも……愛かしらって、ずっと考えていたけれど。どれも答えでは無いのかもしれない……」)
『デウスエクス・ユグドラシル』の侵略寄生を受けただけなのなら、強制的に病に罹患した事と同じ……狂える愛で愛しの人を取り込んだ……考えられなくもないが、それでは悲しいだけだ。
(「……長すぎる冬を乗り越えて、やっと素敵な姿を見せられたのに……切ないわね。せめて、彼だけは救わせてね」)
 陽咲の強い祈りがヒールとなって戦場を包む。
「うずまき、前に出過ぎだ!」
「えっ!? あっ!?」
 達人の如き動きでさくらにダメージを与えていたうずまきを狙って、さくらの枝が伸びた時デニスの声が戦場に響いた。
 うずまきは瞬間目を瞑ったが、衝撃も痛みも来ない。
「……大丈夫だな?」
「ヴェルトゥさん!!」
 咄嗟に庇った、ヴェルトゥの銀の瞳がうずまきの無事を映す。
「その程度の傷。俺に任せれば大丈夫だ。光盾よ金剛力士を映せ」
 レンが創り出した梵字輝く守護の盾は、ヴェルトゥの身体に開いた穴を塞ぐ様に、力の奔流になって注ぎ込まれる。
「モリオン……少しさくらの注意を引いてくれるな」
 ヴェルトゥが相棒のボクスドラゴン『モリオン』にそう言えば、モリオンはさくらの幹に向かって黒水晶の輝きを放つブレスを大きく口を開け吐き出す。
(「……共に育ってきた桜の木。彼にとっては、兄弟のような存在だったのだろうか。……どのような理由であれ大切な桜を傷付けてしまう事……結果にはには素直に謝罪をしないとな」)
「……少し、じっとしていてもらおうか」
 ヴェルトゥが呟くと、忍び寄るように這う鎖が徐々にさくらの幹を締めあげる。絡みついた鎖からは、一つ、二つと数多の桔梗の華が咲いていく。春に咲く事の無い、青紫の華はさくらのグラビティを吸収すると、永遠に美しく咲く花は無いのだと、言わぬばかりに……幻の様に消えていく。
「そろそろでしょうか……エイド、私に続いて下さい。シアさん、さくらにラストヒールをお願いします」
 言うとラズは、戦闘中続けることで機能を失わせた、さくらの二本の足に凶器を力の限り叩きつける。エイドの箱の中からも幾つもの武器が具現化され、さくらを傷つける。
「私のヒールで桜の色だけでも戻れば嬉しいのですけれど……あなたの最後の桜色ですわ」
 シアがヒールグラビティをさくらに注げば、さくらの花弁のピンク色の発色が増し、一瞬吹いた風で舞った花弁でケルベロス達の視界が桜色に支配される。
「樹木をいたぶるのもなんですけれど……ほらほら~♪ いい声で鳴かないとまだまだ終わらないわよ~?」
 作りだしたピンクスライムを鞭状に形作ると淡雪は、無慈悲に桃色の鞭でさくらをなぶる。
「獣の一撃は強力だよ、これでも食らいなさい!」
 淡雪が開いた射線に、入れ替わる様に美音は飛びこむと、獣化させた猫の爪でさくらを引き裂く。
「――これでも射撃は得意な方でね。外しやしないよ。――彼を返して――お前は眠るんだね」
 ハンマーを慣れ親しんだ銃の形に変えると、竜の咆哮の様な射撃音と共にデニスは、竜砲弾を撃ち放つ。
『サアーッ』と風が吹けば、桜の枝に咲いていたピンクの花弁が全てさらわれ、足元をピンクに染め上げる。
『ドォーン!』と倒れるさくら……根元から風化していくさくらが最後に残したのは、さくらの枝の揺り籠に守られ眠る青年だけだった……。

●蒼天に桜咲く
 彼が目を開き一番最初に目に映ったのは、辺りを埋め尽くすピンク色だった。
 何故かすぐに理解出来た……この花弁は、自分が大好きだった桜の木の花弁だと……。
 だが、身体を起こして周りを見ても、その桜の木は姿を消していた。
「……あなた達が、俺達を助けてくれたんですよね?」
 少し離れた距離に居たケルベロス達に気付くと、全て分かっているように青年は、そう礼を口にした。
「……聞こえていた……見えていた……違うな。何故か分かったんです。この人達は、俺達を助けようとしてくれてるって」
 桜の木を失ったという事実は分かっている筈なのに、ケルベロス達に語る青年の声はとても穏やかだった。
「……怪我はないか?」
「ありません」
 デニスの言葉に青年はゆっくりと首を振る。
「……待ち遠しく、思っていただろうに……すまない。過去は戻らず、失くしたものも戻らないが……これから先、どうするか、どう在るかは……選べる。君はどうしたい?」
「そうですね……」
 デニスの問いかけに青年はふわりと笑む。
「貴方の大切な桜を助ける事が出来ず、申し訳ありません。でも、桜が貴方を連れていく事を望んているとは……どうしても思えなかったのです」
「桜の木が、攻性植物になったのは残念ですけど……本来の桜は、貴方の心の中に今もあると思います」
 シアと美音の悲しそうな顔を青年は申し訳なさげに見つめる。
「貴方の桜を救えず、すまない。小さいが、さくらの枝を見つけておいた。 挿し木をしてみてはどうだろうか? 時間はかかるだろうが、きっといつか育ってくれるだろう。……子や孫に見せてやれるかもしれないな」
「……また新しいのを植えるのは如何ですか? 今度は、貴方がお爺ちゃんになった時にお子さん……いえお孫さん逹に『自分の木はこんなに立派なんだぞ』って誇れる位の大きな樹を見せつけるのですわ」
 レンと淡雪の言葉も青年は、首を振るでも無く頷くでもなく、微笑みながら聞いている。
「……今年一番に桜が花を開かせたのは……最期を悟って、君に見せたかったのかな。……その晴れ姿、君の心の中ではずっと咲かせてあげてくれ」
「本当に……立派な木、でしたね。目を閉じれば、思い出せる程に……花も綺麗でした。貴方も、思い出せますか?」
 ヴェルトゥとラズの言葉に青年は一言『ええ』と答えた。
「……月並みな言葉かもしれませんが……貴方の心の中に、あの木も生きているのだと…そう、思うのです。……これまでだけではなく、これからも」
 ラズが最後の言葉を言うと、青年は満開の笑顔を見せる。
「俺は大丈夫ですよ。思い出は色褪せるって言いますけど、消えはしないんです。一緒に居た事実が無くなる事は無い。本当にあの桜の木の存在が無くなる時が来るのなら、それは俺が俺自身すら大事に出来なくなった時ですよ……きっと。だから、俺は大丈夫です。本当にありがとうございました。……それに」
 青年は空を見上げ言った。
「蒼い空に咲いている桜の姿が、俺の瞳には……まだ映っていますから……」
 青年の瞳に、うっすらと涙が滲んでいたことをケルベロス達は誰も言葉にしなかった……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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