弩級兵装回収作戦～空に帰る日

■リプレイ

●光り輝く翼
　ギア・マスターたちの手で小松空港の滑走路に築かれた発掘施設。
　薄暗いその内部をケルベロスたちが走っていた。
「外のチームがけっこうな数の量産型を引きつけてくれたおかげで、楽に侵入できたね」
　黒猫の人型ウェアライダーの水守・蒼月（四ツ辻ノ黒猫・e00393）の呟きに紛れて、外壁の向こうから砲声や爆発音が聞こえてくる。量産型を相手取っている者たちの奮闘を示す音。
「せやね」
　と、頷いたのは佐々木・照彦（レプリカントの住所不定無職・e08003）。元ダモクレスのレプリカントだ。
「せやけど、そういつまでも持ち堪えられるもんやない。早めにケリを……」
「きりきりきりきり！」
　ネジを巻く音に似た（あるいは本当にネジを巻く音なのかもしれない）囀りで照彦の言葉を遮り、『早めにケリを』つけるべき相手が通路の角から姿を現した。
　ダモクレス化されたビルシャナ――ビルシャナ・ビショップである。
　足を止め、得物を構えるケルベロスたち。
「きりきりきり」
　と、ビショップは囀りながら（『ここから先へは云々』だの『飛んで火に入る云々』だのといった類のことを言ってるのだろう）、歯車が仕込まれた翼を威嚇するかのように広げた。その悠然とした所作には、根占・音々子が言うところの『プロフェッショナル感』が漂っている。
　しかし、それに気圧されることなく――、
「うわー！？」
　――シャドウエルフの新条・あかり（点灯夫・e04291）が大袈裟に目を見開いてみせた。ライトニングロッドの『タケミカヅチ』を振って、前衛陣に異常耐性を付与しながら。
「なんて不格好な翼！」
「き、きり？」
　予想外のリアクションに首をかしげるビショップ。
　どこか可愛らしいその仕種に蔑みの眼差しを向けて、オラトリオのリディ・ミスト（幸せ求める笑顔の少女・e03612）が自分の翼を片手で愛おしげに撫で始めた。
「あぁ、よかった。私の翼はこんなに綺麗で。貴方みたいに見窄らしい翼だったら――」
　もう片方の手を伸ばし、ドラゴニックミラージュを放つ。
「――きっと、恥ずかしくて死んじゃう！」
「形だけじゃなくて、色もひどいですわねぇ」
　竜の幻影が吐く炎に続いて、御業の炎が伸びた。スノー・ヴァーミリオン（深窓の令嬢・e24305）の熾炎業炎砲だ。
　ヴァルキュリアの光の翼を誇示して、彼女はビショップに冷笑をぶつけた。
「こねくり回した泥を塗りたくって、雀さんを必死に真似たような色……あっ？　ごめんなさい。いくらなんでも今の言葉は失礼でしたわね。雀さんに対して」
「その色合い、僕は嫌いじゃないよ」
　と、蒼月がフォローしつつ、轟竜砲を発射した。
「なんだか美味しそうな感じがするもんね。塩と香草をいっぱいすり込んで炭火で焼いたら、イケるんじゃないかなぁ」
　いや、フォローではなかったようだ。
「きりきりきり！」
　怒りの囀りを発するビショップ。その体のそこかしこからドローン群が飛び出した。小鳥型のそれらは主人のダメージを癒して状態異常を消し去り、更に盾となるべく、防護の陣形を組んでいく。もっとも、効果的な陣形とは言い難い。複数の同胞（白峰・ユリや久遠Ｘ３７８や量産型）の治癒／防護を想定したものであるため、対象が自分一人だけという状態では無駄が生じるのだろう。
　しかも、無駄だらけの防御壁はすぐに崩された。
「魂まで機械化された哀れな鳥よ！　せめて、我が技にて悲しき生涯に終止符を打ってくれようぞ！」
　スピニングドワーフで飛び込んだコクマ・シヴァルス（ドヴェルグの賢者・e04813）によって。
「Samuel Casar Heinrich Nordpol Ulrich Richard Eins=Bahner 03」
　照彦がダモクレス時代の電子音声を響かせて、錘の付いたコードを射出した。
　それがビショップの翼に絡まっていく様を見ながら、ドワーフのウィゼ・ヘキシリエン（髭っ娘ドワーフ・e05426）が高らかに笑う。
「生身だか機械だか判らぬ中途半端な翼じゃのう。そんなもので空を飛べるのか？　この華麗なるアヒルちゃんのように！」
　挑発の言葉とともに発射されたのはアヒル型ミサイル。かつて倒した敵（ダモクレス化した子供用水上スクーター）に感銘を受けて作成した『アヒルちゃんミサイルＤＸ』だ。
　アヒルのドリル状の嘴がビショップの胸板を抉る。
　同時に黒豹の獣人型ウェアライダーである玉榮・陣内（双頭の豹・e05753）が『Le chrysantheme（ル・クリザンテム）』を打ち込んだ。それは怒りを付与するグラビティ。翼を見せびらかす面々に攻撃を集中させないため、自分に怒りを向けさせたのである。
　その『面々』であるところのリディとスノーがまたビショップを攻撃した。前者が戦術超鋼拳で、後者が『怨嗟の呪印』の魔力弾で。
　魔力弾の命中箇所に刻印が浮かび、追撃の爆発が起きる。
「見よ、この素晴らしき三対の翼を！」
　爆発音に重なるのはコクマの叫び。『三対』というのは間違いではない。チーム内にはリディとスノーの他にも有翼の戦士がいる。陣内のウイングキャットだ。
　これ見よがしに翼をはためかせる二人と一体の姿をテレビウムのテレ坊が画面／顔面の光でスポットライトのように照らし出した。
「光の翼、純白の翼、瑠璃色の翼！　まさに美の権化よ！　それに比べて……」
　コクマはあえて最後まで言わず、自作の鉄塊剣『スルードゲルミル』で地裂撃を叩き込んだ。
　巨人の骨を材料とする刃に続いて、掌底と攻性植物がビショップを打ち据える。蒼月の螺旋氷縛波とウィゼの破鎧衝だ。
「『きりきり』しか言えへんようになった挙げ句、翼もそんなアレな感じになってもうて……気の毒になぁ。ホンマやったら、アレやろ？　そこの二人みたく、もっと綺麗なアレやったんやろ？」
　同情という形で挑発しながら、照彦が簒奪者の鎌を投擲した。『アレ』という言葉が頻発しているのは、先程のグラビティの副作用のせいである。
「いやいや、照さん。こいつがダモクレス化されていなかったとしても――」
　鎌で削られた場所めがけて、陣内がドラゴニックハンマーを力まかせに振り下ろした。アイスエイジインパクト。
「――『その二人みたく』とはいかなかったろうよ。オラトリオとヴァルキュリアの翼はビルシャナごときのそれとは比較にならないからな。とくにオラトリオの翼はコクマが言うように美の権化。生きた芸術、神秘の極み、羽毛で出来た宝石だ」
　と、熱っぽく語り出す陣内。オラトリオへの愛が深いためか、挑発という目的を半ば忘れている。
　そんな恋人の姿をジト目で睨みながら、オラトリオにあらざるあかりがメタリックバーストで前衛陣の命中率を上昇させた。言いたいことはいろいろあったが、あえてなにも言わない。無言の怒り。
　一方、ビショップは無言とはいかなかった。
「きりきりきりー！」
　蔑みの的となっている翼から炎弾が放たれた。狙いは陣内。『Le chrysantheme』の怒りが働いたのか、あるいは今の語りが効いたのか。
「あちちっ！」
　炎弾で焼かれた陣内であったが、メディックのポジション効果を得たウイングキャットが清浄の翼（コクマが言うところの『瑠璃色の翼』だ）をはためかせて鎮火させた。

●朽ち果てる翼
「きりきり？」
　ビショップの囀りに変化が生じた。動揺と焦りの色が瞳に滲んでいる。感知したのだろう。南側から侵入したチームとギア・マスターが接触したことを（ケルベロスたちの通信はジャミングされているが、敵はなんらかの手段で繋がっているらしい）。
　ビショップは慌てて踵を返そうとしたが――、
「あれ？　逃げるのぉ？」
　――リディが突進し、失われしオラトリオの力の一端を解放して『ミスティック・エリアフリーズ』をすれ違いざまに食らわせた。そのまま、相手の背後に回り込む。
「まあ、逃げたくなるのも当然か。これ以上、私やスノーさんの綺麗な翼を見ていられないもんね」
「哀れ！　哀れなり、ビルシャナ・ビショップ！」
　コクマが『月薙ぎ（ハティノジュウリン』を発動させた。ただでさえ大きな『スルードゲルミル』の刀身が水晶を纏い、更に大きくなっていく。
「その貧相な翼に相応しき腑抜けっぷりよ！」
　コクマは横薙ぎの斬撃を相手の脇腹に放つと、その反動を利用してリディと同様に後方に移動した。
「きりきり！」
　衝撃でよろめきながらも、ビショップは今度こそ踵を返して、リディとコクマを睨みつけた。
「うちのメンバーの翼にかなわないからって、逃げるなんて……」
　と、背を向けた彼にあかりが冷たく言い放った。周囲には赤いカランコエの花吹雪が待っている。攻撃力を上昇させるグラビティ『scent of yesterday（セントオブイエスタデイ）』だ。
　その恩恵を受けたスノーが熾炎業炎砲を放った。例によって、光の翼を誇示しながら。
「目を背けてないで、私の素敵な翼をもっと見てくださいな！　花吹雪のおかげで更に神々しくなっちゃいましたわ！　どーしましょー！」
（「活き活きと挑発してるなー。人のことは言えないけど……」）
　と、心中で苦笑するリディであった。
「きりきりー！」
　ビショップが再び振り返り、甲高い叫びとともに氷の輪を放った。おそらく、ビルシャナの『八寒氷輪』をダモクレス流に再現した攻撃だろう。それらはケルベロスの前衛陣を斬り裂き、氷結の状態異常を付与し、更にあかりとウイングキャットがもたらしたエンチャントをブレイクした。
　しかし、ダメージにも氷結にも怯むことなく――、
「ビルシャナだった頃の信仰対象はなんだったんだ？」
　――揶揄するように尋ねながら、陣内が『Le chrysantheme』で怒りをまた植え付けた。
「きーりきりぃーっ！」
　地団駄を踏んで吠え猛るビショップ。
　実のところ、彼の異形の翼は決して醜いものではなかった。それどころか、ある種の美しさを有していたし、何人かのケルベロスはその美しさを心中では認めていた。
　もしかしたら、本当に醜いと思い込んでいるのは当人だけかもしれない。

　行く手を塞ぐように位置取りをした者たちに阻まれ、『Le chrysantheme』の怒り（だけでなく、テレ坊もテレビフラッシュで怒りを付与していた）に惑わされ、翼に対する挑発に乗せられながらも、ビショップは『プロフェッシナル感』をなんとか発揮して、ギア・マスターがいる場所までの距離を徐々に縮めていった。
　だが、戦闘が始まって八分ほどが経過した頃――、
「もうちょっと一緒に遊びたかったけど……」
　――蒼月が幻術『狂猫（チェシャネコ）』を用いた。
　ビショップの背後でなにかが起き上がる。巨大化した影だ。ビショップ自身の。
　皆の視界からビショップが消えた。影に取り込まれて。
　しかし、すぐにまた血塗れになって現れた。影に吐き出されて。
「ぎ、ぎりぎりぎり……」
　錆をこするような声を発しながら、満身創痍のビショップは広げた。愛することができなかった翼を。
　ドローンや炎撃を放ちたかったのかもしれない。だが、なにも出なかった。代わりに幾つもの歯車や羽毛が翼が剥がれ落ちていく。
「……さらばじゃ」
　ウィゼが静かに別れを告げ、ケイオスランサーでビショップの胸を刺し貫いた。

●燃え尽きる翼
　ビショップの死を確認した後、一行は新たな戦場に急行した。弩級高機動飛行ウィングの発掘エリア。南側から侵入したチームがギア・マスターと戦っている場所だ。
　皆がそこに到着するのとほぼ同時に、北側のチームも姿を現した。そのうちの一人がギア・マスターに無骨なナイフを突き立てる。
「あ、ありがとうございます」
　と、大鎌でギア・マスターを抑えていた南側チームのメンバーが礼を述べた。
「こっちも受け取ってや！」
　照彦がバスターライフルを構えた。
（ダモクレスの凶行は絶対に止めなあかん。絶対に……使命とかやのうて、なんか心がざわつくんや）
　ダモクレスだった頃には感じることのなかったざわつきを指先に込めてトリガーを引き、ギア・マスターにフロストレーザーを見舞う。
　他の者たちも次々と攻撃を加えた。
　そして、シャドウエルフの繰り出した魔力の糸がとどめとなって――、
「キ、キヒヒッ……」
　――ギア・マスターは狂気の笑い声をあげながらも力尽き、スクラップへと変わった。
　だからといって、すべてが終わったわけではない。任務の目的は弩級高機動飛行ウィングを破壊することなのだから。
　三つのチームはウィングにグラビティをぶつけ始めた。動かぬ標的にグラビティを撃ち込むだけ……と、聞けば容易いことのように思えるが、実際は困難を極めた。おそろしく頑丈な代物だったからだ。
　その困難な作業が完了せぬうちに東側の通路から牧羊犬のウェアライダーが現れ、大声で警告を発した。
「おかわりがもうちょっとで来るようですよ！」
　どうやら、外にいた量産型がここに向かっているらしい。
　北側チームの少女が南側チームに告げた。
「増援は私たちに任せて！　あなたたちにはウイングの破壊をお願いするわ！」
「どでかい破壊音を聞かせてくれることを期待しておるぞ」
　ウィゼもそう言い残して、仲間たちとともに通路に向かった。

　牧羊犬のウェアライダーに先導されて、北側と西側のチームは東側チームと合流した。
　外に続く通路の奥から押し寄せてくるのは量産型の群れ。
「さあて、血路ってやつを！」
「……開こうか」
　リディの叫びをあかりが静かに引き取り、ドラゴニックミラージュを撃ち出した。
　一直線に伸びる炎。リディのマインドスラッシャーがその上を飛び、照彦のマルチプルミサイルが後に続き、更にスノーがゲイボルグ投擲法で槍の雨を降らせる。
　東側と北側のチームも矢継ぎ早に攻撃を繰り出した。
　その奮闘を讃えるかのように背後で轟音が響いた。ウィゼが期待していた『どでかい破壊音』だ。
　次の瞬間、量産型の群れの一角でも小さな爆発が起こった。北側チームのガンスリンガーが発射した爆烈弾。
　それによって生じた虚を捉え、陣内がマインドリングの『ククル』から光輪を放ち、数体の敵を薙ぎ倒した。
　立ち上がる隙を与えることなく、そのうちの一体に飛びかかったのは東側チームのメンバーであるイリオモテヤマネコのウェアライダー。
　彼女が獣撃拳で量産型の頭部を打ち砕いてる間に、『どでかい破壊音』を立てた南側チームの面々が後方からやってきた。
「任務完了、撤収だ」
　と、壮年のレプリカントが皆に告げた。
「撤収ですわ！」
　スノーが復唱して、陣内のウイングキャットを見やる。
「帰ったら、ご褒美として存分にモフモフさせていただきますわよ」
「にゃ？」
　そして、三十二人の勝利者たちは走り出した。
　残った量産型を蹴散らしながら。
　出口に向かって。

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月24日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 4
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。