市街が崩壊して行く。都市の機能は停止し、交通は混乱し、人々は絶望に苛まれる。
それらは全て、少女の姿をしたダモクレスただ一体の手に依るものだった。火花は大気を巻き込み火災へ。引火するのみに留まらず、彼女の手、否、触手で更なる火種を投げ込まれ、地上の地獄は高速で広がり行く。
「──頼もしい事だ」
その惨状を望み得る高所にて、竜人を模した姿のダモクレスが低く呟いた。炎こそ届かぬ位置なれど、熱そのものは冷め切らぬ程度の距離から、彼は災厄の担い手たる同胞を見守っていた。
「……む? あちらは……そうか」
そうしてやがて彼は、彼女がとある方角へ移動しようとしている事を見て取った。より多量のグラビティ・チェインを求めての事だろうと推察するのにそう時間は要らなかった。
彼の務めは彼女を護る事。追わねば、と彼はまず空を見る。今や黒煙に染められたその様は、己が姿を隠すのに都合が良い。これならば空を往けよう。
「俺が先に捕捉されるわけには行かないからな……無為に終わるならばそれも良いが。
──もう暫く、頼むぞ」
届かせる為では無い独言には、信頼。彼は、囮を兼ねる彼女を狙う『敵』の出現を警戒すべく、煙る空へと飛び立った。
「指揮官型ダモクレス達が本格的に動くようね」
幾つかの書き込みがある日本地図を卓上に広げた篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は、場所を示す為に付けた印を順に指して告げる。まず、関東及びその西方面に点在する印の地点において、地球に封印されていた強力なダモクレス──『弩級兵装』の発掘を敵が目論んでいる事。そしてその兵装を稼働させる為、関東よりも北に集まった印の地点で彼らが大量のグラビティ・チェインを調達するつもりである事。
「発掘計画に関しては他のチームが対応する事になっている。あなた達には、グラビティ・チェインを求めて市街を襲撃する敵達を倒して来て欲しい」
襲撃が予測されている街の一つ、北海道函館市の地点で指先を止めた彼女は、けれど、と続ける。
「敵の方も、行動を起こせば妨害があるだろうと学習したようよ。街を襲撃するのはディザスター・キングの配下だそうだけれど、あなた達がそれを止めに出たところを、クビアラ軍のダモクレスが止めに来るみたい」
言いながら彼女はペンを取り、余白に矢印を書き込んで行く。陸地へ向けて伸びる一本目を二本目が追い掛け、三本目が二本目の先端へぶつかるように割り込んだ。クビアラ軍がケルベロスの介入を阻んだ後は、ディザスター軍による市街の蹂躙を続行する作戦だという。
「だったら、クビアラ軍を釣り出した後で別チームがディザスター軍を止めれば良いわね、というのが今回の話」
ディザスター軍を示す一本目の矢印の前に四本目の矢印がぶつかりに行き、ケルベロス対デウスエクスの構図が二つ出来た。だが問題は、この状況が調うまでには幾らかの手順と時間が必要になる事だ。
「あなた達はクビアラ軍のダモクレス……『角行』の対処を引き受けてちょうだい。けれどまずは、ディザスター軍の『レイア・スクィッド』が街を襲うのを止めに出て欲しい」
とはいえ、敵の作戦を確実に潰す為にも、襲撃自体を未然に防ぐわけには行かない。こちらの行動開始はレイアが動いてからになる。
その際、危険に晒される市民への対応は、ディザスター軍を担当するチームが行う予定である。その為こちらのチームは、いかにレイアの行動を邪魔するか、また、角行が介入して来るまでにどれだけ彼女を弱らせられるかが重要となろう。但し、チーム間で細かい状況を逐一確認出来るわけでは、おそらく無い。
「向こうは、こちらが二チームで来る事は想定して無いにしても、複数名でチームを組んで来るであろう事は織り込み済の筈。通信頼りの作戦は危ういだろう、だそうよ」
それと、と仁那は更に警告を連ねる。
「角行が出てくるのは、レイアに襲撃を続けさせるため。だから彼女を深追いはしないで」
二体を一度に相手取ろうなどとは思わない方が良い。角行の相手をする前にレイアに手を出す事で、ケルベロス達もダメージを負う可能性があるのだ。任せるべきところを正しく託せねば、とても保たない。
「……とはいっても、あまり不自然な対応になると、彼がこちらの作戦に気付いてレイアの援護に向かおうとしてしまうかもしれないから、ほどほどが良いのかしら」
呟き、仁那は首を傾げた。彼の性格や出方次第、となるところもあろうが、レイアに対応するチームを援護する為にも、彼を逃がさず仕留めて貰う必要がある。
その後、ヘリオライダーは敵個体についての詳細を伝える。角行は、両腕に備えた二振りの刃と背の翼による機動力が特に脅威となるようだが、ドラゴンのブレスを模した遠距離武装も持っており油断ならぬ相手だという。レイアは、触手型の部位を持つ電磁力の使い手だが、触手のみならずその身そのものが兵器同然なのだとか。
「グラビティ・チェインが無ければ、兵装があったところで使えない。もちろん、発掘計画自体も、対応するチームが阻止してくれるでしょうけれど」
仁那はそう口の端を上げて、しかしほどなく顔を曇らせる。
「……そうでなくても、敵は沢山のひとを殺そうとしている。あなた達にはかなり負担を掛けてしまうと思うけれど、どうか止めて来てちょうだい」
そして無事に戻って来て欲しいと、彼女は目を伏せた。
参加者 | |
---|---|
クィル・リカ(星願・e00189) |
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599) |
リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610) |
松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374) |
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769) |
ジエロ・アクアリオ(星導・e03190) |
池・千里子(総州十角流・e08609) |
八剣・小紅(花香・e29167) |
●
クィル・リカ(星願・e00189)が放った気弾はレイア・スクィッドの眼前で炸裂した。
「お嬢さん、どちらへお出掛けかしら?」
不意の事に思わず足を止めた彼女へ迫るのはリーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)。翼を広げて跳んだ彼女は宙を滑るよう距離を詰め蹴りを浴びせに掛かるが、蠢いた敵の触手に横合いを叩かれ逸れた。のみならず帯電した他三本が反撃に動くのを彼女は旋回してかわし、敵側方の安全を得る。その間にケルベロス達はレイアの行く手を阻む布陣を成し、援護を務める者達で護りを固めて行く。
「敵数確認」
災害を撒く為ならず外敵を排除する為、隙無く触手を展開したダモクレスは静かに続ける。
「レイア・スクィッド、応戦開始」
「ここで膝を折って頂きます」
クィルの硬い声と同時に状況が動く。加速した触手が電撃を撒きながら風を切る。クリュスタルスが護りに前へと出る陰をジエロ・アクアリオ(星導・e03190)が抜けて敵へ足技を叩き込む。ロゼが花嵐を生む中を駆けた空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)の一撃を喰らい僅か退いたレイアは身に帯びる雷を強め、空から己へと降る刀の雨を逸らした。
仕掛けた八剣・小紅(花香・e29167)は目を瞠るが、すぐに次をと動いた。昏い紅に輝く刀を抜き放ち、総毛立つ感覚に耐えながら柄を握る彼女は気丈に唇を引き結ぶ。先程一瞬空へ目を向けた際、救助に動く別働隊の姿を見た。そうさせた元凶は眼前に居る──これを阻む事が今の自分達の務め。
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)が放つ爆風が攻撃役達の背を押した。池・千里子(総州十角流・e08609)が操る黒鎖は守護の陣を描く。鎖を引く彼女の腕に触手が突き刺さるが、耐える。だが仮に彼女が怯んだとて、流れ込む電流は身を退く事を許さなかったろう。刹那二者を繋いだ毒は、援護を受け踏み込んだリーフの刀が退ける。白く弧を描いたそれが硬質な触手を弾くよう斬り上げて、その表面に亀裂を入れた。追撃に動く仲間達の護りは、害す為ならぬ雷を操る松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)が。この後を思えば備えて過ぎる事は無い──彼らの動きを見、レイアが妨害を試み電磁波を放つ事だってあり得るのだから。
「っ……!」
場そのものが歪むような感覚と共に前衛達を護る呪力が霞む。再度、と援護の手を尽くす間に攻撃役達が敵を抑えに掛かる。槍を携え小紅が距離を詰めレイアを捉え、
「増援だと……!?」
しかしその槍穂は黒い装甲へ突き刺さった。視界を埋めた色に目を瞬いた少女は即座に飛び退る。言葉にて驚愕を表現したのは千里子。無論そう見せかける為ではあるが、それでも彼──角行の出現は彼女達には唐突に映った事だろう。比せば視野の広かった後衛達には、彼が空から墜ちるに似て高速で飛来し割り込んだのが見えたけれど。
「すまんな『レイア・スクィッド』、遅くなった」
「想定内です」
そしてそれは、幾らか離れた位置で様子を窺っていた連絡役も同じ。市民達を助けるべく動いている別働隊の面々を招集する信号弾が、小さな破裂音を伴い撃ち上がる。
「レイア・スクィッド、これより離脱に移ります」
「それは、させられないね」
「鉄屑共が、好きに出来ると思うなよ!」
ここまでは手筈通り。後は、此方が敵の裏を掻こうとしている事を悟らせぬよう動きつつ、人々を脅かす者達を葬るだけだ。
●
空に報せが咲く様を見たのはケルベロス達のみならず。敵二体共の死角を狙うのは厳しかったのだろう、その瞬間、レイアの瞳も赤に染まっていた。
だが今は、それに気を取られた事で彼女の動きが微かに鈍り、己への攻撃を避け損ねる。
(「……現状への対処を優先」)
「うん? どうかしたか」
「いえ」
異常を察した角行の声に、しかし彼女は否定を返す。彼女が見る限り、ケルベロス達が報せに応じ動く様子は無い。その為あれは今この場で即座に対処すべきものでは無いと彼女は判断した。万一そうで無くとも、発覚し次第角行が処理する筈だとも。再度の放電の為触手を広げる彼女を狙う攻撃は、此度は角行が受け止めた。
「邪魔をしないで下さい」
「そうも行かん。これが俺の務めなのでな」
苛立ちを滲ませたクィルへ角行が応じる。それは言葉そのまま、敵意すらも窺わせぬ平坦な色。
「なら……お前からかな」
交わらぬならばとジエロが狙いを変えて見せた。レイアへの狙いと並行し角行へも牽制を試みつつケルベロス達は奮闘する。その様はまさしく、自分達がどちらか一体を逃がせば終いだと追い込まれている風。
「もう! しつこい竜人は嫌われるわよ!?」
「それはすまんな」
だが譲れぬと。『レイアを狙いたくとも角行に阻まれている』リーフが堪りかねたよう声をあげるのにも彼は淡々と返しつつ、黒炎龍の顎から同胞を護る。
「ちっ……!」
「障害物排除──」
角行がその時作り出した、レイアが完全に自由となった瞬間。大量の電磁線が放たれる。
「──完了」
包囲に動いていた前衛達が圧されて、僅かに出来た穴を彼女は急ぎ抜ける。
「待てよお嬢さん、行かせるわけにはいかねぇよ!」
治癒は仲間に任せ、丈志が追撃に杖を振るう。放たれた雷がレイアの背面で爆ぜたが、彼女の足を止めるには至らず。角行が放つ光線が辺りを薙ぎ、彼女が離脱するだけの時間を稼いだ。ケルベロス達は不覚を取ったとばかり悔いる色を過ぎらせ、だが諦めぬとすぐさま強い意志へと塗り替え。レイアへ至る路を塞がんとする彼らの敵へと立ち向かう。
(「──とでも言うのかい? 随分──」)
路の先で響いた声と鎖の音は、その時比較的近い位置に居た颯音だけが聞いた。レイアの対応にあちらが動いてくれていると判り、密かに安堵する。そうして青年は、二体を凌ぐ為に奔走し続け既に色濃い疲労に喘ぐ盾役達を支えるべく、今一度治癒を為す。
「──雨音は────!」
ややの後、突如響いた遠い怒声はしかし予想よりも近くから。別働隊の一人が発したと判るそれにケルベロス達は軽い混乱に襲われる。が、それも束の間、彼らは早々に答えを導き出した。
即ち。無茶を承知で長くレイアを足止めした事は、襲撃を再開する為に離脱した彼女へ、しかしさほどの自由を与えぬ結果を引き寄せる助けとなった。迎撃部隊は思いの外近い位置で彼女へ戦闘を仕掛ける事に成功し──それはリスクを孕むものではあったが──、護るべき街の人々への被害を、想定よりも抑え得たであろうと。
(「ならば、無茶を貫くまで」)
この身を賭すだけだと千里子はレイアへ至る路を塞ぎ返すべく動く。次は此方が、ダモクレス達を阻む壁となる時だ。
「──これ以上は進ませませんっ!」
あちらからは更に声と砲撃音。ばかりに留まらず続く不穏な様子に角行も気付いたらしく、刹那動きが鈍ったところを満願の炎拳に襲われる。
「彼女の足を止められる者が未だ居たか! ──言えた立場では無いが、俺は彼女の救援に向かわせて貰う」
追撃を想定し、早々に殲滅をと告げる角行。構えを変えて護りを捨てた彼は、殺気とでも呼ぶのが似合う、張り詰めた色を纏う。
「それこそお前では無いが譲れないよ。これが私達の務めだからね」
「……まさか、お前達に上、を」
しかしジエロの応えを聞き、仕組まれたと悟ったのだろう。だが角行にのみ届き認知を狂わせる雨唄がその時、瞠目する自由すら彼から奪い、その言葉をも吸い込んで行った。
●
策に嵌めたとて、ケルベロス達を越えるべく猛る角行は強敵だった。防御を顧みぬその姿勢は彼自身の手傷も増やして行ったが、此方も既に疲弊している。不手際があれば一気に崩されかねないと、癒し手達は一層気を引き締め事に当たった。
盾役達の奮闘の結果、同じく前衛に立つ攻め手達は比べれば未だ幾らか軽傷で、その利を潰さぬよう慎重に、クィルは敵の反応を観察しつつ攻撃を加えて行く。敵の様子を探る目が重く振るった鎚の先に見るのは現状、これもおそらく違う、との消去法だけ。とはいえ金属製の表情は読み易いものでは無く、少年は継続して目を凝らす。
「甲虫のようなナリの癖に我ら竜人の真似事など……!」
レイアが脱けて以降、角行個人というよりは竜を模し造られた機体の存在そのものにだろう、苛立ちを隠さず振る舞うリーフは翼と脚で駆け回り攻め続けていた。その速さは敵を超え、敵の剣が彼女の刀を弾こうとも次には死角から次撃を放ち、確かに彼を圧してはいた。けれど。
「模造品とて、目は慣れる」
派手な動きをいつまでも読めぬほど木偶では無いと呟く声音は変わらず硬質に、彼は竜の吐息を模した雷を撃ち放つ。
宙を薙ぐその光は彼女の翼より疾く。爆ぜる熱は黒流星を灼き墜とした。
広がるその熱は、重ねた護りがあってもなお痛む。機敏に動く事も難しくなりつつあった前衛達は不利な状況に視線を揺らがせ、それでも背を支え得る仲間の手を信じ、務めに専念し続ける。
「──ほら、キミの出番だよ」
小紅の声は触れる掌を通じ、握る刀へと。刃が放つ気はその時大気をも震え上がらせ、出でた氷鎖は敵の身を地へ繋いだ。
その間に担い手は、白い髪の尾を引き敵へと迫り、澄んだ鈴音を揺らし、凍気を纏う紅刃を振るう。金属音が散ってそれでも火花等は無いまま、傷だけが走る。
時間に数えればそれは僅か。だが敵の動きを封じたこの刹那を逃す手は無く、射手達は相手の虚を突くよう着実に高精度の攻撃を撃ち込んで行く。各々、今にも倒れそうな体に手を焼きながら、それでも前へと。
余裕など無いも同然の危険な状況の中、小竜達は癒し手達を手伝い、防御の為に動き続けた。けれど元より頑強でも無い二体が長く保つ筈も無く。
「クリュさん……!」
悲痛を押し殺した如く震えたクィルの声。顧みたジエロが見たのは少年を護った代償に敵の剣に貫かれ倒れるクリュスタルスの姿。青年は思わず息を呑み、直後それに気付き吐き出す。感情の置き所に迷う暇など無いのだと、解っている。
「てめぇ、対価置いて行きやがれ!」
満願が携える絡繰の鯨が駆動し、その海たる桜の籠手が加速して、それらを包み盛る黒炎が敵へと牙を剥く。喰らい砕いた黒い装甲が欠片を零し、千里子が更に蹴り崩す。疲労に乱れる吐息はそれでも途絶える事を拒みケルベロス達を駆り立てて、舗装ごと砕き迫り来る敵の足爪を凌ぎ、仲間が攻める機を作り出す。
が。弾いて下方へ流した金属はいま一つを連れて来る。敵の逆足が蹴り下ろされるその寸前。それに気付き、踏み込む己が身を制止した小紅の前に、満願の細身が割り込んだ。腕に炎龍を未だ燃やしながらも彼は、鴉色の装束を血の澱みに染め落とし、胸を抉る爪の鋭さに眉を寄せ頽れる。その痛ましさに唇を震わせ、しかし堪えて噤んだ小紅の肌を汚すのは彼の血。拭う代わりに無機のそれへと塗り替えるべく凛と、刃を二つ携えて彼女は再度駆ける。それを追うよう颯音が前へと進み出るが、そちらは丈志が止めた。
「待ってくれ、それじゃあ颯音さんまで」
辺りを薙ぎ払う熱線に耐えかねて、花竜は既に力尽きていた。であれば力を分けた主である彼もまた、限界が近い筈と案ずる──纏う装束から得た護りは丈志に、周りへ注意を払い気遣うだけの余力を残し得ていた。
「だけど……」
自陣の護りは削られて来ている。術のみならず物理的にも補わねば危ういと颯音もまた仲間達を想う。それは危惧するに値する結末の一つだ。
「……検討を頼んでおいて申し訳ないのだけれど」
だが首を振ったのはジエロも同じく。彼もまた治癒に手を取られる事が増えていた。今癒し手が減るのは痛手、損失の方が大きかろう。こうまで苦境に在っては、前を往く少年少女達を信じるほかは無いと。
「任せて下さい。まだ、出来ます」
「うん、やれるよ……」
「ああ。デウスエクスに遣れるものなど、何一つ無いのだからな」
火傷と斬り傷にまみれながら、千里子が鋭く吐き出した。その負傷は、彼女が未だ立っている事が不思議なほど。仲間を護り、今なお血を零しながら、それでも彼女は膝を折る事を拒み続けていた。
その誇りと意地は、護るべきものを護る為に。
「……僕らは、贖わせる為に居るものね」
なので、颯音もそっと息を吐く。敵へと据える冷徹な目は、人々を慈しみ彼らが紡ぐ日々を愛おしむがゆえ。だから求めるのは敵の命で、その為に彼らはただ、出来る事を為す手段となる。
均衡と緊張が続く中、ふと、角行の聴覚に残る音がその意識を乱す。ゆえに惑った放電は後衛を襲い、負傷の深い二人が膝をつく。保たない事は悔やまれたが、代わりに切り札を残せたと、布石を配したジエロは安堵し。服に揺れて焦げる飾り星を掌に封じ痛む胸を押さえた颯音は、知人へ心配と負担を掛ける事への謝罪を紡ぎ、あとは、と信じて託した。
敵の気が逸れた事で壊滅を免れた前衛達は努めて顧みず、敵だけを視界に捉える──この機を活かせなくては護られた意味が無い。敵とて言動こそ揺らがずとも、既に体のあちこちが爆ぜ壊れ、限界が近い。治癒の務めに忙殺されながらも丈志は賦活の雷を放ち、小紅が再度と刀を促し氷を生む。己を捕らえる鎖を角行はそれでも僅かの間に砕き、己が敵を屠るべく腕に備えた剣を振りかざす。
その前に自ら身を晒したのは千里子。貫く刃を筋力で掴まえ、敵を驚愕させてその動きを封じた。
「同胞の為に戦うのは、我らも同じだ」
告げる彼女の顔は蒼白。そしてそれでも耐え抜く少女へ向けたダモクレスの目に、その時畏れにも似た色が過ぎる。
「これで──……!」
けれどそれも刹那の事、戦いの中には在り得ざるその静謐をクィルの鎚が攫う。熱を巻き込み氷を散らしながらの衝撃は黒い機体を打ち貫き、既にぼろぼろであった角行の体は破片となり崩れて行った。
●
敵を討ち砕いた勢いのまま、クィルは地へ膝をついた。安堵に気が緩んだ為もあろうが、それ以上に疲弊しきっていた。
「あと、は、頼……む」
「千里子……!」
同様に、限界とばかり少女が頽れ、胴に残った剣が抜け落ちる様を目撃した小紅が案じた。が、踏み出した足は幾らも進まぬうちに縺れて彼女もまた転ぶ。満身創痍の皆を見て丈志が治癒を飛ばしたが、やはり立っては居れずに座り込んだ彼自身も、杖を握る事そのものが既に重労働だった。
「すまん、起きられたりとか……、……いや」
倒れた医師達を顧みた彼は、しかしすぐに声量を落とし翻す。目にしたのは急かすのも酷な有様だった。幸い全員生きてはいるし、と疲労を逃がすよう彼は息を吐く。
仰いだ空は未だ澄んではいなかったが、じきに晴れよう。それを為すのは、この街に住む人々──暴力には抗い得ぬしかし無力ならざる愛しきこの命達をこそ、ケルベロス達はこうまで傷つきながらも護る為に立ち向かい、成し遂げた。
作者:ヒサ |
重傷:リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610) 空波羅・満願(明星と月は墨空と共に・e01769) 池・千里子(総州十角流・e08609) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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