慾望

作者:七凪臣

●恣意弑逆
 行き交う人々が、モノクロームの殻を破り、パステルカラーの翅を広げる時節。
 風薫る街に、冷えた旋毛風が巻いた瞬間。雑踏は凍てた地獄に変わった。
「ヒヒっ、イイねぇ」
 握る長大な剣を一振り。濁蒼の鎧を纏った巨漢は、パリンと砕けた音色に酔い痴れる。
「ん~、何度聞いてもたまんねェ」
 ニタリと口の端を吊り上げた男は、新たな獲物を定めると瞬きの間に距離を詰め。
「この手応えもイイんだよなア」
 身の丈は己の半分ほどの『其れ』を頭からかち割って、青い唇をべロリと舐めた。
「はー、堪らネェ。やっぱ、イイわ。何より、タラタラ余計なもんで汚れねぇのがサイコウ」
 そうしてまた一薙ぎ。
 逃げ惑う人々を凍りつかせ、そして砕き。
 自由を謳歌するように、そのエインヘリアルは己が欲望の侭に人々を殺め踊る。

●つみびと
 過去にアスガルドで重罪を犯しコギトエルゴスムに封じられていたエインヘリアルによる虐殺事件が予知された。
 このまま放置すれば、数多の命が失われるのは勿論、人々に恐怖と憎悪をもたらし地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる可能性もある。
「お前達には急ぎ現場へ向かって欲しい」
 事の概要は氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)が危惧した通りだとし、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)はケルベロス達に問題解決を託す。
 阿鼻叫喚の坩堝と化すのは、春の気配に浮足立つ人々で溢れた昼過ぎの繁華街。
 とにかく命を凍て付かせて砕く事が好きな悪漢は、視界に入った者たちを片っ端から殺め尽くそうとする。
「今回は事前の避難勧告が出来ない。予知が変わってしまう恐れがあるからな」
 狂乱の宴が幕を開ければ、居合わせな人々は当然、逃げようとするだろう。
 しかし彼のエインヘリアルは手っ取り早く屠れそうな命から狙う非道者。包囲か、演技か、はたまた気を惹く何かかで、意識をケルベロス側へ向けさせる必要がある。
「避難を終える迄、かかる時間は約3分と言ったところか。何とか凌いで欲しい」
 だがこの所要時間も上手い誘導で短縮できると、漆黒の甲冑に身を包んだエインヘリアルのヘリオライダーは言う。
 ゾディアックソードを携えたその敵は、謂わば使い捨て戦力。だがその自覚よりも、とにかく暴れたくてうずうずしているこのエインヘリアルは、不利な状況に陥っても逃げる事はない。
「氷らせて砕く事に執心しているから、氷狂と呼んでおくのがよいか」
 諸悪の根源を冷めた声でそう呼び、ザイフリートはヘリポートでの一時を締め括る。
「あのような野放図な輩に好きにさせる訳にもゆくまい――宜しく頼む」


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
花露・梅(はなすい・e11172)
ソフィア・フィアリス(傲慢なる紅き翼・e16957)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)
成瀬・涙(死に損ない・e20411)
氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)

■リプレイ

 近付く基盤のような街並を眼下に、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)の思考はぐるりと旋回する。
 食い、眠り、誰かと在り。
 願い、欲し、望む事は、『生きて』いるなら止む無き事と思われる。
(「だが……」)
 ――慾とは、何か。
 生に付き従う物なれど、果たして『侭』に生きるのは赦されるのか。

●計略、伸べる手
「そこまでよ罪人。調停者の名のもとに貴方に裁きを下します」
 突如降って来た頭上からの宣誓に、濁蒼の鎧を着た男の視線は奪われた。
「ただ、ここで自害してコギトエルゴスムとなるのならば、命だけは助けてやってもいいわよ?」
 目にあやな赤き翼を羽ばたかせ、巨体のデウスエクスを下に見て。ソフィア・フィアリス(傲慢なる紅き翼・e16957)は昂然と言い放つ。
「はぁ!?」
 全てが完全に予想外。現れた場所も、投げられた情けも、何もかも。故に、刹那。冷気を漂わすエインヘリアル――氷狂の思考と足は一時停止する。
 それは瞬き程の僅かな間だった。だが、絶対的空隙でもあった。
「貴方の相手は私たち。余所見をしている暇などございませんよ!」
 白い霞草を咲かす長い髪にブルーサファイアの軌跡を描かせ疾駆したラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)は、今にも襲い掛かられそうだった子供と氷狂の間に割って入ると、勢い殺さず星々の輝きを映す槍先で巨躯の膝装具を貫く。
「手近な建物の中へ入るんです!」
 遭遇してしまった不幸に惑う人々へ向け、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)が腹の底から声を張る。
「子連れの皆さんは、子供と絶対にはぐれないように。お年寄りなどには手を貸して頂けると助かります」
 日頃の人を煙に巻くような飄々ぶりを今だけ潜ませたチャールストンの指示は、実に的確だった。そして、より速く、より確実に動く指針を得た人々は、潮が引くように街並から消えていく。
「っち、ケルベロスか!」
 我に返った氷狂は舌を打ち、獲物を探して高い視線を四方へ馳せた。そして林立するビルの手前、置き去られたワッフルのワゴンの傍らに腰を抜かす制服姿の少女を見つける。
「い、嫌……こ、来ないで下さい」
 震える声に、氷狂はむしゃぶりつくように跳ねた。
「凍れェ!」
 振り抜かれた刃から、冷えた光が放たれる。それは過たず、少女を捕えた。
 しかし。
「ッチ、囮かよ」
 変わらず震え続ける――つまり、デウスエクスの一撃を耐えきった少女に氷狂は事態を悟る。そう、彼が痛めつけたのは常人に非ず。ケルベロスの氷月・沙夜(白花の癒し手・e29329)。
「ふざけた真似をっ」
 地団太でアスファルトを揺らした巨漢は、改めて周囲を見渡す。
 一時前まで獲物で溢れていた通りから、次々と餌が消えていた。父親は幼子を抱え、派手な格好の女性は老翁に手を貸して。それでも間に合わない者を、奏多が人外の力で次々に担ぎ上げている。
「つまらん真似しやがって……ん?」
 その時、氷狂は気付いた。奏多の目線が、自分を挟んだ対角線上の位置に転ぶ少女に向けられている事を。その眼が、『間に合わない』と言っている事を。
「んん?」
 お誂え向きなシチュエーションに、氷狂は僅かに逡巡した。それが、十分な間になるとも気付かずに。
 そして雪の毛玉にも似たウイングキャットを従えた男とも女とも迷う一人――成瀬・涙(死に損ない・e20411)が、少女目掛けて低く飛ぶのに賭けた。
「ソレは、俺が貰ったゼェ!」
 涙の懸命さに触発された男は、足元に纏わりつくステンレスの箱じみたミミック――ソフィアのサーヴァントヒガシバ――を蹴飛ばし駆ける。
 けれど襲われた少女は、ニコリと笑った。だって、彼女もケルベロス。春告げの花を緑の髪に彩る花露・梅(はなすい・e11172)だったのだ。
「畜生、またかよ!」
 罠にかかった男は、即座に身を翻す。しかしそこには、既にアレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)がいた。
「お頭はあまりよろしくないようですね?」
 見上げた顔を、アレクセイは満月の瞳で一瞥する。
 冴えた眼光の裡に在るのは、このような残虐な所業は決して見せたくない愛しき人への想い。姫と謳う彼女を悲しませるような事は、男にとって全て赦せぬ罪過。
「ダメです、させません。貴方のお相手は、私達です」
「バカにしやがってっ」
 膨れる怒気が孕んだ冷気に、寒がりな男は肩を竦める。
「堕ちた勇者を狩るのも、また一興」
 氷の様に淡く儚く散らしてしまわねば。
 くふりと男は笑み、そのまま白銀竜を象る大槌を振り上げた。

●たがための
 息を殺す気配は、隣接する無機の箱から無数に発せられている。だのに、もう。氷狂の目にはケルベロス達しか映っていなかった。
「喰らえェ!」
 迸った蒼いオーラがアレクセイ、梅、沙夜を目指す。だが、着弾よりヒガシバと翼猫のスノーベルが射線に飛び込む方が僅かに早い。
「ありがとうございます!」
 庇ってくれた銀箱にぴょこんと頭を下げた梅は、けれど顔を上げた時には並々ならぬ気迫に満ちていた。
 囮を演じた際に受けた傷は癒え切ってはいない。それでも少女は小振りな翼を羽ばたかせ、真昼の空へ跳び上がる。
「わたくしたちが、頑張らねばならぬのです……!」
 救える命を救う為。日々を戦い遠く生きる人らを守る為。梅は流星の耀き宿す足先で、巨躯の肩を強かに打ち据えた。
 僅かに傾いだ躰に、浮きかける脚。その着地点へ、冴えた眼差しの奏多が素早く走り込む。
「アンタらは、厄介事ばかり思いつくよな」
 評す口振りも、動かぬ表情も常の侭。しかし人々を運ぶ為に、敵へ背を向ける事を厭わなかった男の一瞥には、他者の知り得ぬ熱が籠る。
「ま、上々だろ」
 剣戟しか聞こえぬ世界で、奏多は研ぎ澄ました拳を氷狂の踝に叩き込む。
 万事がピタリと嵌った避難は、予想された時間の三分の二で終わっていた。その分だけ早く戦いに集中出来たケルベロス達は、一気呵成にデウスエクスへ詰め寄る。
「はぁ」
 己が手元から、敵背後の壁を経て、氷狂の後頭部へ弾丸を当てたチャールストンはわざとらしい溜息を吐いて肩を竦めた。
「終身刑を受けたも同然の存在が、こうも簡単に解放されては困りますね。こういう事例には、種族問わずきちんとした法が必要ですな」
「はァ? 何言ってんだッ」
 小難しそうな言葉の羅列に、咎人は必要以上にいきり立つ。その隙に、
「ん……」
 喉灼く青い炎を揺らし、涙はスノーベルと視線を合わせ。それだけで意を通じた二者は、涙は前を担う者らへ、そして翼猫は後方に控える者たちを癒す力を練り注いだ。
「私も、負けていられませんね」
 若く見えてもその実、齢六十。日頃は怠惰に過ごすソフィアも、今日は若かりし日を思い出し。毅然と、そして超然とした態度で無頼の者をねめつける。
「此方の慈悲を呑まぬあなたに、微塵の未来も赦しません」
 アルティメットモード――運命を決す戦いに挑む勇ましき姿で仲間を鼓舞した天使は、ヒガシバが食らい付く右脚へ縛霊手の拳を見舞う。
(「嫌な予感というものは、当たるものなのですね……」)
 同じ予感なら、皆を幸せにするものが叶えばいいのに。
 そんな願いを頭の隅に過らせ、沙夜は人々を幸福にする一歩を刻む為に、まずは自分の傷を癒やす。
 ケルベロスが倒れてしまっては、守れぬものも守れなくなるから。
 そして同じ想いを抱くラズリアは、瞳に収まり切らぬ巨体を見据えて飛翔する。
「痴れ者が……引導を渡して差し上げましょう、この手で」
「なっ」
 目線がかち合う高さに至った翼に、氷狂は思わず鑪を踏む。それだけの闘志が、今のラズリアには漲っていた。
「死を司りし忘却の王よ、我が呼び声に応え給う。深淵より生まれし終焉の矢を持て、汝が敵を射抜け!」
 喚び出すは、古の剣姫に討たれたという亡霊王が弓矢。星光の弦より放たれし矢は、デウスエクスの蟀谷を貫く。
「ガ、アッ」
 早くも天を仰いだ敵を見上げるアレクセイの心中は穏やかではない。この種族を前にすると、どうしても好る女に縁ある敵を思い出してしまうのだ。
(「……忌まわしい」)
 だが自然と力が入る体とは裏腹に、仲間が戦い易くするのも己が役目と自認する彼の心は、至極冷静にアレクセイへ武術棍を振るわせた。
 炸裂する、攻撃力を削ぐ縛め。
 その効果は、直後に涙へ向けて薙がれた剣の威力を低めてみせた。

●『慾』の結末
「アンタの氷、温いな」
 自らの手で張り付けた氷狂の左踝の氷膜を視界に収め、奏多は抑揚なく言い捨てる。
「言わせておけば、テメーらっ」
 単純な評価を装う挑発に乗った男は、目を血走らせた。その鬼気迫る表情に、沙夜はごくりと喉を鳴らす。
(「恐いというのは、本当」)
 氷狂を釣る為に見せた怯えも、嘘ではなかった。命の奪い合いは、今なお恐ろしい。
 しかも、今日は。獲物に対する嗅覚のせいか、敵は癒し手である沙夜と、彼女を補いつつ盾も担いに前へ出て来る涙へ攻撃を集中させている。
(「ですが、それより。誰かが殺される方が、私は恐ろしいから」)
「どんなに怖くても! 私はっ」
 強くアスファルトを踏み、沙夜は込めた決意に瞳を輝かせ、巻き添えを喰らった梅やアレクセイを柔らかな光のヴェールで包み。そんな少女の気概に触発されたように、涙も笑いそうになる膝を叱咤した。
「……もう、春だ」
 凍るのは貴方だけで十分です、と時さえ凍らす弾丸を発したラズリアの声に一つ頷き、涙は訥々と想いを零す。
「……氷は、溶ける。溶かす、んだ」
 青年でありながら、見た目同様、涙の声は中性的な響きで。
「甘く苦く麗しい罪の記憶。貴方の罪はどんな華を咲かせるのでしょう?」
「欲望に……溺れる、の……は。情け、ない……よ、ね」
 罪過の種を魂に穿つアレクセイの朗々とした詠唱と、涙の吐露が不思議な調和を遂げ、賛美歌のように清く大気を震わす。
 だが、彼らが繰る力は苛烈。
 種より芽吹いた漆黒の茨は、氷狂の全身を引き裂き、おぞましき大輪の黒薔薇を咲かせ、
「汚させ、ない……いや、お前の血で、汚して……あげ、る」
 氷の靴に炎を纏わせた涙の蹴りが、黒花弁ごとエインヘリアルに血を飛沫かせた。
「クソォ、くそぉ!」
 癇癪を起した子供のように、氷狂ががむしゃらに剣を払う。迸った氷は、涙やチャールストンらを舐める。が、誰一人堪えた風ではなく。
「参ります!」
 陽光をチラチラ美しく反射する冷気の中を、梅は弾むように疾駆して、
「忍法・春日紅!」
 黒の残滓に新たな彩を咲かすよう無数のお紅の花弁を舞わすと、その美しさに呆けた巨躯の背後を取って背骨に添って足を蹴り上げた。

(「全く。コギト姿の方がキレイだし、迷惑な事にもならないのに。余計なことばかり」)
「罪は、裁かれます――捕まえた」
 胸の裡ではいつもの呟きのまま、口では高圧的に敵を捻じ伏せ。ソフィアは巨大化させた縛霊手で巨躯を挟み込む。
「さぁ、ひしゃげて潰れなさい」
 調停者時代に双掌裂界撃の仕掛け損ねに端を発する、ソフィアの豪快な力技。衝撃に、男を護る鎧が割れて飛び。それを避けた沙夜も、ヒガシバが投じた黄金の実を追って凍てた弾丸を放つ。
 エインヘリアルとケルベロスの戦いは、開幕の避難誘導の速やかさに象徴されるよう、人々を救いに来た側の圧倒的優位で推移した。
「貴方の、下卑たやり口がただただ許せないのです」
「弱い物いじめは絶対にダメなんです!」
 ラズリアの稲妻奔らせる突撃に、梅が射掛けた妖精の矢が合わされば氷狂の眼差しは虚ろに揺れ。アレクセイが唱えた古代語により齎された光線に、太い腕がダラリと垂れる。
「せめて、一人くらい殺させろよぉ!」
「……させ、ない」
 それでも何とか払った剣は、涙が止めた。
「ところで、アタシ。さっきは法が必要とか言いましたけど」
 口惜し気に踏み鳴らされる足元へするり駆け寄り、チャールストンは罪深きデウスエクスを仰ぎ見る。
「法は基本的に『人』を裁くものですから。人外の存在に当て嵌めるのには無理がありますし――つまり、アナタを裁くのは我々……判決の時間ですよ、ベイビー」
 勿体つけるように一呼吸あけ、チャールストンは高らかに謳い告げた。
「世界は舞台。神々は観客。生者は演者。人生は花道」
 それは断罪の結審。
「アナタは登場する。見る。歩む。そして今……『退場』する」
 自らのグラビティ・チェインを凝縮し生成した弾丸を撃つ、とっておき。それが氷狂の腹を貫いたのを見止め、奏多も静かに――此方は銀を媒介とした魔術で以て一発の弾を生成する。
「他者を害し、貪るだけの独り善がりの慾ならば――」
 遠い昔、追いかけるように見たある男の背中。そこから奏多が受け取ったのは、守りたいなら、何が何でも守り抜くという強き意思。
 しかし、そんなものを心に飼っているとは思えぬ風情で男はあっさりと言う。
「今度こそ、抱いて溺れて永久に眠れ」
「……!!」
 氷狂の額に突き刺さったのは、限定的に空間を固定する弾丸。直後、エネルギー嵐と化して爆ぜたそれは、街から冬の気配を一息に拭い去り、強い恵風を齎した。

●春に笑み
「すまない、そっちのガードレールを頼めるか」
「わかりました」
 壊れたワゴンに癒しの雨を降り注がせる奏多の言葉に沙夜は頷き、ひしゃげたガードレールへ走る。
 戦いは終わった。
 疵跡も、見る間に拭い去られてゆく。
「皆さん、もう大丈夫です。お怪我などされた方がいらしたら、遠慮なく仰って下さい」
 ラズリアが屋内に避難していた人々へ危うい時の終わりを告げて廻れば、あっという間に日常が戻る。
「はぁ、久々にあの感じは疲れたわー」
「寒かった……帰ろ?」
 緊張から解き放たれ、ソフィアは文字通り羽を伸ばし。涙はもふもふのスノーベルを抱え上げて抱き締め、ほうっと丸い息を吐く。
「全く。春の日に砕けて散る氷は、風に舞う桜のようで好きなのですが。罪人のそれでは、些か見栄えが劣りましたね」
 今日の頑張りを姫はきっと褒めてくれるはず、と既に浮き立ち始めた心の侭にアレクセイが揶揄ると、我慢から解放された煙草を一本取り出したチャールストンは、ふと思い出す。
「そういえば、あの人に判決内容を言うのを忘れてました」
 しかし、まぁ。
 言う必要は既にないし。可哀想なお頭の持ち主だったが、流石に言いたかった事は伝わった筈。
「一つの行動は、百の言葉に優る――です」
 嘯いた男は、店先に置かれたスタンド灰皿にふらりと寄って火を灯し。ぷかりと吹いた紫煙の向こうに、駆け出て来た子らを両手を広げて満面の笑みで迎える梅の姿を見た。
 それはまるで、春の妖精達の戯れのように和やかで。冷えた愚昧な慾の残滓さえ、昇華させる。
「実に、結構結構」
 空は霞んだ晴天。
 吹き抜ける風は、柔く優しく、何処か香り。
 事の結びにするには、最良の一幕だった。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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