白薔薇の園

■リプレイ

●薔薇が蕾を作るまで
　ケーキ屋の奥、広めに作られた厨房に集まったのは、それぞれにエプロンや帽子を身に着けた女性達。
「薔薇作り頑張るのよ……！」
　こちらも耳や尻尾を丁寧に畳んで、エルピス・メリィメロウ（がうがう・e16084）が意気込みを告げた。
「では先生、よろしくお願いいたしますねえ」
　平坂・サヤ（こととい・e01301）をはじめとする技術習得者候補の前で、職人である城野・コハナが笑みを浮かべる。
「かわいい弟子がこんなにたくさん……皆に自慢しないとねぇ」
　緊張感とは無縁の様子の職人による、『生クリームの薔薇』の講習会が幕を開けた。
「まずは、実物を見てもらいましょう」
　取り出されたのは生クリームの絞り袋と、棒の先端に小さな円盤の付いたもの、所謂フラワーネイルだ。
「最初に土台の真ん中に山を作って、そこに巻き付けるように花びらを作っていくの」
　簡単でしょう？　と言わんばかりのざっくりした解説と共に、するすると動く両手がフラワーネイルの上に白薔薇を咲かせる。
「ほう。改めて見ると、これは……」
「見事なもんやなあ」
　あっという間の出来事に、ネロ・ダハーカ（マグメルの柩・e00662）とキアラ・ノルベルト（天占屋・e02886）が興味深げな眼を向ける。これぞ職人技、完成品は独特の生気を宿している……ように見えなくもない。
「とりあえずやってみましょう！　詳しい説明は後からするわね」
　実践重視の方針か、お手本披露もそこそこに、参加者に調理器具が配られる。
「ワタシ、こう見えてもちまちました作業は好きなのよ？」
「えっと、確かこーやって……」
　ふふふのふー、といつもの調子で鼻を鳴らしたエルピスが真っ先に手を出し、野々宮・イチカ（ギミカルハート・e13344）がそれに続いた。
「甘い白薔薇、か……」
　こちらも頭の中のイメージを膨らませつつ、ネロが薔薇の花びらを絞り出す。
（「ネロの手に薔薇かぁ、絵になるやろなー」）
　しかし、手元に何か大福みたいなものが出来上がっているのを発見し、キアラはそっと目を逸らした。
「イチカとエルピスは……おお、良い感じやな」
「あら、筋が良いわねぇ」
　キアラの感嘆の声に続き、コハナが頷く。
「ワタシのより上手にできてるのよ……！」
「そ、そうかなぁ」
　注目を集めたのはイチカの作品。動作の解析と再現、いわゆる『まねっこ』を得意とするレプリカントは多い。
　とはいえ、細かな力加減をはじめ、改善の余地はまだまだあるだろう。
「サヤも負けてられませんねえ」
　それに触発されたメンバーも、それぞれに新たな花を咲かせていく。白く柔らかく、甘い香りが厨房に広がっていった。

　そんなふわっとした雰囲気の厨房のさらに奥、バックヤードに当たる箇所に、調理に参加しない残りのメンバーが控えていた。
「お花くいーむたのしみだねーっ」
　厨房の様子をテレビウムのジルと共に覗きながら、シア・フィーネ（ハルティヤ・e00034）がにこにこと笑顔を浮かべる。
「シアねー、ネロちゃんお菓子作るのじょうずなの知ってるよ！」
「そうか、まあ心配はしていないが……」
　シアの言葉に、禁煙のためか手持無沙汰な様子でラルフ・ガーファ（アクロニム・e35444）が頷く。
「でも、時間はそれなりにかかりそうね」
　シアの隣で様子を見ていたイルルヤンカシュ・ロンヴァルディア（白金の蛇・e24537）が見立てを口にする。良くも悪くも大雑把、その辺りの気質を自覚してか、今回彼女は裏方に回っていた。
　手にしているのはボウルと泡立て器。そう、厨房で次々と咲く薔薇の材料は、ここで作られているのだ。
「まあ、その分はこっちで支えてみせよう。私のパワー見せてあげるよ！」
　かしゃかしゃと音色を踊らせるその横で、黒柄・八ツ音（レプリカントの降魔拳士・en0241）もスパイラルアームの要領で右手を高速回転させ始めた。

　とりあえず皆が一度触れた所で、職人から作り方の説明が入る。両手と道具の使い方、コツや注意点が、実演と共に並べられた。
「とっても難しいのよ……」
「今のところ、もっかい頼めるやろか……」
　それらを間近でガン見していたエルピスとキアラがそれぞれに唸る。教わった事を完璧に再現できるのなら話は早いが、そう簡単にはいかないものだ。
「でも、ちゃんとレシピと手法が決まってるなら、大丈夫のはずなのです」
　普段は隠れている眉間に皺を寄せて、サヤが手元に集中する。そう、手順が決まっているのは魔術と同じ。ならばそれは、彼女の得意分野とも言えるはず。
「大丈夫。大丈夫ですよ、ええ。……練習すれば」
　へにゃっとあらぬ方向に曲がった花びらを悲し気に見つめ、サヤはそう呟いた。
「む……だが、ネロよりは巧いな？」
「そ、そうでしょうか」
　その手元を覗き込んだネロが、自らもフラワーネイルを手に声をかける。どうやらこちらも苦戦しているのは同じのようで。
「ネロは手先は決して器用な方でないけれども、真摯に取り組めばきっと、きっと……」
　その指先が、甘い白薔薇を作り出す……そんな理想の下に生み出されたものは、そう、なんというか、えーと。
「……一緒に、がんばりましょうねえ」

　なお、こうして作られた白薔薇は順次奥へと運ばれていく。
「わーい、お花がいっぱい！」
「改めて見ると、すごいな」
　歓声を上げるシアの横でラルフが頷く。色こそすべて白ではあるが、花の形も大きさも様々。有体に言えば失敗作の山だが、それは花畑のような風情も併せ持っていた。
「シアにはまずこれを食べてもらおう」
「わあ、ネロちゃんありがとう！」
　そう言って、ネロからシアへ先程の試作品を乗せたフラワーネイルが手渡される。
（「キャベツ……？」）
（「キャベツだこれ」）
　なんとはなしにそれを見ていたイルルヤンカシュと八ツ音が似たような感想を抱いたが、とにかく。
「綺麗な薔薇を食べさせてあげられなくてごめんね……」
「ううん、あまあまでおいしーよ！」
　笑顔で花びらを食むシアの様子に、ネロが安心したように微笑んだ。
「……さて、それじゃこっちも行くか」
　覚悟を決めたようにラルフが呟く。彼等が担うべき役割は極めて重い。捨てるわけにはいかないこの大量の花を、これから全部食べるのだ。
　最初の幾つかは美味しく食べられるだろう。だが問題はそこから。早々に胸やけの気配を感じ、ラルフは内心途方に暮れた。
「みんな、がんばれー」
　役割はまたシアも同様。食べるペースは早くないが、こちらにはバラを生み出すメンバーに向かって声援を送る余裕もある。
　テレビウムのスゥとジルもそれに合わせた応援動画を流していくなか、練習は着々と進んでいた。
「クリームの味見、お願いしてええカナー」
「ねーねーこっちの、味はどう？　どんな感じが良いのかな、教えて？」
「ちょっと待ってくれ……！」
　煮詰まってきた部分もあるのだろう、キアラとイチカは白薔薇を食する側のメンバーに意見を聞きに来ていた。だがしかし、原料が同じなのにそんなに差が出るものだろうか。もはや味覚が麻痺しつつあるラルフの横で、明確に答えを返す少女が一人。
「んーとね、シアはこっちの方がふんわりしてて好きかなっ」
「なるほどな、食感に違いが出るかー」
「じゃあ、こっちはどう？」
　何かしらヒントを得たようで何より、だが……。
（「この余裕は、一体どこから……？」）
　平然としたシアの様子にしばし戦慄の目を向け、やがてラルフも負けじと手と口を動かし始めた。
　それぞれに役割を担いつつ、戦いは続く。

●薔薇の蕾が開くまで
　集中力の賜物か、練習の時間は飛ぶように過ぎていった。
「お、かなりうまくなってるね」
「ふふー。こうやってゆっくり、丁寧に花びらを重ねていくのよー」
　補充の生クリームを持ってきたイルルヤンカシュが、エルピスの作品を見て感嘆の息を吐く。
「やってみる？」
「いや、そっちの事は皆に任せたからな！」
　少なくともここまでずっと眺めてきたのだ、細かな差など分からなかった彼女の目にも、仲間の上達の程はしっかりと映っていた。
「イルルん、こっちにもくれるかー？」
「ああ、ちょっと待っててー」
　これはちょっと、腕がだるいとか言っていられないか。そんな事を考えつつ、イルルヤンカシュは仲間の声に応えて動き出した。

「大分出来てきたわねー。それじゃちょっと、休憩しましょうか」
　出来栄えを満足気に見つつ、コハナが皆にそう声をかける。準備する事しばし、テーブルの上には皆の作った白薔薇が並び、八ツ音と甘紋・琉璃（アルバイトマスター・e22318）の手でコーヒーやら紅茶やらが配られた。
「おおー、壮観ですねえ」
　スマホで写真を撮り始めるサヤの横で、イチカは中央の花瓶に活けられた本物の薔薇に視線を注いでいた。
　付近では「休憩でもやる事は変わらない」と分かったラルフが死んだ目をしているが、こちらはあまり気にしなくていいだろう。
「なるほど、こうなって……」
　生きた本物は、確かな手本となり得る。
「食べないのかイチカ」
「んー……うん、わたしは別に、いいかなぁ」
　かけられたネロの言葉に我に返り、イチカが曖昧な調子で視線を外す。甘いものは嫌いじゃないし、白薔薇の味に興味もある。しかしそれより気になるのは、最近増え気味の例の数値だ。
「ちーちゃんはワタシ達の作ったお花じゃ不満なのね？」
「そうか、悲しいなぁエルピス」
「えぇー、その言い方はずるいよお」
　目元を押さえて嘆く二人にイチカが困ったように眉根を寄せる。明らかに嘘泣きだが、それを指摘したところで状況は変わらないだろう。きたないさくせんである。
「んー、まだ何か足りない気がするのですよ」
「サヤも気になるのね？　体重が」
「……はい？」
　イルルヤンカシュの問いに否定で返しつつも、視線はそれぞれの白薔薇へ。職人製のものと、自分達のもの、その差は何か。
「うーん……？」
「目的とかやろか？」
　キアラが言及したのは、作業を繰り返す内に薄れてしまう、初心についてだ。
「うちもね、綺麗な薔薇をこの手で咲かせたい。見てみたい、見せたいって、最初そう思ったんよ」
「そうねぇ、思い入れは大事だと思うわ」
　コハナもまた、自分の作ったそれを見つめ、摘まみ上げる。
「こんなもの、無くても人は生きていけるわ。でも、この薔薇は人を笑顔にできるの」
「……なるほど」
　色んな感情の篭った視線から、何かを感じ取ったようにサヤが頷く。

　が。

「あ、違うわ。ごめんなさい」
「えっ」
　インタビューの才能があるわね、とキアラに照れ笑いを向けて、職人は最初の問いに触れる。
「これは料理や美術品よりも、工芸品に近いの。物を言うのは才能と技術、そして何より、経験よ」
「は、はい」
「数を、こなしましょう？」
　出てきたのは、とてもどろくさい回答だった。
「わーい、まだいっぱい食べられるね！」
「……今のは、俺の聞き間違いか？」
　八ツ音は鎮痛な面持ちで首を横に振った。三食生クリーム生活はまだ続く。

●咲かせた薔薇の活かし方
　そうして練習漬けの三日が過ぎた後、二人の男がコハナのケーキ屋を訪れた。雑誌を読んで興味を持った、デコレーションの技を教えて欲しい。来客二人の主張はそんなところだ。
「あいにくですが、コハナ先生はお出かけしているのですよ」
　店の中からそう応対しつつ、サヤが手元に一つ薔薇を生み出す。それを見た二人組は一度顔を見合わせて、すぐにこう申し出た。
「見たところ、あなたも良い腕をしているようだ。よければ、そのコツを教えてもらえないだろうか」
「サヤがですか？　どうしましょうかねえ……」
　悩むふりをしてみせて、サヤは厨房の奥に隠れたキアラに目配せを送る。
（「おっけーです」）
（「案外ちょろいもんやなー」）
　親指を立ててそれに応えたキアラは、そのままこっそりと裏口へと消えた。

　二人の弟子入りを快諾したサヤは、授業のためとして二人を付近のキャンプ場へと連れ出した。
「綺麗なバラが咲いている場所があるのです。きっと参考になりますよう」
　茂みを覗き込むように促して、二人の男が揃ってそちらに目を向けたタイミングで――。
「ざんねん、うそでしたー！」
「引っかかったね！」
　飛び出した黒い影、エルピスとイチカがそれぞれの相手にスターゲイザーを見舞う。
「なに、これはどういう……！？」
　衝撃にたたらを踏みつつ、攻撃を受けた二人がサヤの方へと向き直る、が。
「察しが悪いようだな」
「大人しく、ここで潰されろ！」
　代わりに立ちはだかったネロとイルルヤンカシュが、炎と掌打でそれを迎え撃った。
「謀ったな、小娘」
　螺旋忍軍としての本性を露にし、仮面を被った男がナイフを投擲する。
「嘘ついとったんはそっちも同じやろ？」
　サヤを狙ったそれにキアラが割り込み、足技で撃墜。その間に後方に位置取ったラルフと、ジャマーとして中列についたサヤが仕掛けた。
「往生際が悪いな」
「逃がしませんから、覚悟すると良いのですよ」
　ロッドから飛び出した使い魔と、紡がれる古代語による石化光線で敵を牽制。距離を開けたそのタイミングで、シアの展開した光の雨がケルベロス達に降り注いだ。
「シアのだいすき、みんなにとどけっ！」
　はぴはろ。派手に舞い散る光と影。甘味を思うさま味わった分、いつもより盛大なそれらが仲間達に力を与える。
　その力に背を押されつつ、スゥとキアラが前線に並び立った。
「技術は、奪うんやのうて継いで継がれてくもの。そこんとこ頭にぶちこんであげたる！」
　奇襲は成功、準備は万全。キアラの堂々たる宣告と共に、ケルベロス達はさらに敵を追い詰めにかかった。

　ナイフ投げを用いる個体と、火を吹く個体。二体の螺旋忍軍はそれぞれに連携を取りつつケルベロスに抗戦する。
「燃えてしまえ！」
「通すかよっ」
　広がりゆく炎の吐息に、イルルヤンカシュとウイングキャットのオニクシアが身を晒す。だが赤く燃える風の中、彼女はさらに一歩踏み込んだ。
「必殺の拳、抉り込むように打つべし！」
　炎の根本、火吹き男に一撃を打ち込み、その防御を崩す。
「追撃は任せてくれ」
　ネロの右手が竜の幻を紡ぎ出し、火吹き男の身を逆に炎に包んだ。
　一方、負傷したイルルヤンカシュにはシアからの気合溜めが飛んでいる。傷を負ったとはいえ、その表情にどこか余裕が見えるのは、後方からシアが支えてくれているという点もあるが。
「大丈夫？　熱くなかった？」
「なに、突っ込んだって俺が火傷するだけだろ？」
　主へ呆れたような視線を投げるオニクシアの後ろで、キアラが合点がいったように頷く。
「ああ、なるほど。シンプルな状況やからなぁ」
　それは、ここまでの技術習得の成果と言えるだろう。囮作戦の成立により、庇うべき職人も、避難させるべき市民も、流れ弾が気になる建物もここには存在しない。
「ああ、そういう事だ。まだまだいけるぜ？」
「それじゃうちも……！」
　多少の無理は利く状況、キアラもまた降魔真拳の構えを取った。

　敵の連携もさることながら、ケルベロス側の動きはそれを凌駕している。他に外的要因の無い現状、初動の差は覆らぬまま戦いは佳境を迎えた。
「もう教える事は特にないのですよ。ヘコんでてくださいねえ」
　サヤの手による達人の域に至った打撃。バールの先端がえぐい音を立てて火吹き男に突き刺さる。
「おもしろそうね！　ワタシもやるのよー」
　エルピスが助走をつけて投げたバールもイイ音を立てて命中。そこに最前列、攻撃手を務めるイチカの音速の拳が振るわれた。
　打ち込まれた楔を生かすのもまた連携の妙か。続く拳撃はバールの上で弾け、吹き飛んだ螺旋忍軍はそのまま力尽きた。
「薔薇の練習の方が、よっぽどたいへんだったかも」
　手応えを確認しながらのイチカの言葉に、頷いたのは上空に居たラルフだった。
「……まぁ、そうだな。あの生クリーム地獄に比べれば、この程度」
　二段ジャンプで投刃を躱し、大鎌で輝く弧を描き出す。
「口直しだ。魂を寄越せ」
「くッ……！」
　生命力を吸い取る刃に切り裂かれつつ、逃れた先には。
「つかまえたよーっ」
「君達の企みもこれでお終い、というわけだ」
　シアの縛霊手が待っていた。鷲掴みにする巨大な手の内から逃れる間もなく、オーラを纏ったネロの拳が、螺旋忍軍を貫いた。

●花束をあなたに
「何にせよ、コハナが無事でよかった」
　脅威となる敵は倒れ、職人の命は護られた、言うまでもない、ケルベロス達の完勝である。
「お祝いにコハナちゃんのケーキ、食べたいカナー！」
「あっあっ、サヤも味見を！　ひとくち！」
　ネロが職人の無事を確認したところで、シア達がそう申し出る。
「わたしは、えーっと……！」
「良いんじゃないか、運動しただろ？」
　悩むイチカの背をイルルヤンカシュが小声で押す。そんな様子を笑顔で眺め、コハナは彼女等に一つ提案をすることにした。
「じゃあスポンジだけ用意するわね。せっかく覚えたんだから、皆で飾ってみせて頂戴」
「なるほど、卒業試験みたいなもんやな！」
「じゃあ真ん中はワタシがもらうのよ！　ふふふのふー」
　最後の最後まで味わうことになるのか、と。話の流れにラルフが苦笑する。
「……まあ、これで最後だよな？」
　それでも、このケーキはきっと、ここ数日でも一番の味となるだろう。
　柔らかな甘い白薔薇は、笑顔のために咲くのだから。

作者：つじ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年6月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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