ミッション破壊作戦～気力は充分、ならば断行だ

■リプレイ

●攻撃
　大航海時代を思わせるような、骸骨旗を掲げた海賊船が悠然と大海原を進んでいた。
「直上敵襲！」
「くそっ、またか！」
　見張員の怒号に、海賊船長アルビルダは空を見上げた。それと同時、雲間からケルベロスが猛烈な勢いで急降下してくる。
　戦端を開いたのはウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）。
　今度こそ絶対に、この魔空回廊は破壊します！　視界に捉えた巨大なバリアに必殺の勢いでグラディウスを突き出せば、衝突と同時に大蛇の如き稲妻が生み出されて光が往く。
「ここで終らせます。これ以上、強盗略奪を是とする無法者なんて許しておけません！　ここで海の藻屑となってください！」
　もう同じことを繰り返したくは無い。戦いの鎖断ち切る為に、いままでこの魔空回廊に挑んだ者たちの顔を思い浮かべながら、ウィッカは全ての力をグラディウスに注ぎ込み、思いから紡いだ破壊の嵐を生み出す。
　海賊船上は一瞬にしてパニックに陥った。
　魔空回廊を守るバリアは衝撃を受け止めて鳴動し、その真下に位置する海賊船も被害を受けて甲板のそこかしこに空いた穴から炎が上がっている。
「なんでやられっぱなしなんだ！　おかしいじゃねーか！！」
　爆煙が急速に広がり始める中、煙の隙間にウィッカの姿を認めた船員が攻撃を放つが、当たるはずも無かった。
「バカヤロー！　敵はひとりじゃない、身を隠せ」
　続いて、御子神・宵一（御先稲荷・e02829）が耳をつんざく落下音と共にバリアに迫る。
「獣以下の貴様らは！　獣以下の惨めな死がお似合いだ」
　宵一はこれまでの戦いで積み重なった、人を家畜や餌、玩具扱いするデウスエクスへの強い嫌悪や憎悪の感情、日頃は表に出さないそれらの思いを、グラディウスに込めて叩き付ける。
　今度は魔物の触手のように伸びる稲妻が甲板のそこかしこに落ちて、爆発音が連続する。稲妻の直撃に上半身を焼かれた見張員が倒れる。舞い上げられた船体の破片が舷側にバラバラと落ちて何本もの水柱が上がり、根元から折れたマストが燃え上がっている。手を貸す者も居ないまま何人もの乗員が倒れ、うめき声を上げている。
（「弱肉強食は殺戮や略奪、弱者を虐げることを是とし、てめぇの蛮行を正当化する為の言葉じゃない。単に自然の摂理を表しただけだろ」）
　攻撃に継ぐ攻撃、投げつけられた叫びと怒りが爆発音に混じって響き渡る。辛うじて立っていた船員が悲惨な甲板の情況を目で知らせている。アルビルダが口を開こうとした瞬間、頭上から、黒須・レイン（小さな海賊船長・e15710）の叫びが響きわたる。
「海を独占し、非のない人々を苦しめるなどと……！」
　海賊とは自由の象徴、海賊とは誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも勇気ある者だ。幼い頃、繰り返し読んだ絵本に描かれた海賊はヒーローであり、可能性であり、夢である。レインは信じる思いを叫びに乗せる。
「お前は海賊ではない！」
　故に自由と恣意的な蛮行との違いを履き違えた愚者は叩き潰す。
　己の信じる海賊の名を貶める者は存在させない。だから許さない。レインは思いを籠めた。そして間近に迫るバリアを目がけて両手で振り上げたグラディウスを叩き付けた。
　轟音が響き渡り、広がる煙は濃い霧のように視界を覆い始める。一矢を報いようと煙の上に跳び上がろうとしていた船員が雷に打たれて水風船のように爆ぜた。
「どこだ、ケルベロスども正面から掛かってこい！」
　漂う爆煙は空を覆い、もはや降下してくるケルベロスの姿を認めることも出来ない。
　別の船員が物陰から立ち上がり、狂ったように咆哮しながら、弓を引き絞る。上はどうなっているのか、敵は何人だ？　他の船員は、船長は事態を掌握しているのか？　そうあって欲しいと願いながら当たるはずも無い矢を放つのが、その船員にとっては最大限の反撃であった。
「ざっけんじゃないよ！　地球の海はアタシらのモンだ！」
　空気を裂く唸り音を立てながら、リスティ・アクアボトル（ファニーロジャー・e00938）が突っ込んで来る。
「こっちのシマにしゃしゃり出といてデカい面してんじゃない！」
　軽い声質の叫びが響き渡ると同時、二連の赤髪を炎のように曳き、頭上にグラディウスを掲げたリスティが激突する。激しい衝撃に弾かれた勢いを身体の回転で弱めながら、リスティは甲板に降り立つ。
（「こんなものかね。さてさて、レインはうまくやれたのかねえ」）
　濃い煙に覆われて具体的には見えないが、見るも無惨な地獄絵図が広がっているのは想像できる現況。
　爆音に続いて、亀裂を押し広げるような高音が鳴り響く中、顔を上げたアルビルダの目には視界を覆う濃煙を割いて輝く雷光が、弓を引き絞った船員の身体が真っ二つに裂けるように見えた。
　グラディウス攻撃の余波の生み出す稲妻はグラディウスを持たない者たちを容赦なく襲う。恐るべき電撃を避けるため船員たちは甲板を這いずり回るしか無かった。
　バリアには亀裂にも見える筋が見えるが、まだ健在と言える状態だろう。しかし重い金属をこすり合わせるような奇妙な音を立て始めているようにも感じた。
「俺は、俺は……渋くて、カッコいい、英国風老紳士になりたいんだー！」
　濃煙に視界を覆われるアルビルダたちの耳に、平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）の叫びが響き渡る。
　現実はいつだって彼に厳しかった。現実と願望の乖離への個人的な憤りを乗せて、息を継ぎながら和は叫んだ。
「諦めきれない！　遠いからこそ憧れる！　手に入らないからこそ夢に見る！　奇跡よ起これと神にも祈る！
　爆炎と稲妻が同時に襲いかかってくる。防御側にとっては、永遠に続くかのように錯覚しそうになる長い時間だ。幾分、攻撃は緩んだように感じたが、煙はますます濃くなり、穴の開いた甲板からも黒煙が立ち昇っている。
「海賊女っ！　手前と手前の配下に殺された俺の仲間たちの想いも込めて手前に弾丸のフルコースをプレゼントしてやるぜ！」
　次の瞬間、咆哮を思わせる叫びと共に、レクス・ウィーゼ（ウェアライダーのガンスリンガー・e01346）の手にしたグラディウスが衝撃と閃光を散らす。
「もう二度と大切なものを、誰かを喪って泣く奴を出させない為にっ！　守ろうと戦った誰かの命を奪わせない為にっ！！」
　強烈な反動に耐えながら、レクスはさらに強くグラディウスを押しつける。それは正に地獄の番犬ケルベロス、食いついたら放さない、彼自身の牙であるかのようだ。だが、立ちはだかるバリアはその牙を弾いた。衝撃に弾き飛ばされ、落下してゆくレクスの脳裏に浮かぶのは散華した戦友たちの面影、命を奪った敵への怒りに握りしめた拳が震えていた。
　入れ替わるように、空気を裂く勢いを増しながら降下するのは、フィスト・フィズム（白銀のドラゴンメイド・e02308）。
「私たちには守るものがあるんだ！　家族、仲間、友だち、そしてこれから生きていく未来も！！」
　目を閉じて両手で構えたグラディウスを突き出す刹那、フィストの中に思い浮かぶのは、彼女が幼い頃、誇り高い戦いに身を投じて果てた父と父の戦友たち。次の瞬間、その心中に巡らせた思いと共にフィストはグラディウスを叩き付けた。
　グラディウスを所持しない者に取っては絶望したくなる閃光が爆ぜ、稲妻と炎が嵐のように荒れ狂う。船体が揺れ、黒焦げになった船員の身体が宙を舞う、アルビルダは踏ん張った足と拳に力を入れ煙の外には何も見えない頭上を睨み据える。
　煙に隠された魔空回廊を防護するバリアには白い筋が広がり、攻撃を受ける度に枝状の分岐を繰り返しながら伸び続けていた。
　穴だらけの甲板からは黒と灰色の煙が溢れ出し、中では深紅の炎が渦を巻く。海賊船は燃え始めていた。
（「まっくろなけむり、わたしのこころとおなじ。このなかで、あいつらがしんでいくとおもうと、むねがおどるわ」）
　憎悪に満ちたささやきが心の中でこだまする中、四月一日・はつね（刹月華・e17131）は、地獄化した左腕でグラディウスを握る右腕を支えるようにして、垂直に近い角度で急降下する。
（「こんなにうれしいことはないわ、だって、だいきらいなあいつらをころせるのだもの！」）
　加速に比例して空気を裂く音は高くなるが、心の中の声が途切れることはない。
「たとえ、仇がお前らだろうと、なかろうと、エインヘリアルは全て殺してやる！！」
　濃縮された闇の如き叫びと共にグラディウスをぶつけた瞬間、世の全ての音が消えたように感じられた。
　そして宙に浮かぶ魔空回廊に一筋の光が走る。
　同心円状に広がる高速の衝撃波が大気を揺らし、遅れて海面に巨大な波紋を広げる。そして凄まじい爆発と前後して、魔空回廊も、それを守るバリアも、まるで自重に耐えられなくなった高層建築のように崩壊しはじめる。

●撤退戦
「……やった、のだな？」
　崩れ落ちる消滅してゆく様子は視界を覆う煙に阻まれてよく見えないが、頭上を覆っていた重圧が霧散する感覚に魔空回廊の破壊成功を誰もが直感できた。
「間違いありません」
　特に今回３度目の攻撃に挑んだレクスとウィッカの胸には万感が去来するが、感慨に浸ることは無かった。なぜならここは敵地の中枢で混乱に陥っているとは言え、敵軍は８人では太刀打ち出来ない戦力を有している。
　ただし、稲妻と爆炎の嵐に襲われた海賊船もまた、その巨体を震わせており、今や航行も惰性のみで進んでいるように感じられる。
「速やかに撤退しましょう。これは頼みます」
「確かに」
　宵一の差し出すグラディウスをフィストが手にするとほぼ同時だった。ブワッと音を立てて、煙の中から姿を現したアルビルダが撤退しようとしていた８人の姿を認めて、巨大な舵輪を突き出す。
「逃がさんぞ！」
　ボロボロに傷ついたアルビルダではあったが、舵輪から生み出される旋風の威力は強烈なまま、フィスト、レクス、はつねの３人に襲いかかる。
「しまッ？！」
　僅か１分に満たない時間であったが、グラディウスを受け渡す時間が、気持ちでは警戒していても隙だった。
「フィスト、早く行けっ！」
　危険を顧みずに飛び込んできたレインは吠えると同時、グラディウスを集めたフィストを突き飛ばす。次の瞬間、その小さな身体はフィストの身代わりとなって、荒れ狂う旋風に舞い上げられる。
　黒煙と火の粉を巻き込んだ旋風の中で痛めつけられるレインの姿に、フィストは幼き頃の惨事の記憶を重ねるも、今は役目を優先して大空に向けて飛び立つしか無かった。
「速攻で倒す！」
　焦げた甲板を駆け抜け、最短距離で間合いを詰めた宵一の雷刃突がアルビルダに突き刺さり、間髪を入れずにリスティが魔方陣を展開する。
「Ｈａｒｄ ａ ｐｏｒｔ――っし、そこぉ！」
　魔方陣から呼び出された海水は生物の如くに躍動、透き通る氷の刃と化して敵に襲いかかる。
　続いて、ウィッカは甲板を蹴って跳び上がる。魔空回廊を破壊した今、怒りに燃えた全残存兵力が襲いかかって来るリスクに戦慄する。それだけは絶対に避けたい。
　最適手はアルビルダを倒した上での速やかな撤退。
　流星の煌めきと纏い凄まじい速さで放たれた蹴撃は強かにアルビルダを打ち据える。肉を抉り骨を打つ衝撃に、ウィッカはさらに力を込めた。
　レクスは垂直に掲げた刃から、穏やかなカーブを描く斬撃を走らせる。針の穴を通すような精密さで急所を斬られたアルビルダの腰に真っ赤な傷口が開かれれば、ソフィアと名付けられたビハインドがそこかしこに散らばる物を凶器と変えて叩き付ける。
　何の力もない私。
　家族の仇も討てない私。
　そんな私は、いらない。
「だから、お前らを殺すために、左腕と引き替えに、力を手に入れた」
　はつねは地獄化した左腕からリボルバーへ、弾丸に地獄の炎を灯し、銃口を敵に向ける。
「……燃えて、なくなれ！」
　はつねの抱く万感を乗せて燃えさかる弾丸は撃ち放たれる。次の瞬間、弾丸はアルビルダの左胸に突き刺さって赤黒い艶を放つ血液を噴出させた。
　万全の状態であれば、遅れを取る筈が無いと不運を呪うようにアルビルダは天を仰いで吠える。
　煙さえ無ければ、すぐに味方の助力も得られただろうに、だが今は叶わない。
「ふっ、味方の危機を救うのも男の仕事……」
　和が静かに宙を撫でると同時、宙を漂う御業が鎧の形と変わり、穏やかな風が渦となって吹き寄せ、傷ついたレインに癒やしと加護をもたらした。
「遅くなったけど、勇気の証を此処に！　さあ、どちらの旗が最後まで立っているか、勝負といこうか！」
　気力を取り戻したレインが自分の身長よりも大きな海賊旗を掲げれば、覚悟を決めた、アルビルダは片手で巨大な銛を構えると、その尖端をレインに向けた。
「ははは、そこまで言うなら、試してみるか？」
「のぞむところだ！」
　挑発に乗るわけでは無いが、守るべき魔空回廊を失ったアルビルダの決死の覚悟を、レインは直感した。次の瞬間、衝撃音が響く。突き出された巨大な銛と、レインのゲシュタルトグレイブが重なって火花を散らした。
「ヒュー、思ったよりもやるじゃないか」
　アルビルダの表情に皮肉を孕んだ笑みが零れ、応じようとレインが口を開きかけた瞬間、宵一が振り抜いたのは空の霊力を帯びた刃。斬撃の軌跡は脇腹から腰に刻まれていた傷跡をさらに斬り広げ、アルビルダの半身に血と肉の真っ赤な花を咲かせた。それに機を合わせるようにして、ウィッカは召還した氷騎士のエネルギー体を差し向けた。直後、アルビルダの下半身が氷に包まれる。
「やぁれやれ、敵と話こもうなんて、しゃーない子だねえ」
　目にも止まらぬ早さで、リスティは刃を突き刺して、アルビルダの上半身を瞬く間に凍り付かせると、レクスの方をちらりと見る。次の瞬間、レクスは片手で突き出したリボルバーの引き金を引く。
「手前の航海は此処で終わりだ、海賊女！」
　そして無慈悲に言い捨て、レクスはアルビルダの胸元に刻まれた銃創に、銃口を押し当てると、撃鉄を起こした。
「さあ今から弾丸のフルコースご馳走してやるぜ？」
　言い放つと同時、レクスは引き金を引く。何度も撃鉄を起こして引き金を引き続ける。
　装弾が尽きるまで、夢中で銃弾を撃ち込み続けた。
　いつしかアルビルダは両腕をだらりと垂らした状態で果てて、完全に動かなくなっていた。
（「……あいつらの墓参りの良い土産が出来たな」）
「さあ、急いでずらかるよ」
　そんなタイミングで、魔空回廊を破壊したケルベロスへ向けた憎悪の声を上げながら近づいて来る集団の気配に、気づいたリスティの声に促されて、７人は無言で頷き合うと、帰るべき所に帰るために、船縁を乗り越えて海に飛び込む。
　かくして最善の結果で任務を終えたが、警戒中の巡視船にたどり着き、一息をつくには、もうしばらく泳がねばならなかった。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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