紅い赤い梅の花

作者:狐路ユッカ

●暴虐
「キッヒヒヒ! どういう風の吹き回しかは知らねーが、晴れて自由の身だぜェ!!」
 京都府、とある神社の境内で暴れまわるのは身長3m程の筋肉質な身体を持つ男。――エインヘリアルであった。梅の花の枝が、ルーンアックスによって叩き落される。逃げ遅れた見物客の首も、同様に飛んだ。
「ッハハ、花なんか見て能天気な奴らだ! なぁにが楽しいんだか……知らねェがっ!」
 言葉尻に合わせ、逃げ惑う老夫婦の首を刈る。ぼとり、と頭部が地に落ちるのを見て、ギャハハ、と下品な笑いを響かせた。
「集まってくれりゃ殺し放題ってもんだ、ッハハ、こりゃ良いぜェ!」
 頭上の紅梅、地の血だまり。境内は、赤く赤く染まっていった。


「大変だよ。エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)さんに頼まれて調査していたら、梅の名所にエインヘリアルが現れて虐殺を行うということがわかったんだ」
 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は自分が予知した光景を思い出して震える手を握りなおす。
「現れるエインヘリアルは一体。彼は過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者で、命を奪う事に快楽をおぼえるとんでもない奴なんだ。放っておいたなら罪のない多くの人々が惨殺される……それだけじゃなく、人々に憎悪と恐怖をもたらして、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられる」
 それは絶対に許してはいけない。祈里は眼光をきつくした。
「止められるのは君達しかいない。現場に急行して、この事件を食い止めて欲しいんだ」
 エインヘリアルは筋肉質な身体を持ち、ルーンアックスを振るう男とわかっている。現場は梅の木が美しい神社の境内だ。花見客を事前に避難させることはできないが、ケルベロスが到着すると同時に避難させるように警察にも要請は行っているので、避難誘導は最低限で良いと思われる。また、今回現れるエインヘリアルは直情的なところがあり、知能はお世辞にも高いとは言えない。挑発すればすんなりこちらを向いてくれることだろう。祈里はメモから顔を上げ、続けた。
「それから、このエインヘリアルは『使い捨て』の戦力として送り込まれている。もし不利な状況になっても撤退はしない、いや、出来ないよ。性格的には、それすらも楽しむだろうけれど……」
 理解できない、というように祈里は眉間に皺を寄せて、立ち上がった。
「……行こう。僕は祈るしかできないけれど、君たちならあの罪人を倒してくれるって信じているよ」


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)
夜刀神・罪剱(熾天の葬送者・e02878)
ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)
立華・架恋(ネバードリーム・e20959)
卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)
レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)

■リプレイ


「キッヒヒヒヒ! はははは! 集まってるなァ! 殺し放題ってもんだぜぇ!」
 エインヘリアルが、ルーンアックスを担いで舌なめずりしたとき。その背後から呆れたように白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)が声をかけた。
「駆け付けてみれば、今回の相手はこの膂力しか取り柄の無さそうな雑魚っぽい奴ですか……オーク一匹の方が遥かに手応えあるのではないかしら?」
「っ……んだ、テメェ……」
 エインヘリアルはぎろりとその目を剥く。一般人を彼の視線から隠すように立ち、花道・リリ(合成の誤謬・e00200)はさらに煽る言葉をかけた。
「ねぇ、アンタ、強いのでしょう。ならば私にその力をふるってみなさいよ。私の中身、見せてあげる」
「その言葉……後悔させてやらァ……!」
 ぶんっ、と音を立てて、威嚇するようにルーンアックスを振るエインヘリアルに、リリは見下した笑みを見せる。
 神社へ入ってこようとしていた人々へは、エリヤ・シャルトリュー(籠越しの太陽・e01913)が声掛けを行った。
「ここ、とっても危ない事になるから、安全なとこまで逃げてねぇ」
「は、はい……!」
「みなさん、落ち着いてこちらから出てください!」
 警察の誘導もあって、一般人は滞りなく避難することができそうだ。
「それじゃ、誘導お願いね」
 エリヤが笑いかけると、警官は一つうなずく。
「皆さんもお気をつけて」
 その時だ。エインヘリアルが奥のほうで震えている人を見つけたのだ。
「お前たちの目の前でコイツぶっ殺すのも面白そうだなァ……!」
 こともあろうかリリたちへ背を向け、震えている女性のほうへ歩み寄るエインヘリアル。滑り込むようにして女性の前に躍り出、立華・架恋(ネバードリーム・e20959)が黒槍でエインヘリアルをはじいた。
「もう大丈夫よ。私達がこいつを止めるから……落ち着いて逃げなさい」
 背中越しに、険しい視線と裏腹なやさしい声色で架恋は告げる。
「あ……あ」
 震えている女性をそっと抱え上げると、卯真・紫御(扉を開けたら黒板消しポフ・e21351)は周囲へと呼びかけた。
「皆さん、落ち着いて騒がないよう、避難してください。私達の仲間が敵をひきつけている今がチャンスです」
 エインヘリアルは、舌を打つ。
「でっかい図体で弱いものイジメしてんじゃないわよ」
 と、リリがぽんを振るった。
「おおっとぉ……」
 エインヘリアルはその肩にねじ込まれた刃を掴み、払う。手のひらから、どくどくと血がにじむのも気にせずにエインヘリアルはにたりと笑った。
「面白ェじゃねぇかァ……遊ぼうぜ!」


 佐楡葉は、エインヘリアルの攻撃に備えて自分を含めた前線に立つ仲間にサークリットチェインを展開する。レイリア・スカーレット(鮮血の魔女・e24721)は、一般人が逃げ切っていないのを見てさらにエインヘリアルを挑発する。
「たかが罪人如きが、此処でなら自由に出来ると思ったか」
「なァにィ……?」
 ぐるり、首を巡らしたエインヘリアルへ、さらに嘲笑を含んだ声をかけてやった。
「失敗作の末路は廃棄のみ、私自ら斬り刻んでやろう」
「てんめええぇぇええェエ!」
 唸りを上げたルーンアックスが、レイリアめがけて振り下ろされる。その時だった。
「相手になるわ」
 架恋が、その斧を受けて答えたのだ。
「それとも、ケルベロス相手は怖くて出来ないかしら?」
 ぎりぎり、と彼女の槍を斧が押す。力任せに押し込まれる刃が、架恋の肩口に、ゆっくり、ゆっくり降りて血の筋を描いた。
「んだとォ……?」
「そんなに無駄に体を鍛えてるのは臆病な心を鎧うためだったみたいね」
「ふざけっ……んぐぁ!?」
 その時、エインヘリアルの背後から強烈な蹴りが叩き込まれた。
「――さて、夜じゃないのがアレだが……まあ、適当にやらせて貰うか」
 軽やかに着地して、夜刀神・罪剱(熾天の葬送者・e02878)は小さくため息をつく。彼が思うに、彼が今まで戦ってきた奴に、完全な『悪』など居なかった。……けれど、このエインヘリアルは違う。
(「……感謝するよ、お前みたいな『悪』とは何の躊躇いも無く戦える」)
 ふらり、と立ち上がったエインヘリアルが体勢を立て直す隙を与えず、レイリアはゲシュタルトグレイブを高速で突き出す。
「お前も私も、多くの者の血を浴びてきたのは事実」
「ぐっ……」
「ならば罪人と裏切者らしく、どちらかの命尽きるまで殺し合おう」
 ずぐり、と槍を引き抜けば、エインヘリアルの腹部からは止めどなく血液が流れ落ちる。
「くっ、はははは! 面白くなってきやがった! なぁ!」
 エインヘリアルがルーンアックスをぐっと握りこむと、破剣と癒しの力を持つ光が、彼を包んだ。その様子を見て、紫御は守り手である者たちを、マインドシールドで防護する。
「しっかり守りを固めていきます! 前衛の皆さん、お願いします!」
「《我が邪眼》《影を縫う魔女》《仇なす者の躰を穿て、影を穿て。重ねて命ず、突き刺せ、引き裂け》」
 エリヤの瞳がエインヘリアルを見つめ、詠唱により現れた針状の影がエインヘリアルを縫いとめる。
「くそぉ……ッ! 全部、ぶっ壊してやるぅうううう!」
 めちゃくちゃに暴れて逃れようとするエインヘリアルに、ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)は首を横に振った。
「花を楽しむ場でそんなこと……絶対にさせません!」
 花を愛する彼女にとって、こんなことはとても許せたことではない。けれど、ルペッタとてわかっていた。
(「こういう相手は何を言ってもダメなんですよね……それなら倒すのみです!」)
 ぐっと歯を食いしばり、地に守護星座を描く。そして、前線へ立つリリへの護りとした。
「リルちゃん!」
 傍らのウイングキャットに声をかけると、リルもふぅわりと清浄の翼で前衛のケルベロスたちの周りを羽ばたいた。


「壊れろッ!」
 ヴン、と斧のルーンが浮かびがる。その一撃を受けて小さく呻き、
「守りは苦手なのよ……ッ」
 リリがそう言いながら召喚したのは、砂糖まみれのポメラニアン。キャンキャンと跳ね回りながら、エインヘリアルに突っ込んでいく。
「う、うお、ああ!?」
 エインヘリアルがみじろぎしている隙をついて、佐楡葉がケルベロスチェインを地に展開し、前衛の仲間たちを守る。
「私は育ちが良いので、相手を悪く言うような真似は実に心が痛みますね……」
 ぽつり、つぶやくとエインヘリアルが佐楡葉に視線を向ける。
「ですが真に優秀なケルベロスは、あらゆる役割を楚々と優雅にこなすもの。殴るだけが脳の筋肉ゴリラとは違いますし、それならそれで一撃必殺に特化させることも出来ないなら(生きるの)やめてください」
 立て板に水。エインヘリアルの顔が見る間に赤くなっていく。
「ナメ腐り……やがってえぇぇえ!」
 高々と跳躍したエインヘリアルが、頭上高く振り上げたルーンアックスを佐楡葉目掛けて振り下ろす。叩き潰す、という表現がふさわしい一撃に、佐楡葉はがくりと膝をついた。罪剱は彼女にこれ以上の攻撃が及ばぬよう、緋色の堕天使をエインヘリアルへたたきつける。
「っぐ……!」
 レインが、清浄の翼で傷を負った前衛の周りを飛ぶ。
「貴方の罪を私が裁く。私の罰が貴方を救う」
 架恋が唱えると、天から光が降り注いでエインヘリアルを塗りつぶした。
「がっ、ああああ、あ!」
「降伏する気は……」
 光に飲まれながら、エインヘリアルは下品な笑い声をあげる。
「するかよ! するわけっ、ねぇだろォオオ!!」
「無いわよね。じゃあ、終わりにしましょう」
 ……さようなら。彼女はそう呟く。このどこまでも腐り果てた性根の罪人は、滅する他ないのだ。架恋へ走り寄ろうとするエインヘリアルへ、紫御はゲシュタルトグレイブを突き立てる。
「その怪力、自由にさせるわけにはいきません。動きを止めさせて頂きます!」
「くっ、はは、……止める、だァ……!?」
 血を吐きながら、エインヘリアルは槍を引き抜いて振り払い、ルーンアックスを再度大きく振る。バキリ、と音を立てて梅の枝が落ちた。
(「さすが罪人、風情なんて理解する頭は無いようだね」)
 エリヤは、だん、と踏み込むとバトルオーラを纏わせた拳を、エインヘリアルの腹部へと捻じ込む。もがくエインヘリアルへとレイリアが打ち込むは、破鎧衝。ルペッタは傷を負って苦し気に呼吸を繰り返す佐楡葉へと駆け寄り、マインドシールドを展開した。
「大丈夫、ですか?」
 こくり、と一つうなずき、佐楡葉はありがとう、と告げる。
「啓蟄の候、薔薇の目覚めを誘う十五番花信風の吹く季節。……花の美しさが分からぬなら、この【蒼白の勝利】で永久の冬に囚われてなさい」
 佐楡葉は、蒼白い燐光を乗せた掌底をエインヘリアルに叩き込む。
「っぐ、これしき……ッ」
 すると、みるみるうちにエインヘリアルの体が氷霧に覆われていくではないか。
「クソッ……なんだこれは!」
 振り払うように、めちゃくちゃにルーンアックスを振り回し、リリに傷を負わせた。
「っ……だから守りは苦手って言ってるの、よ!」
 痛みに耐え、剣を弧を描くように振るう。体勢を立て直そうとするエインヘリアルが、突如として爆発に巻き込まれた。紫御のサイコフォースによるものだ。ルペッタが、仲間の消耗を悟ってノートのページを開く。
「楽しい記憶は癒しの力。花よ舞い、どうかみんなに伝えて下さい――!」
 今まで出会ってきた花々が、ページから具現化して舞い、守り手の仲間たちを癒す。
「畜生……ッ!」
 エインヘリアルに引く気は一切ない。狂気的なまでに表情をゆがませて、ただルーンアックスを振り回すだけだ。このままでは、被害が拡大する。レイリアは光の粒子となり、勢いよくエインヘリアルに突っ込んでいった。
「っぐああぁ!」
 エインヘリアルの悲鳴と、レイリアの咳き込む声。同時に、響く。相打つように、エインヘリアルの斧を食らったのだ。しめた、とばかりに追撃しようと口の端をゆがめたエインヘリアルへと、エリヤは手で銃を構えるようなポーズをとった。
「させないよ~」
 ばぁん、とばかりに撃つふりをすれば、その背後にいた御業から炎弾が放たれる。
「ぅ、がっ、ああああああああああああ!」
 悶え転げまわるエインヘリアルへ、罪剱が歩み寄る。
「……まあ、安らかに眠れば良いさ」
「なに……を……」
 エインヘリアルは息も絶え絶えで聞き返そうとする、が、虫の息であることは明らかだった。
「……『――貴方の葬送に花は無く、貴方の墓石に名は不要』なのだから」
 死を告げる無音の銃声。撃ち込まれ、自分がいつ逝ったのかもわからぬまま、エインヘリアルは動かなくなった。


「梅の薄紅色に、血の化粧は似合いません。春への期待が高まる心こそ、梅の花に添えられるべきです」
 紫御は怪我をした仲間にヒールを施し、皆で周囲の破壊された箇所も直して一息つく。
「……花の良し悪しは分からないが、同じ赤でも、血よりはこちらの方が悪くはない事だけは分かるな」
 すっかり傷の癒えたレイリアは、淡く微笑んでそう呟いた。そして、ふわりと翼で舞い上がる。警察に戦闘を終えたことを伝えるためだ。警官の姿を探すなか、彼女は眼下に広がる梅の花の見事さに気づく。
 やはり、この赤のほうが、きれいだ。
「……よかった」
 架恋は、花も、人も無事だったことにほっと安堵のため息をつく。リリはその翼でゆっくりと舞い上がると、大好きな花を見下ろして、お酒も買ってこようかな、なんて一人、思った。
(「梅は強い。手折られた枝はより逞しくなってまた花をつけるでしょう」)
 守られた幹が、また強く生きていくことを祈りながら。
「リルちゃん! お花を見に行きましょう」
 傍らのウイングキャットが、ルペッタに寄り添う。スケッチもしたいですね、とノートを抱え、ルペッタは梅の木の元へ駆け出した。
「じゃあ、僕は写真を撮ろうかな」
 上手に撮れるといいんだけど。エリヤは、愛用のカメラを構えてレンズを絞る。
 少し離れたところで、皆で守り抜いた梅の花を見上げて罪剱は満足そうなため息をひとつついて、踵を返した。
 境内には少しずつ、人が戻ってくる。
「もう、大丈夫ですね」
 紫御はその様子に一安心し、笑みを浮かべた。
 風が、梅の花を揺する。ふわりと、芳香が人々の鼻をくすぐった。
 ――春は、もう、すぐそこに。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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