新緑を、瘴毒が染めて

作者:一条もえる

「オオオオオオオオッ!」
 竜が、吠える。
 その命は、まもなく尽きようとしていた。
 『定命化』という逃れようのない死が、究極の戦闘種族たるドラゴンを蝕んでいた。
 だが。
 むざむざと死にはしない。たとえ自身が滅ぶとしても、残された同胞のため、恐怖と憎悪を人間どもに与えるのだ!
 太平洋に面した切り立った崖を、そして新緑が芽吹き始めた小さな山を越えたドラゴンは、都市を発見した。
 視界に入るものすべて、破壊し尽くしてくれよう!
「オオオオオオオオ!」
 竜が、吠える。
「うわぁ!」
「ひぃッ!」
 泣きわめいたところで無駄だ、逃げたところで無駄だ。
 竜が、息を吐く。
 まともに浴びた人間は吹き飛ばされて粉々になり、そうでない人間も、そこに含まれていた恐るべき毒で、嘔吐し、喉をかきむしり、死斑を浮かび上がらせて絶命する。
 まだだ、もっともっと、多くの命が必要だ! 同胞を死から遠ざけるためには!
 ドラゴンの爪が、尾が、周辺の建物を粉砕していく度に、両手の指では数え切れない命が消えていった。

 重グラビティ起因型神性不全症……いわゆる『定命化』。それによって死を間近にしたドラゴンが、視界に入った都市を手当たり次第、破壊していく。
 都市はなすすべなく、壊滅してしまうだろう。
「そ、そんな恐ろしい事件だなんて……!」
 ヘリオライダーから話を聞いた是澤・奈々(自称地球の導き手・en0162)は、真っ青な顔でうめき、へたり込むように椅子に体を預けた。
 皆の視線に気づいた奈々は、気を取り直し、
「すべてを滅ぼす……えぇと、瘴風が、襲って……」
 なにやらもったいぶったことを言おうとしたようだが、それもままならない。
 竜十字島から飛来したドラゴンは、太平洋に面した都市に襲いかかる。視界に入った都市から、手当たり次第だ。
 犠牲者たちのグラビティ・チェインが奪われるだけでなく、その恐怖と憎悪は、ドラゴンどもが定命化にあらがう時を与えてしまうだろう。
 幸いにというべきか、敵は死に瀕していて残された体力は少ない。ここに集まった人数で、何とか対処できるだろう。
 もっとも、万物に死をもたらす戦闘力は健在なのだが。
 このドラゴンが襲いかかるのは、東北地方のとある都市。
 海側は切り立った崖になった山があって、その高さはさほどでもなく裏山程度のものだが、それが太平洋からの風をいくらか遮っている。
 市街地があるのは、山の向こうだ。
「そ、そうだ! 襲撃がわかったのなら、皆さんを他の都市に逃がしてしまえば……!」
 奈々は手を叩いたが、ヘリオライダーはかぶりを振った。
 避難中の市民がドラゴンに発見されてしまう可能性が高く、かえって危険が高まってしまうというのだ。
 市民たちには市内に設けた避難所で待機してもらい、ドラゴンが街を破壊し始める前に、ケルベロスが迎撃するのが最も良いだろう。
 ドラゴンが山を越えようとするところで、待ち受けるのだ。
 現場に木々は少なく、平らなところは少ない。当日の雲は多く、場合によっては雪が舞うこともあるかもしれないが、それでも、その方法が最善に思える。
 これならば避難の心配をする必要もないし、市民に被害も出ないだろう。
 ケルベロスが、敗北しない限りは。

「い、依頼を受けた以上は……恐れるわけにはいきません!
 災厄をもたらす瘴風を、皆で食い止めるのです!」
 ぶるぶると濡れた子犬のように震えているが、奈々は精一杯声を張り上げた。


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
円谷・円(デッドリバイバル・e07301)
リディア・リズリーン(希望双星・e11588)
クルル・セルクル(兎のお医者さん・e20351)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
フェルナ・トワイライト(黄昏の禁魔術士・e29888)

■リプレイ

●毒竜飛来
「オオオオオオッ!」
 ケルベロスたちは、援護する仲間たちとともに山の斜面に立ち、太平洋を望む。
 彼方から聞こえてきたのは、ドラゴンの咆哮だ。
「現れたね」
 円谷・円(デッドリバイバル・e07301)は眼を細め、上空に浮かぶ小さな点を見やる。それは瞬く間に大きくなっていき、その姿形をケルベロスたちの前に明らかにした!
「一気に決めてやるぜ!」
 スコープをのぞき込んでいたレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)は、素早く銃を構え直したかと思うと、立て続けに銃弾を撃ち込んだ。
 リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)は杖の先を敵に向け、雷撃を放つ。
「そうね……強敵を相手に、長期戦はしたくないわ」
 ふたりの攻撃はドラゴンを捉え、鱗が弾けて血飛沫が木々に降り注ぐ。
「できるだけ、早く終わらせましょう。慎重に、確実に」
「テメェらの勝手な都合で、懸命に生きてるヤツラの平穏、奪うんじゃねぇよ!」
「……懺悔の時間だ」
 ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)が差し伸ばした掌から、ドラゴンの幻影が生じた。
 開かれた顎から放たれた炎がドラゴンを焦がし、体表で燃え続ける。
「オオオオオッ!」
 ドラゴンは悲鳴のような唸りをあげ、飛行する速度そのままに、凄まじい衝撃とともに着地した。
 四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)は、
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります」
 すかさず間合いを詰め、
「我が一刀は、空を断つ!」
 高らかに叫ぶとともに刀を振り下ろし、血が流れ続ける傷を、なおも深々と切り裂いた。
 ケルベロスたちはなおも襲いかかる。
 ルリィ・シャルラッハロート(e21360)と水瀬・和奏(e3410)の並んで構えたライフルから銃弾が放たれ、山田・ビート(e05625)も遠距離から攻撃を掛けた。
「い、いけるかも……!」
 真っ青な顔をした是澤・奈々(自称地球の導き手・en0162)だったが、仲間たちの奮戦には歓声を上げた。
 しかし、だ。
「オオオオオオッ!」
 ドラゴンは怒りに燃える瞳でケルベロスたちを睥睨し、喉元を膨らませたかと思うと、周囲を取り囲んでいたリディア・リズリーン(希望双星・e11588)らに向けて、紫色の霧を吐きつけたのだ!
「うぐ……!」
 強力な毒が、ケルベロスたちを侵す。胃の中のモノがすべてこみ上げてくるような不快感。たまらずよろめき、あるいは膝をついた。
「ひぇ……」
 奈々の顔色が、一瞬で白く戻った。
「これは、強力だね……」
 狙いからはずれていた円が、感嘆したように息をもらした。すぐに雷の障壁を傷ついた仲間の前に展開し、毒を消し去っていく。
 さらにフィア・ルシフェリア(e19823)がオーロラのごとき光であたりを包み、それでようやく、敵の毒はすべて消え去った。
「悪いけど、やらせませんよ!」
 立ち直ったリディアが、ギターの弦を一度、弾く。それから大きく息を吸い込んで歌い始めた『紅瞳覚醒』が、仲間たちを力づけていく。
 重くのしかかっていた雲がいっそう厚みを増し、あたりを暗くする。風が吹き、上空からは雪が舞い落ちてきた。
「まずいな」
 沙雪が恨めしげに天を見上げ、足下を見る。滑ることに備えて、トレッキング用の靴を履いてきたのだが……。
 しかしリリアは、
「問題ないわ」
 と、涼しい顔で応じる。
「ふむ?」
「降り積もるまで、戦いは長く続かないでしょう」
 ドラゴンとケルベロスたち、どちらが倒れるにしろ、だが。
「ははッ、ちがいない」
 レイは肩をすくめて笑う。
「もちろん、勝つのは私たちだけれど。
 毒竜……『あの人』を倒す練習台に使えそうね」
 フェルナ・トワイライト(黄昏の禁魔術士・e29888)は、彼女にしては珍しく感情を露わにし、口の端を持ち上げた。
 ブラックスライムが、敵を飲み込まんとして押し寄せる。
 しかし敵はその巨体からは意外なほどに敏捷に飛び下がり、飲み込んだのは間にあった杉の木だけに終わった。
「……簡単に、勝たせてはもらえないわね」
「死を忌避し恐れるのは、誰も同じ。せめて対話してくださるのなら、手助けすることもできますのに……」
 苦悩の表情を浮かべたクルル・セルクル(兎のお医者さん・e20351)は、攻性植物を怒濤の勢いで茂らせ、その巨体を捕縛しようとした。
 ドラゴンは前足の鋭い爪でそれを受け止め、引き裂いていく。引きずられそうになったクルルは、慌てて体勢を立て直した。
「わかりあえれば、いいんだけどね」
 と、円も嘆息する。
「好き勝手やりやがって、話す気がカケラもねぇんだからどうしようもねぇよ!
 オラ、こっちを見やがれ!」
 レイが跳躍する。ドラゴンの横っ面に渾身の跳び蹴りが命中し、首をねじ曲げられた相手はたたらを踏んだ。
 その隙に、沙雪はすでに懐に飛び込んでいる。さらにウェインも。
「この一撃、そう簡単に避けられると思うな!」
「ここは、通さない!」
 沙雪の、卓越した技量から繰り出される一刀と、ウェインの凄まじい膂力によって叩きつけられたハンマーとは、ドラゴンの巨体を吹き飛ばすほどの威力を生んだ。地に落下したドラゴンは樹木をなぎ倒し、大地震のような振動に襲われたケルベロスたちは、慌てて手近な樹木につかまった。
「……いや、あえて跳んだのか?」
「さすが、だ。手応えもあるにはあるけど、急所はうまく避けられてる感じがする」
 起きあがって首をもたげるドラゴンを睨み、沙雪とウェインとは顔をしかめた。
 ドラゴンが、巨大な尾を振り回す。
 胴を打たれたウェインと、沙雪をかばったリディアとが、吹き飛ばされて背を巨木に打ち付けた。
「狙い、ね」
 フェルナの呟きに応じた格好で、ガナッシュ・ランカース(e02563)と霧山・和希(e34973)とはオウガ粒子を噴出させ、仲間たちの超感覚を覚醒させていく。
 フェルナが、目を見開く。
「竜殺しのために磨いてきた我が魔導……これからが真髄よ!
 神すらも侵す猛毒を持つ蛇よ。黄昏の名の元に命ず、我に仇なすものをその忌まわし き毒牙をもって喰らえ!」
 腹の底から声を上げたフェルナは魔導書を開いて、龍を滅ぼすために作られたという、魔術を用いる。
「汝は神をも蝕む大罪の毒蛇なり!
 あなたの毒と私の毒、どちらが強力か確かめてみろ……!」
 魔法陣から放たれた無数の毒矢が、ドラゴンを襲う。敵は、音の衝撃で目眩がするほどの絶叫を上げた。
 だが、それでも。
「オオオオオッ!」
 小賢しい、とドラゴンは叫んだのである。
 敵は前足を振り上げ、襲いかかってきた!

●決して、退かない
「危ない!」
 凄まじい破壊力。
 鋭い爪は仲間をかばったクルルの胴に深々と食い込み、衝撃とともにその身体を吹き飛ばす。彼女の身体は斜面を転がり、あわや崖下に転落するかというところで、かろうじて灌木に引っかかってそれを防いだ。流れ出た血が、岩肌を濡らしていく。
「ひ……!」
 奈々の顔色は蝋のように白く、ガタガタと震える手で刀を構えた。
 ドラゴンはそれを嘲笑するかのように鼻息を漏らし、他のケルベロスたちに向かって、尾を振り回した。
 背を向けている。今なら……。
「奈々さん!」
 リリアが、鋭く声を上げた。ビクッと、奈々が身を震わせる。
 腰を落としたバスターライフルから光線を発射して敵を牽制しつつ、
「あなたの敵は、こっちよ」
 と、斜面を駆ける。
「奈々」
 のんびりとした声で、円が呼びかけた。
「私たちの回復が、前線を支えるんだよ。皆が存分に戦えるように……私たちも、がんばろ?」
 そう言いつつ円は、桃色の霧を噴出させた。
「こちらはお任せください」
「ガラじゃあないんだがな……!」
 彼方・悠乃(e07456)と英・虎次郎(e20924)とも、円の治療を援けて仲間たちの傷を癒やす。
「大丈夫、怖くなんかないです! 相手だって、同じ一つの命!
 命のために、命を奪う。この戦い、負けられない! そんな戦い、終わらせてやるんだぁッ!」
 リディアは叫び、いっそう激しくギターをかき鳴らした。
「は、はい!」
 奈々はコクコクと頷いて我に返り、慌ててクルルを引っ張り上げて傷をふさいでいく。
 彼女の力だけでは、傷をふさぐには足りない。だが、そこに寺井・聖星樹(e34840)の『真に自由なる者のオーラ』も加わった。
「出血は多いですし肋も砕けましたが……心臓は避けましたし、ケルベロスにとって、致命傷となるものではありませんわ。……まだ」
 虚勢がないわけではないが、クルルは安堵させるように微笑した。
 しっかりと立ち上がったクルルは、
「くれぐれもご無理はなさらないよう。必ず勝機は見いだせます!」
 そう言って『ライトニングボルト』を放った。雷撃が、ドラゴンの首筋で弾ける。
「誰もが正義を信じてその手を汚した……だけどそれでも、愛を知る優しい瞳のまま……世 界を背負い、明日を護り抜こう……『僕達は一人じゃない』」
 リディアの歌声が海風の音にも負けず周囲に響きわたる中、ウェインが動く。
「燃えろ!」
 再び、生み出されたドラゴンの幻影が炎を吐く。だが敵は大きく翼を広げて跳躍し、わずかに尾を焦がしただけで終わる。
 その尾が、叩きつけられる。
 飛び出したリディアが、ギターを盾のように構えてそれを受け止めた。まともに、ではない。勢いを逸らすように受け止めたのだが。
「わぁ!」
 凄まじい勢いは殺しきれず、リディアの身体は宙に浮いて斜面を転がり、敵はさらにこちらに近づいてくる。
 しかし、リディアの姿がふたつに別れ、その隙に体勢を整え直す。エステル・ティエスト(e01557)の、『分身の術』だ。
 リディアのテレビウム『ナノビィ』の『顔』に色とりどりの旗が振られる映像が映る。
「ありがと」
「もっと、動きを止めましょう」
「そうね。この巨体で暴れられては面倒……竜殺しには有効な策かも」
 リリアとフェルナとは視線を交錯させ、リリアはブラックスライムを大きく広げて、丸飲みするようにドラゴンの巨体に覆い被さった。
 もがくドラゴンの脚を狙って、跳躍したフェルナが跳び蹴りを放つ。鈍い音がして、骨が折れたかヒビが入ったか。とにかく敵の動きを封じていく。
「わたくしも、参ります!」
 クルルが再び、攻性植物を伸ばす。それは首もとに絡みついた。
「よし!」
 頷いたレイが、飛び込む。
 しかし、ドラゴンはその身を押さえ込む力に逆らって吼え、鋭い前足の爪を伸ばしてきた!
 すかさず、レイのライドキャリバーが主をかばって割って入った。深々と爪が突き刺さり、吹き飛ばされる『ファントム』。ビクビクと震えるばかりで、起きあがることができない。
 しかしレイはあえて顧みず前進し、
「食らいやがれ!」
 脚を一閃させる。炎は尾を引いて、ドラゴンに襲いかかった。
 慌てて駆け寄った奈々が、ライドキャリバーの傷を癒す。
「助かる。……焦ることはないぜ。前のときと同じようにな」
 以前にも、奈々とともに戦ったことのあるレイは、ニヤリと笑った。
「さぁ、さっさと片づけて、このあとはデートでもしようぜ。
 カフェでパンケーキとかどうだ? それとも、甘味処の方が好みか?」
「それだったらパンケーキの方が……って、えええ?」
 うろたえる奈々を後目に、レイはさっさと戦場に戻る。
 ドラゴンの毒の息が、またしても襲いかかる。後方にいたケルベロスたちが狙われた。
 まともに浴びた円はよろめき、臓腑からこみあがってきたものをわずかに吐き出したが、膝に手をつき、倒れることはかろうじて耐えた。
 彼女のウイングキャット『蓬莱』が羽ばたいて、主を助ける。
 毒々しい色に染まった常緑樹が、朽ち果てて後ろに向けて倒れていった。後ろ……街の方に転がって、やがて他の樹にぶつかって止まる。
 気づけば、戦いは山頂に至っていた。敵にも無数の傷をつけているとはいえ、ドラゴンからの圧力は抗しがたく。ジリジリと押されていたのだ。
 振り返って街を見下ろした円は、
「……退きは、しないんだよ。絶対に」
 誰にも聞こえぬ小さな声で呟き、杖を構え直した。

●生きていく
 呟きが聞こえずとも、思いはここにいる皆が同じである。
「我々の敗北は、街が蹂躙されることを意味する……!」
 不退転の覚悟をもって、沙雪は間合いを詰める。
 それを援けて、
「サポートします!」
「主役を支えるのが……俺の仕事ですから!」
 一津橋・茜(e13537)が赤色のオーラを纏って突進し、木下・昇(e09527)は槍を構えて飛びかかった。他の者も、それに続いて仕掛ける。
「オオオオオ!」
 ドラゴンは咆哮してその多くを打ち払った。返す刀で放たれた尾と爪とが、ケルベロスたちをなぎ倒す。
 しかし彼らの攻撃は、閉ざされた扉を開くように沙雪が進む道を拓いた。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前ッ!」
 刀印を結ぶ沙雪の指先に、力が集まってくる。それによって形成された光り輝く刀身を、沙雪はドラゴンの顔に向かって突き出した!
「グエエエエエエエエッ!」
 顎を割られたドラゴンが絶叫して首を左右に振るたびに、おびただしい鮮血がケルベロスたちに降り注いでくる。
 敵が尾をめちゃくちゃに振り回し、轟音とともに地に打ち付ける。その衝撃は地を穿ち、岩が砕かれ樹がへし折られ、急な斜面の下に転落していった。
「すさまじいですわね」
「悪足掻きだぜ!」
 クルルとレイとが、街を背にして立った。
「確実にしとめる……撃ち抜けブリューナクッ!」
「痛みはございませんわ。……大人しくしていただければ、ですけれど」
 レイの構えた二丁拳銃から、高密度のエネルギー弾が発射された。それは途中で分裂し、ドラゴンを撃ち抜く。
 ドラゴンはそれでもなお、殺意をむき出しにして彼らに迫ろうとしたが……その全身から、血が吹き出した。
「グエエエエエエエエッ!」
「……だから言いましたのに」
 クルルが小首を傾げ、吐息を漏らした。
「この一瞬に、永遠の輝きを!」
 ウェインが叫ぶや、ドラゴンの頭頂に、首筋に、背に、無数の十字架が浮かび上がった。
「その魂に、高潔な終わりを!」
 それは照準だ。そこを目掛けて、四方八方あらゆる方向からの跳び蹴りで襲いかかる。
 ドラゴンの身体は衝撃で吹き飛ばされ、元の斜面を転がり落ちていった。
 ケルベロスたちは後を追い、追い打ちをかけようとしたが。
「グオオオオオッ! グオオオオオッ!」
 ドラゴンは全身を真っ赤に染め、元の鱗の色がわからぬほどになっていたが。それでもまだ起きあがる。
 紫色の、毒息が吐き出される。裂けた顎からあらぬ方向に毒息が漏れ出るが、凄まじい雄叫びとともに吐き出されたそれは、ケルベロスたちを押し包む。
「く……!」
 ウェインとクルルとが、口から血を吐いて膝をついた。毒に苛まれて手足が震え、もはや動くこともままならない。
 リディアは一度そちらを振り返ったが、すぐにドラゴンに向き直る。
「あなたのことを、憎んだりはできないかな。お互い、大切な命を護るためだもんね。
 こんな戦い、いつかは必ず終わらせよう。でも……今は絶対に退けないんだ!」
 ユーロ・シャルラッハ ロート(e21365)に目配せし、ふたりで歌うのは。
「『ブラッドスター』ッ!」
 生きることの罪を肯定する歌が、悲壮な戦いを続けるドラゴンと対峙するケルベロスたちを癒していく。
「円さん!」
「うん。みんな、頑張れ……!」
 リリアが、円の方を振り返る。円はそちらに杖を向け、電気ショックを飛ばした。
 援けを受けたリリアが微笑む。
「愛しの母、愛しの母。貴女の娘を穢す卑しき者の魂を、花と交えて惑わし給え」
「グオオオオオッ!」
 ドラゴンがのたうち回る。魔女『霧の乙女』から伝えられ、自身によって手が加えられた魔法。それは究極の戦闘種族であるドラゴンの心にさえ潜む恐怖を増大させ、襲いかかったのだ。
 幻影に襲われたドラゴンが、翼を大きく広げる。
「まさか、逃げたりはしないだろう?」
 沙雪のもとに『氷結の槍騎兵』が現れ、それは天を駆けてドラゴンに追いすがり、翼に斬りつける。
「ギャアアアアアッ!」
 体勢を崩したドラゴンの元に、ケルベロスたちが殺到した。これぞ好機。もはや、首級をあげるだけの相手だ。
 だが、後方から。
 一筋の光線がドラゴンを捉え、敵は全身が石にでも変じたかのように身を強ばらせ……そして、二度と動かなかった。
「竜殺しは、私にこそ必要な称号だもの」
 フェルナは目を閉じて、わずかに微笑んだ。

 やがてドラゴンは全身の力を失い、山を転がり落ちていって、ついには海中に沈んだ。
「……死への恐怖という毒に蝕まれているドラゴンに、穏やかな眠りを」
「どうか、安らぎがありますように。……今度は、殺戮などなしに生きられる命となりますように」
 リリアとクルルとが、鈍色の海を見下ろし、それぞれに祈りを捧げた。
 周囲は激戦の爪痕がくっきりと残されているが、聞こえてくる音は、波の音だけだ。街は何事もなかったように、日常を取り戻すだろう。
 レイは一度肩をすくめ海に背を向ける。
「……さぁ、奈々。ケリが付いたことだし、デートとしゃれ込もうぜ」
「ほ、本気だったんですか?」
「もちろん。約束ってのは、大事だぜ。
 未来に目標があれば……困難を生き抜く原動力になるからな」

作者:一条もえる 重傷:クルル・セルクル(兎のお医者さん・e20351) ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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