湿原の牢獄～死鎧戦士

■リプレイ

●一斉突撃
　ケルベロス達が転移したのは、不可思議な場所だった。
「……ここが、牢獄なのね」
　十分の一秒にも満たない時間とはいえ、キーア・フラム（黒炎竜・e27514）はこの光景の異質さに目を奪われた。
　空虚な空間に、いくつもの鳥籠のような牢が点在している。常識の範疇に無理やり収めようとするなら、極めて特殊な前衛芸術を表現したとでも主張するしかないだろうか。
　だが、そんな感想を抱く余裕は無い。鳥籠牢にはそれぞれ１体ずつデウスエクスが捕えられている。当然ながら、それらは全てケルベロス達にとっては敵なのだ。
「連中とはこの場で決着を付けるとしようか」
　不敵に言ってのけるアルディマ・アルシャーヴィン（リェーズヴィエ・e01880）。敵を侮ってなどおらず、その力量や危険性を認めるが故だ。
　ケルベロス達は、転移した鳥籠牢から脱し、各々が向かうべき先を求め急ぐ。
「鳥籠の中はさぞ退屈な事だろう。お相手願おうか、パンドラ・アーマー」
　自分達が相手取るべき敵の姿を視界に捉えたルイ・カナル（蒼黒の護り手・e14890）は、敵に挑戦の言葉を放ち駆け出した。
「我が名はファタリタ。貴方に決闘を申し込む」
　敵の収監された鳥籠牢へと向かいながら、イル・ファタリタ（再来・e28643）も注意を惹くため声を上げた。
　今回は大勢のケルベロスと多数のデウスエクスとの集団戦闘だが、ケルベロス側にとっては絶対に白星を上げなければならない戦闘がある。
　敵の首魁である、レギンレイヴ。この敵を担当するケルベロスが他のデウスエクスから攻撃されては勝利が困難になってしまう。それを防ぐための挑発であり、他のケルベロスチームでも同様の作戦が採られている。
「……全員、生きて帰りましょう。必ずですよ」
　この戦いにおける目標を仲間達へと呼び掛ける霧山・和希（駆け出しの鹵獲術士・e34973）の表情は、言葉とは裏腹に至極平静であった。戦いに臨むに当たり、冷静かつ冷徹を己に課しているためだ。
「その通りだ。必ず成功させて全員無事で戻れるよう最善を尽くそう。勿論、脱獄も奪わせる事もさせるわけにはいかない」
　同意を返す蓬生・一蕗（残影・e33753）の視線の先には、先行した２人の背中があった。
　敵からの攻撃の被害を軽減させるための行動を取る事も考えたが、鳥籠牢の中から外への攻撃はその威力が大きく減退する。それをさらに軽減するために動いて、結果として自身が鳥籠牢への侵入を他の仲間よりも遅らせては戦闘が不利になってしまうだろう。そう考え、一蕗は当初の予定を変更し移動を優先した。
　挑発の意味を敵が理解したかどうかは分からないが、少なくとも注意を惹くことには成功したようだ。少々の手傷は負ったものの、敵の攻撃はレギンレイヴを担当するケルベロスチームに向かうことはなかった。
「あなたの相手は、私達です。さあ、観念してもらいますよ」
　鳥籠牢の中へ全員が侵入したものの、万一にも敵の注意がレギンレイヴに向かうケルベロスに向かないよう、レベッカ・ハイドン（鎧装竜騎兵・e03392）は殊更に自分達の存在を主張する。
　ケルベロス達が対峙した敵は、鎧兜を纏い剣と盾を構えた戦士だ。戦場に存在する者としては古風ではあるがごく普通だろうが、死神という種族としては異質だと言えるだろう。
「……！」
　その異質な死神、パンドラ・アーマーと視線が交錯したリーナ・スノーライト（マギアアサシン・e16540）はかつてない直感を抱いた。
　パンドラ・アーマーはこの牢獄で永い時間を過ごした存在であり、この場のケルベロスの誰とも面識は無い。それでも、リーナは初対面のこの存在がケルベロスとデウスエクスであることを差し引いてなお相容れない、不倶戴天の敵であると確信した。
　宿敵と呼ばれる存在。それが、目の前の死神なのだと。
「貴方はここで、倒す……！！」
　魔力と霊力が注がれ製造された小太刀を構え、リーナは必殺の気合いを込め神速の突きを繰り出した。

●牢内戦
　牢内へと至るのに約３分間、そして牢内に侵入した時点でと、敵には４手先行を許してしまった。
　だが、今回の作戦の性質上それは許容せざるを得なかった。それを考慮していればこそ、守りに秀でた立ち位置のルイとイルが先行したのだ。
「２人とも、よく耐えてくれた。今治癒を施すぞ」
　鳥籠牢の外で受けた痛手は些少だが、牢内での被害はそうはいかなかった。致命傷には遠いが、決して無視できるものでもない。アルディマが操作する小型治癒無人機の群れが、２人の傷を癒す。
　そうしてある程度負傷が癒えたルイは、死神と刃を合わせるリーナへと禁断の断章を紐解き詠唱する。と同時に、心中ではやや複雑な思いを抱いてもいた。
（「長い幽閉の時ですか……。個人的に思うところはありますが、同情から放置するわけにもいきませんしね」）
　この何も無い限られた空間で、悠久とも言える時を過ごしたという悲痛な事実。それが生命全ての敵とすら言える死神であろうとも、ある種の同情の念が湧いてしまう。
　けれど、それがケルベロス達の攻勢を緩める理由にはならないのもまた事実。
「集え力……。わたしの全てを以って討ち滅ぼす……！」
　自身の身体能力の限界を越える神速で以って、リーナは黒く輝く魔力刃を手にパンドラ・アーマーを斬り刻む。
　この鳥籠牢内でケルベロスが発揮できる最大威力の攻撃は、さしもの戦士たる死神と言えども数歩後退してしまう程の強烈なものであった。
「出し惜しみ無しの全力ね、私も続くよ。さぁ……貴女が弄んだ命の報いを受けなさい……っ！」
　姿勢の崩れたパンドラ・アーマーに、キーアの鉄塊剣が突き立てられる。そして、強大な黒炎が体内外双方を焼き尽くさんと猛威を振るう。黒炎は敵のみならず、キーア自身をも呑み込みかねない勢いだ。
「超古代の地球人の肉体、なんでしょうか？　気の毒ですが、死神にいいようにされ続けるよりはここで解放してあげることが救いでしょう」
　死神パンドラ・アーマーはあくまでも鎧兜こそが本体であり、それを纏う肉体は哀れな犠牲者だ。おそらくはもうその内に魂も残ってはいないだろうが、死神に肉体を操られるのは本意ではないだろう。
　折り畳み式のアームドフォートを展開し、レベッカは主砲を斉射する。鳥籠牢に囚われた存在にさらに捕えられている肉体を解放するために。
　ケルベロス達の苛烈な攻撃は、確かにパンドラ・アーマーを穿った。その傷は、重なればいずれ死神を葬り去るだろう。
　それを誰よりも理解しているはずのパンドラ・アーマーだが、態勢を立て直すでもなく剣を振るう。
　リーナを標的としたその剣閃は、寸での処で和希が己を盾に受け止めた。
「仲間の誰も、死なせるものか……ッ！」
　この鳥籠牢内のケルベロスの中で、攻撃の要となるのはリーナと次いでキーア。主力が討たれれば、この戦いに勝つことは困難になる。全員の無事を求めるならば、和希が代わりに傷つくのは正しい合理的判断であった。
「理性を失った敵は厄介だな。死ぬ事を恐れず己の剥き出しの欲望に忠実だ」
　地面に味方を守護する魔法陣を描く一蕗は、感心とも畏怖ともとれる呟きを口にする。
　パンドラ・アーマーが何よりも求めているのは、この鳥籠牢からの脱出だ。そのためにはグラビティ・チェインが必要であり、獲得する方法は目の前のケルベロスを殺害することだ。
　そのために狂気の攻勢を掛けているのだろう。和希から力を奪い回復しているのは、狙って行ったものではなく偶然状況に合致した結果でしかない。
「此処に、眠れ」
　敵の勢いを圧し潰すかのように、イルは氷雪結界を構成し冬の檻にパンドラ・アーマーを収めた。凍りついた鎧を、使役するシャーマンズゴーストのぱぴるす殿が操る原始の炎が焦がし砕く。
　ケルベロスと死神。互いを滅ぼさんとする戦いは、早々に様子見や牽制の介在しない激戦となった。
　周囲の鳥籠牢でも戦火が交わり、監獄は砲火の轟く戦場と化していた。

●破鎧
　当初激戦の様相を呈したケルベロスとパンドラ・アーマーとの戦いは、次第に沈静化するという珍しい推移を見せていた。
　これはパンドラ・アーマー撃破によって流出するグラビティ・チェインをレギンレイヴに吸収される事を防ぐために、ケルベロス達は加減しなければならないからだ。
　その間、パンドラ・アーマーの行動を許してしまうという、ケルベロス達にとっては非常に辛い局面が展開する。
「僕はまだ、自分の力すら扱い切れてはいない。こんな所で死ねるか……ッ！」
　死神の駆使する魔力の斬撃によって手酷い傷を負った和希は、裂帛の叫びを上げ、身体を蝕む痺れを消し飛ばした。その瞳には、鮮烈な敵意が浮かび上がっている。
　パンドラ・アーマーの攻撃に対して、アルディマ１人の回復支援では到底追い付きはしない。そのため、特に攻撃の対象となる前衛陣は自身で治癒を行う必要に迫られていた。
「私だけでは支えきれないか。皆、負担を掛けてしまって済まないな……」
　自身の未熟さを恥じ仲間に詫びるのは、アルディマが日々研鑽を絶やさず向上心に富む気質のためだろう。
「気に病む必要はありません。アルシャーヴィンさんが至らないのではなく、敵がそれだけ強いということなのですから」
　守りと癒し双方を担いつつ戦うルイは、その立場からアルディマの負担の大きさが理解できる。個人の力量では敵が大きく勝っているが、だからこそこちらは互いに支え合い補い合うことが重要なのだ。それに気兼ねなど不要だと、丁寧な口調で語る。
「歯痒いものだな。自由への執念は、分からなくもないが……」
　全身を蒼白の地獄の炎で覆い尽くし治療と同時に戦闘能力増幅を行うイルは、負けず嫌いな性格から敵を倒し切れない状況に軽い苛立ちを感じていた。同時にパンドラ・アーマーの自由への執着は、かつて自身が抱いた生への渇望に似ていると奇妙な感慨を抱きもする。
「この状況も、敵も、厄介なものですね。ただでさえ強い敵だというのに、倒し切らず戦い続けなければならないのですから」
　もしケルベロス達に撃破を待つ制約が無かったとしても、パンドラ・アーマーが容易に倒せる相手ではないとレベッカは痛感していた。
　それでも、気兼ねなく倒せるという条件下であれば、少なくとも閉塞感のような感覚なしに戦うことができたのだけれど。
　攻めに徹しきることが出来ないケルベロス達と、対照的に狂気の暴威が衰えることを知らないパンドラ・アーマー。
　危うい均衡を保ちながら、戦いは継続していった。
　そうして戦いが始まってから１６分が経過した時、照明弾の輝きが牢獄内を明るく照らし出した。待望のレギンレイヴ撃破を成し遂げた合図だ。
　ようやくパンドラ・アーマーを討つことが出来ると、ケルベロス達は俄然沸き立ち攻撃のグラビティを繰り出した。
「他者を隷属、いえ、利用するっていうのは気に入らないのよね。……傀儡にされた子には悪いけど、焼き尽くさせて貰うわ」
　キーアにとって束縛は嫌悪の対象でしかない。この死神はある意味では究極の束縛を行う存在であり、滅ぼさずにはいられない。散々待たされた鬱屈が、燃料となって黒炎を一層に燃え盛らせる。
「長い幽閉は終わりだ。君は、ようやく解放されるんだ」
　憐れみはすれども、容赦はしない。一蕗の重力を宿した飛び蹴りによって機動力を奪われたパンドラ・アーマーは、続くリーナの黒刃を避けられなかった。
「討ち滅ぼせ……黒滅の刃！！」
　悠久の時を存在した死神の滅亡。リーナは黒刃を通じてその確かな手応えを感じ取る。
　パンドラ・アーマーに亀裂が走り、鎧兜は粉々に砕け散った。
　徐々に消えてゆく破片が完全に消失するまでを見届けようとしたケルベロス達だったが、突如この空間そのものが歪み、崩壊を始めたために脱出を余儀なくされてしまった。
（「義兄さん。約束、守れたよ」）
　テイネコロカムイの鳥籠牢へと向かう最中、リーナはこの牢獄内で別のデウスエクスと戦っていた義兄との約束を果たした喜びを噛み締める。
　途中幾度か危うい局面もあったが、頼れる仲間達と協力したことで窮地を免れた。
　今もまた、互いに手を取り合い脱出を助け合っている。
　このケルベロスの強さに対抗できるデウスエクスは、この牢獄内には居なかった。この戦いは、そんな風に総括できるのかも知れない。

●消滅
　テイネコロカムイの鳥籠牢から牢獄空間を脱出したケルベロス達は、釧路湿原に転移していた。
「完全勝利だな。ぱぴるす殿も、お疲れ様だ」
　仲間達全員の無事を確認し、イルはぱぴるす殿にも労いの言葉を掛ける。小さな従者は、主の言葉を受け喜んでいる、ように見えなくもない。
「お互い、無事で何よりだな」
「はい。チームワークの勝利、ですね」
　一蕗と和希は、全員が無事に戻るという同じ目標を掲げ戦っていた同士、互いの健闘を称え合う。それは何よりも喜ばしい戦果であっただろう。
「世界に新たな脅威が生じる事態は防げたようだな」
　レギンレイヴが牢獄を脱していれば、地球に住む人々を惨劇が襲ったことは想像に難くない。自分は祖先に恥じない活躍を成せたのだと、アルディマは安堵の息を吐いた。
「牢獄のあった空間は……？」
　ふっと気になったリーナが、テイネコロカムイの護符を調べてみたが、もう転移現象は発動しなかった。
「もうあそこには戻れなくなったみたいね。そもそも、牢獄が無くなった？」
「幽閉対象がいなくなった事で、空間事態が役割を失い消滅したということでしょうか」
　キーアとカナルが状況を鑑みた推測は、検証することは出来ないがおそらくはそうなのだろう。
「探索してみたかったのですが、残念ですね」
　あの特殊な空間を調べてみたかったレベッカにとっては、好奇心が満たせない結果となってしまった。
　ともあれ、パンドラ・アーマーの撃破に成功し、レギンレイヴやその配下達も壊滅した。
　太古のデウスエクスは、現代に復活することなく世界から退場していった。その快挙を成し遂げたという誉を胸に、ケルベロス達は各々の家路に着くのだった。

作者：流水清風	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 3／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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