湿原の牢獄~パレードが発つ前に

作者:天草千々

「釧路湿原で暗躍していた死神、テイネコロカムイの撃破に成功したようだ」
 そう戦果を告げた島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は、無論その報告のためだけに集まってもらったのではない、と説明を続ける。
 テイネコロカムイの目的は、自身もとらわれていた牢獄から仲間たちを脱獄させることにあったこと。
 そしてその仲間と言うのは、死者の泉を見つけ出したとも伝えられる古のヴァルキュリア、レギンレイヴと彼女に従うヴァルキュリアと死神の軍団であること。
「あまりにも永いあいだ囚われていたレギンレイヴは、いまや世界の全てを復讐の対象としているようだ。もし、彼女が自由を得れば多くの犠牲が出たうえ、犠牲者の魂からエインヘリアルが生み出されるような大事件が起きるかもしれない」
 幸いテイネコロカムイの撃破により、彼女らが直ちに地上に出てくる危険はないという。
 だが牢獄が完全なものではないことはテイネコロカムイと言う前例が示している。
 またレギンレイヴの存在を知れば、これを利用しようとエインヘリアルは勿論、他のデウスエクス勢力たちが動き出す可能性は否定できない。
「これを放置しておくわけにはいかないだろう。皆にはこの牢獄を制圧し、レギンレイヴの軍団を撃破してもらいたい」

 移動にはテイネコロカムイが所持していた護符を利用する、と伝えてしらせは戦場の説明に移った。
「皆が転移する先は彼女が囚われていた『鳥篭』に似た浮遊する牢獄だ。その空間には同様の篭が40以上存在し、その1つ1つにデウスエクスが1体ずつ幽閉されている」
 ケルベロスたちは空間内の移動は勿論として、『鳥篭』への出入りも自由だが、デウスエクスたちが鳥篭から出てくることは無い。
 しかし篭の外へ向けては威力は弱まるものの攻撃が可能で、逆に鳥篭の外から中への攻撃は不可能だという。
「それぞれチームごとに1体を請け負ってもらう形になるが、当然敵の攻撃は考えられる。最初の篭を出たあとは速やかに目標とする篭へ乗り込むべきだろう」
 また威力の減衰があるとはいえ、40近いデウスエクスの攻撃が1つのチームにむかえば壊滅的な被害も考えられる。
 各チームが担当する敵の目を自分たちへ向けさせる工夫をしてほしい、と言ってしらせは敵の名を告げた。

「皆の目標は『クラウン・エンター』、道化師を自称する白面の死神だ。名前の通り外見は道化師めいた姿で、使用するグラビティにもクセがある」
 グラビティで生み出したトラウマを呼び起こすびっくり箱、光と音で幻惑する花火、それから杖を振るって繰り出すシャドウリッパーに似た斬撃。
「それから注意して貰いたいことが一点、デウスエクスたちは牢獄から脱出するためのグラビティ・チェインを欲している」
 その為に普段の戦闘であれば下策となる『戦闘不能の相手を攻撃して殺害を試みる』可能性があるということだ。
「脱獄を阻止するために乗り込んで、機会を与えたのでは本末転倒だ。引き際を間違えないよう気をつけてくれ」
 長い説明の終わりに息を整えてしらせは最後の注意を加えた。

「デウスエクスも、少量だがグラビティ・チェインを有している。多数の死が起きれば残ったものがそれを掠めとるかもしれない。余裕があれば他のチームと動きをあわせたほうが良いかもしれない」


参加者
福富・ユタカ(殉花・e00109)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)

■リプレイ

 そこは異質な空間だった。
 一言で表せば黒。
 けれど確たる光源がないにもかかわらず色の濃淡も彼我の距離も見て取れる。
 黒くはあっても暗くはないその世界で目に付いたのは無数の『鳥籠』だった。
 それはまるで籠自体が発光しているかのように、黒の世界のなかでいささか装飾過剰のその姿を主張していた。
「随分と奇妙なところもあったものね」
 そのひとつ、かつてテイネコロカムイという死神が囚われていた籠の中で呟いたのは繰空・千歳(すずあめ・e00639)。
 視線を巡らせたジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)が感嘆に似た息を漏らす。
「……鳥籠の、響きは好き」
 内に何かを捕らえるための鳥籠、けれどそれ自体がこの場所に囚われている皮肉さに、歯車と発条を閉じ込めた世界に馴染んだ娘は瞳を大きくする。
 けれどそれもわずかの間、籠の『中』を見るまでのこと。
 ここからは誰も逃しはしない、とジゼルは小さな唇をきっと引き結ぶと仲間に続いて籠を飛び出していった。

 哄笑、悪態、怨嗟。
 牢獄に訪れた番犬たちを永く囚われていた死神の、ヴァルキュリアの言葉が迎える。
 すでにグラビティの矢が飛び交い、あちこちに鬨の声があがっていた。
「――あちらに」
 目的地を告げたのは涼やかな声だった。
 ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)の白い指が示した籠では、彼よりもなお白い肌の人物がいましも大げさに礼をしたところだった。
「先頭はお任せいただきましょう」
 言うが早いかギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)は分厚い体を盾にするように仲間の前へでる。
 ジゼルと鈴、エリィが彼に続いて内に仲間を守るように位置を変えた。
「見つけたでござる!」
「行くよ!」
 仲間たちが備える一方で、福富・ユタカ(殉花・e00109)が大きく声をあげ、意を汲んだシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)が見えないボールを蹴るように足を振りぬいた。
 グラインドファイアの炎が宙を走り、籠に触れると同時に傘にはじかれる雨のように飛沫となって消えた。
 その光に照らされて白面の道化師は大げさな身振りで驚いてみせる。
「そんな……!」
「では、これならどうです!」
 未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)の落胆の声、続いてベルカントがバスターライフルを構える。
 凍結の光は、やはり触れるそばから行先を逸れると無数に分かれて消えた。
 そうする間に互いの声がはっきりと届く場所まで近づいている。
「――良いですね。花火は私も好むところでして」
 男女の別の分かりにくい声が、楽しげに響いた。
 最初は一度、乾いた破裂音はすぐに豪雨が地を打つような連続したものとなり、閃光と煙を伴ってケルベロスたちを飲み込んだ。
「きゃあああ!!」
「ハハハハハハハ!!」
 娘たちが悲鳴をあげるのに気を良くしたように道化は笑い声を漏らす。
「笑うな」
 ぴしゃりとした声が悲鳴も戦いの音も貫いてそれを遮った。
「――あなたの嗤い声は聞きたくない」
 煙が晴れるころには愛用のナイフを構えた虎丸・勇(ノラビト・e09789)が、エリィを伴ってすでに鳥籠の中に立っている。

「勇殿、前は拙者たちが」
 遅れて籠に飛び込んだユタカは、ちらと視線を勇にやりながら促す。
「うん――名演技だったね、ユタカさんも皆も」
 応える声に案じていた硬さはなく、橙の目の忍者は得意げに片目を瞑って返事とした。
 攻撃も悲鳴も、全ては相手の目を引くため。
「これはこれは、久方ぶりのお客様は一筋縄ではいかないようで」
 一杯食わされたかたちだが、それに激するでもなくへつらうように笑う道化は帽子を取ると深々と礼をした。
「私、クラウン・エンター。このような場所までお越しいただき、感謝の念に堪えません。本日は精いっぱいの業で皆さまをお迎えいたしたく思います」
「あらそう? じゃあひとつリクエストさせてもらおうかしら」
 口調は慇懃ながらも、それがろくでもない『お迎え』なのは疑いの余地がなかったが、応じた千歳もなかなかだった。
「ピエロの鳥籠脱出ショー、なんてどう?」
「あぁ、それは良い考えですね。私からも是非」
 どうぞ、とばかりにこちらも丁重な仕草でベルカントが道を示すように手を『外』へと差し向ける。
 無論、尋常の手段ではこの死神が外へ出れないのは承知の上だ。
 2連勝、とジゼルが小さく呟く。
「――承りました。それでは皆様にもお手伝いいただくということで。どうぞ、ステージの中央へ」
 しかし痛烈なその一撃も張り付いたような道化の笑みを崩すまでには至らない。
 あくまでここは自分の舞台とばかりの招きに、元より戦うために来たケルベロスたちも敢えて乗る動きを見せた。
 主人を残して鈴とエリィは前へ、ミルタは逆にジゼルの背へと下がり、メリノにぽんと背を叩かれて送り出されたバイくんはベルカントの横に並んだ。
「――私のことなんか覚えてないよね」
 首筋に手をやりながら、最後に一言と勇が問う。
 瞳に込められた力は、彼女自身はそれを決して忘れることがなかったであろうことをうかがわせた。
「さて、なんのことやら存じ上げませんが……」
 それを受け流すようにクラウンは大きく首を傾げ、そして笑った。
「そのような目をされる理由には興味を引かれますね?」
 突如として勇の前に大きな大きなリボンのかかった箱。
 コルクの抜けるような音をたてはじけ飛んだ蓋の下から、ナイフを握った手が伸びる。
「――!」
 血煙とともに幕が上がった。

「ルカはああ言ったけど、ボクは逃がさないよ!」
 シエラシセロの蹴撃は言葉より早く死神の体を打ち、その勢いでくの字に折る。
 仲間の誰にも先んじた勿忘草のオラトリオが起こした風は素馨の香りを伴っていた。
「詩人の後胤よ、我が見るは、汝が母なり」
 静かに唱えつつギヨチネが一歩を踏みだすと、サンダルを履いたその足元から無数の植物が早回しで成長するように伸びていく。
 同様にクラウン・エンターの周囲にもあらわれたそれらは、無数の花をつけあたりを豊かな香りで満たす。
「軽業に手品、これはこれはやはり手ごわい……」
 そんな調子で言葉を弄する敵に、相手の流儀でつき合うこともない。
「口上は結構でございまする」
 巨漢のドラゴニアンは巨大な槌を持つ手で軽く手招きをして意志を示した。
「気をつけてください、ね」
 見慣れたその大きな背に声をかけて、メリノは爆破スイッチを握りこむ。時を同じくして千歳が勇にマインドシールドを飛ばした。
 そうしてエクトプラズムの武器を掲げて2体のミミックが駆けていく。
 競い合うような一撃は鈴が先となったが、敵を捉えたのは遅れたバイくんだった。
「失敬」
 一声かけて、ユタカがそのミミックたちを跳びこえる。
 黒いクナイの一撃を道化は手にした杖で受けた、だがそれは囮に過ぎない。
「逃がさねぇよ」
 本命は長い前髪でも隠しきれない橙の瞳、その鮮烈な光は物理的な鋭さを伴っていた。
 文字通り敵を射抜いた眼光が、道化の衣装から覗いた白い肌を染めていく。
「素晴らしい! これはきっときっと退屈しない舞台となりましょう!」
「……うわ、これは面倒でござるなー」
 自らの傷さえも演出の一部とばかりの様にユタカが辟易とした声をあげる。
「わかった。あたしがきっと、覚えておく」
 一方でヒールドローンを展開しながらのジゼルの言葉には真心からの想いがあった。
 時の流れの中では良いことも悪いこともおきる、良いものも悪いものもいる。
 それらを取り除こうとは思わない、いや、してはいけないのだ。
「でも、これがお前様の最後の舞台」
 けれど終わらないことは許さない。
 終わらない物語が無いように、時を刻むものさえもいつかは止まってしまうように、囚人たちはこの地こそを終の場所としなくてはならないとジゼルは断じた。
 ミルタの翼が起こした風が髪のラナンキュラスを揺らす。
 ウイングキャットは主の拘りにも何を話し込んでいるのとすまし顔だった。
「シェラ、私も逃がすつもりはありませんよ?」
「わかってる!」
 オウガメタルから光を立ち昇らせたベルカントは恋人の返事におや、と首を傾げる。
 思考は鋼の騎馬の唸りに中断せざるを得なかった。
 鳥篭の内をぐるりまわって速度を稼いだエリィが炎を纏って道化へと迫る、その背には曲乗りの形でとびついた勇の姿があった。

「やっ!」
 衝突の寸前宙に身を躍らせた勇は、相棒の突撃をかわした死神へ緋の線を描いた蹴りを叩き込む。
 慌てて衣装から火の粉を払う死神は、自らに痛撃を与えた相手が、青い顔で後ずさるのを見て笑みを深くした。
 腕で首をかばうようにした勇が眉を吊り上げる、それがますます愉快でたまらないとばかりに道化は笑う。
「お楽しみいただけているようで」
 くつくつと上機嫌で喉を鳴らす道化へ、金の風が再び迫る。
 だがシエラシセロの一撃より早く死神の指が鳴っていた。
「む」
 今度は光が先んじ破裂音は遅れた、至近で目をやかれたギヨチネが小さく唸る。
「――っ、この!」
「大口叩く割には一つ覚えでござるな」
 ぐんと脚を振り上げたシエラシセロが描いた緋の軌跡を、冴え冴えとしたユタカのクナイが一閃する。
 胴を断ち切らんばかりの一撃に信じられない、といった顔を浮かべた道化はぐらり身を回し――倒れるように見せてふっとギヨチネの背後へと回り込む。
「後ろです!」
 気配を察して備える巨漢に、高いアルトの声が告げる。
 ぶんとドラゴニックハンマーを振りぬいた直後、ギヨチネの背に冷たいものが走った。
 ――今のは誰の声でございましょうか?
 最初は確かに仲間の声に聞こえた。だがその実誰とも似てはいない気がする。
 目を瞬かせてにじんだ涙を拭えば、武器を振り下ろした先には見知った少女の姿があった。
「メリノ」
「えへへ……やっぱり重たい、ですね」
 自身が殴りつけられたかのような表情を浮かべるギヨチネに、メリノは槌を受け止めて赤くなった掌を振りつつ笑顔を浮かべた。
「今まで助けていただいた分に比べれば、全然平気です、よ」
「――申し訳ございませぬ」
 小さくそれだけを絞り出し、ギヨチネは悲痛な表情のまま首を巡らせる。
 笑みを浮かべる道化を認めると、その視線から羊の娘を隠すように一歩を踏み出した。
「ギヨチネ、気にし過ぎるとメリノも困るわよ」
 彼の震える腕に内へと向かう類の怒りを見てとって千歳は釘を刺す。
 心しておきまする、と返す言葉にひとまず頷き、攻性植物に実を結ばせながら別の友人を呼んだ。
「勇?」
「平気だよ、千歳さん」
 即座の返事だったが、いつもの闊達さをやや欠いた。
 それは戦いの最中であるということや、傷を負っているからというだけではあるまい。
(「しっかり見ておかなくちゃね」)
 思わず息が漏れる、聞きとがめたジゼルが心中を覗き込むように見上げて言った。
「千歳、保護者みたい」
「せめてお姉さんでお願いしたいわ」

 戦いは長く続いた。
 それはしかし死神の奮戦というより別の理由によった。
「ルカ、合図は?」
「まだですよ」
 シエラシセロが問うたのは敵の長、レギンレイヴの動向だ。
 ケルベロスたちは打ち漏らしを防ぐため、できうる限り撃破のタイミングを合わせるべく戦いを引き延ばしていたのだ。
「――シェラ、どうしてそんなに落ち着かないんです?」
 真っすぐな気質の彼女には愉快な相手ではあるまい、戦いが長引き仲間たちが傷つくことを嫌うのも分かる。
 けれどベルカントには何か別の理由があるように思われた。
 聞きたくないことを聞かれた、という顔のシエラシセロは躊躇いがちに口を開く。
「――だってあいつが」
 ルカみたいなことするから、と続いた言葉は小さかった。
 絶えぬ微笑み、少し芝居がかった仕草、余裕ありげな態度――恋人のそれは胸を暖かくしてくれる、断じて人を嗤うものではない。
 似てなどいない、分かっていても不意に連想させられる。
 それが許せないのだ、と。
「失礼な、まったく似ていませんよ」
 そう言った言葉に何だそんなこととばかりにベルカントは首を振る。
「分かってるけど!」
「だって、愛がありませんからね」
 知己に『意地悪』と評されることもある男はしゃあしゃあと笑って告げた。
「見習いたい余裕でござるなー」
 ユタカが首筋をあおぐそぶりを見せ、ジゼルもそれを真似る。
 不意打ちの一撃でシエラシセロを沈黙させつつ、ベルカントが振るった荊の鞭は道化を引きちぎらんばかりに締め上げた。
 なにも恋人の心を乱してくれた仕返しというわけではない、盾をつとめる仲間たちも限界を迎えようとしていたからだ。
「この地からどこに向かうつもりであったか、お教えくだされば慈悲を与えましょう」
 ギヨチネの問答に即座の返事はない。
 道化はすでに大勢が決したことも、自分が永らえさせられている理由にも薄々感づいているようではあった。
 嘆息し、観念したように声をあげる。
「分かりました、時期が来れば演者は舞台を去るもの、お教えしましょう。それは――」
 意外な言葉にケルベロスたちに『待つ』空気が生まれた。
「後ろです! ハハハハハ!!」
 高い声を作って笑った死神に、とうのギヨチネよりも先に動いたものたちがある。
「全然、笑えないよ」
「下衆が」
 シエラシセロの握った拳が、ユタカの手刀が死神を打ち据える。
 しかしながら全力を叩き込まないだけの計算は2人ともにできていた。
「それは残念なことで!」
 笑みはそのまま悔しげな道化に、少女の喜びを伴った声が終わりを告げた。
「決着が、つきそうです!」
 仲間たちの傷を癒しながらずっと『外』に注意を向けていたメリノが籠の一つを示して叫ぶ。
 確かめる余裕はなくとも皆は悟る。
 おしゃべりな道化を永遠に黙らせる時がきたのだと。
「ご退場いただきましょうぞ」
 ギヨチネの声は静かな、けれど地の底で燃えるマグマのような熱をもって響く。
 立っているのがやっとに見えた傷ついた体は、この時常の力強さを取り戻した。
 逸れるかに見えたハンマーの一撃は死神のつま先を痛打し苦悶の声をあげさせる。
「勇、いいわよ!」
「うん」
 勇は長らくもう1人の敵と戦っていた。
 それはあの日心に残った傷、決して拭い去れない死の恐怖と言う汚れ。
 首元を赤い色で染めた娘、それはそうなったかもしれない――あるいはいつかそうなるかもしれない勇自身の姿だった。
 今、その幻はもはやない。
 それは無論グラビティによる影響が、いましも千歳のグラビティによって打ち消されたからに他ならなかったが、ともあれ心は刃の下にある。
 不思議と静かに凪いだ気持ちで、勇は雷光まとうナイフを振り下ろした。
(「――感謝してるよ」)
 ただしそれは死を弄ぶ道化にではなくあの日を始まりにもたらされた多くの縁に、だ。
 死神はもう、笑わない。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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