湿原の牢獄~孤独の奏者

作者:文月遼

●綻びの可能性
「釧路平原で先の事件を起こしていたテイネコロカムイは、ケルベロス達によって撃破された。これによって、奴の目的も明らかになった。仲間の脱獄だ」
 集まるケルベロス達を前に、フィリップ・デッカード(ハードボイルドヘリオライダー・en0144)は前置きを抜きにして静かに切り出した。牢獄に幽閉されているのは、古のヴァルキュリアであるレギンレイヴとヴァルキュリア、死神で構成されている一団だ。
「レギンレイヴらは長きにわたって幽閉されているらしい。それこそ、気の遠くなるような時間だ。連中の目的は世界全てに対する復讐だ。長いこと牢屋にいたから、娑婆で暴れたいって気持ちも分からなくはない……それがデウスエクスなら話は別だがな」
 彼女達が外に出れば、多くの一般市民が殺害され、最悪の場合その魂から新たなエインヘリアルが創造されるかもしれない。
「尤も、テイネコロカムイが撃破された以上、それが『すぐに』起こる可能性は低い。だが、釧路の事件でテイネコロカムイが脱獄していた以上、牢獄は完全じゃない。それに彼女は人気者だ」
 どんなことが切っ掛けで牢獄が壊れ、ヴァルキュリアや死神が解き放たれるかは分からない。加えて、デウスエクス達が彼女に目をつけて利用する危険性も十分に考えられる。まして、エインヘリアル達がレギンレイヴ達の力を手に入れてしまえば、彼らは今以上の力を持つことになる。
「リスクを未然に防ぐためにも、牢獄を制圧してヴァルキュリアと死神の一団のカタをつける必要がある」
 牢獄のある場所までは、テイネコロカムイを撃破した際の護符を用いることで移動が出来るとフィリップは付け加える。そこには40以上の牢獄が『鳥籠』よろしく浮いていて、一つ一つにヴァルキュリアや死神が幽閉されていると言う。幽閉されているデウスエクスは外に出ることは出来ないが、牢獄の外……すなわち、ケルベロスであれば出入りは自由に行えるという。
「お前達には、『鳥籠』まで転移した後、攻撃目標であるデウスエクスの牢獄に侵入。幽閉されている敵を撃破してほしい。ただ、一つ問題があるとすれば、鳥籠に入るまでは、攻撃を行えない。逆に中から外へは攻撃が出来る。序盤は一方的な攻撃に晒される可能性が高い」
 牢獄の外への攻撃は、威力が大きく落ちると想定されている。しかし、少しでも侵入に手間取ればその間相手に一方的な攻勢を許すことは避けられず、ましてや特定の1チームが40以上の攻撃に晒されれば壊滅は避けられない。
「チームごとに標的は設定してある。それぞれが標的からの狙いを引き付け、集中攻撃を可能な限り避ける。挑発でも何でも、敵の目をこっちに釘付けにするって寸法だ」
 フィリップは続けて敵の名前を切り出す。
「お前達のチームが担当するのは死神、如月・時子だ。ロックバンドのリーダー、らしい。スカウトされても、ホイホイ着いて行くんじゃねぇぞ。連中は牢獄から脱出するためのグラビティ・チェインを奪うチャンスを狙ってる」
 仮に戦闘の継続が困難になったり、窮地に陥ったケルベロスがいた場合、躊躇なく対象を狙い、完全に殺してグラビティ・チェインを奪おうと試みるだろう。
「牢獄の外に出れば最悪の事態は避けられる。殺されないよう、上手く立ち回ってくれ」
 ケルベロス程ではないものの、デウスエクス達も少量であるが、グラビティ・チェインを持っている。それを利用して残った敵が脱獄するという可能性も考えられる。
「牢獄の内部から外を見るのは簡単だ。他のチームの戦闘の状況も確認して、デウスエクスを撃破するタイミングを可能な限り合わせた方が良いかもしれないな」
 フィリップはそう言いながらヘリオンの用意に取り掛かる。
「しかし、長いこと変わらない風景を見続けるってのはどんな気分だろうな。少なくとも、マトモじゃやっていけそうにない。お前達で、終わらせてやれ」


参加者
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)
輝島・華(夢見花・e11960)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)
桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)

■リプレイ

●Let's Rock
 ケルベロス達は気が付くと、薄暗い空間に立っていた。微かでぼんやりとした青白い光だけが照らすそこは、まさに牢獄と呼ぶにふさわしい、閉ざされた空間だった。
 無数の鳥籠。そのうちの一人の視線が、ケルベロス達を見据えた。くすんだ金色の髪に、青白い肌と碧眼。豊満な肢体を黒いシャツとホットパンツに押し込めた彼女は、眠そうに細められた眼を見開いた。牢にもたれて、ギターをつま弾く少女――死神、如月・時子は口許をにやりと歪めてケルベロス達を見据えた。
「お? 何だい何だい。やけに大所帯が来たじゃないか……こんな辺鄙な場所に何の用だ?」
「この辺りに、腕のいいミュージシャンがいると聞いてね。少し話を聞きに来たのさ」
 ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が肩を竦めてそう返すと、時子は牢にべたんとへばりつくように食いついた。
「マジ? スカウト!? けどめっちゃ人いるじゃん! 何、グループ組める? あんたらポジションどこ希望? やだなもう、連絡くらいあっても……取りあえずいぇーい!」
 まくし立てるように叫ぶ時子を見て、桔梗谷・楓(オラトリオの二十歳児・e35187)は軽くカメラを構える。周囲の風景を収めておくためだ。それを見つけてピースサインを送る時子を見て一瞬だけ青年は表情を綻ばせる。
「へっ、楓様に目をつけるとはあんたも良い趣味してるじゃねぇか」
「あなたの奏でるロックに興味があります」
「俺も音楽には少々うるさくてな、少し聞かせてもらおうか」
 (外見は)美女からの鼻の下を伸ばす二十歳児を差し置いて、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)とヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)は静かに言う。二人の口調こそある程度礼節を保っているように見えるが、そこに滲むのはどこまでも不遜な響き。それが孤独な音楽家を燃え滾らせるために最も手っ取り早いと知っていた。
「へぇ……言ってくれるじゃん」
「だって、こんな場所にずっといれば……」
 黎泉寺・紫織(ウェアライダーの鹵獲術士・e27269)は、ぐるりと辺りを見渡した。見えるのは暗闇と、その中でぼんやりと光る牢だけ。
「音楽の腕も感性も、鈍るのではなくて?」
「敵を勧誘とは、大した観察眼だ。音楽の程度も知れると言うものだ」
 紫織と蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)の挑発的な言葉が決め手だった。
 ぐっと、時子のギターを握る手に力が込められた。白い肌に、赤みがさしていく。
「ようし、決めた。特別にタダで聞かせてやろうじゃんか。あんたらが感動とかその他諸々で咽び泣いてここから出してくれるような、派手なのをキメてやろうじゃねぇか!」
 胸元からピックを取り出して、時子の指が別の生き物のように蠢いた。
「へっ、これで他の連中に義理は果たしたってところっすかね」
「ちっとも、果たせてはいませんわ。これからです!」
 輝島・華(夢見花・e11960)の生真面目なツッコミに、ツヴァイ・バーデ(アンデッドライン・e01661)はへいへいと気のない相槌を打って他のケルベロス達とともに駆け出した。
 アンプが無いにも関わらず響き渡る激しい音が、ケルベロス達の生命力を蝕んでいく。けれど、それに気圧されることなく彼らは少しずつ鳥籠へと進んでいく。

●Till Death Do Us Part
 時子の奏でる音楽が強烈な力を持つとはいえ、特に決まった指向性を持たない音楽は特定の誰かを集中的に攻撃することは無く、損耗は大きくは無い。ケルベロス達全員が飛び込んだ時に、脱落した者、疲労で動けない者はいなかった。
「期待していたが、その程度か!」
「まだまだセトリの二割もこなしてないのに、つれないね!」
 光沢のない黒い刃を持つ鎌を振りかざし、ヨハネは先陣を切って懐に飛び込んですくい上げるように墨染を振るう。ステップでその攻撃をいなしながら、時子は不敵に叫ぶ。
「最初に観客を盛り上げなくてどうする」
「ああ。そうだ。そりゃ、確かに」
 鎌によって奪った生命力によって傷を癒しながら、ヨハネはぽんと手を叩いで相槌を打つ時子を見て呆れたように呟いた。相手は古のヴァルキュリア・レギンレイヴに与した死神は、その物々しい種族の名前と裏腹に、あまりに享楽的、刹那的だった。それ故に、放置すれば大きな犠牲が出ることも明らかだった。
「だそうだ。手出しできなかった分、こちらも全力で行くとしよう」
「ああ。牢屋で退屈してるようだから、付き合ってやらないとな」
 真琴の言葉と共に形成される小さな光の盾によって傷を回復しながら、ハンナは軽くグローブを直しながら時子との間合いを詰め、後ろ回し蹴りを繰り出す。
 一発は時子がスウェーで避ける。けれども、振り抜いた左足を軸足に変えて、更にもう一度回し蹴りを繰り出す。その足は時子の側頭部を正確に捉えていた。声を上げることも出来ず、時子はかぶりをふってその痺れを振り払う。
「このっ! やったな!」
 悪い悪いとばかりにひらひらと手を振るハンナを睨みつけ、時子はギターのネックを握り、ボディに取り付けられた斧で仕返しとばかりにその頭を叩き割ろうと振りかぶる。
「やらせんよ」
 ギンっと甲高い音が鳥籠の中に響く。真琴の構える巫霊刃が分厚い刃を受け止めていた。その衝撃で小さな身体が弾き飛ばされるものの、動けなくなるほどではない。
「チッ、頭かち割るつもりだったのに」
「スカウトすると張り切っていたのに、随分な変わりようですね」
 じだんだを踏んで悔しがる時子を見て、瑛華は口許に穏やかな笑みを浮かべたまま、わざとらしくシリンダーをガラガラと鳴らしてリボルバーにはめ込んだ。
「欲が出るっていうの? なんてーか、8人に利かせたら10人、20人。ゆくゆくは70億。こんな湿気た場所じゃなくてさ、青空の下でさ!」
「では、なおさらですね」
 瑛華はそう言ってリボルバーを構える。それを見て時子もかわそうと身構えるが、その時にはグラビティで生成された鎖が絡みつき、行動を大きく制限していた。
「死が二人を別つまで、とは言いませんけれど」
 そう言って彼女は無造作に、どこまでも正確に6発の弾丸を叩き込んだ。
 ケルベロス達の戦闘を、打ち上げられた一発の照明弾が照らす。

●Alone
 デウスエクス――如月・時子との戦闘はどこまでも続く。長期戦を強いられている。
「さてさて、そろそろ盛り上がってる感じじゃん!」
 時子の奏でる激しく、そしてどこか物悲しい旋律。狭い空間にある空気を丸ごと震わせるそれは、徐々にケルベロスを蝕んでいく。
 激しい攻撃をナハトがすんでのところでいなす。華はきらきらとした笑顔でギターをかき鳴らす死神を見て静かに呟く。

「随分と、楽しそうですのね……」
「ったりめーでしょ? 何年ここにいると思ってる」
 ヴァルキュリア・レギンレイヴとその仲間たちは長い間牢の中に幽閉され続けていた。外界から遮断され、見える物は他の鳥籠と壁ばかり。それを思えば、宿敵たるケルベロスであろうと、歓迎されるのかもしれない。
 けれど。
 それではあまりに悲しすぎる。
「ええ。ですから、ここで終わらせます!」
 華は小柄な体に似つかわしくない、巨大なグレイブを構えて一気に吶喊する。すれ違いざまに刺突を繰り出してその動きを鈍らせる。
「はしゃぎすぎっすよ! その外面が文字通り剥がれるまでひれ伏し願え……ってね!」
 ツヴァイの展開した地獄の炎。それが煉獄となって時子を取り囲む。その瞬間、死神から笑みが消える。
「閉じ込められた……やだ、いやぁっ……」
 周囲の熱を奪う白炎の雨に晒された、時子の声に、ヒステリックな響きが混ざる。そこには先ほどまでの陽気な雰囲気は影も形も消えている。
「……」
「……文字通り外面を剥いじゃった感じっすか?」
 錯乱した様子の時子を見て、ツヴァイは追い打ちとばかりに尋ねる。
 そして、気付く。遅かれ早かれ、誰かが気付くことだった。
 炎がひとしきり止むと、時子はゆらりと立ち上がった。鎖で縛られ、全身の熱を奪われ、そこにいるのは亡霊だった。如月・時子の抜け殻と呼ぶべきなのかもしれない。口許には先ほどと同じ笑みが張り付いている。眼に輝きは無く、外で見た仄暗い光と同じ虚無を湛えていた。
「敵はとっくに正気を失っていた、ってことかしら……だったら!」
 紫織はそう呟いて鳥籠の床に手をかざす。砂の柱が唸りを上げて時子の全身を絡め捕ろうとする。それでも彼女は動きを止めようとはしなかった。
「可愛い女の子のあんな姿は見たくなかったな……」
 ダメージを引き付けている前衛のケルベロス達を賦活しながら、楓は時子の抜け殻のような姿を見てひとりごちる。いくら凶悪な、相容れない的だとしても笑顔が曇るのを間近で見る、とうの昔に消えていたことを気付かされるのはあまり良い心地では無い。
 フォローがあるとは言えど、回復の手を少しでも気を緩めればケルベロス達の優勢はすぐに失われる。
 集中をしたまま、楓は時折鳥籠の外を見て、他のケルベロスの、死神やヴァルキュリアの動向を見守っていた。

●And the rest is silence
 それと同じころ、薄暗い牢獄が一瞬だけ照らされる。ぱぁん、と火薬の弾ける微かな音が遅れて楓の耳に届く。
「やっとか……あの子を、楽にしてやろう」
「言われるまでもない」
「お誘い、返事をしていませんでしたわね。私も、ここで死ぬのはご免ですので」
 真琴が静かに頷いた。小柄な体躯を活かして振り払おうとする彼女の手をすり抜け、鋭い斬撃を浴びせる、微かに残った意志、もしくは記憶の欠片をたぐってリフを繰り返す時子を見て、華は魔力で生成した花弁を死神に向けて放つ。小さな花弁は意思を持つ様に彼女を取り囲み、一瞬で彼女を針の筵に変える。
「薄々勘付いてはいたっすけど、いい気はしないっすね」
「それでも、あれだけ弾けるのだから。それだけ好きだったのかしら」
 とうに精神の崩壊していた彼女の様子を見て、ツヴァイは静かにぼやいた。安っぽい同情や理解したつもりになる気はないが、それでも数十分前までは気さくにしゃべっていたデウスエクスが抜け殻同然だったことを見せつけられて良い気分にはならない。抜け殻と戦っても、楽しくも無い。
 べたべたしたつながりを好まない紫織も、彼の振る舞いにある程度同意していた。グレイブに炎を宿してツヴァイが一気に振り下ろす。紫織が言葉を紡ぎ、一条の光線を放つ。
「んじゃ、やるよ」
 ハンナはそれだけ言葉を交わして駆けだした。姿勢を低く駆ける彼女がナイフを放って時子の胸元に突き立てる。
 続けざまに、瑛華の放つ弾丸が飛ぶ。次々とナイフの柄に突き刺さり、刃が沈んで心臓部を穿つ。
「……良い演奏だった。俺も全力の音楽で返すとしよう。もう、聞こえているかも分からんがな」
 満身創痍となった時子を見て、ヨハネは黙示の魔術を唱え始めた。その術に応じて降り立つ乙女が静かに声を発する。その歌声が時子を蝕み、そして一人の死神に本当の死を与えた。息絶える直前、彼女が何かを呟くように口を動かした。
「ああ、くそ。あんたらとなら良い音楽をやってけただろうに……」
 一瞬の沈黙。他の鳥籠の中も同じように、何らかの形で決着がついていた。
 ケルベロス達が息を整えていると、空間が少しずつ揺らぎ始めた。
「閉じ込めていた対象がいない以上、この空間も無意味と言うことだろう。長居する理由はない」
「ええ。帰りましょう。後で、無事でいられたことを喜びましょうね」
 真琴の言葉に華は頷き返た。ケルベロスは鳥籠の外に出て護符の地点まで駆ける。
「こんな湿気た場所に閉じ込められるとはね。あの子は頑張った方だ。あたしなら三日で頭をぶち抜くね」
「平気よ。三日も待たせないから」
 流し目でウィンクを送る瑛華を見て、ハンナは口許を綻ばせる。外に出たら、一本吸おう。そう思いながら。

作者:文月遼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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