湿原の牢獄～鎖繋がれし翼姫

■リプレイ

●記憶
　春の暖かさが未だ訪れていない釧路湿原。
　この場に集まったケルベロス達は３００人以上……『テイネコロカムイ』を撃破した際に存在が明らかになった、亜次元の牢獄『鳥篭』に囚われた『古のヴァルキュリア』そして『死神』達を倒す為に集まった者達だ。
「他のチームの皆さんも緊張の色は、隠せない様ですね……」
　４０以上の突入チームそれぞれに、用意したトランシーバーを渡しながら、情報交換をして来た、彼方・悠乃（永遠のひとかけら・e07456）が自身と共に突入するメンバー達に静かな声で言う。
　手にしたトランシーバーが、それぞれのチームを繋ぐ物になればと悠乃は考えていたが、『テイネコロカムイ』との戦いの折に鳥篭に突入を試みたメンバーの話を聞く限り、レシーバーに限らずレプリカントのアイズフォンですら、受信できる可能性は低いとのことだ。
　そうでなければ、強力な力を持ったデウスエクスを悠久の間閉じ込める空間として、成り立つ事は無かったのだろう……。
　思わず、悠乃の唇から溜め息が零れる。
「悠乃よ、案ずる事は無い。此度の戦、グランツリッターの騎士が３人もこのチームには居るのだ。そして、率いるは『雷電皇帝アステリオス』である余なのであるからな！　はーっはっはっは！！」
　両腕を組み高笑いを響かせるのは、テレビウムの『雷光の従者』を傍らに置く、エクレール・トーテンタンツ（煌剣の雷電皇帝アステリオス・e24538）である。
　高笑いを続けるエクレールに一括りにされた『グランツリッター』の一員である、アビス・ゼリュティオ（輝盾の氷壁・e24467）とコル・ヴァニタス（煌剣の焔凰騎・e24574）を見やれば、アビスはエクレールの様子に呆れた様に相棒のボクスドラゴン『コキュートス』と共に、釧路の地の様に冷えゆく心を研ぎ澄ませているし、コルは何故だか分からないが、この地に来てから地獄化されている記憶の片鱗が疼く感覚に軽い頭痛を感じていた。
「そろそろ、鳥篭へと転移を開始する様じゃのう」
　眠たげな目をこすりながら、本多・風露（真紅槍姫・e26033）が仲間達に伝える。
　鳥篭への転移はテイネコロカムイが残した『護符』を使用し、テイネコロカムイの『鳥篭』へと向かう事になる。
　大勢のケルベロスが複数のチームに分かれての連携作戦、チーム間の少しのずれで作戦自体が失敗しかねない。
（「テイネコロカムイ……ムカつく奴じゃったが、死んでもわしらに面倒事を残すとは、禄でもない奴じゃのう。……レギンレイヴは他の連中に任せるとしても、わしらはわしらの割り当てをしっかり片付けねばなるまいのう……全く、お陰でのんびり昼寝も出来ないではないか」）
　胸の内でそう思いつつも、風露は自身の得物の柄を握り、少しずつ気持ちを切り替える。
「皆さん、転移が始まるよ。回復は心配しないでね。私が支えて見せるよ……だから、ヴァルベリスの鳥篭を見つけたら、後ろを振り向かないで走ってね」
　眼鏡の奥の瞳を細め笑顔を作ると、水無月・香織（地球人の鹵獲術士・e30250）が、仲間達を勇気づける様に言う。
　次の瞬間……ケルベロス達の視界が歪む様にぶれる様に、様々な色が交錯すると、太い格子に囲まれ、扉の開いた『鳥篭』に移動していた。
「これは……命豊かな湿原の底にあるにしては……控えめに申しまして、醜悪な場ですね」
　普段からクールを保っている表情に、静かな不快感と明らかな嫌悪を表し、冷笑を浮かべながら、ヒルメル・ビョルク（夢見し楽土にて・e14096）が呟く。
　そして……宙に浮かぶ幾つもの巨大な鳥篭に視線を移す。
「……尤も、不快な場という点では、彼らも同様でしょうが」
　ヒルメルの言う通り、鳥篭に囚われた囚人である『古のヴァルキュリア』そして『死神』達は一様に暗い感情のオーラを滾らせていた。
　ただ、突如現れた数百の人間に興味を惹かれている者もいれば、明らかに警戒している者……獲物を求める獣の様な眼を向ける者も当然の様に居る。
「私達の撃破目標、ヴァルベリスは……」
　悠乃が呟くと、その問いに答え……いや、無意識にコルは、今居る鳥篭と随分距離の離れた、鳥篭を指差す。
　そちらを見やれば確かに、雄大に聞いた通りの特徴を有した死神『眩魔煌姫ヴァルベリス』が気だるげに鳥篭の中で、ケルベロス達を見るでなく虚空を眺めている。
「……無くしたはずの記憶が、俺の魂が叫んでいる。ヴァルベリスはここで倒さなければならないと。俺は――グランツリッター、煌剣の焔凰騎、コル・ヴァニタス。それでいい！」
　叫ぶと、コルは地獄の炎を燃え盛らせ、ヴァルベリスの鳥篭へと１人駆け出す。
「待たぬか！　コル！」
　エクレールの静止の声もコルには届かない……。
　ケルベロス達は視線を交わし、ヴァルベリスの鳥篭へと走り出した。

●対峙
「ヴァルベリス……」
　敵の名を呟きながら、リュリュ・リュリュ（リタリ・e24445）は、向かう鳥篭の主の成そうとしていた事を思い出す。
（「魂の救済を謳い死者を蘇らせ、理想郷を――とどのつまりはゾンビの王国か、バカらしい」）
『“威圧する”ラハン』を砲撃形態に変え、轟竜砲をリュリュは撃ち出す。
　鳥篭外から、鳥篭内への攻撃は無効化される……そんな事は分かっていた。
　だが、それでもリュリュはヴァルベリスへの怒りをハンマーに乗せたのだ。
「誰も死なない世界はヴァルハラの館だけで結構！　これ以上、蠱毒を増やしても仕方がない……すぐに、貴様の大好きな死者達のいる冥界に送ってやる。落ち着いていられるのは今だけだ！」
　その言葉にヴァルベリスは、チラリとリュリュを見ると扇情的な動きで数多の白煙を放つ。
　威力は落ちているとのことだが、無差別に放たれた白炎の数は多い。だが、主にディフェンダーがそれを受ける事でダメージを減らす。
「ふ、グランツリッターの力を示す時が来たようだな……ふーっはっはっは！」
「これくらいなら何てことないね、さっさと進もうか」
　エクレールとアビス、そして従者達、『グランツリッター』の仲間達に護られながらも、コルは翡翠色の炎を淡々と燃え上がらせる。
「……舞え、煉獄の使者よ」
　翼と共に放出された翡翠色の地獄の炎は鳳凰の形を成し、コルがグレイブを振れば鳥篭に戻る鳥の様にヴァルベリスの鳥篭へと羽ばたいていく。
　鳥篭の中に居る、ヴァルベリスへのダメージとはならないが、最後衛でヒールを受け持ちながら駆ける香織の眼には、その翡翠色の鳥が、ほんの僅かな瞬間だけヴァルベリスの瞳の色を変えた様な気がした。
　ヴァルベリスの鳥篭まで辿り着くのにケルベロス達は、５分程の時間を要した。
　単純に、ヴァルベリスの鳥篭が古くの花魁が奥座敷に居た様に、最奥に位置していたと言う事と、それまでの道のりでの囚人達の攻撃もなるべく引き付けた結果だ。
　だがダメージ量は、大きいものでも１０パーセント程度、ディフェンダーに守られ回復に専念し続けた香織に至っては一切ダメージを負っていない。
　コルが何かに押される様に鳥篭に手をかけ、扉を開く。
「お主らは童の名を呼び続けていた者達であろう？　童に何か用かえ？」
「ヴァルベリス……俺の事を――コル・ヴァニタスの名前を知っているだろう？」
　その問いにヴァルベリスは不思議そうな顔をする。
「知らぬのう……いや、知っておったのか？　悠久の時を囚われた妾の記憶……忘れたやも知れぬ。定命の者には分からぬ事よ……。おぬしは童を知っているのかえ？」
　知っている筈なのだ……コルの心底がそう言っている。それでも燃える翡翠色の炎は思いだす事を許さない。
　己の記憶に苦痛を覚えるコルを庇う様に、エクレールが前に出る。
「死神だかなんだか知らぬが……このような所に繋がれておる者など畏るるに足りんわ！」
　言いつつ長槍に雷を纏わせると、雷光輝く光の翼を広げ言い放つ。
「余は煌剣の雷電皇帝アステリオス……余の雷光の前に平伏せ、雑種！」
　エクレールの言葉に、ヴァルベリスは含み笑いを漏らす。
「駄犬は己の立場も分からぬらしい」
　言葉とと共に大きく燃え上がる白炎がエクレールを襲う……だが。
「あのさ、エクレール……勝手に動かないでくれる？　面倒事増やすだけなんだから」
「なっ！？」
　エクレールを庇ったアビスが表情を変えずに言えば、エクレールが反論しようとするが、アビスは相手にもせずヴァルベリスに宣言する。
「その程度の炎、通さないよ。これでもグランツリッターでは輝盾の氷壁……名乗ってるからね。……通せるものなら、通してみなよ」
「では、始めるとしよう。ヴァルべリス……私達を倒せば、この篭から出れるかもしれぬな。ヴァルキュリアが騎士、リュリュ・リュリュ参る！」
　言葉を終えるとリュリュは己自身を流星へと変え、軌跡を描きヴァルベリスを蹴り上げる。
「漂う癒し、繋げる手、浄化の霧を今ここに……ビョルクさん」
　悠乃は、癒しの雨の力を霧状に変えると力を変質させ、ビョルクの癒しの力を底上げする。
「恐れ入ります、悠乃さん。それでは、私も……」
　纏った白銀の生命体から『黒太陽』を具現化すると、ヒルメルは絶望の黒光をヴァルベリスに照射し言い放つ。
「その醜怪な翼も、篭に居れば不要のもの……似合うとすれば、苦痛の囀り程度でしょう」
「わしらは貴殿の翼を折りに来たのじゃ。飛べぬ鳥なら、わしの『来国俊』で引導を渡してやろう」
　釧路の地に居た時とは、がらりと雰囲気を変え、冷徹な狩猟者の顔を覗かせると風露は鎌倉後期に鍛えられたその刀で、空をも断ずる斬撃をヴァルベリスに浴びせる。
「皆さんには万全の態勢で戦ってもらいます！　降り注げ！　魔を祓う光の雨よ！」
　仲間達の身体に燻っていた白炎を消火する様に、香織は特製の弾丸を『マジックリボルバー』に装填すると、宙へ放ち癒しの力を広げる。
「仕方あるまい。童も余興に付き合うとするかの。篭を出て、レギンレイヴ様を王とした理想郷を作るのも面白いやもしれぬ……」
　そう口にし、ヴァルベリスがオラトリオとサキュバスの両翼を大きく広げた途端、ヴァルベリスの纏った白炎が、鳥篭全体を包むのではないかと錯覚する程、大きく広がった。

●苦戦
「失礼いたします。こちらをどうぞ」
　不思議な香水の香りを仲間達に届けながらも、ヒルメルの額に汗が流れる。
「アビスさん、私のオーラを送ります！」
　香織が自身のオーラを視覚化出来る程高めると、アビスに注ぎ込む。
「コキュートス……」
　自身は香織のオーラで体勢を立て直す事が出来たが、アビスの目の前で相棒のコキュートスはグラビティ・チェインの枯渇により、姿を消していく。
「コル！　アビス！　攻撃の手を止めるでない！　総軍、剣を掲げよ！　雷装！！」
　仲間達に檄を飛ばしながら、エクレールは眩雷光の加護を鳥篭内に奔らせる。
「グランツリッターの煌剣の焔凰騎は、飛ぶ事を止めないんだ！」
　全身を『光の粒子』に変え、ヴァルベリスに突撃しながらコル叫ぶ。
　レギンレイヴの鳥篭から一度目の照明弾が上がってから、８分程が経っていた。
　一度目が上がったのが、自身達の戦闘開始から２分後程……ならば、鳥篭殲滅作戦開始から１５分程が経過している事になる。
　ケルベロス達の攻撃は、確実にヴァルベリスにダメージを与え続けている……だが予想以上に苦戦を強いられているのは事実だった。
　要因を幾つか挙げるなら、ヴァルベリスの白炎が僅かずつだが確実にケルベロスの体力を奪っていること、そして回復に重きを置いた為のアタッカーの不足、そして連携作戦が故の弱点……他の鳥篭との撃破タイミングのシンクロを狙う為に積極攻勢に移れないのだ。
　レギンレイヴ班からの信号弾がもう一度上がりさえすれば……ケルベロス達にその思考がどうしても生まれてしまう。
「黒鎖の力よ、皆さんを守る力となって下さい」
『竜牙ペンデュラム』を仲間達の盾としながら、悠乃は持久戦を耐え抜く力を増やしていく。
（「まだ倒せないが……」）
「私達が倒れる訳にもいかない！」
　刃の如き鋭さを持ったキックを放つ事で、ヴァルベリスの青白い生身の足を切り裂くリュリュ。
「童には回復の術もあるのを忘れたか……」
「お主こそ、目の前しか見えておらぬ様じゃな。後ろは隙だらけじゃ」
　光る６枚の翼と一体化し、ヴァルベリスを撃ち抜きながら、風露が告げる。
（「あと、暫くじゃ……必ず、信号弾は上がるのじゃから」）
　名刀匠の名を持つ長槍『藤原正真』を構える、風露の瞳に迷いは無かった。

●崩壊
　それは、唐突に上がった。
　薄暗い牢獄に勝利を告げる閃光。
「香織さん、皆さんの完全回復をお願いします」
「オッケーだよ！　もう一度降り注げ光の雨！」
　悠乃の癒しの力を向上させる霧を浴びた香織が、宙に向け癒しの弾丸を撃つ。
「猟犬の鎖よ、あの囚人を捕えなさい」
　ヒルメルが、黒鎖を捕縛の形にするとヴァルベリスを締め上げ、冷ややかな目で言う。
「……理想郷がどのようなものかは存じませんが『貴女のいない世界』私にとっては……それが絶対条件です」
「エクレール……繋げるよ」
「余達が道を開く……コルよ、猛る炎をぶつけるがよい」
　アビスとエクレールが二人流れる様に、鎧すらも穿つ掌底を連撃で与えれば、ヴァルベリスの身体が傾く。
「煉獄の使者よ……羽ばたき燃やせ！」
　翡翠色の炎の鳳凰を撃ち放つと……何故か分からないが、コルの瞳から一筋の涙が流れた。
　炎に包まれながらも、更なる攻撃を行おうと舞うヴァルベリス。
「巨人の茨よ、搦め捕れ」
　リュリュがスリサズのルーン文字を虚空に描けば、瞬間的に呼び出された茨がヴァルベリスの動きを止める。
「これで、終いじゃ。我が前に敵は無し、只勝つのみ！」
　稲に止まったトンボすらも逃さぬ一瞬の長槍の閃き……命の終わりを感じ取り、風露が呟く。
「……次に生まれ変わることがあったならば、今度は良い奴になるのじゃぞ」
　鳥篭の中、消えぬ翠の炎の中でヴァルベリスは少しずつ消えていく……だが、ケルベロス達に感傷に浸る暇は無かった。
　鳥篭が……いや、牢獄を形作る空間そのものが、歪み崩壊を始めたのだ。
「皆さん、急いでテイネコロカムイの鳥篭へ参りましょう！　あの鳥篭からなら、釧路湿原へ戻れます。急ぎましょう！」
　ヒルメルの言葉に従い、次々にヴァルベリスの鳥篭をあとにするケルベロス達。
「……ヴァルベリスの『枷』……何かを縛るのに有効かと思いましたが、ヴァルベリスと共に消えたのでしたら、役目を終えたと言う事でしょうね」
　悠乃が鳥篭の扉に手をかけながら呟く。
「ふう、何とかなったかな……」
　そう口にしながらアビスは、コルを見る。
　コルとヴァルベリスの関係は、何も分からなかった……。
　それでも彼には、自分達が居るのだからと……アビスは思わずには居られなかった。

作者：陸野蛍	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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