湿原の牢獄~光の翼の紳士は微笑む

作者:陸野蛍

●『鳥篭』強襲作戦
「釧路湿原で事件を起こしていた死神『テイネコロカムイ』の撃破に向かったケルベロス達が、無事にテイネコロカムイの撃破に成功したみたいなんだけど、その際に色々な事が分かった」
 資料を手に大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)は、ケルベロス達に説明を始める。
「まず、不明だった、テイネコロカムイのグラビティ・チェインの略奪目的だけど、牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させる為だったらしい。現在も牢獄に幽閉されているのは、死者の泉を見つけ出したとも伝えられる、古のヴァルキュリア『レギンレイヴ』とその軍団とのことだ。悠久とも言える永い時間、幽閉されていたレギンレイヴは、世界の全てに対する復讐を果たそうとしている。彼女が解き放たれれば『大勢の一般人が殺害され、その魂からエインヘリアルが生み出される』と言うような、大変な事件が起こる可能性が高い」
 一言一言告げる雄大の表情が固いのは、古のヴァルキュリア『レギンレイヴ』の脅威が測れないからだろう。
「テイネコロカムイが撃破された事で、レギンレイヴ達が、すぐに地上に出てくる危険性は無くなった。だけど、テイネコロカムイが脱獄を成功させた様に、この牢獄も完全では無い。これから先、何らかの理由で牢獄の壁が壊れ、レギンレイヴ達が解き放たれる可能性も低くは無い。更に言ってしまえば、彼女達の存在を、他のデウスエクスが見つけて利用、もしくは共闘を持ちかける事も考えられる。特に、エインヘリアル勢力が、古のヴァルキュリアである『レギンレイヴ』の力を手に入れれば、その勢力を一気に拡大させる事は、間違い無い」
 古のヴァルキュリア達は幽閉されていた事により、現在定命化しているヴァルキュリアとは全く違う存在である。
 デウスエクスとしての神の力を残したままなのだ。
「だから、先んじてこっちから手を打とうと言うのが、俺達ヘリオライダーの出した結論だ。テイネコロカムイを撃破した際に手に入れた『護符』を利用すれば、牢獄のある場所へと移動する事が可能になる。そこへ攻め込むってことだな」
 デウスエクスの動きを察知して動くのではなく、未来の危険を未然に排除する……地球側の作戦としては今までにない積極攻勢と言える。
「移動する場所には、40以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いていて、その一つ一つに1体のヴァルキュリアか死神が幽閉されている。牢獄に幽閉されている者は、この『鳥篭』の外に出る事は出来ないけれど、牢獄の外から来たケルベロスなら、外を自由に移動する事が可能……つまり、みんなには、テイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移してもらい、それぞれの攻撃目標とする『鳥篭』に移動し内部に潜入、幽閉されている敵を撃破してほしい」
 40体以上の古のデウスエクスの殲滅作戦……それぞれがテイネコロカムイと同等の力を保持しているのならば、倒す事は容易では無いだろう。
「鳥篭の外から内部への攻撃は一切通らない。その為、内部に潜入するまでは、こちらから攻撃を行う事は出来ない。但しだ、鳥篭の中から外へは、威力はかなり弱まるけど攻撃が可能みたいなんだ。だから、撃破目標の敵の鳥篭の中に潜入するのに手間取ってしまえば、その間、多くの鳥篭から攻撃を受け続ける事になると思われる。もし、特定のチームが40体以上ものデウスエクスに集中攻撃を受けるような事になれば、威力が弱まった攻撃だとしても耐え切れないだろうな……」
 1チームに注意が集まればそのチームは壊滅するだろうと、雄大は言っているのだ。
「そこでみんなには、チーム毎にそれぞれのターゲット1体をしっかり担当してもらい、その相手を挑発しながら近づき、攻撃を自分達に向けさせるように工夫してもらいたい」
 各チームが、それぞれ1体の攻撃を誘導出来れば、攻撃を受けても威力が下がっているので、鳥篭内部に潜入後も撃破対象と十分戦えるグラビティ・チェインが残るという計算だ。
「あとな、レギンレイヴを攻撃するチームは、万全の態勢で鳥篭に入った方がいいだろう。だから、レギンレイヴ撃破チームは、他の鳥篭で戦闘が始まった後に鳥篭に向かい、鳥篭の中からの攻撃を回避してほしい。……他のチームが、レギンレイヴ達の注意を引き付ける事が前提になるけどな」
 40チーム以上の連携が、レギンレイヴの確実な撃破に繋がると言うことを、ケルベロス達の共通認識にしなければならない。
「俺から頼む撃破対象の説明に移るな。みんなに頼みたいのは、古のヴァルキュリアの1人『アラン・モンテスキュー』だ。今回の撃破対象唯一の男性体ヴァルキュリアだ」
 彼は、レギンレイヴと共に死者の泉を探索した古のヴァルキュリアで、美を愛する金髪碧眼の紳士風の要望をしているとのことだ。
「鳥篭に幽閉されるまでは、死者の魂を導くことに強い使命感を感じていたヴァルキュリアみたいだけど、現在はその性質も変質している可能性が高い」
 悠久の時を閉じ込められ過ごしていたのであれば、外への渇望の方が大きくなっているだろうと雄大は言う。
「アラン・モンテスキュー……長いから、アランって事にするな。アランの攻撃手段は、さまよう水晶剣、死者を葬送する薔薇の幻影を生み出す広範囲攻撃、最後にヴァルキュリアブラストなんだけど……アランのヴァルキュリアブラストは一般的なヴァルキュリアのものより高威力らしくて、一撃喰らうだけでも結構なダメージになる。気を付けてくれ」
 古のヴァルキュリア……十分な強敵と言える。
「あとだな、彼らは、この牢獄から脱出する為の『グラビティ・チェイン』を求めている。だから、戦闘中であってもケルベロスを殺して『グラビティ・チェイン』を奪い取るチャンスを狙って来る。戦闘不能になった者や危機に陥ったメンバーへの止めを積極的に狙って来る筈だから、危険なメンバーは牢獄の外に撤退させるなどして、けして殺されないような工夫が必要だと思う」
『グラビティ・チェイン』さえ与えなければアランは鳥篭から出られない……危機に陥った仲間は即時、鳥篭外に出すべきだろう。
「デウスエクスは、定命化した存在を同族とは認識しないから、ヴァルキュリアのメンバーでも、アランはあくまでケルベロスとして攻撃して来る。……死者の泉を発見したヴァルキュリアか。俺達の寿命から考えれば凄い長い時間を生きて来たんだろう。だからこそ、幽閉されていた時間は俺達には計り知れない憤りの時間だった筈だ。説得や交渉の余地は無いだろうな。厳しい戦いになると思うけど、必ず勝って来てくれ。頼んだぜ、みんな!」
 強く叫ぶと雄大は、資料を閉じヘリオンへと駆けて行った。


参加者
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)
古海・公子(化学の高校教師・e03253)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)
オランジェット・カズラヴァ(黎明の戦乙女・e24607)

■リプレイ

●鳥篭
「牢獄&北海道と言うと、網走を連想しますね~」
 そう呟くのは、古海・公子(化学の高校教師・e03253) 。
「網走の冬は寒いとは言いますが、3月の釧路もまだ、温かくは無いですね……」
 公子達、雄大のヘリオンに搭乗した8人を含め、この釧路湿原の地に300を超えるケルベロス達が集結していた。
 死神『テイネコロカムイ』が残した『護符』を使い、40を超える古のヴァルキュリアと死神達の元へ……『鳥篭の牢獄』に向かう為に。
 ケルベロス達それぞれの表情にも、緊張の色が窺える。
(「永い間、捕えられているのは、可哀想だが……だからと言って野放しになるかもしれない囚人を見逃せるわけないな? ……だから、殴って黙らせる。いつも通りだ。……ん?」)
 無表情に心の中で決意を固めていた、富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)の視界に、同じチームのアレクシア・ドヴィルパン(雪・e15801)が映った。
 アレクシアは、何故か憂いを帯びた瞳で手にした本――何かの楽譜だろうか――を愛おしげに見つめていた。
 そして、ケルベロス達の転移が始まった。
「よし、僕達もいきましょう」
 真新しい刀剣『煌翼』の柄を握ると、風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)が言う。
 頷く仲間達は、次々に『護符』の力で亜空間、古の牢獄『鳥篭』へと転移した。
 黒と白のフラッシュバックの後、次に瞳に映ったのは、巨大な鳥篭の格子。
「ここが鳥篭……それで此処はテイネコロカムイが囚われていた鳥篭って訳か」
 傍らにビハインドの『マリア』を寄せ、カンガルーの獣人である、ジョー・ブラウン(ウェアライダーの降魔拳士・e20179)が誰に言うでも無く口にする。
「宙に浮かぶ数多の巨大な鳥篭……そして、古のデウスエクス達か圧巻だな」
 巨大な鉄塊剣を手に、感心した様子で、塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)がそう零す。
「こんな空間が存在するとは、まだまだ知らない事が多いですね」
 紅と白銀が印象的なアーマードレスを身に纏った、オランジェット・カズラヴァ(黎明の戦乙女・e24607)も警戒は崩さず、呟く。
「……アラン様」
 終始無言だった、アレクシアが自分達の撃破対象の名前を口にする。
 アレクシアの視線の先の鳥篭には、紳士風の古のヴァルキュリア『アラン・モンテスキュー』が華美な装飾の施された椅子に鎮座していた。
 突如現れた、数百の人間に驚いた様子も無さそうだ。
「アランの鳥篭に辿り着く為に、潜り抜けなければならない鳥篭は、およそ20でしょうか……」
 双剣を構え先陣を駆けるつもりで、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が仲間達に言う。
「ディフェンダー先行で、アランを挑発しながら駆け抜けるでいいな?」
 脚力が最も強いジョーが言えば仲間達は頷く。
 ケルベロス達は『テイネコロカムイの牢獄』から出ると、アランへの直線距離を走る。
 周囲の鳥篭からの様々なグラビティが周囲で炸裂していく。
 囚人達はまだ、誰かを狙っている訳では無い……テイネコロカムイを屠ったであろう敵をランダムで攻撃しているだけだ。
「僕達の目的は、アラン・モンテスキューです! 他の者達に用はありません!」
 駆けながら、恵が叫ぶ。
 自身の名を呼ばれた事により、アランの瞳が僅かに恵に注がれる。
「アラン、私達は、正々堂々戦いに来てるんだ。正々堂々と戦え。卑怯はしないぞ、殴って倒すからな、力づくで」
 表情を変えず、だが猫の耳で周りの現状を把握しながら、白亜も駆ける。
「外へ出たいのであれば、私達を倒す事です……グラビティ・チェインを得たいのであれば!」
 アーマーの下のドレスを翻しながらオランジェットが言えば、アランはつまらなさそうに手を掲げると、水晶剣を呼び出しオランジェットを中心に後ろを駆ける者達に向け放つ。
 水晶剣の威力は弱まっており、直撃を受けたオランジェットの白い肌にも薄い緋の線が引かれただけだ。
 アレクシアと公子は、ジョーとセレナが身体を張って、剣を受けていた。
 無感情に放たれるアランのグラビティを自分達に誘導しながら、アランの鳥篭の前まで駆ける事3分……一番最初に鳥篭の扉を開いたのは、アレクシアだった。
「お逢いしとうございました……アラン様、アレクシアです。……貴方様を倒す為に、戻って参りました」
 寵愛されていた歌姫は恭しく頭を下げた。

●紳士
「複数名で貴方様に戦いを挑む無礼を、どうかお許しくださいませ。そうしなければ、貴方様には敵わないのですわ」
 アレクシアは優雅に上品に微笑みながらアランに言う……それがアランの教えだった。
「……女、貴様は、私を知っているとでも言うつもりか?」
 アレクシアは、その言葉に少し落胆しつつも雄大の言っていた言葉を思い出す。
『悠久の時を閉じ込められ過ごしていたのであれば、現在はその性質も変質している可能性が高い』
 記憶も悠久の彼方に消え去っていたとしても、おかしくは無い。
「貴方様は覚えてらっしゃらないかもしれない……弱った友を、貴方様がその誇りを以て殺したように……私は貴方様を倒そうと思います」
「ほう……」
「ケルベロス……風峰 恵。気の流れ、断たせて頂きます!」
 刀に霊力を込め、気脈の流れを砕く一撃を恵はアランに打ちつける。
 だが、アランはつまらなそうに避けるそぶりも見せず座ったまま、肩口の刀を見つめる。
「外に出たいんだろ? グラビティチェインが欲しければ俺達を倒してみな。そう簡単にやらせんがね」
 黒鎖の陣を敷きながらジョーが言えば、マリアも金縛りの力を高めて行く。
「そうか……貴殿等は、私にこの篭から出る力を与えてくれるのだな。ならばその興に付き合うのも紳士の役目。では、名乗ろう……私は、アラン・モンテスキュー。由緒あるヴァルキュリアの出自にして、レギンレイヴの智謀と呼ばれし者。誇りある戦いを所望する」
 アランが立ち上がると、彼が掛けていたいた椅子は消え去り、アランの背にヴァルキュリアの証である、光の翼が輝く。
「見た目ばかりか、精神的にも誇り高き『貴族』ですか……ならば、私も名乗らせて頂きます。ケルベロス、古海 公子……お相手しますよ」
 言いつつ公子は、鳥篭の中に電流の障壁を創りだす。
「同じヴァルキュリアではありますが……貴方と相容れる事はありません」
『無貌の槍』に地獄の炎を纏わせ、オランジェットが正確な突きでアランに傷を負わせる。
「確かに同じヴァルキュリアでは無い様だ……似ているが力が脆弱すぎる」
 攻撃すると言った体では無く、埃を払う様にアランが手を払えばオランジェットの身体は床に吹き飛ばされる。
「少し動いただけで、その力、流石、古のヴァルキュリアと言ったところか……。ならば正々堂々、力でねじ伏せるのみだ」
 ハンマーを『砲撃形態』へ変えると、白亜はありったけの力で竜砲弾を撃ち出す。
「この一撃の重さが全てを証明する!」
 自身の力の全てを鉄塊剣に込め、渾身の一撃を宗近はアランへと浴びせるが、アランの肉体に思ったよりも剣が喰い込まない。
「クッ!」
 一度剣を引き、一歩下がると宗近は剣を構え直す。
「鳥篭を脱出されたら、どんな被害が出るか分からないからね……隙を見せることなく倒させてもらうよ」
「そうか……」
 宗近の言葉にも強い感情を引き出された様子も無く、アランは短く答える。
(「長年、幽閉されていた事は……気の毒に思いますが、人々に害なす可能性があるのであれば……ケルベロスとして、何より騎士として見逃す事は出来ません」)
 心の中で呟きながら セレナは自身が背にしている鳥篭の扉を意識する。
(「グラビティ・チェインを与えなければ、扉はくぐれない……。後々の憂いを無くす為にも、今此処で必ず倒しましょう」)
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
 宣言すると、セレナの星剣が煌めきながら十字に奔った。

●囚人
「宗近さん、グラビティの力を底上げします。アランの動きを少しでも止めて下さい!」 雷杖から電気ショックを宗近に飛ばしながら、公子が叫ぶ。
「そうしたい所だが……そこだ!」
 宗近の剣は、アランの皮膚を僅かに裂くが完璧なダメージを与えたとは、言い難い。
「少しでも動きを制限しなければ……この男、速いですね」
 稲妻が迸るランスをアランの機動性を落とす事に重点を置き、オランジェットは一気に突く。
 一瞬、アランの意識がオランジェットに移ったのを逃さず、白亜は刃の鋭さを宿した回し蹴りを、アランに決める。
「攻撃力もあり、技の使い分けも巧み……何よりもこの動きの速さ、情報以上だな」
 白亜がアランから目を逸らさず呟く。
 鳥篭潜入作戦開始から10分以上が経過していた。
 多少曖昧だが、アランと戦闘を始めてからは8分程経っている。
 そして、おおよそ3分前……今回のメインターゲットであるレギンレイヴの鳥篭から照明弾が上がった。
 全てのチームが戦闘に突入してからの進撃……時間にして7分程遅れての戦闘開始になった様だ。
 この全ての情報をディフェンダーと言う最前線に居てなお、ジョーは可能な限り正確に記憶する様に努めていた。
 何故なら、此度の鳥篭戦は戦場は別れていても、同タイミングでの敵の撃破が望ましい。
 死した強力な、デウスエクスのグラビティ・チェインを他の鳥篭のデウスエクスに奪われれば、鳥篭脱出の機会を与えるかもしれないからだ。特に、レギンレイヴ撃破班には作戦を盤石にする為に戦闘開始時と撃破後に照明弾を上げてもらう事になっている。
 この鳥篭の位置からでも照明弾が確認出来る事は分かった。ただ、問題は……。
「ジョー殿!」
 刀に雷の力を集め、アランを突き刺したセレナの前で、アランが強烈な光を放つ粒子へと姿を変え、ジョーを強襲したのだ。
「うごっ!?」
 膝を付くジョーを援護する様にマリアが、グラビティでアランの動きを止めようとする。
「うぉらあ!! チッ! ただ、蹴り飛ばすだけじゃ終われねえってのは、中々気を使うな」
 裂帛の叫びで自身のダメージを吹き飛ばしながら、ジョーが言う。
(「ジョー殿ばかりに攻撃を集中させる訳にはいきません。かと言って、アランに扉を意識させる訳にもいかない……。アランのグラビティの流れを乱さなければ、ダメージをコンスタントに与えるのも難しい……攻撃の手数も減らせない」)
 セレナが思考を巡らせていると、同じく盾役の白亜と目が合う。
 それだけで、お互いは理解を示すと頷き合う。
 白亜は、左手にナイフを取りアランの裂傷を見定めている。
 女性ガーディアン達が己が役割を確認している間も、ケルベロス達の猛攻は止まる事は無い。
 恵は1つに纏めた美しい黒髪を靡かせながら、空をも断ずる斬撃をアランへと袈裟に決める。
「先程の『追憶に囚われず前に進む者の歌』では、貴方様の心は癒せませんでしたか?」
 戦場に居ても変わらず、流麗に麗しく、気品を漂わせながら、アレクシアは言葉を紡ぐ。
「貴方様が覚えておらずとも……貴方様の好んだ私の歌声で、アラン・ド・モンテスュー、貴方様に終焉を……必ず」
 淡く微笑み、銀の瞳にアランだけを映し、アレクシアは再び歌を紡ぐ……自身の心に悲しみの感情が溢れ出しているのを理解しながら……。

●悠久
「信号弾が上がった! レギンレイヴは、倒れた! こっちもすぐに終わらせるんだ!」
 信号弾を確認すると、ジョーは勢い良く叫び、流れ出る鮮血にも構わず、力強く床を踏みつける。
「そこで震えて止まってな!!」
 アランの足元を崩す様に床面から伝わる、ジョーの男気のあるグラビティ。
「みんな、回復はあとで纏めて先生がしてあげるから、少しの間だけ我慢して頂戴ね~」
 言うと公子は、ポケットに忍ばせていた妖しい色の液体の入った試験管を、アランに向かって放り投げる。
「この試験管に干渉できるは、この世の理と私、のみ! 古のヴァルキュリアさんでも干渉できないってことよ」
 公子が投げた試験官は放物線を描きアランに当たると『パリン』と音を発て割れ、次の瞬間には、小規模爆発を数回起こして煙をあげる。
「アランの機動力は落とせるだけ、落とした」
「確実に、アランを仕留める事にしましょう。可能な限り早く!」
 白亜の言葉を続けると恵は達人の如き一撃を、アランの胸へ正確に当てる。
「私はお前より、上の存在と言うことだ……ん、すぐに従うといい」
 小さな白亜の身体から沸き上がるボス猫の様な威圧感が、アランの足を一瞬止める。その隙を逃がさず、白亜は軽やかに猫の様に宙を舞うと、アランの美麗な顔を踏みつける。
「……貴様、私の、誇りある美しき顔に傷を」
 アランは怒りに目を細めると、数多の色取り取りの幻影の薔薇を呼び出し、ケルベロス達誰も逃がしてなるものかと、視界が霞む程の花弁を撒き散らす。
「美を愛しているとお聞きしましたが、誇りある戦いもまた、美しいものでしょう? 貴方の望む様に戦った結果が、今なだけです」
 数多の薔薇に四肢を切り裂かれても、セレナはアランの前に立ち塞がり仲間達の盾となる。
 そして見えぬものすら切り裂く様な剣閃を横に奔らせ、セレナは言葉を口にする。
「仲間を守る盾となり、剣となる。それが私の騎士としての誇りです……!」
 のけ反る様にグラビティ・チェインを迸らせるアラン。
「私は、争い事は……苦手なのでございます。いつ何時も美しくあれと……」
(「貴方が仰ったから」)
 手にした楽譜を……かつて与えられた楽譜を、アレクシアはアランへと叩きつける。
「生憎と死へと導かれるつもりはない……そして」
 口にしながら宗近は重厚な斬撃をアランへと与える。
「……長年の恨みの恐ろしさも理解しているつもりだからね、キミには死んでもらう!」
「これで貴方の生も終わりです……。願いを骨子に、その銘を刃に。届け、グングニル・イマージュ!!』
 オレンジの髪が宙に広がると、オランジェットのランスから超圧縮された光線が槍となり放たれ、アランの命を穿った。
「確かに……定命である事は、不便も多い。しかし、私の中にある命の炎は……デウスエクスだった頃よりも遥かに熱く、煌々と燃え盛っているのです……!」
「……それが、悠久の時が導き出した答えか」
 呟くと、アランは力を無くし、翼を失った鳥の様に地に落ちた……悠久を過ごした鳥篭の中で……。
「牢獄の空間が崩れ始めている! 急げ、テイネコロカムイの鳥篭だ! 釧路湿原に戻るぞ!」
 叫ぶジョーの言葉に押される様にケルベロス達は、駆け出す。
 だが、アレクシアは一度、死したアランの傍らに屈むと、彼の美しい顔……その瞳にかかったモノクルに手を伸ばし、優しく手の平に包みこむ。
「……さようなら。……アラン様」
 呟くと、アレクシアが振り返る事はもう無かった……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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