湿原の牢獄~古のヴァルキュリア・レギンレイヴ

作者:ふじもりみきや

「まずはおめでとう……と、言わせていただこうかな。釧路湿原で事件を起こしていた死神、テイネコロカムイ。その撃破が成功したとの報告を聞いた」
 浅櫻・月子(オラトリオのヘリオライダー・en0036)はそういって少し微笑んだ。
「お疲れさまでした。……と、言いたいところだが。そうもいっていられないのがつらいところだ。テイネコロカムイの撃破と同時に、その目的が判明したんだ。グラビティ・チェインを略奪し、牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させる……。そういう目的が、な」
 そういって、月子は軽く左胸あたりを叩いた。それで、「煙草がない」みたいな顔を一瞬して、軽く咳払いをする。
「牢獄に幽閉されていたのは、死者の泉を見つけ出したといわれている古のヴァルキュリア・レギンレイヴ。そしてその軍団である事が判明している。レギンレイヴは長い間。……そうだな、本当に長い間、その牢獄に幽閉されていた。それこそ、世界のすべてに復讐を誓うほどに」
 月子は言葉を切り、そして目を閉じる。一呼吸、間をおいてから目を開けて、
「その気持ちはわからなくはない。だが、だからと言ってそれを看過することはできない。彼女が解き放たれれば多数の一般人を無差別に殺害し、その魂からエインヘリアルが生み出されていく可能性がある。被害はどれほどのものになるのかは想像もつかない。世界のすべてに復讐を誓うくらいだ。止めなければ、世界のことごとくを殺し尽くすまで、止まらないかもしれない。……だが」
 月子は言う。テイネコロカムイが撃破された事で、レギンレイヴ達がすぐに地上に出てくるという差し迫った状況ではない。
 しかし、現実テイネコロカムイが脱獄していたように、なんらかの理由で牢獄の壁が壊れ、レギンレイヴ達が解き放たれるという可能性がある以上、放っておくことができないのだ。
「それだけじゃない。彼女達の存在を他のデウスエクスがしり、利用しようとする可能性もある。特にエインヘリアル勢力が彼女の力を手に入れてしまえば、勢力は一気に拡大する可能性がある。……きっとね、それは、難しいことではないと思うんだ。憎しみというのは人を強くする。けれども同時に、人をとても弱くしてしまうんだよ」
 まあ、彼女たちは人じゃないんだけれどね。なんていって、月子は一つうなずいた。
「ともかく、彼女たちはそういう危険な存在だ。だからそういうことが起こらないようにこの牢獄を制圧し、牢獄のヴァルキュリアと死神達を撃破しなければならないんだ」
 わかったかな。なんて、まるで先生のように最後は少し首を傾げる。そして少し時間をおいてから、作戦の説明にうつった。
「まずは移動。テイネコロカムイを撃破したときに手に入れた護符を利用すれば、牢獄のある場所へと移動する事が可能らしい」
 彼女は言う。移動する場所には40以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いており、その一つ一つに1体のヴァルキュリアか死神が幽閉されている。
 牢獄に幽閉されている者はこの『鳥篭』の外に出る事はできないようだが、牢獄の外から来たケルベロスならば、外を自由に移動する事が可能である。
「つまり、諸君らはテイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移した後、それぞれ攻撃目標とする『鳥篭』に移動して内部に潜入、幽閉されている敵を撃破する、というのが作戦の流れだ。……なお、鳥篭の外から内部への攻撃は一切不可能らしい。外側から一方的に攻撃するという戦闘方法は、とれない。ついでに言うと、相当威力は弱まるが鳥篭の中から外へ攻撃することは可能だ」
 難儀だな。と、彼女は目を細める。
「つまり、侵入に手間取れば手間取る分だけ、敵の攻撃を受け続けることになる。……特に、今回のように40体ものデウスエクスに特定のチームが集中攻撃を受けるようなことがあれば、たとえ威力が弱っていたとしても無事では済まないはずだ」
 だから、と彼女はふっと息を吐いた。ようやく本題だとでもいうように、その目にわずかに厳しい光が宿る。
「40のチームに分けてこの牢獄を攻略する。それぞれ一体を担当し、その相手を挑発するように近づき、各チームに攻撃を向けさせる。攻撃が分散すればなんということは無い。……が、今回このチームは、レギンレイヴの討伐を受け持つことになった」
 故に、と彼女は言う。なるだけ他の鳥篭で戦闘が始まった後にレギンレイヴの鳥篭に向かうようにすること。そうしてなるだけ集中攻撃を避け、自身が受けるダメージを減らすということも考えておいた方がいい。と。
「レギンレイヴは長い黒髪の、黒い霧のような光の翼を持つヴァルキュリアだ。……なに、見れば一目でそれと知れるだろう。幼い少女に見えて、その実力は本物だ。……彼女たちはこの牢獄から脱出するための『グラビティ・チェイン』を求めている」
 つまり、と月子は一つ言葉を区切る。声が一段低いものであった。
「彼女たちはつねにケルベロスを殺してグラビティ・チェインを奪い取るチャンスを狙っている。突き詰めて言うと戦闘に勝利することが目的ではない。君たちを殺すことが目的と覚えておくことだ。幸い、鳥篭の外へのダメージは軽減される。戦闘不能になったり、危機に陥った仲間は殺されないように鳥篭の外へ撤退させるなどの工夫をしておくことが大切になると思う」
 そうでなければ、とても厳しいことになるだろうと。月子はそういって目を伏せた。他に何事か言うことがないか、考えている風であった。
「先ほども言ったように、彼女たちはね、もう壊れてしまっているんだ。死者の泉を発見したヴァルキュリア。その伝説のような存在は……伝説になってしまうまで、長い間だれにも気づかれず、顧みられず、放置され置き去りにされた。その思考は狂気に彩られ、理性的な判断は下せまい。……つまりね、説得なんて、最初から聞く耳は持たないと思っておいてほしい」
 なおかつ、彼女は言う。デウスエクスは定命化した存在を同族とは認識しないので、元ヴァルキュリアのケルベロスであってもただの敵と認識するだろう。……と。
「……デウスエクスも、少量だがグラビティ・チェインを持っている。これは可能性としての話だが……、彼女たちはね、外に出たいんだよ。だから、多数のデウスエクスを撃破した所で、そこで得られたグラビティ・チェインを利用して残りの一部の敵が牢獄から脱出する可能性もある」
 幸い鳥篭型の牢獄は外部から内部を確認できるので、他のチームの戦闘状況なども確認して、敵を撃破するタイミングを合わせる事も出来るだろう。そう彼女は言って、それから少し、肩をすくめた。
「まあ、こちらが見えるってことは、敵も見えるってことだけれど。……」
 何か、言おうとして彼女はやめた。話はそこまでだと、一つ区切って、
「同情という言葉は、情に寄り添うという意味だと私は思う。様々な境遇に同情するな、とは言わない。いろんな気持ちを持ち考えることは大切だと思う。けれど、それはそれ、これはこれだ。為すべきことを為し、そして無事に帰ってきてほしい」
 どうか気を付けてと。そういって月子は話を締めくくった。


参加者
御門・心(オリエンタリス・e00849)
紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)
メドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)
レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)
雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)

■リプレイ


 鳥籠の中にそれはいた。
 テイネコロカムイの牢獄より他のケルベロス達が散会し、各々の敵へと戦いを仕掛けて後、彼等もレギンレイヴの鳥籠へと襲撃を仕掛ける……。
 その作戦のための所要時間は約30分前後。
 彼らも他の班に紛れて悟られぬよう接近し、そして鳥籠の中へと彼等は侵入を試みた。
「……騒がしいことだ」
 上手く周囲に紛れてレギンレイヴの鳥かごまでたどり着くことはできたが、もちろん彼女自身はごまかされてくれなかった。「やっぱり、そううまくはいってくれませんか」なんてゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)が呟いて、後方から携行型閃光照明弾を照明弾モードにして上に投げる。戦闘開始の合図であった。
「……貴女達が宿している狂気。地上に解き放つ訳にはいきません」
 ゼラニウムの言葉。それにレギンレイヴは目を細める。軽く手を翳した。ふわりとその槍が空に浮く。そして、
「……!」
 槍が奔った。鋭い一撃は一番初めに鳥かごに突入する御門・心(オリエンタリス・e00849) をとらえる。とっさに心は己の黒い大鎌でそれを受け止める。
「……ぁ……、な、た……!」
 あなたは。言いかけて心はそれ以上言葉にならなかった。とにかく槍を振り払い、彼女は一歩前へと進む。槍は地面に落ちて消えたと思えばいつの間にかレギンレイヴの手の中にあった。その間に仲間たちも順番に中へと入ってくる。
 その姿を見て、彼女は立ち上がった。
 美しい。可愛らしい。あどけない顔で。
 空虚で。意味のない。墜落していく鳥のような目をしていた。
「お前がレギンレイヴか?」
 慎重に軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)が尋ねる。わかりきっていたことだけれども尋ねずにはいられなかった。かわいいと思う。生まれ変わるならこれくらい可愛くなきゃ嘘だと思う。……ただ、彼女からは、生きているもののにおいがしなかった。彼女はかすかに首を傾げ、そうだと頷いた。
「……つらかっただろうな。こんなところで、ずっと……」
 白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が痛ましげに彼女に視線を向ける。そうね。とレギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)は頷いた。
「レギンレイヴ……。私達にとっても伝説的な存在ね。……こういう形で相対したくはなかったわ」
 ヴァルキュリアであるレギンヒルドは、ほんの少し同情とともにわずかな畏怖を込めて夜空の星とオーロラの輝きを刃に宿した方天画戟を握りなおした。
「うん、かわいそうだとは思うけれど、ここまで来たらしょうがないよね! それじゃあまずいっぱーつ!」
 行きますか! と明るく声を上げたのは雨宮・利香(黒刀と黒雷の黒淫魔・e35140)だ。言葉とは裏腹に、真剣な目でレギンレイヴを油断なくとらえている。
「ふふ、そうね。可愛らしい姿なのに強いみたいね。楽しみね。でも狂っていなけければもっと強かったのかしら?」
 メドラウテ・マッカーサー(雷鳴の憤怒・e13102)も微笑んだ。相手が万全な状態ならば勝負になったかどうかもわからない。それが心から楽しいとでもいうように。
「ああ。死者の泉を見つけた太古のヴァルキュリアよ……全力を持って叩き潰す!!」
 紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)が声を上げる。彼等の言葉を聞いてレギンレイヴは立ち上がた。
「……そうか。お前たちが……」
 彼女は言う。だがもはや何を言っているのかもわからない。
 既に正常な声は失われた。
 それを異常と思う心も失われた。
 故に彼女はその思いのまま槍を取る。
「良いだろう……。そのグラビティチェインを貰い受け、外へと向かう一歩としよう!」
「……っ、いいえ、いいえ……。そんなことは、させません……!」
 一瞬、その勢いに怯えたように心は押し黙って。そして顔を上げて大鎌をふるった。それと同時にレギンレイヴも槍を旋回させた。


 戦闘は多少足並みの揃わず少し時間はかかった。だが致命的になるような悪手はなく、ケルベロスたちの刃は着実に、レギンレイヴをおいつめていく。
 もちろんその分、ケルベロスたちの疲労も蓄積されていく。
 そして、戦いが始まって受けた槍が、そろそろ10を数えようとしているころ……、

 メドラウテの足が旋回する。その強烈な一撃を漆黒の槍が捉えた。
「は……っ」
「……!」
 防ぐと同時にその足を絡め押し返すレギンレイヴ。バランスを崩す直前にメドラウテもまた後退して離脱した。
「そこだぜ……!」
 すかさず大輔が追撃する。蹴りの一撃は彼女の腹に入り、レギンレイヴは眼を細めた。それと同時に槍が……、
「……がっ!」
 大輔の腹に突き刺さった。
「チッ、この……!」
 双吉が僅かに苦々しげな表情で返すように己に向かう槍を受け止めはじき返す。そのままの動きで切り裂くようにナイフを振るった。
「……」
 しかしそれも一瞬が及ばず。彼女の髪先を掠めて切った。一歩、彼女は後退して、
「……いい腕だ」
「……言いやがる!」
 互いに挑発には乗らない。彼女は槍を構え直す。そして血を流す大輔へと槍を投げた。
「まだ、ま……!」
 やる、と、大輔は立ち上がりかける。しかし、
「いいえ……その傷ではもう無理よ!」
 レギンヒルドがその前に立ち塞がった。投擲された槍を受け止める。勢いは殺しきれず腕に突き刺さった。それに彼女は呻くような声を上げ、抉るような痛みと共に引き抜く。引き抜かれると同時に槍は空気に溶け持ち主へと戻った。
「レギンヒルドちゃん!」
「大丈夫……。まだやれるわ。彼を早く!」
 利香の言葉に言うと同時に、レギンヒルドは稲妻を帯びた突きを繰り出す。レギンレイヴはそれを槍で受け止めた。……その隙に、
「貰った!」
 ユストの雷光纏った槍が彼女の右肩に食い込んだ。もう何度目かわからない傷が漆黒の衣装を黒く染めていく。それでも彼女は足を上げ、それ以上の追撃を避けるように一歩後退した。
「……」
 視線が交錯したのは一瞬だった。レギンレイヴは少し怪訝そうに槍の穂先を軽く揺らす。
「下がっちゃお、このままじゃ危ないから」
 利香が軽いながらも真剣に言葉を投げる。これ以上攻撃を受けると死亡の危険性があった。
「ああ、悪い……」
「平気平気、気にしないで!」
 大輔も悔しげに頷いて、後退する。鳥籠の外に出れば、戦闘には参加できないがそれ以上の傷を負うことはない。
 大輔を引っ張っていく利香を視界に収め、ほっとゼラニウムは息を吐く。そんな自分に気がついて、きゅっと唇を弾き結んだ。
「いいえ。いいえ。まだ……安心するわけには、いきません」
 己を鼓舞するように彼女は言って、杖を翳す。邪を討ち払う清き雷が水晶より迸り、電気ショックを心に飛ばした。
「ありがとうございます。……!」
 みなぎる力を確認するように、軽く心は地を蹴る。それから炎を纏った蹴りをレギンレイヴの腹に叩き込んだ。
 黒い槍が旋回する。受け止めようと動いたそれは叶わず彼女の左脇腹を打った。肉が焦げるような嫌な匂い。無表情なレギンレイヴとは裏腹に、逆に心の方が僅かに痛ましそうに表情を揺らす。
「あなた、は……」
 何か言いたげに心は呟くも、それを遮るように槍が彼女を押し戻した。同時に再び投擲される槍。それは無数に分裂して、今、彼女を癒したゼラニウムたちへと降り注ぐ。
「そうはいくか!」
「邪魔を……するな!」
 双吉が前に出る。ゼラニウムに向かう槍をはたき落とす。邪魔をするな。そう言われたことに双吉は怒りを宿した目で彼女を見返した。
「邪魔をするな、だと? それはこっちの台詞だ! 俺はお前が嫌いだ!」
 ずばし、とチェーンソー剣を手に、双吉はレギンレイヴに肉薄する。
「お前が『死者の泉』なんて余計なモン見つけやがったせいで、死んでも来世前にサルベージされるかもしれなくなっちまった! 俺の目標『美少女転生』の邪魔をしやがって! 絶対に……ブッ飛ばす!」
「うん、それは壮大なんだかそうじゃないのかよく解らない目標なのね!」
 目処ら宇土が思わず声を上げたその一瞬で、彼女もまた計算を終了させる。極光の輝きを収束させたレーザーレーザーが、双吉の剣と同時に挟み打つように放たれた。
 同時に防ぐことは出来ない。刃を弾くと同時にレギンレイヴのみをレーザーが貫いた。その一瞬をメドラウテも逃さない。槍に全身を貫かれ、それでもそれを物ともしない風にハンマーを旋回させた。まるで軽々とバトンを操るかのように。
「ふふ……。この一撃で、あなたは潰れてしまうのかしら? それとも生き残るのかしら?」
 まるで楽しげに歌でも歌うかのように、メドラウテは重いハンマーをレギンレイヴへと叩きつける。それを彼女は槍で勢いを流すようにして避けた。思いの外、衝撃が強かったのか。僅かにその顔を歪めて。
「ただいま! 私、復帰だよ! さぁ、張り切っていこー!」
 利香が戦線に復帰して、ケルベロスチェインで味方を守護する魔法陣を描き出す。ありがとうございます、とゼラニウムは微笑んだ。


 それをレギンレイヴの目が捉える。其方の方へと槍を向けようとしたその瞬間、
「余所見は無しだ。こっちだぜお嬢さん!」
 ユストが掛け声と共に彼女の前に立つ。しかしレギンレイヴは怯まない。
「まだだ。負けるわけにはいかない……! 我は、この牢獄の……!」
「わかってる! わかってるからこそ言わせてもらうぜ。……この、馬鹿野郎!!」
 拠り所なのだと。言う前にユストは彼女の鳩尾に登記を纏った電光石火の蹴りを叩きつけた。かは、と空気を履くような声とともに、彼女もぎりぎり踏みとどまる。
「……」
 傷を受けた胸に爪を立てる。絞り出すような声は這い上がるようにして。数歩たたらを踏んでしかし彼女はまた槍を構え直した。もう少しで外に出られると叫んだ。……しかし確実に、傷は積み重なっていた。
「――」
 心が思わず一歩、踏み出す。しかしユストの言葉を聞いて思わず踏みとどまった。「出来る事なら助け出して、陽の下を歩かせてやりたいとも思うさ。……でもそれは、ある意味じゃ傲慢な望みなんだよな」……。
「私……」
 私は、どう思うんだろう。不意に、心は思った。心はその回答を、用意してきていなかった。
「ああ。俺はお前が憎いさ。けれども可哀想な身の上だと思う。長き苦痛の現世は終わりだ、楽に逝け。お前には迷惑かけられたが、来世の幸福くらいは祈ってやるよ。……折角可愛く生まれてきたんだ。次も可愛いといいな」
 双吉が氷結の螺旋を放つ。少しだけその声に暖かい色を乗せて。レギンレイヴの槍が走る。撓るような一撃が、メドラウテの身体を貫いた。
 脇腹を串刺しにされる痛みにメドラウテは口の端を上げて愉しげに笑う。
「……いや。今日の私は、露払いだ」
 今まさに一歩踏み込んで攻撃を加える蚊のような希薄を持ちながらも、メドラウテは後退する。これ以上の戦闘は危険だと、少しばかり、惜しそうに。……心から戦闘を楽しんでいるかのように。
「極光騎レギンヒルド、参る!」
 後退する彼女を庇うようにレギンヒルドが前に出る。伝説のヴァルキュリア。同じような名前。親近感を感じながらも、レギンヒルドは騎士のように前に立ち塞がる。
 ……複雑な心持ちはある。けれども好みは仲間達の盾である。迷うことは出来ない。故に彼女は一礼し、光の翼を粒子に変えて突撃した。レギンレイヴはそれを押さえるように槍で受け止めるが、受け止め切れていない。
「無慈悲なる氷剣の洗礼……貴方は避けれる?」
 撤退するメドラウテから更に気を逸らさせるかのように、利香が無数の短剣をレギンレイヴへと叩きつけた。突き刺さったその傷口から凍っていく。それに利香はちょっと笑った。
「……私はね、本当は少し、後悔してる。好奇心に負けて、こんな所に来ちゃったことに」
 ……それは、いつもの彼女とは少しだけ違う笑み。危ないところが苦手なのに来てしまったこともあるけれども、それよりも彼女が……。
「でも、来たからには帰らなきゃいけないから。……それに三日以内に帰らなきゃ、置いてきた私の黒刀質に出されちゃうし!」
 行くよ、と、最後は声を明るくして言う利香。ゼラニウムも小さく頷いて、
「そう……ですね。私にも譲れないものがあります! 私は、人を癒す側の立場。どのようなときでも、私は人を助けたい。……それが私」
 決意の華冠。彼女の決意が力となって、そして心の傷を癒す。
「さあ、長い時を終わりにしましょう」
 その援護を受けて、心は手にしていた鎌を握りしめた。

 心には記憶がない。それでもいにしえのヴァルキュリアなど、縁も遠い見知らぬ存在でしかないことくらいはわかる。
 特別なものなど何もない。
 つながりなど何もない。
 でも。

 心は血塗れでもがくレギンレイヴの前に立つ。血に濡れた槍を杖に、彼女は這い上がるようにして起き上がった。
「ぁ、ッ……」
 意味のない呻き声。もう長くはない。それでも彼女は立ち上がろうとする。
「……いいの、もう。いいもわるいも、あるがまま」
 心はそっと彼女の前にしゃがみ込み、傷口に触れて呟いた。
「そんなあなたを、私は全て受け止めます……」
 傷口からグラビティが暴走して傷を更に広げる。レギンレイヴ目を見開いた。それはもう癒すこともできない深い傷だ。そして……。
「……あぁ」
 彼女はゆっくりと、その場へと崩れ落ちた。一度だけ目を見開いて。
「お前が、私の運命だったのか……」
 そんな、言葉を残して……。

 心にとってレギンレイヴは特別なでも何もない。
 ただ、心が最初にこの鳥籠に足を踏み入れたとき、
 心が、彼女にとって特別になっただけの、話……。

 レギンレイヴが消えると、世界に異変が起こった。……空間が崩れ始めている。
「……あちゃー。これやばいね、急ごう!」
 利香が照明弾を放ちながら言った。本来撃破直前に打つはずだった照明弾だったが、最後のターンの攻撃が思いのほかレギンレイヴに多くダメージが通ってしまったのでそれが間に合わなかったのだ。
 案自体はとてもよかった。たまたま運がよかったのか悪かったのかどっちかだったのである。
「さようなら、おやすみなさい……」
 レギンヒルドが目を伏せ呟く。祈るような声に双吉も彼女が消えた空間を見やった。せめて来世は、幸せな美少女に生まれ変われますようにと。
「――せめてもの餞だ。命とは、死とはどういうものか自分で実感しとけよ。じゃあな……戦乙女!」
 最後に、まるで友人に語り掛けるような気軽さで。真摯にユストが言って急ごうと力強く周囲を促した。それで一同も撤退を始める。

 彼らが撤退を終えると、牢獄という空間は消滅した。
 まるで最初から何もなかったかのように。
 殺戮の未来と。レギンレイヴと同じように……。

作者:ふじもりみきや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 23/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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