湿原の牢獄~毒歌

作者:OZ


「祝杯をあげるには、少し早いようですが。ひとまず、と言ったところですね」
 九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)は苦笑しながらも、死神テイネコロカムイに打ち勝った者達へのねぎらいの言葉を口にした。
「と、いうことで……テイネコロカムイ撃破の連絡が入りました。が、その同時に判明したことも。『グラビティ・チェインを略奪し、牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させること』。これが、テイネコロカムイの目的です」
 表情を引き締めた白は、続きを語るために一拍の間を置いた。
「牢獄に幽閉されていたのは、死者の泉を見つけたとも謂われている、古のヴァルキュリア・レギンレイヴ――と、その軍団です」
 白は続けた。
 悠久とも謂えるだろう時を牢獄に幽閉されていたレギンレイヴは、世界全てに復讐を遂げるべく牙を研いでいた。もしも彼女が解き放たれるようなことがあれば、数多の一般人の命が散り、その魂からエインヘリアルが生み出される大規模な事件が起こり得るだろうことを。
「テイネコロカムイが撃破されたことで、レギンレイヴたちがすぐに地上へと出てくる危険はなくなりました。しかしながら、テイネコロカムイが脱獄していたように、この牢獄の幽閉も、完全ではありません」
 何かしらの理由で牢獄の壁が壊れれば、レギンレイヴ達が解き放たれる可能性もあると、白は言う。
「更に――彼女たちの存在を、他のデウスエクスが発見し、利用しようとする可能性も無きにしも非ずです。特に懸念すべきは、エインヘリアルの勢力です。あの勢力がレギンレイヴ達の力を手に入れてしまえば、その勢力は一気に跳ね上がる……」
 その危険を防ぐための今回の作戦ですと、白は本題に入るためにひとつ、微笑んだ。
「作戦の流れとしては、こうです。テイネコロカムイを撃破した際に手に入れた護符を利用すれば、牢獄のある場所へと移動することができます。移動先には、四十以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いていて、そのひとつひとつに一体ずつ、ヴァルキュリアか死神が幽閉されています。牢獄――この『鳥篭』に幽閉されている者は外に出ることはできないようですが、『鳥篭』の外から来た皆さんなら、外へと自由に移動することが可能なはずです」
 テイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移した後、それぞれが攻撃目標とする『鳥篭』に移動、内部に潜入――そして幽閉されている敵を撃破すること。
 それこそが今回の目的だと、白は言った。
「鳥篭の外から内部への攻撃は、一切届かないことを留意してください。ただ、中から外への攻撃は、威力は相当に弱まりますが可能なようです。なので、目的の『鳥篭』の中に潜入することに手間取った場合、その間攻撃を受け続ける可能性があります。仮に特定のチームが四十体の敵から集中攻撃を受けるようなことがあれば、威力が下がっているとしても、耐えきれないかもしれない。――そこで、皆さんにはチーム毎にそれぞれ一体の敵を相手取ってもらい、その相手を挑発するように近づき、攻撃を自分たちに向けさせるように工夫をしてもらうことになります」
 ここまではいいですかと白は問い、頷いたケルベロス達に向けて再び微笑んだ。
 続けられたのは、レギンレイヴを相手取るチームは、他の『鳥篭』での戦闘が始まった後にレギンレイヴの『鳥篭』へ向かうようにすれば、集中攻撃を受ける可能性を減らせるだろう、ということがらだった。
「皆さんに相手をしてもらうことになるのは、死神。名を、『主の駒アンドラス』。――見目は、十五、六程度のサキュバスの少女です。当然、サルベージ体ですが。どうやら、音を媒介として毒を操るようです」
 攻撃手段は全て、歌です。
 白はそう告げて息を吐いた。
「生命エネルギーを奪い取るのだろう歌がひとつ。自己回復手段としての歌がひとつ。最後のひとつが、この死神の特徴である毒を孕んだ歌がひとつ。……気を付けてくださいね」
 それと、と白は表情を僅かながらに曇らせる。
「……『鳥篭』……牢獄に幽閉されていた彼らは、そこから脱出するためのグラビティ・チェインを渇望しています。戦闘中であっても、ケルベロスを『確実に殺しに』くる危険性があるんです」
 戦闘不能になった状態を捨て置く敵ではない、ということなのだろう。
 危機に陥った仲間がもし出たならば、『鳥篭』の外へ撤退させるなどの『殺されないための工夫』も必要かもしれないと、白は言った。
「俺から説明できるのは……これくらいですね」
 他に伝えられる情報はないかと、白は考えを巡らせたらしい。空中を眺めた視線は、しかしそれ以上の情報を捉えられずにケルベロス達へと戻される。
「しかし、死者の泉を発見した、古のヴァルキュリア。……伝説上の存在だと、思っていましたが。どれだけの時を幽閉されていたのかは俺には推し量ることすら難しいですが……その精神状態が狂気的なものであるだろうことは、解ります。説得などは通用しないと思ってください」
 そこまで告げてから、もうひとつふたつ、告げられることがあるということに気付いたらしい。白は再度口を開く。
「デウスエクスである彼らも、少量ですがグラビティ・チェインを持っています。安全を考えるのなら、できるだけ同じタイミングで敵を撃破するようにしたほうがいいかもしれません。多数の敵を撃破したとしても、そこから得られた力を利用して、残りの一部が『鳥篭』から脱出する可能性は否定できませんから」
 幸い、『鳥篭』は外部から内部の状況を確認できる。他のチームの状況などを確認し、敵を撃破するタイミングを合わせることもそれ故に可能だと、白は語った。
「……はあ、久しぶりにかなり喋りました。どんな敵でも気は抜けないのは同じですが……どうぞ、ご武運を」
 戦えないなりに、俺も祈っています。
 そう結んだ白は、ケルベロス達の緊張を解すかのように――ヘリオライダーとしての顔で、微笑んだ。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
ステッラ・ヴィヴァルディ(一族の緩衝材・e29268)

■リプレイ


 不可思議な空間だった。上下左右の感覚が狂いそうなそこは、暑くもなく寒くもなく、時はまるで止まっているかのようだった。
 一瞬こそその空間に戸惑った多くのケルベロス達は、しかし次々に目的を果たすべく飛び出してゆく。
「参りましょう、私達も」
 ステッラ・ヴィヴァルディ(一族の緩衝材・e29268)の声に、チームとなった仲間達が頷いた。
「思ったよりも大事だね……」
 ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は顔を顰めた。
「まずはレギンレイヴってヤツの撃破が最優先かな。最も、任された相手を逃がすつもりもサラサラ無いんだけどね」
 無数の鳥篭の内部から放たれる攻撃が、それぞれのチームを掠めているのが目の端に映る。目的の鳥篭を発見しそこに乗り込んでいくチーム、見つけるために奥へ奥へと進んでいくチーム――それぞれだ。
 戦場と化した空間の中、不意に耳に届く歌声があった。
「……ああ、陰気な歌だな。脳味噌が腐り落ちそうだ」
 アルトゥーロ・リゲルトーラス(蠍・e00937)が声を放てば、その歌声は一度ぴたりと止まる。明らかな殺意を受けてアルトゥーロがそちらを見遣れば、その鳥籠の中には、少女が一人。
 それがただの少女であるはずもないことは明白だった。
 次の瞬間気だるげに髪を手で払い、その少女――死神、主の駒アンドラスは一声、歌った。
 鳥籠の隙間を縫うようにして放たれたその一撃は、害意を以てケルベロスを襲う。
「ふぅ! そんな歌しか歌えないんだー?」
 アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)の挑発の声に、アンドラスは苛立ったような視線を向けた。
 その隙に。
「こんにちは? それともこんばんはかしら。わたし達が、貴方のお相手をするわ」
 ゆるいミルクティー色の髪をひとつ揺らして、鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)は言った。
 纏を始めとし、次々に八名のケルベロスがその鳥籠の中へと滑り込む。鳥篭の中央に座っていたアンドラスは、ゆっくりと立ち上がった。口元は幽かに、何かを歌い続けているようだった。
「……随分と耳障りな歌ですねぇ。ああ、もう歌えぬよう、その口を縫いつけてしまいましょうか」
 にこやかに微笑みながら、ハティ・フローズヴィトニル(蝕甚・e21079)が言う。
 ハティの笑みに、まるで返すようにアンドラスが嗤ったその瞬間、その口から歌声が再び響くと共に、戦いは、始まった。


「ケルベロスからグラビティ・チェインを搾取しようだなんていい度胸です」
 春日・いぶき(遊具箱・e00678)が紫色の瞳を細めた。
「させませんけれどね。貴方に差し上げるものは一つもありませんから。……さて」
 いぶきが展開するのは、状態異常を防ぐための力。
「――灯の温もりを、あなたにも」
 目を伏せたいぶきの周囲に灯る穏やかな淡い炎が、仲間達に加護を与える。
「リキ!」
 鋭く上げられた月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)の呼び声に、朔耶の横に構えていたオルトロスが躍り出た。
 迎撃するかのように、アンドラスは歌声を響かせる。
 不可視の力となって吹き荒れるのは毒を孕んだ魔力。歌声を上げるアンドラスの瞳は愉悦に歪み、そこに理性を見出すことは難しかった。
「数千年だか数万年だかの幽閉で心が壊れるとは、意外にももろい連中だ。そんなに孤独が嫌なら、自死してコギトエルゴスムになる道もあったろうに」
 言うと共に二丁のリボルバー銃を抜いたアルトゥーロが、アンドラスの足元目掛けて正確な一撃を放つ。
「イリス、行くよ!」
 ビハインドに呼びかけると同時、ロベリアは鎖の加護を周囲へと齎した。アンドラスの攻撃が味方へと向かわぬよう、ロベリアは最前線へと飛び出す。
 その動きを補佐するべく、ステッラは魔力を練り上げる。防御を固めるための力を前衛達に向けたステッラは、至極冷静な瞳でアンドラスを見据えた。
「あなたには、檻に囚われたまま消えて頂きます。……解放、と云ったら流石に傲慢ですかね」
 鞭のように自在に鎖を扱いながら、ハティは言う。
「やあやあ、そっちばかり見ていると危ないよ……っと!」
 引き絞って放たれた一矢がアンドラスの身体を貫く。しなやかな獣のような動きで、アニーは反撃を警戒して一息に飛び退いた。
「まあ、危ないも何も、自分達は君を倒しにきたんだけどね!」
「ふふ、その通り。――逃がさないから、ね?」
 アニーのその声に軽く笑って、言葉と共に纏は斬りこむ。右の手に握られた一振りの刃がきらめいた。
 少女の身体で、アンドラスはそれを受け止める。
 細い腕を深く切り裂いた纏の一撃を、纏ごと振り払い、アンドラスは忌々し気に傷口を見つめ、それから再び声を響かせた。
 見る間に塞がっていくその傷に、ケルベロス達は陣形を整える。


 幾度か切り結び、回復し、回復され、ケルベロス達はアンドラスを押していた。幾度目かのぶつかり合いの後、間を取ったアンドラスを見つめ、朔耶は小さく笑う。
「しかし……あ~、よかった……少なくても死神の全部が変態ってことはないみたいやな」
「え?」
「はは、こっちの話」
 ぽつりと漏らした言葉にステッラが首を傾げると、朔耶は再度笑ってそれを流す。アンドラスの口から呼吸のように零れ続ける幽かな歌声に、ステッラは目を向けてから、それを細めた。
「……歌しか能がないのね」
 その言葉に苛立ったのか否かは解らない。
 アンドラスが一気に攻勢に出たのは、それでも一目瞭然だった。
 今までにない大きさに声を張り上げたアンドラスの周囲から、毒の嵐が吹き荒れる。ケルベロス達を一斉に飲みこんだそれに、幾人かが短い悲鳴を上げた。
 だがそれも直ぐに掃われる。
 いぶきが降らせた薬液の雨が、身体の芯を蝕もうとする濃い毒を拭わんとする。
「なかなかの攻撃をどうも!」
 ロベリアが声を上げるや、巨大なハンマーを振るう。放たれた重い一撃に、アンドラスの身体が吹き飛んで鳥篭のふちへとぶち当たった。
 畳み掛けるようと前衛達が飛び込んだその瞬間、しかしアンドラスの口元に笑みが浮かぶ。
「――ッ、危ないッ!」
 後方からステッラが叫ぶも間に合わない。
 纏の刃がアンドラスに届くと思った刹那に、アンドラスの声が響いた。不可視の斬撃となったその害意が、纏の身体を深々と切り裂く。
「……っ!」
 鳥篭の床に散った纏の血が、花のように咲く。
 それでも倒れるには至らない。咄嗟の判断で致命傷を避けた纏は確りと足元を踏みしめて、眼鏡越しにアンドラスを見据えた。
「……ふふ、残念ね。その程度じゃわたしは倒れないのよ」
 決して倒れさせまいと後方から送られる治癒の力を受け、纏は改めて息を吐き構える。
 次の瞬間再度猛進した纏を補佐するべく、アルトゥーロが援護射撃を放つ。動こうとしたアンドラスの足を射抜いた弾丸が、その動作を崩す。
「おまえを操る差し手はもういないというのに、ただ指示を待つだけなのか、『主の駒』アンドラス?」
 アルトゥーロのその問いは届いたろうか。
 遊ぶような動きで斬りこんだハティが、アンドラスの身に傷を刻む。
「息を潜めて……それ!」
 ハティの攻撃に揺らいだアンドラスの身体に向けて、狩りをする獣が如く、アニーは喰らいつくように的確な一撃を放った。
 それでも尚、アンドラスもまた怯まない。
 死神は少女の声で歌い上げ、毒を撒き散らす。


 毒の歌声は、ケルベロス達の体力をじわじわと削っていた。癒し手を担う者達が力でそれを祓えども、度重なる毒の気配は足元を満たし始めていた。
「んん、長期戦は不利やな……」
 レギンレイヴ班からの合図を見逃さないよう、聞き逃さないように気を巡らせながら朔耶は呟く。
 外傷こそ少ないが、身を蝕む毒に眩暈がした。
「大丈夫です」
 いぶきの声が凛と響く。
「一欠片でも繋がっていれば、取り戻せますから。努めましょう、最善を」
 それでも、いぶきの呼吸もまた僅かに上がっている。
 次の瞬間歌声と共に再び巻き起こった毒の嵐に、前衛達は怯まずに飛び込んだ。迎撃が如く再びの不可視の斬撃を見舞おうとしたアンドラスの前に、しかしロベリアが割り込む。ハティを狙っていた一撃が、ロベリアの身体を直撃した。
 蓄積していた毒の痛みに加わったあまりの衝撃に、身体にいうことを聞かせられずにロベリアは片膝を付く。
(「……っくそ、重すぎる……!」)
 癒しの力こそ飛んできていたが、恐らくここが分水嶺だとロベリアは決断を下す。
「あらら……ゴメン、ちょっと避難させてもらうね」
 それでも、彼女が弱みを見せることはない。それが強がりとしても、ロベリアはそのかんばせに余裕という名の笑みを浮かべてみせた。
「ロベリアさん、退避を……!」
「大丈夫、コレくらいなら一人で……」
 ハティの声に引き摺るように身体を運ぼうとした瞬間、アンドラスの歌声が再びロベリアを襲わんとした。
 だが。
「奥の手ですわ」
 ステッラが歌い上げるのは逆さまの鎮魂歌。アンドラスのそれとは違う、清浄なる歌の力。
 爆ぜた力にアンドラスが怯んだ隙に、ロベリアの避難が完了する。
 その時だ。
「あれは……!」
 いぶきが目に留めたのは、遠くに上がった照明弾。
「おっと、合図だね!」
 アニーが声を弾ませると同時、一息にアンドラスの間合いへと踏み込んだ。炸裂した一撃に、アンドラスの上半身がのけ反る。
「さあ」
 纏がナイフを閃かせながら呟いた。
「惨めに懺悔なさい、わたし以外の誰に許しを乞おうというの?」
 囁くように、物語を読み上げるように、纏はアンドラスに傷を刻み込む。
「脅威となる敵は斬り伏せるのみ――」
 ハティの一撃が、目にも止まらぬ速さで奔った。
 朔耶の追撃が、アルトゥーロの援護射撃がアンドラスの身を穿つ。それすら歌うかのような悲鳴を上げて、アンドラスがよろめいた。
 その隙を逃さず、ケルベロス達から次々に攻撃が放たれる。斬りつけ、穿ち、叩き、あらゆる衝撃が、死神の身体を襲った。
「……その声だけは美しかったわ、『主の駒』アンドラス」
 ステッラのその言葉が、アンドラスの聞いただろう最期の言葉となった。

 その後間を置かずして、レギンレイヴの撃破と同時、無数の鳥篭を抱いていた空間は崩壊を始める。
 動くことのできないロベリアをハティが背負い、ケルベロス達はその空間を脱出することとなる。牢獄から出た先の釧路湿原の風が、ケルベロス達の勝利を知らせていた。

作者:OZ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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