湿原の牢獄~鳥籠を舞う霧色の光

作者:ともしびともる

●全体作戦発動!
「テイネコロカムイの討伐に向かったケルベロス達が、彼女らの本拠地とも言える場所を特定した上、そこでかの死神の撃破に成功しました! この成果によっていろいろなことが判明しましたよ!」
 ミルティ・フランボワーズ(メイドさんヘリオライダー・en0246)はぽんと手を打ち、明るい表情で朗報を知らせる。
「事件を起こし続けたテイネコロカムイの目的は、牢獄に幽閉されている仲間を略奪したグラビティ・チェインを用いて脱獄させることだったようです。そして幽閉された彼女の仲間とは、死者の泉を見つけ出したと言われる古のヴァルキュリア『レギンレイヴ』と、そのレギンレイヴに属する死神とヴァルキュリアの混成勢力だったのです」
 ミルティは掌に資料映像を投影しながら、敵についての情報を解説する。
「伝説の存在とも言えるレギンレイヴですが、牢獄の中で流れた永劫とも言える時間は彼女の精神を変質させ、今や世界のすべてに対しての復讐を心に誓っているようです。彼女が再び自由を得れば、『エインヘリアルの大群を得るために、一般人を大量虐殺して魂を乱獲する』ような、大変な被害がもたらされてしまうかもしれません。唯一牢獄を出て活動していたテイネコロカムイが撃破されたことで、レギンレイヴ達が直ちに地上の脅威となる心配はなくなりましたが、テイネコロカムイの例があるように、この牢獄が盤石でないことは明らかです。また、他のデウスエクス勢力が彼女たちの力を利用しようとする可能性も大いにあります」
 そこで、後顧の憂いを断つため、レギンレイヴの勢力に先手を打って攻撃を仕掛け、一気に撃破してしまおうというのが今回のケルベロス全体作戦という訳だ。

●鳥籠の牢獄へ
「テイネコロカムイから入手した護符の力で、皆さんは例の牢獄のある空間へと移動することが出来ます。そこには40を超える牢獄が『鳥籠』のように浮かんでおり、一つの牢獄に一体ずつ、ヴァルキュリアか死神が幽閉されています。牢獄に幽閉された本人はこの鳥籠の外に出ることは出来ないようですが、第三者である皆さんケルベロスは、この鳥籠を自由に出入りすることが可能です。皆さんには、テイネコロカムイが幽閉されていた『鳥籠』内に護符で転移した後、目標の敵が囚われている『鳥籠』の中へと侵入し、撃破して頂きたいのです」
 外からの攻撃で鳥籠ごと破壊できれば話が早いのだが、浮かぶ鳥籠には他にも特殊機能がついているらしい。
「この鳥籠には出入りの他にも特殊な性質があって、まず鳥籠の外から内部に向けて攻撃しても、その一切が無効化されてしまいます。
 つまり、敵を撃破するには目標の鳥籠の中に侵入するしか無いということになる。
「ですがその逆、内部から外に向けて放たれた攻撃は、かなり威力が減衰するものの無効化まではされないようです。なのでおそらく、囚われたデウスエクス達は鳥籠に侵入しようとする皆さんに対して妨害攻撃を行ってくると思います。威力が落ちているとは言え、侵入に手間取れば無視できないダメージを負いますし、もしも40体のデウスエクスに一つのチームが集中砲火を浴びることになれば、危険な状況に陥るかもしれません」
 この鳥籠内からの一方的集中砲火の危険に対応するため、ケルベロス達は鳥籠内の担当の敵を挑発しながら近づいて、対象に自分のチームだけを狙うように仕向ける必要がある。
「この挑発作戦は、特にレギンレイヴの討伐に向かうチームを守る意味合いが強いです。襲撃をする際に真っ先に狙われるのはリーダーを狙うチームでしょうから……」
 敵の筆頭を確実に撃破するためにも、ケルベロスが一丸となって作戦を遂行する必要がありそうだ。

●霧の女戦士
「皆さんに担当してもらう敵は、ヴァルキュリアの『ネーベル』です。『霧』の名を持った女性のヴァルキュリアで、ヴァルキュリアを象徴する武器、『ゲシュタルトグレイブ』を極めた戦士のようです。古のから存在するヴァルキュリアの一人であり……悠久の時を牢獄の中で囚われて過ごした存在でもあります。レギンレイヴ同様、時に精神を蝕まれている兆候があり、復讐の念に取り憑かれた彼女に、説得は通用しないと思われます……。かの牢獄から脱獄するための『グラビティ・チェイン』を渇望しており、彼女は隙あらば皆さんのグラビティ・チェインを奪い取ろうとしてくるでしょう」
 つまり、戦闘中でもケルベロスに『とどめ』を刺すことを優先して行動してくる危険があるということだ。戦闘不能になったり危険な状態になった仲間については、牢獄の外側に撤退させるなど、生命を守る対応を考えておくべきかもしれない。
 それから、とミルティは最後にもう一つ説明を付け加えた。
「ケルベロスの作戦全体が進行した際、先に撃破されたデウスエクスのグラビティ・チェインを利用して、最後まで生き残っている一部の敵が牢獄から脱出しようとする可能性があります。鳥籠の内外に視界を遮る仕組みはないので、他チームの様子を見つつ、敵を撃破するタイミングを合わせることは出来そうですよ。それでは、戦士の皆様、いってらっしゃいませ!!」


参加者
天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
レミ・ライード(迷子の騎兵・e25675)
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)
レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)

■リプレイ


 テイネコロカムイの鳥籠からケルベロスの分隊が次々飛び出して、それぞれの撃破目標へと向かっていく。
「……目標発見、下方に5時の方向です」
 レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)が指差し、ネーベル討伐隊も速やかに目標の鳥籠へと近づき始めた。
 襲撃者たるケルベロスの軍勢に向け、デウスエクスからの攻撃が雨のように放たれる。それを受け流しながら、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)はネーベルに向けて、戦士らしく堂々と叫んだ。
「時間の彼方に忘れられた戦乙女、ネーベル! あなたが捕らえられている間にわたしたちは生まれ、強くなった! ここを超えて行かせはしないわ。地球の勇者の力を見せてあげる!」
 攻撃音が飛び交う中、ルチアナの割り込みヴォイスにネーベルがピクッと反応する。
「ヴァルキュリアは新たな生を謳歌しているのに貴女は暗く冷たい牢獄で誰からも忘れられ狂い果てた。哀れなものね」
 アリーセ・クローネ(紅魔・e17850)の嘲りは割り込みヴォイスによってはっきりとネーベルの耳に届き、眉根を寄せた彼女の視線が8人の姿をはっきり捉えた。ネーベルは無言で、分裂させた槍をこちらに放ってくる。前衛陣に攻撃が届いたが、さしたる威力は無かった。
「ヴァルキュリアの戦士ともあろうものが文字通りの『籠の中の鳥』になってしまうとは……。ヴァナディースが知ったら何と言うでしょうね?」
「憐れな鳥籠の小鳥さん♪ 遊んで差し上げますから可愛く鳴いてみてくださいな……♪」
 天崎・ケイ(地球人の降魔拳士・e00355)がよく通る声で言い放ち、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は笑みを浮かべて怒りを煽る。繰り返される挑発に、ネーベルが不快げに口を開いた。
「よほどこの私を侮辱したいものと見える。瞬刻の命しか持たぬ貴様らが、永劫を生きる我らに対して本気で喧嘩を売ろうと?」
 ネーベルの見下した口調に、ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)が決然と言い返す。
「そのつもりでございます。世界に復讐したいのなら、まずは僕達を倒してみてください。そう簡単にやられたりはいたしませんよ」
「あなたの復讐を叶える事は出来ませんよ。俺達ケルベロスが阻止しますからね」
 レクトも簡潔に、敵対の言葉を口にする。8人が自分の元に来ると窺い知ったネーベルは、攻撃をやめ、彼らを待ち構えるように身を引いた。空間を移動し始めてから5分と掛からずに、彼らはネーベルの元へと辿り着いた。ケルベロスが牢獄に侵入すると、ネーベルはこらえきれない様子で高笑いを始めた。
「まさか本当に殺されに来るとは。だが、貴様らのグラビティは素晴らしい。『ケルベロス』とやら、我らが復讐の糧となるが良い」
 ネーベルは再び嘲笑を始める。牢獄の時に精神を苛まれ、狂気を宿した同胞の相貌を、レスター・ストレイン(デッドエンドスナイパー・e28723)は直視出来なかった。
「それは出来ない。残念だけど……キミは此処から出られない。出す訳にはいかない」
 レスターはそう言いながらも思わずうつむく。彼は昔、奴隷であり、囚われの身だった。暗く冷たい牢獄も、自らを虐げる世界への絶望も痛いほど身に覚えがあり、囚われのヴァルキュリアである彼女のことを、内心他人とは思えずにいたのだ。
 同じくヴァルキュリアであるレミ・ライード(迷子の騎兵・e25675)は、狂える戦乙女に氷獄槍の切っ先を真っ直ぐに向けた。
「忘れられてしまう程、長い時間、ずっと、此処に居た苦痛、想像、できないけど。貴女の見る、悪夢の現実、此処で、終らせる」
 レミの言葉にネーベルは笑いを引っ込め、『やってみろ』と言わんばかりに、霧を纏ったゲシュタルトグレイブを慣れた手つきでケルベロス達に構えた。


「では、改めてお相手願います」
 ケイは一礼し、その身にオウガメタルを展開した。そのままライトニングウォールを展開し、敵の攻撃に備える。竜華も竜縛鎖・百華大蛇を振るってしならせながら優雅に微笑んだ。
「さぁ、この一時の逢瀬、楽しみましょう……♪」
 竜華が艶っぽい声音で言いながら、竜縛鎖を敵へと向けて飛ばす。
「時間を忘れるほど次元の彼方へ閉じ込められたのはかわいそうに思うわ。でも、わたしたちには、捕まえておくことも自由にしてあげることもできないの。せめてあなたの憎しみに応えられるように全力で戦うね」
 竜華の鎖に合わせて、ルチアナも敵へと駆け出した。ネーベルは自身を捕らえんと放たれた鎖を大きく跳躍して避ける。着地に合わせてルチアナが炎を纏った蹴りを放つが、ネーベルは空中で体を捻ってそれを躱した。
 鳥籠内を軽快に舞い、ケルベロス達を翻弄するネーベル。アリーセは敵の足を止めようと、轟雷砲を慎重に構えた。
「どんな事情があろうとも、貴方達は厄災の種。禍根の芽は摘まないとね」
 狙いすました砲撃が敵の側面に当たり、ネーベルの全身が爆風に包まれた。足止めさせられたネーベルは、爆風が晴れると同時に霧色の槍を分裂させ、スナイパーのいる後衛に向けて無数の矢を降り注がせる。レスターはその射線に庇い入りながら、ネーベルの眼前に立った。
「ネーベル……キミの抱えた絶望、苦痛、悲哀……心底共感する。俺も嘗ては同じだったから」
「戯れ言を。貴様らのような存在に憐れまれる覚えはない」
 ネーベルは言い捨て、後方に飛んで間合いを取る。
「……やはり僕らを、同族だとは思わないのですね」
 ラグナシセロはヘルにレスターの回復を指示し、癒やしの月光を降らせながら、複雑な思いを抱えて呟く。たとえネーベルにどう言われようと、彼らにとってはネーベルも紛れもない同胞の一人だった。
 ほどなくして、浮かぶ牢獄の一つからレギンレイヴ戦開始を知らせる照明弾が上がる。レギンレイヴの鳥籠の位置を確認しつつ、レミが『静寂凍夜』の霧を発生させた。回避困難な吸熱の霧がネーベルを包んでその動きを鈍らせる。持久戦が予想される本戦の序盤、回避能力が高い敵に対して、ケルベロス達はスナイパーを中心に動きを封じる攻撃を集めた。
「しかし、やはり素早い……。いや、焦りは禁物ですね」
 ケイは翻弄するような敵の動きに惑わされることなく、輝く光粒子を大量に作り出し、冷静に味方の強化を重ねていく。
 古を生きるネーベルの槍の腕は牢獄生活を経てもなお顕在で、なかなか決定的な攻撃を撃たせてくれなかった。レスターが敵の姿を捉えようと、ヴァルキュリアブラストを発動しようとした瞬間、
「捉えたぞ」
 一瞬の隙を突かれ、レスターはネーベルに肉薄されていた。飛び退こうとした脚を即座に槍で一突きされ、足の甲が床に縫い止められる。
「ぐ、あ……!!」
 激痛に呻くレスター。蹲りかけた彼の胸ぐらを、ネーベルが乱暴につかんで引き寄せる。
「貴様は私に同情していたな? ならばその生命を私に捧げよ。貴様に代わって、私が世界への復讐を成してやろうじゃないか」
 ケラケラと、正気でない笑い声を漏らすネーベル。駆け寄る仲間の足音を聞きながら、レスターは小さく言葉を紡いだ。
「……キミを倒すこと、迷いがないと言えば嘘になる。それでも、俺はもう世界には絶望しない。……愛する人に出会えたから」
 レスターは決意の瞳でネーベルを見据え、右手を彼女へとかざした。発動した『被虐の鎖』がネーベルの身に巻き付き、レスターの苦痛と恐怖の記憶がネーベルの脳裏へと流れ込む。
「くっ……!」
 ネーベルは頭を抱えてふらつき、槍を回収して大きく後方に飛び退いた。すぐさま駆け寄ったレクトの『白月』と、ラグナシセロが呼び出した『フライア』の月光、二色の月光がレスターの痛ましい創部を急速に癒やしていく。
「復讐、復讐って。ヴァルキュリアの誇りは、すっかり捨てちゃったみたいね?」
 軽蔑と呆れを込めたアリーセの言葉にも、もはやネーベルが動じる様子はない。堕ちたる同胞の哀れな姿を、レミはそれでも真っ直ぐに見つめていた。
「私達を、同胞と、見ていなくても、構わない。でも、知って欲しい、ヴァルキュリアランサーの技、今も伝わっている。まだ、未熟な、私の槍、だけど。いつか、先達の貴女を、越えて、みせる、です! その為にも、此処で、倒す、です」
 レミは必死に言葉を紡ぎ、その信念の力で地獄化した翼を更に大きく広げた。凍てつく青い炎を上げるヴァルキュリアは、零度の槍を構え、霧中に正気を閉ざしてしまった、憐れな古のヴァルキュリアを解放しようと飛び込んでいく。


 戦闘開始から15分が経とうとしていた。ネーベルが得意とする範囲攻撃に、部隊全体の消耗も徐々に蓄積してくる。
「レギンレイヴは、もう少し、かな」
「踏ん張りましょう、あと少しだけです」
 汗を拭うルチアナの言葉に、レクトがヒールドローンを展開しながら力強く答える。レクトはイードとともに矢面に立ちながら味方の支援を引き受け、持久戦の前線を支えていた。
 ケルベロスも消耗していたが、ネーベルの消耗も激しかった。阻害効果のある攻撃を次々に食らい、当初の軽妙な動きはすっかり陰っている。
「疲れてきちゃいました? もう少し頑張りましょ? 時間はまだまだありそうですから……♪」
 竜華が疲れを感じさせない表情で妖艶に笑む。
「あなたの力、味見させてくださいね?」
 竜華は竜縛鎖の炎を走らせて敵を炙り、その生命力を絡め取る。恍惚とした表情を浮かべた竜華は、消耗戦の苦境を楽しんでいるかのようだった。
 ネーベルはふらつく体を床に突いた槍で支え、肩で息をしながら吠えた。
「私は負けん。貴様らを殺し、今度は我々が世界の全てを蹂躙するのだ!!」
 憎しみを原動力に、渾身の回転斬りが繰り出される。迫りくる刃に身を挺し、必死に部隊を守り続けたイードの姿がついに掻き消された。長引く戦闘に、消耗の激しい者の避難をケイが提案しようとしたその時、レギンレイヴの方を伺っていたレミが、彼らの勝負が決するまさにその瞬間を目にした。
「レギンレイヴ、倒れ、ます!!」
 レミが宣言し、ネーベルがその言葉に目を見開く。
「こちらも行けます、決めてしまいましょう!!」
 戦況を観察し続けていたラグナシセロが確信を持って叫ぶ。彼は煌めく光の粒て前衛を包み、彼らの集中力を研ぎ澄ませていく。
「イード……よく頑張ってくれました」
 戦闘が長引かなければ、イードもおそらく持ちこたえただろう。消えた相棒を労いながら、レクトは狙いすました蹴技で鎧を蹴り砕く。ネーベルが衝撃によろめいた方向には、ケイが既に回り込んでいた。
「鬼神の一撃、受けてください」
 ケイが淀みない動きで敵の胴に掌底を叩き込み、弾けた閃光と共にネーベルの体が吹っ飛ぶ。鳥籠の上部に叩きつけられたネーベルの周囲に、真紅に燃え上がる八本の鎖が集まりだした。
「咲き乱れなさい、炎の華よ…!」
 竜華が両手を広げて言い放ち、紅き鎖はネーベルの肢体を鳥籠の中央に繋いだ。竜華は拘束したネーベルへ全速力で飛び込み、藻掻くネーベルの胴体を、手にした鉄塊剣で容赦なく薙ぎ払った。
「がはっ……!!!」
 鎧が更に砕け、腹部を大きく抉られて血を吐きながら、なおも彼女は空中で体勢を整え、息を乱したルチアナ目掛けて突撃を繰り出す。
「……!」
 しかしルチアナは瞬間的に呼吸を整え、流れるようにネーベルの突撃をいなした。あれよという間に床に倒されたネーベルに向け、『アクア・アルタの握撃』を放つ。
「これが私達の生きる星、『地球』の力よ」
 ルチアナの小さな掌から迸る津波の力が敵の全身を叩き、その身を抗えぬ力で鳥籠の隅へと押し流していく。
「ネーベル!!」
 レミが氷獄槍を構え、蒼く燃える翼で飛翔する。ずぶ濡れのネーベルもなんとか飛び立ち、槍使い同士の空中戦となる。数回の槍の打ち合いの後、レミの稲妻の一閃が、ネーベルの霧槍を弾き飛ばした。
「しまっ……!」
「終わりね。ヴァルキュリアの魂、頂くわ」
 アリーセが宣言し、その周囲に血の色をした杭を無数に生み出す。
「穿ち、啜れ――狂気を此処に」
 アリーセが手を振り下ろしたのを合図に、吸血の杭が一斉にネーベルへと放たれた。降り注ぐ槍は彼女の鎧を粉々に破壊し、その杭の一本がついにネーベルの心臓を完全に撃ち抜いた。


「……私達の勝ち、です」
 レミがそう言って構えた槍を下ろした。ネーベルはよろめきながら後ずさり、背中を格子にぶつけて座り込む。最後の照明弾が上がり、天を仰いだネーベルの目には、次々と撃破されていく仲間たちの姿が映った。
「ああ……終わる。我らの時代が、こんな、所で……」
 ケイはオウガメタルを収めて、再びネーベルに一礼する。
「作戦とはいえ、先程は非礼なことを申し上げてすみません。良い勝負でした。ありがとうございました」
「すまない。出来るなら、キミに外を…もう一度、檻に遮られない空を……」
 見せてやりたかった、と、それ以上は口に出来ず、レスターはただ俯く。そんな彼らの様子に、ネーベルは思わず苦笑いを漏らす。
「……最期まで私に敬意を持ってくれるのだな。復讐に囚われ、己を失った私に……」
「何か、言い残す事はありませんか?」
 ケイが片膝をつき、ネーベルの表情を伺う。ネーベルはもう一度苦笑し、天を見上げて目を閉じた。
「その輝き、存分に燃やして生きるがいい。瞬きの生の者達よ……」
 ネーベルは肩の荷を下ろしたような笑みを浮かべて言い、その姿は輝く光の粒へと変わって静かに霧散していった。
「……はい。私達は、地球の仲間と、新しい時代、生きていく、です」
「俺の痛みとキミの痛み、一緒に持っていくよ。……せめて安らかに」
 レミとレスターが呟き、3人のヴァルキュリアは、古き同胞に敬意の黙祷を捧げた。
 すべての戦闘が終わり、すっかり静かになった牢獄空間だったが、突如その空間全体が揺らぎを起こし始めた。
「あら……もしかしてこの空間、壊れてしまうのでしょうか?」
 竜華が小首をかしげて辺りを見回す。
「さっさと脱出したほうが賢明みたいね。何にせよ、何もかもうまく行ったみたいで良かったわ」
 アリーセの言葉に皆が笑って頷き、ケルベロス達は速やかに鳥籠を後にした。テイネコロカムイの鳥籠へと漂うように移動しながら、レクトはラグナシセロに声をかけた。
「今回は相手が相手でしたから、少し心配していました。が、俺の杞憂だったようですね」
 軽く頬をかきながら静かな笑みを浮かべる兄貴分に、ラグナシセロは普段通りの、前向きな笑顔を返した。
「ええ、僕の大切な人は、古ではなく『今』を生きる人達、ですから」
 空間が徐々に歪んでいく中、鳥籠の中に帰還のための魔空回廊が開かれる。
「帰りましょう。私達の地上の世界に」
 ルチアナが微笑んで言い、ケルベロス達は空と大地が広がる世界へと戻っていった。

作者:ともしびともる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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