「今年の誕生日はどうするん?」
河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)からの問いに、朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)は目をぱちくりさせた。
「たんじょうび?」
「皐月さん、誕生日この時期やったよね……?」
「あ、そうだった!」
山河は針を進めながら苦笑いした。皐月は去年も自分の誕生日を忘れていたのだ。
「でも、予定はあるよ!」
「ごめんね、針使ってるさかい、もうちょい離れて」
「あ、ごめん」
ずいと身を乗り出してきた皐月が、今度は慌てて離れた。
代わりに、そろりと山河の手元を覗き込む。
「山河さん器用だよね」
「せやろか?」
「私、そういうの苦手」
山河が刺繍を施しているのはクッションカバーで、すいすいと進む針が描いているのは桃の花。春夏秋冬を味わえるようにと、季節ごとに取り換えているのだという。
「それで、今年はどんなことするつもりなん?」
「あ、そうそう。えっとね、いい温泉見つけたんだ! 桃の花が咲いてて、雪も積もってるんだよ!」
「あら、えらい贅沢やねぇ」
「でしょ?」
露天だが、まるで屋根の代わりに桃の木がぐるりと周囲を覆っているのだという。
温泉にはたくさんの桃の花びらが浮いている。
そして雪は湯船から少し手を伸ばすだけで届くらしい。桃の木にもほんのりと被さっていて、それがまた綺麗だったのだと皐月は言う。
「温泉はその、どないなってるん? 男女別?」
「ううん、混浴。水着必須だって」
「そっか。それやったらええと思うよ」
皐月の表情が輝いた。楽しみだなと、待ちきれない様子でそわそわし始めたのであった。
●雪
「水着……? サンドバッグは……? どういうことなの……」
現地で借りた水着を着た東名阪・綿菓子、温泉を前に呆然。
今日という日の為に拳を鍛えに鍛え、その成果を披露するべく意気揚々とやってきたのだが──拳を打ち付けるべきサンドバッグが無い。
今年は温泉で水着着用のもとかと疑いもせずにのれんをくぐったが、ああ、無情。綿菓子の眼前に広がっていたのは雪と桃の花で彩られた温泉だったのである。
「あはは、残念だったねー」
隣でケラケラ笑う朝倉・皐月の言葉で我に返った綿菓子は、誕生祝の言葉を贈る。
さらに、一週間は食うに困らないほどのどら焼きも持ってきているという。それは風呂上りに渡すとして。
「改めて、お誕生日おめでと。今後もよろしくね」
「うん、ありがと。どら焼き楽しみにしてる」
端へ向かう綿菓子と別れ、湯船に浸かる皐月。
丁度そのすぐ近くにウィゼ・ヘキシリエンの姿。
「皐月おねえ、誕生日おめでとうなのじゃ。温泉とはまた粋な計らいなのじゃ」
誕生祝の言葉を告げると、肩までしっかり浸かるドワーフはほふっと息を吐いた。
「それにしても桃の花に温泉とは風情……」
そこでふと、頭に浮かぶ懸念。
「このワードは何やら危険な香りがするのう。桃の花には攻性植物、温泉にはオークの魔空回廊がありそうなのじゃ」
「山河さん何も言ってなかったし大丈夫だよ。今日はそういうのも忘れて、ゆっくりしちゃわないと勿体無いよ!」
「ふむ、それもそうじゃな。ゆったり温泉に浸かるとしよう」
そう言うと、ウィゼは顎までを湯船に沈め、のんびりと温泉を楽しむのであった。
「温泉に花びらが……ふわふわしてて、おもしろいねー♪」
赤い水着を着たゲリン・ユルドゥスの言葉に、アリス・ワンダーは笑顔を返す。アリスの水着は去年の夏に来た水着だ。
湯船に浮かぶ桃の花をひとしきり楽しむと、二人は端の方まで移動してせっせと雪うさぎを作り始めた。
一足先に完成させたのはアリス。器用には作れなかったが、なかなか可愛らしいものが仕上がった。
「ゲリンくん、雪ウサギできた?」
「うん、出来た出来たー。せっかくだし、かわいい雪うさぎちゃんも一緒に温泉入ろ♪」
「あ、ちょっと待っ――!」
止めようとしたアリスだが、遅かった。
雪うさぎを乗せた掌が湯に浸かった途端、雪は解けてうさぎは消えてしまった。
しょんぼりするゲリンを慰めるように、アリスは桃のジュースを飲むように勧めた。
乾杯し、春の味覚を楽しむ。ふいに、アリスがゲリンを見つめる。
「温泉、付き合ってくれて有り難う、ゲリンくん」
こちらこそ。そう言おうとしたゲリンの頬に、アリスの唇が触れた。
不意打ちに相好を崩しながら、ゲリンは小首を傾げる。
「……お返しに、キス、してもいい?」
言葉の代わりに、アリスは笑顔で返事をするのであった。
そんな二人に対し、ぎこちなさが見えるのは無月・鬼人とヴィヴィアン・ローゼット。
つかず離れずの微妙な距離なのに、お互い緊張して目も合わせられないといった状態。
誘ったのは鬼人だ。前から一緒に温泉に行きたいと話していたので、いい機会だと思ったのだ。若干の下心があったのは、誰にも責められないはずである。
だが。いざ温泉となると、ヴィヴィアンの水着姿が綺麗すぎて、眩しすぎて直視できないのである。
幸いにも、ヴィヴィアンを見ることが出来ない言い訳の材料はすぐそこにある。
「桃の花って初めて見たけど、綺麗だな」
「桃、綺麗だよね……雪の白さに、鮮やかな花の色が引き立って。温泉からこの景色を見られるなんて、すごく贅沢、だよね」
何かを話さなくてはと悩んでいたヴィヴィアンは気付かれぬようにこそり、息を吐いた。
彼女もまた、恋人を見ることが出来ずにいる。
人前で水着になるのは初めてではないが、鬼人の前だとこんなにもドキドキするものだとは思ってもみなかったのだ。
でも。せっかく一緒にいるのにただ並んでいるだけというのは寂しい。そっと、湯の上を漂う桃の花を目隠しに、この気持ちだけでも伝わるようにと鬼人の手に触れる。
「ありがとう……一緒に温泉に入れて、嬉しいよ」
●白
「日本ではこういうのをフウリュウとかいうのだったか?」
言いながら、マルティナ・ブラチフォードは御猪口を傾けた。
バルタザール・エヴァルトが持ち込んだ日本酒を、景色を肴にゆっくりと。
「冬と春の季節を同時に感じながら温泉など……贅沢だ」
二人共、温泉など久しぶりである。
一緒に風呂は――お互いの住居でも出来るかもしれないが、温泉となると機会はなかなか無い。
「そうだな……雪見と花見を一緒に、か……美味い酒に美人が目の前に居るから最高だな」
酒を呷りながら、しれっと言ってのけるバルタザール。
色白のマルティナの頬に赤みがさす。水着が白いせいで、はっきり分かってしまう。
「美人、とは……。私は、惚れた男が隣にいることが最高だと思えるが?」
返事の代わりに、バルタザールはマルティナの肩に腕を乗せて抱き寄せた。
くつり、バルタザールは笑う。
「雪よりも花よりもティナの方が良いけどな」
こめかみに口づけを落とせば、マルティナの頬がさらに色づく。
ゆるりと、バルタザールの肩に頭を預ける。顔が熱い。
その原因たる男は、さらに言葉を重ねた。
「ティナと比べたら花も褪せて見えるってな」
温泉は最高の癒しだ。日頃の疲れを取るべく、長篠・ゴロベエはゆっくり湯に浸かる。
ゴロベエは桃ジュースに口をつけた。じわりと口内に広がる優しい甘さだ。
「いいね」
幸せな誰かの日常がすぐそばにある。温泉で癒されながらそんな光景を眺めるのは、ゴロベエにとって最高の癒しだ。
しかし、ふと考えてしまう。
自分は今、うまくいっているのだろうか? 自分はちゃんと、皆と付き合えているのだろうか?
そんな悩みが、湯けむりで覆われた景色とふいに重なった。
「『桃花と、雪花舞て、花曇り』」
歌を一つ詠むと、ゴロベエは再びグラスを傾けるのであった。
「ふう……生き返る」
温泉に身を浸したレスター・ストレインの口から、するりと出た言葉。
「お花が水面に浮いとって綺麗な場所やね」
湯ごと桃の花を掬い上げようとしたカリン・エリュテイアだが、視線が己の体を捉えた。つい、と目を伏せる。
体に残るいくつもの隷属の証は、いつ見ても見慣れない。
そんな思いを振り切るかのように、カリンは雪うさぎを作り始めた。
横から眺めるレスターだが、水着姿というものはどうにも目のやり場に困ってしまう。
「あはは、ウサギ変な顔のしか出来んわ。ところでレスター、顔赤いけどのぼせたんか?」
「かもしれない。やっぱり温まるよね」
なんて返したが、赤くなった顔の理由はもちろん、カリンの水着姿にある。
ちらと視線を向けるものの、彼女の体に刻まれた隷属の証から逃げるように、すぐに目を逸らした。
ちゃぷ、レスターは白い花びらをつまみ上げた。それを弄いながら、小さく呟く。
「ごめん」
「大丈夫」
穏やかな声音にレスターは顔を上げた。
ヴァルキュリアの女は、慈しむように優しく微笑んでいた。
温泉の隅でだらだらする御神・白陽と猫夜敷・千舞輝。
雑談しながら桃ジュースをちびちびと。
「んで、御神さんどないしたん? グロッキー? 寝不足? 徹夜?」
まさに千舞輝の指摘通り寝不足であった。
暫く夜更かしが続いていたので、人生初の軽い寝不足である。
「まだまだライトゲーマーやなぁ」
へっへっへと笑いながら千舞輝が取り出したのはスマホ。防水ケースでばっちりだ。
これがゲーマー歴の違いかなどと感心する白陽。
指先をスライドさせながら、千舞輝は白陽に視線を向ける。
「んでんで? 折角水着になったんやけど、なんか無いん? コメントとか?」
「こ、コメント? えーと……」
白陽の目が千舞輝を捉えたのは僅かな間。すぐに赤面して目を逸らす。
「まじまじと見るのも、その、失礼かなって……」
「そこはこう、ジロジロやなくてさらりと見る紳士力を身に着けんとなー」
自分には難しい要求だと思いながら、白陽はしばし思案した。
「気の利いたセリフとか出ないんだが。うん。かわいいと思うぞ」
「しゃーないなー、今はそれでオッケーにしとこかー」
そうは言いながらも、千舞輝はへへーと嬉しそうに眩しい笑顔を浮かべたのであった。
●桃
ゆったりと湯に浸かっていた砂星・イノリは、近くに見知った顔を見かけた。
するするとそちらへ近づく間、青い水着が見え隠れ。
イノリに気付いた河内・山河は挨拶と共に首を傾げた。
バレンタインに貰ったクッキーの礼を、イノリは笑顔と共に告げる。
そこからは二人並んで雪遊びだ。温泉で体を温めながらなら、体が冷える心配もない。
「あら、ナノナノ? 可愛いらしいねぇ」
イノリが作り上げたのは雪うさぎならぬ雪ナノナノ。記憶を頼りに雪を固め、桃の花びらを添えてやる。
「ふふっ、春のおめかししてあげようね」
顔が少しばかり本来のナノナノより緩いのはご愛敬。
「山河さんのは……風船?」
山河は雪をキャンバスに絵を描いたのだ。袋が付いた風船である。
見覚えのある形にイノリが笑みを零す。つられて、山河も微笑むのであった。
獅子・泪生と天袮・黎和。二人で温泉は二度目だが、こんな風にのんびりというのは初めてである。
泪生は、選んだオフショルダーのワンピースタイプの水着に感想が欲しいのだが直接聞く勇気はなく。
黎和は黎和で、火照る顔。温泉と彼女の水着のダブルパンチが効いている。しかも温泉は慣れない混浴だ。
雪見露天風呂に憧れのあった泪生は目を輝かせながら、湯船に浮かぶ花をそっと掬い上げる。
「見て見て」
白い雪。白とピンクの桃色は外にも、湯船の上にもあって。それらに彩られた泪生を見て、黎和は目を細めた。
「ホントだ。……美人の彼女を、こんな絶景と共に眺められるのは眼福だな」
率直な言葉を口にすれば、泪生の顔が赤く染まる。
「美人だなんて……っ」
ふとしていた瞬間にさらりと言うのだから、心の準備など出来やしない。
おかげでとても恥ずかしくはあるが、この雰囲気には酔っていたい。泪生はそっと黎和の肩に寄りかかる。
もっと近くに。隙間などいらない。そう言わんばかりに黎和は顔を近づいていく。
唇と唇が近くなるほどに、泪生の朱色は鮮やかさを増していくのであった。
華やかな【Wiz】の面々もしっかり肩まで浸かってのんびりと。
「ふぅ……生き返るわね……」
「いい温泉だね~温まるよ~」
ほうっと息を吐く曽我・小町。
胸が浮き上がらないようにと、特にしっかりと浸かるのはセイシィス・リィーア。
イヴ・シュピルマンは水面に浮かぶ花びらを静かに何度も掬い上げ、時には落ちてきた花そのものにも触れる。
「……たまには、こう言う所にあの人と行ってみても良いですね……」
薄い桃色の花弁を掬い上げたイヴはぽつり。
誰にも聞こえてないとは思うが、口から出てしまったことが恥ずかしくてイヴは口元まで体を沈めてしまった。
そんな彼女と小町の水着姿を、セイシィスは桃ジュースを傾けながら眺める。
「そういえば小町さんもイヴさんも水着が似合ってるね~」
イヴは店員に任せて買った紫色のタンキニで、小町はモノトーンのフリルワンピだ。
次に買う水着の参考になると言うセイシィスはオレンジ色のビキニである。
近頃慌ただしくて、ちょっぴり疲れていた二人の様子をぼんやりと眺めていた。
優しい二人の、日常的なのに少しばかりいつもと違う様子に疲れが溶けて消えたような気がする。
折角、雪のある所に来たのだ。小町は二人に声をかけた。
「ほら、雪だるまでも作ってみない?」
「……雪だるま……ですか?」
「手のひらサイズの雪だるまならできるんじゃないかな~? 可愛いと思うよ~♪」
楽しそうだとセイシィスは話に乗り、早速雪を転がし始めた。
イヴは小首を傾げながら二人を見守る。
ぺたぺたと雪を固め、転がして、重ね合わせて出来た小さな雪だるま。手のひらよりも一回りくらい大きい。
完成した雪だるまを、セイシィスとイヴはそれぞれの、らしい笑顔で眺める。
小町は少しばかり残念に思った。カメラが持ち込めれば記念に撮影も出来たのに。
だが今日という日の記録は、心のアルバムへ大事にしまいこめばいいなんて考えて、小町はそっと微笑みを零すのであった。
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年3月20日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 5
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|