湿原の牢獄~蔦弓のトヒュユユ

作者:犬塚ひなこ

●湿原の真相
 釧路湿原で事件を起こしていた死神、テイネコロカムイ。
 かの死神が撃破されたことでケルベロス達に新たな情報がもたらされた。
「テイネコロカムイの目的はグラビティ・チェインを略奪して、牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させることだったようなのです」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は真剣な瞳を向けて語り、判明した情報を説明していく。
 湿原から繋がっている異空間通路の先にある牢獄。
 其処に幽閉されていたのは、死者の泉を見つけ出したとも伝えられる『古のヴァルキュリア・レギンレイヴ』とその軍団であることが突き止められた。
 悠久ともいえる時間幽閉されていたレギンレイヴは、世界の全てに対する復讐を遂げる事を目的としている。彼女が解き放たれれば多数の一般人が殺害され、その魂からエインヘリアルが生み出されるような大変な事件が起こってしまうかもしれない。
「テイネコロカムイが撃破された事で、レギンレイヴ達がすぐに地上に出てくる危険はなくなりました。でもでも、テイネコロカムイが脱獄していたことを見ると、この牢獄も完全ではないみたいです」
 何らかの理由で牢獄が壊れ、レギンレイヴ達が解き放たれる可能性も否定できない。更に彼女達の存在を他のデウスエクスが発見して利用することも考えられる。
「特にエインヘリアル勢力が、彼女の力を手に入れてしまうと勢力が一気に拡大してしまうことになります。そんなことがあってはいけないのでございます!」
 つまり、危険を未然に防ぐためにも牢獄を制圧し、古のヴァルキュリアと死神達を撃破しなければならない。向かっていただけますか、と問いかけたリルリカはケルベロス達に信頼の眼差しを向けた。

●牢獄のトヒュユユ
 そして、ヘリオライダーは今回の戦いについて語る。
「今回は直接、牢獄に向かって頂きます。テイネコロカムイを撃破したときに手に入れた護符を利用すれば、目的の場所に移動できるみたいなのです」
 異空間を通って辿り着くのは、宇宙空間のような不思議な空間に幾つもの『鳥篭』が浮遊している場所だ。
 四十以上の鳥篭はひとつひとつが牢獄になっており、中には一体のヴァルキュリアか死神が幽閉されている。内部に幽閉されている者はこの鳥篭の外に出る事はできないようだが、牢獄の外から来たケルベロスならば自由に移動したり、籠内部に入ることが出来る。
「手順としては、テイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移した後、それぞれが攻撃目標とする『鳥篭』に移動して内部に潜入してください」
 だが、鳥篭の外から内部への攻撃は一切不可能だ。
 そのため内部に潜入するまでは攻撃を行う事はできない。反対に、威力は弱まるが鳥篭の中から外へは攻撃が可能らしい。それが問題だと少女は告げた。
 たとえば特定のチーム、特にレギンレイヴの鳥篭に向かう者達が四十体のデウスエクスに集中攻撃を受けるような事があれば到着前に倒れてしまう。
「そこで皆さまは目的の相手の気を引いて、攻撃を自分達に向けてくださいませ」
 それが仲間の助けになると告げ、リルリカは番犬達を見つめた。

 そして、目標となる敵の名が告げられる。
「皆様に倒していただきたいのは、古のヴァルキュリアのひとり『トヒュユユ』です」
 緑がかった明るい金髪に赤い瞳、病的に白い肌。
 外見は十五、六歳程度の少女に見えるトヒュユユだが、その実は古のヴァルキュリアの中でも年長にあたるらしい。快活そうな雰囲気そのままに口調も明るく、人当たりも良い。何より、人や物の良い事を見つけるのが得意であり癖らしい。
 その性質から、敵であるケルベロス相手にも自然体で話しかけてくるだろう。
 だが、油断してはいけない。
 相手はこの牢獄から脱出する機会を狙っており、グラビティ・チェインを求めている。
「トヒュユユは手にしている弓で皆様を射抜こうとしてきます。その力はとっても強いので甘く見たら返り討ちにあってしまいますです」
 また、敵は戦闘中であってもケルベロスを殺して力を奪い取るチャンスを狙う。戦闘不能になった仲間、或いは危機に陥った仲間が出た場合、牢獄の外に撤退させなければ殺されてしまうだろう。
「敵に勝つのも大切ですが、万が一に殺されない為の工夫も必要です。リカだって、誰かが死んでしまうのは嫌ですから……」
 最悪の事態を考えて俯いたリルリカだったが、すぐに顔をあげた。
 そうして、戦う際の注意事項を述べてゆく。
 鳥篭に囚われているデウスエクス達も少量ではあるがグラビティ・チェインを持っている。他の鳥篭の敵が死ぬと、溢れ出たその力を利用して、残りの一部の敵が牢獄から脱出をはかるという。幸いにして牢獄は外部から内部を確認できるので、他のチームの戦闘状況などを見ることが出来る。
「脱獄の危険性を減らすならば、他の鳥篭とできるだけ同じタイミングで敵を撃破できるようにした方がいいようです。ですが、場合によってはトドメを待つことになるので……その間に敵に逆転される可能性もあります」
 最終的にどのような戦い方をするかは向かった者に委ねられる。
 どうかご無事で、と仲間達の安全と勝利を願ったリルリカは其処で説明を締め括った。そして、少女はヴァルキュリア達に思いを馳せる。
「死者の泉を発見したヴァルキュリア……。遠い遠い伝説の存在だと思っていましたですが、釧路湿原の牢獄にいたなんてびっくりです」
 しかし、狂気を孕んだ彼女達も今は世界の敵。
 古から続く呪いに終止符を打つ為にも、今こそケルベロスの力が必要だ。

●鳥篭と首輪
 牢獄の檻の縁に身体を預け、少女は翼の先をぱたぱたと揺らす。
「ここに捕まっていて良いことは、ひとりでゆっくり過ごせることだけど……」
 暇だね、とひとり呟いた古のヴァルキュリア・トヒュユユは鳥篭の天井を見上げた。
 その際に首元の首輪から伸びる鎖が動き、小さな音を響かせる。指先で鎖を絡めとり、何気なく弄んだ彼女はもう一度、退屈そうに翼をはためかせた。
 永遠に続くような幽閉の日々。頼みのテイネコロカムイももう居ない。
「ま、いっか。そのうち楽しいことや良いことが見つかるかもしれないからね」
 しかし、深くは考え込まなかったトヒュユユは明るい調子で笑う。そのとき、少女は何かの気配を感じて鳥篭の外を見遣った。
「あれ? もしかしたら、この弓を使う時がまた来るのかな」
 それはほんの少しの予感だった。
 トヒュユユは欠かさずに手入れをしていた弓を手に取り、牢獄の外を見つめ続ける。
 何かがまた始まる。何かが、此処に来る。そんな気がして、少女の姿をしたヴァルキュリアは期待に胸を膨らませた。


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
火岬・律(幽蝶・e05593)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)

■リプレイ

●籠の内
 不可思議な空間に浮かぶ、幾つもの鳥篭。
 此処に在るのはたったそれだけ。鳥篭と囚われた者以外には何もない世界。
「こんな所に幽閉なんて……私だったら多分耐えられないです」
 転移した空間を見渡し、京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)は首を振る。この場所に捕えられた戦乙女や死神はどれほどの時を過ごしたのだろうか。
 おそらくその時の長さは想像すら及ばぬほど。
「それにしてもヴァルキュリア、死神……得体の知れない嫌な予感がする」
 此処は敵の巣窟。八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)は周囲を警戒し、仲間と共に目標の鳥籠を見定める。
 敵もケルベロス達の侵入に気付いており、張り詰めた空気が満ちていた。
「居ました、トヒュユユです!」
 九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)が前方を示し、目標の鳥篭を睨み付ける。標的はまだきょろきょろと辺りを見回しており、此方に意識は向いていなかった。
 素早く反応した水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)は敵の気を引くべく、明るく大きな声でヴァルキュリアの鳥篭に手を振る。
「は~い! トゥユユユ、じゃなかったトヒュユユさん、僕等とお話しよう~~!」
「わ、びっくりしちゃった」
 名を呼ばれたトヒュユユは蒼月達の方を向き、手にしている弓を構えた。
 ごく普通の少女にも見えるその姿に知り合いの姿を重ねてしまい、芥川・辰乃(終われない物語・e00816)は僅かに俯く。
「あの子は私達の知るヴァルキュリアとは、異なるヴァルキュリア……」
 自分に言い聞かせるように呟いた辰乃の傍ら、ボクスドラゴンの棗が翼を羽搏かせた。まるでそれは主を励ましているかのようで健気に映る。
 だが、そのとき。
「ふふっ、やっぱり良いことがあった。楽しいことのはじまりだね」
 先手を取ったトヒュユユが矢を番え、鳥篭の外に向けて一閃を放った。気を付けろ、と仲間に告げたドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)は前に踏み出し、その矢を強靭な肉体で以て受け止める。
 対する真介も反撃を行おうとしたが、外から鳥篭内への攻撃は通らないと聞いていた。牽制にすらならないと感じた真介は鳥篭に入ることが先決だと思い直す。
 同じく、火岬・律(幽蝶・e05593)も一刻も早く篭に侵入すべきだと仲間を誘った。
 時は金成り。永遠に近い無駄と浪費。そう思うと多少はヴァルキュリア達に同情を抱いてしまう。しかし、それも律の訪れで決着がつくはずだ。
「……楽しい事、良い事とはどのような事ですか。お聞きしても?」
「それは勿論、思いきり戦えること!」
 律が問いかけるとトヒュユユは嫌味のない笑顔で答えた。
 鳥篭の扉まで、あと少し。霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)は自分達が内部に入るまでに数撃が見舞われると察し、トヒュユユに呼び掛ける。
「そこにいたのなら外がどうなってるかとか知りたい事もありますわね? お話をしたいのであれば攻撃は控えてもらえると嬉しいですわっ」
「どうして? 戦いながらでもお話はできるよ」
 だが、その程度で攻撃の手が緩むことはない。何故なら敵はケルベロス達のグラビティ・チェインを欲しているからだ。
 されど敵の意識を此方に向けさせるという狙いは上手く巡っている。
 夕雨は更に気を引こうと考え、オルトロスのえだまめ共に敵を見据えた。
「長い間ひとりで暇していそうなトヒュユユさんの為に、私たちが楽しい余興を披露しに参りましたよ!」
 ――そして、今からあなたを殺します。
 そう告げた夕雨に続き、蒼月やちさが鳥篭との距離を詰める。
 一瞬後、盾役としての務めを果たすべく先陣を切ったドールィが扉に手をかけた。
「不憫に思わなくもないが、定命を守る者としてお前達を野放しにする訳にはいかねェな。不死のお前に死を贈ってやるぜ」
  憐情はあれど相手は自分達とは相容れぬ存在。
 せめてもの情けは永遠の牢獄から解放してやること。故に敵を屠ると決めた番犬達は鳥篭の扉を潜り、此処から巡る戦いへの思いを抱いた。

●笑顔の狂気
「贈り物を考えてきてくれるなんて嬉しいな。でもね、必要ないよ」
 ごめんね、と軽く舌を出したトヒュユユはケルベロス達を瞳に映す。彼女は再び弓を構えて侵入者に矢を向けた。
 前衛に狙いが定められたと気付いた律は、来ます、と注意を呼びかける。
 内部に入り込むまではドールィが攻撃を受け続けていた。だが、敵は此方を待ち受けていた形になる。庇う隙は与えられず、鋭い一閃が櫻子を襲う。
「これは……手痛いですね」
 直撃を受けてしまった櫻子だったが、すぐに体勢を立て直して桜龍殲滅斬を見舞い返した。古龍が浮かび上がり、桜吹雪が辺りに舞う。
 しかし敵は少しも堪えておらず、櫻子の傷は深かった。そのことに気付いたちさはウイングキャットに声をかけ、癒しを願う。
「エクレア、お願いしますわ。他の鳥篭の対応に向かってる皆様とも協力してここは押さえさせて戴きますの」
 翼猫が清浄なる翼を広げ、ちさは攻勢に移る。流星めいた蹴りでトヒュユユを穿ったちさは、今ですの、と仲間に連携合図を送った。
「ああ、俺達の出来る限りを尽くそう」
 ちさの声に応えた真介は精神を極限まで集中させ、爆発を巻き起こす。
 鳥篭の中で弾けた衝撃は敵の態勢を少しばかり崩した。
 その隙を突いた律は呪により視覚を制御する。蒼き螺旋の眩みが世界を紫に変え、九曜の調べとなって巡っていった。
 其処に好機を見出した蒼月は竜槌を振りあげる。
「でも釧路にこんな所あったんだね~、他にもそういう所あったりして?」
 一つあったら何十カ所も、と想像した蒼月に対してトヒュユユは特に反応を見せない。閉じ込められていた彼女が知る由もないかと感じ、蒼月は竜砲弾を打ち出した。
「君は考えを巡らせることが得意なんだね。わあ、そっちの君の武器はすごく格好いい!」
 素敵、と笑ったトヒュユユは軽い身のこなしで射撃をかわす。
 夕雨は自分の得物が褒められたのだと気付き、どうも、と軽く頭を下げた。
「トヒュユユさんこそ愛くるしくて素敵です」
 交わす言葉こそ穏やかだが、夕雨は間髪入れず雨粒めいた炎弾を解き放つ。降り注ぐ炎を避けようとした戦乙女は楽しげにステップを踏んだ。
 悪意などないように見えるその姿に、辰乃は苦悶の表情を浮かべる。
「やはり、やりづらいものですね」
 己に言い聞かせてみても、どうしても彼女と自分達が違うものだとは思えなかった。無論、頭では理解しているが心が追い付いていない。触れ合う種族が多くなればなるほど、自分は弱くなっていくようだと辰乃は感じていた。
 しかし、顔をあげた辰乃は仲間を支える為に紙兵を散布してゆく。
 その間に棗が属性の力を施し、えだまめが神器の瞳で敵を睨み付けた。ドールィも攻撃に移るべく、両足に纏う地獄の力を増幅させる。
 同時に敵も弓を掲げ、全力を込めた鋭い矢を放った。
 防御は間に合わないと感じたドールィは敢えて一撃を受け、すぐさま腕に刺さった矢を引き抜く。痛みが駆け巡ったが、表情には出さなかった。
「よく狙え。俺の心臓はここだぜ」
 射撃手の心を煽るように自分の胸を示し、ドールィは地面を蹴った。勢いのままに宙返りを決めた彼は猛烈な蹴り上げで反撃を叩き込む。
 続いた律は癒しも兼ねた鼓舞の爆発を起こし、仲間に加護を与えていく。そして、律は敵に疑問を投げかけた。
「死者の泉を発見した事が、それだけの罪だったんでしょうか? ――貴女方は、他に何かされたのでは?」
「うーん、もう忘れたよ。随分と昔のことだからね」
 するとトヒュユユは何でもないことのように、にこやかに笑む。
 そのとき、辰乃は或ることに気付いた。真介も同様の可能性を思い浮かべたらしく、二人は無言のまま視線を交わしあう。
「もしかして――」
 これまでトヒュユユは此方の攻撃を受けても苦しむ様子は全く見せなかった。此方への敵意も異様な程に感じられない。
 其処から辰乃が導き出した答えを悟り、真介は続きを口にする。
「苦しいという感情すら忘れているのか」
「それって、つまり……」
 蒼月は思わず驚き、瞼を瞬かせた。
 おそらく永劫とも呼べる時間を鳥篭の中で過ごさざるを得なかった彼女の心は、既に壊れている。悲しみは勿論、苦しみすら摩耗してしまった現状、ただ『いいこと』を感じる精神だけが残ったのだろう。
 櫻子とちさも複雑な感情を抱き、夕雨も静かに首を振る。
「もし、そうなら……悲しいですね」
 ケルベロス達の言葉を聞いた戦乙女は首を傾げた。そして、不思議そうに此方を見つめたトヒュユユは先程と変わらぬ調子で微笑みを浮かべ続ける。
「ねえ、どうしたの。苦しいってなあに? 悲しいって、どういうこと?」
 無邪気な戦乙女から向けられた問いに、すぐに答えられる者は居なかった。

●楽しいこと
 其処から戦いは巡り、激しい火花が散った。
 正確な一矢によってケルベロス達の体力は徐々に削られている。トヒュユユは未だ平然としていたが、相当なダメージが蓄積しているはずだ。
 櫻子は更に攻撃に専念し、律や真介も敵の力を奪い取っていった。
 その間にちさは懸命に仲間を庇い、エクレアが癒しに回る。夕雨やドールィも状況を的確に判断しながら守りに徹する。
 辰乃は盾になってくれている仲間を癒す為、霊薬を仕込んだ弾に魔力を込めた。
「貴方に罪などないのかもしれない。それでも、」
 真っ直ぐにトヒュユユを見つめた辰乃は、終焉を与えてみせると誓う。
 だが、今回は未だ敵を倒す訳にはいかない。
「皆、そろそろ抑えていこう!」
 蒼月は敵の体力が危ういと感じ取り、仲間に呼び掛ける。鋭利に変形させた刃で敵を斬り裂きながら、蒼月は周囲の鳥篭を見遣った。
 遠くに見えるレギンレイヴの戦場ではまだ死闘が繰り広げられている。逃走や敵の強化の懸念がある以上、仲間の合図が来るまではトヒュユユを倒してはいけない。
「持久戦になりそうですが、一緒に全力を尽くしますよ」
 夕雨はえだまめに声をかけ、身構える。
 律も攻撃を止め、この機にトヒュユユと会話を試みようと考えた。
「思い出した事はありませんか? 今の私達でなら理解出来るかもしれませんよ?」
「お兄さんは何だか頭が良さそうだね」
 しかし、トヒュユユはにこにこと笑うだけ。
 駄目みたいだな、と肩を竦めたドールィは癒しの力を紡ぎ、敵の出方を窺った。次の瞬間、ドールィは敵の狙いが櫻子に向かっていると気付く。
「庇いきれないか。注意しろ、来るぞ!」
 敵の動きは素早く、自分では守りに入れないと察したドールィは声を荒げた。
「そのグラビティ・チェイン、貰っちゃうね」
「――!」
 瞬刻、解き放たれた矢が櫻子の身体を真正面から貫く。あまりの衝撃に耐えきれず、櫻子は声すら上げられずに倒れ伏した。
 一瞬で意識を奪われた彼女は自力では動くことが出来ない状態だ。
「拙いな、避難させよう」
「任せて!」
 咄嗟に真介が駆け寄り、仲間を持ち上げる。蒼月も大きく頷き、鳥篭の扉をひらいた。追い縋ろうとするトヒュユユをちさが抑え、その間に真介が櫻子を籠の外へ放り出す。
「もう少しで殺せたのに」
「そのようなことは絶対にさせませんわ!」
 ちさは残念がるトヒュユユを確りと見つめた。他班からの合図が来るまでは手出しが出来ず、耐久勝負となるがもう誰も倒れさせはしない。
 ちさの決意を感じ取ったドールィは頷き、周囲の様子を窺った。
 それから幾度か攻防が巡る。
 仲間達は防戦に徹し、敵からの矢を受け止め続けた。既に全員の息が上がり、限界も近い。しかし、そんなときだった。
「来ました、照明弾です」
 他班からの撃破合図があがり、夕雨が仲間に伝える。ドールィは拳を握り、此処からが本番だと敵を見据えた。
「最期くらい、派手な喧嘩にしてやろうじゃねェか」
「ずっと我慢してたからね。狙い定めて~っ。皆行っちゃえ!」
 猛烈な蹴りを見舞いに駆けたドールィに続き、蒼月も影から幻術の猫を呼び出す。律も攻撃に入り絶空の斬撃を放った。敵を急な展開に驚いたらしきトヒュユユは対応しきれず、それらの攻撃をまともに受けてしまう。
「すごいね、君達は強いよ」
 楽しい、と戦乙女は口にした。ちさは不思議な複雑さを覚えたが、同情を覚える暇はないと己を律する。
「貴女が楽しいとおっしゃるなら、私達が最期まで付き合ってさしあげますわっ」
 エクレアが尻尾の輪を飛ばし、ちさが蹴撃を放ったことに続き、辰乃も棗を伴って駆けてゆく。狙うのはただひとつ、トヒュユユの撃破だけ。
「多くを救うために、私達は此処に来ました」
 救えるものを救いたいと思うのは傲慢なのか。己の中での疑問は尽きなかったが、辰乃は今だけは迷わないと決めた。
 そして、棗の体当たりと共に辰乃が放った弾丸が敵を貫く。
 真介は次が終焉を齎す一撃になると悟り、負の感情を魔力として織り上げた。
「永遠に牢獄に囚われるのは終わりだ。お前はここで散っていけ」
 解放された一閃は、敵の胸に向かって真っ直ぐに飛翔する。身構えるも既に遅く、矢となった魔力は標的を射抜いた。
 血が溢れ、戦乙女はその場に膝を突く。
 だが、死を間際にしているというのにトヒュユユは微笑んでいる。
「ふふっ……最期に、楽しいことがあって、良かった――」
 心から紡がれたらしき言の葉が零れた刹那、その身体は力なく崩れ落ちた。

●崩壊と終焉
 トヒュユユの姿は幻のように消失し、戦いは終結する。
 他の鳥籠も凡そが勝利を収めているらしく、古のヴァルキュリアによってエインヘリアルが大量に生み出されるような惨劇は防ぐことが出来ただろう。
 辰乃が安堵を覚えたのも束の間。
 閉じ込めていた対象を失ったからか、突如として牢獄の空間が歪み始めた。
「何だ、この違和感は」
「どうやら空間が崩れてきているようですね」
 真介と律は逸早く異変に気付き、仲間達に危機を報せる。蒼月も頭上を振り仰ぎ、あれは流石に危ないかも、と身震いした。
「本当だ。さっさと帰ろう!」
 この場所について調べてみたかったが、今は怪我人もいる。
 夕雨はちさに手伝いを願い、気を失ったままの櫻子を運ぶ手筈を整えた。
「行きましょう。えだまめは殿をお願いします」
「心配はいりませんわ。帰ったらしっかり手当てをしますからっ」
 ちさは仲間に声をかけ、出口に向かって踏み出す。主の命を受けたえだまめは最後尾を守る為に後ろにつく。
 ドールィも勇敢なオルトロスに並び、自らも共に殿を務めようと心に決めた。
「ほら、無事に帰るまでが異空間だ」
 仲間達を勇気付ける言葉をかけながら、ドールィは最後に一度だけ振り返る。
 崩れ落ちていく鳥篭。崩壊する空間。
 乙女達を捕え、狂わせていた空間はやがて完全に消え去るのだろう。きっとこれで良かったのだと感じ、仲間達は牢獄を後にした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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