湿原の牢獄~殺戮公グレゴワール

作者:吉北遥人

「先に言うけど、長い話になるよ……。釧路湿原で事件を起こしていた死神――テイネコロカムイの撃破に成功したって話は、もう聞いているかい?」
 ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)が切り出した話題は、最近起こった大きな事件のうちの一つだった。
 釧路湿原へ向かったケルベロスたちはテイネコロカムイを撃破し、またテイネコロカムイの目的が牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させる事であったことも掴んだ。
 幽閉されているのはレギンレイヴ――死者の泉を見つけ出したとも伝えられる古のヴァルキュリアと、その軍団であるという。
「気が遠くなるほど長い時間幽閉されていたレギンレイヴは、世界の全てに対する復讐を目的としているらしい。彼女が解き放たれれば大変なことになる。例えば『多くの一般人が殺されて、その魂からエインヘリアルが生み出される』みたいな、ね。もっとも、釧路湿原での勝利のおかげで、レギンレイヴたちがすぐに地上に出てくる危険はなくなったんだけど」
 だが、テイネコロカムイが脱獄した前例が示すように、この牢獄も完全ではない。牢獄の破損などで脱出を許してしまう恐れは充分ある。
 そうでなくとも、他のデウスエクスに見つかり利用される可能性も考えられる。
「だから先に手を打つ。みんなで牢獄を制圧するんだ」
 テイネコロカムイの撃破時に手に入れた護符。これを利用すれば、牢獄のある場所へと移動できる。
 移動先には、四十以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いており、それぞれに一体のヴァルキュリアか死神が幽閉されている。
「『鳥篭』に幽閉されている側は当然、外に出る事はできない。だけど外から来たキミたちなら自由に移動できるんだ。要するに流れはこう――みんなはテイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移。その後、攻撃目標とする『鳥篭』に移動して内部に潜入。幽閉されている敵を撃破、という具合だね」
『鳥篭』の外から内部へは一切攻撃できないため、まずは内部に潜入しなくてはならない。
 一方、『鳥篭』の中から外へは、威力は大分弱まるものの攻撃が可能なようだ。
 そのため敵の『鳥篭』への潜入に手間取れば、その間攻撃を受け続けてしまう。
 もしも複数体のデウスエクスに集中攻撃を受けるようなことがあれば、威力が弱まっていたとしても耐え切れないかもしれない。
「そこで分担ってわけさ。チームごとにそれぞれ一体の敵を担当して、その相手を挑発するように近づく。そうして自分達を攻撃するよう仕向けるんだよ」
 そして今この場に集ったケルベロスたちが狙うデウスエクスの名は、殺戮公グレゴワール。
 髑髏風のマスクと大剣を携えた、死霊騎士然とした出で立ちの死神だ。
「脱出に必要なグラビティ・チェインを奪うために、敵はキミたちを本気で殺しにかかる。決して油断しないで」
 戦闘不能や危機に陥った仲間を狙われないよう、牢獄の外に撤退させるなどの工夫も考えておく必要があるだろう。
「デウスエクス自身も少量ながらグラビティ・チェインを持ってる。倒した敵のグラビティ・チェインがほかのデウスエクスに奪われたり、また逆の場合もあるかもしれない」
 より安全を期するなら、他チームが敵を撃破するのとできるだけ同じタイミングで仕留めるのもいいだろう。幸い、牢獄は外部から内部を確認できるので他チームの戦闘状況を知るのも容易い。
「グレゴワールの性格を利用すれば、戦闘をある程度は思うように運べるかもしれない。とはいえ、過信は禁物。心してかかってね」
 キミたちが立ち向かうのは、伝承に名を残す軍団なのだから。


参加者
ルナ・リトルバーン(月下の剣士・e00429)
戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
毒島・漆(旅団民ファースト・e01815)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
ルナール・クー(煌炎・e10923)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)

■リプレイ

●鳥篭
 テイネコロカムイの牢獄から一歩降り立ったとたん、濃密な殺意がケルベロスたちに迸った。
 殺意は無数のグラビティと化して降り注ぐ。減衰されながらも無視できぬ威力で殺到するそれらを弾き、撃ち落とすのは、ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)たち先頭を走るディフェンダー陣だ。護り手が先行する布陣で、ケルベロスたちは矢の如く目的の牢獄へ向かう。
「……ぞっとするね」
 中空に浮かぶ数多の牢獄……『鳥篭』と称されるそれらに、月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)の麗貌に嫌悪が差す――空も風も奪われるなんて、生きる甲斐も何もない。
 おぞましい光景を斬り捨てるように、黒翼をはためかせてイサギが刀を一閃。飛来してきていたグラビティが爆散する。舞い散る爆炎の下、毒島・漆(旅団民ファースト・e01815)の砲口が持ち上がった。狙う鳥篭はただ一つ。そしてそれは、牢獄を飛び出す前からすでに捕捉している。
 発射された轟竜砲は狙い通りの軌道をたどり、鳥篭の外表面に命中した。着弾箇所をわずかに焦がした砲撃に、鳥篭内に立つ死神の口の端が上がったのが、遠く見える。内側にまったく影響を与えられなかったことを嗤っているのだろう。
 だがそれは目論見通りだ。
 目的の死神の矛先がこちらに向くのを感じながら、八人は鳥篭の下まで到着した。戦地を走破しながらも、陣形はほぼ乱れていない。戦場ヶ原・将(ビートダウン・e00743)のように、足並みを揃える意識を持つ者がいたのも一因かもしれない。
 地を蹴って、ダリル、漆、館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)たちが鳥篭に跳びつく。形状、構造ともにテイネコロカムイの牢と同じため、扉の発見は容易かった。だが扉を開けるまでの隙を、敵が見逃すはずもない――。
 鳥篭の外壁に空の霊力が炸裂した。
 ルナ・リトルバーン(月下の剣士・e00429)が放った陽動の絶空斬に、死神はやや気を取られたようだった。それでもディフェンダーたちに闇色の光弾が飛ぶが、覚悟していた以上の威力はない。クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)、ルナール・クー(煌炎・e10923)らに背中を守られながら、ディフェンダーたちが鳥篭内にまろび入る。
 素早く身を起こす三人の目に映ったのは、ただ広いだけの、透明な壁と床を有した牢獄。
 そして大剣を提げ持つ青白い肌の死神――殺戮公グレゴワールだった。

●宿敵
「――く、くくっ、はーはっはっはっは!」
 用心深げに侵入者を見返していたグレゴワールの口からあふれたのは、あからさまな侮蔑を含む笑声だった。
「何者かと身構えてみれば、ゴミが八匹か。よもや貴様ら、たかだかその程度の頭数でこのグレゴワールを殺せると思っていまいな? 笑い殺すのがせいぜいよ」
「その程度? いえ、充分ですね」
 全員が侵入するまであと少しかかる。背後の扉を意識しつつ、ダリルは煽るように笑いかけた。
「どうです、そのまま笑い死んでみるというのは。こちらとしても楽に済んで助かるのですが」
「図に乗るなよ、ゴミが……」
 嘲るような響きはそのまま、グレゴワールの声調が低まった。その顔が髑髏の仮面に隠れる。
「この機を逃す余ではないわ。まずは貴様らから、余の脱出の贄としてくれる!」
 言い放った直後、グレゴワールの大剣が風を巻いて旋回した。
「!」
 禍々しい音をあげて迫る蒼く波打つ剣を、詩月は籠手を掲げて防いだ。重い剣圧に、普段あまり動かぬ詩月の表情が緊張に強張る――速い。やはり、とても回避できるような攻撃じゃない。
 そう判断したときには、詩月は籠手を傾けていた。大剣が耳障りな擦過音をたてて籠手から斜めに滑り落ちる。
 巧みに受け流された大剣が透明な床面を砕いたのは、漆が照準を完了するのと同時だった。
(「本気で殺しにかかる、ですか……」)
 前情報の通り、敵の斬撃にはこの上ない殺意がこもっている。それだけ脱獄を切望しているのだ。
 だが、本気なのはこちらも同じ。
「殺られる前に殺ってやりますよ……!」
 轟音。大剣を床に突き刺した姿勢のグレゴワールに、横合いから竜砲弾が突き刺さる――瞬前、凄まじい速度で大剣が引き抜かれた。
「はっ、ぬるいわ!」
 轟竜砲を相殺した斬撃は衝撃波となって、ディフェンダーたちに襲いかかった。ダリルが展開した鎖の魔法陣をも突き破り、見えざる刃と拳のように三人を切り刻み、打ち据える。
 衝撃波によろけたのは一瞬。だがその一瞬のうちに、大剣を振りかぶったグレゴワールは詩月に再び肉薄していた。
「死ねぃ!」
 甲高い音が響いた。だがそれは殺戮剣が獲物の頭を砕く音ではない。飛来した白銀の刃が大剣の峰に衝突し、斬撃の軌道を逸らしたのだ。
「何奴だ!」
「……醜いな」
 必殺を邪魔されて吼えるグレゴワールに、扉の前に立つ、銀雪華を放った人影――イサギは心から残念そうなため息をこぼした。
「籠の鳥なら可憐な乙女であってほしかったよ」
「よう旦那、ご機嫌麗しゅう。俺たちが誰かって?」
 その脇を走り抜けたのは将だ。助走の勢いをそのままに跳躍する。
「あんたを殺りに来た刺客さ!」
 オープン・ザ・ゲート! フューチャライズ!――開戦宣言する将の旋刃脚は、跳び退るグレゴワールの胸甲を浅く削るにとどまった。しかし、着地した将に悔しがる様子はない。これで仲間への追撃を阻めたからだ。
「ディフェンダーからの突入で正解だったね」
 わずか一、二分の間に受けた仲間の負傷を見て、クリムが杖を掲げた。前衛を守るように雷電が格子状の壁を作り上げる。
 そしてその間に、二振りの扇が背後から、グレゴワールの首へと迫っていた。鋭い風鳴りに、グレゴワールがとっさに床を蹴る。
「あら、申し訳ございません」
 紙一重で斬首を逃れた敵手に、ルナールは丁寧な口調で謝罪した。いたずらを見つかった子どものように少し舌を出す。
「次はその首、きちんと刈り取りますわ~」
 ルナールの扇に剣呑な輝きが散った。再び風を裂いた鉄刀扇が大剣と衝突し、グラビティの火花が散る。
「――ルナ様、今です」
「!?」
 ルナールと斬り結ぶのに手一杯だったグレゴワールに、別方向から突如膨れあがった殺気に対応するのは不可能だった。
 蹴撃は鎧の上からグレゴワールに重いダメージを与え、吹き飛ばした。だがさすがは歴戦の死神と言うべきか、すかさず身を起こして襲撃者を見据える。
「グレゴワール……! ついに見つけたぞ!」
 ルナの瞳には鋭い眼光が宿っている。刀の切っ先がグレゴワールに――かつて自分から全てを奪ったデウスエクスに、ひたりと据えられた。
「父、母、姉さんの無念を晴らしてやる!」
「何を言い出すかと思えば」
 砕けた床が逆再生のように自動修復していく。その音がやけに大きく聞こえる中、髑髏面の奥から返ってきたのは嘲弄の響きだった。
「くだらん。殺したゴミのことなぞいちいち知らぬわ!」
「だったら思い出させてやる――いや、忘れたままでも構わない」
 鳥篭の一つから打ち上がった輝きがルナの横顔を白く染めた。レギンレイヴ班の戦闘開始を知らせる照明弾だ。
「ただ俺は、お前を討つ!」
 踏み込んだルナと立ちあがったグレゴワールの間で、互いの刃がその存在意義を主張した。

●宿願
「シャッ!」
 鋭い呼気とともにルナを弾き返すと、グレゴワールの掌上に闇色の塊が浮かび上がった。腕のひと振りで、それは無数に分裂しながら前衛に牙を剥く。
 幾重にも巡る雷の障壁が阻むが、滅殺怨霊弾の多くはそれを食いちぎってくる。炸裂する怨霊弾の爆風に装束をあおられながら、詩月が即席式符を織り上げた。
「ずっと僕ばかり狙っているね……」
 会敵した際に目をつけられたのだろう。そのせいで即席式符を多用することになっていた。怨霊弾の毒は雷壁がカバーし、また式符の効果で盾が重なるので悪いことばかりでもなかったが、負傷の蓄積がそろそろ脚にきている。
「――痛みがあるなら大丈夫だ、私に任せて」
 トン、とクリムの杖が床に突き立った。触れた箇所を起点に光が拡がり、防護結界が構築。癒しの光芒が詩月に直射し、傷を急速に塞いでいく。
「させぬわ!」
 畳みかけようと駆けるグレゴワールを咎めるように、鉄刀扇がぱちりと鳴った。
「鬼さんこちら 手の鳴る方へ……余所見はヤ、ですのよ」
 ルナールの金瞳が、鮮やかな赤に染まる。
 同時に彼女の周囲からおびただしい数の鴉が飛び立った。闇鴉が鳴く(ジェノサイドレイブン)――この鳥篭が棲みかであるように舞う鴉の群れは、意思持つ黒雲がごとくグレゴワールに殺到する。
「ぬうっ……!」
 大剣を振り回してグレゴワールが跳躍した。黒の奔流を脱するや、詩月に跳びかかる。このとき漆が旋刃脚で割り込まなければ、ケルベロス側は一人、退場を余儀なくされたろう。
 ざっくりと肩を裂かれた漆が膝をつくが、クリムの回復がすぐに流血を抑える。一方、グレゴワールは戦いによる損耗が目立っていた。殺戮剣による吸収があるとはいえ、持久戦を踏まえて回復で耐え凌ぐケルベロスたちの方が継戦能力は勝る。
 そして攻勢をかける瞬間を将は見逃さなかった。
「フューチャーカード、ライズアップ!」
 いや、すでにこの機を見越していたという方が正しい。卓越したカードファイターは常に先を読み、盤面を掌握する。絶好の間合いでカードをドローした将に重なったのは、眩い輝きを放つ竜――。
「イルミナルセイバー……ドラゴンッ!」
 光のブレスは大波濤となってグレゴワールを呑み込んだ。熱線が鳥篭を突き抜けて消失したとき、グレゴワールは大剣を盾のように構え仁王立ちしていたが、やがて力なく崩れ落ちた。
「こんなゴミどもに、余が……」
「良いザマではないですか」
 遠くレギンレイヴ班の戦闘も、見たところ決着が近い。合図はまだだが、こちらも決めにかかるのが、タイミング的にベストだろう。全身を灼かれて弱りきったグレゴワールに、いつでも大鎌を振り下ろせるよう構えながらダリルが慎重に近づく。
「……見逃してくれ」
 グレゴワールの懇願はか細いが、明瞭だった。
「ここの脱出は諦める……貴様らの邪魔もせん。だから、命だけは……」
「その手には乗りませんよ。第一、私たちに何のメリットもないのではお話しに――」
「『死者の泉』」
 命乞いをあしらいかけたダリルの動きが、ぴたりと止まった。シルクハットの下の表情が硬くなったのを知ってか知らずか、グレゴワールが囁く。
「貴様らにとっては謎の一つだろう……もし見逃してくれれば、余が知るかぎりの情報をくれてやる。これでは対価として不足か?」
「それは……」
 理性が落ち着けと叫ぶ。だが喪失した自らの記憶に関わる言葉に、心がざわつくのを抑えられない――大剣が跳ね上がったのは、その葛藤の最中だった。
 まだそんな力が残っていたのか。大剣が肉を貫き、噴き出た血が床を叩く。だが貫かれたのはダリルの心臓ではなかった。
「仕留め損ねたか。まあいい!」
 寸前でダリルを突き飛ばしたイサギを、大剣の先にぶら下げ、グレゴワールは嗤った。弱った演技をやめ、勝ち誇るように言い放つ。
「まずはこやつから葬り、糧としよう。なに、死者の泉の話はしてやるぞ。貴様らの死体に、たっぷりとな」
「――卑怯卑劣、上等じゃないか殺戮公」
 久方ぶりの補給を確信するグレゴワールに水を差したのは、これから始末されるイサギ本人だった。
「なんだと?」
「誹る気はない。私は『斬っていい物』の態度に揺らぐ純粋な心を持ち合わせていないからね――ここならば、存分に斬れる」
 斬撃と絶叫はほぼ同時に起こった。
 二刀に両腕を斬り落とされ、グレゴワールが血走る眼でイサギを睨む。大剣が腹に深く刺さったまま横たわるイサギの口元には、深い微笑が刻まれていた。
「このっ、狂犬めが……!」
 癇に障る剣士の頭を潰そうと、グレゴワールは脚を振り上げた。もはや戦闘能力を失った我が身だが、死に損ないを殺すだけなら問題ない。それからグラビティ・チェインを吸収すれば両腕も再生できる。そのあと残りも全員始末し、この牢獄を脱出する。
 そう、脱出だ。断じて、こんな場所で朽ち果てるために遥かな時を生きてきたのではない!
「余は殺戮公グレゴワール! 誰にも我が行いの邪魔はさせぬ!」
「いいや、お前はここで終わりだ!」
 激しい体当たりに、グレゴワールが壁に叩きつけられた。転倒を免れた殺戮公の正面で、ルナが刀を肩に担ぐように構える。
「おいてけよ、その首」
 ――グレゴワールが咆哮した。猛然と駆けてくる死神に、ルナも地を蹴って迎え撃つ。加速する両者が間合いを潰し合い、衝突――高々と血が噴き上がった。
 拳のない腕が、ルナの肩を抉ったのだ。刀を持つ手がだらりと下がる。だがそのときにはルナもまた渾身の一撃を繰り出し終えていた。
「バ、バガな……」
 甲冑組討・散華――真っ二つに割られた髑髏面の下から、驚愕に目を見開いたグレゴワールの顔が現れた。
「ご、ごノ、グレゴわールがっ……ゴミごどギに……ッ!」
 ごぼごぼと血反吐まじりに呻いた死神の首に赤い線が走った。その頭部がずるりと落ち、床に一度跳ねてから肉体もろとも塵と化したように消滅する。
 二度目の照明弾はそのすぐあとに打ち上がった。

●決別
 鳥篭の外では異変が起こっていた。
 空が、いや空間そのものがねじれ出している。この歪みが続けばどうなるか――具体的にはわからずとも、察しはつく。
「すぐに脱出しよう」
 クリムの呼びかけに全員が即応した。皆が多少の傷を負ったままだが、治療は後回しだ。特に負傷の大きい詩月、イサギ、漆に肩を貸しつつ、扉へ向かう。
「父さん、母さん、姉さん……」
 扉から出る途中、ルナが小刀をそっと引き抜いた。無事動く手でしっかりと握り締める。
「ついにグレゴワールを討ち果たすことができました、俺は……私は、やっと……」
 閃いた小刀が、ルナのツインテールを結び目から切り落とした。反対側でも、もう一閃。
 長いが女っ気の薄い、こげ茶色の髪。風に預けるように、ルナはそれを手放した。
 髪はまとまったまま風に吹かれていたが、やがて突風にほどけ、そして見えなくなった。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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