釧路湿原でサルベージ事件を起こしていた死神――テイネコロカムイの撃破に向かったケルベロス達が、無事任務に成功したようだと、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は顔を綻ばせて皆に告げた。
「更にテイネコロカムイの目的が、グラビティ・チェインを略奪し、牢獄に幽閉されている仲間を脱獄させる事であったことも判明したんだ」
――牢獄に幽閉されていたのは、死者の泉を見つけ出したとも伝えられる古のヴァルキュリア・レギンレイヴと、その配下の軍団だ。そして、悠久とも言える時間を幽閉されていたレギンレイヴは、世界の全てに対する復讐を遂げようとしている。
「……彼女が解き放たれれば多数の一般人が殺害され、その魂からエインヘリアルが生み出されるような、大変な事件が起こってしまうかもしれない」
新たな危機の到来にエリオットは顔を曇らせるが、それでも知り得た情報を皆に伝えていく。テイネコロカムイが撃破された事で、レギンレイヴ達が直ぐに地上に出て来る危険はなくなった。しかし、テイネコロカムイが脱獄していたように、この牢獄も完全では無い。
「例えば、何らかの理由で牢獄の壁が壊れて、レギンレイヴ達が解き放たれる可能性もあるし……或いは彼女たちの存在を、他のデウスエクスが発見して利用しようとする可能性も否定出来ないんだ」
特にエインヘリアル勢力が、彼女の力を手に入れてしまえば、その勢力を一気に拡大させることになる。故にこれらの危険を未然に防ぐためにも牢獄を制圧し、幽閉されているヴァルキュリアと死神たちを撃破しなければならないのだ。
「デウスエクス達が幽閉されている牢獄へ向かい、これを撃破する……厳しい戦いになるけれど、手段ならあるから大丈夫」
エリオットが言うには、テイネコロカムイを撃破した時に手に入れた護符を利用すれば、牢獄のある場所へと移動することが可能なのだそうだ。其処には40以上の牢獄が『鳥篭』のように浮いており、そのひとつひとつにデウスエクスが幽閉されている。
「牢獄に幽閉されている者は、この『鳥篭』の外に出る事は出来ないみたい。でも、牢獄の外から来た皆なら、外を自由に移動することが可能だよ」
なのでケルベロス達は、テイネコロカムイが幽閉されていた『鳥篭』に転移した後、其々が攻撃目標とする『鳥篭』に移動して内部に潜入――幽閉されている敵を撃破することになる。
「注意して欲しいのは、鳥篭の外から内部への攻撃は一切不可能なこと。その為、内部に潜入するまでは此方から攻撃を行うことは出来ないんだ」
――しかも厄介なことに、鳥篭の中からは威力は大分弱まるものの、攻撃が可能なのだ。その為、敵の鳥篭の中に潜入するのに手間取れば、その間に攻撃を受け続けてしまう恐れがある。
特に、特定のチームが幽閉されたデウスエクス達に集中攻撃を受けるようなことがあれば、威力が弱まっていたとしても耐え切れないかもしれない。
「そこで皆には、チームごとに其々1体の敵を担当して貰おうと思うんだ。そうして、その相手を挑発するように近づいて、攻撃を自分たちに向けさせるように工夫して欲しい」
これにより、特定のチームが集中攻撃を受ける可能性を減らせる筈――そう言ってから、エリオットは皆が戦う敵について説明を行った。
「皆に担当してもらうのは、死神のひとり――マリア・ネットと言う、聖女の如き姿をした存在だよ」
――神を騙り生と死を弄ぶ彼女は、偽りの聖女と呼ぶに相応しいか。まるで磔のように四肢へ金糸を絡めた死神は、操り人形の如く獲物を翻弄し、自由を奪っていくことだろう。
「そして彼女たちは、この牢獄から脱出するためのグラビティ・チェインを求めていて、例え戦闘中であってもケルベロスを殺してグラビティ・チェインを奪い取るチャンスを狙っているから……本当に、気をつけてね」
戦闘不能になった仲間――或いは、危機に陥った仲間が出たら、牢獄の外に撤退させるなど殺されない為の工夫が必要かもしれない。幸い牢獄の外は安全なので、戦場に放置しない限りは大丈夫だと思うが――。
「……死者の泉を発見した、古のヴァルキュリア達。しかしその心は、悠久の幽閉を経て狂気に塗り潰されている」
――最早、言葉は届かないだろう。レギンレイヴを主と仰ぐ死神ともども、牢獄から出す訳にはいかない――永遠の苦しみを終わらせるべく死を与えて欲しいと、エリオットは血を吐くような想いで告げる。
「それが出来るのは、地獄の番犬であるケルベロス――皆しかいないから」
参加者 | |
---|---|
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020) |
バーゲスト・ファーニバル(墓下狂葬曲・e00285) |
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
四辻・樒(黒の背反・e03880) |
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557) |
筐・恭志郎(白鞘・e19690) |
紗夜宮・夏希(ハピネスシーカー・e29696) |
●鳥篭の牢獄
釧路湿原の牢獄――其処には、死者の泉を見つけたレギンレイヴら古のヴァルキュリアと、彼女を主と仰ぐ死神たちが幽閉されていた。しかし、数千年もの間牢獄に繋がれていた彼女らの心は、既に絶望と憎悪によって変質し――今は、世界の全てに対する復讐に支配されていると言う。
「すこしでも、みんなが、傷つかずに済む為、作戦なら……」
湿原の死神、テイネコロカムイの護符を使って牢獄へと転移したハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)ら一行は、他の班と一斉に作戦を展開するべく其々が戦う敵の元へと駆け出していった。
「良い知らせをもって、ワーズワース卿のもとへ、帰れるように、頑張りましょう」
無垢な花弁が零れるように、ハンナの唇は確かな希望を紡ぐ。自分たちケルベロスに未来を託した、ヘリオライダーの皆に応える為にも――深く澄んだ少女の青髪が、闇色の牢獄を鮮やかに彩る中で、バーゲスト・ファーニバル(墓下狂葬曲・e00285)は心の奥深くに仕舞い込んでいた記憶を、そっと取り出していた。
(「神様、ええ……神様が居ると一度は信じた俺は、本当に馬鹿です」)
灰皿たっぷりに溢れた煙草の吸殻が、そっと紫煙を燻らせる――その向こうに見えるのは、幼い姉弟を優しく迎え入れる神父の姿。けれどその顔は、焦がされたように塗り潰されて、輪郭すら判然としない。
「……神様なんて、居ないのに」
「鳥篭……こんな寂しい場所で長年、過ごしていたのですか」
一方のリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は、時の流れすら凍り付いたような牢獄の光景を見渡して、藍の瞳に隠しきれない悲哀を滲ませる。誰からも顧みられる事無く、己の存在を消されながらも生き続ける――それはリコリスに、父に隠され母と共に過ごした家を思い起こさせた。
(「……いえ、此処は、あそこではありませんね」)
ゆっくりとかぶりを振って過去を打ち消した彼女の近くを、金の糸が踊るように走り抜けていく。――どうやら自分たちの攻撃対象は、此方に狙いを定めてくれたらしい。威力は落ちるとは言え、鳥篭の内部から放たれる攻撃の矢面に立ち挑発をするのは、筐・恭志郎(白鞘・e19690)ら盾役の仲間たちだ。
「聖女様――救われず囚われ続けるのは、貴女が偽りなのか、神様なんて居ないのか……どちらです?」
偽りの聖女を模して神を騙る死神、マリア・ネット――喧噪の中でも、その恭志郎の問いかけは真っ直ぐに彼女の元へ届き、死神の聖女はうっとりとした声音で救済を語る。
「いいえ、救いの時は訪れました。生贄の羊がこうして自ずからやって来てくれたのです……これが神の思し召しでないと、どうして断言出来ましょう」
――故に神は居るのです、と偽りの聖女は上品に微笑んで、獲物を引きずり込むべく糸を手繰った。鋭利な操り糸が恭志郎の頬を掠めるが、それでも彼は歩みを止めずに鳥篭目掛けてひた走る。
(「3分経過……あと、少し……!」)
やがて目の前には、死神の囚われた鳥篭が迫り――ゴシック調の装飾が施された篭の扉に、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)が手を掛けた。そのまま彼女は身体を滑り込ませ、マリア・ネットの初撃を不敵な笑みを浮かべながら受け止める。
「御機嫌よう、聖女様。さぁ、居もしない神に祈るのはやめて、私たちと踊っておくれ――」
豪奢な巻き毛を揺らしたヒルダガルデは、恭しくも芝居がかった様子で一礼をして。その後ろに続くのは、優雅に讃美歌を口ずさむ月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)だった。初めにことばがあった、と――聖書の一節を囁いて顔を上げた彼女は、お祈りの時間のはじまりだとばかりに、手にした銀槍で地面を叩いて合図を送る。
「灯が籠の中に囚われていたら、持って帰って独り占めするのだが。聖女様じゃな」
「ははっ、お前の鳥篭でなら歌ってあげるのだ」
と、灯音の隣に音も無く寄り添った四辻・樒(黒の背反・e03880)は、幽閉されていたマリア・ネットを見つめて皮肉気に肩を竦め――そんな相棒に灯音もまた、ごくごく自然に愛の言葉を返していた。
「……鳥篭に囚われた聖女様、か」
一方の紗夜宮・夏希(ハピネスシーカー・e29696)は、樒と灯音の麗しい姿に眼福を得ていたりもしていたのだが、それでも死神と向き合ってきっぱりと断言する。
「本物の聖女様だったら、ここから出してあげたい所なんだけど……残念ながら、君はちょーっとあたし好みの聖女様じゃないかな」
普段から可愛い女の子が大好きと公言している夏希だが、お調子者の一面が目立つ中で、その根っこの部分には熱く燃える心を宿しているのだ。
「あたしがエスコートできるのは、外へじゃなくて、終焉へ――」
そうして、剣を構えると同時に魔術の詠唱にも取り掛かった夏希は、死神の糸になど絡めとられたりはしないと、皆を鼓舞するように声を張り上げた。
「――その糸、あたし達が断ち切ってみせるよ!」
●死神と番犬の人形劇
豪奢な鳥篭に囚われた偽りの聖女――十字架から垂れ下がった糸に身を任せるその姿は、死神に魅入られ死した後も操られる、非情な運命を体現しているかのよう。金の茨と操り糸に導かれて、鳥篭で繰り広げられるのは生と死の歪んだ人形劇だ。
「……全ては神の名の元に。あなたがたは神の子です。神の名の元に、奪いなさい」
鳥篭へ飛び込んできた、勇敢にして無謀なる者たちへ慈しむように囁いてから――マリア・ネットの指先が翻り、聖女の操り糸がケルベロスの四肢を拘束する。
自由を奪い同士討ちを目論む死神であったが、それは予知で事前に知り得たこと。ならば一行は、彼女の罠に囚われないよう、確りと対策を取って戦に身を投じていった。
「聖女マリア・ネット……貴女があくまで神の存在を語るのなら、俺は貴女が偽りであると断じましょう」
鳥篭に向かうまでに負った傷を、裂帛の気合によって塞いでいった恭志郎が、淡く柔らかな光を纏う護身刀――白綴を握りしめて告げる。その間にも樒と灯音は素早く視線を交わし、ジャマーとしてのお互いの役割を確認しつつ一気に飛び出した。
「灯は状態回復。私は行動阻害だな」
「もちろん解ってるのだ。愛してるよ、相棒?」
ふたりが離れるその瞬間、灯音はそっと樒に微笑みかけ――直後、表情を凛々しく一変させてから星辰の剣を閃かせる。
「汝が星は我が足元に、力貸せ――」
地面を滑る剣先は守護星座を描き、星々の聖域は後方の仲間たちに加護を与えていった。何より死神のもたらす催眠に備える灯音に合わせ、樒は標的の体力をじわじわと削るべく、指先から影の弾丸を放ってその肉体を侵食させていく。
「はは……死神の聖女様を屠れるのであれば光栄だ。ほら――」
――私の蹄は重いぞ、と。杖を手放したヒルダガルデの身体が踊り、地獄の蒼炎を纏う獣の右脚が、重力を宿した痛烈な蹴りを繰り出した。ゆらりと十字の操作盤に吊られた死神の身体が傾いで、燃えるような赤に染まったドレスの裾が儚く翻る。
「主は、こんな醜い所業、御許しにならないわ」
敬虔なる聖騎士として、誠に遺憾であると――天の御使いを思わせる気高き翼を羽ばたかせ、ハンナはその身に纏う金色の魂の欠片を燃え上がらせた。
(「どうか、力を貸して……」)
想い人からの贈り物は、共に見た聖夜のタワーの輝きを宿しているかのよう。そして彼女の掌から撃ち出された気咬弾は、まるで邪悪なるものを何処までも追い詰めていくかのように、光の尾を引いて標的に喰らいついていく。
(「クラッシャー、わたしひとり……だから、頑張らないと」)
皆の中ではハンナが攻撃の主軸であり、持久戦に入るのなら撃破出来る寸前まで持ち込むのは、早い方が安心だと彼女は判断する。嗚呼、と聖女を前に吐息を零すバーゲストは、神を騙る存在に騙され、大切な人を奪われた過去を思い出しているのだろうか。
(「……それでも、過去に終焉を。同じ悲劇を繰り返す訳にはいきませんから」)
収穫形態へと変化した植物が、瞬く間に黄金の果実を実らせて――バーゲストはその聖なる光で、仲間たちの進化を促した。そうして状態異常への耐性を付与していく間にも、マリア・ネットの操る茨が鳥篭の中を荒れ狂うが、それすらもリコリスが極光の紗を張り巡らせて治癒と浄化をもたらしていく。
「人々を守る為、此処で全てを終わらせましょう」
儚げな彼女の相貌を彩る、白の彼岸花――それには、ただ一人を想うと言う、一途な花言葉が何よりも相応しいように思えた。そんな仲間たちの援護を受けつつ、後方より狙いを定める夏希が放つのは、古代語による恐るべき石化の魔法だ。
「とりあえず、考える前につっこむよ! あたしの戦い方は、やっぱりこれだと思うから!」
――徹底した、敵の状態異常への対策。特に同士討ちや敵へ回復を行う催眠への早めの対処もあって、一行はマリア・ネットの厄介な攻撃を上手く凌いでいた。例え耐性などで防ぎきれない異常が蓄積されていったとしても、リコリスや灯音、恭志郎にバーゲストらが手分けして回復に対応――不慮の事故に備える。
(「守り重視の戦法ですが、焦りは禁物ですね」)
祈りを捧げつつ戦況を窺うバーゲストは、死神に引導を渡してやりたい気持ちを抑え、『その時』が訪れるのを待ちながら牙を研ぎ澄ませていた。
速攻で片をつけられる布陣で無いのは、撃破のタイミングを他と合わせる為でもある。グラビティ・チェインを奪った一部の敵が、牢獄を脱出してしまう可能性――特にレギンレイヴを逃がす訳にはいかないと、一行は彼女の撃破とタイミングを合わせて死神に止めを刺そうとしていたのだ。
「聖女とは……誰もが触れるのを躊躇う程に穢れたものにも微笑み、手を差し伸べる者。決して命を弄ぶ者に許される称号ではないと、私は思います」
普段の楚々として控えめな物腰とは違い、リコリスは確りとした口調で自身の想いを吐き出す。彼女の背を押したのはきっと、かつて己が受けた迫害の記憶だったのだろう――出自を蔑まれ続けた自分に、それでも微笑みかけてくれた者が居たのであれば、その者こそがきっと――。
「さぁ、たんと喰らいやがれ」
リコリスの御業によって鎧を纏ったヒルダガルデは、黒鉱石の戦鎚を砲身に変えて、零距離から竜砲弾を叩き込んだ。十字の糸が紡ぐ狂奏すら、彼女はニヤリと笑ってタイトロープを渡るように越えていき――死神が足取りを鈍らせた其処へ、空の霊力を帯びた樒のナイフが一閃する。
「夢もなく、怖れもなく。光も無く、十字架も無く、神も無い」
訥々と紡がれる言葉は、彼女なりの祈りなのか。微かに口角を上げたその頬に聖女の血が飛び散って、樒の相貌を凄艶に彩っていった。
「……私には灯だけでいい」
●神様の居る場所
回復手段を持たないマリア・ネットはじわじわと追い詰められていき、彼女に蓄積された状態異常は確実にその身を蝕んでいった。大分弱ってきたな、と様子を観察していた樒は、過剰な攻撃に注意するよう仲間に合図を送り――それでも死神は、最後まで足掻こうと獲物に襲い掛かる。
「――っ!」
金糸に貫かれ、四肢を拘束された夏希が悲鳴を呑み込んで。けれど彼女は星辰の剣を振りかざし、偽りの聖女の傷跡を一気に斬り広げていった。
「……あたしはまだ全然未熟で、死ぬかもしれない戦いは怖いよ。でも、仲間が死ぬのはもっと怖いから!」
――だから犠牲者が出そうになったら、最後の手段を取ることさえも覚悟していた。そんな夏希に恭志郎は穏やかに微笑むと、溜めていた気力で彼女の傷を癒していく。
(「俺には神様が居るかどうかなんて、分からないけど……。生と死――一度は踏み越えてしまったこの身でも、まだ守れるものはあるから」)
怪物に屠られた筈の肉体、その内には陽炎のような地獄の炎が揺らめいていて――それは、傷ついて尚戦う恭志郎の意志に応えるように、ゆらゆらと燃え上がって偽りの聖女を滅ぼそうと動いた。
(「まだ……まだ、よ。きっと、もうすぐ……」)
死神の限界もそろそろの筈と見て取ったハンナは、あと一歩まで追い詰めるべく、水龍に力を乞い清流の守りに身を任せる。聖寵カタリナの名のもとに――細剣に姿を変えた鏡の如き水は、何処までも深く深く標的を刺し貫いていった。
「わかっていても、見えないのなら、止められはしない」
がくりと膝をつくマリア・ネットの純白のドレスは、今やどす黒いまでの血に染まり――撃破が近いと悟った樒は、皆に攻撃を停止するよう声を掛ける。
「大丈夫、本物の神様がついてますよ」
レギンレイヴ撃破の合図まで回復を続けることにしたバーゲストは、真意の読めない口ぶりでそう呟き――けれどその祈りは、何時か貴女に届く様にと願う切実な響きを伴っていた。
「皆様の命を……あなたには、奪わせません。傷も戒めも、全て癒しましょう」
――そして、確かな決意と共に皆の命を預かるリコリスの姿は、上辺だけを繕った死神の威光を完全に消し去る。最早、死神の抵抗も虚しいばかり――撃破を待つ間にも、その身を蝕む毒と炎によって、マリア・ネットの生命は限界まで削られていったのだ。
「よし……合図だ」
牢獄内に打ち上げられた照明弾を見上げた灯音は、無事レギンレイヴが撃破されたと知ってそっと胸を撫で下ろした。予想より時間がかかったようだが、これで後は此方も死神に止めを刺すのみだ。
「さて、聖女様。神様とやらの御許にお帰りになる準備は出来ましたか?」
慇懃な口調でゆっくりと樒が死の宣告を行うが、最後の抵抗と聖女の金糸が彼女に襲い掛かる。――しかし、それすら予測済みだと言わんばかりに、囮となったヒルダガルデが庇って隙を作りだした。
「ざぁんねん、見誤ったな」
――ファーニバル卿と、その時ハンナの瞳が揺れる。止めをと盾になる恭志郎が告げて、夏希も元気よくバーゲストの背中を押した。
「格好良く決めちゃって!」
そう、死神との戦いにバーゲストが決着をつけて欲しいと言うのが皆の願いであり。彼はそっと仲間たちに頷いた後、黒の残滓を操り聖女を捕食しようと手を伸ばした。
「どうやら貴女の騙る神は、助けてくれないらしい……それでも。貴女の逝く末に、神の御加護がありますように」
漆黒の狼の如く襲い掛かった残滓に、マリア・ネットは呑み込まれ――そして最後に残ったのは十字の首飾りのみ。それを手にしたバーゲストは、有難う御座いますと安堵の笑みを零した。
――やがて牢獄の空間が歪み、静かに崩壊が始まっていく。聖女人形の魂の浄化と、大切な友人の無事を祈りながらハンナが駆け出すと、灯音は樒の手を握りそっと囁いた。
「樒……帰ろう」
作者:柚烏 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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