湿原の牢獄~籠の畜生道

作者:あき缶

●釧路の奥へと
 テイネコロカムイ撃破という朗報に湧くヘリポート。
 そこに、続報を持って香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)が小走りにやってくる。
 テイネコロカムイによるデウスエクスサルベージの目的は、グラビティ・チェインを奪って、仲間を脱獄させること。
 牢獄に居る彼女の仲間とは、古のヴァルキュリア軍団とその信奉者たる死神である。
 古のヴァルキュリアは、世界のすべてを憎み復讐を企んでいる。仮に彼女らの脱獄が成功してしまえば、大量の人々がエインヘリアルに変えられてしまうだろう。
「脱獄される前に行くで、追撃や!」
 テイネコロカムイの撃破で、古のヴァルキュリアの脱獄は喫緊の事案ではなくなった。しかし、脱獄の可能性があるならば、潰しておきたい。
 彼女らを利用するデウスエクスが出て来る前に――。
 テイネコロカムイの護符があれば、死神たちの牢獄へと移動できるという。
 そこには鳥籠めいた牢獄が四十余り。
「檻の中には、一体ずつ、ヴァルキュリアか死神が幽閉されとる」
 牢獄の『囚人』は、もちろん檻から出ることはできない。しかし、ケルベロスは牢獄への出入りが自由なようだ。
「護符によってワープする先は、テイネコロカムイの牢獄やから、皆は自分の標的の檻まで徒歩で潜入してや」
 牢獄は、外からの攻撃の一切を拒むという。しかし、中からの攻撃――つまり、囚人からケルベロスへの攻撃――は、かなり減衰するものの届くという。
「めっちゃ弱まっとるとは言え、長々四十以上のデウスエクスから一方的に撃たれ続けとったら、流石の皆もヤバいと思うんよ」
 故にケルベロスに求められることは、チームごとに別れ、各個撃破を狙うこと。
 そして、どこか一つのチーム(たとえば、古のヴァルキュリアの将、レギンレイヴを狙うチーム)に、囚人からの攻撃が集中しないように、標的を挑発して、ターゲットをこちらに向けさせること。
「さっさと目当ての牢獄に入ってしもて、ぱぱっと倒す! これが一番やね」
 いかるの説明はいつも大雑把である。
 今回、いかるが標的として提案するのは、「畜生道」の房という男死神だ。
 犬の獣人めいた和装の美丈夫である。
 攻撃方法もウェアライダーに似ているようだ。また、御業に似た攻撃も出来る。
 彼の性格は凶暴かつ残忍で、粗野かつ好戦的……挑発はそこまで難しくはなかろう。
「死神が欲しいものは、脱獄のためのグラビティ・チェインや。せやから、君らを『殺す気』で向かってくる。君らの豊富なグラビティ・チェインが欲しいからな」
 もし、戦闘不能などになってしまったら、牢獄の外に出してやらねば、いかなケルベロスであっても生命が危なかろう。
 久遠の時を幽閉され続けた囚人たちは、既にマトモな精神状態ではないと想定される。
「まともな会話とか説得とかは無駄やで。やつらの中身は既にぶっ壊れるからな」
 いかるの目は底冷えしていた。


参加者
犬江・親之丞(仁一文字・e00095)
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)

■リプレイ

●冥界宇宙のかごめかごめ
 暗いような、それでいて眩しいような。
 テイネコロカムイの鳥籠に転移したケルベロスは、宇宙の真ん中のような世界を見回し、形容し難い様相に言葉を失った。
「一体、此処は誰が何の目的で……」
 エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は思案にふけりかけ、それどころではないと頭を振る。
 怨嗟の声が聞こえる。
 ここから出せと訴える死神やヴァルキュリアの声は狂気を孕む。久遠の時を幽閉されて彼らの精神はもはや限界を越えているのかもしれない。
 宝来・凛(鳳蝶・e23534)は己の地獄の由来を思い出し、眉をひそめた。
「……あんな地獄は、二度と御免。脱獄なんて、人の命を食いものにしようなんて、絶対許さへん」
「目的の籠ってどれかな……」
 シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)が周囲をキョロキョロと見回していると、
「あれだ。少し遠いが、急ぐぞ」
 冷静に瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)は、自分たちが討つべき死神の籠を指摘した。
 灰が指差す先の鳥籠には、果たして『畜生道』の房が入っている。
「そ、それじゃ、い、いきましょっか……」
 おどおどと相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)は仲間たちを見回した。
 異を唱える者など居るはずもない。
「んじゃ、ま。せいぜい挑発気張るとしますかぁ」
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)はそう言うと、テイネコロカムイの檻から飛び出した。
 両側を、エレと灰が囲む。ディフェンダーは二人、移動盾になるに十分な人数とは言い難い。
 周囲のケルベロスもそれぞれのターゲットにむけて、走り始めた。ならば友軍に余計な攻撃が及ばないように努めなければならない。西水・祥空(クロームロータス・e01423)と凛は声を張り上げた。
「畜生道……あなたの性根ならば、餓鬼道のほうがお似合いでは」
「畜生道よか犬畜生って感じやねぇ、房! 粗暴なワンコは今に黙らせたるわ、覚悟しや」
 ほぼ同時の叫びだが、きちんと混じらずに『畜生道』の房の耳に届いたらしい。
 次の瞬間、咆哮の衝撃が祥空らに届く。
「畜生道だか餓鬼道だか何道だかしらねーが、どーせ、例に漏れずの死体漁りが趣味の陰険ヤローなんだろ? 安全な檻の中で胡坐かいて粋がってたってなーんも怖かないね!」
 ダレンがニヤニヤと笑い混じりにがなると、籠から怒り狂った絶叫が返ってくる。
 一方的に投げつけられる焔は、歩みを止めるほど痛いわけではないが、『痛くも痒くもない』と強がれる程微細な傷でもない。
「籠の中は快適か? そんなところじゃ餌もなくて腹が減るだろ。囚われる様な奴には狩りも出来そうにないな」
 灰がせせら笑い、
「こ、こうしてワンワンさんが檻の中に入っていると、封印とか、囚人よりも、猛犬みたいですね……。だ、だ、脱走しようとしちゃう、いけないわんわんさんは、め、めっ! ですっ!」
 愛が必死につっかえながら挑発すれば、
「ええ。檻の中とは、まるで飼い犬のようですね。飼い犬なら、従順に飼い主を待っていればいいんじゃないですか? ……嗚呼、躾が出来ていない犬ッコロでしたか。これは失礼しました!」
 と受けるエレの言葉――挑発なんて行儀の悪いことは慣れないので若干のぎこちなさはあったが――に続き、
「僕は、犬江家の犬江親之丞! ――お前なんかに、食べられたりしない!」
 犬江・親之丞(仁一文字・e00095)の大音声による名乗りが響く。
「そうそう。あなたなんかに食べられたりしないんだからね!」
 んべーっと舌を突き出し、下瞼を押し下げてみせるシエラを、透明な腕が締め上げる。
「あううっ……」
 籠のせいでだいぶ希釈されたまじないだが、彼女が感じる痛みは確かなものだ。
 五分ほどの疾走、敵からの攻撃を受け続けながらも、ようやくケルベロスは『畜生道』の房が入る籠にたどり着く。
 さあ、檻へと入ろうとしたケルベロスを、容赦なく死神の全力が襲ってくる。
「ははは、飛んで火に入る夏の虫だなあ!」

●籠の中の犬畜生
 飛びかかってきた『畜生道』の房は、その鋭い爪を親之丞の喉笛に深々と突き立てた。
「散々おちょくってくれたんだ……。その報いはグラビティ・チェインの献上でしか許してやれねえなあ……!」
「あ、ぐうううっ」
 親之丞は千切れそうなほどの激痛に顔を歪める。檻によって減衰していたときの攻撃力とは段違いだ。
 ケルベロスは檻に入ることで精一杯で、庇いに行くことも回復してやることも今は敵わない。
 親之丞は頭痛すらしそうな激痛の中、それでも必死に『畜生道』の房の手首を握りしめ、睨みつける。
「僕を食べてみろ、悪逆非道の死神! ごほっ。僕が、一族の無念ごと斬り捨ててやる!」
 積年の犬江の想い……その悲痛を晴らさんと親之丞は喉にこみ上げる血すら厭わず叫ぶのだが、当の死神は片眉を跳ね上げ、肩をすくめる。
「はぁ? 何の話だかなあ……何せここに入って長いんでね。てめえらみてぇな虫けらの話なんざ忘れっちまったぜ」
「っ」
 ようやく態勢を整えたケルベロスが、これ以上親之丞を害させまいと反撃を開始する。
 愛の“威圧する”ラハンが轟咆をあげる。
「ちっ」
 よろめいた死神を、続けてダレンの刃が足元を掬う。
「おーっと、生まれつき手癖がワルいもんでね?」
「ハ……てめえから殺されたいらしいな……」
 睨み合う美丈夫二人。
「我等こそは地獄の番犬。錨を巻き上げ、第五の牙を解き放て」
 祥空の静かな詠唱によって、膨れ上がるクロームシルバーの焔が、親之丞を包んで癒やす。
「ッ……」
 グラビティを使った反動に祥空は軽い目眩と一瞬の頭痛を覚えて呻く。だがこれ以上死神の好き勝手にさせはしない。
 続いてエレが柘榴石を握りしめる。彼女の手から赤い光が前衛めがけて放たれる。
「友愛の力を秘めし、実りの石よ。……真実の光持ちて、加護を打ち砕け!」
 同時に暗い檻の中を淡く光る白い羽が舞う。エレの肩にとまるウイングキャットのラズリが羽ばたいたのだ。
「いっくよー」
 シエラは舞踊のように檻を蹴り、華麗に死神に迫る。突き立てた人差し指が気脈を断つ。
 灰と、彼の頭上に鎮座するサーヴァント夜朱は親之丞を癒やすことに専念する。なにせあの『畜生道』の房を最も倒したいのは親之丞だ。彼が早々に倒れることだけは避けたいのだ。
「本能に忠実なのはややこしい事言ってくるのより相手をしやすくて大変好ましいが、誰一人お前には喰わせてやらねぇよ」
「躾のなってへん狂犬は、檻の中がお似合いや。このまま此処で、果てて貰うで」
 凛の時空を凍りつかせる銃弾が、サーヴァントの瑶のリングが、死神を強かに打つ。
 バトルオーラを練り上げ、親之丞はオーラ弾を放った。
 それをはたき落とし、陰陽を一つにしたような獣死神『畜生道』の房は怒り心頭の顔をしてみせる。
「決定だ。お前ら全員俺が喰らう。五体満足で帰れると思うな!」
 同時に遠くから照明弾があがる。レギンレイヴとの対決が始まったようだ――。

●夜明けの晩の春幻想
(「時間はかけなきゃならない、長引かせてもならない……色々と難儀な戦いになりそうだぜ」)
 ダレンはレギンレイヴの籠の様子を伺いながら独りごちる。早々に倒して、他の死神の脱獄に役立てられてはならないから、死神の撃破タイミングを合わせることにしているが、『畜生道』の房の力は生半可なものではない。全力でかかるわけにもいかないというのが苦しいところ……といいたいが、死神の攻撃の痛烈さ故に、半数が回復に専念することになって、結果的に遅滞戦闘という形になっていた。
 レギンレイヴ戦は長引きそうな様相を見せている。
(「うまくいってないみたい……。でも、引き伸ばしてこっちがやられちゃったら意味ないよね……」)
 シエラはむーと眉を寄せる。
 死神は各個撃破していくことにしたらしく、執拗に親之丞を狙ってくる。なんとかディフェンダーであるエレや灰、夜朱が庇うのだが、それも全部の攻撃を庇ってやれるわけではない。
 回復は全ての傷を癒せるわけではない。
 長期戦を狙うならば、もう一人メディックがいてもよかったかもしれないし、攻撃を散らせるような方策があってもよかっただろう。
(「せやけど、なるべくトドメは親之丞クンに……」)
 凛が思うように、やはり因縁がある者がケリをつけるべきだというのがケルベロスの共通認識である。
「ある日ある時、臆病なネズミさんが最初で最後の勇気を出しました」
 愛が召喚した鼠が死神に食らいつきに行く。
 重ねに重ねた足止めは、『畜生道』の房を既に檻に縫いとめている。
 臆病な鼠の割にその牙は深々と突き立った。
 絶叫しながら死神は鼠を振り払う。
「ふざけた真似を! 捻り潰してやらぁああ!」
 怒りに任せた死神のまじないが、親之丞を絞め殺そうと殺到する。
 それを灰が前に飛び出して庇った。
「がはっ……ぐ、う」
 五臓六腑が溢れ出しそうな苦しみの中、それでも灰は笑ってみせた。
「……言ったろ、誰一人お前には喰わせてやらねぇって……」
 がくりと倒れた灰。
「は、阿呆が! てめえから食うだけだ!」
 畳み掛けるように死神が二発目のまじないを灰に差し向ける――が、主を庇ってウイングキャットがまじないを相殺するように消滅した。
「けっ……忠犬ならぬ忠猫か……。つまんねえの」
「やっぱり躾が出来ていない犬ッコロでしたね!」
 鼻白む『畜生道』の房に、エレの怒りの雷槌が炸裂する。
「よくやったぜ、あんた」
 ダレンがそっと檻の外へと灰を運んでやる。
「さって……そろそろ幕引きの時間だぜ」
「うん……。合図はまだこないけど……仕方ないよね!」
 シエラは、戻ってきたダレンの言葉に頷くと、ふぅわりと春を思わせる舞踏をはじめる。
 場にそぐわないほどの麗しい踊りは、暗い世界に花畑の幻想を描き、ひらりひらりとのどかにそよぐ風は可憐な花弁を届けてくる。
「咲き乱れ、歓びうたえ、春の花よ――」
 しかしあっという間に花弁は嵐となって大量にうねり、死神を飲み込んでいく。
 春の生命の息吹こそ、死神の弱点だったか、『畜生道』の房は桃色の怒涛の中で藻掻いた。
「餞別は地獄への片道切符――アンタには命やのうて、この忌わしい炎と死をくれたげる」
 凛は赤い胡蝶を掌から、闇へと舞い上がらせる。
「さぁ――遊んどいで」
 ひらりひらりとシエラの生み出した春の幻想の中を飛ぶ赤い蝶々は、不意に花の渦から飛び出した犬畜生の手にとまり……花ごと火柱に変えた。
「ギャアアアッ」
 聞くに堪えない絶叫の中、祥空は何度めかの頭痛を耐え、親之丞に思いを託す。
「さあ、決めてきてください。彼を死の牢獄へと入れる時です」
 祥空が幾重にも包んだクロームシルバーの炎は、親之丞の五感を鋭く鋭く研ぎ澄ましていた。
「奴は――此処で僕が終わりにしなくちゃならない」
 頷いた親之丞は一対の斬霊刀を構えた。
 桜の幻影の中、親之丞は剣を閃かせ、火柱へと飛び込んだ。
「花開け――犬江流二刀術、深緋繚乱花――!!」
 犬江一族の無念を、犬江一族が脈々と受け継いできた二刀術にて断つべく。

●崩れた後ろの正面の
「ビシっと決めて来たな」
 と親指を立ててみせるダレンに、
「うん、終わらせた……僕が……」
 肩で息をする親之丞は頷いた。
 親之丞の背を祥空が支える。何度もヒールはしたが、彼に蓄積しているダメージはかなりのものだ。
 敵の死亡を確認したケルベロスが安堵の息をついてしばらくした時、二発目の照明弾が上がった。
「レギンレイヴが倒れたみたい」
 シエラが嬉しそうに呟く。
 だが歓喜に湧く時間はないらしい。
「崩れます!」
 エレが叫ぶように、空間が次々に崩壊していく。
「て、てったーいです!」
 愛が慌てて檻を飛び出す。目指すはテイネコロカムイの籠だ。
「せやな。皆、レギンレイヴも、永い苦しみは、これで終わりよ」
 凛は一度だけ後ろを振り返ると、あとは脇目も振らず灰を支えながら、愛の背を追った。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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