湿原の牢獄～鳥籠の中の棺

■リプレイ

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　八年程前、軍人である父が死んだ。
　街を守る為に最期まで勇敢に戦ったと人々はいった。
　……不思議と涙は出なかった。
　そして、あの時から、私――僕はケルベロスとして生きる事を決めたのだ。

　ここ数年来、トート・クロイツァー（アインザッツベライト・e32832）にとって、戦場は日常の延長にあった。彼女の青春の多くはデウスエクスとの戦いの為に費されてきたのだ。
　そして今も彼女は仲間たちと共に戦場に居た。そこは総勢３５０名以上のケルベロスによるデウスエクス掃討作戦の渦中であった。
「先生と共闘かあ。こりゃ多少無茶しても安心だな」
　鼻先を掠めるグラビティもなんのその。いつもの軽口を叩いてみせるレイ・ゲントナー（緋色の番犬・e35243）に隠岐・陽一（無銘の医師・e35863）が反応する。
「馬鹿言え、無茶して死んだらぶっ殺すぞ？」
「うっへえ、ソイツは勘弁だ。てかそこは殺させないーとか言う所じゃねえ？」
「……レイ、骨は拾ってやるから安心しろ」
　追い打ちをかけるようなラヴィニア・リアーレ（青く輝く雷の如く・e34324）の呟きに、レイはニヤリと笑みを浮べて言葉を続けた。
「墓にアップルパイを頼むわ。ま、どうせなら生きて食いたい所なんでね。意地でも死ねないなこりゃ？」
　戦場で交わされた気心知れた仲間同士のやり取り。その傍でゼレフ・スティガル（雲・e00179）はその銀の瞳を周囲の戦場へと走らせた。
　戦場には果ての見えない漆黒の空間が広がっていた。頬を撫でる風、大地の匂い、太陽の光と熱、これまでどんな過酷な戦場にあろうとも、彼と共にあったものは何も無かった。
　そんな何も無い空間に自分の熱が奪われていくような感覚を感じていたゼレフであったが、ふと右手から温かい熱を感じ目を落とす。
　右手首には藤色のリボンが巻かれていた。
「……うん。ちゃんと帰るから、大丈夫だよ」
　誰にとも無く呟いたゼレフは力強くその足を前へと踏み出していった。

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　突如として現れたケルベロスたちに、鳥籠の中の死神、バンデは戸惑いを見せていた。
　すると、死神の耳に突然甲高い声が聞こえた。
『ねエ、見て。半端ナ見た目の死神がイるワ！』
　見れば遠く闇の中に溶け込むように真っ黒な服の女が死神を見ていた。女の名はヨル・ヴァルプルギス（グノシエンヌ・e30468）。魔女を名乗るケルベロスであった。
　目を伏せ無表情に佇む魔女の手には可愛らしい３体の人形があった。
『あんナ半端な死神の家族モ、きっト半端者ニ違いないワヨ！』
　腹話術の一種なのだろうか。甲高い声に合わせて人形たちがバンデをおちょくるように揺れ動く。その耳障りな声は喧騒に包まれた戦場にあって、不思議と鮮明に聞こえてきた。
　カッと頭に血を昇らせたバンデがヨルに向かってグラビティを放った。しかし、その一撃は魔女に届く前に爆発四散する。
　驚く死神の視界に、爆発の中からエナ・トクソティス（レディフォート・e31118）が姿を見せた。そしてエナはドワーフである自身の小柄な身体よりふた回りは大きいと思われる巨大なガトリングガンの砲門を死神へと向けた。
「鳥籠から放たれたいのでしたら、お手伝いしましょう。行き先は、地獄（ゲヘナ）の底ですが」
　けたたましい銃声がエナの冷たい声を掻き消すように鳴り響く。放たれた銃弾は鳥籠に当たりかき消えるが、死神の目を自分たちへと向ける事には成功していた。
　バンデから怒りに任せて放たれるグラビティをかい潜り、ケルベロスたちは死神を挑発しつつ鳥籠へと肉薄する。その先頭を齢１０歳のセラフィ・コール（姦淫の徒・e29378）が駆けていた。
「この空間ってどうなってるんだろ？」
　足元へと向けた目は、あどけなさの残る愛らしい顔からは想像もつかない聡明な光を帯びていた。それにしても何とも不思議な空間であった。この空間がどういったものであるのか、セラフィは自分なりの仮説を立ててみたがそれを裏付けるには情報が足りな過ぎる。
「まずは目の前の敵を倒すのが先だよね」
　気を取り直し、隣を走るトートへと目を向ける。バンデを睨むトートの顔にはどこか張り詰めているような雰囲気があった。
（「ここはぼくたちでフォローしてあげないとね」）

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「うわっ！？」
　鳥籠の中へと侵入したセラフィが慌てて横に飛びすさると、死神の放った鎖が彼のいた場所を通り過ぎた。
　続けて鳥籠の中へと入ってきた闖入者たちにバンデは敵意の目を向けた。
「手荒な歓迎でございますね。改めまして、ケルベロスでございます」
　ヨルが恭しく頭を下ると、その肩に摑まっていた黒猫のウイングキャット、ケリドウェンが彼女の周りを守るように飛び回った。
「君がバンデかい……。日本語では絆という言葉になるのかな？」
　警戒を強めるバンデにトートが一歩前へと足を踏み出す。
「よく言ったものだよ……死神が」
　同時に無数の鎖が死神から放たれた。
　ケルベロスたちは即座に散開し、バンデへの攻撃を開始する。
　バンデへと近づくゼレフに鎖が襲いかかる。１撃、２撃とその鎖を切り抜けたゼレフが長柄の曲刀『白夜』を振り抜こうとした瞬間、その刀身に蛇のように鎖が巻きついた。
「Intercept―――」
　それを確認したエナが腕を前に突き出す。その腕に覆いかぶさるように砲門が出現し、鎖に素早く弾丸を浴びせていった。
「助かったよ。これなら――『炮烙（ストラフ）』」
　『白夜』の刀身が熱を帯び、吹き出した炎が鎖を弾き飛ばす。ゼレフがさらに刀を振るうと、炎が鎖のように絡み合い、逆に死神へと襲いかかっていった。
「ヨッシャア、続けていくぜ！」
　鎖の圧力が弱まったのを見てとり、勇んだレイがバンデへと向かっていった。
「あの馬鹿……ラヴィニア、オレから先に発動する！　しっかりと先生についてこい」
　陽一の声にラヴィニアがコクリと頷いた。
「わかった、母様……」
「我が元に集え、母なる118柱の源よ――『賢者ノ秘薬（サージュ・エリクシール） 』」
　陽一が最前線の仲間を援護すべくグラビティの詠唱を開始するのに合わせ、ラヴィニアも杖を持ち直し意識を集中させていった。

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　ヨルの身体を死神の鎖が貫く。ガクリとうな垂れたヨルの手から人形がこぼれ落ちた。
『アララ、ヤられちゃっタの？』
『カ哀相なヨル。こンナ所で一人デ野たレ死ぬノネ』
「いいえ。全て等しく、死と絶望のパレードを……カタストロフィで御座います」
　魔女の全身から黒い瘴気のようなものが噴き上がり、地面に転がった人形たちがカタカタと動き出した。
「『復讐の炎は地獄のように我が心に燃え（ニュクスアリア）』」
　魔女の身体から噴き出した那由多の怨嗟がバンデを呑み込んでいった。
「うわー、グロイ。ま、アブノーマルなのも嫌いじゃないけどね」
　目の前の凄惨な光景にもケロっとした顔のセラフィが追い打ちとばかりにブラックスライムを撃ち込んでいった。
「空気は重いし、早く仕留めて帰りたいのが本音だけどねー」
「どうなることでございましょうか？」
　ため息をついたセラフィの隣に、いつの間にか元気なヨルの姿があった。２人が敵に対して行ったのは【毒】の付与であった。
　さらにゼレフの炎を纏った刀、レイの毒を含んだ手裏剣が死神へと放たれていく。
「あんまし性に合う戦い方じゃねぇんだけどな」
　レイが苦笑いを浮かべた。こういった搦め手よりは馬鹿正直に殴り合う方が好きだとその顔は如実に物語っていた。
　しかし。
「Wrench Off ―――『SpiralBlaster』」
　エナが漆黒の重力球を次々と死神へと着弾させると、発生した重力の渦がバンデの傷を大きな引き裂き、与えたバッドステータスを増加させていく。
　彼らの攻め方は搦め手を主体としたもので、長期戦を見越したものであった。
　そしてそれは完全決着を目指す為の布石であるとも言えた。

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「どういうつもりだ？」
　満身創痍のバンデが問い詰めるような鋭い目をケルベロスたちへと向けた。
　ここまで果敢に向かってきたケルベロスたちの攻撃が突然止んだのだ。
「さあねー？」
　おちょくるように言ったセラフィに鎖が直撃し大きく吹き飛ぶ。宙に投げ出された小さな身体が力なく落下していくのを、慌ててゼレフが受け止めた。
　ゼレフの腕の中でセラフィはグッタリと気を失っていた。両腕にかかる少年の意外なまでの軽さが、セラフィが神をも殺すケルベロスであると同時に、まだ年端のいかない子どもである事をゼレフに痛感させた。
　さらにセラフィに向かって鎖が放たれるも、その一撃はトートによって阻まれた。
　トートはすかさずボクスドラゴンのツヴァイヘンダーにセラフィの退避を指示すると、死神へと向き直った。バンデの背中の棺桶に目を向け、強く拳を握り締める。
「……これ以上、お前たちに何も奪わせはしない」
　トートの瞳にはおし秘めた胸の内が滲んでいた。
　エナがバンデに向かって牽制の弾丸を放ち、素早く周囲に目を走らせた。
「合図は……まだみたいですね」
　あと何分戦えるか。エナは冷静に戦況を分析していく。セラフィ以外にも限界の近い仲間が多数いた。攻撃のリソースを回復へと向ける事で回復量自体は十分に確保出来ていたが、長期戦となった事で回復不能なダメージの蓄積が深刻であった。
「ここからが正念場だ。やれるなラヴィニア？」
　陽一の言葉にラヴィニアはコクリと頷き、仲間たちを守る盾の加護をさらに重ねていった。
　苦しい状況であるがそれでもここまで持ち堪えられたのは、序盤からラヴィニア、陽一、トートらの回復を主体として動いていた仲間がダメージ軽減を意図した対策を続けてきた事が大きな要因といえた。

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「オイッ、しっかりしろ！」
　敵の攻撃で地面に倒れたラヴィニアにレイが慌てて駆けつける。
「命に別状は無い、退避はアヤノに任せる」
　淡々とした陽一の声。頭に血が昇ったレイが食ってかかろうと陽一の方を振り向く。
「先生……」
　一見平静に見える陽一であったが、その固く握りしめた手が怒りで微かに震えているのにレイは気付いた。
「お前もこれ以上無茶はするな」
「あ、ああ……」
　鳥籠の外へと向かうビハインドのアヤノを一瞥した陽一は、すぐさま戦いを続ける仲間たちの方へと向かっていった。陽一の怒りの矛先は大事な人を傷付けた敵へのものなのか、それを許してしまった自分へのものなのか、それはレイには分からない。
　しかし思いはひとつだ。
「ラヴィの分も気合入れていかねぇとな」
　レイの目には新たな決意が浮かんでいた。

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「ここが、限界ラインですか……」
　エナが呟く。２人の戦闘不能者に加え、盾役として仲間を支えてきたサーヴァントたちも次々と消滅していった。
　と、その時であった。漆黒の空間が一瞬光に照らし出され明るく瞬いた。
「Shoot――」
　即座に反応したエナが、具現化したパイルバンカーを死神に向かい射出する。
　その一撃を、間一髪、跳んでかわしたバンデであったが、同時にそれを予測していたレイとゼレフがすでに空中に飛び出していた。
「仲間の分も利子つけてブッ飛ばしてやる！」
「――決めよう！」
　レイの回し蹴りと、ゼレフの斬撃が空中で交錯する。それを避ける術を持たない死神は、鳥籠の底へと力なく墜落する。
　仰向けに倒れたバンデの視界にこちらを見下ろすトートの姿が見えた。
「最期に聞きたい事がある。お前は――」
「さあね？」
　トートの問いかけに、バンデの非対称な左右の口元が皮肉交じりに歪みそのまま事切れた。それは死神としての最後の矜持であったのだろうか。
　動かなくなった死神の前で呆然と立ち尽くしたトートにヨルが声をかけようと近づくと、突然トートが残された棺桶の蓋に手を掛けるのが目に入った。
　ヨルの目に棺桶から溢れた蒼い光に包まれるトートの背中が見えた。
　その光はトートを撫でるように優しく包み込んでいるようにヨルは感じた。
　やがて、蒼い光は虚空へと消え、何か糸が切れたようにトートがその場に崩れ落ちる。
「――ウゥッ、ウワァァア――ッ！」
　棺を前に、少女の口から漏れた嗚咽は、やがて激しい号泣へと変わっていった。

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「ふぇ、空？」
　目を覚ましたセラフィの目に最初に飛び込んできたのは、真っ青な空であった。
　冬の釧路湿原の空気はひんやりと冷たいが、太陽の光は暖かかった。
「だ、大丈夫……ですか？」
　おどおどとエナがセラフィに声を掛ける。その大人しそうな様子は戦闘中の冷徹な彼女とは全くの別人に見えた。
「良かった、みんな勝ったんだねー。そうだ、あの空間はどうなったの？」
「そ、それが、戦いが終わった途端に崩壊をはじめまして……慌てて逃げてきました」
「そっか。それはちょっと残念だなー、チェッ」
　少し残念そうなセラフィに、エナも申し訳なさそうな顔を見せた。
「先生、どうなんだ？」
「後遺症は無い。むしろ、お前の方が治りが遅い傷が多いくらいだ、反省しろ」
　ラヴィニアのメディカルチェックを終えた陽一が不安そうな顔をしていたレイの頭を軽く叩き答えた。
「ハハッ、そいつは何よりだ」
「オイ、全然反省してないな？」
　快活に笑うレイに陽一が食ってかかる。そんな２人の様子にラヴィニアが軽く微笑みを浮かべた。
「やっぱり空が見えるのはいいね」
『いつモ引き篭もッテばかリのヨルに、太陽の光はキツク無イかしラ？』
『モウ10代の肌ジャ無いワ、大変ヨ！　シミにナッチャウ！』
　ぼんやりと地平線の向こうを眺めていたトートの耳に仲間たちの会話が聞こえてくる。
　空を見上げる。
　その時、トートの頭の上を冬鳥の親子が通りすぎていった。
　あの冬鳥も親の元から巣立つ時がくるのだろう。
　春はすぐそこまで近づいていた。

作者：さわま	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年3月17日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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