湿原の牢獄~『恐眼の』ゲイザー

作者:弓月可染

●ヘリオライダー
 牢獄、と。
 アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)が告げた響きは、元々その語が持つ昏さを遥かに超えた禍々しさで、ケルベロス達の耳朶を打った。
 彼女の説明は、それほどに戦慄すべきものだったのだ。
 曰く、釧路湿原に現れた死神テイネコロカムイの目的は、『牢獄』に幽閉された古のヴァルキュリア・レギンレイヴと、その配下を解き放つ事だった。
 曰く、いまや悠久の時間を経て狂ってしまったレギンレイヴは、世界の全てに復讐するために、多数の一般人を殺害して戦力――エインヘリアルを生み出すことも厭わないだろう、ということ。
 そして曰く、このレギンレイヴこそが、死者の泉を発見したはじまりのヴァルキュリアだった、ということ。
「幸いにも、脱獄したテイネコロカムイを撃破したことで、レギンレイヴが牢獄を脱出する、という可能性は低くなりました。ですが、他ならぬそのテイネコロカムイこそが、牢獄は万全ではない、という証拠でもあるのです」
 最も恐れるべきは、捕らわれたレギンレイヴの存在を他のデウスエクス、特にエインヘリアルに気づかれることだ。故に、彼らケルベロスは、そんな事態が引き起こされる前に先手を取るべく、この場に集っていた。
「テイネコロカムイから手に入れた護符を利用すれば、牢獄のある空間へと侵入することができます」
 ヴァルキュリアや死神が囚われた、数十もの鳥籠。ケルベロスは鳥籠に捉われず自由に移動ができるが、敵は外には出られない。しかし、威力は減衰するものの、鳥篭の中から外への攻撃は可能だという。
「逆に、外から中へは攻撃できませんので、もしも鳥籠に入る前に集中攻撃を受けてしまったら耐えられないでしょう」
 そこで、多数のチームで一斉に転移し、それぞれの攻撃目標へと向かって欲しいんです、とアリスは続ける。つまるところ、それぞれのチームが相手を挑発するように接近し攻撃を引き付け、集中砲火を避ける、というのが今回の作戦であった。

●『恐眼の』ゲイザー
「皆さんに当たっていただきたいのは、ゲイザーという死神です」
 テイネコロカムイ討伐時に確認された死神の一人、ゲイザー。彼女の最も強烈な特徴は、全身に巻き付けた黒い包帯の隙間から覗く、無数の『眼』だ。
「包帯で隠した顔の眼の代わりに、この全身の眼で周囲を見ているようです。……そして、この眼は同時に彼女の武器でもあるのです」
 彼女の身体と、周囲に浮かぶ眼。その視線に込められた魔力こそが、ゲイザーを強力な死神たらしめている元凶なのだ。サキュバスの魔眼に近いが、無論、威力は桁違いだろう。
「それから、今回の戦いでは、皆さんに気を付けて頂きたいことがあるんです」
 牢獄から脱出するため、彼女らはグラビティ・チェインを求めている。むしろ、デウスエクス側から見れば、ケルベロス達はグラビティ・チェインを牢獄まで背負って持ってきてくれた獲物である、とも言えるのだ。
「グラビティ・チェインへの執念は、とても強いでしょう。奪い取るチャンスは逃しません。それが、例え戦闘中であっても」
 戦闘不能になって倒れたケルベロスに追撃して確実に仕留める、という行動に出る可能性も高い。攻撃の手を緩めででも、倒れた仲間に肩を貸し――あるいは倒れてしまう前に――牢獄の外に撤退させるかどうか。その場での判断が求められよう。
「デウスエクスもまたグラビティ・チェインを持っています。多数の敵を撃破した時点で、得られたグラビティ・チェインを利用して残る一部が脱出しようとする可能性も措定できません」
 安全を考えるならば、鳥籠越しに他のチームの状況を確認し、できるだけ同じタイミングで敵を撃破したいところだ。もっとも、それだけの余裕をやすやすと許してくれる敵ではないだろうが。
「いずれにしても、放置してはおけません。いつも以上に危険な戦いですが――」
 よろしくお願いします、とアリスは一礼する。その危険を食い破って帰ってきてくれるのがケルベロス達なのだと、彼女は知っていた。


参加者
アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)
連城・最中(隠逸花・e01567)
ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)
白井・敏(お薬だしておきますね・e15003)
雪村・達也(漆黒纏う緋色の炎剣・e15316)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)

■リプレイ


 多くの鳥籠が据えられし牢獄。
 周囲から放たれる攻撃は、微弱と言えど無視できぬ強さ。故に、多少の挑発を交えながらも、ケルベロス達は全力で走り抜ける事を強いられていた。
 目的地は、鳥籠の一つ。無数の瞳持つ死神の待つ場所。
 アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)を先頭に突入する八人。牢に触れた。一瞬の違和感。次の瞬間、彼女らは既に自分が檻の中にいると気づく。
 そして。
「いらっしゃい。待っていたよ」
 陽気に弾んだ――そう、酷く嬉し気な声。それと共に、アニエス達の視界がぐにゃりと歪む。同時に、全身を襲う強烈な倦怠感。
「わ、わわっ……!」
 少女の脳裏に響く警報。幼いとは言え歴戦と呼ぶに相応しい彼女は、それが紛う事なき『攻撃』であると即座に理解する。左右に視線を走らせれば、同様に突入の勢いを殺された北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)の姿。
「……っ、恐眼の、ゲイザーっ!」
 だが、青年は歪む世界を、意識を惑わさんとする波動を踏み越える。咆哮。普段の穏やかさをかなぐり捨て、猛る先に居るのは一人の女。
「ふぅん、ボクの名前を知ってるの?」
 黒い包帯の隙間から覗く無数の瞳。
 百の魔眼と千の邪眼を持つ『恐眼』の死神が。
「その眼に見せつけてやる、俺達の生き様をな……!」
 なれど彼は恐るる事なく、頭上高くから鋭い蹴りを放つ。その一撃に合わせ、後方から放たれた眩い光芒がゲイザーの居た空間を塗り潰した。
「貴女に捧げましょう――数多の痛みを」
 躑躅の裾をふわりと靡かせて、シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)は茫洋とした笑みを漏らした。右手には友を、左手には銃を。どこか浮世離れしたその印象は、しかし背に負った巨砲に塗り潰されている。
「仕える相手を見誤り幽閉される……目が多くとも、節穴では」
 薄く唇を曲げ、辛辣なる台詞を吐く。足を止め動きを鈍らせるだけでなく、精神すら絡め捕らんとする様に。
「だから、魔眼で俺達の動きを封じるより先に、自分が封じられているんだろうさ」
 計都やシィラの狙いを悟り、軽口を叩く雪村・達也(漆黒纏う緋色の炎剣・e15316)。だが、彼とて『見られれば囚われる』その視線の恐ろしさは理解していた。
「鏡でどうにか……はできないか。残念ながら、ここはギリシャじゃない」
 それ故に、彼は神話ではなく現実の手段を選ぶ。手には幾枚もの符。霊力を封じたそれらをばさりと宙に舞わせれば、ヒトガタの式となって視線の魔力を遮った。
「ポチくん、アニエスたちも、いきますよ……!」
 吹雪の様に舞う紙の兵。その中を、テレビウムを従えて突っ切ってきた銀髪の少女――アニエス。動きを縛られたか、それとも彼女を侮ったか。打たれるに任せた死神は、しかし次の瞬間、思いの外のダメージに驚愕を隠せなかった。
「アニエスも、格闘術はちょっと、かじってるんです……!」
 そう、呟いた幼女へと。

「ミラ、解析を、急ぎましょう」
 掲げるは白蛇這う医神の杖。轟くは雷鳴の嘶き。シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)が望むままに、呪縛を祓う雷の壁が敵と味方とを峻別する。
「あれは、よくないモノ……ですから」
 あどけないかんばせに掛けた眼鏡越しに感じる圧力。それは呪詛。それは病巣。あの瞳の一つ一つが死を孕んでいると肌で感じ、少女は知らず表情を固くした。
「……っ」
 距離を取って死神の動きを見定めようとしたのは一人ではない。そして、僅かに顔を強張らせたのもまた。もっとも、連城・最中(隠逸花・e01567)はシェスティンと違い、今は眼鏡を外していたのだが。
「――余所見する暇はありませんよ」
 無数の眼に湧き上がる嫌悪。喉の奥に湧き上がる酸味を無理に呑み込んで、彼は黒塗りの鞘より白刃を走らせる。
「もっとも――その眼で、この刃を捉えられるとは思いませんが」
 抑揚のない声、なれど自信に裏打ちされた挑発。
 一息に飛び込んだ。抜刀。瞬速の居合。迸る紫電は影をも溶かして。
「ビクターキャノン展開――グラビティ集中、バースト」
 背後に聞こえた声に、彼は身を翻す。ちらりと視線を投げれば、そこには巨大な砲を両肩に構えたラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)の姿があった。
 それは十分に動きを封じた相手にのみ、身体を地に固定して放たれる彼女の必殺技。普段ならば序盤に披露する事はないのだが。
「バック固定、ターゲットインサイト。砲身加圧チャージ完了」
 ゲイザーの力量、味方の支援、一斉撃破の作戦。畳みかける、と決断した彼女は、最大火力を死神へと向ける。
「――さぁ、踊りましょう」
 瞬間。
 光の柱が空間を切り取り、彼女の敵を飲み込んだ。だが、ラピスと最中は攻撃態勢を解く事なく、爆炎の中に浮かび上がる姿へと再び狙いを定める。
「派手なこっちゃ。ま、ワイもいっちょやったろか」
 けらけらと愉快気な口調。もっとも、白井・敏(お薬だしておきますね・e15003)の澱んだ瞳は、それが『楽』の感情から齎されたのではないと雄弁に語っているのだが。
「死神が怖くて乞食はできへんよ」
 撫でる様に構えた太い蔦。とろりと笑んだその時、襤褸に忍ばせた流体金属が眩い粒子を放ち、彼の仲間達へと降り注いだ。
「せやから――いこか、タマちゃん。奥歯ガタガタ言わしたろ」


 あの死神ではない、と判っている。
 シィラの拳銃から放たれた弾丸は眼球のいくつかを穿ち、幾許かは呪詛の視線を和らげる事に成功していた。だからそれだけ見れば、彼女は極めて平静で。
 いつも通りの笑みを浮かべていた。
 けれど。
「貴女の目でも見えない物は在るのです――いえ」
 今見えなくしたのでしたね、と。
 煽ってみせる姿の裏で、背筋を冷たくしてている事に気付いているのは、やはり彼女だけではあるが。
(「凛と立たなければ。わたしが、わたしであるために」)
 そして、そんなシィラの惑いを、ゲイザーの甲高い声が押し流す。
「ねぇ、ボクにグラビティ・チェインを頂戴よ。別にあいつらからでもいいからさ」
「お断りよ。そのまま封印されて息絶えてくれれば、面倒がないわ」
 僚友すら糧である、と言ってのける死神。気丈に跳ねのけたラピスは、しかしその言い分に含まれた二つの事実に眉根を寄せた。
 自分達の死がレギンレイヴ一党の解放に繋がるという事。そして、一斉撃破が成らなかった場合も、同様だという事に。
「――倒せるかどうかの方が問題ね。やるしかないか……」
 いずれにしても、手加減が出来る相手ではない以上『やるしかない』のだ。砲塔を従えたまま二刀を構え、実体無き刃で縦横に斬りつける。
「鬱陶しいなぁ、じゃあ死んじゃえ!」
「させんっ!」
 こがらす丸、と名付けた相棒を足に鳥籠を駆け巡る計都。振り被るは大槌、その打面に穿たれた六つの穴が赤熱する。
「もう、仲間を失うのはごめんなんだよ……!」
 ぶん、と振り抜いた。虚空を抉る質量。だが、彼の狙いは打撃ではなく、六つの砲門より花開く劫火。轟、と音を立て、火砲は死神に牙を剥く。
 だが。
「ち、いっ……!」
 熱で歪む視界の中、奇妙な程はっきりと『見えた』数十の瞳。見られた、と気づく。そして強張る身体。どう、と車体より転げ落ちる。
 それは石化の邪眼が齎す呪詛。知っていよう、ここに鏡の盾は無い。
「計都お兄さんっ……!」
 シェスティンの叫びが戦場を斬り裂いた。咄嗟に飛び立たせたドローンが、計都のもとに向かい、治療を施していく。
「私は医者、ですから」
 診療所のワッペンを白衣の袖に誇らしく掲げ、少女はそう言い切った。全てを救い癒すのが自らの務め。
 ――それが、大切な人達であるならば尚更だ。
「ありゃやばいなぁ。見るだけでええとか反則やろ」
 脂じみた前髪越しにその様子を見据え、敏は鼻を鳴らした。注意を惹くというレベルでもない。なにせ、あの目は四方八方を遍く捉えている。
「やけど、やられっぱなしも癪やしな」
 投げつけたハッカ油にフラッシュは、効けば儲け物程度の目晦まし。本命の一手は――血を吸わせた蔦さえ振るわぬ拳の一撃だ。
「じろじろとまあ、ごうわいてしゃあないわ。目ん玉ひん剥いて歯ァ食いしばれ!」
 拳も砕けよと叩きつける。隈の深い彼の眼が、鈍く光って。
「あ、ひん剥いても目ぇばっかりか。嫌やわ、色気も素っ気もない」
 そう不敵に言ってのけた彼を、一度目の合図の照明弾が照らした。

「この程度、ですか」
 最中の呟いたそれは、何ら疑う余地なく虚勢である。無論、田舎の和菓子屋のぼんやり次男坊、というには、眼鏡無き今は随分と剣呑な雰囲気を漂わせているのだが。
「倒してみせる。俺が、俺達が」
 この幽閉の鳥籠を思えば、一片の同情の余地はあろう。だがその憐憫は既に消し飛んでいる。逃してはならない、この狂気に蝕まれた死神を――。
「絶対に、解き放つ訳にはいかない!」
 両の手の二刀を一息に振り抜く最中。地を奔る不可視の刃。触れるもの断つ衝撃波が、ゲイザーの脚を捉え、引き裂いて。
「はい、アニエスもそう、思います」
 凶器代わりの傘を手にしたポチを先行させながら、少女アニエスもまた死神を攻め立てる。幼くとも竜人の裔、その掌は年相応の柔らかいものではなく、爪を中心に硬化した得物へと姿を変えていた、
「だって、アニエスは、みなさまの笑顔がすきですから」
 だから、護ります、と。
 僅かな瞬間そう微笑んだ彼女の爪が、ゲイザーの肉を差し穿つ。
「無理するな、とは言わない。けど、無事に帰ろう」
 その背後からかけられる声。ぐ、とアニエスの横から伸びた黒衣の腕は、達也のものだ。指の先に満たされた気。死神と言えど、人型ならば気脈も近かろう。
「――そして、お前には退場してもらうぞ」
 気合一声、地獄の炎で古傷を補った右腕を突き入れる。指の一点、突いた場所はただそこだけだっが。
「自由を奪われる恐怖を知れ!」
 指を伝って注がれる達也の気が、ゲイザーの全身を巡り強張らせていくのだ。


 戦闘開始から既に十数分が経過していた。多くの眼を失った死神も弱ってはいるが、その底を悟らせはしない。
「ダンスパーティは楽しいけれど。残念よ、相手が狂った人形だなんて」
 会話が成り立たないなんて面白くないわ、と吐き捨てるラピス。しかし心中は穏やかではない。二度目の合図はまだか。合図が来て、倒せるのか。
 ちらりと他所の様子を伺えば、既に手加減している班もある様子。ならば、逃がすよりは倒した方がまだましか。
「……Repeat!」
 ラピスの双砲より放たれた光線が敵を巻き込んで空間を薙ぐ。その中を軽やかに駆ける銃騎士シィラ。射撃援護特化の筈の彼女が、ぐ、と距離を縮めて。
「荒事には、慣れていないでしょう?」
 わたしと違って、と言外に主張する。体重をかけて取り廻す砲塔。その動きを見たゲイザーは、射線から逃れる様に動いた。
 だが。
「――凍って砕けて、左様なら」
 腕力で軌道を描いた巨大質量――砲それ自身が敵を直撃し、叩き落す。
 間近で対峙すれば、未だ畏れは消えず。克服するだけの昂りもなく。なれど、ケルベロスの責は、彼女に立ち続ける意義を与えていた。
「派手にぶちかますなぁ、嫌いやないで」
 に、と唇を曲げ、敏は腕を大きく振る。宿した蔦、それに引っ掛けるように躍らせた鎖。しゃらりと鳴る華奢なそれは意思持つ様に動き、地面に精緻なる魔法陣を浮かび上がらせる。
「そやけど、けったいやな、アレ。なんぞ来るんかな」
 彼の視線が刺したのは、敵が唯一手にした眼球の宝玉。周囲に浮かぶ眼よりも大きなそれは、明らかに赤みを増していて。

「――うん、あったりー! 気づくのが遅かったね!」

 死神の弾んだ声。
 瞬間、世界が赤く染まった。宝玉に貯蔵された魔力が放出され、縦横に荒れ狂う。
「あかん、離れるか身を護り!」
 間一髪、防御陣を起動した敏が叫んだ。しかし、接近し過ぎていた前衛達は逃げ切る事が出来ず、奔流の中に呑み込まれてしまう。
 だが、その中で。
「――祈りを」
 優しき祈りが、轟音を圧した。小さくとも遍く響く声。群青の瞳に決意を秘めた、アニエスの詠唱。
「たいせつな人たちをまもるための、光を」
 祈りは光に転じ、天へと昇華する。そして、戦士達へと降り注ぐのだ。
「アニエスは、まもりたい、です!」
「俺もですよ」
 不意にかけられた、存外に柔らかな声。二刀をひっさげた最中が、ふと何かに思い至ったかの様に少女を見つめていた。
「ええ、そうです。そうでした」
 色彩の薄い声色は、この時僅かに揺れていた。弾んでいた。軽やかに跳ね、彼は側面から死神へと踊りかかる。
「俺達が負ける訳がないんです」
 一閃、二閃。すれ違い様に斬り捨てた。そして後は振り返らず、最中はまた距離を取る。その背後で聞こえた、離脱を援ける牽制の銃声。
「負ける訳がありませんよ――無数の瞳を持とうとも、ただ独りきりの貴女には」

「しつこいっ!」
「ああ、それが持ち味だ」
 手当たり次第に放たれる死神の邪視を潜り抜け、達也が迫る。自分同様妨害に特化した黒衣の剣士を、ゲイザーは特に苦手としているようだった。
「まだまだ付き合ってもらう、っ!」
 鋭い蹴りを放つ。芯を捉えた。だがその時、待ち望み、けれどまだ早い知らせが彼らの頭上に浮かび上がる。

 レギンレイヴ班の打ち上げた、二度目の照明弾。すなわち、討伐完了の連絡が。

「くっ、頼む、シェス!」
「はいっ!」
 達也に短く応え、シェスティンはドローン達への制御シーケンスを作動させる。治療を妨害する者を制圧する力となれ、と。
「発令、ゴスペル・ドッグファイト。『アルゴノーツ・システム』起動」
 飛び立ったいくつものドローンが合体し、彼女の身体に装着されていく。
 やがて現れる鋼の巨人。それこそが機巧騎士『Argo』――可憐なる少女を護る黒き鎧であった。フェイスに輝く赤い眼光。
「――リンクスタートします」
『Stand by ready!』
 鋼の一撃よ、災禍を砕け。少女からは想像もつかぬ力任せの剛拳が、容易く死神を打ち据えて。
「計都お兄さん!」
「決めてやれ! 計都!」
 二人の声に頷いて、計都は疾った。その傍らに並走するこがらす丸。ふわり飛び乗った次の瞬間、彼もまた愛機と合体する。
「これが、俺の、俺達の――」
 シェスティンと似た黒き鎧。だが、その背からは炎が噴き出し、翼を形取っていた。計都の身体が、ふわり、と浮き上がる。
 翼の顕現は僅かに数秒。だがそれで十分だった。十分な高度から狙いを定め、急降下。鋼鉄の鎧から繰り出される蹴撃は、雷よりも鋭く降り注ぐ。
「――精一杯だぁッ!」
 ゲイザーの胸を捉え、貫けとばかりに蹴り抜いた。あっけない程のそれが、この戦いの終わり。狂える死神はついに牢獄から出る事なく、澱んだ空気の中に溶けていった。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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