驚きは菱餅の中に

作者:七尾マサムネ

「ねえママ、これなあにー?」
 雛人形を準備している母親の横で、女の子が指差したのは、カラフルな菱形だった。
「菱餅よ」
「へー、きれいでおいしそう!」
「食べちゃだめよ、まだ雛祭り前なんだから」
「えー、はやくたべてみたいよう!」
 だだをこねる女の子。まるでそれに反応したように、菱餅が震えはじめた。
『ママの言うことを聞けない子は……食っちまうぞぉ!』
 みるみる大きくなった菱餅は、まるでサメのように口を開いたかと思うと、女の子に襲い掛かった!

「きゃー!」
 飛び起きた女の子は、今の出来事が夢だった事を知る。実際の出来事の記憶が反映されたのだろう。
 けれど、そんな悪夢こそ、魔女にとって格好の獲物だ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 幻影の如く現出した魔女が、そっ、と女の子の胸に鍵を差し込む。
 夢と現実の扉が開け放たれ、巨大な菱餅が現れた。

「今夜は、巨大菱餅さん退治なのね~」
 現場に向かうヘリオンの中、リーア・マルデル(純白のダリア・e03247)が、ふわふわとした口調で言った。
「これも、最近第三の魔女・ケリュネイアが起こしている、子供の『驚き』からドリームイーターを生み出す事件の1つっす。女の子は驚きを奪われて、覚めない眠りに就いてしまうっす」
 女の子を救う方法は、驚きから生みだされた菱餅ドリームイーターを倒す事だけだと、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が言った。
「ドリームイーターが他に被害を出す前に、食い止めて欲しいっす」
「それで、巨大菱餅さんは、女の子の家の近くにいるのよね~?」
「そうっす。誰かが通りがかったと同時に驚かしに現れるっす。ひとまずその罠に引っかかったふりをするっす。驚かない人を積極的に狙ってくるっすから、その習性を利用して、戦闘場所に誘き出すもよし、攻撃を誰かが引き受けるもよし、っす」
 菱餅ドリームイーターは、赤白緑と、色こそ菱餅と同じだが、巨大なサメのような形状になっている。鋭利な歯でこちらを威嚇しつつ、噛み砕いてくる。更に、口からはひなあられ状の爆弾を飛ばしてくるという。
「雛祭りの季節っすけど、皆さん、気を付けて退治してくるっすよ~……って、喋り方がうつったっす」
「あらあら~」
 慌てて口調を戻すダンテを見て、リーアがくすりと笑った。


参加者
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)
ルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)
捩木・朱砂(薬屋・e00839)
レスカ・シリウス(デレデレナックル系お姉さん・e03020)
リーア・マルデル(純白のダリア・e03247)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ

●菱形の夢喰いを求めて
 ドリームイーターの出現地点へと向かう、ヘリオンの中。
 捩木・朱砂(薬屋・e00839)やリーア・マルデル(純白のダリア・e03247)達が、スマホの地図アプリ等を駆使して、周辺の空き地や公園を確認し合っていた。
 しばしの協議の末、決められた誘き出しポイントを、全員で共有する。
「じゃあ、菱餅さんをこの空き地に誘導するわね~」
「ところで……菱餅って何だ?」
 ふとルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)がこぼした問いに、皆が顔を見合わせる。
「改めて言われると菱形の餅という事以外、案外知られていないものです。ね」
 スマホで検索をかける仲間達を見て、日御碕・鼎(楔石・e29369)が言った。
 検索結果も共有するうち、現場となる街並が見えてくる。
「驚きのドリームイーター、ですか。いい加減『貴方』には出て来て欲しい所、ですよね。……。じゃあ、行こうか」
 黒幕たる第三の魔女を思う鼎に促されるように、皆はヘリオンを降りる。
 雪の残る住宅街を、ケルベロス達が行く。道中、リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)が、通りすがりの一般人を見つけると、この場を離れるよう告げていく。
「最近こういう手合いによく当たるけど、巨大だから驚くというパターンが多い気がするわ」
「大きくても本物の菱餅でしたら食べてみたかったのですけれど、噛み付いてくる菱餅は遠慮したいですね。早く処分してしまいましょう」
 レティシア・アークライト(月燈・e22396)の傍らには、ウイングキャットのルーチェが寄り添う。
 ドリームイーターに驚きを見せず、注意を引き付けるのは、今回、ディフェンダー陣の役割。
「驚かない、なら出来る出来る、任せろ~」
 その1人は、自分に言い聞かせるルヴィル・コールディ(黒翼の祓刀・e00824)だ。連れそうテレビウムも、役目は一緒。
「いいかーくしくし、驚いた様子を見せちゃいけないぞー」
 レティシア共々、相棒へ言い含めるルヴィル。
「ルヴィは兎も角、ダールが驚くのを間近で見た事は無かったからなあ。ちょいと楽しみだぜ」
 朱砂がリーアのウイングキャットをうかがうと、クールな顔でどっしり構えたままだった。だがその無表情は、ちょっと拗ねたようにも見えたり見えなかったり。
「で、上手く誘導したドリームイーターをぶん殴って黙らせればいいってことだな、単純明快で助かるぜ」
 ぱしん、と拳を掌に打ち付けるレスカ・シリウス(デレデレナックル系お姉さん・e03020)。
「しっかし、お菓子の怪物が脅かしてくる、ってのは、結構ユニークな悪夢だよな……だから連中に目を付けられたのか?」
 そうこうするうちに、雪だるまがぽつぽつと見えてくる。

●招かれざる菱餅
 春も目前と言っても、まだまだ雪も、あるところにはある。
「どのくらいの大きさなんでしょう。ね。驚きを齎してくれる位だと良いのです。けど」
 鼎が、雪だるまを油断なく見つめつつ、歩く。
 何事もなく横を通り過ぎようとして……雪だるまの1つが、突然、爆発した。
「きしゃああああ!」
 中に潜んでいた何かが、雪をぶち破って姿を見せる。それは、カラフルな菱型の浮遊物体。
「あービックリしたビックリした。こんなに驚いたのはいつぶりだろうか……」
 いかにも不意打ちを喰らったように、ハッタリを効かせて驚きを表現するルース。実際は顔をしかめる程度のサプライズだったが、そこはそれ。演技力の発揮しどころである。
「きしゃーッ!」
 注目を一身に浴びた菱餅ドリームイーターが、びっしりと歯の並んだ口を開けて威嚇してくる。
「おおデカイ……」
「わあ。何だか、その。凄いです。ね」
 朱砂や鼎が、あっけにとられる……振りをする。
「まさか、菱餅が鮫の姿を取るとは思わなかったわ」
「う、うわー、おどろいたぜー」
 演技するリシティア達に後れを取るまいと、レスカもリアクションを取ろうとするも、こういうのはどうにも苦手だ。
 藁人形と五寸釘を持っているような女に枕元に立たれるのに比べれば、大きさ以外、カラフルで愛らしいのでは……などという思いが、朱砂の頭を過ぎる。
 むしろ、ダールの毛の逆立て具合の方が、驚きだったりする。
 クールな無表情を保ったままながら、尻尾がボンボンになり、背毛も逆立っている。まんまるとした体も相まって、怒ったハリセンボン状態だ。
 おおむね望む反応を得られたことで、ドリームイーターは満足そうに空中を泳いだ。
 しかしあいにくと、思い通りになる者達ばかりでは、ない。
「あら~綺麗な色の子ね~私、和色って好きよぉ」
 緊張感の乏しい声が響く。リーアは、のんびりマイペース。少しも動じていない。
 ルヴィルや、言いつけを守った櫛々も、リアクションは薄い。
「雪だるまから出るって分かってればまぁ……」
「き、きしゃーッ!」
 これでどうだ、とばかり音量をアップして吠えられても、ルーチェも堂々としたもの。事前にレティシアから大きな菱餅のイメージ画像を何度も見せられたのもあるだろう。
 驚かない。それは、驚きより生まれたドリームイーターにとって、存在意義を否定された事に等しい。
「しゃーッ!」
 無反応組に誘導されるまま、菱餅が追走を開始した。
 ちょっと物騒な、夜の鬼ごっこである。

●菱餅討伐戦
 ディフェンダー陣が駆けこんだのは、近くの公園だった。先刻、選び出した場所がここだ。
 人気はなく、街灯という光源もある。何より戦闘に適した広さがある。
 しかしそれは、菱餅ドリームイーターにとっても同様。大気を水に見立て,滑らかに滑空する。
 まずは敵の動きを阻害する。ちょうど、誘導班と菱餅を挟み討つ形となったルースが、ドラゴニックハンマーを組み替えた竜砲を構え、射撃する。
「がっ」
 直撃した。
 崩れたバランスを立て直しながら、空中を駆け巡る菱餅。進行方向に、櫛々の小さな姿を認めると、噛みつき、さらっていく。
 仲間の危機に、ケルベロス達が動く。
「食べるにしてもライオンとかの陸上生物じゃなく、鮫をかたどったというところが斬新ではあるわね」
 感心に似た言葉を漏らすリシティアだが、その心が真に波立つ事はない。竜の幻影を使役し菱餅を焼き払えば、リーアは光の剣を振るって、色の異なる層の隙間を突きさす。
 続けて、ルヴィルのドラゴニックハンマーが、竜気を排出する。それを推進剤として、宙を泳ぐ菱餅に接近、横っ腹を打ちすえる。
 そして、ダールやルーチェにひっかかれ、たまらず菱餅が苦悶の声をもらした。その拍子に、解放される櫛々。ふわり、鷹翼を羽ばたかせ、それを受け止めたのはリーアだ。
「助かったよ!」
 無事を知らせるように凶器を掲げる櫛々を確かめ、ルヴィルが感謝した。
 だがその直後、菱餅の咆哮が、リーアの鼓膜のみならず、全身を揺さぶった。
 傷付く仲間達を、レティシアの桃色の霧が包む。その色合いは、菱餅のそれより濃密だ。
 回復を邪魔するがごとく接近する菱餅を、あぶなげなく回避するレティシア。その足運びすら美しい。雪の戦場でもピンヒールを貫き通すのが、レティシアのスタイルだ。
「よっしゃ、ちゃっちゃとやっつけてやるぜ!」
 なおも驚く振りを交えて標的になるのを避けつつ、レスカが拳に力をこめる。オウガメタルに包まれた一撃が、菱餅の鼻頭を叩く。
 回復は仲間にゆだね、後方から飛び出した鼎から、飛び散る火の粉。優雅さすら感じさせる身のこなしから繰り出された蹴りが、菱餅を焼く。
「しっかしデカい菱餅だな。善哉何人前作れるかね……なんて言ってる場合じゃねえか」
 香ばしい香りを振りまくサメへと、朱砂がゾディアックソードを叩き込んだ。

●夢から覚める時
 上方からの蹴撃が、菱餅の頭を襲う。
 櫛々の凶器攻撃にかかずらっている間に、ルヴィルの火炎キックが決まっていたのである。
「霧よ、恭しく応えよ……」
 戦闘音に混じって響く声と共に、周囲に満ちる薔薇の芳香。レティシアが真白き霧にて傷を癒す間、長いマフラーをなびかせ、ルーチェがリングを飛ばす。攻めは俺に任せろ、と言わんばかりに。
「しゃーッ!」
 菱餅が、ルーチェに顔を向けると、小型の爆弾を吐き出した。桃、白、緑……自身に似た様々な色彩のそれは、あたかもひなあられ。
 着弾を待たずして、次々爆発するひなあられ。その煙もまた色とりどり。
 余波から逃れつつ、レスカが高々と跳躍。斧という単純明快な力が、菱餅の頭をかち割った。
 高度を下げる菱餅目がけ、リーアの指輪が光を放つ。菱餅がそれをマトモに浴びた途端、全身が凍結・硬直する。
「悪いけど、此処で散れ」
 淡々と戦いを続けていた鼎が、菱餅を穿つ。ぱきん、と音を立て、氷が菱餅の表面を一瞬にして覆い尽くす。
 仲間のサポートを受け、ルースが敵へと近づく。
「餅だったか。溶けたらさぞかし不細工になるだろう」
 焔を宿したルースの掌が、菱餅の寸前で止まる。しかし、その巨体に吹き付けられた炎の温度上昇は止まらず、既に半壊しつつあった菱型を融解させていく。
 攻勢は続く。朱砂の魔力によって生まれし幻獣は、火炎を吐いた後、菱餅と衝突する寸前に消失する。
 かようにグラビティの集中砲火を浴びた菱餅が、ついに浮力を失い、不時着する。
「……正直、驚くふりにも疲れたわ」
 演技というヴェールを脱ぎ捨てたリシティアの掌中に、重力が圧縮されていく。
「画餅は食えぬ。食い物にすらなれないのなら消えてなくなりなさい」
 リシティアの放った魔弾を、菱餅は強引に噛み砕こうとして……静止した。刹那の後、生じた歪みに全身を喰われ、崩壊していくのだった。
「夢喰いの居場所は無いよ。去ね」
 ドリームイーターの、夢幻の如き消失を見届ける鼎。
 残すは後始末。被害を受けた場所を、次々とヒールしていく。
「これで女の子も眠りから覚めてくれるかな」
「今度はいい夢を」
 ルヴィルやレティシアの呟きが、白い吐息とともにこぼれる。
「しっかし、こういう悪夢を怪物に変えてるのは何が狙いなんだろうな……?」
 考えるレスカだが、上手くまとまらない。驚く演技なんていう慣れないことをやったせいで、少々お疲れモードだ。
「っていうか、女の子は大丈夫なのか?」
「ま、ダンテが大丈夫っつってたから大丈夫だろ。流石に冷えてきたし、コンビニでも自販機でも良いから、暖かいものでも探そうぜ」
 ちらちらと降り始めた雪を見上げ、朱砂が言った。
「温かいもの……熱燗だな」
「あ、熱燗、いいな~」
 ルースの呟きに、お酒大好きルヴィルが思わず反応した。
 ケルベロス達の菱餅討伐は、いわば目覚まし。明日の朝には、女の子をいつも通りの目覚めが待っている事だろう。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年3月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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